ある少女の斬魔大聖   作:アイオン

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BIG“C”
第55話


 アーカムシティの外れに存在する、13番封鎖区画―――通称、“焼野”。

 そこは人ならざるモノの極大の怨念が渦を巻き、有らゆる生命にとって致命的な呪術汚染に見舞われた死の荒野であった。

 

 魔力炉暴走の結果―――()()()()()()()()()()この地に残るのは、腐敗と狂気と死の静寂。

 だがしかし、そんな“焼野”に6つの人影があった。

 

 13番区画北部。

 淡い金色に輝く13冊の書物―――魔導書“金枝篇”を操る、アウグストゥス。

 

 13番区画北東部。

 鉄の表装が施された黒い大冊―――魔導書“妖蛆の秘密”を携える、ティベリウス。

 

 13番区画南東部。

 人間の皮で装丁された()()()書物―――魔導書“水神クタアト”を持つ、カリグラ。

 

 13番区画南部。

 二つ折判で頑丈そうな錠が付けられた冊子―――魔導書“セラエノ断章”を浮かべる、クラウディウス。

 

 13番区画南西部。

 先史時代の動物の皮で作られた()を用いた書物……ではなく、未知の翻訳者によって作られた英語の書物―――魔導書“エイボンの書”を掲げる、ウェスパシアヌス。

 

 13番区画北西部。

 鞣したナニカの皮で装丁された涜神的な気配を漂わせる書物―――魔導書“屍食教典儀”を、切り裂いた時空の切れ目から取り出す、ティトゥス。

 

 彼等と彼等の持つ魔導書は、星辰に従い、強大な魔力を発し始めた。

 魔の力が共振し、大地を強震させる。

 強震は13番区画より拡がり、やがてアーカムシティ全体を揺るがせていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ただの地震にしては妙だ……一体何が起こった!?」

 

 事務所内に居たアルと九淨は、立っていられない程の大地震に直面していた。

 倒れてくる家具や棚から落ちて砕け散った食器の破片を避けつつ、手近な物にしがみつく。

 

 ソファーにしがみついて躰を支えたアルは、九淨の方へと視線を向けた。

 九淨は窓枠にしがみつきながら、未だ窓の外に視線を向けている。

 しかし九淨の表情を見てみると、先程までの虚ろなものではなく、確かな色彩(イロ)があった。

 

 「どうした、九淨!?」

 

 アルは地震の騒音に負けぬよう、声を張り上げて問い掛ける。

 返事は無かったが、ならばと窓の外に視線を向け―――それを見た。

 アーカムシティの外れ、13番区画より発せられる光を。

 

 光は北と南から発せられており、それぞれが移動しながら形を描いてゆく。

 北の光は、南東と南西を経由して正三角形を。

 南の光は、北東と北西を経由して逆三角形を。

 重なり合う正三角形と逆三角形は、更に別の形を描いていた。

 ―――六芒星である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドクター・ウェストは、玉座の間の光景を冷ややかな目で見つめていた。

 周囲に満ちる濃密な獣の臭いも性欲を刺激する淫靡な媚薬の匂いも、彼にとっては只管不快で、全く以て美しくない醜悪なものとしか感じられなかったからである。

 

 愛用のエレキギターを掻き鳴らして場の空気を吹き飛ばしてやろうかと考えるドクター・ウェスト。

 しかし、隣に立つエルザが何やら赤い顔をしながら真剣な表情で玉座の間の光景に見入っている事に気付いて、その考えを放り投げた。

 ……途轍もなく嫌な予感―――具体的にはエルザに殴られ、首が曲がってはいけない方向に曲がってしまう予感―――がしたからだ。

 

 「エ、エルザも何時か、ダーリンとあんな事やこんな事を……きゃーきゃーロボ~!///」

 

 「こぱっ!?」

 

 ドクター・ウェストの嫌な予感は、見事に的中した―――何もしていないので理不尽極まりないのだが。

 照れ隠しの様に放たれたエルザの拳はドクター・ウェストの顔面を捉え、衝撃で彼の首を人体的にヤバイ角度へと曲げた。

 そんな惨状には構わず、玉座の間の淫猥な光景を見つめるエルザ零歳児―――多感なお年頃である。

 

 「お年頃とはいったい……うごごご……ご?」

 

 ノックアウトされたドクター・ウェストは呻き声を上げ―――ふと、誰かの気配を感じた。

 盛大に傾いた視界のまま、視線を気配の方へと向ける。

 そこにいたのは、腕組みをして佇む黒い天使だった。

 

 「む、サンダルフォンであるか。貴様はアレには参加しないのであるか?」

 

 ドクター・ウェストは床に倒れたまま、獣の様に貪り合う信徒達を指差す。

 

 『下らんな。あの様な乱痴気騒ぎ、己には何の関係もない上に興味もない』

 

 それに対し、サンダルフォンは吐き捨てる様に言う。

 ……中々に意見が合うところもあるらしい、ドクター・ウェストはそう思った。

 

 「そうかそうか、我輩もこの醜悪で下劣な美しさの欠片もない戯れは好かぬと思っていたのである」

 

 『醜悪で下劣なのはお前の存在自体だろう。それと、お前と一緒にするな』

 

 「なんですとぉ!?」

 

 前言撤回。

 やっぱり此奴とは合わない、ドクター・ウェストは立ち上がりながらそう思った。

 そのままサンダルフォンに食って掛かろうとしたが、同時に予期せぬ異変が僧院を襲う。

 

 「地震であるか? ……のわっ!?」

 

 突如僧院全体が揺れ始め、すぐに立っていられない程の激しさになった。

 再び床に倒れ、混乱しながらも周囲を見回す。

 平然としているのはサンダルフォンと例外的なエルザのみで、先程まで激しく行為に及んでいた信徒達は酷く騒めいていた。

 

 「サンダルフォン! これは一体……!?」

 

 『ブラックロッジの最終目標―――と云えば分かるか、ウェスト?』

 

 「ま、まさか……」

 

 「ロボ?」

 

 サンダルフォンが言った言葉の意味を理解し、驚愕するドクター・ウェスト。

 エルザは話が良く見えず、可愛らしく首を傾げていた。

 

 信徒達の騒めきが頂点に達しようとした、その時。

 彼等の前に、マスターテリオンが悠然と立った。

 この強震を物ともせず、寸分の揺らぎもなく、堂々と立つ。

 そして、大導師は告げた。

 

 「皆の者、刻は満ちた」

 

 その一言で、騒めきはピタリと止まった。

 次いで、信徒達の間に感情の昂ぶりが見え隠れし始める。

 やがて、興奮を抑えきれなくなった幾人かの信徒が声を張り上げた。

 

 ―――C計画!

 ―――C計画!!

 ―――C計画!!!

 

 「その通りだ。―――諸君! 今、この瞬間! 我々ブラックロッジの悲願、C計画発動の刻が来たのだ!」

 

 ―――C計画。

 偽善なる世界を焼き尽くし、血と欲望と背徳に満ちた楽園を降臨させる儀式。

 偉大なる獣と大いなる“C”の御名の元に実行される、世界より断絶された悪共の復讐劇。

 これこそが、彼等ブラックロッジの最終目標。

 

 信徒達が、雄叫びの様な歓声を上げる。

 マスターテリオンはそれに応え、続けた。

 

 「敬虔なる信徒諸君。今まで良くぞ耐え抜いた。……そう! 貴公等の忍耐、その総ては! 今日、この瞬間の為にこそあったのだ! 我々の国を築き上げる、この日の為に。我等の真実が虚構に塗れた世界を粉砕する、この日の為に。魔術の真理とは実践。真実とは法の言葉。法の言葉は―――」

 

 マスターテリオンが信徒達に向け、一度言葉を区切る。

 信徒達は大導師が区切った言葉を、正確に続けた。

 

 ―――法の言葉は意志(テレマ)也!

 ―――法の言葉は意志(テレマ)也!

 ―――法の言葉は意志(テレマ)也!

 

 「左様。我等はその信仰に基づき、正しき秩序を築かんとする者である。我等の存在は、その為に。我等は我等の存在を、正しく理解する。然れど我等は真理であるが故に、世界より悪と断ぜられた。世界の虚構を暴く真理が故に、冒涜され排斥され隔離され、存在を殺戮される。なればこそ、余は宣誓する。余は世界を塗り固める偽りを引き剥がし、真理より目を逸らす者共を剪滅せんと! 悪の為の悪を行使せんと!」

 

 諸手を広げて堂々たる演説をする大導師の姿に、信徒達の気勢は弥が上にも上がっていく。

 そんな玉座の間を見遣りながら、蟠る闇と共に佇む女―――ナイアは、皮肉気に笑いながら呟いた。

 

 「随分と煽動が上手になったじゃないか……ねぇ、大導師殿?」

 

 「最早貴公等が耐える必要はないのだ! 今こそ、世界に知らしめようではないか! 闇黒を従えた我等の存在を! 今こそ、世界に轟かせようではないか! 煉獄の獣たる我等の咆哮を! そう! 我等ブラックロッジの居城たる、この“夢幻心母”で! 移動要塞“夢幻心母”で!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 街を揺るがす強震と眩い光が収まり、それは現れた。

 空に浮かぶ、巨大な質量。

 アーカムシティに影を落とす、ブラックロッジの覆魔殿(パンデモニウム)

 ―――“夢幻心母”。




※金枝篇
 未開社会の神話や呪術、信仰に関する集成的研究書で、完成まで40年以上掛かったと云われる全13冊からなる大著。魔導書というと若干趣が違うが、世界各地の魔術や精霊信仰等の内容が書かれているのも事実。因みに金枝とはヤドリギの事。

※屍食教典儀
 墓荒らしや死姦、黒魔術といった儀式や行為についての本。食屍鬼や人肉嗜食等の記述や、ニョグタ、シュブ=二グラスなどの神格の名前が仄めかされていたりもする。一説には、読んだ者には忌まわしい変化が訪れるとされているが……?
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