ある少女の斬魔大聖   作:アイオン

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一応説明回。
ふーん。って程度に読み流してくださいな。
色々ツッコミどころがあるとは思いますが、所詮そんなもんだと思ってください。


第28話

 此処は祭壇にして玉座。

 

 玉座の主たるマスターテリオンは、目の前に置いた水晶を眺めている。

 その水晶は覇道邸での光景を映しており、彼は一部始終を観察していた。

 

 「大導師、何故ティベリウスを引き上げさせたのですか? 奴等を排除し、アル・アジフを手に入れる絶好の機会だったはずです」

 

 玉座の横に控えるアウグストゥスが問いかける。

 

 「アル・アジフの断片も敵に回収され……これでは連中を刺激しただけでは?」

 

 「いや、それで良い」

 

 マスターテリオンは、薄笑いを浮かべながら断言した。

 

 自らの下に傅き、もたれ掛かるエセルドレーダの頬を撫でる。

 エセルドレーダは恍惚とした表情で、己が主の愛撫を受け入れた。

 

 「アル・アジフは完全でなければ意味がない。完全となったアル・アジフを手に入れようとするならば、断片がこちらにあろうと大十字九淨の手にあろうと、最終的には同じこと。覇道財閥の件は、言うなれば遊びだ。目くじらを立てるほどのことでもない」

 

 「……分かりました、大導師」

 

 アウグストゥスは引き下がる……が、内心納得出来るものではなかった。

 不敬ではあるが、彼の内にある疑惑が湧き上がってくるのを止められない。

 

 (大導師……いったい何を考えている。これではまるで、敵が強くなるのを望んでいるようではないか)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (ん……っ……?)

 

 気付けば私は闇の中にいた。

 闇といっても寒々とした虚無の如きモノではなく、単に何も見えないという意味での闇だ。

 そんな闇に加えて、ふわふわと身体が浮いているような感覚、これはまるで―――

 

 (……夢?)

 

 恐らくはそういう事なのだろう。

 どうせ夢ならこんな真っ暗な風景ではなく、もっと楽しい夢を見たいとは思うけど。

 ……などと考えていたときだった。

 

 「おとーさん! おかーさん!」

 

 (え!?)

 

 どこか聞き覚えのある、幼い声が聞こえた。

 

 その声に後ろを振り返る……同時に、真っ暗な風景が一変した。

 雲一つ無い青空と広い原っぱ。

 そこにいたのは―――

 

 (……父さん、母さん)

 

 若干若目の父さんと、記憶にある姿のままの母さん、そして幼い私だった。

 ……さっきの声に聞き覚えがあるのも当然だ。

 幼い頃とはいえ、私自身の声なのだから。

 

 楽しそうに駆け回る幼い私。

 そんな私に微笑みかける、父さんと母さん。

 三人とも、本当に、幸せそうだ。

 

 (そういえば……昔の頃の夢なんて見たの、いつ以来だっけ?)

 

 ふと、そんなことを考える。

 久しく見ていなかった夢と共に、私は自分の過去を振り返った。

 

 

 

 

 

 私こと大十字九淨の出自は極々普通なもので、所謂一般人だ。

 

 私の両親は普通に恋をして、普通に愛し合って、普通に結婚して、普通の家庭を作った。

 そんな普通の2人の間に、これまた普通に祝福―――“霊液”の満ちた聖水によるもの、などという事はない―――を受けて、私が生まれた。

 

 普通っていうのはつまり、普通に幸福であったということで、人並みの幸せに、別段不満があるワケでもなかった。

 敢えて普通じゃないところを挙げろと言われれば……父さんはオカルト被れで、当時、本が好きだった私はその影響を受けていたという事ぐらいだろうか。

 

 父さんが持っていた本―――世界各地の神話伝承だったり、魔術に関するものだったり、錬金術に関するものだったり、ガセに塗れた与太本だったり、もしかしたら魔導書なんかにも目を通したことがあるかも知れない。

 

 まあ、所詮は趣味の範囲であって、父さんが母さんに

 

 「あなた! あの子に変な本を読ませないでください!」

 

 って怒られたり

 

 「九淨ちゃん! あなたも変な本を読んじゃいけません!」

 

 一緒に私も叱られたりしたぐらいだ。

 結局のところ、普通に変わった趣味だったというだけ。

 

 父さんの仕事の都合で、私達は祖国である日本を離れ、この国―――アメリカに渡ってきた。

 それからというもの、正直普通とは言えない人生だった。

 

 ―――最初に起きたのは、母さんの死だ。

 母さんは私がジュニア・スクールに通い始めた頃、神経症を患って死んでしまった。

 今考えても、母さんの心理的な負担がなんだったのかは分からない……まあ、それは考えても仕方ない。

 

 当然の事ながら、私は酷く悲しかった。

 母さんが死んでしまった日は父さんに縋り付いて一日中泣いてたし、それから二~三日部屋に閉じこもって悲しみに暮れていた事を覚えている。

 

 この日から、ただでさえ私に甘かった父さんが、溺愛というレベルになった。

 過保護なまでに私を心配し、過剰なまでに私を気にかけた。

 ……今考えれば、ただ1人残った肉親である私も、妻のようにどこかへ逝ってしまうのではないかと心配だったのだろう。

 

 父さんは男手一つで私を育ててくれた。

 朝早くから仕事に出掛け、家に帰ってくるのは夜遅く―――遅くといっても、私は既に眠っている時間に帰ってくるため、具体的には分からない。

 思えば、休んでいる姿を殆ど見た事がない。

 いつも忙しそうにしていた父さんだったけど、週に一度は必ず私との時間をもってくれた―――少ない休みも、私との時間に費やしてくれていたのだろう。

 父さんは私に精一杯の愛をくれ、私もまたそんな父さんを愛していた。

 

 時間が立つにつれ、母さんを失った悲しみも次第に薄れていった―――無論、消えることはなかったけど。

 

 ―――次の出来事は……月日が流れ、私が18になった時。

 私は予てから希望していた大学―――ミスカトニック大学、その歴史学部へと入学した。

 入学金、授業料、諸経費、さらには1人暮らしのための費用まで……決して安くはなかったけど、父さんは笑顔で私の我儘を叶えてくれた。

 願わくばこれを最後の我儘にしたい。

 大学を出たら、父さんに楽をさせてあげたい。

 ……そう、思って、いた。

 

 (本当に、最後の我儘になっちゃうなんて……皮肉が過ぎるわよ)

 

 

 

 

 

 それは大学の入学式が滞りなく終わり、初日の説明が終了して帰ろうとしていたときだった。

 

 「大十字さん! 大十字九淨さん!」

 

 息を切らせて走ってくる大学の事務員さん。

 何事かと、私は問い掛ける。

 

 「ど、どうしたんですか? そんなに慌てて?」

 

 「お、落ち着いて聞いてください……」

 

 ただならぬ雰囲気の事務員さん。

 私も思わず身構える。

 

 「あなたのお父上が……亡くなられたと、病院から連絡が」

 

 「―――――――えっ?」

 

 その言葉に、私は停止(フリーズ)した。

 時間をかけ、酷く、ゆっくりと、再起動する。

 

 言葉の意味を、理解、し、たくない。

 しかし、私は理解してしまった。

 

 「父さんが……死んだ?」

 

 口に出した途端、私は足下が消失したような感覚に襲われた。

 自分が何処に立っているかも分からない、不安定な感覚。

 私は立っていられなくなり―――そのまま気を失った。

 

 

 

 

 

 目を覚ましたのは、病院の一室だった。

 酷い気分の悪さに口を押さえ……気を失う前の事を思い出した。

 

 「父さん……!」

 

 ベッドから跳ね起きる。

 居ても立っても居られず、ベッドから降りたところで、病室のドアが開いた。

 

 「大十字さん……目が覚めましたか」

 

 入って来たのは、老年の医師らしき人物と看護婦さんだった。

 

 「あ、あの! 父さんは!? 父さんは何処に!? 何処の病院に!?」

 

 病院内だという事も忘れ、思わず声が大きくなる。

 私の問いに、医師と看護婦さんは沈痛な面持ちになった。

 ややあって医師が答える。

 

 「……この病院の、霊安室にいらっしゃいます」

 

 ―――霊安室。

 そこに父さんがいるという意味を改めて認識し、私の声は震えていた。

 

 「こ、この病院なんですか!? ……じゃあ、今すぐ、案内……してくだ、さい」

 

 「大丈夫ですか、大十字さん? あなたは目を覚ましたばかりですし……少し時間を置かれては?」

 

 「いえ……大丈、夫……です」

 

 医師と看護婦さんは私の様子を見て一言二言交わした後、私に向き直った。

 

 「……では、ご案内します」

 

 

 

 

 

 私が覚えているのはそこまでだ。

 霊安室まで何を考えてどう歩いたのかも憶えていないし、況してや亡くなった父さんと対面したときの事など、悲しみ一色だった事しか思い出せない。

 

 ―――父さんは何故死んでしまったのか。

 後に聞いた医師の診断によると、限度を超えた長時間労働による肉体的負担によって発生した心臓麻痺……つまりは過労死ということらしい。

 

 それを聞いた私は、強い自責の念に駆られた。

 私が我儘など言わず、もっと良い子でいたならば、父さんは死ななかったんじゃないか……と。

 

 

 

 

 

 父さんが死んでしまってから一週間が経った。

 私はあの日から大学にも行かず、家―――1人暮らしのためにアーカムに借りている部屋―――に閉じこもっている。

 

 部屋に置かれた姿見を見れば、酷い格好をしているやつれた顔の生気を失った瞳をした少女がいた。

 

 ……何もしたくない。

 いっそのこと、このまま朽ち果ててしまえば良い……そんな事を考えていた私だったが。

 

 (……………?)

 

 ふと、部屋のチャイムが鳴った。

 ここ一週間の私なら、無視してしまうところだ―――けど、何故か私は、それが気になって仕方が無かった。

 立ち上がり、玄関へと歩いて部屋のドアを開ける。

 そこに居たのは、郵便の配達人だった。

 お届け物です、と手渡された一通の手紙。

 裏返して確認してみると、差出人はミスカトニック大学の学長だった。

 

 

 

 

 

 家から歩くこと数分。

 私は身嗜みを整え、ミスカトニック大学構内の学長室にいた。

 

 手紙によれば、どうやら私に訊きたい事があるらしい。

 入学早々不登校になってしまった私だが、それでも学費等は納付されているはずだし、高々一介の学生に過ぎない私に何を訊くというのだろうか?

 

 「よく来てくれたね、大十字九淨君」

 

 「……どうも」

 

 私の目の前に居るのが学長だ―――もっとも、入学式での学長挨拶で見たきりだけど。

 

 「君のお父上の事は聞いたよ……残念だったね」

 

 「……いえ」

 

 別に私はお悔やみの言葉が聞きたくて此処に来たわけじゃない。

 早速本題を促す事にした。

 

 「……それより手紙によると、私に訊きたい事があるとか書かれていましたが?」

 

 「ああ。正確には、質問があるのは私ではないのだがね……アーミティッジ博士」

 

 学長の呼び掛けに応じて、部屋のドアが開く。

 入って来たのは歳を召した男性だった。

 

 「やあ、大十字九淨君。私はヘンリー・アーミティッジだ。よろしく」

 

 「……どうも、大十字九淨です」

 

 学長ではなく、このアーミティッジさんが私に?

 

 「君に訊きたい事があってね、学長から手紙を出してもらったのだよ」

 

 「はあ……それで、私に訊きたい事というのは?」

 

 「……大十字君」

 

 真剣な表情のアーミティッジさん。

 何を訊かれるのかと身構える私。

 投げ掛けられた問いは―――

 

 「()()()()()、と云う名に聞き覚えはないかね?」

 

 「大十字……()()?」

 

 漢字にすれば、恐らく私と一文字違いの名前。

 聞き覚えの無い名だ。

 聞いたことの無い名のはずだ。

 そのはずなのに……

 

 「――――――――――!?」

 

 強烈な既視感(デジャ・ヴュ)

 

 知っている。

 領っている。

 私はその名を識っている。

 知識としてではなく、魂に刻まれた情報。

 それは私の根幹に係わる重要な――― 

 

 だがそこで、霧がかかるように既視感が失せていった。

 まるで、()()()()()()()()()()()()()()()とでも言うかのように。

 

 「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……」

 

 知らず乱れた呼吸を整える。

 

 (私は……いったい何を?)

 

 大十字九郎という名。

 先程まで、その名によって何か大事なことが私の内より呼び覚まされていたような気がするけど……思い出せない。

 

 そんな私の様子を見て、アーミティッジさんは何かを確信したらしい。

 学長と何事かを話し合い……次いで、私にこう言った。

 

 「大十字君……陰秘学科に転科しないかね?」

 

 

 

 

 

 (思えば妙な話よね)

 

 陰秘学科―――要するに魔術等に関する事柄を学ぶ学科だ。

 しかし陰秘学科自体は公にされておらず、大学関係者にすら秘密にされている存在である―――事実、私が陰秘学科について知ったのもこの時なのだから。

 

 “登録上の専攻を考古学とし、陰秘学科に転科。ただし陰秘学科に関するあらゆることは他言無用”

 その条件を守れば奨学金として学費の免除に加え、最低限の生活費を支給するとまで言われたのだ。

 疑問に思わない方がどうかしている……んだけど。

 

 「大十字君。私は君のお父上に関して何一つ知らないが……少なくとも、娘である君にそんな顔をさせたいとは思っていなかったはずだ」

 

 アーミティッジさん―――いや、アーミティッジのお爺さんのそんな言葉。

 在り来りな、使い古された台詞。

 けど、私の心はそんな言葉を切欠に動かされた。

 

 ……このままじゃいけない。

 何もしないままでいたら、父さんはきっと哀しむ。

 私はそんな想いに突き動かされ、陰秘学科への転科を決めた。

 

 後で聞いた話だと、私の件に関してある人物―――便宜上“あしながおじさん”と呼ばせてもらう―――の支援があったらしい。

 実は本来“大十字九郎”という人物を支援するはずが、奇妙な事にいくら調べても、“大十字九郎”なる人物は()()()()()()()

 そこで改めて調べてみたところ、“大十字九淨”なる人物―――つまり私が見つかったようだ。

 初めは“九郎”とは性別も違うし、名前が似ているだけの別人だと思った……が、直接私に“九郎”の名前を出した時の反応を決め手にしたらしい―――なんで決め手になったのか、甚だ疑問だけど。

 

 両親を失い、頼れる親類もない、天涯孤独な私に支援をしてくれた“あしながおじさん”。

 そんな事を知ってしまった以上お礼の一つもするのが筋だろうと思ったのだが、アーミティッジのお爺さんはお礼を受け取ってくれなかったし、その“あしながおじさん”の正体も決して教えてもらえなかった。

 私も私で2年で挫折してしまい、“あしながおじさん”の期待に背く結果になってしまったのだけど……。

 

 (正直自惚れてたしね)

 

 

 

 

 

 陰秘学科に転科してからの私は、順調そのものだった。

 元々父さんの持っていたオカルト本を読んでいたこともあってか、陰秘学の講義はすんなりと理解出来たし、多分素質もあったのだろう。

 所謂“そっち方面”で有名な教授の方々の薫陶も受け、数々の外道の知識を吸収していった私は、順調に位階(クラス)を上げていった。

 気付けば“図書館”の利用も間近。其処に収められた数々の“書”に触れることが出来る段階にまで上ったのだ。

 そこから更なる高みへと昇り、いずれは私に相応しい“書”を手に入れ―――魔術師に。

 

 陰秘学科の講義というのは、魔術理論だ。

 世界の真理に到達し、世界を手中に治め、世界―――否。

 宇宙の森羅万象の法則を暴きたて、神の領域に立つ為の理論。

 

 ……要するに、私は神様にでもなった気でいたのだ。

 偶々この世界に入れただけの小娘が、何を偉そうな勘違いをしていたのか。

 ちょっと上手く行っただけで、選ばれた人間を気取って、他人を上から見下して。

 

 けど当然、そんな思い違いは、簡単に砕け散った―――私の心と一緒に。

 

 初めて“図書館”で魔導書の閲覧を許されたあの日。

 私は遭遇してしまったのだ―――あの怪異に。

 

 同時に、私は理解した。

 此処が……私が無邪気に憧れを抱いた、神の領域、その一端であると。

 

 詳しい事は、あまり思い出したくない―――そもそも、その時の記憶は怪しい。

 ただ一つ、強烈な印象が残っている……あの怪異とは別の怪異の存在だ。

 

 

 

 

 

 「……まだ早い」

 

 薄れる意識の中、耳に届いた声。

 

 「まだ出逢うには早い」

 

 空間に舞う、魔導書の紙吹雪。

 

 「時が来れば、我等は必ず巡り逢う」

 

 命の危機に瀕した私が垣間見た光景。

 

 「だが、今はまだだ! まだなのだ!」

 

 それはどこか幻想的で―――

 

 「今の汝にはまだ、外道の知識を操り、理不尽と戦い、来るべき運命に抗う意思が無い! 無いのだ! ■■!」

 

 

 

 

 

 病院の一室で目を覚ました私は、大学を辞める決意をした。

 辞める、というよりも逃げる、という方が正しい。

 けど……もう、何もかも、どうでも良かった。

 あんな世界には、居たくない。

 

 「そうか……大学を辞めるのか、大十字」

 

 「ええ……所詮、九郎って人の代わりでしかなかった私には、無理な話だったのよ」

 

 「そうは言っても、魔導書の閲覧まで位階が進んでいただろうに」

 

 「進んでいたから、よ、アーミティッジのお爺さん」

 

 「……何故、とは訊かない方が良いか」

 

 「……訊かなくても、分かるでしょうに」

 

 「……意思は分かった。だが、本当にそれで良いのか? 此処で逃げたら、お前は―――」

 

 「アーミティッジのお爺さん」

 

 「……………」

 

 「貴方がダンウィッチで“何”を見たか。私は訊かない」

 

 「……………」

 

 「だからお願い。もう、私を巻き込まないで……」

 

 「……分かった」

 

 背を向け、去ろうとする私。

 最後に、アーミティッジのお爺さんはこう言った。

 

 「だが、お前のような人間は、いつの日か必ずこういうものに立ち向かう時が来る……そう思うのだ。お前自身、気付いていないかも知れんが」

 

 予言……だったのかもしれない。

 

 「お前は、見てしまったもの、知ってしまったものを、見て見ぬ振りでやり過ごせるほど器用な人間ではないよ―――」

 

 (言ってくれるわね……まったく)

 

 あんな世界は、もう御免だ。

 

 

 

 

 

 (もう御免……だったはずなんだけどね)

 

 けど、私は戻って来てしまった。

 アーミティッジのお爺さんの言葉通り、見て見ぬ振りが出来なかったから。

 

 ―――私の魂に、あの邪悪が灼きついてしまったから。

 

 それに、もうこれ以上後味の悪い思いをしたくなかった。

 

 全てを棄てて逃げ出した自分。

 私の心に刻まれた忌まわしい過去。

 それらと対峙し、決別するために―――

 

 気付けば夢は去り、最初の闇が―――否。

 闇の中に一筋の光が射していた。

 

 (……そうよね。いつまでも、眠ってる場合じゃないわよね)

 

 光が溢れ、闇が退く。

 世界に広がった光に包まれ、私の意識は緩やかに浮上していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「っ……ぅ……ん……」

 

 ゆっくりと瞼を開く。

 目に入ったのは、白い天井、白い壁、体に掛けられた白いシーツ。

 

 (……病室? 私、何でこんなところで寝てるの?)

 

 どうやら記憶が混乱しているみたいだ。

 何とか思い出そうとして……横に居るアルに気付いた。

 

 「気がついたか、九淨」

 

 「アル」

 

 私に声を掛けるアル。

 その声は、どこか安堵の色が含まれていた。

 

 「……私、なんでこんなところに居るの?」

 

 「憶えておらんのか? 汝は敵の鬼械神・ベルゼビュートと戦っている最中に気を失ったのだ」

 

 「鬼械神……!」

 

 思い出した。

 あの腐れゾンビにまんまとしてやられ、満身創痍になった挙句、ベルゼビュートに一太刀浴びせたところで、力尽きてしまったのだ!

 けどその後、その後はどうなった!?

 

 「落ち着け。敵は何とか撃退した……斃すには至らなかったがな」

 

 どうやら、何とかなっていたらしい。

 ひとまず安堵の息をつく。

 とりあえず体を起こそうとして……気付いた。

 私の寝ているベッドに突っ伏しているお嬢様に。

 

 「……お嬢様?」

 

 「そこでずっと汝の看病をしておったぞ。どういうつもりかは知らんがな」

 

 「ずっと……って、私どれくらい寝てたの?」

 

 「寝てた、とは悠長だな。一時期は死に片脚を突っ込んでいたと云うのに。因みに、丸二日ほどだ」

 

 そんな私たちの会話に目を覚ましたのか、お嬢様が身動ぎをした。

 上体を起こし、手の甲で目をくしくしと擦りながら私の方を向く。

 ぽけーっとした表情は、何やら可愛かった。

 私と視線が合い、パチパチと目を瞬かせるお嬢様。

 やがて驚いた表情を浮かべ、私の肩を掴んで激しく揺さぶってきた。

 

 「だ、大十字さん!? 気がついたのですか!? 目を覚ましたのですか!? 身体は!? お身体の方は大丈夫ですか!?」

 

 「ちょ、おおおおおっ!? 私、怪我人! 怪我人だってばああああああぁぁ!」

 

 「あっ……も、申し訳ございません」

 

 お嬢様は私の肩から慌てて手を離し、気まずそうに目を背けた。

 一時の沈黙が下りる。

 

 「……大十字さん」

 

 「は、はい?」

 

 ややあって、お嬢様が私に向き直る。

 私を真摯な瞳で見つめ、深々と頭を下げた。

 

 「ありがとうございました……大十字さん。貴女に助けて頂かなければ、わたくしは今頃……」

 

 奴に襲われた時のことを思い出したのだろう。

 自らの肩を抱いて、身震いを抑えるお嬢様。

 

 私も、彼女を助けることが出来て良かったと思う。

 

 「無事でよかったわ、お嬢様。……そういえば、デモンベインは大丈夫だったかしら?」

 

 「腕部装甲の腐食と、魔術回路に若干の狂いが生じた以外では、目立った損傷はありません」

 

 「そう……ごめんなさい。また大事なデモンベインを壊しちゃって」

 

 「いいえ、大丈夫です」

 

 「へっ?」

 

 今までなら考えられない、お嬢様の返答。

 思わず間抜けな声を出して彼女を見つめる。

 

 「わたくし、あれから色々と考えて……一つの結論に至りました」

 

 お嬢様は、柔らかな笑顔を私に返した。

 

 「大十字さん。デモンベインは、まだしばらく貴女に預けておきたい……と」

 

 「えっ?」

 

 「初めて、貴女の戦いを間近で見て思ったのです。貴女のような人をこそ、お爺様は求めていたのかも知れない。小さな、けれど確かに存在する正義を信じて、魔を断つ剣を振るう者―――それが貴女なのかも知れないと」

 

 「そ、それはちょっと買い被り過ぎな気もするけど……」

 

 私は困惑するが、お嬢様はもう一度頭を下げて言う。

 

 「大十字さん、これからもデモンベインをよろしくお願い致します」

 

 ……ここまで信用されては、キチンと返事をしなくちゃいけないだろう。

 私はお嬢様を見据え、力強く頷いて宣言する。

 

 「分かったわ、お嬢様! 不肖、大十字九淨! 期待に応えられる様尽力させてもらいますっ!」

 

 「ふん……最初からそういう謙虚な態度でいれば良かったのだ」

 

 「……何か言いまして? そこの三流パルプ娘」

 

 「ああ、言ったとも。目先の事しか見えない人間の小娘め」

 

 「……どうやら貴女とは一度、雌雄を決する必要がありますわね―――魔導書(グリモワール)!」

 

 「嘗めるなよ―――人間(ヒューマン)!」

 

 突如、竜虎相搏つ決戦が始まった……!

 って、ここ病院でしょうがあんたら。

 

 

 

 

 

 この後ライカさんにがきんちょども、執事さんもお見舞いに来てくれたのだが……かなり賑やか―――無論、私が被るとばっちり的な意味で―――な事になり、私の退院の日が延びた事を此処に明記する。




九郎君とは逆で、母親が先にお亡くなりになっています(残った父親も数週間ほど長生き)。

九淨さんはファザコン(確定)。
陰秘学科に転科してから父親に関して特に何も言っていないのは、単純に忘れるぐらい(或いは忘れるために)没頭していたからです。

因みに最初の学部を歴史学部にしたのは、特に意味はありません(陰秘学科以外ならどこでもOKでした)。
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