ある少女の斬魔大聖   作:アイオン

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R-15だし、これくらい普通ですよね?(最初の方)


第15話

 湿度の高い夜の空気が肌に纏わりつく。

 妙な臭気が鼻腔を刺激する。

 微かに街の喧騒が耳に届き、私はぼんやりと目を覚ました。

 

 (……此処は?)

 

 周囲を見回してみる。

 人口的な灯りは存在せず、壊れている天井から差し込む月明かりが唯一の光源だ。

 その月明かりを頼りに、目を凝らす。

 

 ……どうやら、打ち捨てられた廃ビルのような建物らしい。

 

 何でこんなところで寝てるのかしら?

 と、思いながら、身を起こそうとして()()に気付く。

 私の身体を拘束している蜘蛛の糸。

 

 (そうだ。確か、あの蜘蛛女の糸に捕まって……)

 

 自分で見る限りは五体満足でちゃんと生きてるみたいだけど、拘束されて自由を奪われている以上、事態が好転したとはいえない。

 

 ―――暗闇に慣れてきた目が、巨大な蜘蛛の巣を捉えた。

 どうやら、ここがあの蜘蛛女の本来の“巣”らしい。

 

 (つまりアレですか。餌は巣に持ち帰って、後からじっくり味わうと……冗談じゃないわ)

 

 ふと自分の姿を見ると、マギウス・スタイルが解けて普段着になっていた。

 アルの姿が見当たらないところを考えると、2人仲良く捕まったワケじゃないみたい。

 なら、アルが助けに来てくれるまで、何とかしないとね。

 

 「……?」

 

 どこからか声が聞こえた。

 若干苦しそうな少年の声と、それに重なる女性の艶声。

 それに加えて、肌と肌が擦れるような音と、響く水音。

 

 (え? え? ……ええ?)

 

 音が聴こえてくる方向に、視線を向ける。

 暗闇の奥、2つの人影がいた。

 私のように拘束された少年。

 その上に跨り、淫らに腰を振っている蜘蛛女。

 

 (なっ、あっ、ええっ!?///)

 

 なんかもう予想だにしない光景に、私の頭は大混乱だ。

 視線の先で繰り広げられる激しい行為に、思わず目を背ける。

 

 (っ……!)

 

 目を背けた先で気づく。

 私や少年の他にも、人が床に拘束されていた。

 学生らしき少年、背広姿の青年、筋肉質の男性、さらには派手な装束の女性まで……約10人。

 その人たちに共通しているのは、身体の大部分と下半身が外気に晒されており、ぐったりと気絶している事。

 

 ―――絶賛混乱中の頭が働き出し、それらの情報から1つの予測を導き出した。

 

 (こ、これってまさか……)

 

 気配が近づく。

 視線をそちらに戻せば、行為を終えたのか、蜘蛛女が私の近くに立っていた。

 妙に熱っぽい瞳で、私を見つめている。

 

 蜘蛛女は私の正面にしゃがみ込み、私に覆い被さってきた。

 上着の留め具を外され、シャツを開けられる。

 蜘蛛女を見れば、上気して、身体がほんのり赤みを帯びていた。

 しなやかな指が、私の身体をまさぐる。

 

 「ひゃぅっ!?」

 

 ―――古来、魔術というのは()()()()()()()により魔力を高めていたらしい。

 

 この蜘蛛女はアルの断片。

 アルの断片ということは、少なからず魔力がある。

 今は本体のアルから抜け落ちた状態で、魔力は万全というわけじゃないのだろう。

 つまりは……

 

 「餌って、そっちの意味ぃぃぃぃぃ!?」

 

 マズイ、不味い、拙い。

 

 「あっ、ちょっ、そこはダメぇっ! やっ、んんっ……ぁ―――――――ッ!///」

 

 

 

 

 「物の怪ッ! 九淨から離れいっ!」

 

 突然、私に覆い被さっていた蜘蛛女が吹き飛んでいった。

 

 「やっと見つけたぞ、九淨。……まったく、世話の焼ける奴だ」

 

 声の方を向く。

 蜘蛛女を吹き飛ばした魔力の風に銀髪とスカートを靡かせて、アルが仁王立ちしていた。

 雄々しいその姿は、まるで仲間の危機に颯爽と駈けつけたヒーローみたいだ。

 

 「アル!」

 

 現れた救いの女神に、思わず安堵の溜息を洩らす。

 

 (た、助かったぁ……)

 

 もう少しで女子として人様に見せられない状態になるところだった。

 

 (んっ……)

 

 アルが助けに来て安心したのか、先程まで色々あった為に、その……催してきてしまった。

 

 「糸に縛られたままか。待っていろ、今何とかして……」

 

 近づいてきて気がついたのだろう。現在私の格好は、色々と大変なことになっている。

 シャツははだけられ、ジーンズも半ば脱がされており、下着も大いに乱れていた。

 

 「えっ……なっ……なんて格好をしておるのだ、汝は!?」

 

 「私が縛られてたの分かってるでしょぉぉぉぉっ!?」

 

 ―――そんな言い争いをしていたのがいけなかったのかしら。

 

 アルの背後から蜘蛛女が跳びかかってきていた。

 私に意識を向けていたアルは、気づくのが遅れてしまった。

 

 ……アルはちょうど、私の正面に立っていた。

 蜘蛛女の体当たりを受けたアルは、当然私に向かって倒れるワケで。

 少し距離があった所為かアルは私の、その……ちょうど局部の辺りに顔から突っ込んでしまった。

 

 私の方はというと、さっきまで催していて、そこに突然強い刺激が加わり―――

 

 

 

 

 

 アル・アジフは困惑していた。

 背後から襲撃してきた蜘蛛女は、とりあえず吹き飛ばしたものの……問題は()()だ。

 

 「ひっぐ……ぐずっ……えっぐ……」

 

 我が主、大十字九淨。

 どうも妾がぶつかったときの刺激で、その……粗相をしてしまったらしく、先程から泣きじゃくっていた。

 

 「あー……、汝。いい加減泣き止まんか」

 

 「ひっく……もう、お嫁に……うぇぇ……いけない……っ」

 

 ―――重症だ。

 

 涙に濡れた顔は、羞恥と悲壮とその他諸々複雑な感情が渦巻いており、その泣き顔に何故かとてつもない罪悪感に襲われた。

 

 如何な死霊秘法(ネクロノミコン)と云えど、涙に暮れる女の慰め方など記されてはいなかった。

 

 「く、九淨! とにかくもう泣き止むのだ! こんな隙だらけでは、あの蜘蛛女の良い的だぞっ!」

 

 そう、まだあの蜘蛛女を倒したわけではないのだ!

 

 「……蜘蛛女?」

 

 九淨がピタッと泣き止んだ。

 

 「……九淨?」

 

 「ふふふ……くふふふ……そうよ、そうよね。アイツよ、アイツがあんなコトしなければ……ッ!」

 

 低い声で笑う九淨。

 黒い気配を纏い、嗤う九淨。

 その姿に、強烈な悪寒が背筋を伝う。

 

 (な、なんだこの悪寒は……)

 

 「許してはいけない……許してなんてあげない……八つ裂きにして肉片1つ余さず、燃やし尽くしてやる……っ!」

 

 「く、九淨? ……彼奴は妾の断片だから回収しないと……ヒィッ!?」

 

 ギロリ。

 ドス黒い怒りの火を灯した瞳に、思わず竦みあがる。

 

 「出てきなさい蜘蛛女! アナタを滅ぼして、私の恥ずべき過去を黒き歴史に葬ってやるわっ! Hurry!(さあ!) HurryHurryHurryHurry!(さあさあさあさあ!) Hurry!(さあ!)

 

 謳う様に高らかに宣誓する九淨。

 ……ナニコレコワイ。

 

 

 

 

 

 「!」

 

 物音に振り返る。

 そこには物陰からこちらの様子を窺っている蜘蛛女がいた。

 こちらと視線が合った蜘蛛女が、ゆっくりと物陰から出てくる。

 そして……怪異が起こった。

 

 「ゴアアアアアアアアアア!」

 

 雄叫びをあげ、自らの()を破る蜘蛛女。

 中から現れたのは、虫の外骨格を連想させる、エボニー(黒檀)のように真っ黒な体躯。

 異形の貌に、真紅の輝きを放つ8つの眸。

 節を持つ鎌のような腕。

 下半身は大きく膨れ、側面からは腕と同じ形状の三対の脚が生えている。

 全身を甲殻に覆われたその姿は、正に蜘蛛だった。

 

 「これがアイツの正体ってワケね……」

 

 「その通りだ。九淨! 今度こそ抜かるなよ! 此度油断すれば、命はないぞ!」

 

 「ええ!」

 

 瞬時にマギウス・スタイルへと変身し、蜘蛛―――アトラック=ナチャと対峙する。

 

 「ギシャァァァァァァァ!」

 

 こちら目がけて吐き出された糸を回避し、壊れた天井から上空へと翔ぶ。

 お世辞にも翔ぶのが上手とはいえないけど、相手はナイトゴーントじゃない。

 

 (アレは蜘蛛だし、真逆攻撃が空まで届く筈は……)

 

 ―――どうやら甘い考えだったみたいだ。

 アトラック=ナチャは脚を巧みに使い、壁面を垂直に駆け上がってきた。

 そして上まで昇ったところで、上空に向かって糸を吐いた。

 

 「なっ!?」

 

 糸は、私の上空で蜘蛛の巣の形になって広がり、投網のように私に覆い被さった。

 

 「きゃあああああああ!?」

 

 「こ、このうつけぇぇぇぇぇぇ!」

 

 糸が翼に絡まり、敢え無く墜落。

 ……が、地面に激突する前に、いつの間にか張り巡らされていた蜘蛛の巣に捕縛されてしまった。

 

 「九淨! さっき油断するなと言ったばかりであろうが!」

 

 「これじゃあさっきの二の舞じゃないのぉぉぉ!」

 

 あっさり危機的状況へと陥った。

 足掻いている間にも、アトラック=ナチャが迫っている。

 マズイ。

 今度こそ本当に、蜘蛛の巣に捕まった昆虫の様に捕食されてしまうだろう。

 

 (そんなの御免よッ! 何か、何かここから脱出する方法は……!)

 

 例えばそう。

 この糸の粘着性と耐久性を物ともしないような鋭い刃―――

 

 「……っ!?」

 

 脳裏に浮かんだのは、何度も苦しめられたナイトゴーントの鋭翼。

 確かに翼はある。

 けど……どうやって術を構築すれば良いのか解らない。

 

 「わ、妾まで捕まってしまったではないか! 九淨! 早く何とかするのだ!」

 

 (何とかしたいけど……くっ!)

 

 魔力を集中させて色々試みるも、巧くいく気配がない。

 私が悪戦苦闘している間に、アトラック=ナチャはすぐそこまで迫っていた。

 

 「シャァァァァァァァァ!」

 

 「九淨―――――――ッ!」

 

 鎌のようなアトラック=ナチャの腕が、私の首を狩るべく振るわれる!

 

 (あ、ああああああああっっッッ!)

 

 首に鎌が触れる―――その直前。

 瞬きにも満たないほどの刹那。

 そこで、世界の時間が止まったかのような感覚を得た。

 

 意識が弾け、カラダの内から昂ぶる。

 されど、思考は冷静に。

 まるでマスターテリオンに追い詰められたときの、あの感覚。

 

 最適解を次々と導き出し、さっきまで紡ぐことが出来なかった術が、この刹那の時間で完成した。

 

 「グギャアアアアアアア!」

 

 「!?」

 

 鋭い剃刀の刃のように変化した黒翼が、アトラック=ナチャの腕を両断した。

 同時に、絡まる糸を切断し、蜘蛛の巣の拘束から脱出する。

 

 「そうか! ナイトゴーントの戦闘法から得たのか!」

 

 そう。

 ナイトゴーントの鋭翼を元に編み出した術。

 名付けて―――

 

 「マギウス・ウィング!」

 

 巣から脱し、床へと降り立つ。

 

 (今の感覚って……?)

 

 翼を見てみると、既にページを束ねたような普段の状態へと戻っていた。

 

 「九淨ッ! 彼奴が逃げるぞ! 追え!」

 

 「へっ!? ええっ!」

 

 アルの声にアトラック=ナチャへと意識を戻す。

 アトラック=ナチャは切断された腕から血を流し、逃走を図ろうとしていた。

 

 (逃がすもんですかっ!)

 

 空を駆け、間合いを詰める。

 

 (この距離……獲った!)

 

 アトラック=ナチャを攻撃―――

 

 「きゃあああああっ!?」

 

 突然、横合いからの衝撃で邪魔された。

 反射的に黒翼―――マギウス・ウィングでそれを受け止めたものの、大きくバランスを崩してしまい、このままバランスを取って飛行というのは出来そうにない。

 一度地面に降り、翼を確認する……特にダメージは無しっと。

 とりあえず、攻撃が飛んできた方を確認する。

 

 「ふふふっ……ふはははははっ! えやーっははははっ! 我輩のナイスミドルな発明品! 魔力探知機“教えて!ダウジン君!” の針がビンビン触れたので来てみれば……なるほど! そうであるな! アル・アジフの断片を追えば大十字九淨! 貴様が姿を現すのは道理であったな! さあ、覚悟するのであーる! 此所で逢ったが百年と二日ほど!」

 

 ……個人的に二度と関わり合いになりたくないと思っていた白衣の変質者が、アメリカンなバイクに跨り、ギターケース型バズーカを構えていた。

 お供の覆面男たちと一緒に。

 

 「……またアナタなの、(放送規制用語)」

 

 「ストレートだな」

 

 名前まで覚えられたとか……勘弁してほしいわ。

 

 「撃てぇい!」

 

 バズーカを放り投げ、ギターを掻き鳴らす白衣の変質者。

 その音を合図に覆面男たちが、手に持つマシンガンを一斉に掃射した。

 

 「チッ……!」

 

 舌打ちしつつ、マギウス・ウィングで弾丸を防ぐ。

 けど、そうしてる間にアトラック=ナチャは大分遠くへと逃げていた。

 

 (くっ……!)

 

 「どけぇぇぇぇぇっ!」

 

 マギウス・ウィングを盾にしながら銃弾の雨を突破し、正面の覆面男を吹き飛ばす。

 車に撥ねられたかのように、覆面男が宙を舞う。

 他の奴等は無視し、一直線にアトラック=ナチャを追いかける。

 

 「ぬう! 奴の目的はあの大蜘蛛であるか! ……そうか! アレが大導師の仰っていた、アル・アジフの断片というわけであるな! そうと分かれば皆の衆、追えぇい! 追うのだっ!」

 

 「どうやら勘付かれたらしいな」

 

 「○○○○の癖に察しが良い奴ね……ッ!」

 

 距離が離れた私達を、死重になったマシンガンを捨てて追いかけてくる覆面男たち。

 

 (……面倒な奴等ね、まったく!)

 

 「九淨!」

 

 アルの声に意識を前方に戻すと、いつの間にか無数の蜘蛛の巣が張り巡らされていた。

 

 ―――再び、あの感覚を得る。

 流れるように自然に、マギウス・ウィングを刃へと変化させ、進路上の巣を切り裂いた。

 

 一方、私達を追いかけてきた覆面男たちは全員、蜘蛛の巣に引っかかり捕まっていた。

 

 「ふふっ……やはり汝は実戦でこそ輝く性質だな。生と死の極限と云った妾の特訓も、まだまだ甘かったようだな」

 

 「アレで甘かったとか言いますか、アナタはっ!」

 

 「くくくっ……益々気に入ったぞ、我が主よ」

 

 意地の悪い笑みを浮かべるアル。

 

 (……ホント、いけ好かない娘っ子だこと)

 

 「ちぇっ、勝手に言ってなさいよ……んっ?」

 

 ゴゴゴゴゴゴゴ……と、地底から地鳴りが響いてくる。

 周囲の建物を揺るがすソレに、何となく覚えがあった。

 

 (……またアイツか)

 

 「ふんっ! 腐っても死霊秘法の主(マスター・オブ・ネクロノミコン)というわけであるな! ならば、我輩が自ら相手をしてやらねばならんのも全く道理! 良かろう! 見るが良い! 我輩の、威風堂々『エルガー作曲』たる理論(ロジック)の結晶を!」

 

 激しいギターの音色と共にドクター・ウェストの足元がひび割れ、破壊ロボがその姿を現す。

 破壊ロボのコクピットが開き、跨っていたハーレーごとドクター・ウェストを飲み込んだ。

 ドクター・ウェストという命を吹き込まれた破壊ロボが動き出す。

 

 「崩れるぞ、九淨!」

 

 「ッ……!」

 

 ウィングを羽ばたかせて、上空へと退避する。

 

 地面を崩壊させながら、破壊ロボがその全貌を現した。

 無骨なデザインのボディに、4本の腕。その4本全てがドリル。

 これは……まあいい。

 問題なのは、その頭部。

 そう……頭部も、なのだ。

 

 ―――ドリルだった。

 

 何はともあれ、ドリルだった。

 天を貫くように、ドリルだった。

 何がアンタをそこまで駆り立てるのか……と聞きたくなるほど、ドリルだった。

 

 (私にどうしろっていうのよ……?)

 

 ドリルの回転音に加えて、ドクター・ウェストの哄笑とギターの旋律がスピーカー越しに響く。

 

 『ひゃーッはははははははっ! 驚いたかね、これが“スーパーウェスト無敵ロボ28號改ドリル・エディション~男の夢よ永久に~”であーる! この前は油断ゆえにしてやられたが、今回はそうはいかん! 我輩の破壊ロボの圧倒的性能! パワー! そして浪漫(ドリル)! 以上の項目を胸に刻み込み、あの世へと旅立つが良い!』

 

 「ハァ……また面倒なタイミングで現れたわねッ」

 

 『喰らえィ! 漢の夢と科学の浪漫を乗せて! 必殺っっ!』

 

 スピーカーから響くドクター・ウェストの演奏に合わせて、ドリルが唸りをあげる。

 掻き乱された大気との摩擦で、渦上に回転するエネルギー波が発生した。

 

 「な、なによそれぇぇぇぇっ!?」

 

 『ドリルゥゥゥ・トルネェドォォォォ・クラッシャアアァァァァァ!』

 

 破壊ロボがドリルを突き出し、エネルギーの奔流が放たれる。

 それは巨大な竜巻になって、私達へと向かってきた。

 

 「いかん! 九淨! ……くうっ!」

 

 「うあああああああああっ!?」

 

 咄嗟にマギウス・ウィングで全身を保護する。

 巨大な竜巻の中、襲い来る衝撃に耐える。

 そのまま私達は、天高く放り出された。

 

 「くぅぅぅっっっっっっ! ……っ! あれって!」

 

 錐揉み落下していくその先、背を向けて逃げているアトラック=ナチャが視界の端に映った。

 

 「アル!」

 

 「分かっておる! 九淨、翼を展開しろ!」

 

 言われた通りに、マギウス・ウィングを目一杯広げる。

 すると、表面に魔術文字が奔り、翼の先端が巨大な本の形へと変化した。

 

 「ギィッ!?」

 

 気配を察知したのか、アトラック=ナチャが空を仰ぐ。

 

 けど、もう遅い。

 翼がアトラック=ナチャを挟み込み、まるで本を閉じるかのように重なり合った。

 アトラック=ナチャはプレスされ、まるで栞みたいだ。

 

 「うえぇぇ……ずいぶんスプラッタね」

 

 「うつけ。よく見てみよ」

 

 両翼がゆっくりと開く。

 其処には潰れたアトラック=ナチャではなく、仄かな輝きを纏った数枚の紙片があった。

 

 「……コレがアルの断片?」

 

 「うむ。―――接続(アクセス)! アエテュル表に拠る暗号解読! 術式置換! 正しき姿へ還れ、我が断章!」

 

 アルが唱えると、紙片は私のボディスーツへと吸い込まれてゆき、魔術文字の輝きを残してスーツと一体化した。

 

 「回収成功だ。良くやったぞ、九淨」

 

 「ふぅ……」

 

 「色々あったが、出だしは好調だな。あの時はどうしようかと思ったが……」

 

 「……………」

 

 「……………」

 

 「……………」(うるっ……)

 

 「……すまんな……思い出させてしまって」

 

 『ほおぅ……あの攻撃を受けてまーだ生きておったか! だが、貴様の悪運もここまでなのであーる!』

 

 地響きを鳴らし、破壊ロボが私たちに追いついてきた。

 さて、今度はこっちをどうにかしなくちゃならない。

 

 (けど……どうしたものかしら)

 

 「ふん、鉄屑如きが吼えおって。九淨、デモンベインを喚ぶぞ」

 

 (……あなたはそう言うでしょうね)

 

 けど、こっちはそういうワケにもいかない。

 

 「覇道のお嬢様に言われたでしょ。デモンベインを使うわけにはいかないわよ」

 

 「阿呆! 何故我等が一々あの小娘に伺いを立てねばならん!?」

 

 「アナタにはどうでも良いでしょうけど、私には重要な事なのよ! 覇道財閥を敵に回せるわけないでしょぉ!」

 

 「ええいっ! 人間というのはどうしてこう下らん事を気にするのだ! 第一デモンベインなくして、アレとどうやって戦うつもりなのだ!」

 

 指し示す先には破壊ロボ。

 ……まあ、確かにデモンベインなしで勝てるとは思えない。

 

 「まさかマスターテリオンの真似事で、生身で挑むつもりではあるまいな? はんっ、笑わせおる。彼奴と汝では天と地ほどの力の差があるのだぞ」

 

 「分かってるわよそんなことっ! だからどうしたら良いか、今考えてるんじゃない!」

 

 「何を悠長な事を言っておるか!」

 

 『って……我輩を無視するとは良い度胸なのであーるっ!』

 

 「きゃあああああああああ!?」

 

 放置されて怒ったドクター・ウェストが、ミサイルをぶっ放してくれやがりました。

 

 (チッ、短気な奴ね)

 

 『ほらほらほら! どうした!? どぉぉぉしたのだ!? あの巨大ロボットを喚ばないのであるか? それとも我輩の黄金色の頭脳には勝てないと悟り、潔く討たれるつもりであるか? ひゃーっはははははははっ!』

 

 「……こっちの都合も知らないで好き勝手言ってくれるわね」

 

 『まあ、アレも少しはできるロボットだったようであるが……その程度で我々ブラックロッジと、ましてやあの大導師と戦おうなどと、随分と身の程知らずなのであーる!』

 

 (…………何ですって?)

 

 『しかし、大導師に愚かにも挑み理解したであろう? 所詮、貴様らの力などあの程度! この世の理は弱肉強食! 弱者に過ぎぬ貴様らは、大人しく我々に平伏し、喰われるが定め!』

 

 弱者……弱者ですって? 私たちが。

 

 「…………」

 

 「……九淨? どうしたのだ?」

 

 『そもそも! 大導師御自ら相手をする必要など、最初からなかったのである! そのことを我輩の大! 傑! 作! スーパーウェスト無敵ロボ以下略で、たっぷりとその身体に教えてやるのであーる! さあ覚悟し……』

 

 「―――黙りなさい」

 

 『……はいっ?』

 

 「マスターテリオンが何だっていうのよ。醜悪な豚野郎共が」

 

 『なっ……! ななななんなァっ!』

 

 「九淨? ……ッ!」

 

 ……カラダが熱い。

 血が煮え滾っているように熱いくせに、頭の中は恐ろしい程に冷たい。

 また、私を包むこの感覚。

 

 何となく理解していた。

 これが、魔術師としての覚醒なのだと。

 

 視点がガラリと変化し、世界を一段上から見渡しているような認識と、カラダの奥底から無限に力が湧いてくるような実感。

 

 今の私なら、どんなことだって出来そう。

 

 (ええ……どんなことだって、やってやるわっ!)

 

 剣指を作り、中空にソレを描く。

 

 「……招喚陣」

 

 「喚ぶわよ、アル」

 

 「えっ……?」

 

 「もうつまらない事でウダウダ悩むのは止めよ。()()の力―――このクソ野郎に思い知らせてやるわよ!」

 

 「……応ともよ!」

 

 『き、貴様ァァァ! この大! 天! 才ィ! ドクターァァァァァ・ウェェェェスト! を、豚だのクソだの言いおってぇぇぇぇ!』

 

 破壊ロボが4本のドリルを振り翳す。

 

 良いわ……アーカムシティを舞台に鋼鉄の舞踏会と洒落込みましょうか、ドクター・ウェスト!

 

 「憎悪の空より来たりて

  正しき怒りを胸に

  我等は魔を断つ剣を執る!

  汝、無垢なる刃―――デモンベイン!」




九淨さんのドクター・ウェストへの罵倒が、ちょっと陳腐な気がする。
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