IS インフィニット・ストラトス~妹はファントムタスク~   作:のろいうさぎ

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第20話~見え始める悪意~

「たあぁぁぁぁぁぁッ!!」

「ぐッ!!」

 

 

 

 シャルルが意を決したその日の授業。今日も前回に引きづついての模擬戦闘の実習だった。専用機持ちは性能の違いから専用機持ちとそしてあたし達持ってない組は1つ1つ動作を確認しながらの訓練実習。だが、ある1つのペアが凄すぎてあたしを含めた他のグループの実習は一向に進んではいなかった。

 

 そのペアとはシャルル・織斑組。何が凄いかって、シャルルの気迫である。授業に熱心なのは分かるがあくまで授業。そんなに本気を出さなくてもと思ってしまう。もちろんシャルルにとっては本気かどうかは怪しいとこだが、それでもシャルルの一挙手一投足そして掛け声からはビリビリと痛い程にシャルルの闘志が伝わってくる。一撃一撃、〝雪片〟とぶつかり合うブレードの音、防がれてからの機動、そして戦術。いくらなんでも授業程度で出すような物では無い。

 

 

 ガギィンッ! と一夏の手から〝雪片〟が弾かれアリーナの地面に突き刺さる。それとほぼ同時に一夏の首元にシャルルのブレードが付きつけられた。一夏を睨みつける瞳は朝のうつむき加減で勢いのない目では無い。むしろ命すら取りかねない様な程にギラ付き、他の生徒が感じているかは分からないがその目はどこか殺気を帯びているようにも見える。

 

 

 ……どういう変わりよう? 一体何が彼をここまで変え、そして駆り立てるのか……。あたしが考えようとした時、訓練を終えたシャルルと一夏の会話が耳に入ってきた。どうやら互いにオープンチャネルで話をしているらしい。

 

『はぁ、はぁ……また負けか……』

『………』

『にしても、朝は本当にどうしたんだ? 元気なかったんじゃないのかよ?』

『………』

『シャルル?』

『……え!? あ、ごめん何?』

 

 

 

 あたしはその会話を聞いて、眉をひそめた。やはりシャルルの調子は朝同様おかしい。授業ではミスをしないように真剣に取り組んでいるのかとも思ったが、それにしたって模擬戦中と終了後のギャップが大きすぎる。一体何が――――――って!

 

「痛ッ!」

「お前達、自分達の訓練をほっぽり出して他グループを観戦とは良い御身分だな?」

 

 気付けば後ろに、織斑先生がいて恐らく一番手近に居たのがあたしだったのだろう。見せしめ的に出席簿で叩かれる。って言うかその角毎回思うけど痛すぎじゃない!?鉄でもはいってるのかな…。

 

 頭を抱えうずくまるあたしを見た他の生徒が一目散に自分の持ち場へと帰って訓練を再開する。その中にはあたしと同じグループだった子もいる。この薄情者め…。

 

 あたしも涙目になりながら持ち場へと戻る。その様子を見ながら織斑先生は、それはそれは深い深いため息を吐いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午前中の授業が終了して、シャルルを除くあたし達メンバーは屋上にいた。昼休みだから皆お弁当を持参していたが箸は進まない。皆頭がシャルルの事でいっぱいになっていたからだ。

 

 とにかく、シャルルの午前中の様子を軽くまとめてみるとこうなる。

午前中1-2時限目の実習では、模擬戦だと言うのに一夏を殺さんばかりの鬼気迫る攻撃で圧倒、しかし次の座学が始まると一転してシャルルらしからぬミスで織斑先生に注意を受けるなど精彩をかくシーンがまま見られた。

 

 それらを見ていた皆は一様に「シャルルは変」という意見で一致していた。

 

 

 

「う~む……確かにここまで来ると一夏の思いすごしとして片づけられんな」

「ですわねぇ。私デュノアさんが注意される所なんて初めて見ましたわ」

「まぁ、セシリアさんはいっつもだもんねぇ」

「えぇそうですわ――――って、そんなに頻繁ではありませんわよ!」

「あ、注意されるってことは否定しないのね」

「それはまぁ…」

「ほら、秋穂もセシリアも真面目に考えろって…」

「けど、やっぱ、信じらんないわよね。あのデュノアが……」

 

 

 そうだよね、シャルルって初めて見た時、かなり明るそうな子だなって思った―――――ん? 今……

 

 

 あたしは声がした方を振り向くとそこにはツインテールの小柄な少女がチョコンっと座していた。

 

 

 あ、あれ、おかしいな、うちのクラスじゃない子が会話に混ざってる気がする。

 どうやらその疑問は、皆が同じだったようだ。皆の視線がゆっくりとその少女に注がれる。そしてややあって………

 

 

「「「「うわぁッ!?」」」」

「失礼ね!!」

「な、何でここに鈴がいるんだ!?」

「あたし達、今日は鳳さんに場所言ってないよ!?」

「貴様どっから湧いて出た!」

「もしやストーカーですの!」

「あんたらね、好き放題言ってくれるじゃないッ! あんたらにね、1組に行って一夏のみならずいつものメンバー全員が居なくなってた時のあたしの虚しさが分かる!? ねぇ分かる!? ねぇねぇッ!!」

 

 いや、そんな泣かなくても良いじゃんか! 別にはぶったとかそういうんじゃなくて今回はシャルルの事だしクラスメートで話をしようってなっただけで……!

 

「一夏のばかぁぁぁ!! 何で何でそういう事するの!? 信じらんない、どうせこいつらに唆されたんでしょうけどね。一夏あんたね付き合い変えた方がいいんじゃない!?」

「阿呆か! むしろお前がいたら、こうなるから呼ばなかったんだ! 毎回毎回騒ぎばかり持ってきて! えぇい一夏から離れろッ!」

 

 

 いや、それはね君が言う事じゃないよ箒。それはあたしが言う事。鈴に箒とくればね……

 

 

「な、何をなさっているんですの! あなた方こそ一夏さんから離れなさい!」

 

 こうなるんだよ……。もうシャルルの事を考えてる場合じゃなくなってしまった。はぁ……もういいや、ご飯だけ食べよ。

 

 その日の昼ごはんは、目の前の喧騒も相まっておいしく食べれたとは言い難いものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局シャルルは最後の授業まで、ミスを連発して1日を終えた。う~ん。

 考えても分かりかねるとはいえ、気にならないと言えば嘘にはなる。

 HRを終え放課後となり、寮へと荷物だけ置きに帰ろうと部屋を出たあたしはふと携帯電話に着信がある事に気が付いた。相手は……オータムさん?

 

 あたしは寮の自室に戻ると、セシリアがいない事を確認してベッドに腰掛けオータムさんへリダイヤルをかけた。

 

 

『もしもし?』

「あ、オータムさん。あたしですけど」

『あたし? 新手の詐欺か何かか?』

「……………」

『悪かった無言はやめてくれ』

「まったく、それでなんですか?」

『あぁ、ちょいとスコールから伝言を頼まれててな』

「伝言?」

 

 

 なんでオータムさん経由? 直接言ってくれればいいのになぁ。あたしは不思議に思いながらオータムさんの話に耳を傾けた。

 

 

『お~し、言うぞ。〝今回のフランス人の件はお前とあたしに任せる〟だそうだ』

「はぁ、任せる……まか!?」

『そういうことらしい』

「ま、待ってください。いくらなんでも……あたしは」

『良いじゃねぇの、名誉挽回のチャンス貰ったと思えば』

「名誉挽回って……。ていうか任せるって言いましたけどその口調だと、スコールさんは彼が来たのには何か裏があると?」

『そうだろうな。その理由は今んところ分かっちゃねぇけどそういう事になるな』

 

 そういう事になるって……

 

『まぁとにかく納得できなくてもスコールはそのつもりだ。諦めて引き受けろ』

「……う~ん、まぁ……分かりました」

『それでいい』

 

 

 しかし、いきなりそう言われても困ってしまうのは事実だ。何せこれまで指示された内容を任された事はあっても、自分で1つの案件全てを任された事など無いのだ。分かったとは言ったもののその後どう答えたらいいものか窮してしまう。そんなあたしにオータムさんが言葉をつづけた。

 

 

『まぁ、引き受けたからにはお前には言っとく事がある』

「言っておくことですか?」

『この任せたって意味はこの案件の全権をお前にスコールが譲渡したってことだ』

「え?……じゃぁ」

『そうだ、この件に限ってだが、スコールもお前の指示に従う』

「えぇぇぇぇ!? ちょ、ちょっと無理です! あたしには重すぎます!」

 

 スコールさんの代わりに指示を出すと言う事は言ってしまえば、軍の中の一部隊を率いろということと同義である。あたしの一声でスコールさんやマド姉、鐘音技師、ファントムタスクのエージェントまで全てが動く。失敗したら身内にけが人を出すかもしれない、下手をすれば死傷者だって…そんな重圧に耐えられるわけがない。

 だが及び腰になるあたしにオータムさんが鋭く言い放つ。

 

『重いかどうかとかお前の都合は関係ねぇ、スコールがてめぇを選んだんだよ』

「……」

『スコールが選んだってことには意味がある。お前ならできると思ってあんな失敗の後でも信じてあたし達に任せてくれたんだろ? だったら答えねぇと筋が通らねぇ』

「だけど……」

『お前に従うのが嫌なら、そもそもこんな連絡は入れてねぇんだぞ。〝家〟の奴らも皆同じ気持ちだ』

「……」

 

 確かに……あたしは前回大きなミスを犯した。スコールさんの信頼を失ったと思った。最近の通信ではいつも通りだったけど、しばらく織斑 一夏関連の任務は任せてもらえないだろうとは思っていた。でも、それは違っていた。スコールさんは信頼が揺らぐどころか、逆にあたしをまだ信頼してくれている。そうだ。だったらあたしはそれに答えないといけない。あの人にはどれほど頭を下げても感謝しきれないほどの恩がある。今のあたしがここにいるのだってあの人のおかげなのだ。そんな人がまだ自分を信頼してくれているのなら、重責だからいやだなんて言っていられない。あたしは瞳を閉じて1回ゆっくりと深呼吸をすると、オータムさんに言う。

 

「分かりました」

 

 

 と。

 

 その返事を聞き、今度こそあたしが覚悟を決めたと判断したオータムさんは更に話を進めていく。

 

 

『よぅし、良い声になったな。で、だ今回任せるにあたってスコールから一つだけ注文が出てるんだ』

「注文ですか?」

『それは、最終的にどんな形で解決するにしても〝ファントムタスク〟に対して何かしら利益が出るように立ちまわる事だそうだ』

「利益?」

『あぁ、言っても〝ファントムタスク〟は組織だからな。運営にはそれに金もかかる。何かしら達成したからにはやっぱ見返りは必要さ。わかるだろ?』

「えぇ、ですけどあたしそういうのは……あまり考えた事も無いですし…」

『難しく考える事はねぇよ。要するに自分が何を貰ったら嬉しいかぐらいの軽い気持ちで思ってりゃいい。巧く行けば自ずと結果なんて付いてくるもんだしな?』

 

 そんなものだろうか。なんか違う気もするんだけど。

 オータムさんの曖昧な返事の所為でついさっき決めた覚悟を不安が上塗りしていく。大体そんな大局的な考えしたことないわけだし。

 

『あたしも協力するんだから大丈夫だって。そうだなぶっちゃけちまえばこっちに不利益が出なきゃ良いんだ。最悪なんも無くてもこっちが損失無けりゃなら差し引きゼロだろ? そういう事』

「……ますます分からなくなってきた……」

『はぁ……とにかくだ、成功を目指そうぜ、な?』

「そうですね、引き受けたんですし、頑張ってみます」

『その意気だ。ひとまずあたしはそのフランス人の周辺を洗ってみるよ』

「分かりました。あたしは本人ですね。一番近い所に居ますし」

『おう、じゃまた連絡するわ』

「はい」

 

 

 あたしは短く言うと、通話を終えふうっと一息。冷静になって考えればとんでもない事になってきた。まさか自分が指示を出す側になるなんて……。けどスコールさんが与えてくれたこのチャンスを無駄にするわけにはいかない。あたしは気合を入れ直しベッドから立ち上がった。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

「パーソナルデータの打ち込みはこんなものかな……あ、でもまだクロスレンジしか打ちあっていないから…」

 

 

 シャルルは授業が終わると、人目を避けながら足早に寮の自室へ戻ると、部屋のかぎをかけ例のPCに今日模擬戦闘で取ったデータを入力していく。もちろん実際の戦闘で打ち合ったわけでは無いので正確ではないが、シャルルは模擬戦で可能な限り全力で打ち合った。誤差はあるが全く異なっているわけではないだろう。シャルルはそう考え手早くデータをまとめていく。

 

 シャルルはこの作業に、強い決意のもと挑んでいた半面、心のどこかでは、他人のプライバシーを侵害どころか略奪しそれを、この画面の向こう側に居る不特定多数の人間に公開している自分を酷く醜く感じていた。自分の居場所を守るために、自分に今の居場所を与えてくれた人と少しでも繋がっているために自分の今の居場所を、そしてその人を売るこの矛盾。だが、それをしなければ自分はこの居場所さえも守れない。尋常ではない背徳感を感じながらシャルルはキーボードを叩いていく。

 

 

 そしてほどなくデータ送信が終了し、シャルルはパタンっとPCを閉じる。きっと一夏は、自分がこんな事をしているだとは思わないだろう。彼の性格からして人を疑う事をまずしない。彼が帰ってこればまたいつものように笑顔で「お、シャルル先に帰ってたのか?」というだろう。

 

 その時自分はどんな顔でいればいいのか。決意したはずなのに、思いは揺らいでいる。普通に笑顔で返すか? それはシャルルにとって簡単な事だった。フランスに居る時嫌というほど繰り返された演技指導。男としての振る舞い方から、相手に効果的な喜怒哀楽表現。感情コントロール。それらを駆使すれば一夏をだましたりごまかしたりすることなど造作も無い。でも……

 

 

 ……本当の自分って何処に居るんだろう。

 

 

 それはシャルルが今に限らずフランスにいた時からずっと考えていた事だった。シャルルは、〝世界2人目の男性操縦者〟として公表された時はコルセットの問題で失敗したものの、それ以降で大きなミスを犯してはいない。実際あの時会場に居なかったマスコミや一般市民達はシャルルをなんの疑いも無く男の子と判断した。それはひとえにシャルルが完璧に演技指導を物にしていたからである。だがそれはあくまで仮の姿だ、自分ではない。結局皆が見ているのは〝シャルル・デュノア〟であって〝シャルロット・デュノア〟では無いのだ。誰も本当の自分を見てくれない。見ようとしてくれない。本当は自分だって見せたいのに。

 

 気付けばシャルルは、データを送って居場所を守らなければならない。しかしそれに対する一夏への背徳感そして偽りの自分しか見てもらえない事に対するやるせなさ、それらが複雑に絡み合って考えれば考えるほど更に落ち込んでいくという悪循環に陥っていた。どんどん落ち込んでいくそんな時、ドアをノックする音が聞こえた。

 

 シャルルは慌ててPCを片づけると、声のトーンを瞬時に普段通りに戻してノックに対応した。

 

「はーい? どちら様ですか?」

「俺だよ、俺! 一夏だけど、鍵開けてくんない?」

「あ、い、一夏、う、うん今開けるね」

 

 シャルルは少しつっかえながらも言うと、ドアの鍵を開け一夏を中に招き入れる。シャルルはいつも通りの笑顔を浮かべ一夏もシャルルの笑顔に何ら違和感を持っていない。シャルルはホッとしたと同時に、とっさにこんな反応が出来てしまう自分にへどが出る思いだった。

 

 

「にしても、シャルル先に帰ってたんだな」

「う、うん、特に用事も無かったしね」

「そっかぁ……あ、にしても今日はホントに色々災難だったなぁ。調子もあまりよくなかったみたいだし」

「そうかな? 自分じゃあんまりよく分からないけど……」

「箒達も心配してたぞ」

「そう…なんだ…。でも大丈夫大丈夫。こんな日もあるって」

「いやでもさ…」

「大丈夫だよ」

「う~ん」

 

 一夏はシャルルがどれだけ言おうとも、怪訝な表情を崩さない。それだけ彼は優しく相手の立場に立って物事を考えられる人間なのだろう。そんな人を前に自分は……

 

 そう思うとほんの一瞬だけ表情が曇る。だがここで表情を変えてはこの場をごまかせないと思い直しパッと表情を笑顔に戻し、一夏を見やった。

 

「もう、心配性だなぁ一夏は。僕だって人間だよ? さっきも言ったけどこんな日だってあるさ」

「そ、そうか? まぁシャルルが大丈夫って言うなら……。でも我慢できなくなったり体調が優れないときはすぐに言えよ」

「うん、わかった。まぁ最近部屋にこもることもあったから気がめいってるのかもね、ちょっとそこらへん散歩してくるよ」

 

 

 シャルルはそういうと、逃げるようにその場を後にする。これ以上彼と会話していたら自分の惨めさに耐えられず一夏の前で泣いてしまいそうだったからだ。あんなに真剣に自分の事を心配してくれている相手を騙している。その事実が強くシャルルの心を締め上げる。走りながら自身の視界が霞んでいく。自分には泣く資格なんてあるのだろうか、そもそもこんな罪悪感を感じることすら自分には……。

 

「もう……わからないよ…」

 

 シャルルは誰にも聞こえない声でつぶやきながら、当てもなく走り続けるのであった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

「従業員数役8万人……総資産9兆……去年も一応は黒字……つってもギリギリかぁ」

 オータムは秋穂との電話の後、下宿先を出て近くの喫茶店に来ていた。足を組んでコーヒーを片手に机の上にはノートPCが置かれている。調べ物なら自室ですれば良いと思うかもしれないが、オータムが借りた部屋日は当たり良好、防音も完ぺきで犬も飼え、駅まで徒歩5分という好立地のワンルームマンション。しかし最大の落とし穴があった。

 

 

「にしてもまさか……無線LANどころかネット環境のネの字も整備されてねぇと驚いたぜ………あ、だから安かったのか…」

 

 

 オータムは1人ごちりながら、画面をスクロールさせていく。住み心地は良いから文句は言えないがインターネットをするために外に出なければいけないのはかなり面倒だった。だがたかだか、一般のサイトを閲覧するだけの為に〝ファントムタスク〟の回線は使えない。というか使わせてもらえないだろう。重要度も優先度も任務中とはいえ高いとは言い難い。むしろ近場にネットが出来る喫茶店があっただけでも良しとせねばならない。

 

 

 オータムが次に開いたのは、デュノア社のホームページ。そこには経営理念と共にディノア社の社長の写真が掲載されている。その写真は財界の大物と握手をしているものでどうやらこの企業はホームページに自社のニュースを掲載しているらしい。

 

 

「ふ~ん……アドルフ・ジャン・デュノア……こいつがデュノア社の社長か」

 

 アドルフは整った顔立ちをしており、見た目人当たりもかなりよさそうだ。確かにこの顔ならあのシャルルぐらいの美少年が生まれてきてもおかしくはない。まあ母親の顔は知らないが。オータムはそこに掲載されているニュースの見出しをスクロールしながら確認していく。するとふと目にとまった記事があった。

 

 

「ん? ……何々、〝デュノア社ドイツの大手製薬会社の買収を決定 不信のIS関連事業を補う目的か〟……製薬会社?」

 

 なんでIS企業のデュノア社が製薬会社なんかとつるむんだ? 非関連多角化経営って考えもできるがあまりに関連性が無さ過ぎる。大体なんで薬なんだ? 確かにこの企業はドイツでもかなり大手の製薬会社だ。だがIS事業での不振で、ギリギリ黒字を計上している様な企業がどうして大金叩いてまでこのドイツの企業を……。

 

 

「なぁんかきな臭ぇな……」

 

 

 オータムは眉を潜め記事を睨む。どうやらここからデュノア社の〝影〟を引っ張り出せそうだ。オータムはそれからしばらく記事を調べ上げ、ひと段落ついた所でノートPCを閉じ伝票を手に取る。

 

「……1杯600円もしやがる……。ネット環境が近場にここしかねぇっていっても、コーヒーオンリーだとコスパ悪ぃな」

 

 

 呟くとオータムはスカートのポケットを探り小銭を確認してレジへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございましたー!」

 

 店員の元気な挨拶を背に受け、店を後にしたオータムはPCバッグを手にブラブラと足の赴くままに歩いていく。穏やかな陽気も相まって散歩しているだけなのにどこか晴れ晴れとした気分になってくる。

 

「お?」

 

 オータムが振り向いた先そこは、駅前の昔の雰囲気を残す商店街。どこか懐かしい〝匂い〟を残すその商店街にオータムは自然と脚を踏み入れていた。しばらくその商店街を歩く。すると歴史ある佇まいのコロッケ屋を発見した。この店の主人であろう、人のよさそうな女性が三角筋を頭に巻いて店頭でコロッケを揚げている。その価格1個80円。

 

 

「へへッ、こう言うとこのは安くてうまいんだよなぁ~。1個買ってくか。おばちゃんコロッケ1個」

 

 オータムが頼むと、「あいよ!」っと元気の良い返事が返ってくる。女性は慣れた手つきでコロッケを紙に包みテープで軽く口を閉じる。オータムは80円を手渡しコロッケを受け取った。

 

「ありがとうね」

「いやいや」

 

 軽く返事を返し、買ったコロッケを頬張る。そのコロッケは言ってみれば普通の味がした。だが普通だからこそその味には何も隠し事がない。ただそこには素材のジャガイモの味そのものがあった。ソースも何も付属されていないがジャガイモのほのかな甘みを感じられる上品なそれでいて素朴な〝普通の〟コロッケ。自分を包み隠さずさらけ出す潔い味。オータムはあっという間にコロッケを平らげる。そしてゆっくりと………

 

 

 

 

 

 

 

 後ろを振り向いた(・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……てめぇらにも味わってほしいぜ。この潔さ」

 

「………」

「………」

「………」

 

 

 そこには黒いスーツに身を包んだ、がたいの良い男2人とすこし細身の女1人がたたずんでいた。そしてその内、女だけが鋭角的で透過率の低そうなサングラスで目元を隠している。外見からの判断だが少なくとも日本人では無い様だ。

 オータムはそれを見やり目じりをやや釣りあげて訊ねた。 

 

 

「お宅ら、なにもん?」

「……気付いていたのか?」

「まぁな? だからこうやって商店街の裏路地まで来てやってんだろ? 何かと互いに人目に付くのはあんまりよろしくなさそうなんでな?」

 

 

 オータムの台詞にスーツの男が目だけを動かし周囲を確認する。そこは先ほどまでの活気ある商店街から古く細い路地を入った所にある旧商店街。たかだか道1本入っただけだというのにそこはシャッター街で、人気はほとんどなかった。

 

 

「で、改めて聞くけどなにもん?」

「言う必要はない」

「無いって言ってもよお前らはあたしの事知ってんだろ?」

「ファントムタスク所属、現場フォロー担当……オータム」

「ちゃっかり知ってんじゃねぇか」

「当然だ……ターゲットだからな」

 

 

 スーツの男が言った言葉にオータムは、フッと笑いつつもどこか面倒くさそうな表情で〝敵〟を見やった。

 

「ターゲットね、まぁ今のであんたらが少なくともあたしのファンじゃない事は理解できたよ」

「………いいえ、ファンですよ……熱烈なねッ!!」

「ッ!」

 

 言うが早いか、2人の男が先に動いた。その手には何も握られていない。ナイフの一本でも出てくるもんだと思っていたオータムは少し拍子抜けだったがそれでも襲ってきているのは事実。丁寧にノートPCを地面に置くと素早く身構える。

 

 

「徒手空拳で来るとはね。まぁ、あたしにしちゃそっちの方がありがてぇ!」

「ふんッ!」

「振りがでけぇんだよ!」

 

 オータムは秋穂に今の戦闘スタイルを教え込んだ張本人だ。秋穂ほど極端なスタイルでは無いにしてもつまり彼女のスタイルもボクシングが基礎になっている。更にそれに様々な体術を織り交ぜる事で、オータムの戦闘スタイルは非常に応用力に長ける物に仕上がっていた。

 

 

 オータムは男の振り抜いた拳をダッキングして躱すと、沈み込んだ身体の勢いを利用してそのまま腹に右ボディを振り抜く。ただ相手は自分よりもがたいの良い屈強な男。これ一撃で沈むなんて思っていない。その証拠に男は一瞬顔をゆがめたもののすぐさま反撃に転じようとしていた。オータムはバッと相手から離れると向かってきた男を足蹴にして更に自分との距離を離す。そしてその場で左ターンし素早く身体の向きを変えると、方向転換の際に行った体重移動を利用してほぼノーモーションで右を振り抜いた。

 

「がッ!」

「この程度かよ!」

「図に乗るな!」

 

 顔面を殴り飛ばされた男がひるむも、すぐにこちらへと向かってくる。もう1人も、恐らくこの男との連携を図るためにタイミングを見ているはずだ。

 

 だがオータムにはそれ以上に気になる事があった。

 

(あの女はなんで動かねぇんだ?)

 

 そう2人の男はこうして自分に向かってきているのに、サングラスで目元こそ隠していたが口元で冷笑をたたえずっとこちらを見やり、一言も言葉を発さないあの女……何を考えているのか分からないだけに気味が悪い。と、オータムの意識が女に向いたその一瞬だった。

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

「なッ!?」

 

 突っ込んできた男が叫びながらオータムの腹へタックルを仕掛けてきたのだ。いくらオータムでも図体や何より勢いが違いすぎた。オータムはタックルをまともに受け潰れた店舗のシャッターへ押しつけられる。

 

「うがッ、くっそ、離しやがれ!」

 

 オータムは暴れるも、これだけ密着されてはスムーズに振りほどくことなど不可能だった。背中に数発肘を入れるも、男は離れない。更にもう1人の男を見やるとにやりと笑いながら、近くにあった店の看板らしきものを持ち上げている。

 

 

「おまッ!? それはダメだろ!? 武器は無しじゃねぇのかよ!」

「そんな約束はしていない」

「やろぉッ!」

 

 やべぇ、いくらなんでもあんなんで殴られたら、KO必至じゃねぇかッ! 考えろ! どうする、どうしたらこの野郎を!

 

 

 オータムは必死に対応を考える。そうこうしている間にも男は看板を持ち上げ振り下ろさんとしていた。

 

 

 くっそ、力任せに! こんなただがたいが良いだけの奴らにあたしが! なんとかこの組みつかれてるのをって待てよ組みつかれて?―――――――あ、そうか!

 

 

「悪く思うなよ!」

「おい、てめぇ絶対あたしから離れんなよ(・・・・・)!」

「な、なにッ!!」

「な、ぐあああああぁぁぁ!!!」

 

 オータムは敵が振り下ろした瞬間、組みつかれたまま素早くしゃがみこんだ。

 振り下ろされた看板は、オータムがしゃがんだ事によって上に覆いかぶさるような形になった男の頭部を直撃する。そして断末魔の叫び声と共に動かなくなりオータムは男を乱暴に払いのけた。

 

 

「てめぇ……」

「え、あ、しまッ!?」

「ふっとべやぁ!!」

「ぐはぁぁぁッ!」

 

 とっさの事で反応が遅れた男の懐にオータムが飛び込む。そしてほぼノーガードでオータムの鋭いアッパーカットが男の顎を直撃した。力いっぱい振り抜かれた一撃に屈強な男の身体が宙を舞う。脳を縦に揺さぶられ脳震盪を起こした男が受身も取れずに地面に叩きつけられる。その方向は丁度女の立っていた方向であった。

 

 

 オータムは肩で息をしつつ襟を正し、その女を見やる。

 

「仲間が倒されたってのに、余裕じゃねぇの?」

「………」

「だんまりかよ……。で、てめぇはやる気なのか?」

「………」

「…………」

「…………」

 

 2人の間に嫌な間の沈黙が流れる。そしてしばらく睨みあった後おもむろに女が懐に手を入れた。そこからでてきたのは

 

 

「ナイフか……ま、()る気だってのは分かったよ」

「………ふッ!」

「ッ」

 

 

 刹那女が飛んだ。オータムはナイフの一撃を身体をひねりながら躱し、女の身体が伸びきった所で顔面向かってあいさつ代わりに左をコンパクトに振るう。しかしその拳を女は難なく回避した。

 

「何!?」

「……」

 

 冷笑をたたえた女は、そのまま身を屈め、目を丸くするオータムの斜め下からためらいなく顔に向かってナイフを突き上げる。

 

「っく!」

 

 オータムはなんとか顔を逸らしてそれを回避するが、かすめた髪の毛がナイフに切られて数本が風に舞う。

 オータムはそれから、防戦一方だった。いや防戦一方というよりは下手に手が出せなかった。理由は最初の攻防。あれがオータムにあまりに大きな衝撃を与えていた。

 

 意識を刈り取ろうと振りかぶって放つ右の一撃と違い、オータムが当てようとしたのは左のジャブだ。モーションも小さく主に肘の瞬発力を利用して放つこのパンチは攻撃力は高くないがその分体勢に入ってから打ちだされるまでが早い。だがそれを攻撃後の隙が出来たはずだったタイミングで撃ちこんだにもかかわらず回避された。つまり相手はこちらのパンチが打ち出されてから反応して回避した事になる。

 

 

(そんなもん、人間業じゃねぇぞ!?)

 

 普通人間の反射神経では、どれほど鋭い相手でもパンチを見てから回避するのはほとんど不可能だ。だが相手はそれを行っている。信じがたい事だがこれは事実である。オータムの顔に焦燥の色が浮かぶ。軍人か傭兵か或いはもっとヤバい何かなのかは分からないがこの女は強い事だけは理解できる。

 

 とにもかくにも、一度落ち着かせねぇとッ!

 

 オータムは距離を取り場を落ち着かせるべく躱されることを承知で拳を振る。女はそれをバックステップで避け、オータムもまた後ろへ飛ぶ。そしてとりあえずだが、〝流れ〟を切る事に成功する。

 

 だが、時間にして物の数分の攻防で、オータムは神経をすり減らしていた。防戦一方にならざるを得ないこの状況。完全にジリ貧だった。このままでは押し込まれるのは時間の問題だ。それにオータムには少なからず先に男2人と戦った時の消耗もあった。長引くと不利それは分かっている。対する女は息一つ乱さず表情一つ変えずナイフを構えていた。

 

 

(やべぇなこりゃ。生きて帰るにゃ腕の一本ぐらい捧げなきゃ無理ってか?)

 

 オータムは冗談交じりに考えるも、それがあながち冗談で済まない事に気が付き苦笑いを浮かべる。しかしそれぐらいしか決定打を与える方法が見つからない。

 

 

(しゃあねぇか……死んで花実が咲くものかっていうしな……くそ)

 

 オータムは、こんな考えしか思い浮かばない自分に対して心で毒つくと女を改めて睨みつける。そして女を人差し指で挑発する。

 

「………」

「………」

「…」

「…」

 

 女から殺気が痛いほどオータムに伝わってくる。そして、ついさっき男が振り下ろした看板の一部が、風にあおられてカランっと地面に落ちた。

 

 

「シッ!」

「ッ!」

 

 

 刹那、女が一気にオータム目がけて飛び込んでくる。そして懐に素早く入り込むとオータムの首を躊躇なく狙う。

 

 

「その行動自体は予想済みなんだよ!」

「!?」

 

 

 オータムは言うとナイフの軌道上に自分の左腕を滑り込ませる。振り下ろされたナイフが左腕を貫通し、オータムにそして女に鮮血が舞う。オータムは意識がぶっ飛びそうなほど激しい痛みを堪え、左腕に力を込めるとそのままナイフごと左腕を抱え込む。そこで女がナイフを離そうとしたが、オータムの腕と身体に挟みこまれた手は自由に動かずなすすべなく女は引き込まれていく。そして充分女を自分の方へと引き込んだオータムは同時にテイクバックを取っていた右の大砲を女の顔面に炸裂させた。

 

 

「ああああああぁぁぁぁぁぁーーーーーーッ!!」 

「あ…」

 

 

 オータムが、掛け声以外で初めて聞いた女の素の声。しかしその音よりもさらに大きく響いていたのはオータムの拳がサングラスごと女の顔面を粉砕していく嫌な音だった。手に伝わる感触から、骨が砕けている事はすぐに分かった。オータムはそのまま腰の回転まで利用し女を殴り飛ばす。ナイフから指が外れ、勢いよくシャッターに叩きつけられる。そしてそのまま女は糸の切れた人形のように崩れ落ちた。

 

 

「はぁ、はぁッはぁぁ………くそったれめッ!」

 

 

 オータムは息荒く吐き捨てると、来ていたジャケットの袖を破りとナイフが変に動かないよう固定する。そして近くにあった石を脇に挟み自身で応急処置を施す。そしてすぐにスコールに連絡を入れ場所を伝えると、その場にへたりこんだ。

 

 

「一体、何だってんだ………はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 

 自分がファントムタスクだからと言って、それだけの理由で命を狙われるはずがない。とすればやはりこの3人はデュノア社に関係のある組織か何かのと考えるのが妥当。倒す前に少しぐらい相手の情報を聞き出しておけばよかったと少し後悔した。

 

 

「やっぱ、何かあるぜデュノア社は…」

 

 

 

 

 呟くオータム。その脳裏には、アドルフ・ジャン・デュノアの人当たりのよさそうな笑顔がよぎっていた。

 

 

 

 

 

 




どうも、のろいうさぎです。

オータムさんが襲われましたね。あら大変しかも重症あら大変大変。


原作ではあまりデュノア社って名前ぐらいしか出てきてないので少し話を膨らませてみました。しかし自分で書いておいてなんですが、オータムの部屋、今のご時世でネット環境が整備されてないどころか存在しないってどうなんってんのw

あのオータムを襲った3人はいったい誰なのか! そしてその凶牙は秋穂にも伸びるのか!?要注目です!



ではっ
また次回お会いしましょう!
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