ある少女の斬魔大聖   作:アイオン

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I AM PROVIDENCE
第1話


 それは凄絶な最後だった。

 

 数多の時を重ね、幾多の怪異を葬り、絶対的な力の象徴たる鋼。

 だが神を模したとされる鋼の巨人も、今はもう動かない。

 砕け散った貌、根元から引き千切られた腕、無残にも吹き飛んだ脚、抉られた腹……機体(カラダ)に刻み込まれた無数の傷痕は、戦いの激しさを物語る。

 

 最早ヒト型と呼ぶことさえはばかられる鉄塊(シカバネ)と化した機械仕掛けの神は、瘴気と狂気に冒された不浄の廃墟で崩れ落ち、無念の最後を遂げようとしていた。

 

 不意に、一陣の風が巻き起こる。

 その風に乗って何百の紙片が運ばれてくる様子は、紙吹雪の様であった。

 一枚、また一枚、重なり合った紙片は光を纏い、やがて中空で一冊の書物と化した。

 

 怪異な現象は続く。

 書物と化した紙片がほどけ、今度は人型を形作り、少女の姿となった。

 少女は鋼の前に降り立つと、静かに瞼を開いた。

 

 ―――瞬間、翡翠の相貌は絶望の色に染まった。

 少女は唇を噛み締め、握り締めた拳は震え、胸中には怒り・絶望・悲しみ・あらゆる負の感情が渦を巻いていた。

 

 少女は一歩、鋼へと歩み寄る。

 が、次の瞬間、かろうじて原形をとどめていた鋼は爆音とともに粉微塵に吹き飛び、その最後を遂げた。

 

 「クッ……」

 

 爆風は少女の華奢な体を蹂躙していく。

 少女にはまるで、鋼が自らの不甲斐なさを責め立てている様に感じられた。

 

 少女は悲痛に顔を歪ませ、静かに頭を垂れる。

 だが、それは一瞬でしかない。

 少女は思考を遮断し、迷いを振り切るように、踵を返した。

 

 彼女の目には、前方に浮かび上がる街の姿が映っている。

 

 (何としても見つけ出さねば。妾を所有するに値する術者を……)

 

 例えそれが眼前に広がる街の中、それ以前に、この時代に存在するかどうかも定かではないとしても。

 

 「……よしっ」

 

 短く呟き、少女は駆け出した。その先に希望があると信じて―――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どんなに街の灯りが夜を照らしても、どんなに科学が迷信の闇を暴いても、人が神様を捨てることなんて出来やしない。

 何でかって? 科学の光ってのは人の心の空洞まで曝してしまうからよ。

 カラッポな自分を何とか埋め合わそうと、人は宗教をその空洞に詰め込もうとする―――何とも調子のいい話よね。

 

 人は神様の潔癖を疎んじて、それから逃げようとこの傲慢の塊みたいな街を築いたけれど、それでもやっぱり駄目だったから、また神様に縋る。

 尽きることの無い神様の愛につけ込んで……ね。

 

 私こと大十字九淨だって人のことが言えた義理じゃない。

 いや、むしろその典型ね。

 不敬で不遜で自堕落で……それでも困ったときはここぞとばかりに神様に縋る。

 だけどそんな不様を曝したって、私にはもう……神様ぐらいしか頼るものは無いんだ。

 

 ―――ぶっちゃけてしまおう、ここ一週間ほど何も食べてないのよね。

 ここ一週間で口にしたのは、塩と水だけ。

 ……因みにその前日はパンの耳だけだったりするのだけど。

 

 そこらへんのわんこの方がよっぽどいい食生活してるんだろうな……言ってて悲しくなってきたけど。

 

 ―――そして遂に塩の備蓄も昨日尽きた。

 これは不味い! 死神を背後に幻視してしまった私は、恥を忍んでごはんをたかりに知り合いの住むこの教会に来たのだけれども……

 

 「いない……ですって……!?」

 

 どさっと音を立てて床に崩れ落ちる私。

 ああ……何かもう……どうでもいいや……。

 なんだかとっても眠くて、ラインの黄金はヴァルキューレでジークフリードな神々の黄昏だ。

 ……ちょっとなにいってるかわからないや。

 

 ああ、遂にエンディングテーマまで流れ始めた。

 このまま私の人生はスタッフロールに突入。

 閉幕と同時にスタンディングオベーション。

 世界で感動の嵐が巻き起こり、興行成績連続1位。

 

 「彼女の直向さに私は心奪われた」(27歳・軍人)

 「真実の愛とは何だったのか、考えざるを得ない作品」(主婦さんじゅうななさい)

 「九淨さん、抱いて!」(19歳・美少女・エセ関西弁・腹黒タおや、誰か来たようだ)

 

 ……何かっていうか何もかも可笑しい気がするけど、まあいいや。

 

 「あー、くじょーが倒れてるぞ~」

 

 ……ん?

 

 「わーい、いきだおれいきだおれ~」

 

 ……。

 

 「くじょー。生きてるか~?」(つんつん)

 

 ……。

 

 「あははははははっ」(髪を引っ張っている)

 

 ……イラッ。

 

 「…………」(おろおろ)

 

 ……。

 

 「くじょー。ミミズだよ~毛虫だよ~クモだよ~ヘビだよ~」(頭の上に蟲を乗せつつ)

 

 「きゃあぁぁぁぁぁ!? 何するのよ、がきんちょどもっ!!」

 

 思わず跳ね起きてしまう。

 

 「わー、いきだおれがよみがえったーっ!」

 

 「ゾンビゾンビ~」

 

 「…………ッ!」(びっくりした)

 

 「私は今とっっっても機嫌が悪いの……だから、倒れてる人にイタズラするような悪い子はお仕置きよッ! 全員そこに直りなさいっ!!」

 

 「わーい、くじょーが怒ったぞーっ」

 

 「にげろにげろ~」

 

 「…………ッ」(しゅたたっ)

 

 蜘蛛の子を散らしたように逃げるがきんちょどもを、全力で追いかける。

 がきんちょの一匹を捕まえたところで、知り合い、というか私が当てにしていた人が帰ってきた。

 

 「あらあら……憐れな子羊たる九淨ちゃんが、子ども達をドス黒い欲望と劣情の餌食にしようと、毒牙を伸ばしているぅー! 九淨ちゃーん、早まっちゃダメぇー! 神様が悲しんでおられますよ~!」

 

 ……この人は私のことをどんな目で見ているんだろうか。

 

 「シスターァァぁぁぁ! メシ持って来ーい!!」

 

 「あらあら……九淨ちゃん、良くは分からないけど、それは死亡フラグじゃないかしら?」

 

 ぎゃふん。

 

 

 

 

 

 シスター・ライカ。

 私がこの街にやってきてからの付き合いだ。

 

 彼女はこの寂れた教会で聖職者として活動しながら、このがきんちょども……身寄りのない孤児たちを引き取って育てている。

 

 ちょっとばかりおっとりしてるけども、私と比べて人間の出来た立派な女性である。

 金髪で眼鏡美人で、その上スタイルも抜群……はぁ。

 

 「そんなことありませんよー? それに、九淨ちゃんだってとっても美人さんよ?」

 

 本人にいってみると、そんなことを言われてしまうのだが……それは置いておこう。

 問題は……

 

 「はふ~……満足満足」

 

 「はい、お粗末様でしたぁー。んー、こほん。それでね九淨ちゃん、お話があります……こら、そこ。すっかり何の遠慮の欠片もなく食後のお茶してるんじゃありませんっ。しかも勝手に」

 

 「まあまあ、そこは私だからってことで一つ……それで、どうしたの改まって?」

 

 ―――まあ、本当は分かってるんだけどね。

 ……だって口調が丁寧語だし。

 

 「まったくもぅ……まあ、それは別に良いでしょう。では九淨ちゃん、単刀直入にお話しますよ」

 

 「ふぁい?」

 

 「―――働けよ」

 

 「………………」

 

 「………………」

 

 ―――これほどまでに見事な単刀直入が今までにあっただろうか、いや、無い。

 

 「……え、えっとね、シスター。私は別に怠けて働かないわけじゃなくて、働こうにも仕事の依頼がないからなんですけど」

 

 「そんなヤクザな商売やっているからよ。良いですか? 人間、真面目にコツコツ働くのが一番なのですよっ。天は自らを助くる者を助く。だから九淨ちゃんも、しっかり努力しなければならないんですよ」

 

 ……やっぱりお説教モードだよ。

 

 なんでかこの人は、私の顔を見る度に説教したくて堪らないらしい。

 これさえなければ、完璧なんだけどね……。

 そんなだから嫁の貰い手g……いや、何でもない。

 

 「……一応、人の役に立つお仕事だと私は思ってたりなんだり。ヤクザな商売は言い過ぎなんじゃないかな?」

 

 「何を言いますか……どんなに言い繕っても、やってることはほとんど他人のプライベートの覗き見じゃないですか―――探偵なんてお仕事は」

 

 探偵。

 この私、大十字九淨の仕事。

 

 まあ、小説の世界じゃあるまいし、依頼のほとんどは捜し人・物、あるいは浮気調査だ。

 だからライカさんの言う通りではあるのだけど……。

 

 「それにその、人の役に立つお仕事の最後の依頼がいつでしたっけ?」

 

 「………………」

 

 1ヶ月前だったりする。

 

 「今まで良く生きてたな……私」

 

 「毎日たかりに来てたじゃないの……この前のお説教でひねくれちゃって、しばらくは姿を見せなかったけど。まあ、時間の問題って思ってましたが。もう、九淨ちゃんったら本当に甲斐性なしさんなんだからぁ☆」

 

 ……自業自得とはいえ、ここまで嫌味いっぱいに返されるとは。

 

 「ああ……この迷える子羊をお救いください、シスター」

 

 「だが断る」

 

 いつもはおっとりした喋り方なのに、偶に口調が異様に冷たくなるのは何故に。

 

 「いいもんいいもん! こうなったらまたごはんをたかりにたかりまくってやるんだから! 覚悟しておきなさいっ!」

 

 ズビシッとポーズを決め宣言する。

 

 「もうっ! そんなにも後ろ向きな発言をそこまで前向きな態度で言い切りやがりますか!?」

 

 「大十字九淨の≪女≫を見せてあげるわッ!」

 

 「なんでそう間違った方向に全力かなぁ!?」

 

 最早呆れ顔である。

 

 「ではさらばっ!」

 

 「ちょっと、話はまだ終わってませんよ……っ!」

 

 制止するライカさんを華麗にスルーし、席を立つ。

 だけど、私がドアノブに触れたところで……ライカさんは真剣な声色で声をかけてきた。

 

 「九淨ちゃん……学生の頃はまだしっかりしてたのに。どうして大学辞めちゃったの……?」

 

 「………………」

 

 私は思わず、その場で動けなくなってしまう。

 ライカさんの真摯な視線が、背中にこれでもかと突き刺さる。

 

 わざとおちゃらけた風を装って、ライカさんに振り返る。

 ……表情に出てしまっているかもしれないけど。

 

 「何のことはないよ……ただ単に落ちこぼれたってだけ。よくあることよ。じゃあ。おやすみ、ライカさん」

 

 それだけ答えて、私は、ライカさんの真摯さから逃げるように部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ふうっ……」

 

 思わずため息をついてしまう。

 

 色々と世話を焼いてくれるライカさんには、どうも頭が上がらない。

 まあ、口うるさいのは職業病みたいなものだろうし、言われるだけの心配をかけている私にも問題はあるのだから、仕方ないといえば仕方ない。

 

 さっきも話に出たけど、私は探偵を生業にしている。

 ……マトモに仕事の依頼も来ない、三流探偵なんだけどね。

 だからって、真面目に会社員をやれるような性格でもない。

 大学を中退してから、すっかり気が抜けてしまった様で、いい加減な生活が染みついてしまった。

 

 「身の程を弁えろってことよね……よーするに」

 

 そう呟き、私はいつもの角を曲がる。

 視線の先には、崩れた建物とその周囲を調査する警察の姿があった。

 

 (どーせ“ブラックロッジ”のロボットがまた暴れたんでしょう)

 

 さしたる興味もなく、事件現場の横を通り抜ける。

 私が異常―――というわけではなく、ここを通る誰も彼もが無関心だ。

 

 ……この街ではこんなことは、日常茶飯事である。

 ぶっちゃけそんな事件なんかよりも、皆自分の明日についての方がよっぽど大事なのだ。

 食い扶持のない私なんかは特に。

 

 「まあ、明日にゃ明日の風が吹くってね……ガンバ、私!」

 

 むんっ! っと自らに気合を入れ、私は事務所兼自宅への帰路を急いだ。

 

 ―――帰ってきたら、電気もガスも……水道も止められていた。

 ……鬱だ。

 

 電気が止まってる以上、何もやることはない。今日は早めに寝てしまおう。

 ベッド代わりのソファーに寝転がり、毛布に包まる。

 視線を横に向ければ、窓から街が見下ろせた。

 

 夜空を貫くかのように聳え立つ摩天楼。眠ることのない街。繁栄の絶頂。

 それが此処、アーカムシティである。

 

 科学の発展と錬金術の復古は人々の生活水準を格段に向上させた。

 様々な分野でビジネスチャンスが生まれ、経済は嘗て無い程に潤いをみせていた。

 繁栄は多くの人を呼び、集った人々はまた、新たな流れを作り出す。

 一夜にして莫大な富を得る者がいれば、逆に一夜にして全てを失う者もいる。

 

 良いにしろ悪いにしろ、有り余る程の活気がある。

 アーカムシティは今、紛れも無く世界の中心である。

 

 人が集まれば賑わいを見せるのは当然だが、治安の悪化というものも当然付いて回る。

 増え続ける浮浪者にスラム、暴力と新興宗教が道徳を追いやり、幅を利かせている。

 

 取り分け最悪と言われるのが“ブラックロッジ”と名乗る過激派カルト教団だ。

 魔術師を教祖とする彼らは、実戦こそ魔術の本質と説き、その欲望赴くまま、犯罪に及んでいた。

 この街の凶悪犯罪に分類されるほぼ全てが、何らかの形で彼らに繋がっているのであろうことは間違いない。

 

 ……何にせよ、この街は激動の時を迎えている。

 大黄金時代にして大混乱時代にして大暗黒時代。

 それがこの街、アーカムシティだ。

 

 富豪も貧民も賢者も愚者も聖人も悪人も老いも若いも子供も大人も男も女も分け隔てなく受け入れ、生かし殺す。

 そんな街だからこそ、私もこうして生きることが出来るのだけど……

 

 「……足りない」

 

 呟いた声さえも。

 何かが致命的なまでに足りない。

 虚しい、空虚だ。

 

 理由も分からぬまま―――そもそも、その理由を考える余裕も暇もないまま、今日という日は過ぎ去って、明日が来てしまう。

 

 「まぁ……仕方ないよね」

 

 そう呟き、私は瞼を閉じた。

 

 

 

 

 この時の私はまだ、知る由もなかった。

 運命の足音が、すぐそこまで近づいていることを。

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