IS インフィニット・ストラトス~妹はファントムタスク~ 作:のろいうさぎ
「ふむ…一見問題の無いようには見えるが…」
ドイツ郊外にある特殊部隊〝シュヴァルツェア・ハーゼ〟通称〝黒ウサギ隊〟副隊長であるクラリッサ・ハルフォーフは、隊長室のデスクで部下から提出された資料に目を通して目を細めた。クラリッサが視線を落とす。
その資料にはある操縦者のプロフィールが記されている。クラリッサは少し思考を巡らせた後、資料から視線を外すとけげんな表情そのままに、デスクの前で直立不動の部下に問いかけた。
「この情報に、間違いはないのだろうな?」
「はい、間違いありません」
「………そうか…」
聞いておいて何だが、クラリッサはこの情報に誤りがあるとは思っていなかった。何せこの情報を収集したのはほかでもないドイツが世界に誇るこの〝シュヴァルツェア・ハーゼ〟なのだ。その情報部が集めた情報に一部の誤りもあるわけがないだろう。
しかしだからこそ、どういうことなのだろうか? それがクラリッサが今現在この資料を読み思うことであった。この操縦者に特別何かおかしな点は見られない。ではなぜラウラはこんな他愛もない操縦者のことを気にかけるのか。はっきりってこの操縦者は平凡だ。経歴を見てもごく〝普通の学生生活〟を送ってきている。
地元の学校を卒業し、小、中と特に目立った成績も功績もない。すべてにおいて一般的だ。いくら短い期間IS学園で訓練を積んでいるとしてもラウラが苦戦するとは到底思えない。
「一体、この娘がなんだというのだ…?」
クラリッサはパサリと資料をデスクの上に置いた。浮かない表情の上官を部下も少し不安そうに見つめている。クラリッサはふうッと、息をつくと資料に書かれているその名前をボソリとつぶやく。
「東雲 秋穂…か」
平凡で、目立つ功績も成績もない。だが今はそれがクラリッサには不気味で不気味で仕方がなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
セシリアと鈴の一件から一夜明け、あたしは自分の部屋のベッドに横になっていた。厳密に言えば寝起きとかではない。ただ何をするでもなくゴロンっと寝転がっているだけだ。服装は日曜日で休日ということもあってシャツに黒のスパッツで髪さえもまとめていない非常にラフな恰好。ルームメイトに見られたら「休日とはいえ気が抜けきってますわよ!」と小言の一つでも言われそうなものだが、そのルームメイトは昨日は結局医務室から帰ってこなかった。
看護師の人が着替えだけ取りに来たけどそれだけだ。
それにしても…
あたしはパーテーションの陰から顔を出し、セシリアのベッドのある方向を見やる。そしてひとつため息を吐いた。人が1人がいなくなるだけでこうもだだっ広く、そして何より暇になるとは思わなかった。いや本来ならラウラ戦に向けて対策の一つでも練らなきゃいけないんだろうけど、どうもあたしはだれか発破をかけてくれる人がいないとやる気が起きない体質のようだ。
いや、うん…気合自体は昨日医務室でのやりとりで入ってるはずなんだけど……。
この何とも言えない休日の気だるさがあたしのやる気を、出す前にどこかへ持ち去っていく。部屋の時計はもうすぐ10時になろうとしているが、あたしにとってはまだ10時という感覚でしかない。
うぅ…気だるい…。このだるささえなければ…。あたしがそう思いながらゴロンっと寝返りをうったときだった。
ピピピッと端末が鳴る。あたしは頭の上に放り投げていた端末を、少し顔を上向きにして端末のモニターを確認する。
(う~ん…誰ぇ? ……るーこす? ルーコス??…)
誰だルーコスってと思い、怪訝な表情を浮かべたあたしだったが、ふと
ボタンを押した直後にディスプレイに表示された女性は苦笑いするあたしをただただ怪訝な表情で見つめていた。
「あ、あはは……お、おはようございますぅ…スコールさん…」
『どうかしたの?』
「え、あ、いえいえいえなんでもないですなんでも!」
まさか今の今までゴロゴロしてて、通信機の表示を逆から読んで混乱してた挙句、コンマ何秒で取り繕いましたなんてこといえるわけがない。あたしは服装は仕方がないにしても、髪の毛や寝転がっているうちにできていたシーツやなんかの
『…な、何かちょっと端末との距離が近すぎる――――「そんなことないですッ!」―――――そ、そう?』
「はいッ! いっつもこんな感じです!」
『……』
「………」
『……』
「な、何でしょう?」
『いえ、ポニーテールが少しズレてないかしら』
「えッ!? 本当ですか? いやぁ…たった今慌てて縛ったんでズレたのかも―――――――て、あ…」
『……』
「……」
『改めて、おはよう』
「おはようございます」
誘導尋問とは卑怯なり。あたしは心の中でぐぬぬとなりながら、深々とモニター越しのスコールさんに頭を下げた。
『休みとはいえ、少し気が抜けているんじゃない?』
スコールさんにあいさつし終わった後、開口一番あたしの〝上司〟からでた言葉の端々には、「まだやることがあるわよね?」という意味合いが多分に含まれていた。そのことはあたし自身分かっている。わかっているのだが……。
一応通信に対する体裁は整えたものの、まだ頭の中はしっかりと動ききってはいなかった。あたしを支配し続けている〝休日の怠惰感〟という強敵はスコールさんを以てしても容易には退いてはくれなかった。とはいえ、あたしは可能な限り頭の回転数を上げてスコールさんに返事をする。
「あ、いや…まぁなんというか…昨日色々ありまして…」
『昨日?』
「はい…実は…」
あたしは昨日の事を、自分の現在の処理能力で出来うる限り簡単に詳しくスコールさんに伝える。いや、伝えようとしたのほうがかなりニュアンスとしては近い……かも。
あたしの話を聞き終えたスコールさんの何とも言えない微妙な顔がそれを物語っていた。
『……とりあえず、ラウラ・ボーデヴィッヒが……なんですって?』
「……えぇと……あはは…」
スコールさんはあたしの状態が想像以上に酷いことをここへきて悟ったようだった。額に手を当てはぁっと大きく息を吐くと「まぁいいわ」と仕切りなおした。
「すいません…」
『……』
無言だけは勘弁してください。
『近状報告でも貰おうかと思ったけれど、どうやらそんなこともできないぐらいだらけきってるみたいね』
「だらけというか…う~ん、なんなんでしょう」
そうなんかね、さっき始まったことでもないんだけれど…なんか頭がぼーっとする。それになんかだるさも妙に増してきたような…
『……ねぇ秋穂ちゃん』
「え、は、はい?」
『その、気のせいなら良いんだけれど……あなた顔、赤くない?』
「赤い? …そーですか…?」
あたしがスコールさんに言葉を返した直後、一瞬視界がグラッと傾く。そしてあたしは手を出すこともかなわずボスッとベッドに倒れこんでしまう。
『秋穂ちゃん!』
「あれれ?」
スコールさんの声が強張り、さらにその声にあたしの異常を感じたマド姉も通信画面に現れる。その顔にはボーっとする視界ながら焦燥しているのがわかった。あはは、マド姉なにをそんなに…
ちょっとバランスを崩して……あれ? なんか身体に力が入んない…なんか息も…熱く…
『おい、秋穂! 秋穂!!』
マド姉の声が遠くに聞こえる……どうしちゃったのかな…あたし…。
『秋穂ぉぉぉぉぉ!!!!!』
ぼやけていく意識のなか、あたしが最後に聞いたのはマド姉の悲痛とも取れる叫び声だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
あぁ、なんて今日はいい日なんだろうか。オータムは自室のベランダに出てホットコーヒーを口に含む。レギュラーコーヒーで安物のコーヒーメーカーで淹れた物とはいえしっかりと深いコクがあり、だからといってくどいわけではなく後味もマイルドだ。やはり、コーヒーはU○Cに限る。」
「……平和だな…」
ボソッとそんな全然自分に似合わない言葉をつぶやいてしまうほど今日は穏やかな時間が流れていた。こうのんびり過ごすのも久しぶりだなと思う。トレーネに始まりシックザール、学園の混乱や秋穂の事…。問題が山積みなのはわかるがだが自分にだってこんな日があってもいい。オータムは今まさに、〝戦士のひと時の平穏〟を謳歌している。
しかしそんな時不意に、ベッドの上に放り投げてあった携帯が着信通知を奏でる。
「ん? ほいほい、今行きますよっと」
オータムは、鼻歌交じりに室内に戻ると近場のテーブルにコーヒーを置き、ベッドへと向かう。モニターが仰向けの状態だったためオータムは手に取る前に着信が誰からのものかを把握した。
「スコール? なんだ、今日は特に何も…ま、出てみりゃわかるわ……なッ!」
オータムは携帯が乗っていたシーツを力いっぱい引く。するとシーツが引っ張られしわくちゃだったシーツがピンッと張りつめ、携帯をオータムの顔の高さ付近まで跳ね上げる。
「お、うまくいった」
オータムはほくそ笑みながら端末を空中でキャッチし、通話ボタンを押した。
「おう、スコールあたしだけ――――「とっとと出なさいよ!!」―――――うわッ!?」
運悪く音量がMAXになっていたことも災いし、オータムの左耳が強烈な耳鳴りに襲われる。いやそればかりか、うずくまる自分と、思わず手を放して少し距離のあるところへ携帯が落ちたにも関わらず、その声がしっかりと聞き取れるのだからこの声量はすさまじいものだ。オータムはとりあえず携帯を拾い上げると少し耳から離して通話しなおす。
「お、おいおい、何をそんなに怒ってんだよ! そりゃちょっと時間はかかったけど…」
『一大事だから怒ってるのよ!』
「…なんだと?」
一大事。その単語にオータムの目つきがかわり背中には緊張がはしる。あのスコールがこれほどまでに声を上ずらせ焦ることなど稀である。一体何が起きたというのか。オータムはスコールの次なる言葉に神経を集中させる。
「それで、一大事って…」
『えぇ、実は――――』
スコールから聞かされた〝一大事〟。それはオータムが部屋を飛び出すのには十分すぎる内容だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「何? ラウラ・ボーデヴィッヒ?」
シュメルツはいつものように涼しげな顔でその名を発した無縫 楓を怪訝そうに見やった。2人は今楓の館の2階にある部屋にいた。その部屋はシュメルツら3人にと宛がわれた部屋でかなり広く調度品も〝本場〟からそれぞれ取り寄せた質の良い高級なブランドもので統一され、そして少し間隔をあけて窓際にはそれぞれセミダブルクラスのベッドが置かれている。そのシュメルツ用のベッドに足をブラブラとさせた楓が腰掛け、シュメルツはその枕元に立っていた。
今シックザールとトレーネは所用のため館にはおらず、館の使用人たちを除けば文字通り楓とシュメルツの2人きりだ。
いや本来、この部屋にはシュメルツしかいなかったのだが、フラッと楓がやってきて何食わぬ顔で居座っているというのが正しい。まぁいてもいなくても気まずいことには変わりない。勝手に居座って気が済めば出ていくだろう。その程度に考えていた。だがふとつぶやいたその名前がシュメルツには聞き覚えがあり無意識のうちに反応してしまっていたのだ。楓は自分を見やるシュメルツの視線を受け微笑を浮かべ言った。
「そう、ラウラ・ボーデヴィッヒ。彼女今IS学園にいる様よ?」
「………そうか」
「やっぱり気になる? 同じ〝ドイツ生まれ〟としては」
「ふん、奴と私は違う。出自はドイツでもその〝過程〟がな…」
「ふぅん…」
楓は意味ありげな返事を返すとブラブラさせていた足を止めそのままボフッとシュメルツのベッドにあおむけに寝転がった。シュメルツは露骨に嫌そうな顔を浮かべたが、天井を見つめ続ける彼女には見えていないし、仮に見えていても行為を辞めはしないだろうが。シュメルツは、短く息を吐くと少し苛立ちを含んだ声で楓に尋ねる。
「それで、そいつがどうかしたのか?」
「いえ、別に」
「……面倒事は勘弁だぞ、私たちにもやらねばならぬことがある」
「それは私も同じ。お互い様ね」
「……」
いつも通りといえばいつも通りだがこの女と話していると、自分がはぐらかされている様でやたら苛ついてしまう。これはこういう性格だと分かっていてもだ。言いたいことを言っているようでしっかりと事の本質を隠して真実を語ろうとしない。実際自分たちがなぜ彼女に養ってもらっているのかでさえ謎だ。こちらもいい隠れ蓑だと思い身を寄せてはいるがそのあたりはシュメルツであっても不気味で仕方がない。
だがまぁ、不気味とはいえ、基本的には失敗を笑いに来ることぐらいで自分たちの行動に別にこれといった干渉も制限もしてくるわけではないし、信頼もされているのかいないのか微妙なラインなのだから、このぐらいの付き合いがが丁度いいといえば良いのかもしれないが。
「でもまぁ、気にはなるのよね、気には、それはあなたも同じでしょう?」
「……別にそうでもないが。私は〝デファイアント〟を落としISを解放できさえすればそれでいい」
「ふぅん、そう…。でもあなたがそうでも、〝彼女〟は気にならないで済まないんじゃない?」
彼女という単語で、僅かにシュメルツのまゆが動く。
「よくこれまで、騒がなかったわねぇ、あの子」
「まだ、知らせてはいなかったからな」
「あら、そうなの?」
「あぁ、余計な情報だからな」
「まあ、可愛そうに…… 本人にとっては重要なことなのに…」
「……結局お前は私に何をやらせたい?」
回りくどく結論を先延ばし雑談を続けようとする楓にやや苛立ちを募らせながらシュメルツは尋ねた。いくら本質をひた隠す楓に対しての会話とはいえ、これ以上は時間の無駄である。シュメルツの少しの苛立ちと怒気をはらんだ声に楓は目を細め口角をやや吊り上げる。そして足を大きく上に挙げた反動で体を起こすとシュメルツの真横に立った。
「特に何をしろってわけでもないけれど……今後のためにちょっとね」
「……ちょっと?」
「そ、ちょっと……ね」
「………」
シュメルツの横でいつものように笑顔を浮かべる楓。その表情から、これから自分に言いつけられるであろうことが俗にいう〝雑務〟以外の何物でもないこと物語っていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「う~ん……」
オータムは歩きながら悩んでいた。スコールからの電話で勢いよく部屋を飛び出し、ひとまず〝ミルヒシュトラーゼ〟に戻ったまではいい。何故だ? 何故こうなっている?
まゆをひそめつつ足を進めるオータム。その時耳に入れた小型インカムから、声が響いた。
『何唸ってるの』
「ん? あぁ……いやだってよ…」
『秋穂ちゃんが心配じゃないの?』
「心配だよ、心配だけどよ……なぁ…スコール…」
『何?』
「いくらなんでも、こりゃ……きついと思うぜ…」
オータムは自分の〝服装〟を見て苦笑いしながら頭をかいた。オータムの服装。それはいつものカーマイン系統のスーツではなく、白を基調としたワンピースタイプで、肩から袖口にかけては赤色のラインが走る。それに合されるのは黒のハイソックスと活発さを思わせる黒と黄色のややごつめのスニーカー。
ここまで言えばなんとなく想像はできるかもしれないがオータムは今、IS学園の制服に身を包んでいる。オータムは、当然だがすでに高校時代など、とうの昔に終わっている。まぁ高校生に紛れる事は出来るが年齢は20歳よりは上。容姿的にはOKかもしれないが、内心微妙なところだった。
(高校生に見えるって言われんのは、まぁ…若く見えるってことだから悪い気はしねぇが……。う~ん、大人の女性としては……なんだかなぁ…)
そんなオータムの心境を知ってか知らずか、声の主がスコールから鍾音に変わり、まったく配慮のない言葉が浴びせられる。
『えぇ~、そうかなぁ。ウチは良いと思うけど…』
「てめぇはまた……無責任なこと言いやがって…」
『いいじゃん、鏡に映った制服姿、まんざらじゃなさそうだったしぃ』
「なっ!? ば、馬鹿言ってんじゃねぇよッ! んなわけあるかッ!!」
突然の大声に、思わず周囲の学生たちがオータムを見やる。オータムはその視線を笑ってごまかすと建物の陰に移動した。
それにしても…
だいたい、潜入するならするでもっと他の方法とかがあっただろう。なのになぜ制服を着てこんな…。
それこそ空調設備業者を装って秋穂の居る寮へ忍び込むとか色々……。それがどうして……。
(最近、潜入っていう名目をいいことにあたし着せ替え人形にされてんじゃねぇかな…)
実際それがありそうで怖いのが、あの面々でさらにそれが命を預ける仲間名なのだから始末が悪い。
(まぁ、そうはいっても入っちまったもんはしゃあねぇか…)
オータムはうだうだと考えていた邪念とも呼べる無駄な思考を止め、気を取り直して口を開いた。
「まぁ、いいや。それでスコール」
『えぇ、あなたの位置は把握してる。ちょうど学園に入るあたりね』
「あぁ、無駄にでけぇ正門を抜けて今ちょうど、校舎の角っこにいる」
『寮に行くためには、校舎を抜ける必要は必ずしもないけれど、変な場所で下手に見つかったり、監視カメラに撮られると厄介だから。それに変装もしてることだしね、堂々と安全なルートで目指しましょ』
「了解だ」
『それと、分かってると思うけれど?』
「分かってるよ極力面倒事に巻き込まれないように努力するよ」
『……どうかしらねぇ、あなたも秋穂ちゃん同様変に首をつっこみたがりだし』
「……もう切るぞ…」
『えぇ、それじゃあ何かあったら連絡しなさい。いいわね』
「ん。っと、そういえば…」
『何?』
「いつもなら騒ぎまくる、マドカは? やけに静かだな」
『あぁ……あなたが出ていったあと部屋に閉じ込めてドアを溶接させたわ。あのままじゃあなたの後を追いそうだったから』
「そ、そうか…ま、まぁほどほどにな…」
オータムは半笑いで通信を終える。最近の自分の扱いも、まぁまぁ酷いと思っていたが、それのさらに上をいくマドカに対しての扱いに少し同情してしまう自分がいた。
「さてと…」
オータムは校舎の中に入り、周囲を見渡す。今日は休日という事もあり人はまばらだが、それでもホールにはラウンジで談笑をしたり職員室へ向かう生徒たちがいたりと、それなりに賑わってはいる。付け加えるなら、ここはアリーナへと通じる通路もあり、ISスーツで歩いている生徒たちもいた。オータムは、ホールの中心にある柱に取り付けられた案内板に目をやる。
「ここにくんのは、何回目かだけど。やっぱし無駄にでけぇな」
案内板を見てもなお、その全容を把握しきれない大きさ。それだけIS学園には世界各国から生徒たちが送り込まれているという事なのだろう。逆にいえばそれだけの広さが必要だという事か。
「最短ルートつっても……結局棟の端から端まで行く必要はあるな」
当然だが校舎やアリーナのある教育・学習エリアと寮のある居住エリアとは区画が分けられている。さっきスコールの言ったように最短ルートで行くならば外から回った方が断然早い。だが各所に配置された監視カメラが曲者だ。流石にばれるという事はないと思うが、万が一という事も考えられる。ここでばれようものなら、最悪の場合秋穂の潜入作戦事態も失敗しかねない。そのため少々大回りでも、プライバシーに配慮され監視カメラの数が極端に少ない、この教育・学習エリアルートが選出されたのは必然のことだった。
ちなみにルートだがIS学園は学年等によってA・B・C・D棟という風に校舎が分けられている。ちなみにいまオータムがいるこのホールがある場所はそれらとは異なり本棟と呼ばれる巨大なタワーを有するこの学園の中心部。そこから扇状に右手にA・B、左手にD・Cといった形に配置されている。寮に行くにはこの右側のA・B棟を抜けていく必要があった。
「くそ、連絡通路も結構離れた場所にありやがるし……思った以上に時間がかかりそうだな。そうとわかりゃチンタラしてらんねぇわな……始めっか」
オータムはあらかた、案内図を頭の中に叩き込むと自分で線引きしたルートを歩き始める。
今、まさにオータムの秋穂救出ミッションが幕を開けたのである。
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「まったくぅ…あたしがお使いとはねぇ」
「……いやなら、家にいればよかった…」
「やだよ、シュメルツはともかく、あの女の近くにゃいたくねぇんだ、極力な」
口をとがらせて言い捨てるシックザールを見ながら、トレーネがほんの少し口元を緩める。時に笑い、時に泣き、時に怒る感情に富んだシックザールは、〝生まれつき〟感情の起伏が乏しいトレーネにとって少しうらやましい存在だった。自分もあれだけストレートに感情を出せればなと本気で思う。まぁ、自分も限界というか、堪忍袋というか、要するにキレると見境がなくなったりするが、そこに至るまでが時間がかかる。それに結局それはたった一つの感情でしかない。つくづく羨ましい。シュメルツもそう思ってるのかなとか、そういうことも考えたりする。
そんなことを考えながらトレーネと、そしてシックザールは屋敷から約2時間ほど離れた県外の住宅街へ、とある人物に会うために足を運んでいた。要するに〝お使い〟である。
「しっかし、こんな所に本当に居るのかよ」
「……楓は居るって言ってたけど……」
「なんかこう……
シックザールが指さす先には、今にも階段がさびて朽ちそうな小さなアパートがあった。更に自転車置き場であったであろう場所にはすでに、白いアスファルトと鉄筋の跡しかなく放置された自転車やパンクしたパイクが無造作に置かれている。一見すると住人はいないようにも見えるボロアパートだが、近くの電信柱付近にある防鳥ネットにくるまったゴミ袋が、そこにまだそこに人の生活があることを教えてくれていた。
とはいえそれはそれ。いくら生活感があろうと、彼女たちが会いに来た人物はどうにもこの住宅街の情景には似合わない。極めつけはその人物とは初体面というのだからシックザールが半信半疑なのは仕方のないことだろう。かくいうトレーネも会ったことはないのだが。
「で、それはともかくどこに行きゃあいんだ? トレーネお前出てくるとき確かあの女になんか渡されてたろ」
「……ポケットに入ってる……そういえば見てなかった」
「つーか、あたしらよくここにたどり着けたな…」
「……ここの住宅街の名前だけは聞いてたし……」
「まぁ、いいや。とりあえずそのメモ開いてみろよ」
「うん」
トレーネはワンピースのポケットから1枚のメモを取り出す。そこにはこう書かれていた。
「……赤い色のボロアパートの2階……」
「……それだけか?」
「それだけ」
「だぁぁッ!! それだけでどこに行けっていうんだよ!!!」
シックザールはついに堪忍袋とやらが切れたらしい。地団太を踏んでここにはいない楓に怒りをぶちまけている。トレーネにとってはそれは意味のないことのように映っている。ここにはいない誰かに怒りや文句をぶつけたところで絶対に聞こえるわけがないし、反応が返ってくるわけでもない。なのに彼女は今そんな無駄なことをしている。そうすることで何かが変わるのだろうか?
トレーネには少々理解しがたいその行為をシックザールはお構いなしにやってのける。やはりシックザールはトレーネにとって仲間であると同時に非常に興味深い対象であった。
「あぁくそッ、憎しみで人って殺せねぇのかな……」
「……無理だと思う」
「冗談だよ。にしてもどうしろってんだ……赤色のアパートなんてどこにでも……」
シックザールは頭を抱えて眉根をひそめ、道路わきのブロックに腰を下ろす。そんなシックザールをしばらく見やりつつ、トレーネは周囲を見渡してみた。確かに赤い色の建物は結構多かった。この中から特定の建物を選別していく作業は非常に困難だろう。だが…とトレーネはもう一度メモに視線を落とした。このメモは楓が直筆で書いてトレーネに渡したものだ。
確かに楓は自分たちのことを、少なくとも同等な立場では見ていない。だが戦力としてはカウントしているはずである。その戦力の2人を割いてまで彼女自身が命じた今回の〝お使い〟。自分たちが彼女の茶番につき合わされているとは思えない。それに今回会いに行けと言われた人物。研究者らしいが自分たちを差し向けなければいけない程の人物なのか?
……いや、或は……
トレーネはハッと何かを思い立ったかのように顔を上げるとシックザールを見やった。
「……ねぇシックザール……」
「なんだよ」
「……なんとなく分かったかも……」
「何が?」
「……このお使い〝私たちじゃなきゃいけなかったんだ〟」
「あん?」
いまいちピンと来ていないシックザールをよそに、トレーネは瞳を閉じると心を落ち着かせ〝耳〟を澄ませた。
そうして幾秒間か過ぎた時だった。トレーネが一言呟いた。
「……いた、あそこ……」
同時に指さした先、目怒らせばようやく見えるような距離だったが、確かにそこには〝赤い色のボロアパート〟が鎮座していた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
薄暗いアパートの一室。天井からは裸電球が1つぶら下がっており、それが時折隙間風に揺られブラブラと揺れる。
そしてそれに合わせて江尾の部屋の主の陰もまた同様にゆっくりと揺れていた。
部屋には足の踏み場のないほどのコードが張り巡らされ、いたるところに置かれたサーバーやその他の機器から発生する熱が室温を一気に上昇させている。
その部屋の主は、タンクトップにショートパンツという出で立ちで扇風機に加えパタパタとうちわで自身を仰ぎながら汗をぬぐう。汗で肌に張り付いた服が細身の身体のラインを浮き上がらせ、この人物が女性であることを物語る。
「これは、まいった……ここまで熱くなるとは…」
女性にしてはやや低いハスキーな声でそうつぶやくと、汗で鼻をずれ落ちてきていた少し大きめの眼鏡をクイッと正した。
ふぅと息をつきながらも片手ではキーボードを素早くタイピングしていく。そしてそれがしばらく続いた時だった。
モニターにピピッという音と共に、ウィンドウが開く。そしてそれを見て女性はにやりと笑って、意味ありげにこうつぶやくのだった。
「……ようやく、来たか」と。
皆さん最後までお読みいただきましてありがとうございました。
あ、そうそう唐突ですが、明けましておめでとうございます。(2月なんですけどね
今年もよろしくお願いいたします。
2月は私の誕生日。25になりました。特に何も変わりなく淡々と1日が過ぎていきましたw
さて、本編はラウラ編です。まだラウラ編です、投稿もそうですがストーリーの進行もかなり遅いですが暖かく見守ってやってください(汗
さて、倒れた秋穂とそこへ向かう〝2人〟。オータムの潜入は成功するか、そして楓の思惑とは?
更にボロアパートで待ち受ける人物とは?
次回も、楽しんでいただければ幸いです。
それでは失礼いたします。