IS インフィニット・ストラトス~妹はファントムタスク~ 作:のろいうさぎ
先日の喧騒が嘘のような静かな休日。織斑 千冬は学園内の職員寮の自室で物思いにふけっていた。
考えていたことは言わずもがな、ラウラ・ボーデヴィッヒのことである。
「まさか、あいつがあそこまでの啖呵を切るとはな…」
千冬は顎に手を当て、あの時のラウラのセリフを思い出す。
『もう私は、あなたを……いや織斑千冬、
千冬は深く息を吐くと、近くにあった肘掛付きの椅子に腰を下ろし背もたれに身体を預ける。千冬にとっても少々あの件は面食らった事件だった。
自分を呼んだ秋穂たちもそして、この自分自身でさえも、ラウラをどんな形であれ説得し止めることのできるのはこの自分、織斑 千冬しかいないと思っていたからだ。
だが結果は、ラウラは逆上し一種の宣戦布告までされてしまった。無視意識のうちに叩いたあの感触が、まだ妙に手に残っている。
千冬はラウラの頬をたたいた右手に視線を落とすと、また大きく息を吐く。
あの時ラウラに対して手が出たのは千冬自身未だによく理由がわからなかった。あそこで叩いた所で、ラウラが改心するわけもないし、事態が好転する訳でもない。
千冬にとっては珍しく、あれはいうなれば感情的な一発だった。後先も考えず、ただ無性に腹が立ちそれが抑えられなかったのだ。
「……私もまだまだ若いな…」
千冬はフッと笑うと、窓から空を見やった。空は雲一つない快晴だ。本当に清々しいまでに。
「あいつの心がこうなる日は、来るのだろうかな」
千冬は空を見上げているうちに、この青空とは対照的な、ドス黒く、一筋の光ですら入り込めないラウラの〝闇〟をふと思う。
千冬はラウラの出生を知っている数少ない人物である。ドイツ軍のIS部隊で落ちおこぼれだった彼女を鍛え上げ、一線級の軍人へと成長させた。もちろんその教導方法は今でも間違っていなかったと思う。だが、一つ彼女の成長を妨げているものがあるとすればそれこそが、心に巣くう〝闇〟だ。
こればかりは千冬でもどうすることもできなかった。実際彼女はドイツでは〝ドイツの冷水〟と呼ばれていた。今はどうなのかドイツを離れIS学園で教鞭を取る千冬にはわからないことだが、その異名は冷静冷徹で素晴らしいという〝畏敬の念〟というよりも、〝窺知し難い者〟つまりラウラは何か自分たち〝人間〟とは違う別の生物で気味が悪いという〝忌諱の念〟という意味合いが強く出たものだと千冬は理解している。
いくら人の手で作られたとはいえ、人格形成期に誰にも相手にされず薄気味悪がられれば、本人が意識しておらずとも、心には闇が生れる。
その闇によってラウラは千冬が教え、その才覚を発揮し始めた頃に至っても、純粋な向上心よりも、これまで自分を見下してきた者たちへの反抗心とでもいのだろうか。
とにかく自分よりも弱い者への高圧的な態度が多くなっていったのは事実としてあったしアリーナの件で一夏らへの物言いからもうかがい知ることはできた。そのため実力が伴い、部隊を率いるようになっても上辺だけの上官部下の付き合い程度しかなく結局、千冬がドイツを離れるその日まで、心から信頼を置けるような部下は1人として出来なかった。
だが今思えば、ラウラにとってはそんなことは些細なことだったのかもしれない。なぜなら元々高い資質のあった彼女は、部下の力を借りずともある程度のことは何でもかんでもできてしまっていたからだ。それゆえに彼女もあまり部下を宛にすることもなかったし、千冬が記憶している限りでは部下とのコミュニケーションも話しかけるというよりは命令して終わりだった。それでラウラには良かったのだ。誰に頼ることもなく、自分はなんでも出来る。出来るようになったのだ。それこそがラウラにとっての力であり〝強さ〟だった。
だが…と千冬は思う。
「ボーデヴィッヒ……悪いがそれは〝強さ〟とは言わん」
あの時の千冬は、まだ人に何かを教えるという事にそれほど慣れてはいなかった。だからあの時のラウラを変えることが出来ず、結果がこれだ。そして今も……多分まだ自分だけでは力不足だろう。しかし、それなら周りの力を借りればいいだけのことだ。そう口には絶対に出しはしないが、千冬の大切な生徒たち。彼女らとそして自分なら、あの闇を払って本当の強さというものを、ラウラに教えることが出来るはずだ。
千冬はグッと右手を握りしめると、誰に言うわけでもないが力強く宣言した。
「必ず、お前をこの光の下へ引っ張り出してやる……。……私達がな」
そう言う千冬の目は、あのころのラウラの上官そのものであった。
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千冬が自室で思案にふけっているのと時を同じくして、オータムは寮へ向かうために校舎の中を突き進む。
オータムは歩きながら、意外と……と思うとちょっと複雑な気分にはなるが、案外制服を着ていればバレないものだなと感じていた。これだけのマンモス校だからなのかもしれないが、今回のオータムの変装は服と髪型を少しいじった程度、それでも縛ったりパーマをかけたりなどは一切していない。まぁ顔がそれほど割れていないというのも起因しているのだろうが。
(まぁ、それならそれで、秋穂の元へスムーズに行けるってもんだけど)
オータムはほくそ笑みながら足を進める。油断こそしてはいないが、それほど敏感にバレないかを気にする必要が無くなったため、やや周囲を見渡す余裕ができてきた。
今自分がいるところは、どうやら上級生棟のようで、一番近いクラスには2‐3と書かれている。その表札を一瞥してオータムはふとあることを思い出した。
(そういえば、スコールが注意しとけって言ってた生徒会の奴って二年生だったな…)
なんでもそいつは、2年生ながらにして学園内最強だという。実際に見たこともないので今のオータムには眉唾物の話だったが、スコールが注意を促している点は見逃せなかった。まぁ今回は関係ないにしても、気に留めておくべきだろうとオータムは判断していた。
それに今はそんなことよりも秋穂だ。大体なんで倒れたのか。スコールや鍾音、そして医者のクリスに聞いても詳しいことは何もわからずじまい。ただ分かっているのは、秋穂の顔がやや赤みを帯びていたことと、IS〝デファイアント〟から送られてきた〝パーソナリティデータ〟による〝心身共に異常ナシ〟という情報だけであった。
(異常がねぇならなんで倒れんだよ…、クソッ、あのISぶっ壊れてんじゃねぇだろうなッ)
オータムは心の中で毒吐くが、同時に事の不審さも感じ取っていた。
ISは操縦者と密接にリンクしている。それが専用機ともなればさらにそのリンクは密接なものだ。〝デファイアント〟自体は秋穂用に作られたものではないにしろ、すでにファーストシフトを終えているし、戦闘も少ない名がらにこなしている。そういったことから考えても、すでに〝デファイアント〟には秋穂のちょっとしたクセから攻撃のタイミング、頻繁に使用するスラスターの開度や武装などの細かな情報を学習しているはずだ。そしてISはより自然体の動きを次回の起動や戦闘に生かすために日頃ISを起動していない時でもコアが自動的に操縦者の身体状況や体調を事細かにモニタリングしている。
そのモニタリングは、ISの装備やシステムが請け負っているわけではなくISのコアつまりISの根幹となる部分が行っている。コアはISにとって最も重要な部分でありあの〝篠ノ之 束〟が作った物だ。それはイコール〝そのモニタリングシステムが異常をきたすという事などあり得ない〟という事につながる。つまりデファイアントが〝異常ナシ〟と判断しているという事に間違いはないという事になる。
(わけわかんねぇ、異常がねぇならなんで…)
オータムは、思案に暮れながらも歩み続ける。だが考え事をしていたことと、ほんの少しできた余裕が知らず知らずのうちにオータムの警戒線を狭めていたことに彼女は気づけていなかった。
そう、ちょうどオータムが通り過ぎた教室の入り口から柔和な笑みを浮かべつつこちらを見やっていた人影があったことなど……
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「おい、本当にここか?」
「……間違いない…」
目の前にあるのは、シックザールたちがさっき見たボロアパートとよく似たような二階建てのボロアパートだった。確かに言われれば赤色の建物だが、建築されてからかなりの年数が経っているようで、すでに赤い部部は少なく、コンクリートがむき出しとなっている。
実はシックザールがトレーネに確認するのはこれが初めてではない。トレーネがここを指さした時、そして歩いている時、そして今、このアパートの前に着いた時の計3回尋ねている。
そのたびにトレーネは静かに「間違いない」と答えていた。
シックザールはまだ懐疑的だったが、トレーネが一貫して意見を曲げないためしぶしぶその意見に従うことにした。
トレーネは何も言わなくなったシックザールを一瞥すると、まっすぐアパートの2階へと続く錆々の階段を上り始めた。そして階段を上りきると一番奥の部屋の扉の前で足を止める。
そこには消えかかった文字で203号と書かれていた。
「この部屋か?」
シックザールの問いに、トレーネがコクンと頷いた。
(本当かよ…?)
シックザールは不安を抱えながらも、恐る恐る扉をノックする。するとややあって、部屋の中から何やら音が聞こえる。最初のうちは人の足音の様なパタパタという音だったが、その次に聞こえてきたのは何かが崩れるような、鈍重な崩落音だった。
「……おい、なんだ今の音?」
「………土砂崩れ……」
「部屋ん中でかよ…」
シックザールが聞こえた音に顔をひきつらせていると、ドアの鍵が開く音がした。それを確認して一度2人は顔を見合わせ、小さくうなずくとそのままシックザールがドアノブに手をかけた。
「お、お邪魔しまーす……」
「……」
「……あれ?」
「…誰もいない?…」
2人は周囲を見渡すが、人影一つ見つけられない。ではどうやって鍵を開けたのか? まさかこんなボロアパートでもセキュリティは万全でオートロックとかそういう事なのか? だがその疑問はすぐに解消された。声が聞こえたのだ。二人のすぐ足元から。
「悪いね……待たせてしまって」
「あんたが……その…」
「あぁ、楓嬢から話は聞いているよ」
2人の足元に転がったまま、汗だくタンクトップの女性は上品な笑みを浮かべ2人を招き入れるのだった。
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「ねぇねぇ、今度さ駅前にできたカフェ行こうよ!」
「え、そんなのできたんだ~♪ 良いよいつ行く?」
「そういえば、あの映画っていつまでだっけ?」
「んー、確か……」
くだらないくだらないくだらないッ! いやでも耳に入ってくる、和気あいあいと繰り広げられる〝普通の女子の会話〟その会話を口には出さないが内で嗤い蔑みそして憐れむ。周囲を見やる鋭い眼光は他を威圧し、
(部屋に引きこもっていては気も滅入ると思い、出てきたが来たのは間違いだった様だ。こんな奴らと同じ空気を吸っているだけで怖気が走る)
ラウラは今、寮内に作られているラウンジの隅で1人、コップ1杯の水を片手に座っていた。冷徹なラウラとて人間だ。部屋にずっといれば息も詰まる。軽く気分転換にと思ってラウンジに来たがそれは大失敗だったといってもよかった。やはりここにいる連中は、自分達が置かれている状況が全くと言っていいほど理解できていない。
自分たちの置かれている状況を考えれば、遊びに行っているような悠長な時間はないはずだ。ロクな技術も持たないうえにISを動かすことすら満足にできない。せいぜい弾除けぐらいにかならない。いやそもそもそんなものにすら利用できないかもしれない。とにかくこんなゴミどもとは1秒でも早くおさらばしたい。それがラウラの本音であった。
しかし、それはまだ早い。あの織斑 千冬という〝無能さ〟を証明しなければならない。こんなゴミどもをいくら指導したところでどうになりはしないという事をわからせてやるのだ。
ラウラはコップの水を飲み干すと、ラウンジを出ようと立ち上がった。だがその時2つの人影を見つけ視線が釘づけになった。
(……あれは…)
ラウンジに入ってきたのは、一夏とシャルルだった。2人は何やら話しながらこちらへ近づいてくる。まだ自分には気づいていないようであったがその時間も直ぐに終わった。
「ん?」
「あ」
「……」
周囲の生徒は、この3人の関係をよく知っている。それゆえにざわついていたラウンジが一瞬にして静かになり、和気あいあいとしたムードが一気に冷え込んでいく。
ラウラ、シャルルそして一夏、この3人は両者共に睨み合ったまましばらくその場に立ち尽くしていたが、先に動いたのはラウラだった。
「……ッフ、余裕だな。先日あれだけの実力差を見せつけてやったというのに。それとも何か、もう勝つことは諦めたか?」
「そんなんじゃねぇよ、むしろどうやって勝つかをシャルルと相談してたところだ」
「相談…か。シャルルはともかくとして、ゴミ同然の貴様が何を相談しようが変わらんと思うがな」
ラウラはフンッと鼻を鳴らすと、一夏を蔑んだ目でみやる。確かにシャルルとやるのならそれなりに1つや2つシュミレーションは必要になるだろう。だが
ラウラはそう考え、ぐうの音も出まいと小さく嗤う。だがその目論みはすぐに外れた。
「そうやって笑ってられんのも、今のうちだと思うけどな」
「何だと?」
ラウラとしても、ただの苦し紛れの虚勢ならばそれこそ鼻で笑いこの場を後にしていたところだった。しかし今の言葉からは虚勢どころか本気で自分に勝つのだと、いや勝てるのだという確固たる自信が窺い知れた。何故だ? 何故そこまでの自信を持てるのだ?
ラウラは一夏の言葉の意図がわからず、少々面食らった風に2人の顔を見上げる。そしてその顔を見て更にラウラは驚きの表情を浮かべることとなった。
「ッ!」
その目はまっすぐにラウラを見ていた。負けるなどとはこれっぽちも思っていない。むしろこの目は勝ちに来ている目だ。
どうして? 先日戦って実力差は分かったはずだろう。勝てる見込みがどこにあるというのか? この男はそんなことも分からな位ほど馬鹿なのか?
だがどうしてもラウラはその目を馬鹿にすることが出来なかった。自分でも何故だかは分からない。ラウラはこの目に少々混乱を覚える。根拠のない自信だ。意味はない。口先だけに決まっている。そう自分に言い聞かせても一向にこの疑問は晴れようとはしない。
そんなラウラに向かい、一夏は言い放つ。
「お前が強いのは分かってる。けどな、俺だって引き下がるつもりはないぜ? 何より負けっぱなしっていうのが気に入らねぇ。悪いが次は勝たせてもらう!」
「…………」
「…………」
「…………」
「…なんだよ、なんとか言えよ」
「……その言葉、覚えておけ……」
ラウラはボソッとそういい返すと、足早にラウンジを後にする。ラウンジを出ていく自分を一夏が訝しげに見つめているがそんなものは関係ない。
実際のところなぜ自分がここまで混乱を来しているのかラウラ自身にも分かっていなかった。あれは紛れもない自信だ。先日あれほど見せた実力差。なのにあの自信はどこから湧いて出てくるというのだ。分からない分からないッ。
ああ切り出せば、一夏は虚勢を張るために苦し紛れの口上を言うしかないと思った。だが苦し紛れの口上をしたのはむしろ自分の方だ。混乱した頭ではああ言うだけで精一杯だった。
ラウラは通路の角を曲がったところで足を止める。そして混乱した頭を殴り飛ばすようにその拳を壁へと突き立てた。
「舐めたことをッ!!」
ギリリッと奥歯をかみしめながら、ラウラは憎悪の眼差しを、たったいま思い浮かべた
一夏の自信がどこから出てきたものなのかは皆目見当が付かない。だがそれも今だけだ。そうだ今だけなのだ。次に戦えばそれも終わる話。ラウラは自分い言い聞かせるように頭の中で繰り返す。そして頭が整理されてきたところでもう一度拳を壁へと突き立てる。
織斑 一夏の自信、そしてそれを支えるもの、そのすべてをへし折ったうえで……
「殺すッ」
憎しみのこもった声と同時に叩かれた壁の音は、ラウラが居なくなり喧騒を取り戻したラウンジの近くにあっても、妙に響いていた。
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「さて……どうしたものか」
シュメルツは、モノレールの軌道の上に降り立つとISを解除する。この場所からもう1分も飛べばIS学園だ。
シュメルツはISのモニターのみを起動させ、楓から提供されたラウラのパーソナルデータに目を通す。まぁ〝今更といえば今更〟なのだが。
「ふむ…」
シュメルツは今回楓に、〝お使い〟を頼まれてここまで来ていた。その内容は言わずもがな、ラウラ・ボーデヴィッヒの現状把握。ついでに周辺調査も出来ればという事だった。
「まぁ……適役といえば適役なのだろうな…私は」
シュメルツはこの場にいない、1人の人物を思い浮かべ一つため息を吐いた。確かにこの場に〝あいつ〟が居たらその事実だけで飛び込んでいきかねない。その点自分には少なくともラウラとの接点はなく、また〝関係性〟も薄い。自分が言えたことではないが、任務遂行において私情が入り込むのは避けねばならない。客観的に常にその立場を忘れたら終わりだ。
繰り返すが、自分が言えた話ではないのだが…
「……それはそうと……どうしたものか…」
シュメルツは再び同じ言葉をつぶやく。シュメルツが今何を悩んでいるのかというと、それはIS学園への侵入経路である。前回のように一気に飛び込んでもそれはそれでいいのかもしれないが、できれば今回は騒ぎにはしたくはない。ISのコア収集が目的ならばより多くのコアを集められるのだから騒ぎは大きい方が良い。だが今回は目的が違う。ラウラというたった1人の少女を探さねばならないのだ。
いくらシュメルツでも、IS学園の中からたった1人の少女をピンポイントで探し出すことなど不可能に近い。シュメルツがしばらく思案していた時だった。ふと彼女の視界にある物が飛び込んできた。
「ここかぁ……またかよ」
「しょうがないですよ先輩。ここ前に壊された箇所っすから」
「あぁ、あの謎の断裂か? ったくあんまり面倒事は起こさないでほしいもんだよ」
「まぁまぁ文句言っても始まりませんって。〝IS学園〟からの依頼ですからね」
シュメルツからはかなり離れた位置だったが、シュメルツはその声をISのハイパーセンサーで聞き取りさらにモニターで人影を拡大し確認した。
「作業員…か。あまりこういうことは慣れていないのだが…四の五の言ってはいられんな」
シュメルツは何かを思いついたように独り言ちると、2人の作業員の方へ向かってゆっくりと歩き出したのだった。
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「まぁそこらへんに腰かけて」
「……そこらへんに……」
「腰かけろって言われてもよぉ…」
トレーネとシックザールは、部屋の中に通された。2人を通した女性は、タンクトップにショートパンツという非常にラフな軽装で、やや釣り目気味の瞳の前には、少し大きめの丸眼鏡をかけ、髪の毛は頭の左右で団子状にまとめられている。そして何よりも目を引くのがいくらもうすぐ夏だといっても、床に滴り落ちる程、大量にかいた汗だろう。一体何をすればこんなことになるのか…
だがその疑問はすぐに解けた。
部屋は狭い1R。その真ん中には一応小さな円卓が置かれてはいるがその上はPCやらなんやらのコードが〝もりそば〟になっており更には床にも色々な機器が所狭しと置いてあるため文字通り〝足の踏み場もない〟状態。そして何よりそれらの機器が発する熱で部屋の室温が異様に高くなっていた。これがこの女性が汗をかきまくっていた理由だったのだ。
そしてこの蒸し暑い部屋を見渡すと、モニターの前のスペースが1人分、ぱっくりと空いていた。間違いなくここに座って女性は作業をしていたのだろう。
シックザールが苦笑いを浮かべながら部屋を見渡していると、女性が不思議そうな顔で2人を促した。
「ん? どうした? 座らないのかい?」
「い、いや…あたしら立ってるよ。すぐに帰るつもりだし」
「すぐに帰るのかい?」
「え、あ…」
「ふむ、楓嬢はどうやら君たちに、事の詳細を話していないようだね」
「……詳細?」
トレーネが小首をかしげると女性は柔和な笑みを浮かべ頷いた。そして女性は2人の前を横切り空いていたスペースに座ると、目の前にあったパソコンを操作する。するとほどなくして円卓の端っこに置かれた投影ディスプレイが起動しあるデータが表示された。
「ん? なんだこれ?」
「………」
2人はそのデータに目を凝らす。表示されたデータはなにやら数字の羅列のようで見ただけでは何かがよくわからない。トレーネとシックザールはその画面を見つめ続けながら頭を、ひねるが最後まで何のことやらさっぱりだった。
「本当に分からないかな? これは君たちにも関係あることだと思うのだが」
「あたしらに?」
「うむ」
「……どういうこと……?」
「では……これならわかるだろうか?」
「「!?」」
女性は微笑みながら、散らかり放題の床からおもむろに、白い球体を手に取って2人に見せる。
それを見た瞬間、トレーネとシックザールの目は大きく見開かれた。
「おまッ…それ、どっから!?」
「……私たちのコア……」
「言っておくが盗んでなどいないからね。これは正式に楓嬢から提供されたものだよ」
「提供って……あたし等は、んなことッ。それになんであの女が、収集したコアを……」
「…まさか…シュメルツ……」
「あいつが!?」
女性が見せたもの。それはシックザールたちが集めている〝ISのコア〟だった。正確にいうなら、オータムのアラクネから摘出した新たなコア同様、この中にはシュメルツが〝解放〟させたISのデータがそのまま入っているいわばオリジナル。それはシュメルツ達にとっては命よりも大切なものだった。それを提供した? シュメルツが!?
そんな話、いくらなんでもトレーネもそしてシックザールにも納得できるものではなかった。
しかし、収集したコアはいくら楓であっても容易に触らせたりはしない。
シュメルツが厳重に管理している。そのコアが現にこうして〝流出〟している。
という事は必然的に疑うべきは管理していた大本のシュメルツだ。
「いくらなんでも……なんで!?」
「まぁ、落ち着きたまえ。いまから理由を説明するから」
「説明ってなぁッ! コアが、あたしらが集めたコアの1個がこんなところにあるんだぜッ これでどう落ち着けって…」
「だから、説明するといっているのに…」
「けど…」
「……待って…」
狼狽するシックザールをトレーネが静かに制する。そしてトレーネはいつも通りの静かな口調で、コアをもって微笑む女性に尋ねた。
「…あなた…何者?……」
「ん? ……あ、そういえば自己紹介がまだだったねぇ」
女性は、はっと、思い出したように言うと、腰を上げ何故か押入れの前まで歩いて行った。そして押入れの引き戸を開けながらにこやかに名乗りを上げた。
「私の名前は、
神海はスススーッと押入れを開ける。すると押入れの下段に体育座りで、モニターを見つめる少女が顔をのぞかせた。
「神薙 穂高君だ。私の助手だよ」
「ん」
穂高は神海が紹介すると、押入れから這い出てきて、けだるそうに右手を挙げ挨拶する。この穂高も見れば、髪はぼさぼさであるし、眠そうな目をしてさらに格好もシャツにハーフパンツと神海同様ラフな出で立ちだった。ただ年齢は明らかに神海よりも下で容姿から見てもおそらく中学か高校生ぐらいだ。
シックザールは、にこにこと笑う神海と眠そうな目でこちらを見やる穂高を一瞥し思わず頭を抱えた。コアを持つ謎の女研究者と、押入れに住む少女? もうなにがなんだか。シックザールはあまりの意味不明さに、もはや追求する意志さえ萎えてしまっていた。
「あ~なんか……頭いてぇ」
「……熱中症…?」
「そっちの方が何倍もマシだ…」
ここへきて、一気にこれまでの疲れが噴出した、シックザールであった。
「えーさて……自己紹介も済んで、ひと段落したところで、要件を言おう。そろそろね」
「あーもう勝手にしてくれ…」
「………」
「………」
何故この女は、自己紹介ごときでひと段落したと思ったのだろうか。だがシックザールはそれに突っ込むことはできなかった。
何故か。それは神海のマイペースさに、完全に追及する意志がへし折られていたからだ。
トレーネは元々口数が多い方ではないので完全に待ちの体制。穂高も同じくだった。
神海はそれらを確認すると、コホンと咳払いを一つしてからゆっくりと口を開いた。
「まずやはり、このコアから説明せねばならないね」
そういいながら神海はもう一度コアを手に取る。シックザールはそれを再度しっかりと確認した。ひょっとしたら自分たちの物ではないのかもしれない。そんな望みをかけて。
しかしそのコアから〝感じる〟波動や感覚。それらがシックザールに否が応でもコアが自分たちが集めた物の一つであるという事を知らしめる。
「さっきも言ったが、これは楓嬢から正式に私達へ提供されたものだ。穂高君」
「……ん」
神海が促すと穂高が、空間投影ディスプレイを使用してそこへコアの詳細なデータを表示させた。
「これを見ると、このコアはイタリアのテンペスタⅡ型から〝精製〟されたものだね」
「初期の初期……あたしらが収集を始めた初めたころにやったやつだな」
「ふむ、まぁどこで採取されたものかは特に関係ないがね。一応確認のために見せただけだから」
「……それで?……」
「何故私に楓嬢がこのコアを提供したのか…かね?」
トレーネは神海の問いに頷く。再度になるがシュメルツがコアを楓に提供し、そしてそのコアが今、ここにあるのは事実なのだ。あのシュメルツがなぜそこまでするのか。
きっと、相当な理由があるに違いない。トレーネはもちろんシックザールもそう思っていた。だが返ってきた答えは、あまりにも拍子抜けするものだった。
「それは……ね。私が君たちに会うためだよ」
「……え?」
「なに?」
2人は思わず固まった。なんだその理由は。会うため? 自分たちに? ……?
はてなマークを頭の上に浮かべながら見やる2人を神海がニコニコしながら見つめ返す。そのまま2人は固まったまま、しばらく時間が過ぎていく。と、その時だった。
「……あ!」
小さく穂高が、何かに反応した。それと同時に神海の目が鋭くなる。両者の変化にトレーネとシックザールも異変を感じ取り、やや表情をこわばらせた。
「なんだよ、一体何が…」
「どうやら、長話ができるような雰囲気ではなくなってしまったらしい」
神海がそういった直後、階段を上ってくる数名の足音が聞こえた。更に窓の外でも人の気配がする。
「どういうこった…こりゃ」
「だから言っただろう? 長話が出来なくなった………とね」
「ん」
神海は、穂高に目くばせすると、穂高は手元にあったキーボードのエンターキーを3回押した。すると唐突に玄関のドアが外側に向けて周囲の壁もろとも吹っ飛ぶ。
「なぁッ!?」
「こんな仕掛けがッ!!」
「お、落ち……落ち!!?」
爆発音ののちに聞こえたのは男の声だった。おそらく内開きのドアだったために外側には開かないと踏んでドアに張り付いて居たのだろう。
更にその声が聞こえた直後、何かが落下したような鈍い音が響いた。十中八九さっきの男どもだろうが。
「……お前…何やってんだ」
「さぁ、逃げよう」
「……意味が分からない……」
「穂高君、必要なデータファイルは持ったね?」
「……ん」
「無視すんじゃねぇぇぇ!!」
シックザールとトレーネは神海に、半ば引っ張られるような形で部屋を飛び出す。するとそこには又も黒服の男たちが待っていた。
そしてその黒服の男の中の一人は、冷静な口調で4人に向かって言った。
「逃げられると思っているのか?」
「……くそ、下がってろ。こんな奴ら一瞬で―――っておい!?」
「待ちたまえ、君の出番はまだ後だ」
「後って…」
シックザールは神海に首根っこをつかまれるとグイッと後ろへと引っ張られる。シックザールが怪訝そうな顔で見やるものの神海は全く気にせずに、笑みを浮かべながら男たちの前に立つ。
「それで、えぇと……なんだったかな?」
「貴様、舐めているのか? 我々のターゲットは貴様なのだぞ?」
「そうか、やはり…というかそれ以外考えられんね」
「ふざけやがって!!」
神海の安い挑発にのり男がとびかかろうと、こちらへ走ってくる。だが神海は一切動ぜず、あろうことか後ろにいた穂高を振り返っていた。そして…
「穂高君、やりたまえ」
「ん」
再び穂高が手に持っていた端末のキーボードを操作する。すると今度は、4人がいるアパートの半分だけを残してアパートが崩落していく。その崩落は、とびかかってきていた男はもとよりその背後にいた仲間達をも巻き込んむ大惨事となっていた。まぁ、この高さだから死んではいないだろうが……重傷は免れまい。
その光景にシックザールが目を丸くする。感情の起伏に乏しいトレーネですら驚きで口元を手で押さえていた。
「ふむまったく、
「……ん」
「アパート半壊させた奴がいう事かよ…」
「……でもいいの?…」
「何がだね?」
「……住んでいる人居ないの?……」
「住んでいる人か……ならば逆に聞こう。君たちは今日この町で、
「「!?」」
そういわれてみればと2人はハッとした。確かにここに来るまでの間、防鳥ネットにくるまったゴミ袋は見たが
神海は、そんな2人を見やってにやりと笑う。その刹那だった。アパートの陰から轟音と共に2機のISが姿を現した。それを確認すると流石にシックザールとトレーネも呆けてなどいら
れないと気を取り直す。
「なんとなく、あたしらがここに来た理由が分かってきた…」
「……うん……」
「あーまぁ、恐らくそういう事だよ」
シックザールは深いため息を吐きながら神海を睨む。だが神海は悪びれる様子無くむしろにこやかに、トレーネとシックザールに向かってこういった。
「さぁ、私たちを連れて……逃げてくれたまえ♪」
皆さんこんばんは。のろいうさぎです。
まだまだ微妙に寒いですが来週あたりからは暖かくなっていくようでなんだかほっとしてます。
さて、なかなかラウラ戦に移行できません(シランガナ
今更ながらに断わっておきますがここから数話オリジナル展開多めで行かせていただくことになります。ご了承くださいネ(汗
さて次回は、ボロアパート上空でいきなりIS戦闘が勃発、神海が狙われる理由とは? そしてオータムの潜入は成功するのか、さらにシュメルツの策とはいったい?
次回もよろしくお願いします!