ある少女の斬魔大聖   作:アイオン

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はい、大幅に遅れた愚か者に御座います。
本当に申し訳ない。


第47話

 「ふぅ……」

 

 何と云うか、疲れた。

 少し熱めのシャワーを浴びながら、溜息を吐く。

 

 (元気よねぇ……ホント)

 

 満面の笑みを浮かべ、場を引っ掻き回すエンネアの姿を思い浮かべる。

 少し元気過ぎる気がしないでもないけど、暗いよりはマシだろう。

 ……振り回される此方としては、少々自重して欲しくもあるけど。

 

 (……私も歳なのかしら?)

 

 エンネアの若さ溢れる行動を見ていると、歳を実感せざる得ない―――まだ二十代前半だけど。

 しかし聞くところによると、一部世間では二十代はもう老年だという。

 

 「……若さって何なのかしら」

 

 シャワーを止め、割とどうでも良いことを呟く。

 次いで体を洗おうと、タオルを―――

 

 「振り向かないことだよ、九淨!」

 

 「きゃあ!?」

 

 手に取ろうとしたところで、裸のエンネアがバスルームに乱入してきた。

 突然のことに驚いてしまう。

 

 「い、いきなりどうしたのエンネア?」

 

 「お背中流しに参りました―――っ!」

 

 と、いうことらしい。

 タオル一枚身に付けていないのは驚いたけれど……まあ異性相手という訳でもないので、スキンシップの範疇だろう。

 

 「そ、そう……次からは、もうちょっと静かに入って来てね。びっくりしちゃうから」

 

 「はーい♪」

 

 笑顔で返事をするエンネア―――本当に分かっているのか怪しい。

 まあそれはさて置き、折角なので任せてみることにする。

 

 「じゃあ、お背中失礼しま~す☆」

 

 石鹸で泡立てたタオルで、私の背中を擦るエンネア。

 ちゃんと力加減も心得ているようで、意外と心地好い。

 

 (……そういえば)

 

 こうして誰かに背中を流してもらうのは、随分と久し振りな気がする。

 確かジュニアハイスクールの頃まで父さんと一緒にお風呂に入っていたから、それ以来だろうか?

 流石にハイスクールに上がる頃には一緒に入らなくなったけれど……懐かしい。

 

 「どう? 気持ち良い?」

 

 「ええ、良い感じよ」

 

 「えへへー♪」

 

 褒められて嬉しそうな声色のエンネア。

 暫くして洗い終わったのか、私の正面に回ってくる。

 

 「ん、終わったの?」

 

 「うん、背中は終わったよ~」

 

 「ありがと、エンネア」

 

 私はエンネアにお礼を言って、タオルを受け取ろうとする。

 しかし彼女はタオルを手放そうとはせず、こう言った。

 

 「ついでだから前もやってあげる!」

 

 「え゛」

 

 いや、流石に前を人にやってもらうのはちょっと……。

 そんな私の思考が伝わるはずもなく、エンネアは私の肢体へと手を伸ばしてきた。

 

 「ひゃん!?」

 

 「んんー? 随分と可愛らしい声で鳴きますなぁ?」

 

 ニヤニヤとした笑みを浮かべながら、やたらとイヤらしい手つきで私のカラダを洗う―――というか弄る―――エンネア。

 

 「ほれほれー! うりうり~!」

 

 「ちょ、ちょっと、やめ……んぅっ! はぁっ……くんっ!///」

 

 ヤバイ、エンネアが妙にテクニシャンだ。

 前のように服の上からではなく直接触られているため、艶っぽい声が出てしまっている。

 

 「え、エンネア! 洗うなら普通に……あぅっ!?///」

 

 「えー? エンネアは普通に洗ってるよー?」

 

 私の表情を見たエンネアは笑みを深め、その行動を更にエスカレートさせ始めた。

 

 「―――成程、成程。やっぱり九淨はカラダでご奉仕して欲しいと」

 

 「誰もそんなこと……言ってなぁ――――――いっ!///」

 

 「然らば、このエンネア! ご期待にお答えしようではないかっ!」

 

 全然私の話を聞かないエンネア。

 彼女は自らの身体に石鹸を塗りたくり泡立てると、私に肢体を絡めてきた。

 

 「にゅふふ、さあさあさあ♪」

 

 「あ、ちょっ、マズ……!///」

 

 「汝等ぁぁぁっ! 一体、何をしておるかぁぁぁぁ――――――っ!」

 

 何かが振り切ってしまいそうになった、その時。

 アルがバスルームに乱入してきた。

 

 ……これは、つまり、またあの展開だ。

 エンネアを連れてきてから、早三回目。

 彼女の身元が分かるまでに、あと何回、私の意識は刈り取られるんだろうか?

 誰か教えて欲しい、切実に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「っ……ん……ぅ?」

 

 どれくらい時間が経ったのか、私は目を覚ました。

 ゆっくりと瞼を開けると、私を覗き込む紫水晶(アメジスト)の瞳と視線が合う。

 

 「あ、起きた?」

 

 「エン……ネア……?」

 

 「うん。……さっきはごめんね、ちょっとお巫山戯が過ぎたみたい」

 

 申し訳なさそうな顔で謝るエンネア。

 

 「気にしなくて良いわよ。ただ、次からは普通にやってね」

 

 「はーい、善処します」

 

 反省しているのかしていないのか微妙なところだけど、まあ良しとしよう。

 周囲に視線を遣りながら、現状を確認する。

 どうやら私は、ソファーに寝かされ、彼女に膝枕をされているようだ。

 部屋の中は暗く、結構な時間らしい。

 

 「エンネア、今って何時くらい?」

 

 「えっとね、深夜の2時を回ったところかな」

 

 私は予想以上に眠っていたらしい。

 

 「アルは?」

 

 「結構前に寝ちゃったみたい」

 

 耳を澄ませてみると、ソファーの後ろの方からアルの寝息が聞こえてきた。

 

 (やれやれ……)

 

 「…………」

 

 「…………」

 

 私達の間に、暫しの沈黙が降りる。

 耳に届くのは、時計が刻む時の音色。

 

 「……ねえ、九淨」

 

 「―――なぁに、エンネア?」

 

 囁くようなエンネアの声。

 静かに私を見つめる、深い彩を湛えた瞳。

 

 「今のこの世界が好き?」

 

 「え?」

 

 「九淨は、今のこの世界が好き?」

 

 どういう意図の質問なのかは、よく分からない。

 けれど、私は私の答えを返す。

 

 「ええ、好きよ。ライカさんやがきんちょども、アルにエンネアにアーカムシティの皆。そしてそんな私達を包み込むこの世界を、私は気に入っているわ」

 

 「…………」

 

 エンネアは私の答えに頷き、更に訊ねてきた。

 

 「―――九淨は、戦う人でしょ?」

 

 「っ! ……どう……して?」

 

 私とアルに関しては、探偵だということしか教えていないはず。

 なのに、何でそんなことが分かるのだろうか?

 もしかして、私達のことを知っていた?

 ―――そんな疑問が表情に出ていたのか、エンネアが答える。

 

 「背中を流したときに気付いたよ。九淨の身体、女の子とは思えないくらい傷だらけだったもん。どれもこれも、古傷って呼ぶには新し過ぎたし―――今も、戦っているんだよね?」

 

 (……そういうことね)

 

 そういう理由ならば、納得だ。

 進んで教えようとは思わないけれど、隠しておく理由もない。

 私はエンネアの問いに頷いた。

 

 「正義の味方……の真似事かしらね」

 

 「……どうして、九淨は戦うの?」

 

 「どうして?」

 

 (そう言われると……うーん)

 

 少しだけ考え、答える。

 

 「自分の出来ることをやらないと、後味悪いから―――かな?」

 

 我ながら何とも曖昧な言い方だけど、そうとしか答えようがない。

 

 「後味悪い?」

 

 案の定、エンネアが首を傾げてしまっている。

 

 「そうねぇ……まあ結局のところ、私がそうしたいってだけなのよ。吐き気を催すような下衆野郎をブン殴るのも、危機に陥っている人を助けるのも一緒。私が放っておけない―――放っておいたら後味悪いってだけ」

 

 ヒーローだとかヒロインだとか、そんなご大層なモノじゃない。

 私はもっと自分勝手な人間で、自分勝手な理由で戦うのだ。

 

 「…………」

 

 私の考えを聞き、考え込むエンネア。

 難しい顔をする彼女を、私は黙して待つ。

 ―――ややあって、エンネアは再び問い掛けてきた。

 

 「もし……全部無駄だとしたら?」

 

 冷たく、寂しい声。

 そして、まるで初めて会った夜のような、光の失われた瞳。

 

 「九淨が気に入っているこの世界のための戦いが、全部無駄だとしたら? 仮に未来を知ることが出来て、必死に足掻いてもがいて抗って、どんなに戦っても誰一人救えない、救われない。全部全部、無駄なことだって分かったら……どうする? 九淨は―――それでも、まだ戦える?」

 

 今自分がやっていることは何の意味もなく、全部無駄なんじゃないかと。

 ……なるほど、それは誰もが一度は考えるだろう。

 一度どころか、生きている限り考え続けるだろう。

 だからこそ、私は逆に、エンネアに訊ね返した。

 

 「……全部無駄だったとしてさ。それで、ただ座って最後を待つなんて出来る? 何もしないで結果を受け入れられる? ……少なくとも、私には無理ね」

 

 「――――――」

 

 私がそう言うと、エンネアは凄く驚いたような表情をした。

 ポカンと大口を開けたまま、光の戻った紫水晶の瞳で私を見つめている。

 

 (……どうしたのかしら?)

 

 とりあえず身体を起こす。

 その間も、エンネアは私を見つめたままだ。

 ……何となく気恥ずかしくなり、最後に付け加えることにした。

 彼女の頭に手を乗せ、軽く髪を乱す。

 

 「わわっ」

 

 「そもそも戦ってるときって必死だからさ、そんなことを気にしている余裕なんてないわよ」

 

 エンネアをひょいっと抱き上げ、一緒にソファーに寝転がる。

 床に落ちていた毛布を拾い上げて掛けた。

 

 「もう遅いから……そろそろ寝ましょう」

 

 乱してしまった彼女の髪を、撫でて整える。

 

 「おやすみ、エンネア」

 

 就寝の挨拶をし、私は瞼を閉じた。

 

 

 

 

 

 「後味悪い……ね」

 

 先程九淨が言った言葉。

 理屈も何もあったものじゃないから当然かもしれないけど、正直なところよく分からない。

 けれど、どうしてかその言葉は、エンネアの心に引っかかった。

 

 「九淨……」

 

 目の前の女性の名前を呟き、彼女の身体にそっと触れる。

 背中に手を回し、豊かな胸に顔を埋める。

 

 「ん……っ……」

 

 眠る彼女のくすぐったそうな吐息を感じつつ、彼女の香りに包まれる。

 

 (……良い匂い)

 

 仄かに香る石鹸の匂いと、女性特有の柔らかな香り。

 そして―――

 

 (―――()の匂いがする)

 

 それは、魂の匂いとでも言うべきだろうか。

 彼女からは、()の魂に良く似た―――ほぼ同一の―――匂いがするのだ。

 具体的にどういう匂いという訳ではないが、感覚的にそうと解る。

 エンネアは彼女の温もりに包まれたまま寝ようとして―――唐突に、声を掛けた。

 

 「狸寝入りかにゃ、アル?」

 

 「……汝にその呼び方を許した覚えは無い」

 

 エンネアは九淨を起こさないように立ち上がり、アルの方を向く。

 対するアルは、視線と声に若干の敵意を込めてエンネアを問い詰める。

 

 「汝―――一体何を考えておる。九淨に擦り寄って、何をするつもりだ?」

 

 「別に」

 

 「何?」

 

 「何をするつもりもないよ」

 

 「汝……!」

 

 素っ気ないエンネアの態度に、アルは更に敵意を滲ませる。

 

 「汝の気配……正体までは探れぬが、善くないモノだ。九淨に害を為そうと云うならば、此処で……!」

 

 「そんなつもりはないよ……」

 

 「む…………」

 

 アルは真っ向から敵意を向けたが、エンネアからは何の敵意も感じない。

 悪意や謀略の類も一切だ。

 戸惑うアルに、エンネアが何処か虚ろな微笑みを浮かべる。

 

 「ただ……九淨に逢いたかった。それだけ」

 

 「汝―――」

 

 もしや記憶が戻っているのか?

 問い詰めようとしたアルだったが、エンネアは会話を打ち切った。

 

 「さあ、終り終り! あんまり夜更かししてると、皺が増えちゃうぞっ! おやすみ―――っ!」

 

 先程の虚ろなものではなく、太陽のような笑顔を浮かべるエンネア。

 彼女はアルが止める間も無く九淨が眠るソファーに潜り込むと、速攻で寝息を立て始めた。

 残されたのは、呆気に取られるアルだけ。

 

 「……この娘は何なのだ、一体?」




何か違う気がするけど……まあ、この話の中ではということで。
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