本当に申し訳ない。
「ふぅ……」
何と云うか、疲れた。
少し熱めのシャワーを浴びながら、溜息を吐く。
(元気よねぇ……ホント)
満面の笑みを浮かべ、場を引っ掻き回すエンネアの姿を思い浮かべる。
少し元気過ぎる気がしないでもないけど、暗いよりはマシだろう。
……振り回される此方としては、少々自重して欲しくもあるけど。
(……私も歳なのかしら?)
エンネアの若さ溢れる行動を見ていると、歳を実感せざる得ない―――まだ二十代前半だけど。
しかし聞くところによると、一部世間では二十代はもう老年だという。
「……若さって何なのかしら」
シャワーを止め、割とどうでも良いことを呟く。
次いで体を洗おうと、タオルを―――
「振り向かないことだよ、九淨!」
「きゃあ!?」
手に取ろうとしたところで、裸のエンネアがバスルームに乱入してきた。
突然のことに驚いてしまう。
「い、いきなりどうしたのエンネア?」
「お背中流しに参りました―――っ!」
と、いうことらしい。
タオル一枚身に付けていないのは驚いたけれど……まあ異性相手という訳でもないので、スキンシップの範疇だろう。
「そ、そう……次からは、もうちょっと静かに入って来てね。びっくりしちゃうから」
「はーい♪」
笑顔で返事をするエンネア―――本当に分かっているのか怪しい。
まあそれはさて置き、折角なので任せてみることにする。
「じゃあ、お背中失礼しま~す☆」
石鹸で泡立てたタオルで、私の背中を擦るエンネア。
ちゃんと力加減も心得ているようで、意外と心地好い。
(……そういえば)
こうして誰かに背中を流してもらうのは、随分と久し振りな気がする。
確かジュニアハイスクールの頃まで父さんと一緒にお風呂に入っていたから、それ以来だろうか?
流石にハイスクールに上がる頃には一緒に入らなくなったけれど……懐かしい。
「どう? 気持ち良い?」
「ええ、良い感じよ」
「えへへー♪」
褒められて嬉しそうな声色のエンネア。
暫くして洗い終わったのか、私の正面に回ってくる。
「ん、終わったの?」
「うん、背中は終わったよ~」
「ありがと、エンネア」
私はエンネアにお礼を言って、タオルを受け取ろうとする。
しかし彼女はタオルを手放そうとはせず、こう言った。
「ついでだから前もやってあげる!」
「え゛」
いや、流石に前を人にやってもらうのはちょっと……。
そんな私の思考が伝わるはずもなく、エンネアは私の肢体へと手を伸ばしてきた。
「ひゃん!?」
「んんー? 随分と可愛らしい声で鳴きますなぁ?」
ニヤニヤとした笑みを浮かべながら、やたらとイヤらしい手つきで私のカラダを洗う―――というか弄る―――エンネア。
「ほれほれー! うりうり~!」
「ちょ、ちょっと、やめ……んぅっ! はぁっ……くんっ!///」
ヤバイ、エンネアが妙にテクニシャンだ。
前のように服の上からではなく直接触られているため、艶っぽい声が出てしまっている。
「え、エンネア! 洗うなら普通に……あぅっ!?///」
「えー? エンネアは普通に洗ってるよー?」
私の表情を見たエンネアは笑みを深め、その行動を更にエスカレートさせ始めた。
「―――成程、成程。やっぱり九淨はカラダでご奉仕して欲しいと」
「誰もそんなこと……言ってなぁ――――――いっ!///」
「然らば、このエンネア! ご期待にお答えしようではないかっ!」
全然私の話を聞かないエンネア。
彼女は自らの身体に石鹸を塗りたくり泡立てると、私に肢体を絡めてきた。
「にゅふふ、さあさあさあ♪」
「あ、ちょっ、マズ……!///」
「汝等ぁぁぁっ! 一体、何をしておるかぁぁぁぁ――――――っ!」
何かが振り切ってしまいそうになった、その時。
アルがバスルームに乱入してきた。
……これは、つまり、またあの展開だ。
エンネアを連れてきてから、早三回目。
彼女の身元が分かるまでに、あと何回、私の意識は刈り取られるんだろうか?
誰か教えて欲しい、切実に。
「っ……ん……ぅ?」
どれくらい時間が経ったのか、私は目を覚ました。
ゆっくりと瞼を開けると、私を覗き込む
「あ、起きた?」
「エン……ネア……?」
「うん。……さっきはごめんね、ちょっとお巫山戯が過ぎたみたい」
申し訳なさそうな顔で謝るエンネア。
「気にしなくて良いわよ。ただ、次からは普通にやってね」
「はーい、善処します」
反省しているのかしていないのか微妙なところだけど、まあ良しとしよう。
周囲に視線を遣りながら、現状を確認する。
どうやら私は、ソファーに寝かされ、彼女に膝枕をされているようだ。
部屋の中は暗く、結構な時間らしい。
「エンネア、今って何時くらい?」
「えっとね、深夜の2時を回ったところかな」
私は予想以上に眠っていたらしい。
「アルは?」
「結構前に寝ちゃったみたい」
耳を澄ませてみると、ソファーの後ろの方からアルの寝息が聞こえてきた。
(やれやれ……)
「…………」
「…………」
私達の間に、暫しの沈黙が降りる。
耳に届くのは、時計が刻む時の音色。
「……ねえ、九淨」
「―――なぁに、エンネア?」
囁くようなエンネアの声。
静かに私を見つめる、深い彩を湛えた瞳。
「今のこの世界が好き?」
「え?」
「九淨は、今のこの世界が好き?」
どういう意図の質問なのかは、よく分からない。
けれど、私は私の答えを返す。
「ええ、好きよ。ライカさんやがきんちょども、アルにエンネアにアーカムシティの皆。そしてそんな私達を包み込むこの世界を、私は気に入っているわ」
「…………」
エンネアは私の答えに頷き、更に訊ねてきた。
「―――九淨は、戦う人でしょ?」
「っ! ……どう……して?」
私とアルに関しては、探偵だということしか教えていないはず。
なのに、何でそんなことが分かるのだろうか?
もしかして、私達のことを知っていた?
―――そんな疑問が表情に出ていたのか、エンネアが答える。
「背中を流したときに気付いたよ。九淨の身体、女の子とは思えないくらい傷だらけだったもん。どれもこれも、古傷って呼ぶには新し過ぎたし―――今も、戦っているんだよね?」
(……そういうことね)
そういう理由ならば、納得だ。
進んで教えようとは思わないけれど、隠しておく理由もない。
私はエンネアの問いに頷いた。
「正義の味方……の真似事かしらね」
「……どうして、九淨は戦うの?」
「どうして?」
(そう言われると……うーん)
少しだけ考え、答える。
「自分の出来ることをやらないと、後味悪いから―――かな?」
我ながら何とも曖昧な言い方だけど、そうとしか答えようがない。
「後味悪い?」
案の定、エンネアが首を傾げてしまっている。
「そうねぇ……まあ結局のところ、私がそうしたいってだけなのよ。吐き気を催すような下衆野郎をブン殴るのも、危機に陥っている人を助けるのも一緒。私が放っておけない―――放っておいたら後味悪いってだけ」
ヒーローだとかヒロインだとか、そんなご大層なモノじゃない。
私はもっと自分勝手な人間で、自分勝手な理由で戦うのだ。
「…………」
私の考えを聞き、考え込むエンネア。
難しい顔をする彼女を、私は黙して待つ。
―――ややあって、エンネアは再び問い掛けてきた。
「もし……全部無駄だとしたら?」
冷たく、寂しい声。
そして、まるで初めて会った夜のような、光の失われた瞳。
「九淨が気に入っているこの世界のための戦いが、全部無駄だとしたら? 仮に未来を知ることが出来て、必死に足掻いてもがいて抗って、どんなに戦っても誰一人救えない、救われない。全部全部、無駄なことだって分かったら……どうする? 九淨は―――それでも、まだ戦える?」
今自分がやっていることは何の意味もなく、全部無駄なんじゃないかと。
……なるほど、それは誰もが一度は考えるだろう。
一度どころか、生きている限り考え続けるだろう。
だからこそ、私は逆に、エンネアに訊ね返した。
「……全部無駄だったとしてさ。それで、ただ座って最後を待つなんて出来る? 何もしないで結果を受け入れられる? ……少なくとも、私には無理ね」
「――――――」
私がそう言うと、エンネアは凄く驚いたような表情をした。
ポカンと大口を開けたまま、光の戻った紫水晶の瞳で私を見つめている。
(……どうしたのかしら?)
とりあえず身体を起こす。
その間も、エンネアは私を見つめたままだ。
……何となく気恥ずかしくなり、最後に付け加えることにした。
彼女の頭に手を乗せ、軽く髪を乱す。
「わわっ」
「そもそも戦ってるときって必死だからさ、そんなことを気にしている余裕なんてないわよ」
エンネアをひょいっと抱き上げ、一緒にソファーに寝転がる。
床に落ちていた毛布を拾い上げて掛けた。
「もう遅いから……そろそろ寝ましょう」
乱してしまった彼女の髪を、撫でて整える。
「おやすみ、エンネア」
就寝の挨拶をし、私は瞼を閉じた。
「後味悪い……ね」
先程九淨が言った言葉。
理屈も何もあったものじゃないから当然かもしれないけど、正直なところよく分からない。
けれど、どうしてかその言葉は、エンネアの心に引っかかった。
「九淨……」
目の前の女性の名前を呟き、彼女の身体にそっと触れる。
背中に手を回し、豊かな胸に顔を埋める。
「ん……っ……」
眠る彼女のくすぐったそうな吐息を感じつつ、彼女の香りに包まれる。
(……良い匂い)
仄かに香る石鹸の匂いと、女性特有の柔らかな香り。
そして―――
(―――
それは、魂の匂いとでも言うべきだろうか。
彼女からは、
具体的にどういう匂いという訳ではないが、感覚的にそうと解る。
エンネアは彼女の温もりに包まれたまま寝ようとして―――唐突に、声を掛けた。
「狸寝入りかにゃ、アル?」
「……汝にその呼び方を許した覚えは無い」
エンネアは九淨を起こさないように立ち上がり、アルの方を向く。
対するアルは、視線と声に若干の敵意を込めてエンネアを問い詰める。
「汝―――一体何を考えておる。九淨に擦り寄って、何をするつもりだ?」
「別に」
「何?」
「何をするつもりもないよ」
「汝……!」
素っ気ないエンネアの態度に、アルは更に敵意を滲ませる。
「汝の気配……正体までは探れぬが、善くないモノだ。九淨に害を為そうと云うならば、此処で……!」
「そんなつもりはないよ……」
「む…………」
アルは真っ向から敵意を向けたが、エンネアからは何の敵意も感じない。
悪意や謀略の類も一切だ。
戸惑うアルに、エンネアが何処か虚ろな微笑みを浮かべる。
「ただ……九淨に逢いたかった。それだけ」
「汝―――」
もしや記憶が戻っているのか?
問い詰めようとしたアルだったが、エンネアは会話を打ち切った。
「さあ、終り終り! あんまり夜更かししてると、皺が増えちゃうぞっ! おやすみ―――っ!」
先程の虚ろなものではなく、太陽のような笑顔を浮かべるエンネア。
彼女はアルが止める間も無く九淨が眠るソファーに潜り込むと、速攻で寝息を立て始めた。
残されたのは、呆気に取られるアルだけ。
「……この娘は何なのだ、一体?」
何か違う気がするけど……まあ、この話の中ではということで。