此処は祭壇にして玉座。
デモンベインの反撃によって、撤退を余儀なくされたカリグラとクラウディウス。
彼等は玉座の前に傅き、大導師への報告を行っていた。
しかし、その報告を聞いているマスターテリオンは何時もの様に気怠げに、膝に凭れ掛かるエセルドレーダを撫でている。
「―――とんだ失態だな。カリグラ、クラウディウス」
玉座の傍らに立つアウグストゥスが、二人のアンチクロスを詰る。
「“暴君”を取り逃がしただけではなく、大十字九淨を侮って敗走し、カリグラに至っては左腕まで失うとは……何たる無様か! 貴様等それでもアンチクロスか!? 恥を知れ!」
「オイ、ちょっと待てや……」
吐き捨てるように言うアウグストゥスに、クラウディウスが立ち上がった。
浅黒い褐色の顔を睨み付けながら、食ってかかる。
「テメェ、任務の説明の時にホザいてたよなぁ? “暴君”は力を使い果たしているって。―――だって云うのに、何なんだあの力はよォ!? 何で奴が、大十字九淨に力を貸してんだよ、あァ!?」
「大導師が発案した強固な結界を破って脱獄した以上、“暴君”が弱っていたことは確かだ。そこで、
「失敗したのは、自業自得だとでも言いてぇのかよ」
「事実だろう? 役立たずが」
睨み合い、一触即発の雰囲気を漂わせる両者。
しかし―――
「―――気が滅入る、そのくらいにしておけ」
マスターテリオンが、それを制した。
大導師の言葉に、両者は冷や汗をかきながら口を噤む。
クラウディウスはそのまま押し黙ったが、アウグストゥスはプレッシャーに気圧されながらも大導師に進言する。
「しかし大導師。“暴君”はC計画における中核、このままではC計画にも支障が……」
「逃げられてしまったものは仕方なかろう。C計画は、“暴君”無しで執り行う事とする」
「なッ――――――!?」
大導師の発言に、アウグストゥスは絶句した。
カリグラとクラウディウスも、声こそ出さなかったものの、驚愕に目を見開いている。
ややあって持ち直したアウグストゥスは、慌てて大導師に反論した。
「い、幾ら何でもそれは無謀です! C計画は“暴君”と、彼奴の鬼械神―――中枢ユニットの強大な魔力があってこそ、実現するものではありませんか!?」
「“暴君”の役割は、余が同時に果たす。中枢ユニットは、ネームレス・ワンの代わりにリベル・レギスを使用する。問題は無かろう?」
「し、しかし大導師……」
「―――それとも、余の力では“暴君”に及ばぬと? 余のリベル・レギスが、ネームレス・ワンに劣ると?」
「……失礼致しました」
アウグストゥスは頭を下げ、大導師の決定を受け入れた。
しかし、その胸中は納得とは程遠い。
それは今までの大導師への不信感と相俟って、彼にある行動を取らせる事になった。
「マスター。時が……近いのですね」
「ああ。少々露骨に過ぎたかも知れぬが……さて、奴等はどう動くか……」
玉座の間を後にしたアウグストゥスは、行動を起こした。
それは、アンチクロスの招集である。
人数が揃ったところで、アウグストゥスは切り出した。
「諸君……ここ最近の大導師の行動に、何か不審なものを感じはせぬかね?」
「ほう? 何故大導師殿に内密に我々を集めたのかと思えば……大導師殿への不審か?」
「ううむ。大導師への不審となれば、それだけで重大な反逆となってしまうが……はてさて」
アウグストゥスの発言を咎める、ティトゥスとウェスパシアヌス。
だがそれは、飽く迄表向きの話であり、彼等の言葉は実質アウグストゥスに先を促していた。
「このままではC計画発動の際に、深刻な事態を招くやも知れぬ」
「な二?」
「どういうことだよ?」
「カリグラ、クラウディウス。お前達も、先程の大導師の発言を聞いただろう」
アウグストゥスの発言に、カリグラとクラウディウスが疑問の声を上げる。
アウグストゥスは言葉を返すと、その場に居る面々に問い掛けた。
「……諸君、今までの大導師の言動を思い返すが良い。アル・アジフの捜索任務を、畑違いのウェスト如きに任せるが愚行。遊びとまで仰った、覇道邸への中途半端な襲撃命令。回収したアル・アジフ断片の、余りに杜撰な扱い。そしてC計画を万全とする為のアル・アジフを計画から排除し、剰えC計画の中核を為す“暴君”までも計画から除外した。―――どうだろう、何か思う事はないかね?」
「うーん、随分と滅茶苦茶ねぇ。ホントにC計画を成功させる気があるのかしらん?」
「うむ、ううむ。確かに無謀と言う他無いな、これは。しかし、これではまるで……」
ティベリウスが首を傾げ、ウェスパシアヌスが顎鬚を撫でながら思案顔をする。
その様子にアウグストゥスは一つ頷き、続けた。
「続けて問おう。大導師マスターテリオンは、真にC計画の実行者たるに相応しいか否か」
「……何を企んでやがる、アウグストゥス」
「お主、真逆……」
「あらん、面白くなってきたじゃなぁい♪」
「………………」
「―――汝の欲するところを行え、か」
彼等の論議、その結論は―――。
降り頻る雨の中、少女が一人街を彷徨う。
夜の闇に沈む路地裏を、冷たい大粒の雨に打たれながら彷徨う。
在りもしない安穏を、在るはずのない救いを求めて彷徨う。
彷徨う少女は、大罪人。
その瞳に映るのは絶望で、その心中にあるのは達観のみ。
少女の内に光は在らず、故に『主は何処へ』と呼ぶ声も無い。
彷徨う大罪人は、迷える少女。
彼女の名は―――エンネア。
ややあって、彷徨うエンネアの前に小柄な人影が現れた。
背丈はエンネアと同じくらいだが、その全身は革製の拘束具に包まれている。
エンネアは拘束具の少女に視線を向けると、徐に掌を差し出した。
次の瞬間、拘束具の少女は無数の紙片となって解けた。
無数の紙片はエンネアの掌の上に集まり、折り重なって容となる。
黒革の装丁に、鉄錠の封印が施された書籍―――魔導書。
曰く、禁断の秘儀書。
曰く、黒の書。
“名”の記されていない、その本の“銘”は―――
『“無銘祭祀書”」
暗く深い、路地裏の闇が呟く。
「まったく……脱獄だなんてイケナイ娘だなぁ。しかも、態々魔導書で偽物を仕立てるなんて! ねぇ、“暴君”?」
エンネアが闇を見遣ると、その中から更に深い闇が
それは、ヒト型の闇。
扇情的なスーツに身を包み、少女趣味全開な傘を差す女―――ナイアだ。
「……君か」
「やあ、久し振り―――って、もう少し愛想良くしてくれても、罰はあたらないと思うんだけどなぁ?」
「………………」
ナイアの軽口に、絶対零度の視線を返すエンネア。
その反応に、ナイアは肩を竦めた。
「やれやれ……。さて、今回の事だけど―――やっぱり、九淨君のことが気に入ったのかい? 何せ、あの魔銃をポンっとあげちゃうぐらいだし」
「―――だからどうした? フェイスレス」
絶対零度から、明確な殺意の塊へと変貌するエンネアの視線。
常人なら間違い無くショック死しているソレを、ナイアは涼しい顔で受け止める。
「まあ、分からなくもないよ。今回は飛切りだ」
「一々首を突っ込んでくるなんて、そんなに暇なのかい―――
「いやいや、僕なんて中間管理職の使いっぱしりさ。そんなに上等なものじゃぁないよ」
エンネアの言葉に、苦笑いを浮かべるナイア。
ややあってナイアは、形の良い顎に手を添えて思案顔をした。
「それにしても……“エンネア”、だっけ? 確か君は……“ムーンチャイルド計画”の九番目。若しくは“九”淨君に因んで、その名前を付けたのかな?」
「それが何だってんだよ……!」
彼女の様子に、ナイアが愉悦の混じった黒い笑みを浮かべる。
「下らない……ああ、下らないなぁ。君のそれは、ただの番号付けだろう? そんなものより、君にはもっと相応しい名前があるじゃないか! そう、“暴君”! 獣の首の一つにして、獣そのもの! もう一人のマスターテリオン! だってマスターテリオンは―――君の生まれ変わりなのだから!」
「黙れ!!」
凝縮された殺意が叩き付けられる。
ナイアの頭部が、綺麗に消し飛んだ。
『あははははは! アははハはハハ!」
しかしナイアは、消失したはずの口で哄笑した。
「黙れ! 黙れ黙れ黙れ―――黙れッッッ!!」
エンネアの叫びと共に、ナイアの躰が消し飛ぶ。
手に持っていた可愛らしい傘だけが、ぽてんと地面に落ちた。
残ったのは耳障りな哄笑と、蟠る闇。
闇に融けたナイアは、最後に告げた。
『では御機嫌よう。異形の君、人外の君、愛しの君。最強のアンチクロス、最悪のアンチクロス、反逆のアンチクロス―――ネロ」
少女は、大罪人。
その瞳に映るのは絶望で、その心中にあるのは達観のみ。
少女の内に光は在らず、故に『
彷徨う大罪人。
彼女の名はエンネア……否。
少女の名は―――ネロ。
顎に手を添えて考え込むポーズって、似合う人はすっごく似合いますよね。