IS インフィニット・ストラトス~妹はファントムタスク~ 作:のろいうさぎ
「それは……どう解釈したらいいのかしら〝顧問〟?」
『…私も測りかねている所ではありますが……』
スコールは〝ミルヒシュトラーゼ〟のブリッジ内にある小型モニターに映る柊を見て肩をすくめた。その理由は柊がスコールに報告した交渉の内容があまり歯切れの良い物ではなく、言葉の端々から疑問、困惑の色を伺い知れたからだ。だが、それほどまでに報告内容がぐらつきながらも交渉自体は成功したと言う。この判断どうするべきか。スコールにもすぐには整理がつかないでいた。
『ひとまず、こちらの要求を呑んではくれると彼は言っていましたが…』
「ま、当然、裏はあるわよね」
『気になるのはシャルロット・デュノアを丁重に扱えという最後の言葉ですね』
「それがまぁ言ってみれば、向こう側からの条件なのでしょうけれど…」
丁重に扱えとは言われたが、別に今ファントムタスクはシャルロット・デュノアなどターゲットにはしていない。そりゃ戦闘になったのならやむなしな所もあるだろうがこちらからは積極的にアクションを起こしているわけではないのだ。その真意は一体何処に?
柊を呼び出したバーに、自分の息のかかった人間のみを配置していたであろう事からして、それなりに警戒はしていたのだろうと言う事は想像できるが、柊の話を聞くと緊張、気負い、そんな物とはまるで無縁。それが、余計に不気味でもある。しばらく頭を悩ませたものの、スコールもそして柊も、これ以上の詮索は無意味と判断しほぼ同じタイミングで息を吐く。
「とにかく、シャルロット・デュノアがデュノア社の手を〝ひとまず〟離れたという事と、ISが一機回ってくるってことは、まぁ確実なのね?」
『彼の言葉を完全に信用すれば…という事でしょうが』
「どっちにしたって、今はそうするしかないものね」
『まぁ…そうですね』
「はぁ……せっかく
『私達……今回はあなたに責任はありませんがね』
「顧問…」
柊はモニター越しに自嘲気味に笑う。〝上司〟のそういう表情を見てしまうとスコールはもはや苦笑で返すことぐらいしかできなかった。
この日の天気は快晴も快晴。雲ひとつないとはこの事を言うのだろう。だが2人の心内は空どころか前すらも見えない濃霧の中にたたずんでいるようであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「おおぉぉぉぉぉぉ!!!!」
「ふん、直線的だな。基礎の〝きの字〟すらまともにできていないと見える」
「ッ!!」
ラウラは一夏の斬撃を横にステップし躱すと無防備な腹部へ膝をくりだす。一夏はそれを間一髪身体を逆側にひねり回避する。それでも完全に躱しきれずに鋭利な膝の装甲が腹部をかすめた。一夏は地面を二、三回転がったがダメージはほとんどなかったようですぐに立ち上がり、再び飛びかかろうと足に力を入れた。が、ラウラはそれを反射的に察すると、一夏のそれよりも先にスラスターを噴かし更にプラズマブレードを展開する。
「吹き飛べッ!」
「そうはいくかよッ!」
一夏は、後手で飛び込み体勢が崩れる事をきらい、その場で踏ん張りラウラの斬撃を受け止める。ラウラは勢いと期待のパワーで一夏を押し込もとするがしっかりと踏ん張りの効いた一夏を思った様に弾き飛ばせない。2人は少しの間つばぜり合いを演じていたが、万全の態勢で受け止めていた一夏が機体の体格で勝るラウラを押し返す。
一夏は既にやや息が上がり気味だったが、押し返されたラウラは少し離れた位置に余裕の表情で降り立った。それを見て一夏が苦い顔を浮かべる。
「くそッ」
「なるほど……相手の力量が分からないと言うわけではないようだな」
「っち」
一夏が舌打ちしたのは、あたし達にも聞こえた。あたしは今、キャリアの上からセシリア達の元へ移動してきていた。下手に戦闘に巻き込まれたら、また病院送りだもんね、それだけはやだし…。
まぁそれはともかくとしても、ラウラ・ボーデヴィッヒ。分かっていた事だけれど強い。代表候補生2人を相手取って大立ち回りを演じほぼ無傷で勝っている事を見ればそんなのは赤子でもわかる事だろうけど。
「一夏も良く避けたけど…」
「1つ1つの攻防で……全て上を行かれますわね…」
鈴とセシリアの言うとおり、一夏が今の攻防でそれなりに立ち回れているのは、とっさの判断力と〝日ごろ培われた〟回避スキルの向上でしかない。そのため一見反応しているようでもその攻撃や防御を次のアクションに繋げられない。結果全てが後手後手に回って追い込まれてしまうのだろう。今はまだ、多少息が上がっている程度だがこのまま長期戦にでもなれば、負けるのは必至。
こんな所で、下手に織斑 一夏を潰されたら意味がない。身体が万全ならあたしが出てっても良いけど、こんなじゃ返り討ちは目に見えてる。
あたしも一夏同様、ギリッと奥歯を噛み苦い顔を浮かべる。まぁ心象は一夏とは全く違うけど。
そんなあたしの表情を見てシャルルが軽くポンと肩を叩いた。
「大丈夫だよ、もうすぐ織斑先生も来てくれるから」
「え、あ、あぁ…」
「あぁって……秋穂が呼んでたんだよ?」
「あ、そ、そうだね」
どうやらシャルルはあたしの表情を見て一夏を心配していると取ったようだ。まぁ当たり前か。なんか一瞬思いもよらない事言われて反応に困ってしまった。
そう言えばそうだ。あたし織斑先生を呼んでたんだっけ。なんか必死でここまで来たからすぐ前の事なのによく思い出せない。
けど、シャルルが言うならそうなのだろう、呼んだんだね。
だったらもう来てもおかしくないのに。何やってんだっての。
あたしとシャルルが会話をしている間に一夏とラウラは何度かぶつかり火花を散らし今は少し距離を保ってお互いに睨みあっていた。ラウラはともかく一夏はもう肩が上下に激しく動いている。実力以上の相手に神経と体力を擦り減らす作業に短時間で一気に消耗してしまったのだろう。つまりそれほど実力差があると言う事なのだが。
良くも悪くも一夏にはあと一撃分の体力が残ってればいい方だろう。元々全速力でここまで走ってきた後に戦闘になっているのだから一夏が万全の状態だったらまだもったんだろうけどね。そうはいっても一夏の体力が回復するわけでもない。その場の全員の顔が現状を把握し曇っていく。そしてそれはラウラと対峙している一夏も例外ではなった。それを見たラウラは、落胆の表情を浮かべ言う。
「いきがって挑んできた割には、歯ごたえのない。姉弟でこうも違う物とは…」
「なに言ってんだよッ……まだまだ俺はやれるっての」
「虚勢の張り方まで、他のクズどもと同じか……」
「ッ、てめぇッ!!」
「いかに叫ぼうが、勝敗は動かんッ!」
ラウラは叫ぶと、身をかがめプラズマブレードを構える。もうラウラに遊びはない。確実に仕留とめるその〝ライン〟へ身体とそしてプラズマブレードを滑り込ませていく。対する一夏もなんとか〝雪片〟をその攻撃に合わせて行こうとするものの、その手に上手く力が入っていないのは目に見えていた。
「潰れろッ!!」
万事休すか! あたしもそして皆も一様にそう思っただろう。だが、その直後にあたし達が聞いたのは一夏が倒れる音でもなければ、ラウラのブレードが一夏を切り裂く嫌な音でもなく、金属と金属が激しくぶつかる〝ガギンッ〟っという鈍い音だった。
その場の空気が凍る。一体何が起きたのかそれが即座には理解できないでいた。一夏は大丈夫なのか? それとも痛手を負っているのか? それさえもすぐには理解できない。そしてしばらく無言の時間が流れる。皆この場でどんな声をあげたら良いのかが分からないのだ。だがそんな空気の中、誰かが、恐らくその人も意識したわけではないだろう。本当に自然に、そして不意に。短くそして小さく、「え?」っという声を漏らした。
それが合図だった。アリーナの空気が静かに再び動き出す。
そしてあたし自身も、ようやく状況把握を始める事が出来た。戦況を見やると肉薄したラウラと一夏一見するとラウラのブレードが一夏に突き刺さっているようにも見えるがその刃先は両者の間に〝投げ込まれた〟であろう物によって逸らされ一夏のわき腹のすぐ横を通過していた。
「あれは…」
「〝打鉄〟のブレードですわッ!」
「けど、なんであんなのがあそこに突き刺さってんのよ!?」
「な、投げたのかな?」
「投げたぁ!?」
シャルルの突拍子もない発想に鈴が顔をしかめるがしかし、そうとしか言えない状況なのだ。何せ本当に2人の僅かな間に滑り込んだかのようにブレードが突き刺さっている。まさに神業だ。こんな事出来るの? ……あ、あぁいや……うん出来る人知ってたわ…。
あたしが多分あの人だろうなぁと思っていると、ラウラを転ばせるのに使ったキャリアの向こうからこちらへ走ってくる1人の少女の姿を確認した。
「無事か!」
「ほ、箒さん!」
「あんた、どうしてここに?」
「どうしてもこうしてもないだろう、織斑先生を呼んできたのだ!」
「え!」
だよねぇ…、んな神業あの人にしかできないって…。
あたしは、苦笑いしながら箒の後ろからゆっくり歩んでくる人影を見やる。一夏やラウラもまたその姿を発見し声を上げた。
「ち、千冬姉!」
「……教官」
その声を聞き、織斑先生はッ「ッチ」と舌打ちすると2人を睨みドスの利いた声を発した。
「馬鹿どもがッ、休日にまで問題を起こしてくれて…お前達は教員を過労で殺したいのか。それと織斑
織斑先生の一喝にセシリアと鈴がバツの悪そうな顔でうつむく。一歩のラウラも少し苦い顔はしたがすぐに憮然とした表情に戻っていた。
「……ちふ…織斑先生…」
「いつまでそうしているつもりだ、とっととISを解除しろ。ラウラお前もだ」
「は、はい」
「…分かりました」
一夏はやや戸惑いながら、ラウラは素直にそれぞれISを解除する。ふわりと着地したのは同じだったが一夏は片膝をついていた。すぐさまシャルルが一夏に肩を貸す。あたしもそれにならってセシリアを箒が鈴にそれぞれ肩を貸していた。
「話は大体ここに来るまでに篠ノ之から聞いた。どういうつもりだボーデヴィッヒ」
「〝どういうつもり〟とはどういう意味でしょうか?」
「何?」
「すみませんが、私には教か…織斑先生の質問の主旨が理解できません」
「あんた何言ってんのよ! 自分が何やったかも分かんないワケ!?」
「凰ッ」
「っくぅ…」
鈴が唸るがそれはともかく。
ラウラの反応が少し変だ。普通ならば、織斑先生に一喝されているのだから素直に従うと思ったんだけど、今の反応はどちらかと言えば織斑先生に反発しているように見える。表情はいつも通りの憮然としたものだったが、その〝いつも通りの表情〟を浮かべている事に関してあたしは凄い違和感を覚えてしまう。詫びる様子も反省するそぶりもない。ただ憮然とした表情の少女がそこに立っている。
織斑先生はそんなラウラを、真っ直ぐ見やりながらもう一度静かに同じ質問をぶつける。
「ボーデヴィッヒ。もう一度だけ聞く。どういうつもりだ?」
「……質問の主旨が分かりません」
「お前には、この問題を起こした責任があるはずだぞ?」
「責任ですか? 私はただ〝模擬戦〟を行っていたにすぎませんが」
「も、模擬戦ですってッ、あれのどこが模擬戦ですのッ! 相手を侮辱しあまつさえこの場に居られなかった方々の悪口までッ。相手への敬意という物が全く感じられませんでしたッ!」
「敬意? ふん
「なッ」
「オルコットお前も口を挟むな、ややこしくなる」
「……む、むぅ」
織斑先生に諭されセシリアも口をつぐむ。しかしセシリアの意見はもっともだよね。あたしだってそうだもん。途中からしか見てないけれどあれが模擬戦というのなら、今頃医務室はけが人で溢れかえっているだろう。模擬戦にだって一応最低限の礼儀はある。それを忘れてはそれはもうただの喧嘩だ。だがラウラのそれは喧嘩という範疇すらも超えていた。一夏への攻撃は確実に〝仕留める〟攻撃だった。
一歩間違えば、あたし以外の手で一夏が殺される所だったのだ。そして標的ではないが鈴やセシリアもまた…。
ラウラの一言一言があたし達の神経を逆なでするが、それは織斑先生も同じだったようで、徐々にだが言葉の端々に苛立ちが見て取れる様になった。
「なるほど、模擬戦か……」
「はい」
織斑先生は足もとだけではなく、アリーナのそこかしこに散らばる〝ブルー・ティアーズ〟と〝甲龍〟の装甲を一瞥する。
「いつから、模擬戦は殺し合いになった?」
「殺す気などさらさら。この結果は実力差が招いた〝事故〟です」
「事故?」
「自分の実力さえもはっきりと理解できぬものが招いた不幸な事故です。違いますか?」
「……お前ッ」
「流石に、織斑 一夏はそうではありませんでしたが」
「……」
一夏の名が出た時、ピクリと一瞬眉を動かした織斑先生。その目は既に教師が生徒へ向ける物ではおおよそなくなっている。敵意と言っても良い程の物が2人の間には横たわっていた。そしてラウラもまたそれを感じながら一歩も引かずまた、意志を曲げようともしない。譲れない物は誰にだってある。それは自分だって痛いほど理解はしている。
だが、ラウラにとって織斑 千冬という存在はその意思を曲げてでも従おうと思わせるだけの存在ではなかったのか。あたしはそれを見越して織斑先生を呼んでとあの時叫んだのだ。まぁ、これだけの事を収められるのはこの人しかいないという考えもあったんだけれど。
昔どんな事があってラウラが織斑先生をあそこまで尊敬し慕っているのかは、詳しくは知らない。あたしが知っているのはせいぜい織斑先生がドイツへ赴任していたってことぐらいだからね。そこでの細かな事まではリサーチしていない。しかしだ。ラウラは軍人、山田先生を無視した一件はあったが織斑先生に対しては誰よりも上下関係を重んじその言葉には耳を傾けそれに従う。つまりは自分が認めた相手に対しては忠義を尽くすタイプなはず。それなのに今のこれは一体どうした事なんだろうか。
あたしが疑問に思っていると、再びラウラが口を開き更に、驚くべき事にラウラから〝上官〟であるはずの織斑先生に問いを投げかけた。
「織斑先生、先生はどう思われるのでしょうか?」
「……何がだ」
「この学園の事です」
「何?」
「優秀なIS操縦者を育成するのが本校の目的のはずです。ですがこれはどういうことなのでしょうか?」
「……」
「私は、織斑先生がIS操縦者を引退されIS学園で教鞭を取られると聞いた時、私は何故と思う反面我が教官のお力で優秀な操縦者が育ちIS界にとっての底上げになるならそれも已む無しかと思いました。それで〝何か〟が改善されるのなら…と。ですが結果はどうです? 訓練期間が短いとはいえ、代表候補生ですらこのレベル。正直失望です」
「ボーデ―――「それが事実でしょう!!」―――ッ!?」
織斑先生の声量が今までに無いぐらい大きく跳ね上がる。それでもラウラはその声よりも更に大きな声で織斑先生の一喝をかき消した。その姿に織斑先生の目が見開かれる。織斑先生の驚いた表情なんて初めて見たかもね。基本的にポーカーフェイスで表情を出さないのが織斑先生だ。その人物が傍から見ても分かる程、表情を崩している。織斑先生にとって、ラウラの反抗は、あたしたちが考えているよりも更に異常な事態なのかもしれない。
織斑先生の言葉を遮ったラウラは更に続ける。
「私は、ドイツへあなたを連れ戻すつもりで今ここに居ます、いや居ました」
「居ました?」
「はい、ですが……もうその必要も
「!」
ラウラから敬語が消えた。
「もう私は、あなたを……いや織斑千冬、
「ッ!」
「!?」
ラウラが吐き捨てたその瞬間、織斑先生が無言でラウラの頬を思い切り引っ叩く。
ラウラは突然の事で受身も取れずに倒れ込む。それを織斑先生が鬼の様な形相で睨みつけていた。ラウラは叩かれた右頬を押さえ、口の中を切ったのだろうか軽く血の混じった唾を吐き捨てる。
「ッつぅ……フフッ……私を殴った所で同じ事だ、織斑 千冬…あなたの教官としての
「ラウラ……」
「確か近々、学年別トーナメントが予定されていましたね、〝織斑先生〟?」
「ん?」
ラウラは織斑先生に向かって不敵に笑い、わざとらしい敬語を使いながらあたし達に踵を返した。そしてその言葉に織斑先生は睨みを利かせたまま耳を傾ける。
「そこで、はっきりするでしょう。あなたがここで行ってきた事の無意味さとそして繰り返すようですが……〝無能さ〟を……ね」
ラウラは言い終わるとこちらの反応を見ることなく、アリーナを後にする。その場に残されたあたしたちは、一様にクズ呼ばわりされた事への憤り、織斑先生に対するラウラの反抗という行為への困惑、加えてセシリアと鈴は戦闘で受けたダメージからくる痛み、それらが入り混じった複雑な表情でラウラの背中を見送っていた。
「痛ったぁッ!! ちょ、ちょっと先生もう少し優しく…つぅぅぅッ!?」
「全く鈴さんはだらしないですわねぇ……このぐらいの傷で―――――っひゃうッ!?」
「な、何よ、あんただって変な声あげてんじゃない……痛いなら痛いって言いなさいよ」
「だ、だれが言うものですかッ!」
犬猿の仲ってヤツなのかは分からないが、互いに意地っ張りなのは知ってたけど…。
まさか医務室で、傷が沁みるか沁みないかで張り合うとは……。
あの騒動の後、医務室へ担架で運ばれた2人は医師の診察を終え、ベッドに横になって処置をほどこされていた。身体は擦り傷だらけでISスーツで守られていた個所はさほどでもないが腕や足など露出する個所には痛々しい切り傷や擦り傷が多く見受けられた。
普通、これだけの怪我してたら無駄口叩く元気も湧かないと思うんだけどなぁ……あぁあれかな。代表候補生だから生命力も他の人より高いのかな。うんそういう事にしとこう。あたしはそう考えつつ、隣になっていたシャルルを見やる。多分彼女もあたしと同じ様な考えを持ったのだろう。ぎゃーぎゃーと言い合う2人を見ながらシャルルも苦笑いを浮かべていた。
「あはは……ま、まぁ外見よりもダメージが深くなくて良かったといえば良かったのかな…?」
「まぁ……無事だったのはいいことなんだろうけよ……痛くねぇのかな?」
「良いんじゃない、当人の問題だし……けどこれさぁ…やかましいよね……流石に」
「千冬姉も居るってこと分かってんのかなぁ…」
「いや、分かってたら騒がないでしょ…」
「俺らまでとばっちり受けるのだけは勘弁だぞ?」
確かに何かと周囲にまで被害を及ぼしていくのが、織斑 千冬という人物だ。関係ないのに殴られたりもするし、渾名をつけるなら「ザ・不条理」といったあたりがベストだろう。だが今回ばかりはとばっちりどころか、なかなかセシリアにも鈴にも、鉄拳制裁すら行わない。それどころか一喝すらないのだ。流石に不振に思ったシャルルが振り返る。それに釣られる様に一夏とあたしもその視線を追う。するとそこには、壁にもたれながら腕を組み目を細めて、何やら思案する織斑先生の姿があった。織斑先生が思案することは別に珍しいことではなかったが、あたしが気になったのはその目だった。
組んだ腕の方を見やり一切視線を動かさないその目は睨むというよりはどこか寂しさを漂わせている。
そうしてしばらくの時が過ぎ、織斑先生がやっとあたし達の視線を感じ取ったか顔を上げた。
「む、なんだ?」
「い、いや……何か考え込んでいたなって思っただけです」
「あ、あぁ……すまん」
「いえ…」
織斑先生はシャルルとそれから二言、三言、言葉を交わすと息を吐き壁に寄り掛かるのをやめ立ち上がる。
そしてそこまで来て、ようやくセシリアと鈴の喧騒にも気が付いた。ってかまだやってたの、お宅ら…。
織斑先生はゆっくりと2人のもとへ歩み寄る。コツコツというヒールの音がセシリアと鈴の耳に届きビクッと体を震わせた。まぁ…けどこれは仕方ない。うん分かってた事だしね…。処置をしていた医師たちも思わずその動きを止めている。
更にいつの間にか、2人の近くにいた箒までもが、あたしたちの近くへと〝自主避難〟してきていた。
「あ、あの……いや……別に騒いでたわけとかじゃなくて……」
「そ、そうですわ、私たちその……ちょっと消毒が沁みすぎまして、ひ、悲鳴を……」
「………」
2人の言い訳など、聞き入れられるはずもなくずんずんと織斑先生は歩みを進め、そして2人のすぐ脇へとやってきた。
「あ……あの……」
「そ……そのぉ……」
2人は声を震わせながら、やがて来るであろう衝撃に身をすくませ、ギュッと目を瞑る。しかし、奇妙なことにいつまでたっても来るはずの衝撃も鈍い音もやってはこない。ただ静かに2人の間に立ち尽くす織斑先生にセシリアと鈴のみならず、それをやや遠巻きに見ていたあたしたちですら疑問符を浮かべずにはいられなかった。
「お、織斑……先生?」
セシリアが妙に居心地の悪さを感じ、おずおずとその名を呼ぶ。すると織斑先生はセシリアの方を見やりしゃがみ込むとスッとセシリアの腕につけられた包帯を優しく撫ぜた。
「え?」
「……この傷……そうか」
「織斑先生……?」
意味が分からなかった。てっきり鉄拳制裁をしに行ったものだとばかり思っていたあたし達。そしてそれはされる側も同様だったはずだ。現にセシリアもそしてそれを見ていた鈴も驚きで名を呼ぶぐらいしか声が出せないでいる。そんなあたし達を余所に、織斑先生は今度は鈴の傷にも触れた。
「シールドバリアを介してもこの傷と怪我……奴め、本当に…」
「えっと……」
「……?」
織斑先生は近くの医師達と2人の傷を見ながら言葉を交わし、一通り見終わった後、立ち上がりそして大きく息を吐いた。そしてこちらを半身の状態で振り返るとあたし達に声をかけた。
「後から他の生徒たちにも言うことだが、今のボーデヴィッヒは危険だ」
「……何を今更言ってんですか」
「良いから黙って聞け、東雲」
「…」
「今軽くだが、先生と2人の怪我について話を伺った。その結果ボーデヴィッヒがこの2名に加えた怪我の中に数か所致命傷になりかねない部位への重点的な攻撃が認められている。これがどういう事なのか、言わずとも分かるな、お前達」
「………」
一同が、その事実に押し黙る。そして同時に一夏や箒達の拳がきつく握り締められていた。気持ちは分からなくない。あたしだって表情には出していないが前回の件も含めて結構憤っているのだ。特に一方的にこちらがやられっぱなしというのが一番気に食わない。もし自分が気兼ねなく〝デファイアント〟が使える状況だったらボッコボコにしてやんのに。
まぁあたしの考えはともかく、ラウラの凶行ともとれる今回の事件。それは一歩間違えれば、文字通りラウラによってセシリアと鈴が〝潰されていた〟かもしれないという事に他ならない。そして今その凶牙はこの場に居る誰にでも向けられる可能性があるのだ。はらわたは煮えくりかえっているが、それと同じぐらい背筋には冷たいものが走っていた。織斑先生はあたし達のそんな心情をくみ取りながら話を続ける。
「最後ボーデヴィッヒは、トーナメントで証明してやると吐き捨てた。本来ならあいつは危険分子としてトーナメントどころか停学、最悪のケースで退学になってもおかしくはないだろう」
「千冬姉……それは……」
「織斑先生と……まぁいいだろう。織斑少し待て。とりあえず最後まで言わせろ」
「……はい」
「でだ、本来ならそういう処分を下すべきなのだろうが……しかし、そうすることで〝被害が拡大する〟可能性がない訳ではないし、何よりそれではなんの解決にもならん」
織斑先生はそこまで言って、言葉を区切ると一瞬迷ったような表情を見せつつも、静かに言い放つ。
「あいつを、お前達が止めろ」
「「「「!」」」」
その言葉、途中から察していなかった訳では無かったにしろ、いざ言われるとやはり驚いてしまう。だがしかし同時にその言葉は一夏達を内側から熱くしていく。
「へへッ、そうこなくっちゃ。借りは返さねぇと気持ち悪いしな」
「僕の機体も、トーナメントには間に合うだろうし……腕が鳴るよ」
「けど、良いんですか? 織斑先生、一夏君達またトラブル起こしちゃいますよ?」
あたしの、少しおどけた質問に、織斑先生は鼻を鳴らしフッと笑った。
「ふん、もう慣れた。それに専用機持ち以外の生徒とあたる方が不味いだろう」
「なるほど……って……あたしも箒さんも専用機無いですよ?」
「事情を知っている分対処は出来るだろうが」
「確かにそれもそうですね」
「あぁ、それと」
あたしとの個人会話を終え、織斑先生が皆に聞こえるように若干声のトーンを上げる。
「言い忘れていたが、今回の件を踏まえて今日の職員会議で学年別トーナメントはペア出場を進言するつもりだ。お前たちもそのように準備しておけ」
「あッ!」
その声は一体誰の声だっただろうか。ひょっとしたらあたしかもしれないけど。今、あたしは除いてだけと凄く魅力的な言葉が出たよね。ペアだってペア。
2人1組って意味だよね。そう2人……1組……2人…ね……
「フフ…フフフフ……そうかペアか……フフフフフ」
「あ~……箒さん?」
「フフフ…フフフフハァーハッハァッ!! セシリア、鈴!今回はどうやら私の勝ちらしい!」
「……」
「……」
一瞬何の事だかわからないといった顔で箒を見た2人だったがすぐさまそれに気が付き、一気に焦燥をあらわにした。まぁそうならぁな…。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 何勝手な事言ってんの!? あんた本当に馬鹿よね! 実力からいってこのあたしと組むのが自然でしょ!? だってあたし
「それそいうなら、遠距離から援護可能な私こそふさわしくなくてッ!? それに鈴さんあなた2組みじゃありませんかッ」
「関係ないねーはい、関係ない~~。確かに2組だけど、幼馴染ですー。あたし幼馴染ー。その時点であんた負けよ負け」
「馬鹿かッ! 幼馴染ならば私だ! けが人はすっ込んでいろッ!!」
「あ、あの僕もその……同じ男同士一夏と…」
「男同士!? あ、あああああんた何言ってんの!?」
「男同士なんて不潔ですわッ!!」
「なんでそうなるんだよッ!!」
あ~あぁ……始まっちゃたぁ……。チラリと織斑先生を見やると、その場の空気に流されて、いらぬ情報を流してしまったと頭を抱えている。だが、それを気に止めることなく、
「一夏あんたもなんとか言いなさいよね!」
「なんとか」
「ぶっ殺すわよ!?」
「お前が言えって言ったんじゃないかッ」
「そういうことじゃない!」
「鈴! 貴様けが人にくせに口論の体裁をとって一夏に近づくな!」
「それを言うなら箒さんあなただって引き離す体で一夏さんのお手を!!」
なんというか、カオス。毎度のことだけどね。しかし、あの2人傷は痛まないのだろうか……なんて事をふと考えていると案の定織斑先生が鈴とセシリアの肩を同時にパッシーンッと叩い……もとい張り倒した。
「いッ――――!!!???」
「はうッ――――!!!???」
容赦なく放たれた一撃は、身体中の傷という傷に響き渡り、2人はもんどりを打つどころか声すらも上げられず身体を硬直させる。その音に喧騒が一気におさまり全員が「うわぁ…」という顔でその様子を見やっていた。
静まり返った医務室、2人を張り倒した織斑先生は大きなため息を吐くと若干のジト目で鈴とセシリアを見る。
「本当に懲りん馬鹿どもだ。大体お前たち本気でトーナメントに出られると思っているのか?」
「ど、どういう…」
「意味……ですの」
「お前たちは本当に代表候補生なのか? 一度候補生の選考基準をお前たちの母国に厳しく問いただしたところだな」
「ですから…」
「お前たちのISはダメージ評価がDを大幅に超える損傷を受けているんだ。そんな状態のISで試合なんぞ出せるものか」
あたしは、あぁそういえばそんな規則があったなぁとか、織斑先生の話を聞きつつ思う。確かコアネットワークがなんちゃらかんちゃら…だったかで一定のレベルにまで回復するまでISの部分展開を含む使用の一切を禁止するとか…だったかな。うろ覚えすぎて断片的にしか出てこなかったけど。まぁとにかく今セシリアと鈴はISが使えない状況だってことだね。
その事実を突き付けられ、2人の顔が曇る。気が強い2人なだけにやられた分は自分の手でという思いが強いはずだ。まぁそこへ一夏と出たかったという各々の欲求も入ってくるだろうがそれはともかく。
おそらくだが、怪我自体は本番までには癒える。だが手にする力が無い。これほど歯がゆいこともない。それを察し、箒も先ほどまでの勢いはなくシャルルもうつむいてしまっていた。一夏もどう声をかけていいのかわからないでいるようだった。沈黙が医務室を支配する。だがしばらくして、その沈黙を壊したのは、沈黙を作り出してしまった当事者2人だった。
「絶対……勝ちなさいよ」
「え?」
「だから、絶対勝てって言ったのよ! あんた達までボコボコにされたら許さないんだからね!」
「そ、そうですわッ!! あんな暴力にわたくしたちが屈したとあらば末代までの恥ですわよ!」
「末代…そんなにか?」
「む、むッ とにかくわたくしたちの分まで……その……勝ってきてくださいましッ」
2人は似たようなことを早口でまくしたてると、ほぼ同時にボスッとベッドに横になり布団をかぶる。
「やれやれ……まったく…」
織斑先生がふうっと息をつき、フッと笑う。この場にいる全員が、セシリアと鈴が言葉の裏に隠した〝つもり〟の感情を感じ取っていた。
皆の顔には迷いはない。〝ラウラを止める〟このたった一つの目標を皆が共有している。
2人があたし達に託したものをしっかりと受け取って、まぁせいぜい頑張りますかね。
さぁて……首を洗って待ってなよ……ラウラ・ボーデヴィッヒッ!
皆にできた借りを一気に返してあげっからね。
あたしは、そう考えながら不敵な笑みをこぼすのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「うん……順調だと思う…え? この通信? それも大丈夫…盗聴の可能性の少ない通路に出てるから…」
ミルヒ・シュトラーゼの人気のない通路の一角で、白衣を着た小柄な女性が声を潜めて通信機片手に言葉を紡ぐ。通信機にはイヤホンが接続されており相手の声はその女性にしか聞こえていないようであった。
「多分、今度の学園トーナメントで〝アドバンスド〟は……うん。そうだね」
「え? いや……うん…それは…大丈夫しっかりと
彼女は何度か周囲をキョロキョロと見渡し警戒しつつ通信を続ける。
「それより、そっちは……それならいいけど…」
「だから…大丈夫だって…〝デファイアント〟は〝シュヴァルツェア・レーゲン〟のアレに反応するから…」
彼女は少し語気を強めてそういうと、何度か「うん」を繰り返してから「それじゃあ」と言い残し静かに通信機の終話ボタンをタッチする。そしてその女性は懐に忍ばせている〝物〟を一度静かに撫ぜ数回かぶりを振った。
「仕方がない事……これは仕方のない事だから…そう仕方のない事…仕方のない…」
彼女はうわ言のように仕方がないを繰り返し通路の奥へと消えていく。その先にあるのは彼女の部屋。ギギッィっという蝶番の鉄と鉄がこすれる音がし、やがてバンっという音と共に扉が占められる。
その扉のすぐ右上にかけられたネームプレートが、扉を閉じた衝撃で少し左右に振れている。
そこには、ある1人の技術者の名前が刻まれていた。
皆様えーお久しぶりです。
実に何か月ぶりの投稿になるのか…わかりませんが一言。
呪いウサギは生きてます←
さて、原作では千冬に従順だったラウラですが、今回はちょっと違っていて、ラウラが失望し千冬に宣戦布告まがいのことをさせてみました(笑
こういうケースって他の作品でもあまりないことだと思いますし、これからどう発展させていこうか書いているほうも楽しみではあります。
宣戦布告したラウラに秋穂達はどのように立ち向かっていくのか。
また艦内で話していた人物は誰なのか!?
次回もお楽しみに!
それでは、最後までお読みおくださってありがとうございました。
これからもよろしくお願いします。