デモンベインとイタクァの戦闘後、アーカムシティを襲っていた異常気象は治まった。
イタクァはその姿を眩ませ、デモンベインはプラズマ・ガン暴走による爆発の爆心地に横たわっている。
凄まじい爆発だったにも拘わらず、それほど酷い損傷はしていない。
だが現在、損傷よりも深刻な問題が発生していた。
それは―――
「だ、大十字さんが……拉致されたですってぇぇぇっっっ!?」
『うむ……此度のページモンスター―――イタクァは遭遇した人間を鉤爪で捕らえ、地球外を含む様々な場所へと連れ回す習性がある』
「な!? そ、それなら何を悠長に構えているのですか……!」
『妾とてただ座している訳ではない! 今、彼奴等の魔力の気配を探っておるのだ! 分かったら少し大人しくしておれ……!』
「瑠璃お嬢様。デモンベインの回収準備、整いました。大十字様の行方に関しましては、別に部隊を編制して捜査に当たらせています」
「デモンベインの損傷は思ったより軽微なもんで、修理の方も特に問題はありませんわ。……しっかし、何であんな暴走の仕方したんやろ。設計は完璧だったと思うし、調整も上手く行ったはずなのに……」
「御苦労様。大変でしょうが、作業は出来る限り急がせてください。事は大十字さんの生命に関わります」
『九淨の奴め、面倒ばかりかけてくれる。……そう言えば、以前にもページモンスター―――アトラック=ナチャ―――に拉致られておったな、彼奴は』
(妙な事になっていなければ良いが……今は、九淨の無事を祈るしかあるまい)
「っ……」
目の前の存在から少しでも距離を取ろうと後ずさる。
私独り―――つまりマギウス・スタイルを纏えないと云う現状が、激しい緊張感を齎す。
額から汗が伝い、絶望感にも近いそれが身を強張らせていた。
「イタクァ……ね」
私と相対している目の前の存在―――イタクァ。
デモンベインで戦っていたときと一緒の気配だから、イタクァで間違いないはず。
何故、そんなことをわざわざ確認しなければならないのかと云うと……今のイタクァは、雲の巨人や氷の竜とはまた別の姿だからだ。
「――――――」
スラリとした長身に、美しくしなやかな体躯。
蒼い装束を身に纏い、氷の様な雰囲気を漂わせる美女。
イタクァの女性体―――つまり人間の姿だ。
後どうでも良い情報だけど、ある部分は私より大きく見えた。
アトラック=ナチャもそうだったけど、ページモンスターは皆そうなのだろうか?
いや、確かロイガーとツァールは貧……じゃなくて、そんなに大きくはなかったはず。
そんな私の本当にどうでも良い思考も、向こうにはまるで関係がない。
知的な印象を与える眼鏡越しに、イタクァの赤紫色の瞳が冷々と輝いている。
射抜くような眼光に、私は一歩退く。
それに対しイタクァは、此方に一歩近寄って来る。
放つ冷気の所為か、イタクァの踏み出した足元には霜が下りていた。
さらに一歩退く。
そしてイタクァは一歩近寄る。
退き、近寄り、近寄り、退く。
それを幾度も繰り返し―――そもそもの疑問を抱いた。
(此処は何処なのよ……?)
退きながら周囲をチラリと見れば、どうやら古めかしい石造りの回廊の様だ。
影絵のように平坦で、片側の壁には私の身長を優に超える大きな窓が等間隔で並んでいる。
その窓からは白い光が差し込み、回廊に蟠る黒い闇とのコントラストを描く。
私とイタクァ以外は全て白黒―――モノクロの世界だ。
私の知るアーカムシティとは違う空気は、まるで此処が
(―――いや、もしかしたら本当にそうかも知れないわね)
相手にしているのは、断片とは云え超常の存在なのだ。
常識的な考えは捨てるべきだろう。
何にせよ、この状況をどう打開するかを考えるべきだ。
こうして後ろに退いているだけでは、何も解決しない。
しかしマギウス・スタイルを纏えない以上、真正面から立ち向かうのは自殺行為だ。
(ならどうする? どうすれば良い!?)
答えの出ないまま後退を続け―――
「―――えっ?」
突然、盛大に転倒した。
「~~~~~っ!?」
あまりにも唐突な事態に、碌に受身も取れずに背中を強打する。
鈍い痛みに耐えると同時、何故転んだのかと疑問に思う。
(こんな何もないところで、どうして……っ!?)
その答えはすぐに出た。
身を起こすために、床へと突いた手が感じた感覚―――冷気。
視線を其方に向ければ、私の周囲の床はいつの間にか凍りついていた。
(何で気が付かなかったのよ……私の間抜けぇぇぇ!!)
そして、逃げている状況で転んでしまえば当然―――
「ッ!?」
追いつかれる事になる訳だ。
ハッと向いた正面、イタクァが目の前までやって来ていた。
痛いぐらいの冷気が身を突き刺す。
何とか距離を取ろうと足を動かそうとして―――動かない事に気付いた。
「なっ、えっ!?」
凍った床に靴が貼りつき、まるで縫い付けられたかのようになっている。
此方が動けない様を見たイタクァは身を屈め―――正面から、私に覆い被さって来た。
「ちょっ、んなっ!?」
足を動かせないためにその場から逃げる事も出来ず、両手と上体を押さえ込まれて組み敷かれる。
「ふふっ……」
床に押さえつけられた私を見て、イタクァは冷笑を浮かべる。
死の恐怖を感じさせる冷笑であり、他者を惑わす蠱惑的で妖艶な冷笑でもあった。
イタクァの瞳は、まさに獲物を狙う肉食獣の眼だった。
今の状況なら獲物とは、言うまでもなく私の事だ。
「くっ……!」
イタクァの瞳が妖しげな光を放ち―――
「むぐっ!?」
次の瞬間、私は唇を奪われた。
「んんっ! んむっー!」
いきなりの出来事に混乱するが、事態は深刻だった。
触れ合う唇から、恐ろしい冷気を感じる。
ともすれば、一瞬で生命維持に必要な熱を奪い去ってしまいそうなほどの冷気を。
私は何とかイタクァの口付けから逃れようとするが、完全に押さえ込まれているため逃げ様がない。
足はそもそも動かせないし、両手は同じくイタクァの両手で押さえられている。
必死に口を閉じるが、触れ合う場所から冷たさで力が入らなくなってゆく。
「んぅっ!? んむっ! んんっ―――!?」
そして遂に、舌を捩じ込まれて口をこじ開けられた。
ぬめる舌の感触と共に口腔に冷気が流し込まれ、全身を侵し、熱を奪っていく。
組み敷かれた私に出来る事と云えば、この身を襲う感覚にカラダを震わせるぐらいなものだ。
(マズ……っぃ……)
躰の中に極寒の吹雪が吹き抜けたかのような、凍りつく感覚。
冷たい死の抱擁に、やがて意識が―――
「―――ッ!?」
途絶える寸前、躰の奥底から熱気が湧き上がった。
突然の事だったが、熱気は一瞬にして私の全身を巡り、死の抱擁を振り払った。
イタクァは弾かれたように、私から離れた。
私は体の感覚を確かめるように身を起こしつつ、何度も深呼吸をする。
(い、いったい何が……?)
窮地に陥っていた私を救った何か。
それが何なのかと考え―――回廊の奥から、何かが近づいて来ているのを感じた。
私とイタクァは、同時に其方を向く。
闇の中から現れたのは、白い焔に身を包んだ一匹の獣。
冷気を放つイタクァとは正反対の、熱気を放つ存在。
「クトゥグア!?」
それは、呪力を開放した状態―――神獣形態のクトゥグアだった。
インスマウスのときのような巨大さではなく、太陽の如き光度でもない。
そして何より、大地をも融解させる高熱を発していない……が、魔力の気配は間違いなくクトゥグアだ。
(どうして、クトゥグアがこんなところに……?)
考え、イタクァとの戦闘の最後を思い出した。
(確かあのとき、銃が暴走と云うか暴発して……)
その際、解き放たれたという事だろうか?
『Gruuu……』
回廊を震わせる獣の唸り声。
焔の獣はイタクァを睨みつけ、イタクァは焔の獣に警戒を向ける。
状況を見るに、私を助けた何かというのはクトゥグアみたいだ。
でも……何故私を助けたのだろうか?
「ッ――――――」
自らの不利を悟ったのか、背を向けてこの場から逃げ出そうとするイタクァ。
だがクトゥグアは、それに素早く反応した。
『GuOooooon!』
「…………ッ!?」
獣の咆哮と共に、イタクァの退路に炎の壁が顕れた。
逃げ道を塞がれ、イタクァが焦りの表情を浮かべる。
イタクァを追い詰めた獣は、熱波と共にイタクァに向かって疾走。
私の側スレスレのところを通り過ぎ、イタクァへと飛び掛った。
『G`AAAAA――――――!』
「……ァァァッッ!」
獣はイタクァを押し倒し、その白い焔で包み込んだ。
渦巻く劫火が、獣と女を呑み込む。
「ァァァ―――ッ!」
あっという間の出来事に、私はどうすることも出来なかった。
ただ呆然と、白い焔を見つめ続け―――その中に、ゆらりと立ち上がる人影を認める。
「えっ?」
焔の中から出てきたその人影は―――イタクァではなかった。
無数の燃える光球を引き連れ、劫火を背に悠然と歩く長身の美女。
艶やかな褐色の肌に、身に纏う黒の軍服(正確には軍服のような服)。
そしてやっぱり私より大きい、ある部分。
(つまりは……アレよね?)
魔力の気配的に、すぐ判る。
「……フフフッ」
「―――クトゥグア、よね」
「良く
見事正解だった。
「母の霊力を許に人格を形成したが……成程、悪くない」
「えっと、母って云うと……アルのことかしら?」
「左様。母が新たに主に選んだ女、大いに興味が湧いたのでな。こうして声を掛けた次第だ。しかし……我々の様な断片如きを相手にここまで不覚を取る様では、“アル・アジフ”のマスターは務まらないのではないか?」
此方を挑発するかのような口調。
私は素っ気無く返す。
「ほっときなさいよ」
「ふふふ……妾が助けなければ、今頃姉妹によってウェンディゴに変えられていたところだろうさ」
「うげっ」
クトゥグアの助けがなかったら、今頃人肉喰いな化物の仲間入りを果たしてたワケね……危ない危ない。
「―――未熟。汝は神の写し身たる妾―――クトゥグアの力を、しかと支配しなければならぬ。支配して見せてもらわねば困る、“白き王”よ」
「どういう……意味?」
「如何なる者の仕業かは知らぬが……今妾等が立っているこの場所は、現実とは位相がズレた空間だ。この場所でなら、ほんの僅かと云えども“検閲”が弱まる」
「“検閲”? いったい何の話をしてるのよ?」
“白き王”だの“検閲”だの、良く分からない単語が出てきた。
出来れば、ちゃんと分かるように説明して欲しい。
「後は……」
そんな私に、クトゥグアが近寄る。
その距離は、触れ合うほどの至近距離だ。
「自らの意思で掴み取るのだ」
クトゥグアが私の首に両手を回す。
えっ? と思った瞬間、クトゥグアの貌が急接近し―――私の唇に、クトゥグアの唇が重ねられていた。
「――――――!?」
一瞬の驚愕の後、私はクトゥグアの焔に包まれた。
けれど、それは私の躰を害するモノではない。
劫火に灼かれ、意識が加速する。
それはやがて、時間と空間を超え―――
やっぱり咆哮基準にしようとしたら、九淨さんを押し倒していた。何を言っているのかry
中途半端に切っているのはご了承ください。