ある少女の斬魔大聖   作:アイオン

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(筆者が)完 全 に 迷 子


第36話+

 ―――九淨が奇妙な夢より目覚める、約一時間前。

 

 覇道邸、覇道財閥総帥の執務室。

 そこでは覇道財閥現総帥・覇道瑠璃が、物憂げな、でも熱っぽい様な、どこか惚けた表情で溜息を吐いていた。

 

 「はぁ…………」

 

 彼女が見ていたのは、手に持つ一枚の写真。

 そこには、タキシード姿の見目麗しい男性が写っていた。

 

 見目麗しいというと、普通は女性に対して使う表現だと思われるが……実はそうなのだ。

 写真に写っているのは男性ではなく、()()()()()()―――ギルマン・ハウスで宴会をした際の、九淨の姿なのだから。

 

 「どうして……」

 

 瑠璃が肩を震わせ、呟く。

 

 「どうして……!」

 

 まるで怒っている様な、泣いている様な、自らの不甲斐なさを責め立てる様な声で……言った。

 

 「どうしてわたくし、何も憶えていませんの―――――――――!?」

 

 なんて云うのだろうか、その……しょーもない事を言った。

 

 瑠璃がこんな事を言っているのは、彼女の体質―――酒に酔うと周囲に(色々な意味で)甚大な被害を与える振舞をするくせに、自身は酔っている間の事を一切憶えていないと云うもの―――が関係している。

 つまりはまあ……男装九淨と云うある意味歴史的瞬間と言っても過言ではない出来事を、自分は何故覚えていないのだろうか―――ということだ。

 そもそもこの写真―――ウィンフィールドが撮ったものらしい―――を渡されなければ、この事実を知らずに生きていくところだった。

 

 「大十字さん……」

 

 写真を見つめ、呟く瑠璃は―――重症だった。

 なんていうかそれはもう、アイドルに熱を挙げるファン的な感じで。

 

 「嗚呼、マリア様……これは恋なのでしょうか? それとも―――」

 

 ……恋というのも、強ち間違っていないかもしれない。

 何せ大十字九淨という人物、下手な男性より()()()()()のだから。

 

 魔導書“アル・アジフ”を携え、魔を断つ剣(デモンベイン)を駆って邪悪と戦う。

 言葉にしてしまえばそれだけの事だが、伊達や酔狂で出来ることでは決してない。

 何故ならそこには、計り知れない恐怖―――一例を挙げれば、覇道邸を襲撃したアンチクロス―――が存在しているからだ。

 

 ついこの間までただの三流探偵でしかなかった人間が、そんな恐怖の中に身を投じる。

 傷つき倒れながらも、決して折れず邪悪に立ち向かう。

 男性・女性に関わらず、それだけの事が出来る人間などそうはいない。

 その姿/背中は、瑠璃にはとても大きく見えた。

 そして―――彼女を優しく撫でた、あの掌の温もり。

 まるで、凍った私の心をじんわりと溶かしたよう……瑠璃はそう思った。

 

 そんな感じで窮地を救ってもらったり、優しくされたり、トドメに一際凛々しい男装スタイルだ。

 今まで色恋沙汰の経験がない瑠璃が、思わず()()()方面に向かってしまうのも責めることは出来ないだろう。

 ただ厳密には恋ではなく、親愛の情がちょっとオーバーフローしている状態なのだが……今は置いておこう。

 とにかく最近の瑠璃はこんな感じで、仕事も中々手がつかない状態だった。

 

 「はぁ……わたくし、どうしたら良いのかしら……」

 

 そうして瑠璃が悩んでいると、執務室のドアがノックされた。

 

 「失礼します」

 

 入ってきたのは、何枚かの書類を手にしたウィンフィールドだ。

 ……そうだ、ウィンフィールドなら何か良いアドバイスをくれるかもしれない。

 そう考え、瑠璃は尋ねてみることにした。

 

 「ウィンフィールド……少し聞きたいことがあるのだけど」

 

 「はい、何なりと」

 

 流石に有りの儘を言う訳にはいかないので、少し暈した質問を投げ掛ける。

 

 「―――大十字さんと、もっと仲良くなるにはどうしたら良いのかしら」

 

 「仲良く、ですか?」

 

 少し驚いた様子のウィンフィールド。

 しかし次の瞬間には、微笑みを浮かべて質問に答えた。

 

 「そうですね……ここは一つ、御二人でお出掛けなどされては如何でしょうか?」

 

 「お出掛け……ですか」

 

 「はい。一緒に街を歩き、一緒に娯楽を楽しみ、一緒に食事をする―――時間を共有すれば、自ずと距離は近くなるかと」

 

 成程。

 流石はウィンフィールドだ、見事期待に応えてくれた。

 

 「ありがとう、ウィンフィールド。とても参考になりましたわ。では―――」

 

 次に、予定を空けられる日を探そうとしたのだが……ウィンフィールドの口から予想の斜め上を行く発言が飛び出した。

 

 「ええ。そうと決まれば善は急げです。お車を回しますので、大十字様の事務所へと向かいましょう」

 

 「……はい?」

 

 今から? 行きたいのは山々だけど、まだ仕事が山積みだ―――まあ、仕事を積んでしまったのはある意味自業自得なのだが。

 そんな瑠璃を、ウィンフィールドは言葉巧みに諭す。

 

 「お嬢様、確かにお仕事も大事ですが……時には息抜きも必要です。それは魔導探偵である大十字様とて同じ事。今お嬢様が為すべきことはお仕事ではなく、大十字様を息抜きにお誘いすることなのです」

 

 「ウィンフィールド……ええ、分かりましたわ!」

 

 グッと拳を握り締める瑠璃。

 かくして覇道瑠璃は仕事を放り出し、大十字探偵事務所へと向かうのであった。




次回:アーカムの休日

うーん、時間掛けても中々進まない。
因みにしばらくは、ほのぼのとした日常が続く(予定)
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