ある少女の斬魔大聖   作:アイオン

74 / 76
第58話

 「……悪夢でも見ているのでしょうか……わたくしは」

 

 「……ただの夢であったのなら、どんなに良かった事でしょう」

 

 誰もが、その存在を見上げる事しか出来ない。

 モニター越しに現場を見ていた覇道財閥の面々でさえ、圧倒的な神の存在力を前にして、一時的に思考を停止せざるを得なかった。

 

 そんな彼等を現実に引き戻したのは、非常事態を告げるアラート音だった。

 

 「一体何事です!?」

 

 ただでさえ目の前にクトゥルーと云う問題が鎮座しているのに、これ以上何が……?

 鋭い声でオペレーターに問い掛ける瑠璃。

 返ってきた答えは―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――合衆国大統領府。

 突然のS級緊急事態に、議会は混迷の様相を呈していた。

 

 クトゥルーの強大さに頭を抱える議員。

 この事態をも予見し、警告を発していた嘗ての覇道鋼造に感嘆する議員。

 醜い責任の擦り付け合いを始める議員。

 見兼ねた国防総省長官は右手をデスクに叩き付け、全員を黙らせる。

 そして全ての視線が向けられた事を確認し、発言した。

 

 「事態は一刻を争います。相手は神話の化け物。この危機を前に、()()()に興じている暇はありません」

 

 視線を一身に集めながら一切動じる事無く、国防総省長官は全員に視線を返す。

 

 先程まで言い争いをしていた議員は、気圧されながらも言葉を返した。

 

 「な、ならば君には、この事態を打開する案が有るのかね!?」

 

 「そ、そうだ! 是非聞かせてもらおうではないか、国防総省長官!」

 

 「―――大統領」

 

 議員達への冷ややかな視線を切り、国防総省長官は大統領へと向き直る。

 続けて、彼は何の躊躇も無く、ソレを口にした。

 

 「私はあの化け物―――クトゥルーに対する核兵器の使用を進言します」

 

 『――――――ッ!!??』

 

 国防総省長官の発言に、大統領以外の全員が息を呑む。

 大統領だけは動じず、その発言の意味を思案している。

 

 議員の一人が、国防総省長官に云う。

 

 「核の炎を、しかも自国に向けて放てと!? 正気かね!?」

 

 「此方の常識が通用しない相手である事は、既に御分かりでしょう!? 対応に当たった州軍は蹴散らされ、(クトゥルー)には傷一つ付いていない! 空は論外、陸もお手上げ! 常軌を逸した手段以外で、どう対処しろと!?」

 

 「し、しかし……もし核兵器をクトゥルーに使用すれば、その真下にあるアーカムシティも……」

 

 会議室に沈黙が降りる。

 

 自国内での核兵器の使用―――間違い無く、合衆国史上最大の汚点となるだろう。

 合衆国の……否、地球滅亡の危機―――この事態を打開しなければ、そもそも人類に未来は無いだろう。

 暫しの後、大統領はその沈黙を破った。

 

 「―――良いだろう。現時刻を以て、大統領権限によりアーカムシティ上空の目標に対する核兵器の使用を許可する」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『――――――』

 

 クトゥルーを見上げる様に佇むリベル・レギスが、突如反転した。

 此方に背を向け、遠くの何かに視線を向けている様に見える。

 何を視界に捉えているのかまでは知る由も無いが、奴の行動に、私は僅かばかりの平静を取り戻した。

 

 (クトゥルーを喚び醒ましたこの状況で、一体何が……?)

 

 奴の視線の先に、クトゥルー以上に注意を向ける様な何かがあると云うのだろうか?

 そう訝しがっていたところへ通信が入ってきた。

 

 『大十字さん! アル・アジフ!』

 

 お嬢様からの通信―――しかも、相当慌てた様子の。

 嫌な予感を感じつつ、返答する。

 

 『お嬢様、一体何があったの!?』

 

 通信越しに、メイド兼オペレータの彼女達が慌てている様子が伝わってくる。

 応えてくれたのは執事さんだった。

 

 『……先程、アーカムシティを目標とする核ミサイルの発射が確認されました』

 

 『何だと!?』

 

 核。

 一度放たれればその膨大なエネルギーによって多くの破壊を齎す、人類が作り上げた兵器。

 その威力は凄まじく、一発で()()()を丸ごと焼き払うと云う。

 そんな代物が、今将にアーカムシティへと向かっている―――奴が察知したのは、恐らくコレだろう。

 

 成程、確かに核ならばクトゥルーを滅ぼし得るかもしれない。

 神を相手に、人類側が講じられる最良の策と言っても良いだろう―――その眼下に、多くの人々の住む都市が無ければ。

 

 『都市一つで邪神一体……安い犠牲ってワケね』

 

 世界の危機とは云え、あっさりと自国の都市を切り捨てるお偉いさんの考えに、思わず悪態を吐いてしまう。

 ……腑抜けて無様を晒した私に、こんな事を言う資格は無いかもしれないが。

 

 『大十字様……』

 

 『と、とにかく地下へ撤退を! 地下基地の防衛施設なら……!』

 

 『だが、この結界をどうにかせねば身動きすら儘ならぬぞ』

 

 お嬢様の云う通り撤退したいところだけれど、デモンベインは結界に縛られ、此処から動く事が出来ない。

 黄金の輝きに射抜かれた機体は、指一本すら動く気配は無かった。

 

 『くっ……!』

 

 それでも何とか動かそうと、半ば祈りながら必死に足掻く。

 するとそこへ、忌々しい声が聞えてきた。

 

 『……ふふっ……ははは』

 

 足掻いている私達の姿が余程滑稽なのか、美しい声で嘲笑うマスターテリオン。

 

 『獣よ、何がそんなに可笑しい!』

 

 怒りを顕にアルが云う。

 一頻りの笑い声の後、マスターテリオンは美しい囀りを止めた。

 そして、極当然の様に告げる。

 

 『人間の兵器でどうにかなってしまう程、神は容易い存在ではない』

 

 『なっ!?』

 

 奴の言葉に驚愕を隠せない。

 それが事実ならば、今飛んできている核ミサイルは全くの無駄撃ち―――どころか、ただアーカムシティを焼き払うだけになってしまう。

 ブラックロッジ側から見れば、此方の自爆みたいなものだ。

 

 『……とは云え、素直に受けてしまうのも面白みに欠ける』

 

 『……え?』

 

 『無粋な横槍を入れてきた者達には、()()()()()を与えるとして―――どれ、一つ余が魅せてやろうではないか』

 

 奴の発言の意味が理解出来ず困惑する私を余所に、リベル・レギスは無数の幾何学的パーツへと分解され空間に溶けていく。

 瞬きの後には、紅の鋼は影も形もなかった。

 

 『瞬間転移をも使いこなすとは……』

 

 アルの呟きから察するに、あの転移は鬼械神の力ではなくマスターテリオン自身の力と云う事らしい。

 

 (とんでもない力ね……)

 

 奴の力に戦慄を覚え―――同時に、疑問が浮かぶ。

 

 (……一体、何をするつもりなの?)

 

 クトゥルーに核が通用しないのであれば、態々防がなくても連中に大した損害は無い筈。

 対して此方は、このまま核がそのエネルギーを解放すれば壊滅的打撃を受けるのだ。

 到底、連中に核ミサイルをどうこうするメリットがあるとは思えない。

 ……或いは本当に奴が言った様に、ただ面白みに欠けると云うだけなのだろうか?

 

 ―――考えても答えは出ず、私達には状況を見守る事しか出来ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アーカムシティ上空の目標へ向け、核ミサイルは驀進する。

 目標との間に障害物は存在せず、このままならあと数分もしない内に核兵器はその性能を十全に発揮する事になるだろう。

 しかしそれは、このまま何事も無かった場合の話であり―――その何事かが、今将に起ろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 核ミサイルの軌道上の空間が歪み、無数の幾何学的なパーツが突如現出する。

 パーツ群は一定の法則に従い急速に組み上がり、紅の鋼を形成した。

 

 紅の鋼を駆るマスターテリオンは呟く。

 

 『神の焔が如何にして齎されたかを省みようともせず、世界を焼き、我が物顔で闊歩する―――プロメテウスの火とは良く言ったものだな』

 

 『如何しますか、マスター?』

 

 同乗するエセルドレーダが己が主に問う。

 それに対して、マスターテリオンは口角を吊り上げて答えた。

 

 『横槍を入れてきた者達は任せる。余は舞台を盛り上げてくるとしよう』

 

 『……了解しました、マスター』

 

 『何、少々戯れるだけだ。案ずる必要は無い』

 

 そう言って、マスターテリオンはリベル・レギスより()()した。

 向かう先は、音の壁を優に越える速度で飛ぶ核ミサイル。

 宙に舞う躰は容赦無く風の暴力に晒され―――しかし一切の影響を受けることなく、核ミサイルの上へと着地した。

 核ミサイルはリベル・レギスの横合いを通り過ぎ、彼を乗せたままクトゥルーへと迫る。

 

 ―――距離3000。

 

 「核ミサイル、クトゥルーまで残り3000!」

 

 ―――距離1500。

 

 「アカン!? 九淨ちゃん!」

 

 ―――距離800。

 

 「大十字様っ!」

 

 ―――距離400。

 

 「あ、あわわわ!? 核ミサイル、クトゥルーに着弾しますぅぅぅ!」

 

 「大十字さぁぁぁんっ!」

 

 ―――距離200。

 

 「ふふふ……」

 

 ―――距離100。

 

 『我等には何も出来ないのか……おのれっ!』

 

 『くっ……!』

 

 距離―――0。

 

 「ふふ……ははは……あはははははははッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 核ミサイルの着弾寸前、状況を見守る人々の前に驚くべき光景が展開された。

 それは消滅―――核ミサイルの消滅である。

 多くの人間からすれば、核ミサイルが突然消えてしまった様にしか見えなかっただろう。

 だが、ミサイルが突然消える事など普通ならば有り得ない。

 その有り得ない現象を引き起こした存在が居るのだ。

 

 「あはは! あはははは!」

 

 ―――マスターテリオン。

 魔人とまで称される彼の超常の魔術により、核ミサイルと云う存在は崩壊させられたのだ。

 

 核ミサイルは塵芥一つ残す事無く消え去り、足場を消失したマスターテリオンはそのままクトゥルーの頭上へと着地した。

 

 「あはははははは! あははははははははは!」

 

 愉快で堪らないとばかりに笑う。

 喜劇で仕方無いとばかりに笑う。

 愉悦極まらんとばかりに笑う。

 

 終には軽やかにステップを踏みながら、歌を口遊み始めた。

 21時57分、アーカムシティの夜に美しい歌声が溶けていく。

 

 ―――街灯は君の事を覚えている、あの素敵な歩き方と美しい姿を。

 ―――けれどボクの事は忘れられて久しい……嗚呼、街灯はいつも赤く燃えているのに。

 ―――もし、ボクが消えてしまったら、誰が君の隣に立つのだろう?

 ―――あの街灯の下に、誰が立つのだろう?

 

 

 

 

 

 合衆国大統領府の議員達も、その光景を目の当たりにしていた。

 

 「ば、馬鹿な……!?」

 

 「核ミサイルが……消えた!?」

 

 「い、一体……何がどうなっているんだ……」

 

 国家の威信と存亡を賭けた核兵器の使用。

 それが核ミサイルの消滅と云う冗談の様な結果に終り、作戦会議室に動揺が広がる。

 

 「皆さん、静―――!」

 

 自らも少なからず動揺しながらも、場の混乱を収めようとする国防総省長官。

 しかし彼の声は、突如聴こえてきた“ナニカ”の鳴き声によって中断させられた。

 

 その“ナニカ”の鳴き声は地獄めいた甲高い音をしており、会議室に居た全員は声のする方を注視せざるを得なかった。

 

 全員が視線を向ける場所―――会議室の隅。

 その()から、異形な存在が会議室へと侵入してきた。

 

 朧げながら狼めいた姿に、痩せて飢えきった躰。

 長く伸びきり歪んだ舌より滴る、青みがかった液体。

 まるで不浄そのものが実体化したかの様な、凡ゆる“善”の要素が完全に排された存在。

 “四次元の冥い片隅に巣くう吸血鬼”―――ティンダロスの猟犬。

 

 猟犬は一匹だけではなく会議室中の角と云う角から現れており、議員達がその事に気付いた頃には、猟犬は群れとなっていた。

 

 『―――残さず喰らいなさい』

 

 何処か別の場所で、黒の少女が命令を下す。

 それを受けた猟犬の群れは、一斉に獲物へと飛び掛った。

 

 

 

 

 

 ―――嗚呼、ボクの愛しいリリー・マルレーンよ。

 ―――嗚呼、ボクの愛するリリー・マルレーンよ。

 

 

 

 

 

 覇道財閥の面々もまたその光景を目の当たりにし、呆然となっていた。

 

 核すら通用しない、相手の強大さ。

 核すら無意味にしてみせた、相手への畏怖。

 絶望が忍び寄り、諦観が心身を侵す。

 

 覇道財閥総帥である瑠璃は理解した。

 

 「お爺様は……これほどまでの存在を相手に闘っていたのですね」

 

 

 

 

 

 ―――夜の静寂にボクは思い出す、君の優しげな微笑みを。

 ―――この深い霧が晴れるのはいつになるだろう……嗚呼、今すぐにでもあの街灯の下へ行きたいのに。

 

 

 

 

 

 けれどまだ、全てが終わった訳ではない。

 全てが失われた訳ではない。

 残された最後の希望、それは―――

 

 「デモンベイン……大十字さんっ……!」

 

 

 

 

 

 ―――ボクの愛しいリリー・マルレーン、昔の様に。

 ―――ボクの愛するリリー・マルレーン、君の隣に。




※21時57分
 第二次大戦下の一時期、ドイツ軍の前線慰問用にベオグラードのドイツ軍放送局からリリー・マルレーンが流されたのがこの時間。何故テリオンさんがリリー・マルレーンを歌っているのか、まるで分からなかったので苦肉の策(後で自分の首を絞める結果になりそうですけども)。

※ティンダロスの猟犬
 ティンドロッシの魔犬とも。時間を遡ろうとする人間の存在を嗅ぎつけ、凡ゆる角度を通り抜けて対象を追い詰める猟犬。
 人間とその世界が清浄を起源として湾曲を通って顕現するのに対し、ティンダロスの猟犬は不浄を起源として角度を通じて顕現する。それ故に猟犬が人間の世界に顕現する際には、必ず“角”を起点にすると云う性質がある。
 作品によっては蝙蝠みたいな外見をしていたり、金属の球体に封じられて使い魔みたいになったりする。


リリー・マルレーン関係がさっぱりでモチベーションが上がらなかったり、リアル事情で中々時間が取れなかったり、考えばっかり先行してしまって全く文にならなかったりなんだりで停滞しております、誠に申し訳ありません。

因みにリリー・マルレーンの訳に関しては過剰な拡大解釈が含まれていますので、その事についてはご了承下さい。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。