IS インフィニット・ストラトス~妹はファントムタスク~   作:のろいうさぎ

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第25話~不敵に笑う白い花~

 

 

 あの頃の私は、少なくとも今よりも幸せだった。

 

 

 

 父親であるあの男との確執はあったものの、そばには何時だって、冷え切った私を暖めてくれる人がいた。

 

 

 

 私は、その暖かさをどこか永遠ものだと思っていた。私が望めば何時だって、何時までだって私を抱きしめて暖めてくれる。

 

 

 

 ずっとずっと………

 

 

 

 だけど、それは間違いだった。命は誰だって有限だ。そんな事もあの当時の私はよく分かってなかった。

 

 

 

 ある夜、その人が倒れた。私は救急車を呼んだ。でも………病院に着く前にその人は……この世からいなくなった。極度の過労と診断された。

 

 

 

 それなのに私に、あの人は何時だって笑顔だった。疲れてる顔なんておくびも見せずに。たった〝1人〟の私の為にボロボロになりながら私に愛をくれた。

 

 

 

 母、アデニール・デュノア……享年31歳。死ぬにはあまりに早かった。特に頼る様な人もおらず、彼女が亡くなったと伝えても、父は何もしなかった。

 

 

 

 私は、母が私の将来の為にと貯めていた貯蓄を使って、棺と墓地を買った。全然立派なものじゃなくて本当に小さい物だったけど、それでもちゃんと弔ってあげたかったから。

 

 

 参列者のいない、私と牧師様たった2人だけの埋葬。式の後、私は1人で棺を埋めた。早く安らかに眠らせてあげたかった。

 

 

 

 それからしばらくして、私はデュノア社へと引き取られた。まぁ、本妻の人に殴られたり周囲からの冷ややかな目にさらされたりと、散々なめにあったが、そこで色々検査を受けた結果、私は、〝IS〟に乗る事になった。その敵性が高かったのだと言う。そして更に折り悪く、会社の経営が悪化し始めた。

 

 

 元々中性的な顔つきをしていた私は、〝僕〟へと一人称を改変させられ、織斑 一夏以来2人目(・・・)の男性操縦者として広告塔に使われるようになった。しかしそれも一時の事で、僕の〝失敗〟の所為で、業績回復には至らず、そして目を付けたのが一夏そのもののデータだった。彼を手にすれば、それだけで様々な使い道がある。そして男性(・・)である僕なら、彼に違和感なく近づける。僕は、あの人の命ずるまま、日本へ向かった。

 

 

 フランスを発つ時も、誰も来なかった。それでもとすがった父親でさえ、連絡しても繋がらない始末。思えばあの時から自分は少しずつ壊れていたのかもしれない。壊していたのかもしれない。何も得られないもう自分に、暖かさを与えてくれる人はこの世にはいないのだからと諦めて。

 

 

 

 ………そう、何処の誰だかは分からないが、僕と戦ったあの少女が言っていた様に―――――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん………」

 

 

 ゆっくりとシャルロットは目を開ける。まぶしい蛍光灯の光が覚醒前の視界に飛び込んでくる。一瞬シャルロットは、学園の医務室かとも思ったが、蛍光灯の後ろに見える無骨な配管の通った鉄製のグレーの天井を見てそれを否定する。ゆっくりと身体を起こそうとするが腹部に強烈な痛みを覚え顔を歪ませた。

 

 

 

「いつッ!」

「目が覚めたみたいね。でもダメよまだ寝てなきゃ」

 

 シャルロットはゆっくり優しい手つきで肩を押され、ベッドに寝かしつけられる。その手をたどると、少しカールがかった淡い青色の髪の白衣の女性が微笑んでいた。

 

 

「あの……僕は……一体どうなって…。それにここは?」

「医務室よ。見て分からない? フフッあなたね、気を失ってたの」

「気を……」

「そう、あなたを、秋……じゃなくて、この艦のクルーが運んできてくれたのよ」

「そうですか。で、あの……あなたは?」

「あらあら、自己紹介がまだだったわね。私はクリスティーナ・アレルセン。よろしくねシャルロットちゃん」

「はぁ…」

「ともかく、あなた。何が起きたのか覚えてる?」

 

 

 クリスティーナの問いかけにシャルロットは、自分の記憶を遡る。確か一夏を誘拐して、青いISに追いつかれ戦闘になった事までははっきり覚えているが……

 

 

 どうしてもそこから先までが思い出せない。その事をクリスティーナに伝えると、彼女はまた微笑んで満足そうにうなずいた。

 

 

「そこまで覚えてるなら、記憶障害とかも無いようね。ひとまず腹部の打撲と腕はしばらく痛むだろうけどそれ以外、大きな怪我も無いし大丈夫ね」

「……」

 

 

 シャルロットはクリスティーナをしばらく疑問と困惑が入り混じった様な目で見つめる。どうしてこの人は自分を助けてくれたのか、そしてここは一体何なのかそしてあなた達は一体誰なのか。それに自分が引き起こした事とは言え、一夏はどうなったのか。聞きたい事が多すぎて考えがまとまりきっていない。シャルロットはそれでもまだボーっとする頭を回転させて、質問内容を強引にまとめると口を開こうとする。だがそれは医務室に顔を出したとある人物の登場によって遮られた。

 

 

「うん? 先生気が付いたみたいですね、彼女」

「えぇ、まだ身体は起こせないけど。意識ははっきりしてるわ」

「そうですか、さっき来た時はまだでしたもんね」

「何言ってるの、一番最初来た時は、あの子もそうだったけどあなたも怪我してて人の心配なんてしてられる状況じゃなかったでしょ?」

「そうでしたね、えへへ…」

 

 シャルロットはその声に小さく「あ」っと声を漏らした。その声は、ついさっきまで自分が銃口を向けていた相手だ。確かフロウと名乗っていた気がする。彼女がここにいると言う事は、単純に考えて……

 

(……えぇっと……なんだっけ)

 

 

 

 確か戦闘中に、自分の組織であろう名前を名乗っていた気がするのだが、よく思い出せない。だが、まぁその組織の人間だろうと言う事は想像がついた。

 

 フロウは、二言三言、クリスティーナと話を交わすとこちらへと歩いてきた。シャルロットは痛みを推して身体を起こそうとするが今度は機械の手がそれを制した。

 

 

「おぉっと、まだ寝てなきゃねぇ」

「………」

「……あれ? なんかあたしおかしい?」

「あ、いや……おかしいと言えば……その……おかしいかな?」

 

 シャルロットを制した手、それは所々ススこけたオレンジと黒い装甲を持つ腕。しかも左側に至っては大破してほぼ素手状態。バイザーだけは、小傷こそあれど無事で素顔は判別できなかったが、ほぼ、シャルロットと戦った時の状態でフロウがそこに立っていた。違う点があるとすればスラスターだけは取り外したのか無かった程度で後はボロ雑巾と言われても仕方がないぐらいの文字通り無様な姿が眼前にあった。一応先ほどの会話にあったように怪我の処置は済んでいたようだがそれにしても…とシャルロットは思う。

 

 

 

 

「あ、あのさ。なんでIS解除しないの?」

「え? ……………あの……」

「うん」

「さ、最近こう言うの流行りなんだ、あは、あはははは…」

「苦しい言い訳ね」

 

 

 クリスティーナのため息交じりの声が、医務室に異様なほど響いて聞こえた。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 く、先生もやってくれる。妙なツッコミのおかげであたしの完璧な変装がばれちゃうじゃんかッ

 

 

 ホントだよ、最近流行ってるんだよこう言うのが。知らないならインフィニット・ストライプスの昨年の3月号を見てみなって書いてあるから。ってそれはともかく。あたしは気を取り直してバイザー越しのシャルロットを見やる。

 

 

「ま、まぁあれだよ。こっちにも色々事情がね」

「……そうなんだ」

「うん」

 

 

 シャルロットはややあって、短く「分かった」と返してきた。さて、少し導入部が長めになっちゃったけど本題に入ろうかね。

 

 

「それで、あたしがここに来た理由はなんとなくわかる?」

「……まぁ、少しね。今回の事件の事情を聞きに来たんでしょ?」

「そうだね」

「でも、事情と言っても君が、戦場で話した事あれでほとんど正解と言えば正解なんだけど…」

「ふ~ん、あたしって探偵の才能があるかもね」

 

 あたしはそう言ってハハッと笑う。しかし、100パーセント正解じゃないってのがなんか気持ち悪いね。

 

「けど、ほとんどなんだ」

「……うん」

 

 

 シャルロットの表情が急に曇る。その事から察するに、あたしが当てられなかった部分というのは、恐らく彼女がこの凶行に走ったいや、走らざるを得ない状況を作った根源だろう。そうなると、少々重たい話になる可能性もあるし、そこまで土足で踏み込んでいいものかと少し躊躇ったが、あたしのそんな予想に反して、シャルロット自ら口を開いた。

 

 

 

「そう、ほとんど正解。ちょっぴり外れってところかな」

「その外れの部分。聞いても良い?」

「聞いても、楽しいものじゃないよ? けど……まぁそうだね。僕は敗者だもんね。敗者は勝者に従う。少し長くなるけど話すよ、僕の事……」

 

 

 あたしは、先生に目配せする。ここからは出来れば2人きりで話がしたい。その視線を受け先生は頷き微笑むと、無言で部屋を後にする。

 あたしは心の中で感謝しつつシャルロットへ視線を戻した。 

 

 

 あたしの顔を見て、シャルロットが1つ深呼吸をする。その様子は、深呼吸と言っても一息入れるといった感じではなく、例えるなら、緊張。これから話すと同時にそれらと向き合うと言う覚悟。あたしはそんな感情を、彼女から受けていた。あたしは一言一句聞き洩らさぬよう彼女の〝覚悟〟の話に静かに耳を傾けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「いっつ!?」

「え? 今日は月の中旬ぐらいだけど」

「ちげぇわ!痛言って意味だよ!!」

 

 

 鐘音がオータムの擦り傷のか所に、消毒液を塗る。必要な事とは言え、怪我にはこれがまたしみる。オータムは時折顔を歪ませながらなんとか包帯や絆創膏(ばんそうこう)を貼りつけた。

 

 

「ったく、医務室で話すなよなぁ……」

「仕方ないよ、彼女動ける状態じゃなかったし」

「くそッ」

 

 

 オータムが鼻を鳴らし毒づく。それも仕方がない。何せオータムが応急処置を受けた場所は格納庫だった。医務室は秋穂が2人で話がしたいと言う理由で現在入室禁止なのだ。この決定を下したのはスコールだった。本来医務室は急患等の関係から、一時的にでも入室禁止にすべきではない。だが、今回目立ったけが人がオータムと秋穂で、酷い方の秋穂がクリスティーナの診断の結果、外傷以外はさほど心配無しと判断したため、特例で今回の様な措置が取られたと言うわけである。

 

 

「確かに秋穂の方が怪我は酷かったぜ?けどさ……医療に格差かねぇ…」

「格差って言ったって、あなたの方が上なんじゃないの?」

「あ、先生」

「それに、そんな軽口聞ける人間、見るまでも無く問題なしよ!」

「いってぇ!?」

 

 

 

 ぶつぶつと小言を言うオータムの包帯部分を、格納庫へ現れたクリスティーナがパシンっと叩く。オータムが激痛に身体を震わせる。そして涙目になりながら、クリスティーナを睨みつける。

 

「てめぇ……ッ」

「ほら、大丈夫じゃない」

「そういう問題か、つうか医者がする事じゃねぇぞッ!?」

「だって、そもそも患者じゃないでしょあなたは」

「ひでぇ……この医者、ブラッ○・ジャッ○よりひでぇ…」

「高額な報酬取ってないだけ有難いと思いなさいよ。それにね、あたしは免許持ってます!」

 

 

 そこなのか、とオータムは思ったが、下手に叩かれるとまた痛い。出かけた言葉を飲み込むと、丁度いいタイミングで鐘音が口を挟んできた。

 

「まぁ、免許はいいとして、珍しいね、先生がここに来るなんて」

「え? あぁ、まぁ基本医務室か出てけば学会か……そのぐらいだもの。格納庫なんてかなり久しぶりに来たわね」

「まぁ、逆にウチも医務室にはお世話になった事は無いかな。しいて言えば酔い止め貰いに行ったぐらいかな」

「そう言えば、初めのうちはこっそりと貰いに来てたわね。もう慣れた?」

「こう見えても、適応能力は高いのさ」

「フフッそうそれは良かったわ。あ、そうそうしばらくここに厄介になるわよ? 医務室戻れないし」

「どーぞ、ご自由に」

 

 

 オータムは2人の会話に耳を傾けつつ、顔をハンガーへ向ける。自分が壊してしまった〝パラスト・ホルン〟の横にはいまだ多くのケーブルにつながれ、コアに定着できない自分の本当の愛機〝アラクネ〟が固定されている。現状、コアが装甲を受け付けないのでは、手の施しようもなく、現状維持という形で作業は中断し、その機体に誰も触れていない。

 

 

 オータムは立ちあがると、アラクネの元へ歩み寄る。

 

 

(何してんのかねぇ、あたしゃ…)

 

 

 

 あの時、アラクネのコアを初期化された時、格納庫でオータムはマドカの背中を押した。もう負けないと言った。だがオータム自身、何も感じていなかったわけでは無かった。だが今の今までそれを、心の奥底に封印し、考えないようにしてきた。だがここ数回の戦闘、強敵が相手だとは言え酷過ぎる。自分が怪我する分には構わない。医療班の負担は増えてしまう事になるが、多少の傷ぐらいなら我慢でも何でもすればどうにかはなる。しかしISは違う。専門の知識、技術を持った技術者達が時には夜を徹して、修理改良に当たる。そこには妥協は許されない。もし戦闘中に動かなくなったら、操縦者に待っているのは死だ。この程度で良いでは済まされない、毎日が神経をすり減らす作業。そんな思いで組み上げられたISを、操縦者の力量不足で、こんな有様にしてしまった責任を、取れる物なら取りたいと言うのが本音だった。オータムは手すりに腰掛け作業中の〝パラスト・ホルン〟を見る。

 

 

 ある技術者が、装甲板を取り外す。あぁ、それはあの時に…… 

 

 また、ある技術者が、スパークした配線を引き直す。 あれは、避けれたはずなのに……

 

 そして別の技術者が機体の下に工具を持って潜り込む。 そんなとこにまで付けてたのか……

 

 

 

 彼らの一挙手一投足を見るたびに、沸き起こるのは後悔。思っても仕方のない事だと、自分に出来ることなど今は何も無いと分かっているのに。

 

 

 

 

(〝アラクネ〟の次は〝パラスト・ホルン〟……自分で言うのもなんだがとんだ疫病神だな)

 

 

「ネガティブ思考はセロトニン神経の活動が阻害された場合に陥りやすく、この症状が長く続けばうつ病や慢性疲労症候群になりやすい…」

「ん?」

「ま、要はポジティブになれって事よ」

「お前、あのちんちくりんと話してたんじゃねぇのか?」

「今にも、首つりそうな顔でIS眺めてたから心配になったの」

「余計なお世話だ」

 

 クリスティーナは、鼻を鳴らすオータムを横目に、同じように手すりに腰掛け腕を組んだ。

 

 

「凄いわよねぇ」

「何が」

「ISよ、IS。あたしは詳しい事はよく分からないけど、凄いって事は分かる」

「……なんだよ、急に」

 

 クリスティーナはアラクネを見上げ、目を細める。

 

「あなたのIS……だったわよね?」

「まぁな。今は見ての通り。手の施しようがねぇってやつさ」

「ふぅん」

 

 オータムはクリスティーナの真意を測りかね、眉根を寄せる。ただ雑談をしに、声をかけたのだろうか? 別に鐘音はいま忙しそうにしてはいない。チェックボードを叩いてはいるが、それだけだ。わざわざ鐘音との会話を切り上げて、一体……

 

 

 

「ふぅ……ねぇ、オータム。彼ら見てどう思う?」

 

 

 クリスティーナが指をさしながらの唐突に質問を投げかける。虚を突かれオータムはキョトンとしてしまったが、それでも出来うる限り早めに返事を返すべく、オータムはクリスティーナの指の先を目で追った。クリスティーナが指していた物それは、ISの修理に当たる技術者たちだった。

 

 

「どうって? 忙しそうだなぐらいしか…」

「答えとしてはまぁ、20点」

「はぁ?」

「私が見てもらいたかったのは、彼らの顔。良い顔してるわね」

「………」

「みんな、同じなのよ」

「同じ?」

「そう、例えば私達医療班。私たちの仕事は、けが人や病人を治す事、少しでも命をつなぎとめておく事。その事に関しては一切妥協しない。諦めもしない」

 

 

 言うクリスティーナの表情は真剣だった。まぁ当然だろう。誰だって自分の仕事にプライドを持っている、プロなのだから。だけど自分は……。沈み込んでいくオータムの気持ち。自分だって操縦者としてのプライドはある。だが〝この結果(パラスト・ホルン)〟が否応なしにオータムのプライドを根底から揺るがしていた。強敵だったは言い訳にはならない。仕方無かったは言ってはならない。全ては自分の未熟さが招いたのだ。その所為で、本来かけなくて良い負担を整備班にかけてしまっている。

 

 

 オータムのそんな考えを知ってか知らずか、クリスティーナは話を進める。

 

「そりゃ、医者にかからなくて済むならそれに越した事はないわ。だけどそうもいっていられないのが私達の仕事。けが人は絶対に出る。病気にかかる人だって絶対に居る。私達医療班はそういう人たちの為に喜んで治療や診察をするわ。それがクルー全員だろうがね」

「喜んで?」

「そう、私達は今の今まで、それを負担だとか感じた事は一度だって無い。だってそれが私達の役目ですもの」

「役目……」

「きっと、整備班も同じ気持ちだと思う。彼らはISを治し、私達は人を治す、それが役目。それを負担に思うならそもそも、今、この場にいないでしょ? ま、深く考えすぎるなってことよ。」

 

 

 オータムはもう一度、せわしなく動く技術者達に目を向ける。クリスティーナの話を聞いても、まだ納得はできていない。自分は負担をかけて無いのだと楽観視する事などすぐには出来ようも無かった。だが、〝そう考える事〟は少し出来るようになったと思う。それだけでも気持ちの持ち様が幾分改善された気がした。

 

 

 オータムの表情が少し和らいだのを見て、クリスティーナは「それじゃ」と、腰を上げる。ハンガーのステップの階段を下りていくクリスティーナ。その背に向かってオータムは笑みを浮かべながら「お節介やきめ」と呟いた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

「なぁ」

「ん?」

 

 

 ブリッジでデスクに座り今後の事について、考えにふけっていたスコールにマドカが訊ねる。スコールは手に持っていた書類の束をデスクに放ると、マドカの方を見やる。

 

 

「その……少し聞きたいんだが。あのミスキーだったか? どういう奴なんだ?」

「あら、会った事は無かったかしら?」

「一度二度、見たかもしれんが、話はしていない」

「そう。う~ん……そうねぇ。簡単にいえば、金の亡者ね」

「金?」

「そう、彼を動かせるのはそれしかないわ。或いは自分に利益があればぐらいかしらね、基本的には」

「変わった奴だな」

 

 マドカの表現に、スコールは、複雑な表情を浮かべる。確かに、変わり者だとは思う。ファントムタスクに属していながら、金でどっちにでも付くまるでくっつき虫の様な男だ。スコールも親交はあまり無いが、彼の事自体は古くから知っている。マドカ達が組織に入るよりも前にも何度か小競り合いをしたり、そうかと思えば共闘したりもした。敵というには味方に近く、かといって味方かと聞かれれば純粋に肯定する事も出来ない。多分ファントムタスクに属し、一度でも彼と話し、戦った事のある物ならだれしもが持つ印象である事は間違いない。

 

 

「にしても、金で動く奴をどうしてファントムタスク(うち)は組み込んでいるんだ? いつ反旗を翻すかなど分からないだろうに」

「そこら辺は、上層部の考えでしょうね。使えるうちは使うってところだと思うけど」

「なるほどな。……しかし……」

「何?」

「では逆に何であいつは、そんな行動理念なのにもかかわらずファントムタスク(うち)に属しているんだ?」

「その事についても、何考えているのかは分からないわね。けど組織に属していれば、少なくとも補給や支援、援助の類の心配はあまり無いし。私はなんとなくそこらへんの理由かなと思ってるんだけど」

「はっきりとは、分からない……か」

「まぁね」

 

 

 スコールが肩をすくめるのを見てマドカも、ため息を吐く。だがすぐに次の質問がスコールへと飛んでくる。

 

「ふむ、まぁ……そうか、あいつの事はもう良い。もう1つ聞きたい事がある」

「……彼女の事ね」

「あぁ……レオーネ・メルヒン」

「彼女については、ミスキー以上に謎ね、年齢は秋穂ちゃんぐらいだと思うけど……」

「その割に、随分色々な感情が〝欠落〟しているようだったがな……」

「殺す事を躊躇わない。ある意味一番いやな相手ね」

「だが、そうだな。あの男には従順なようだ」

「なぜそう思うの?」

 

 スコールはマドカの見解に興味を持つ。マドカは誰よりも彼女の近くで、彼女を〝感じた〟人物だ。感覚とは時に、細かく時間をかけて人物観察をする事以上に多くの情報をもたらす事がある。今は、1つでも情報は多い方が良い。

 

 

「確証はないが、あいつは私に手を出さなかった」

「そうね」

「殺す事に躊躇わない奴が、どうして隙だらけの私を殺さなかったのか……」

「なるほど。つまり、ミスキーが〝殺せ〟と言わなかったから」

「恐らくな」

「だったら、なおさら訳が分からないわ。何でそこまで従順なの……?」

「そこまでは知らん。だが何にせよ厄介なのは事実だ」

「そうね、シックザールとの関係も謎のままだし」

「そう言えば、そんな奴もいたな…」

 

 

 

 ただでさえ、面倒くさい相手の上に、更にそこへ面倒くさい奴が絡んでいるとなれば、正直頭を抱えたくなるぐらいややこしい事態だと言う事は容易に想像が付いた。スコールは背もたれに、グッと身体を預け瞳を閉じる。一体何から手を付けて良いのか、それほど今回の一連の事件はスコールを悩ませている。事件の背景がまったく見えてこない。考えても考えても、判断できる材料がなければ結局それはただの憶測で終わってしまう。

 

 

(地道に、1つ1つの事件と向き合っていくしかないのかしらね……やっぱり)

 

 

 

 スコールは、ひとまず自身にそう言い聞かせ、直近の〝事件〟の解決法を持ってやってくるであろう、少女を待つ事に決める。スコールのそんな様子を見て、マドカもまた深いため息と共に、考える事を止めたのだった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 舗装はしてあるものの、山奥で人気のない林道には、場違いな黒塗りのリムジンが1台停車していた。そしてしばらくすると林の中から、1人の少女が姿を現しその車の後部座席へと入っていく。

 

 

「御苦労さま」

「あぁ」

 

 不機嫌そうに短く、言葉を発したシックザールを無縫 楓は〝いつも通りの笑み〟で車へと迎え入れる。シックザールはドカッと楓の相向かいのシートに腰掛けた。その間一切目は合わそうとしない。だが楓はそんな事は、気にも留めず運転手に向かって「出して」と告げた。

 

 その態度が更にシックザールの苛立ちを加速させる。そしてそれは、車が動きだしてから十数分あまりで、ついに爆発した。

 

「てんめぇ、いい加減にしやがれッ!!」

 

 シックザールが、楓の胸倉をつかみシートへ押し付ける。それでも楓は、表情一つ変えずにシックザールに問いかけた。

 

「何、怒ってるの?」

「分かって言ってんだろ…」

「作戦の事かしらね? 良かったじゃない〝巧くいって〟」

「ふざけんな、何だあの指示は! なんであたしがあんな〝演技〟しなきゃならねぇんだよッ」

 

 激昂するシックザールに、楓はフッと笑う。その中には多少の、シックザールへの嘲りもあった。その程度の事も理解できていなかったのかと。まぁ、だがだからこそ動かしやすい。こう言う〝単細胞〟は。

 

「良いじゃない。巧くいったんだからそれで」

「全ッ然よくねぇッ それにな、敵を落としちゃいけねぇっていうのも意味が全く理解できねぇんだよ! 敵は落とすもんだろうがッ!」

「だから……はぁ……。全く」

「なんだよ」

 

 流石にここまで、来ると楓も呆れるしかない。少しは考えると言う事をしてほしい物だ。こんなだから、IS学園で返り討ちにあうのだろう。計画性というものが全くない。行き当たりばったりは楓の一番嫌いな言葉だ。楓はこれ以上会話をするのは時間の無駄と、シックザールの手を軽く払いのけると、服を正しながら、シートへ座りなおす。

 

 とその時、懐で携帯電話の着信音が鳴る。シックザールはまだ恨めしげに楓を睨んではいるが、電話を取りだしたのを見て渋々引き下がり、ふてくされながら窓の外に視線を移した。

 

 

 画面を開く楓。その着信相手を見て、楓の顔がそれまでとは異なる不敵な笑みをたたえる。

 

 

「はい、もしもし?」

『……どうやら、巧くいったようだな』

 

 電話の相手は、中年位の男性で、落ち着きのあるやや渋めの声色をしていた。

 

「まぁ、そうですね。彼の身柄は奪いきれませんでしたが」

『フッ……そっちは〝おまけ〟だったからな。お前も薄々は気づいてはいたんだろう?』

「えぇ、まぁ。でもあの潜水艦の艦長は『二千万がふいになった』と嘆いてましたけどね」

『確かに、奴らには、織斑 一夏の身柄とアレの処分の2つしか伝えていないからな。それに今回の件で重要だったのは、お前達が〝私達〟と繋がりがある事を匂わせる事だ。それ以外の事に意味など無いし、期待もしてなどいなかった』

 

 

「期待ですか……あぁそういえば」

『なんだ?』

「期待と言えば、私も少し期待してたんですよ? アレには」

 

 楓が言葉を伏せ言った内容。だがその意味は充分に向こうに伝わったようで電話の向こうの声が幾分トーンダウンする。

 

『あぁ、アレか。処分はしたんだろう?』

「とりあえずそう報告はありました」

『ふむ……いや、まぁアレには中々苦心させられていてな。中々質の高いモノが作れん』

「なるほど、ひとまず実践でどれぐらいかを試したと言ったところでしょうか?」

『だが、役目は充分に果たした。彼女……なんと言ったか』

「シックザールです」

『そう、それだ。そのシックザールが違和感なく戦場へ登場するためには、むしろ質が悪くて良かったともいえる』

「どういう事です? アレはそういう指示をしていたのではないのですか?」

『いいや、あれが今の限界だ』

 

 

 それを聞き楓は、更に落胆の色を濃くした。あれが全限界では話にならない。実用化に向けてはまだまだ問題が山積していると言う事か。

 

『まぁそう落胆してくれるな。技術とは日進月歩だ。すぐには良くならずとも、まだ改良の余地もある』

「そうですか。まぁ、楽しみにしていますよ」

『あぁ』

「あ、後もう1つ良いですか?」

『もう1つ?』

「彼の事です、あ、いや彼女でしたか?」

『……』

 

 

 楓が言った途端、男は黙りこむ。これまでとは全く違う反応に楓は目を細めた。男はしばらく無言を貫いていたが、楓に電話を切るつもりが無い事を悟るとため息交じりに口を開いた。

 

『……何が聞きたい? あいつの』

「いえ、大したことじゃないんです。ただ今回の計画。彼女が織斑 一夏の身柄を運んでくる手はずになっていました。彼女がいなければそもそもこの計画は成立しませんよね? 艦長は気を引いておくための囮だったとしても、今回少し彼女を軽く扱いすぎてやしないかと思いまして」

『軽く……まぁそうだな』

「結局彼女も、あちらさんに奪われてしまいましたし…これからの事を考えると、少し不利なのでは?」

『……ふん、あんな小娘に何が出来るか』

 

 

 男はわざとらしく、鼻を鳴らす。まぁ確かに、そう言ってしまえばそうだろう。いくら〝ファントムタスク〟の匿われたからと言って、あの組織は、今のところ下手には動けないだろう。彼女達もプロだ。自ら手の内を晒す様な馬鹿はしない。そういう点ではすぐにどうにかなるような障害ではないが……。

 

 

 楓がここで気になっていたのは、シャルロットの動かし方である。アレに一夏の身柄を預けるまでは特に、問題はなかったが、その先、いくらシックザールがオータムの相手をしていたと言え援護できる隙はいくらでもあったし、やろうと思えばあのレオーネを使ってシャルロットの身柄ぐらいは取り戻せたはずだ。しかし一度もそんな指示が飛ぶ事は無かった。楓としても、〝クライアント〟の指示を契約上無視するわけにもいかないため手はず通りに進めたのだ。自分にとっては気にするほどの問題ではないが、向こうにとってみれば、彼女を通して〝ファントムタスク〟に情報が流れる恐れだってある。自ら不利な方向へと歩みを進める〝クライアント〟の心理を楓は確かめたかった。

 

 しかし、男は楓の考えに反し、語気を強めて言い返してきた。

 

 

『それに、その事はお前が気にする事じゃない』

「………」

『とにかく、問題はない。全て事は順調だ。君は契約に従って動いてくれればいい』

「……そうですか。まぁ分かりま……ん?」

『どうかしたのか?』

 

 

 楓は窓の外を見やり、言葉を止める。男が不審がり訊ねてくるが、楓はそれに短く「大丈夫です、では」と答えると電話を切る。それと同時に、車もブレーキをかけ停車した。

 

「……あらあら、面倒くさいこと」

 

 

 視線の先にはワンボックスタイプの車が2台道路をふさぐような形で停車しており、楓の乗る車が停車した事を確認すると車から黒いスーツ姿の男たちがナイフや銃を片手に下りてきた。それを見てシックザールが、怪訝な顔を浮かべ楓に訊ねる。

 

「穏やかじゃねぇな……知り合いか?」

「知り合いといえば、そうかもね」

「はぁ……あたしが行くのか?」

「いや、おいしいの(・・・・・)があるかもしれないし私が行くわ」

 

 

 

 楓は言うと、懐から一本のナイフを取り出し、車のドアを開ける。その瞬間一斉に向けられる銃口と殺意。楓はゆっくりと視線を動かし相手を観察する。向けられた銃口はぶれることなく自分を狙い、ナイフを構える姿からは一切の隙が感じられない。

 

 

(ざっと数は14~5って(とこ)ね)

 

 

 楓は素早く状況を把握すると、リーダーと思しき人物に声をかけた。

 

「何処に雇われたのかしら?」

「言うと思うか?」

「プロですものね、確かに野暮な質問だったわね。じゃあ聞き方を変えるわ。あなた達は本家の人間?」

「本家? 何言ってやが――――!?」

 

 

 良い終わるよりも前に、男は地に伏せていた。腹部からはおびただしい量の血を流しながら。

 

 

「なんだ、本家の差し金じゃないの。ってことは……」

「てめぇッ!」

「邪魔よ」

 

 

 リーダーをやられ、激昂したメンバーが楓に向かってマシンガンの引き金を引く。楓はそれを間横にいた男の首根っこを掴み弾よけとして使う。一瞬にして蜂の巣になった男を楓は撃った男の方へ蹴る。そして男の肩を踏み台して跳躍すると、ナイフの柄で銃を持っていた男の頭部を強打した。

 

 

「ぐぁぁぁぁぁッ!?」

「く、くそッ!」

「防弾チョッキ? 用意周到は悪い事じゃないけど……。それ〝以外〟の場所を狙われたらとか少し面白くなぁい?」

 

 

 楓が弾よけにした男は、中に防弾チョッキを仕込んでおり、楓に飛びかかってきた。楓は素早くナイフを逆手に持ちかえると、その首にナイフの刃を突きたてた。

 

 

 ズッ! という肉が裂ける音が響き、楓の白いスーツを真っ赤に染め上げる。それを見ていた誰もが次は自分かと身構える。銃や武器を構えていても、初めの様な勢いはもはや無かった。だが次に男たちが聞いた音は、他の誰かが倒される音ではなく、再びナイフが付きたてられる音。

 

 

 

「え?」

 

 誰かがそう言った。だが音は止まることなく、楓はもうすでに息絶えた男を馬乗りになって何度も何度も刺し貫いていく。自分達の知らない所で、この女に恨まれでもしたのか初めはそう思った。だが、それは大きな間違いと男達は気付く。その理由は楓が、頬を高揚させ気持ちの高ぶりを抑えられないかのように、実に妖艶な笑みを見せていたからだ。

 

 

 楓は、刺すたびに浴びる返り血を、むしろ喜んでいた。人の血の生温かい感覚、そしてぬるりとする血の独特な感触。どれもが皆自分を高揚させる。楓は、一通りの個所を何度も何度も刺す。それがあまりに異様な光景で、男達は銃を撃つことすら忘れていた。だが、それでもなんとか我に返った男の一人が震えながらも楓に向かって引き金を引いた。

 

 だがその弾丸を、楓は振り返ることなくなんとナイフで弾く。そして楓はゆらぁっと立ち上がると、撃った男に向かってにやりと笑いかける。

 

 

「なぁに? ……あぁ、そう…」

 

 舌はあまりよく回っていないようだが、楓の赤い瞳はどこか虚ろにもかかわらず不気味に光っている。

 だらんっと両腕を下げ、下手な操り人形の様な歩き方で一歩づつ近寄っていった。

 

「く、くるな……来るなぁッ!」 

 

 男が恐怖のあまり、後ずさりしながら銃を乱射する。だが一発も楓に当たることなく男はガードレールに背をぶつけた。楓はゆっくりと男に近寄っていく。それをなんとか阻止しようと、他のメンバーもようやく動いた。楓の両腕を羽交い絞めにして動きを止めるべく、手を取ろうとするが、気が付いた時には胸を防弾チョッキごと刺しぬかれていた。楓は突き刺したナイフを引き抜くとペロッと、刃先の血をなめる。

 

「あなたの血……おいしくない……。あなたは、どう?」

「ひッ!?」

「大丈夫……痛くないから……」

 

 楓は今度、もう片方の手を取ろうとしていた男にもナイフを突き刺す。そして同じように、抜いたナイフの切っ先に付いた血を舌でなめとる。だがこの血もダメだ。おいしくない。一番最初に舐めた男の血は美味かった。もっと舐めたい……感じたい。気持ち良くなりたい。

 

 この赤い命の水こそ私の渇きを潤してくれるのだから……。

 もはや、こうなった楓には、電話を切る直前まで話していた懸念などどうでもよくなっていた。

 一刻も早く、この衝動と渇きを潤さなければ。

 

 

 もっと、もっと、もっと…! それだけが、楓を突き動かす。

 

 そのためには、そのためには……。

 

 

 楓は視線を本来の相手に戻すと再び歩き始める。あまりの異常事態にプロである相手も腰が抜けてしまっている。だがガードレールの向こう側は深い谷。落ちれば命はない。だがこのままでも、命は……。

 

 

 男がそう考えた時、既に目の前に楓の姿があった。

「ねぇ、私を……気持ち良くして(・・・・・・・)

「あ」

 

 と短く声を発した。それが男が、命がある時に発した最後の言葉だった。

 

 

 

 

 

 後にこの襲撃は、裏組織のうちの1つが差し向けた物だと言う事が分かった。発見された時現場はおびただしい量の血で道路が赤く染まっていたらしい。

 襲撃は14名で行われたが、全員死亡が確認され、そのうち頸動脈などを切られほぼ一撃死だった遺体が10名、そして身体のいたるところを刺され、原型すら留めていない遺体が4名転がっていたと言う。

 

 

 

 

 

 




う~む、皆さまこんばんは。
やはりまた伸びに伸びてしまった(汗

前回頑張ると言ってこの体たらく…本当に申し訳ないです…

さて…
楓と話していた人物は一体誰か? 更に楓達が話す〝アレ〟とは一体何なのか。

それではまた26話でお会いしましょう!
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