ある少女の斬魔大聖   作:アイオン

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第59話

 ―――クトゥルー内、玉座の間。

 

 「ふふふ……愉しそうで何よりだよ、大導師殿」

 

 妖艶な女は一人、玉座の間にてこの()を眺めていた。

 蠢く神の肉と眼下(アーカムシティ)の光景を肴に、女はグラスを傾ける。

 

 「さて、この愉しい愉しい御芝居もそろそろ終幕かな。幾万幾億回目の終幕。新たなる始まりの為の終幕。なればこそ、華々しく、盛大に―――」

 

 グラスを空にした女の口から、艶かしい吐息が零れた。

 そして、愛しい人を待ち焦がれる様な恍惚とした表情で謳う。

 

 「さあ、君の準備はまだかな九淨君? 女の子の準備に時間が掛かるのは当然だけれど、あんまり待たせ過ぎると場が白けてしまうよ? 嗚呼、大導師殿は君を待ち望んでいる! 嗚呼、僕は君を待ち焦がれている! さあさあ、正義と神殺しの刃で紡ぐ惨劇を見せておくれ。邪悪と神を解き放つ鍵で綴る喜劇を見せておくれ。(大十字九淨)(マスターテリオン)は表裏一体。この麗しき地球狂想曲を奏でる2つの音色。さあさあさあ、この道化芝居の閉幕を。新たなる道化芝居の開幕を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『あ……はは……どうしろって云うのよ、こんなの……』

 

 絶望的な状況に、思わず乾いた笑いが洩れた。

 

 敵は核すら通用しない魔人に、大いなるクトゥルー。

 対する此方は殆どの戦力が戦力として成り立たず、唯一の対抗手段であるデモンベインも、結界に縛られ動く事すら出来ない。

 ……無理だ、あんな奴等に勝てっこない。

 神とそれを操ろうと云う化け物なんて、私がどうこう出来るハズが無かったのだ。

 

 諦観が胸に拡がり、僅かに残っていた気力が失われて往く。

 失意のまま視界を閉ざ―――そうとした、その時。

 

 『っ!?』

 

 視界一杯に、ちびアルの姿が映り込んだ。

 

 『九淨……』

 

 俯き、肩を震わせ、今までに聞いた事の無い声色で呟くアル。

 尋常じゃない雰囲気を感じつつ、私は何とか返事をする。

 

 『ど、どう……したの……?』

 

 此方の返事を受け、アルが顔を上げた。

 

 ―――その美しい翡翠の瞳に涙を湛え、私を睨んでいる。

 その事実を認識するのとほぼ同時に、彼女は怒りの声を上げた。

 

 『このぉ……っ! 大うつけがぁぁぁぁぁ――――――ッ!!』

 

 『いっっっ!?!?』

 

 怒鳴り声に驚愕、次いで頭に凄まじい衝撃。

 キックボクサーに勝るとも劣らぬ見事な踵落しだと理解したのは、床にダウンさせられてからだった。

 ……というか、ちび形態なのに何でこんなにパワーあるの?

 

 私を床に叩き伏せたアルは、その勢いのまま一気にまくし立てる。

 

 『汝! 今の自分自身が情けなくないのか!? 余りの情けなさに怒りが沸いてこないのか!? そんな腑抜けた自分は張り倒してしまえ! 殴り飛ばして叩きのめして、いっそ粉砕してしまえ!』

 

 『え、あ、えぇ……?』

 

 彼女の勢いと言葉に困惑しながらも身を起す。

 

 『そして新たなる自分へと昇華するのだ、大十字九淨!』

 

 そこで言葉を切ったアルは、ちび形態から元の姿に戻る。

 そして悲しげな表情を浮かべると、私の胸に手を当て問い掛けてきた。

 

 『……何時か、汝はあの娘に告げたな。「全部が無駄だったとして、ただ坐して最後を待つ事など出来るか。何もせず結果を受け入れられるか」と。あの言葉は偽りだったのか? 口触りの良い出任せだったのか?』

 

 『―――!』

 

 驚きに目を瞠る。

 あのときアルは既に寝ていたとばかり思っていたけど、どうやら聞いていたらしい。

 

 ……エンネアに言った言葉に、偽りなんてない。

 少なくともあのときの私は、諦めなければどんな困難も窮地も乗り越えられると信じていた。

 けれど、現実はそんなに甘くはなかった。

 必死に伸ばした手は女の子一人救えず、今目の前には努力や根性などではどうにもならない壁が立ちはだかっている。

 

 途方も無い現実に、思わず項垂れそうになる。

 アルはそんな私の手を取ると、今度は自分の胸へと導いた。

 

 ヒトではないはずの彼女から伝わってくる―――確かな鼓動。

 ヒトではないはずの彼女から感じる―――確かな温もり。

 ヒトではないはずの彼女が訴える―――切実な想い。

 

 『汝の強さを取り戻せ! 汝の誇りを取り戻せ! 汝はまだ闘えるはずだ! 汝の魂はまだ、絶望に染まりきってはいないはずだ! 今一度、その手に剣を執り立ち上がろう! あの邪悪を討ち滅ぼそう! ……それでも、汝がまだ闘えぬと云うのなら―――』

 

 二人の距離が近づき、やがてゼロになった。

 

 『―――妾が、汝を強くしよう』

 

 そっと唇を離し、彼女は宣言する。

 鋼鉄の意志による誓約を。

 

 『我等は戦友。我等は盟友。我等は比翼の鳥。我等は連理の枝。痛みも苦しみも、もう独りで抱え込むな。悲しみも後悔も、我等二人で分かち合おう! 共に魔を断つ剣を執り、闇黒を踏破する路を征こう! 我が主、大十字九淨。妾は汝を敬愛し、信仰する!』

 

 心が震える。

 胸が熱くなる。

 

 (あぁ……何を悩んでたんだろう)

 

 両足で地を踏み締めて立ち上がり、溢れていた涙を拭い去る。

 そして、彼女の顔を見詰める。

 

 『九淨……?』

 

 不思議そうに此方を見詰め返すアル。

 彼女の目尻に浮かぶ涙をそっと拭い、微笑む。

 

 『ありがとう』

 

 そう、悩む必要なんてなかったのだ。

 私の側には常に彼女がいた。

 彼女と一緒なら、私は立ち上がれる。

 彼女と一緒なら、私は強くなれる。

 彼女と一緒なら、私は闘える。

 

 『九淨……!』

 

 『さあ―――行きましょうか、アル!』

 

 『―――応ッ!』

 

 力強く頷き、操縦シートへと戻るアル。

 私は大きく深呼吸し、精神を集中させる。

 

 (……待たせたわね、デモンベイン)

 

 この身を縛る法則を暴く為、思考が奔る。

 脳が高速で演算、奴の法則を破る式を導き出す。

 ―――解呪(ディスペル)

 

 デモンベインの咆哮と共に、黄金の六芒星が弾け飛んだ。

 脳に掛かった負荷で激痛が走るが、そんなものは噛み砕く。

 機体に刺さったままの光矢を引き抜き、圧し折る。

 そして上空の奴に向けて、有らん限りの戦意を叩き付ける。

 

 『マスターテリオォォォォォンッッッ!!』

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