IS インフィニット・ストラトス~妹はファントムタスク~ 作:のろいうさぎ
「――――っといった感じです」
〝ミルヒシュトラーゼ〟のブリッジで顔を突き合わすあたし達4人。言わなくても分かるけど、あたしとオータムさんとスコールさんそしてマド姉ね。
あたしの話を聞き終えた、皆は一様に考え込み各々が自身の意見を口にする。
「確かに、良い案ではあるわね」
「うん……まぁ確かに……」
「うむ……」
意見を聞く限りあたしの考えにはみな賛同の様だ。今なんの話をしているのか。簡単に言えばシャルロットの処遇についてだ。もちろん彼女を一夏と共にIS学園に返さないといけなんだけど、今のあたし達にとって彼女は貴重な〝交渉カード〟でもある。彼女には助けた見返りに人働きしてもらわないとね。まぁ働きって言っても、使うのは彼女の存在であって、彼女自身がどうこうするわけじゃないんだけど。
この事を詳しく説明するには、少し時間を遡らないといけない。そう、あたしがシャルロットと話をしたあの医務室までね。
「え、愛人の子?」
「うん、だから僕は正式にはデュノアの人間じゃあないんだ」
「結構複雑……なんだね」
あたしは、それなりに、覚悟して話を聞く心構えはあった。だがそれでも初っ端からこんな出生の話でしかも自分が正式なデュノア家の娘ではないってのを聞く事になるとは正直考えてもいなかった。まぁ、普通の親子関係ではないというのはなんとなく予想は付いていた事だったのだが。
「複雑と言っても、流石に、下ろすって選択肢は無かったみたいだけどね」
そう言い、シャルロットはハハハと乾いた笑みをこぼした。そりゃそうだ、いくらなんでもそんな事、普通の人間がする事じゃないよ。まぁ、浮気もダメなんだけどさ。
しかし、そうか……、愛人の。
これは使える。言ってみればこれはかなりのスキャンダルだ。一流企業の社長が、浮気をしてその愛人との間に娘がいるなんて企業にとってマイナスイメージ以外の何物でもない。スコールさんはあたしに、最終的に〝ファントムタスク〟に何か利益のあるように考えてみろと言われている。ならばこれを巧く使う事が出来れば、何かしらこちらに有利な交渉が出来るかもしれない。
あたしがそんな事を考えている間にもシャルロットは話を続けていく。
「まぁだけど、産まれた僕に待ってたのは、結構厳しい現実だった。お母さんは僕にずっと愛情を注いでくれたけど、おと……社長は」
「お父さんとは呼ばないんだね」
「呼ばないって言うより…呼ぶな言われてるんだ。公の場以外ではね」
「公の場以外?」
「うん、公の場で僕が社長の子供だっていう事をアピールするための」
「なるほど」
どうやらデュノア社の社長は、扱いこそ酷かったにせよ、公の場でシャルロットを晒す時はそれなりに体裁は考えていたようだ。だがそれはあくまで本妻との間にもうけた子という嘘で周囲を固めていたのだろうが。だがここまで聞く限りシャルロットのデュノア社での立場は、ヒラ社員よりも更に下だったようだ。誰も彼女の声を聞く事も誰かに伝える事もしない。そして自分が不利になれば彼女に責任を押し付ければいい。
言うなれば、都合の良いように使える社員向けの苦情処理の様なもの。それも全て不条理なものばかりだろう。だけど彼女はそれにずっと耐えてきた。そんなのあたしなら耐えられないかも。まぁ、あたしの場合も施設で監視の目にずっと晒されてたから、ストレスって言う事に関して言えばかなりの物だったけど。
シャルロットは、その当時を思い出したのか、うつむき手はシーツを軽くぎゅうっと握っている。あたしはこれ以上聞くのはどうかとも思ったがそれでも、聞かなければいけない。今、情報を引き出せる相手は彼女しかいないのだから。
「あの……」
「分かってるよ」
「うん」
「むしろ、
「……」
あの表情を見た後では、流石のあたしも頷けないが、無言がその質問へのある意味の肯定。シャルロットはそれを見て少し頬を緩める。
「そんなに遠慮しないで。確かに思い出すのは辛いけど。でもあなたの言うとおり僕は間違っていたんだから」
「え?」
「戦ってる時に僕に言ったよね、僕は周りの人を裏切る事よりももっとひどい事をしてるんだって。それあの時何を言ってるのか分からなかったけど、今なら分かる。僕はもう逃げちゃダメなんだ。だから、逃げずに話す。辛くても……」
「……そう……じゃあ、聞かせてもらおうかな。何でこんな事を起こしちゃったのか」
「簡単にいえば、社長の命令なんだけど」
社長、つまりデュノア社の命令。まぁ、シャルロットを物の様に扱ってきた男なら、何もおかしくないし、あの時の彼女の精神状態を思えば断らなかった事は容易に想像が付く。
「じゃあ、一夏を眠らせて誘拐して来いって頼まれたんだ」
「うん、まぁそんなところかな。でも実際、社長は一夏の生死はあまり気にしてなかったみたいだった」
「死んでても良かったの!?」
「いや、もちろん生きてる方が断然良かったと思うけど…」
「ふぅん……それで何を…」
「そこまでは……僕も聞かされてないよ」
ふむ……そうか、シャルロットはやっぱり実行犯ってだけで、詳しく何をするまでは聞かされてはいないようだ。だがまぁ、確かに一夏を手に入れれば何をするにしても使い道があるのは事実だろう。人体実験、男性がISを使える理由の解明、そしてゆくゆくは男性用のISの開発……。そこまでた取り付ければデュノア社は莫大な富を築く事も夢ではない。それどころか世界シェアのほぼ全てを牛耳る事も可能になる。
う~ん……やっぱりお金儲けの為って言う線かぁ? でもなんか引っ掛かるんだよねぇ……。第一シックザールもそしてあのもう一隻の潜水艦もなんでシャルロットを援護しなかったんだろう? それに一夏の身柄の確保だってやろうと思えばできたはず。オータムさんがシックザールに絡まれていて、あたしもシャルロットとの戦闘で満身創痍。マド姉はいたけど、聞いた話じゃマド姉の目の前で一夏の身柄を運んでいた操縦者を倒してそのまま去って行ったらしいし。
考えれば考えるだけ、謎は深まるばかりだった。
あたしが考えにふけっていると、シャルロットが急に思い出したかのように口を開く。
「そういえば」
「え? 何?」
「関係あるかは分からないけどだいぶ前、僕がIS学園に来る前でまだフランスのデュノア社に居た時かな。その時によく社長に会いに来てた人がいたなって思って」
「会いに来た人?」
「うん。名前は知らないんだけど、結構な頻度だった」
そんな頻繁に……。少し気になるね……。もう少し掘り下げてみようかな。
「えぇっと、その人の特徴とかは? 名前が分からなくてもさ。特徴とかなら覚えてない?」
「特徴……特徴……白いスーツの女性……かな」
「し、白のスーツ女性って結構いるけど…」
「いや、本当に全身真っ白なんだよ。驚く位に」
「どこかの洗剤みたく?」
「まさにそれ!」
いや、た、確かに特徴といえば特徴だけども、それだけで人物を特定するのは不可能だなぁ。
「他には無いの?」
「他……、あ、そう言えば一度二度目があった事はあったんだけど、その人の目さ、なんていうか真っ赤でね凄い引き込まれそうな目なんだ。綺麗とは違う気もするんだけど
…」
「怪しげってこと?」
「そんな感じかな」
真っ白いスーツで、赤く光る怪しげな目の持ち主か。……まぁ、少なくとも堅気じゃないってことは分かるね。けど……やっぱり情報が少ない。確証はないけど真実に繋がる情報の1つな気がするんだけど、この話はまた後で個人的にスコールさんに伝えておこう。
一通り話を聞き終えると、2人そろってふうっと息を吐いた。あたしは、ひとまず頭の中でこれまでの話を整理し、そしてシャルロットはまた下を向いたまま両者の間に沈黙が流れる。艦が潜行し、時折聞こえるエンジン音やきしみ音と、医務室にある機械が奏でる電子音のみが、この場を漂う。
何分間そうしていたか正確には覚えていないが、その沈黙を静かに破ったのはシャルロットだった。
「これから、どうなるのかな」
「え?」
「だって、僕はこんな事しでかしちゃったし……。失敗で、結局得るものなんて何も無かった。失ったのは皆の信頼だし……。僕はどうなるんだろうって思ったらさ……なんだか今更になって怖くなってきちゃって…」
「……そうだね、まぁ何もなしって言う事にはならないよねぇ」
「………」
見るとシャルロットは、小刻みに身体を震わせていた。これまで話をしてきた中では初めての反応。自分を壊す事、それがどれほど周囲を巻き込み、そして迷惑をかけ、何より裏切る行為だったのかを実感しているようだった。だが、それに気付けたと言う事に意味がある。何より自分自身で気付けたと言う事に。だから彼女はまだやり直せる。あたしはそう思う。
「けど」
「?」
「こっちの言うとおりにしてくれるなら、あなたにはもう一度チャンスが巡ってくるかもね」
「どういう意味?」
あたしは、シャルロットから視線を逸らすと、カーテンで仕切られたもう1つ向こう側のベッドを睨んだ。
「聞いてるんでしょ、織斑 一夏ッ 盗み聞きは感心しないね」
「え!?」
「……い、いや、聞くつもりは無かったんだけど…」
「い、一夏!?」
カーテンの向こう側から苦笑交じりに現れたその人物にシャルロットは目を丸くした。まぁあたしはバイザー越しに憎悪の眼差しなんだけどね。ホント今からでもすぐに首から上無くしてあげよっか?
けどまぁ、それはまた今度。今じゃない。それにここで一夏を殺せば、今度はシャルロットの身が危険にさらされる。何より、一夏がいなければシャルロットの〝無実〟が証明できない。
「ま、良いけどさ。それよりあんたも協力してよね」
「……」
「い、一夏?」
「さっきまでの会話、一通り聞いてたんでしょ? まぁそのうえで協力したくないって言うんなら、別に良いけど。彼女がどーなっても知らないよ?」
一夏は不安そうなシャルロットを一瞥すると、静かにあたしに向かって頷く。
「…分かった。シャルル…・・・いやシャルロットの為だもんな。今回だけは協力する」
「オーケー。物分かりはいいみたいだね安心したよ」
「あ、あの一夏……僕は…」
シャルロットが困惑しながら一夏に問いかける。そりゃそうだ。それだけの事をしてもなお彼はシャルロットの為に協力してくれようとしている。シャルロットからすれば一夏は裏切ってしまった相手なのだ。何故そこまで自分をまた信じてくれるのかそれが分からないのだろう。まぁでも今回ばかりはあたしには悔しいけど一夏の気持ちは分からなくもない。
今回の事件シャルロットはどちらかといえば被害者だ。逆らえぬ命令、そのために奪われかねない場所を必死で彼女は守ろうとしただけ。悪いのは彼女の父親なのだから。そして予想通りの答えを一夏はシャルロットに返した。
「シャルロット……って呼んでもいんだよな?」
「え、う、うん」
「シャルロット、お前が別に責任感じる事なんて何もないぜ? だってお前は必死だったんだろ? あの時の自分にとってそれが最良の策だったんだろ? だからやったんだよな。だったら、お前が責任を感じる事は何にもねぇよ。むしろそんなにお前を追い詰めたその父親が悪いんだ。親だからって子供を自由にしていいなんてそんなの絶対に間違ってる」
「……一夏…」
「だから俺はお前に協力するんだ。だから何も後ろめたく考える事はないんだぞ?」
「う、うん」
はいはい、終わった? んじゃま、あたしの考えを話しますかね。
ってなわけで、一夏とシャルロットに話した事を今こうして、御三方に話してたわけ。ちなみに今は、2人とも医務室で怪我の経過と監視も兼ねて先生に見てもらっている。
あたしも今はISを鐘音技師に預け素顔を晒している。そして話したあたしの考えに、皆それなりの好感触だと思ったんだけど、やっぱりいろいろと疑問は出てくるようだった。
「しかしだな、奴らが私達の事を黙っているという保証は何処にもないぞ、秋穂。それにあいつを信じるのか?」
マド姉の質問はごもっとも、あたしだってこれっぽっちも信じられてなんていない。だけど、そこは……
「大丈夫だと思うよ」
「何故だ?」
「だって一夏があたし達の事を話すってことは、シャルロットに協力するのを自ら覆すって事じゃない。そんな事は流石にしないでしょ、少なくとも味方にはね。向こうにシャルロットがいるって時点で一夏があたし達との約束を裏切るような事はしないと思うよ。それに今回一夏が協力するのはどっちかって言うとあたしたちじゃなくてシャルロットだしね」
「ふむ……なるほどな」
マド姉が少し考え込む間に、次はスコールさんが会話に入ってくる。
「秋穂ちゃん、ちょっと整理させてね? 秋穂ちゃんがしたい事は2つ。まず一つはシャルロットと織斑 一夏をIS学園に安全に戻す事。そしてもう1つがデュノア社との交渉よね?」
「はい、学園側にはそれで手打ちにしてもらおうかと…」
「ふむ……そして、その内容は、放課後、街へ繰り出した彼女達を私達が拉致した事にして、シャルロットの罪を私達がかぶる。その点では私達にはマイナスだけれど、シャルロットの身柄やそして何より主犯格であるデュノア社の行いをネタに交渉。あわよくばISでも回してもらおうって、そういう魂胆でいいかしら?」
「ですね、というより、2ついっぺんに解決しようと思うとこれぐらいしか思いつきませんでした……」
「ふ~む……確かに考えとしては、さっきも言ったけど良い案ではあるわ…だけど」
スコールさんは何やら考えそして、苦い顔をする。
「問題点があるのも事実ね。特に前者は特に問題はないと思うの。私達は〝そういう行動〟に出る可能性は充分にある組織だしね。ただ後者は……まずデュノア社が私達との交渉のテーブルについてくれるのかって言うのが」
「確かになぁ…。少ししらべたぐれぇで、あたしの
「それに、よしんば交渉までたどり着けても、何かを得られるかは……正直微妙だな」
オータムさんもそしてマド姉も、スコールさんの考えに同調する。少し甘かったかなぁ……、スキャンダラスな物で
よく考えれば向こうも、これだけの事をするってことは相手もそれなりの人物だ。そんな相手にいくらネタがあっても真正面からの交渉はきついかな、やっぱり。
しかし、あたしにはこれ以上、2つをそれなりにまとめて解決する案が出てこない。しばらく互いに顔を見合わせたりしながら沈黙の思考。メリットやデメリットを考えながらそれぞれがそれぞれの立場での考えを巡らす。
そして何分か経過した時スコールさんが静かに口を開いた。
「……ふむ、ひとまずその方針で行きましょうか」
「良いのか?」
「えぇ。物資的なものが手に入るかは微妙な所だけれど、どんな人物なのかぐらいは確かめておいても良いと思うの」
「まぁ、確かにな。あたしらはあまりに敵を知らなさすぎるし」
「え、けど本当に良いんですかスコールさん?」
あたしは、多少の思考時間はあったとはいえ意外にあっさりと決まった事に少し焦った。だがそんなあたしにスコールさんはきょとんとした顔で返した。
「あら、自信無いの?」
「いや、あるとか無いとかじゃ…」
「大丈夫だ」
「マド姉?」
「お前は私の妹だからな」
「あ~……それは頷いても良いのか?」
「なにッ!?」
「うわ、っちょ待て待ていきなり胸倉つかむな!?」
マド姉達がいつもの取っ組み合いを始め、それを横目に見ながらスコールさんは微笑みながら言う。
「大丈夫。確かに少し修正は必要だけれど交渉には適した人物もいるしね」
「適した人物……ですか?」
てっきりスコールさんあたりがやるのかと思ってたんだけれどどうやら違うらしい。となると……?
あたしは視線を動かし、いつの間にか馬乗りになり合いながらの取っ組み合いに発展している2人を見やる。
………いやいや無い無い。あの2人に交渉なんて無理だろう。すると……んん?
「とにかく、ここまでがあなたが考える範疇。ここからは私達が考える範疇よ。ほらあなたにはまだやらなきゃいけない事があるでしょ。後で鐘音にいつごろISが直るのかだけ聞いておきなさいね」
「分かりました…」
「後、くれぐれも素顔のまま艦内をうろつかない事。あの2人に見られると色々と厄介だから」
「はい」
「じゃあ、あなたはあなたのやるべき事をしなさい。私も連絡をいなきゃいけない人とかもあるし、その他にも色々とね」
そう言ってスコールさんは踵を返すと、帰りしなオータムさんとマド姉の頭を流れるような動作で華麗に叩く。綺麗に頭部へ叩きこまれたソレは2人を一瞬で再起不能に追い込んだ。
色々と呆気にとられたあたしだったが、床に転がる2人の姿を見て、不安は払拭されきってはいないのだが、いつの間にかフフッと笑みをこぼしている自分がいた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『……という事でして。戦闘の痕跡はいくつか見つけられたのですが』
「当事者たちが既にいなかった…というわけか」
『はい』
「そうか」
千冬は、通信機の向こうから聞こえる真耶の申し訳なさそうな声に1つ息を吐き目を細める。
戦闘の痕跡というのは恐らく激しい戦闘によって海に散乱したISの装甲やIS同士が戦闘によって使用した武装の薬莢やミサイルなどの破片の事だろう。そして状況的に見て少なくともその破片や薬莢の中にはシャルルの機体からはがれ飛んだ物も混ざっているだろう。まぁそれはいい。だが戦闘をしたと言う事は何物かと戦ったと言う事に他ならない。つまり相手がいる。そう考え千冬は、真耶に追加の指示を飛ばす。
「山田君」
『はい?』
「その〝戦闘の痕跡〟、回収できそうなものは無いか?」
『回収ですか?』
「そうだ。その残がいから上手く行けば敵の情報を得られるかもしれん。どうだやれそうか?」
『分かりました、現場の教員に伝えます。ではまた』
「うむ…」
通信が切れ、再び千冬は思考に身を投じる。一夏を狙う勢力は多い。むしろIS学園に彼が入学していなければ今頃とっくに何らかの勢力に拉致されていてもおかしくは無い。それほどに一夏とそして千冬自身も含め、自分達を取り巻く環境は目まぐるしく変化しそして動いている。こうして思考にふけっている間にも新たなる勢力が組織され刻一刻と〝その時〟を待っているのだろう。
そして千冬もそれに対して、考えうる限りの対策を考えてきたしそれが何度か良い形で働いた時もあった。だがここ最近は想定していた事態の更に斜め上をゆく事件が頻発しているように思える。1組の代表を選出するための模擬戦しかり、2組とのクラス対抗戦しかり。
招かれざる客によって中止になったイベントの方が多く、またそれによって出ている被害や負傷者。各国の代表やIS操縦者を育成する機関とはいえ、結局は学校。親から大切な子供を預かっている以上、その生徒達が学生生活を送る間は、怪我無く、その身が危険にさらされる事など無いよう万全を期する責任がある。だが今のところその責任を果たせているとは言い難い状況が続いていた。
それだけでもやや自責の念にかられていた所に、今度は内部犯、しかも犯人はクラスメイトという事実が更に追い打ちをかける。想定していなかったわけではない。しかしやはり警戒すべきは外部という考えがあったのも事実。千冬は自分のツメの甘さを呪った。
とはいえ、呪った所で事態は変わらない。千冬は少し外れかけた思考を修正し今度は視線を宙に泳がせる。考えるにしてもあまりに不明な点が多く漠然と考えた所で時間の無駄と判断し千冬は自身が一番気になっている事に話題を絞る。その内容は…
(一体…シャルルは誰と戦ったんだ?)
シャルルと戦ったであろう敵の事だった。どこのだれだかは分からないが何故戦闘になったのか、そこが気にかかる所だ。
正直シャルルの策は完ぺきに近かった。一夏に近づき完全に信頼させきった所で身柄を拘束し学園を離脱する。言ってみればこれだけの事なのだがシャルルは学園に編入してきた。少なくとも今の千冬は、シャルルが編入時に提出した履歴書は信じる事が出来ない。だが1つでも不審な点があればその時点でアウト。それを突破してきたということから考えると、今回のこの拉致作戦は、かなり用意周到な作戦である事は明らかだった。もちろん実行犯がシャルルでこの「絵を描いた」人物が別にいると言う線も捨てきれないがここではそれは置いておくが。
となればだ、そこまで用意周到な人物が、そこまで簡単に敵に見つかるようなルートで逃げるだろうか?
そもそも、良く考えてみれば離脱方法が、最も効率はいいが最も目立つ方法で逃げている。結局学園側は見つけられていないものの、あれでは他の勢力に見つかってしまって戦闘になる可能性はかなり高くなるはずだ。
(……何故そんな方法を…。というよりもまさかあいつはわざとそういった方法を?)
千冬は結論付けようとして、かぶりを振る。まだそう決めつけるのは早計だ。考えはより多くの選択肢を持たねばならない。
(或いは、そう……ISを使い焦らなければならない状況にあったとも考えられるな)
それで、運悪く敵にみつかり戦闘に入った。こちらの考えの方がまだ前者よりは違和感は少ない。
ふむ……。千冬が更にそこから何かしら糸口を見出そうとしていたまさにその時だった。
『……はじめまして…でよろしいでしょうか』
端末から機械で編集され、男女の区別が付かない声が聞こえてきた。千冬はすぐさま思考を辞め通信機を手に取る。
「誰だ?」
『……織斑 千冬……ですね?』
通信機には〝Sound Only〟の文字。なので千冬は語尾から相手の性別を探ったが、相手はわざとなのか、これが通常なのか、男性とも女性ともとれる丁寧な口調で話を続けてくる。流石に通信端末にはノイズキャンセラーは搭載されていないため編集された声を地声に戻す事は出来ず性別は分からずじまいであった。そうはいっても、これが何か今回の件に関する事であるという事は間違いないだろう。千冬は今後の調査の為にもと、端末の録音ボタンを押し会話を進めた。
「そうだ。お前は誰だ?」
『なるほど、話しに聞いていた通りの人物の様ですね』
「質問に答えろ」
『ふむ……まぁそうですね、呼称が無いと呼びづらいのも事実でしょう。でしたらまぁAさんとでもお呼びください』
「Aさん? 馬鹿にしているのか?」
『いえ至って本気ですよ。ひとまず私はAさんです、よろしいですね?』
端末の向こうで、機械音性ながらおどけたような声で話す〝Aさん〟に千冬は苛立ちを含んだ声で言い返す。
「分かった、構わん、構わんから要件を言え」
『フフッ そうせかさないでいただけますか? こちらにも段取りという物がありましてね』
「………」
『……まぁ……時に段取りも飛ばす方が良いのかもしれません。それで要件でしたね?』
「あぁ、とっとと話せ」
『今、こちらで大切な生徒2名を預かっています』
「ッ! なんだと!?」
千冬はその言葉に目を丸くした。まさか今しがた考えていた何らかの勢力から直々に通信が届くとは夢にも思っていなかったからだ。そして〝Aさん〟が言う2人の生徒とは間違いなく、現在行方不明の一夏とシャルルだろう。
千冬は珍しくやや上ずった声で〝Aさん〟に真意を問う。
「そ、それは本当なのか?」
『えぇ、事実です』
「無事……なんだろうな?」
『えぇ、それは保証しましょう』
「それは…だと?」
千冬は〝それは〟という所が引っ掛かり聞き返した。その言い方では、身柄は無事だが無傷では無いともとれる。千冬の反応に少々言葉足らずであったと〝Aさん〟は軽く笑いながら言葉を訂正した。
『失礼失礼。大丈夫ですよ、お二人ともお元気ですから』
「何か証明できるものはあるか?」
『流石に今は持ち合わせていません。ただ繰り返しになりますが今は私の言葉を信じていただけますか?』
「………」
千冬はそんなに簡単に信用できるわけ無いだろうと思う、だが少なくとも一夏とシャルルの情報が一切ないこの状況では信じる信じないは別としても聞くだけ聞いておいて損は無い。千冬はそう判断すると短く分かったと答えた。
『そうですか。ありがとうございます』
「それで、私にどうしろというのか?」
『はい?』
「はい、ではないだろう。その2人を人質に何かしてほしい事があるのではないのか?」
『いえいえ、そんな〝ブリュンヒルデ〟のお手を煩わせることなど何も、ただ私はたった1つの条件を守っていただくだけで良いのですよ。それさえお約束いただけるのであれば、2人は速やかに解放いたしましょう』
「条件だと?」
『はい、そうです』
「その条件とはなんだ?」
『簡単な事です。2人を解放する代わりに、今回の一連の件これ以上詮索するのをやめていただきたいのです』
「なに? つまり……手打ちにしろというのか?」
『2人の御命を考えれば、非常に簡単な事だと思いますよ』
千冬は端末の前で歯噛みした。そんな提案、断れるわけが無かった。教師としてではなく人間として。だが、ここで詮索するのをやめたら掴めるかもしれない敵の尻尾をみすみす逃してしまう事になる。それもそれで千冬にとっては一瞬の判断では決めかねるところだった。
第一千冬は口先では分かったと言ったが、相手が一夏とシャルルを捕えている証拠は何処にも無いのだ。そうなるとここで安易に頷けない。最悪詮索を辞め敵を逃がし2人も帰らずじまいという事もあり得る。
千冬が無言でしばらく、葛藤を続けていると〝Aさん〟が機械音性ながらに諭す口調で語りかける。
『織斑 千冬。あなたが私を信じ切れていない事は理解できますが、何か他に当てがあるのでしょうか』
「それは」
そう言われると言葉に詰まる。確かに現状で一夏達に繋がる情報はこれしかない。しかし下手に安請け合いはこちらの身に危険が及ぶ。
(どうする……しかし罠なら…いや仮に罠でも……よし)
千冬は考えをまとめると、静かに答えた。
「良いだろう。私達はこの件に関してこれ以上関与しない。だから2人を速やかに返してもらおう」
『フフッ、賢明な判断をありがとうございます』
「受け渡し場所は?」
『そうですねぇ、こちらとしては特に、その条件さえ飲んでいただけるのでしたら構いませんから……』
「なら今夜でどうだ? 場所はIS学園裏手にある搬入口だ。私が立ち会う」
『あなたが?』
端末の向こうで、初めて〝Aさん〟が若干驚いた様な声を上げた。流石に本人が出てくると言う事は予測していなかったようだ。しかしすぐに落ち着きを取り戻し〝取引〟を進めた。
『…まぁ確かにそれが一番安全でしょう。私も安全に彼らを返したい』
「どうだかな」
『いいでしょう、分かりました。そのように伝えておきましょう』
「……」
『では…』
そう言って通信が切れる。千冬はひとまず一夏とシャルルの件に目途が付いた事をほっとしつつも、三度思考の渦へと身をゆだねるのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「えぇ、そうですか……分かりました」
スコールが通信機を切り、こちらを振り返る。
「どうかしたのか?」
「2人を返すのどうやら、交渉の結果今夜になったみたいね」
「今夜だと?」
少し急だなと、マドカは思う。確かに一刻でも早い生徒の返還を求めるIS学園の考えは分からなくもないが、すんなりし過ぎな気もする。秋穂の策だからあまりとやかく言いたくはないが、なにかこうもう少し条件を付ければいいのにと少々余計な事を考えてしまう。
それは表情にも表れていた様で、マドカはスコールに軽く頭をコツかれてしまった。
「そんな顔しないの。これは決定事項なんだから。あとでクリスにも連絡を入れとかないとね…」
マドカを咎めたスコールは、そのままブリッジを後にする。残されたマドカは、その背を見送ると軽く息を吐きつつブリッジの奥へ歩みを進め、モニターを監視しているクルーに声をかけた。
「すまないが、医務室を写せるか?」
「医務室ですか? ちょっと待ってください」
クルーが手際良くコンソールを叩くと1つのモニターの画面が切り替わっていき、やがて医務室の映像が
この艦で使用されているカメラは鐘音がつい先日HDカメラに切り替えたばかり。つまりかなり鮮明に映像を捉える事が出来、その上スームアップの機能も備えるという無駄に豪華なものだった。
それはともかく、映像では一夏とシャルロットがベッドに座り何やら話をしている様子が見て取れた。
(……織斑 一夏……私達にとっての元凶の一つ…)
マドカは憎々しげにその顔を睨みつける。もちろんカメラ越しなので向こうには何の意志も伝わってはいないのだが。それでも睨まずには居られなかった。この男がいた所為で私達は離散し、妹は名前まで……。
そんな男が何故のうのうと何の苦しみも無く生きているのか。殺せるものなら自分が殺してしまいたいぐらいに憎い。だがそれ以上にマドカにはもう1人の元凶の方が憎かった。
それは、織斑 千冬…。
秋穂にとって一夏が倒すべき相手なようにマドカにとっては織斑 千冬こそ倒さねばならない忌むべき相手であった。
しかしマドカ自身不思議な事に、憎いと言う感情はあるのだがそれの根源が一体何処なのかということが今の今でも実ははっきりと言い切れない節があった。が俗を離散させた原因それがあの2人という事は理解しているのだが、果たしてそれが理由なのかと聞かれれば素直にうなずけない。ただ何か千冬を見るたびにもやもやとする、気持ちの感覚が首をもたげるのだ。
きっとこの気持ちは、織斑 千冬を討てば無くなる、そうに決まっている。いつしかマドカはモニターに写る一夏と頭の中の千冬を重ねてみるようになっていた。
そうだ……そうに決まっている…。
マドカはその映像を見ながら、静かにだがはっきりと何度も何度もそう呟いていた。
立て続けに。
一応2話連ちゃんで書いていました。
織斑千冬にかかってきた通信の相手は? そしてマドカの胸に渦巻く千冬への感情は?
次回27話もお楽しみに!
…頑張って更新速度あげます(何度目?w