ある少女の斬魔大聖   作:アイオン

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意外と長くなった回。


第20話

 ―――どうして、こんなことになってしまったんだろう……。

 教会を飛び出したアリスンは、少しだけ我に返ったものの、当てもなく夜の街を彷徨っていた。

 

 手にしたコンパクトに目を落とす。

 先程まで不思議な現象を起こしていた鏡だったが、今は静かに沈黙している。

 ……自分の周りで怪現象が起きるのは良くあることだったけど、今回みたいなのは初めてだった。

 魔法の鏡。

 あの女の人の言う通りなのだろう。

 

 またさっきみたいに、お化けがいっぱい出てきたら……そう考えるととても怖いけど、何でか、鏡を手離そうとは思わなかった。

 

 ―――これからどうしよう?

 あんなことになった以上、もう教会には戻れないし、戻りたくはない。

 けど、他に行く場所も、頼れる人も居ない。

 だからって、独りで生きていけるわけはない。

 

 どうしよう。

 どうしたら。

 どうすれば。

 

 良い考えは浮かばず、思考の迷路に迷い込む。

 そうして途方に暮れていると、くぅ、とおなかが鳴った。

 

 そう言えば、お夕飯を食べてなかったんだ。

 おなかが空いたけど、ご飯を買うお金を持っているわけでもない。

 ……どうしよう。

 

 空腹が不安を掻き立てる。

 ひもじさと惨めな気持ちが溢れ、涙になって頬を伝った。

 

 ―――なんで、なんで、こんなことになっちゃったんだろう。

 

 聳え立つ摩天楼の巨大さは、まるで不安がカタチになって圧し掛かってくるみたいだった。

 

 ……怖い。

 なんで、こんなにも怖い思いをしなくちゃいけないのか。

 なんで、みんな自分をいじめるのか。

 

 ……こんなに怖い世界なら

 誰一人信じられない、こんな独りぼっちの世界なら

 ぜんぶ、ぜんぶ、なくなっちゃえば―――

 

 「……ッ!?」

 

 そんな思念に反応するように、コンパクトが光を放ち始めた。

 慌てて昏々とした考えを振り払う。

 輝きは、ゆっくりと消えていった。

 

 「っ……ひっく……」

 

 何で……何で自分の周りは、こんなに怖いものばかりなんだろう。

 もういや、帰りたいよ―――何処、へ?

 

 「ぇぅ……うえええぇぇぇ………」

 

 感情が抑えきれなくなり、溢れ出しそうになった―――その時。

 莫迦みたいな大音量のクラクションとエグゾーストノートを響かせ、一台のバイクが近づいてきた。

 思わずビクッと跳ね上がり、そちらを注視する。

 バイクが目の前で止まった。

 乗っている人の着ている白衣が、視界一杯に広がる。

 そして。

 

 「ぬううううぅぅぅぅ!? 我輩の魔力探知器“教えて!ダウジン君完全版、初回特典:ドクター・ウェスト等身大sexy抱き枕”によれば、アル・アジフの断片と言って相違無い魔力波が、確かに確実に間違いなく、この近くから発せられているはずなのであぁぁぁぁぁるが! 一体全体どぉぉぉぉこにィィィィィ!?」

 

 「……………………………………」

 

 「お?お?おおおおおおおおおッ!? そこな少女! 山道に咲く花のように慎ましく麗しき君のその可憐な手に握られているのは、もしやもしかしてもしかしなくてもであるか!? 愛らしいお嬢さん! 君の持つその鏡を、どうか、我輩によろしくプリィィィィィィィィィィィィィズ!」

 

 「………………………………………………………」

 

 「もちろん、タダで譲ってくれとは言わないのであーるっ! お礼にもれなく! 我輩の洗脳プログラム“たのしいりか・ロボトミーじっけん4じかんめ 最終ステップ【廃人】”を受けさせて差し上げよう! 我輩が認めた有能な人間のみに対する洗脳プログラムであるからして、素晴らしく名誉なことっぽいぞ!? まだ実験段階故、一回も使ったことはないのであるが。さあお嬢さん! さあさあさあ!」

 

 「………………………………………………………………………いやあああああああああああ!」

 

 「はいっ!? ちょ、ちょっと待つのであぎゃああああああああああああああああ!?」

 

 ―――感情という濁流の堰は、あっさりと切られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ライカさんを背に、摩天楼の空を翔ける。

 その間、ライカさんはアリスンの過去について教えてくれた。

 アリスンの周りで、いつも怪現象が起きていたこと。

 それが原因で疎まれ、親族を盥回しにされた挙句、教会に捨てられたこと……。

 その話にアルは、何かに納得したように頷いた。

 

 「成程。先程の感じに加え、その話……あの娘は魔術の才を持つようだな」

 

 「アリスンが?」

 

 「感受性の強いあの年頃には、魔力が無意識の容で顕れることがある。才、力を秘めた者は、時に想像力のみで術を……異なる世界法則を編み上げてしまう。そういうモノと知らずにな。御伽噺(エヴリデイ・マジック)―――不安定ではあるものの、柔軟性のある魔術の顕現」

 

 「子供の頃の夢……ってところかしら?」

 

 「大抵の人間は、そういう事になるな。……ともかく、妾の断片の影響を受けているとは云え、あれ程の力を発現しておった。あの娘はかなりの才覚の持ち主ということになる。その才覚が、道理も識らず暴走するとなれば―――」

 

 「―――拙い、わね。……もっと飛ばすわよ」

 

 「もっとぉ!? わっひゃああああああぁぁぁぁ~~~~~!」

 

 アルの断片の気配を辿り、速度を上げて飛翔する。

 ライカさんは落ちない様に、私の身体に強くしがみ付いて……ふと、耳元で囁いた。

 

 「九淨ちゃん……やっぱり、危険なこと続けてたのね」

 

 「…………」

 

 今の状況では、言い逃れは出来ない。

 気まずさに口を噤む私だったけど、ライカさんはそのまま続けた。

 

 「九淨ちゃんが抱え込む必要なんて無いって言ったのに、どうして……どうしてそうまでして、危ないことに関わるの?」

 

 若干言葉に悩みながらも、私は答える。

 

 「……ライカさんと一緒よ」

 

 「えっ?」

 

 「ライカさんがアリスンのことを、大事に思って、放っておけないように」

 

 「それは家族として当然のことだし……」

 

 「私も、ブラックロッジの豚野郎共が好き勝手してるのを見過ごすことなんて出来ない。この前みたいにアイツ等のせいで、私にとって大切なみんな―――ライカさんたちが危険に晒されるのが許せない」

 

 「だからってそんな……!」

 

 「まあ、私の場合は……ムカつく奴は張っ倒すって、ただそれだけのことかも知れないけどね」

 

 「でも……どうして九淨ちゃんが戦わなくちゃ……」

 

 「見えたぞ、九淨!」

 

 アルの声に、私は眼下の街を見据える。

 

 道路を封鎖する装甲車と共に並ぶ、武装した治安警察の部隊。

 彼らは、装甲車のヘッドライトに照らされたクリーチャーの一団と対峙していた。

 

 武装した警官隊に向け、雄々しく進軍するトランプの兵隊。

 鷲の翼と上半身にライオンの下半身を持つ、グリフォン。

 戦車のように巨大で、絶えず涙を流している海亀……らしき生物。

 

 「懐中時計片手に急ぐ白ウサギにハンプティ・ダンプティ、“猫のない笑い”のチェシャ猫に狂った帽子屋、トランプの兵隊、グリフォン、代用ウミガメ……そっか。“不思議の国のアリス”ね」

 

 「ふむ……まさに御伽噺(エヴリデイ・マジック)だな」

 

 そして、代用ウミガメの背中に、座り込んで泣きじゃくっているアリスンが居た。

 

 「九淨ちゃん!」

 

 「分かってる!」

 

 その時、警官隊が発砲した。

 銃弾は前進していたトランプの兵隊たちを穴だらけにしていくものの、怯む様子は無い。

 トランプの兵隊たちはそのまま、槍を突き出し、警官隊目がけて突貫する。

 私は上空でマギウス・ウィングを羽撃かせ、突風でトランプ兵たちを吹き飛ばした。

 

 「こ、これはいったい!?」

 

 「下がっておれ、人間ども! 魔術を識らぬ汝等では荷が勝ち過ぎる!」

 

 ギィィィィ―――――――――ッ!

 鳴き声を上げ、猛然と迫るグリフォン。

 

 鋭い嘴を武器にこちらに突撃してくるソレを回避し、後ろを取ろうとするも……予想以上に速い!

 すぐさま転進し、再びこちらに突撃してくる。

 高度を上げて仕切り直そうとするが、ぴったりと後ろにつかれ、振り切ることが出来ない。

 

 (ドッグファイトじゃ、向こうに分があるわね……ならっ!)

 

 「せりゃあっ!」

 

 一気にスピードを落とし、振り向きざまに回し蹴りを放つ。

 ……しかし、放った右脚は、スレスレのところで避けられてしまった。

 グリフォンはすれ違いざま、黒翼の片方を引き裂いていった。

 

 「しまった! ……くうっ!」

 

 「きゃあああっ!」

 

 片翼が失われたために浮力が減少し、墜落していく。

 

 ギィィィシャアアアアァァァ――――――ッッ!

 雄叫びを上げ、グリフォンが急降下して来る。

 

 「九淨! 術を使え!」

 

 (術……魔術……この状態、状況で、最善の手は……?)

 

 迫るグリフォンを見据えつつ、思考する。

 その時、グリフォンに裂かれた黒翼―――魔導書のページが視界に躍った。

 それはまるで、桜吹雪のようで……。

 

 (―――よしっ、これなら……ッ!)

 

 瞬きの間に術式を組み上げ、解放する。

 

 「天に舞え!」

 

 宙に舞っていたページが魔力の風に乗り、グリフォンへと向かっていく。

 そして、桜吹雪の如くグリフォンの全身を覆った。

 

 「大人しく墜ちてもらうわよ!」

 

 視界を埋め尽くされた上、魔力が込められたページに動きを制限されているグリフォンに、残った片翼を刃に変化させて振るう。

 

 ギイイィィィィ――――!?

 マギウス・ウィングに両断されたグリフォンが、断末魔の悲鳴を上げた。

 

 「ふぅっ……間一髪!」

 

 墜落しながら落下地点を見据え、体勢を整える。

 ……ラッキー! 丁度良く、代用ウミガメの甲羅の上!

 

 「でぇりゃぁぁぁぁぁぁぁッッッッ!」

 

 衝突前に宙返りし、甲羅に脚を叩きつけるように着地する。

 凄まじい衝撃が伝わってくるものの、何とか着地成功みたいだ。

 落下の衝撃で甲羅がひび割れ、代用ウミガメが悲鳴を上げた。

 

 「アリスン!」

 

 私は、座り込んで泣いているアリスンに近づこうとした。

 が―――

 

 「いやあああぁぁぁぁぁ!」

 

 「ぬおおっっ!?」

 

 「くああああああっ!」

 

 「きゃああああぁぁぁ!」

 

 目に見えない魔力の衝撃波がアリスンから放たれ、私の身体を襲った。

 マギウス・ウィングで全身を防禦し、衝撃に後退させられながらも、何とか甲羅の上に踏み止まる。

 

 (っ……結構キツイわね)

 

 「あの娘、完全に我を見失っておる……このままでは拙いな」

 

 「ええ。これじゃあ迂闊に近寄れないわ……!」

 

 こうしている間にも、代用ウミガメは警官隊との距離を詰めている。

 向こうには装甲車もあるし、もし実際に衝突となれば相当な被害が出るだろう。

 周りもそうだけど、こっちにはアリスンやライカさんが居るのだ。

 

 ……どうする?

 

 「いや、いや、いやぁぁぁぁぁぁ! いやだ! もういやだよぉぉぉぉぉ!」

 

 「づぅぅぅ!」

 

 再びの衝撃波、しかもさっきより強力な。

 今度は、防いだマギウス・ウィングの表面に細かい罅が入った。

 

 「何と云う威力……! まさか、これ程の力が顕現しているとは……」

 

 「どうにかならないの!?」

 

 「九淨ちゃん」

 

 吹き飛ばされないよう腕の中に庇ったライカさんが、私に声をかけた。

 真っ直ぐな瞳で私を見つめ―――

 

 「私がアリスンちゃんを説得します」

 

 そう、言った。

 

 「ちょっ、馬鹿言わないで! アレを直接受けたら大怪我じゃ済まないわよ!?」

 

 「大丈夫よ九淨ちゃん。私はアリスンちゃんの保護者なんだから……あの娘を助ける義務がある」

 

 「けど、無茶はしないって……あっ、ちょっとっ!」

 

 私の腕を振り解き、ライカさんはゆっくりと、アリスンに歩み寄ってゆく。

 すぐにでも追いかけたいけど、アリスンを刺激してしまうかもしれない。

 私は、いつでも飛び出せるように構えつつ、固唾を呑んで見守る。

 

 「アリスンちゃん……一緒に、家へ帰りましょ?」

 

 「いやぁぁぁぁぁ!」

 

 「―――――っ!」

 

 衝撃波によってライカさんの頬が裂け、ツーっと血が流れた。

 

 「ッ、ライカさん!」

 

 「……大丈夫、大丈夫だから。九淨ちゃんは下がってて」

 

 ライカさんは笑顔で振り返り、そう言った。 

 そして再びアリスンへと向き直る。

 優しく手を差し伸べ、ゆっくり歩み寄りながら、アリスンに語りかける。

 

 「大丈夫よアリスンちゃん。怖いことなんて何もないんだから」

 

 「やぁぁぁぁ……いやぁぁぁ……っ」

 

 「ジョージもコリンも、ちゃんと反省して、アリスンちゃんを待ってるよ? だからもう、機嫌直そう? ね?」

 

 「ああぁぁぁぁっ!」

 

 ライカさんの優しい呼びかけも、アリスンは泣き叫び、ただ首をいやいやと振り続けるだけで、届いていないようだった。

 

 またしても衝撃波が放たれ、ライカさんの服の裾を引き裂いた。

 

 「っ……!」

 

 もう見ていられないと、飛び出そうとする私を、ライカさんは手で制した。

 

 私が受けたような強い衝撃波ではないものの、もう何度もライカさんを掠めている。

 けど、ライカさんは決して歩み寄ることを止めず、アリスンに優しく微笑みかける。

 

 「私は知ってるよ。アリスンちゃんは、本気で誰かを傷つけようとする子じゃない。優しい子だって。さっきのだって、怖くて取り乱してただけ……」

 

 「うあああああぁぁぁぁ―――――っ!」

 

 アリスンの魔力が一気に膨れ上がる。

 此処が限界。

 私は2人の間に飛び出そうとして……思わず立ち止まった。

 ライカさんが、アリスンを、そっと抱き締めたから。

 

 「あっ……」

 

 「大丈夫よ、アリスンちゃん……もう、大丈夫よ……」

 

 囁きかけるライカさんの声に、暴走しようとしていたアリスンの魔力が、ゆっくりと霧散していくのが分かる。

 

 そして。

 

 「ひっく……えぐっ……うぇぇぇ……うわあああああああああん!」

 

 安心したのか、アリスンはさっきまでとは違う様子で泣き出した。

 ライカさんはそんなアリスンを抱き締め、まるで母親のように、優しくあやしていた。

 

 代用ウミガメもその歩みを止めており、これで一安心というところだろう。

 私は思わず脱力し、その場にしゃがみ込んだ。

 

 「ふぅぅ~~……一件落着ってとこかしら?」

 

 「気を抜くのはまだ早い。九淨、我等の目的を忘れてはおらんか?」

 

 「っと、そうだったわね。アリスン、その鏡を私に渡し……」

 

 

 

 

 

 「なっ、お前は……! け、警部っ! うわああああああ!」

 

 「退避! 退避急げっ!」

 

 

 

 

 「…………」

 

 「…………」

 

 「…………」

 

 「?」

 

 ……何でか知らないけど、背後ですっごい騒ぎが起きている。

 ここ最近よく接するというかド突き合うようになった、巨大で質量的な気配が感じられる。

 喩えるならそう、目の前に現れたら問答無用で何かをする暇すら与えず棺桶に叩き込み、そのまま海底に沈めて二度と関わり合いになりたくない程【NGワード】なヤツが駆る、()()みたいな―――。

 嫌な予感はするけど、恐る恐る、ゆっくりと背後を振り返る。

 

 『おのれぇぇぇ、先程はよくもやってくれたであるなこの娘っこぉぉぉ! 貴様のような悪い子はこの“スーパーウェスト無敵ロボ・バージョン情報:28.72、前バージョンからの変更点:なんかとにかく強くなった”でお尻ペンペンなのである!』

 

 (……やっぱりアンタなのね)

 

 「何でアンタはこう……! ちょっとは空気読みなさいよっ! ドクター・ウェスト!」

 

 嫌な予感通り、後方に居たのは、ドクター・ウェストの操る破壊ロボだったりした。

 狂おしいまでに掻き鳴らされたギターの旋律が、破壊ロボのスピーカーから響き渡る。

 

 『おおォォォう! そこに居るのは、にっくき大十字九淨とアル・アジフ! またしても再びこうして偶然に出くわしてしまうとは……ハッ! これはまさか、運命(デスティニー)!? 我輩達は視えざる赤い糸で結ばれているというわけであるかッッッッ!?』

 

 「ええぃ! ふざけたコトぬかしてんじゃないわよっ!」

 

 『ところで、見えないはずの糸が何故“赤い”と判るのか、30字以内で論理的な釈明をせよ!』

 

 「知るかァァァッッ!」

 

 『ふんっ! まあ良い! このまま貴様等をそっちの小娘ごと踏み潰せば一石二鳥なのであぁぁぁる!』

 

 大地を揺るがし、破壊ロボが迫ってくる。

 逃げ遅れた装甲車が踏み潰され、炎が上った。

 

 (ったく……仕方ない。こっちもデモンベインを……!)

 

 「ああ……あ……ああ……」

 

 ―――アリスンの、震えるようなか細い声が、聞こえた。

 

 「ま、まさか……!」

 

 アリスンの方を振り返ると、ライカさんの腕の中で脅えるようにビクビクと震えていた。

 

 「アリスンちゃん!? アリスンちゃんしっかりっっ!」

 

 「ああ……ああああ……ああああああッッ!」

 

 静かになっていたアリスンの魔力が再び膨れ上がり、手に持った鏡が、今までで一番強い閃光を放った。

 

 「ライカさん! 危ないっ!」

 

 「うわああああああああああああああああああああああああ―――――――ッッッ!!」

 

 私が叫ぶのと同時に、アリスンの鏡から、圧倒的質量を持った“何か”が流出した。

 強大な魔力が爆発し、閃光がアーカムシティの夜空を、真昼のように染め上げる。

 

 「きゃあああぁぁぁっ!?」

 

 「ライカさん!」

 

 衝撃に吹き飛ばされたライカさんを、空中で受け止めた。

 そのまま、一気に爆発の中心から離脱する。

 

 「九淨ちゃん待って! アリスンちゃんが……!」

 

 「今は無理だ! 死にたいのか!」

 

 拡大していく爆発に呑み込まれないように、充分な距離と高度まで逃げる。

 そして―――()()を見た。

 

 巨大な光の、卵。

 鏡が砕け散るような甲高い音と共に卵が割れ、中から巨大な影が顕れた。

 

 「ド……ドラゴン!?」

 

 聳え立つ摩天楼に引けを取らぬ巨体、硬質な鱗と雄々しい角、動く全てのモノを睨め付ける爬虫類の瞳、鋭い牙がビッシリと並んだ巨大な(アギト)、羽毛のある蝙蝠の翼、全てを薙ぎ払えるかのように太い尻尾……御伽噺(ファンタジー)色満天な邪竜といった風体だ。

 

 「何でドラゴンが出てくるのよ……?」

 

 「九淨ちゃん、もしかしてジャバウォックじゃないかしら?」

 

 (ジャバウォックっていうと……アレかしら)

 

 “鏡の国のアリス”の中で登場する“ジャバウォックの詩”で語られる邪竜の名前。

 個人的には、もうちょっとヒョロ長なイメージだったんだけど……。

 

 「あ、九淨ちゃん! あそこ見て!」

 

 ライカさんが示す場所、ジャバウォックの頭の上にアリスンが居た。

 ここからでは詳しい様子を知る術はない。

 

 ジャバウォックが燃える眸で周囲を見渡し―――破壊ロボを見つけた。

 巨大なドラム缶と対峙する邪竜……何ともシュールな絵面だ。

 

 『むむっ!? こんなところに悪いドラゴンが!? と言うか、我輩はいつの間にお姫様を救出する勇者の如き立ち位置になってしまったのであるか!? 仕方ない……こうなればレッツ・ドラゴンスレイヤー! 名剣ネイリングという名のドリルによって、我輩の経験値となるがいいっ!』

 

 破壊ロボが動き出した。

 ドリルを構え、ジャバウォックへと突進していく。

 対するジャバウォックはその場から動かず、息を大きく吸い込んだ。

 

 (……ん?)

 

 ジャバウォック=ドラゴンなわけで、ドラゴンが息を大きく吸い込んだ後の動作と云えば……?

 その考えを裏付けるように、閉じた(アギト)の隙間から紅い輝きが漏れていた。

 

 「まさか……」

 

 そう、まさかだった。

 ジャバウォックは限界まで溜めた―――灼熱のブレスを吐き出した。

 

 『ぬおおおおあああああぁぁぁぁぁぁぁ!?』

 

 その威力は凄まじく、直撃を受けた破壊ロボを、まるで飴細工の如くドロドロに溶かしてしまった。

 

 『ああ無情、君の熱い吐息に、僕は身も心も蕩けていった……ってぎゃああああああああ!?』

 

 機体を半分ほど熔かされ機能を停止したらしい破壊ロボは、そのまま自分の溶液の中に沈んだ。

 

 しかしまあ……悪い冗談と云うか。

 

 「ジャバウォックって火吐くのね……」

 

 「莫迦な! あの娘に天賦の才があったとて、ニトクリスの鏡による虚像が、あれ程の力を持つ筈が……!」

 

 「って言っても、実際にああして見せ付けられてるじゃない」

 

 「あれだけ近くに在りながら、気配を感じなかった事と云い、この異常なまでの魔力の顕現と云い……妾にも分からぬ何かが、断片に介在しておるのやも知れぬ」

 

 「何かって……いや、今は詮索してる場合じゃないわね」

 

 今はアリスンを助けて、断片を回収するのが優先だ。

 私は現場から充分に距離がある区画に着地し、ライカさんを降ろした。

 

 「九淨ちゃん……! アリスンちゃんが、アリスンちゃんが……ッ!」

 

 「分かってるわ……ライカさん、ここから先は私に任せて」

 

 「え……!? で、でも……」

 

 「信じてほしい」

 

 「…………」

 

 ライカさんが押し黙ったことで、短い沈黙が訪れた。

 遠くからは、ジャバウォックが暴れている音が聞こえてくる。

 

 「―――九淨ちゃんは、怖くないの? どうして戦えるの?」

 

 唐突な問い掛け。

 

 「えっ?」

 

 「答えて、九淨ちゃん」

 

 要領を得ない質問だったが、ライカさんは鋭い眼差しで答えを促している。

 ―――まるで睨むように。

 

 何故こんなときに、何を考えてその質問を投げかけたのか、私には分からない。

 だから

 

 「九淨、愚図愚図している時間は……」

 

 「―――怖いよ」

 

 正直に答えるしかなかった。

 

 「だったら……!」

 

 「けど、何もしなかったらヤバイことになるって分かっていて、それでも何もしないで……やっぱりその通りになっちゃう方が怖いから」

 

 「……………」

 

 私の言葉に、ライカさんはじっと私を見つめ……静かに頭を下げた。

 

 「ごめんなさい……九淨ちゃん。どうかアリスンちゃんを、お願いします」

 

 「うん。任された!」

 

 私は笑顔で答えた。

 

 「アル!」

 

 「話は纏まったようだな。では征くぞ!」

 

 剣指を作り、中空に招喚の魔法陣を描く。

 

 ―――アーカムシティの夜空に、聖句が高らかに響き渡る。

 

 「憎悪の空より来たりて―――」

 

 「正しき怒りを胸に―――」

 

 「「我等は魔を断つ剣を執る!

   汝、無垢なる刃デモンベイン!」」




「わたしは言葉を使うときに」

ハンプティは、いささか威張りくさった口調で言いました。

「自分がえらんだ意味だけで使うのだ――それ以上でも以下でもなく」

そういえばハンプティ・ダンプティって、“不思議の国の~”ではなく、“鏡の国の~”で登場でしたっけ?
まあ、どっちもアリスなんだから大した問題じゃない……はず。
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