ある少女の斬魔大聖   作:アイオン

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第6話

 此処は覇道邸。覇道財閥総帥の執務室。

 そこでは、覇道財閥現総帥・覇道瑠璃が膨大な書類の山に埋もれていた。

 

 「…………」

 

 黙々と仕事を処理していく瑠璃。

 すると、部屋の電話の呼び鈴が鳴り響いた。

 この執務室の電話が鳴るような事態は、そうそう起こるものではない。

 書類から目を離し、瑠璃は受話器を手に取った。

 

 「わたくしです。……何が起こりました?」

 

 「お嬢様、大変です! ブラックロッジの破壊ロボが現れました!」

 

 受話器の向こうから、慌てふためく声が聴こえる。

 

 (―――またですの? 忌々しい!)

 

 今は対抗する術を持たない自分達に、瑠璃は苛立ちを隠せなかった。

 

 「それと……もう一つ大変なことがっ!」

 

 「もう一つ? ……いったい何が?」

 

 受話器の向こうから返ってきた言葉、その意味の重大さに瑠璃の表情が凍る。

 

 「……分かりました。すぐに向かいます」

 

 電話を切って、執務室の椅子に深く身を預ける。

 この総帥の椅子は、覇道財閥地下の“秘密基地”へと繋がる総帥専用のエレベーターである。

 総帥の椅子がシャフトを高速で降っていく中、瑠璃はおもむろに立ち上がり、身に纏った豪奢なドレスを豪快に脱ぎ捨てた。

 

 ―――ドレスを脱いだ瑠璃の格好は一変していた。

 マントの様に上半身を覆う上着に、ミニスカート。

 ドレス姿とは打って変わって、機動性を重視したその制服姿は、瑠璃に総帥としてのものとは別の、戦士の威容を醸し出している。

 

 覇道瑠璃のもう一つの貌。

 ブラックロッジに対抗する勢力の、“司令”としての貌だ。

 

 エレベーターが目的地に到着する。

 瑠璃が降りた場所は周囲よりも一段高くなっており、広間全体を見渡すことが出来る。

 視線の下方、メイド服を纏ったオペレーター達が三方に展開し、各々、この緊急事態への対応に追われていた。

 

 「お嬢様!」

 

 「此処では司令と呼びなさい」

 

 「し、失礼しました! 司令!」

 

 「それで……格納庫で異常事態が発生したと聞きましたが」

 

 「はい。虚数展開カタパルトが稼動しています」

 

 「……まさか、侵入者?」

 

 「現状では不明です。尚、施設のコントロールは完全に奪取されており、こちらからではモニタするのが精一杯です」

 

 「電力遮断、魔力炉の緊急停止を許可します」

 

 「既にブレーカーが作動しとります。しかし、その……カタパルトは格納庫内部の、完全に独立した動力源から電力の供給を受けとるようですわ」

 

 オペレーターの報告に、瑠璃の表情に動揺が走る。

 

 「あ、有り得ませんわ! そんな大電力、一体どこから……」

 

 「……デモンベイン本体です」

 

 副指令の席に立つウィンフィールドが、オペレーターの言葉を継ぐ。

 

 「魔導回路を、補足しきれない程の高密度情報が循環しています。……機体が稼動しているのです」

 

 「そ、そんな……デモンベインは魔導書が無ければ動かないはず。いったい誰がどうやって……」

 

 「―――ッ! 虚数展開カタパルト、作動します!」

 

 監視カメラが映し出す巨岩―――虚数展開カタパルト。

 その表面の魔法陣が輝き、眩い閃光を発した。

 

 「―――全ての構成元素が無限速度に到達……デモンベイン、偏在化します」

 

 閃光から目を背けつつ、別モニターのデモンベインのステータスを確認する。

 

 「デモンベインの反応が……消えた?」

 

 「消えたのと(ちゃ)います。虚数展開された物質は確率上の概念として、あらゆる空間に存在している状態で……ほらアレと同じですよ、シュレディンガーの」

 

 「それで!いったい何処へ行ったのですか!?」

 

 「タキオンカウンター、作動しましたです!」

 

 「―――選択された確率事象から出現位置を逆算します。少々お待ちを」

 

 「……くっ」

 

 (―――いったい何が起こっているんですの!?)

 

 

 

 

 

 

 

 『きゃあぁぁぁぁぁっ!? ななな、何!? 何が起きてるの!?』

 

 視界がグニャリと歪んでいる。

 自分が立っている感覚も怪しく、どんな体勢かも定かではない。

 三半規管が壊れてるのか平衡感覚は麻痺しているし、自分の声すらも、近くから遠くから、四方八方から聴こえてくる感じだ。

 五感の全てがアベコベの出鱈目で、自分自身が存在しているのかさえ疑問をもってしまう。

 

 『狼狽えるでないわ、見苦しい。ただの空間転移ではないか』

 

 苛立たしげな、少女の声があちらこちらから聴こえる。

 

 『……空間転移?』

 

 『なんと! ……空間転移も知らぬのか?』

 

 『知るわけないでしょっ!』

 

 『今“居る”我等を、こうして“居るかもしれなかった”空間総てに拡げた後、指定した座標に“居た”事にする……つまりは、そういうことだ』

 

 『はいぃぃぃ? ナニそれ? 全然っワケ分かんないわ』

 

 『む。お喋りは此処までだ。実空間に顕現するぞ』

 

 『だから、もうちょっと分かりやすく……ちょっ、おぉぉぉぉっ!?』

 

 

 

 

 

 

 「逆算結果、来たでぇ! デモンベインの出現地点は、シティ58番上空600メートル……って、破壊ロボのすぐ近くやないか!?」

 

 「えっ!?」

 

 何も無いはずの虚空に、突如、途方も無い質量の気配が生じた。

 天を仰げばすぐに分かるだろう。

 蜃気楼の如く揺らめく月と―――巨大な影。

 影は徐々に色を増し、厚みを得て、その存在を確固たるものへとしていく。

 其処に有り得べからざる物質が、存在する無限小の可能性。

 限りに無く【0】に近い確率が集積され、完全なる【1】を実現する。

 今、それは顕現しようとしていた。

 

 「デモンベイン、実空間に事象固定化……衝撃波、来ますっ!」

 

 「―――――っ!」

 

 空間が、圧倒的な質量に弾き飛ばされ、爆砕する。

 急激な気圧の変動は、突風となって吹き荒れる。

 路上の瓦礫や廃車が煽られ、まるで木の葉の様に吹き飛ばされていく。

 

 だが、人々は逃げる事すら忘れ、呆然と見上げる。

 燃える空を飛翔する、圧倒的なその威容を。

 破壊を纏って降臨する、鋼の巨人を。

 

 

 

 

 

 『と、飛んでる!? や、むしろ落ちてる――――――ッ!?』

 

 『ええぃ、狼狽えるなっ! このまま敵に飛び掛る。着地の衝撃に備えよ』

 

 『くあああああっ!?』

 

 急激な横Gに、脳味噌を揺さぶられる。乱暴すぎでしょ……っ!

 

 『飛び掛るってあなた……くぅぅぅっっっ!』

 

 眼下の破壊ロボの姿が、みるみる大きくなっていく。

 もうどう考えても後戻りできないスピードだ。

 

 (ああああもうっっっ!!)

 

 『こうなったらトコトンやってやるわよぉぉぉっ!』

 

 遥か上空からの強襲。

 地下に落ちたアル・アジフをどうやって追うべきか、悩んでいたドクター・ウェストはソレに反応が遅れた。

 ……というより、気付いていたとしても破壊ロボは上空を見上げることが出来ない構造になっているのだが―――ドラム缶だし。

 

 『でりゃあああああああああッ!』

 

 それ故、襲い来る衝撃に抗う術を持たなかった。

 

 『ぬおおおおおおおおおっ!? な、何事ぉぉぉぉぉっ!?』

 

 全長80メートルにも及ぶ馬鹿げた大きさの、これまた馬鹿げた重量の鉄塊が軽々と宙に浮く。

 吹き飛ばされながら、ドクター・ウェストはそれを見た。

 破壊ロボに渾身の飛び蹴りを決めた、もう一つの巨体。

 馬鹿げた大きさとこれまた馬鹿げた質量を持ったヒト型の鋼。

 

 『わ、我輩の知らない巨大ロボットだとぉぉぉぉっ!?』

 

 やがて落下してきた破壊ロボは、周囲のビルを巻き込み地面に激突した。

 ざまぁみなさい! と言いたいところだけど……

 

 『うぇぇ……脳味噌がいい感じにシェイクされて、ちょっとヤバイ……』

 

 『我慢しろ。それより見よ、九淨。彼奴は動けぬ。トドメを刺すなら今だ』

 

 『トドメって言われても……あなた、このロボットにどんな武器があるか知ってるの?』

 

 『……ふむ』

 

 『……まさか』

 

 『ふんっ』

 

 少女はそっぽを向いた。

 

 『……知らないのね?』

 

 『うるさい』

 

 『やっぱり勢いだけで飛び出したわね魔導書っ!?』

 

 『あああっ! うるさい煩い! 今何とかするわっ!』

 

 

 

 

 

 熾烈な戦いを繰り広げていた白と黒の天使もまた、突如出現した謎の巨大ロボット、デモンベインを見た。

 互いに手を止め、両機の戦いを見守る。

 

 『あのロボット。真逆……』

 

 (……覇道鋼造が造った、対魔術師用の秘密兵器!?)

 

 

 

 

 破壊ロボが受けたダメージは深刻であった。

 駆動系が68%も損傷しており、このままではまともに動く事すらできない。

 

 『こ、このスーパーウェスト無敵ロボ28號スペシャルを上回るパワーだと!? 馬鹿な……そんな筈はないのである!』

 

 戦慄を押し込め、怒りを沸き立たせる。

 手元のエレキギターを掻き鳴らし、荒々しいビートを奏でる。

 

 残った僅かな駆動系を駆使し、破壊ロボがよたよたと動きだした。

 

 『認めん……認めんのであーるっ! 我輩の破壊ロボこそ史上最強で地上最強! そんなわけで貴様は粉微塵に吹き飛ぶがよい。喰らえ、最終兵器! ジェノサイド・クロスファイア!』

 

 頭蓋が罅割れそうな激しい不協和音が迸る。

 それを合図に、破壊ロボは激しい変貌を遂げた。

 機体のあらゆる場所から出現する砲身、そして重火器類。

 それらすべてが、デモンベインへと向けられていた。

 

 『ちょっとちょっと!? 何かマズイことになってない!?』

 

 『ええい、急かすでないわ! ……おのれ、何なのだこの術式は。いくら何でも独特すぎるぞ。こんなもの、一々解析している暇などあるか……!』

 

 『何か穏やかじゃないわね!? って、ヤバ……!』

 

 『さあ、塵と消えるがよいわ!』

 

 『くっ―――!?』

 

 破壊ロボの砲門が一斉に火を噴いた。

 マズルフラッシュが夜闇を払い、デモンベインは爆発と光に呑み込まれる。

 

 『ちょ、ちょっと魔導書さんっ! なんとかしてよっ!』

 

 『妾もそうしたいところだが……如何せん、此奴は特殊すぎてな』

 

 『何を悠長な! このままじゃ……』

 

 『やられる……とでも?だとしたら、既にやられておるだろうに』

 

 『……確かにそうだけど』

 

 未だ止まない砲撃の嵐を受けながら、しかしデモンベインは一向に揺らがない。

 

 『紛い物とはいえ仮にも鬼械神だ。この程度の攻撃ではビクともせんよ。―――とは言え、このままにしておくわけにもいくまい』

 

 この場にそぐわない冷めた口調で少女は告げると、猛烈な勢いでコンソールを操作し始めた。

 

 

 

 

 

 

 広大な司令室に、瑠璃の悲痛な叫びが響く。

 

 「デモンベインがっ! お爺様の形見がっ!」

 

 「落ち着いて下さい、お嬢s……いえ、司令。あの程度の攻撃で破壊されるデモンベインでは御座いません」

 

 「でも……」

 

 『―――妾としても、そうであって欲しいものだ』

 

 「!?」

 

 司令室に居る全員が、驚きに目を見張る。

 通信モニター。

 そこには見知らぬ銀髪の少女が映っていた。

 

 「んなアホなっ!? 電子的・呪術的に暗号化されてる基地の通信に割り込みやと!?」

 

 「なっ……いったい何者……?」

 

 「―――発信場所特定できました。これは……デモンベインからの通信です」

 

 「何ですって!?」

 

 「では、この少女がデモンベインを―――」

 

 そう聞くや否や、瑠璃は怒りを露に、通信機に掴みかかるように叫んだ。

 

 「貴女! デモンベインを勝手に持ち出すとは、どういうつもりです!? その機体は我々、覇道財閥の所有物なのですよ!?」

 

 『うむ、そうであろうな。だからこそこうして質問に来た』

 

 瑠璃の怒りも気にした様子もなく、少女は続ける。

 

 『このデモンベインとやら……紛い物の鬼械神だけあって、操作系統の索引がまるでなっておらん。特に兵装項目が未分化でな。妾が解読して編纂しても良いのだが―――』

 

 「待ちなさい! 貴女、人の話をちゃんと聞きなさい!」

 

 モニターの向こうで、銀髪の少女は煩わしそうに顔を顰めた。

 

 『そんな大声を出さずとも聞こえておるわ小娘』

 

 「小娘っ!? ……とにかく!聞こえているなら、速やかにデモンベインから……」

 

 『騒ぐな小娘。わめくぐらいなら何でも良い、適当な攻撃呪法を一つ選んで呼称を教えろ。あとはこちらでやる』

 

 「~~~~~~ッッ!」

 

 怒りのあまり、言葉を詰まらせる。

 それが爆発する寸前、ウィンフィールドが通信に割り込んだ。

 

 「どなたかは存じませんが、それであの破壊ロボを打倒することが可能なのですね?」

 

 「ウィンフィールド!?」

 

 驚愕の面持ちで、自分を見下ろす主人に、執事は静かに答えた。

 

 「司令、火急の事態です。この場はこの少女に託してみましょう」

 

 「勝手なことは許しません! デモンベインはお爺様が総てを賭したロボットなのですよ!」

 

 「瑠璃お嬢様」

 

 ウィンフィールドはその瞳に鋭い光を宿し、真摯な視線で主を見上げ……断言する。

 

 「だからこそです。デモンベインが、あの大旦那様が造られたデモンベインが、ブラックロッジの鉄屑如きに敗れる道理が御座いません」

 

 『あのな汝等、口論するのは勝手だが―――』

 

 メインモニタでは、デモンベインが一際激しい爆炎に包まれていた。

 

 『そうして悠長に構えていられる程度には、この鬼械神、頑丈なのだな?』

 

 「くっ……」

 

 思わず歯噛みする瑠璃。

 その相貌には苦悩がありありと浮かんでいた。

 その間にも作業を進めていたオペレーターの1人が、報告する。

 

 「該当する攻撃呪法のデータ、見つかりました……第一近接昇華呪法―――」

 

 「……“レムリア・インパクト”ですか!」

 

 司令室に動揺が走る。

 ただ1人、モニターの向こうの少女だけが訝しげな顔をしている。

 

 『キツネザル(レムール)のぅ……いまいち頼り無い名前だが、そいつで良いのか?』

 

 「いえ。“レムリア・インパクト”はその危険性から二重の封印(ロック)が施されており、発動には司令の決断が必要です」

 

 『……面倒な』

 

 毒づく少女。

 ウィンフィールドは瑠璃を真っ直ぐに見つめ……

 

 「司令! どうかご決断を!」

 

 瑠璃は食い入るように、デモンベインが映し出されているモニタに見入る。

 無抵抗なまま、砲撃の嵐にさらされ続けるデモンベイン。

 その鋼の巨体に、亡き祖父が託したのは―――

 

 ―――誅すべしブラックロッジ。汝、魔を断つ剣と為れ―――

 

 「……分かりました。お爺様」

 

 瑠璃の表情から迷いが消える。

 その瞳には、静かな決意の火が灯っていた。

 

 「ヒラニプラ・システム発動。言霊を暗号化。ナアカル・コードを構成せよ!!」

 

 ナアカル・コード。

 司令であり総ての決定権を持つ覇道瑠璃の言霊を鍵に、禁断の奥義を開放する。

 デモンベインは今、その真の威力を発揮しようとしていた。

 

 「“レムリア・インパクト”確かに承認します。では見知らぬ人……後は任せますよ!」

 

 瑠璃の言葉に、少女は不敵な笑みを返す。

 

 『承知した! ……よしっ、やるぞ九淨!』

 

 『ええっ!? やるぞって、ちょっと―――』

 

 通信が切れる一瞬、聞き覚えのある女性の声が聴こえた。

 

 (九淨? ……九淨ってまさか。でもどうして……?)

 

 (今のは確かに大十字様の声……一体何が?)

 

 そんな2人の思考を打ち消すように、オペレーターの声が響く。

 

 「―――言霊のナアカル・コード変換完了! いつでもOKやでぇ!」

 

 

 

 

 

 

 最後の一発までも撃ち尽くし、破壊ロボの攻撃が止む。

 デモンベインの姿は、完全に爆炎の向こうへと消えた。

 

 『ふはっ……ははははっ! ふはははははははっ! どうだ思い知ったか! やはり最強なのは、このスーパーウェスト無敵ロボ28號スペシャルなのであーるっ!』

 

 勝ち誇るドクター・ウェストの高笑いと、ギターの音色が響き渡る。

 

 やがて、デモンベインを呑み込んだ爆煙が晴れてゆく。

 前方の視界が開け、薄れた爆煙に揺らぐ―――巨大な影。

 

 『ふははははは…………はい?』

 

 爆煙の向こうにドクター・ウェストはソレを認めてしまった。

 街を焦す炎をバックに、雄々しく聳え立つ巨大な姿。

 圧倒的な存在感を放つ、巨大な刃金を。

 

 『な、ななななっ!? 何ぃぃぃぃぃ―――――っ!?』

 

 爆煙が完全に晴れた。

 幾多の砲撃に傷一つ負わず、月光に照らされ、ソレは悠然と立っていた。

 ―――デモンベイン。

 神々しいその姿は、機械仕掛けの神(デウス・マキナ)の名に相応しい。

 

 『すごい……まったくの無傷なんて』

 

 『ますます気に入ったぞ、デモンベイン! ―――九淨! 今度はこちらの番だ!』

 

 『ええ! ……って、どうすれば良いの?』

 

 『何でも良いから言霊を吐くのだ! あとは妾が意訳する!』

 

 ……ええぃ、悩んでいても仕方ない! なるようになれっ!

 

 『デモンベイン! アイツをブッ飛ばして、奥歯ガタガタ言わせてやりなさいっ!!』

 

 私が叫んだ、次の瞬間。

 

 『ああぁぁぁぁァッ!』

 

 超高密度に圧縮された情報が、私の脳内を駆け巡る。

 圧縮された情報が脳内で展開、1の情報は10、100、1000の情報へと膨張。

 脳細胞を激しいパルスが奔り、焼き切れるかのような激しい衝撃を私へと伝えてくる。

 

 『くっ……これはいったい……』

 

 『汝の頭の中を駆け巡っておるのは、レムリア・インパクトとやらの術式だ』

 

 『術式? ……プログラムみたいなものかしら?』

 

 こめかみの辺りを押さえつけ、痛みに耐えながら私が問うと、少女はそのようなものだと答えた。

 

 私と少女の体内(なか)を駆け巡っていた術式が、デモンベインの魔術回路へと疾走していく。

 術者と魔導書、鬼械神を駆け巡っていた術式が三者を繋いだ。

 その瞬間、私の脳内で暴れていた情報の洪水が、ピタリと止んだ。

 

 ―――世界が拡大していく。

 広大に、無限に、世界の果てまでも、総てを見通せるような研ぎ澄まされた超感覚が、私を包む。

 意識が世界へ浸透し、熱せられた鉄のように熱くなる。

 そのくせ私の中心は冷え切っており、ひどく冷静だった。

 

 私は人差し指と中指で剣指を作り、印を結ぶ。

 ……誰に習ったわけでもなく、体が自然と反応した。

 同時に、デモンベインの指先が輝きを伴って夜闇を切り裂き、中空に光の軌跡を刻んでいく。

 軌跡は複雑な紋様を形成し、それに応じて内部の機関が活性化する。

 動力部が、獅子の心臓(コル・レオニス)・銀鍵守護神機関が、異界の熱量を、無限とも思えるエネルギーを汲み上げ始める。

 

 『はあァァァァァァァァァッ!』

 

 私の咆哮に、デモンベインが応える。

 

 重ねた両腕を天に掲げると、その拳から光が迸る。

 それを左右に広げながら振り下ろし、両脚を大地に食い込ませながら力を漲らせる。

 私の体が、デモンベインが、光に包まれていく。

 その背には、まるで後光のように五芒星の印が光り輝いていた。

 旧き印(エルダー・サイン)―――邪悪を祓う結印である。

 

 『ぬおぉぉぉぉ! なんであるかそれはっ!』

 

 コックピット内をオーバーロードした魔力が暴れまわるが、私と少女は冷静にそれを捌く。

 

 ―――右腕を天高く掲げ、叫ぶ。

 

 『光射す世界に、汝ら暗黒、棲まう場所なし!』

 

 デモンベインの右掌に組み込まれた機関に高密度な術式が駆け抜け、必滅の機関が覚醒する。

 

 『渇かず、飢えず、無に還れ!』

 

 デモンベインが大地を蹴り、アーカムシティを駈ける。

 デモンベインは一瞬にして破壊ロボとの距離を詰め、右腕を振りかぶり、掌を叩きつける。

 

 『レムリア・インパクトォォォォォ――――――――ッ!!』

 

 叩きつけた掌から必滅の術式が流れ出し、破壊ロボを侵していく。

 

 『昇華!』

 

 少女の声が、この世界に響き渡る。

 デモンベインの掌から発せられた輝きが、世界を白い闇の中へと閉ざしていった―――

 

 

 

 

 

 

 

 『何という威力だ……此れではまるで鬼械神ではないか!』

 

 デモンベインが破壊ロボを()()させる瞬間を、白と黒の天使はハッキリと見ていた。

 

 戦慄するサンダルフォンの脳内に声が響く。

 

 『―――ドクターは敗北したようだな。そこまでだサンダルフォン、撤退せよ』

 

 どこまでも冷たく響く、少年の声。

 間違え様がない。

 

 『―――大導師! ……しかし、まだメタトロンが』

 

 『命令だ』

 

 有無を言わさぬ声に、サンダルフォンは渋々頷く。

 

 『……了解。メタトロン―――貴様の命、しばし預けておくぞ』

 

 白の天使を一瞥し、サンダルフォンは夜の闇へと飛び去っていった。

 

 メタトンは追わなかった。

 その視線は、佇むデモンベインへと向けられている。

 

 『デモンベイン……これ程とは。いや、これ程までの化け物でなければブラックロッジと渡り合うことは出来ない。そう言いたいのか、覇道鋼造よ―――』

 

 

 

 

 

 

 

 『……………』

 

 私は……ただ呆然と、その光景を眺め続けるしかなかった。

 さっきまでの感覚が嘘のように、心は麻痺し、頭の中も大混乱だ。

 目の前の現実を、受け入れることが出来ない。

 

 『ふぅ……まあ、初めてにしては上出来というところか。のぅ、九淨?』

 

 人外の少女はシレっとした口調で語りかけてくる。

 私はそれに答えることが出来なかった。

 ただ呆然と、女性にあるまじき間抜けな顔を晒しているだけだ。

 

 (……何よ、コレ)

 

 ブラックロッジの破壊ロボなんかより、このロボットの方がよっぽど危険じゃない!

 どうしようっていうのよ。

 こんな……

 

 ―――こんな破壊神!

 

 『冗談じゃないわよ……まったく』

 

 思えば、このときに、総ては決定されたんだろう。

 私がアル・アジフに出逢ったことも、地下でデモンベインを見つけたことも、全部、この少女に言わせれば、運命が私に戦うべき道を指し示したからだ。

 

 そう、それはこのアーカムシティの命運を賭けた―――いえ、この地球の、もしかしたら全宇宙の命運をも決定してしまうような、壮大な戦いの道。

 けど、このときの私はまだ、そのことを知らない―――

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