IS インフィニット・ストラトス~妹はファントムタスク~   作:のろいうさぎ

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今回ちょっと長めです


第33話~そろう役者~

 

 空に2つの火球が弾け、それと同時にもう一つの光がこの現場を高速で離れていく。

 

 それを現場後方の指揮車両で指揮を執っていた、黒服の男が舌打ち交じりに呟いた。

 

 

「っち、ここまでか……アレは何分稼いだ(・・・・・)?」

 

 その台詞に、部下の一人が反応した。

 

「約30分です」

「……まぁ、こんな物か」

実験として(・・・・・)はまずまず…といったところか」

「そうですね。まぁそれなりにデータは取れましたし…」

「ふむ、投入した分で基準値を超えたのは?」

「20投入して8が基準値越えです…あ、落とされた分も数えると10ですけど」

「半分か」

「どうします?」

 

 

 

 部下の質問に男は少し考え、そして何の迷いもなくこう答えた。

 

 

 

 

「ふぅ…残り10を処分する。回収して引き上げろ」

 

 

 

 そしてその命令に対して部下もまた何の迷いもなくこう答えるのだった。

 

 

 

「了解」

 

 

 ……と。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

「まったく、どうして厄介ごとばかり起きるんだッ」

 

 

 苛立ちを隠そうともせずに、千冬は走りながらそう吐き捨てる。自室で爆発を聞いた千冬は、他の職員らに連絡を取り情報収集を命じると耳にハンズフリーをねじ込みすぐさま爆発の起きたアリーナへ向けて駆け出していた。

 これまでも襲撃があったり、そうでなくてもラウラをはじめとした生徒の件で問題が山積しているというのに、これ以上問題を持ち込まないで貰いたい。

 

 

 というか、根本的にこの学園の警備を見直す必要がある。これは間違いない。

 

 

 千冬がそんなことを考えていると、ハンズフリーへ通信が入った。

 

 

『織斑先生ッ!』

「その声は…更識か。今どこにいる?」

『アリーナの前で、避難指示を』

「流石に早いな。けが人と現場の状況は?」

『幸い怪我人はいませんが……その………状況は』

「ん? どうした?」

 

 

 楯無がハンズフリーの向こうで声を詰まらせる。いつもならば、簡潔に分かりやすく、文字通りお手本のような状況説明を行う人物なだけに千冬は顔をしかめた。よほど状況が悪いのかだろうか。だがそれでも冷静に動じることなく動けるのが更識 楯無という人間だ。そうでなければそもそもこの学園の会長など勤まらない。だが千冬はどもりながらも楯無が報告した内容を聞いて、何故言葉に詰まったのかを直感的に察した。

 

 

『この件……どうも、彼女…ラウラ・ボーデヴィッヒが関係している様です』

「ボーデヴィッヒ?」

『はい……詳細は不明ですが、避難する生徒が彼女を最後に見た時は、謎のISと戦っていたらしく』

「IS!? ISだとッ」

 

 

 楯無が言い淀んだのは、そもそもラウラの件で頭を悩ませている千冬に多少なりの配慮をしての事だった。

 しかしながら千冬はこの件が、ラウラが噛んでいようがいまいが、どのみち最悪の部類に入ることを確信する。更に事態を最悪なものにしているのが敵がISを使用しているということだ。

 楯無の報告から、最早ラウラの関与は確実だ。そしてこの大爆発。ラウラが引き起こしたとも考えられるがその逆ならばラウラが標的にされた事になる。あんな事があったとはいえ、千冬にとっては部下であり教え子の1人。手遅れになってから出は悔やんでも悔やみきれない。

 

 

「更識、引き続き避難誘導を任せる。中には入るなよ」

『え、ですがッ』

「私も、もうすぐ着く。それまで待て」

『分かりました』

 

 

 楯無は短くそう答えると、通話を切る。

 

「ボーデヴィッヒと謎のISか…いずれにしても、流石にこのツケは払わせてやらねばな…」

 

 千冬は独り言ちると、もうもうと立ち上る黒煙を睨みつけ、更に走る速度を上げるのだった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「ッ……くぅッ」

 

 

 ラウラは、アリーナの壁面に叩きつけられ苦悶の表情を浮かべつつ黒煙晴れぬアリーナ上空を睨みつけていた。ラウラがやったことはしごく単純でそれでいて非常に奇策としては効果的な事だった。

 

 

 

「我……ながら…補填用のエネルギータンクを吹っ飛ばしたのはやり過ぎたか……ッ」

 

 

 ラウラがこのアリーナで見つけた物、それは訓練が終わったISのエネルギー補填のために用意されていたエネルギータンク。それもまだ未使用で内部にはエネルギーが満載されている物だ。それをシュメルツにぶつけゼロ距離から爆発させた。おかげで自分もアリーナの地面まで吹き飛ばされたが威力は見ての通りだ。アリーナの外壁ごとシールドバリアを粉砕させる程の大爆発。ISに乗っているのだから死にはしないだろうが、それでもちまちまレールガンやプラズマ手刀で少ないチャンスを狙うより、ダメージの効率は良い。

 

 

 ラウラは身体を起こすと、機体の損傷をチェックする。爆風の直撃を受けた前面は無数の小さい損傷はあったものの使用不可能と表示されたのは右肩のレールガンのみとは思いのほか軽症。これ以降の戦闘行動もほとんど問題の無いレベルだ。ラウラは各部を再チェックしながら立ち上がり、使用不能となった右肩のレールガンをパージした。

 更にレールガンを降ろして若干狂った運動パラメータを再調整する。そして最後に手を開いたり握ったりしながら感触を確かめ静かに頷いた。

 

 

「これで、幾ばかは動けるようになった……さて」

 

 

 ラウラは再び上空を見上げる。この黒煙の先に奴がいる。確かにアリーナの外壁とバリアごと吹き飛ばしたとはいえ死ぬほどの威力でもない。

 だがそれにしてもとラウラは思う。何故自分はあの女に狙われているのだ? 少なくとも自分はあの女に面識はない。まぁ、自分の職業柄(軍人)として恨みをかう事はあり得ることではあるが。

 だが引っかかるのはもう一つ。あの女は自分に戦いを挑んできた時こう言っていた。『こっちはどうだ』と。

 

 あのセリフを聞く限り、あの女は自分に対しての怨恨で襲ってきたとは考えにくかった。もっと、こう、そう、言うなれば自分を試している(・・・・・)様な――――――!

 

 

 刹那、ラウラのハイパーセンサーが風を切り裂く音を拾う。ラウラはその音に素早く反応しその場を蹴る。直後そこへ黒煙を切り払い黒いISが着地する。見たところ咄嗟に防いだであろう左腕には損傷は見られたものの全体的には爆発を受けた割に綺麗だった。

 

 

「やはり、あの程度では中破もせんなッ」

「いや、少しは効いた…だがあくまで少しだ」

「減らず口をッ」

 

 

 シュメルツは着地後その場で身体ごとこちらに向き直り、ラウラを狙う。ラウラは突き出された腕を左手で払うと右のプラズマ手刀で反抗に出る。シュメルツもそれにクローで応戦、、激しく火花が散った。だがそれもつかの間、ラウラはシュメルツを弾くと距離を取りアリーナの地を駆ける。そして移動しながら、レールガンを連続で発射させる。レールガンはさして照準を付けて放たれたものではないため、シュメルツの周辺に次々に着弾していく。次々に着弾する弾丸。それにより周囲の砂が巻き上げられ再びシュメルツの姿が掻き消えた。

 

 

「ッチ、かくれんぼか」

「あぁ、だが私が鬼だがなッ!!」

「ッ!」

 

 

 ラウラはワイヤーブレードを無造作に煙の中へ全弾放り込む。このワイヤーブレードには、先端そしてワイヤー部に触感センサーが備わっており砂煙の中など自身の視覚が頼りにできない場面でも、触れた物の感覚等を操縦者へ即座にそして正確にフィードバックすることが出来る。ラウラはこの機能を使用しシュメルツの場所を特定しようとする。だがそのフィードバックは残念ながら正確に返ってくることは無かった。

 

「くそ、切られたかッ」

 

 ラウラが煙の中からワイヤーブレードを引っ張りだすと、6本中真ん中の3本がスッパリと切られていた。そして同時に再び煙の中から黒い影が姿を現す。

 

 

「自分で作った煙幕に対して手探りとはお粗末だ」

「いいや、だがそうでも無いッ」

 

 

 ラウラは切れたワイヤーを巻き切ると切られていない残りのワイヤーブレードを戻し際にシュメルツへ絡ませようとする。シュメルツも巧みにそれを躱すがラウラは執念で一本、シュメルツの腕に絡ませることに成功した。2機はその場で踏ん張ると互いに綱引きよろしくワイヤーを引きあう。

 互いに探り合うように力を加減し様子をうかがう。だがその時ラウラは駆け引きよりもシュメルツが自分を見る目が気になった。その眼は戦うというよりは何か自分を推し量るかのような、人を観察しているようなそんな目だ。ラウラはその眼にひどく苛立ちを覚える。そして、感情に任せたままシュメルツに叫んだ。

 

 

 

「貴様ッ、何が目的だッ!!」

「何?」

「なんの目的があって私に戦いを挑んだのかと聞いているッ!!」

「……目的か…」

「命が欲しいのか? 私の」

「いや……別に貴様の命などどうでもいい」

「ではッ」

「ただ、私は〝確認〟しに来ただけだ。言うなればそう…これは貴様の実力テストといったところだろうな」

「実力テスト……だとッ?」

「そしてこれまでの貴様の結果は………不合格だ」

「貴様ッ!!」

 

 

 ラウラはグッとワイヤーを握る力を強める。正直ラウラは今の一言で沸点を軽く越えた。本国でドイツの冷水などと呼ばれてはいたがラウラに言わせればあんなもの自分のことを何も知らない奴らが外側から自分を見て勝手にそう名づけたに過ぎない。確かに冷静冷徹な判断ができるという意味ではそう見えるのかもしれないが、実際は苛烈極まりなく彼女を突き動かすものはいわば使命感などという立派なものではなく、ただ純粋な怒りだった。怒りという自身の中に沸き起こる無限の燃料がラウラを突き動かす。

 

 爆発的なその〝エネルギー〟は言ってみれば、ラウラに取っては命と同義。自分が死ぬ時は恐らく自分の中の怒りがすべて消えてなくなった時だろう。

 今のラウラにはそう言い切ることが出来る。

 

 ラウラはこれまで以上に眉間にしわを寄せ、シュメルツを睨む。そしてそれを見たシュメルツが、初めてやや満足そうに笑った。

 

 

「そうだ、それでいい。せめて気力ぐらいは及第点に達してくれ」

「舐めるなぁッ!!」

 

 

 

 ラウラはワイヤーを強引に引っ張りながら地を蹴ると、スラスターを噴かし、シュメルツへと突進する。それに合わせシュメルツは損傷のある左腕を大きく振りかぶった。頭に血が上っているとはいえラウラも流石にそんなあからさま(・・・・・)な攻撃に当たってやるつもりなど毛頭なかった。振り下ろされた拳を右腕で払いのけるとそのままラウラも左腕で殴り掛かる。シュメルツもそれに応戦しアリーナに幾度となく、重くそして鈍い鋼鉄の拳がぶつかり合う音が響く。

 

 シュメルツはラウラの右を斜めにダッキングし躱すと斜め下からラウラの顔面を狙う。

 そこへいつの間にかフリーとなっていたワイヤーブレードがねじ込まれ間一髪でラウラはその攻撃を防ぐ事に成功する。お互い超接近戦の攻防。

 1つのミスが戦況を大きく左右する距離。だがどうしても、両者の持つ〝距離の差〟でシュメルツに一枚上をいかれてしまう。 

 

 

「ちぃッ!!」

「ぬるいッ」

「なッ!?」

 

 

 シュメルツはラウラの放った拳を避けながら左腕で捕まえるとそのまま斜め上方向へいなす。いなされた瞬間ラウラは自分が重大なミスをしたことを直感的に悟っていた。

 熱くなり過ぎて、自分が思っていたよりも大きく振りかぶり過ぎてしまったのだ。その直後ラウラの腹部に、すさまじい一撃が叩きこまれる。

 

「がッ!」

 

 腹部への強烈な一撃にラウラが苦悶の表情を浮かべる。一気に腹の空気が押し出され、ただただ苦しいという感覚だけがそこにあった。

 シュメルツは手ごたえを感じ取ったのか、左腕をつかみ直し更に腹部への攻撃を繰り返す。

 

 

「ッ! がぁッ! ぐぅッ! がはぁッ!!」

「フンッ!!」

 

 シュメルツは執拗なボディへの攻撃で、くの字に折れたラウラの腕をようやく離す。

 PICのみでフラフラと漂うラウラ。シュメルツはそんなラウラの頭部へと躊躇いなく拳を振りおろした。

 

 

 声すらも上げることなく、地面に叩きつけられるラウラ。それを見ながらシュメルツが深いため息を漏らした。

 

 

「はぁ……まったく。やはり威勢だけか。合格点は…」

「………」

「………ふむ」

 

 

 

 この時ラウラはかすかに意識を保っていた。しかし、腹への攻撃が予想以上に重く、すぐに身動きがとれる状況にはなかった。そんなラウラのすぐ脇へシュメルツが降下してくる。

 

 

「……っく、はぁ…はぁ…ッ!!」

「虫の息だな」

 

 

 ラウラは、なんとか声のする方へ顔だけを向けた。そこには涼しげな顔で立つシュメルツの姿があった。つい先ほど、シュメルツは自分の命には関心がないといった。しかしだからといって、殺さないとは言っていない。

 

 

 その時ふと、ラウラの脳裏にある言葉が浮かんだ。それはたった一文字の言葉。そして戦場において常に付いて回る言葉。

 

 

 (……私は……死ぬのか?)

 

 

 これまでだって、死を覚悟した瞬間が無かったわけではない。だがそのたびにこれと似たような気分になった。自然と恐怖を感じない。自分がただ〝無〟へとなっていくそんな不思議な感覚だ。抗おうにも抗えない。そういうものが死ぬという事なんだろう。心はさっきまでのイライラが嘘のように静まり返っている。

 

 

 

 (……そうか……こんなところで…)

 

 

 こんなところで……そうこんなところで……。織斑 一夏の件も、そして織斑 千冬の件も何も片付いてはいないというのに。

 

 

 

 (自分でまいた種すら……か……?)

 

 

 

 自分でまいた種すら、自分は〝収穫〟出来ずに果てるのか? こんな訳のわからないやつに?

 

 

 

 

 (………フンッ……ふざけるな……)

 

 

 

 そんな馬鹿げたことがあっていいのか? このラウラ・ボーデヴィッヒにッ! いいやッ!!

 

 

 

 (あっていいわけなどあるかッ!!)

 

 

 

 ラウラがそう思った瞬間、唐突に〝真っ黒い何か〟が自分を更に飲み込んでいこうとしているのが分かった。しかもそれは先ほど感じていた〝心地のいい黒〟では断じてない。

 

 肢体は激痛を感じ、息は上がる。心臓は張り裂ける程のを覚え、喉が渇きに飢える。

 

 

「……これはッ」

 

 ラウラが身体の異変に悶えると同時にシュヴァルツェア・レーゲンから徐々に禍々しい影が噴出してくる。それはこれまで圧倒的な力量差でラウラを打ちのめしたシュメルツが後ずさるほどであった。

 

 そしてその陰はまさにラウラを飲み込みつつあった。

 

 

「なるほど……、確かに(・・・)凄いな…コレは」

 

 

 

 シュメルツが呟いた声はすでにラウラには届いていなかった。真っ暗な闇の底へその身体と意識もろとも食らわれようとしている。そしてラウラとしての人格とそして身体が闇に飲み込まれんとするまさにその時だった。

 

 

 

 勢いよくアリーナへ〝何か〟が飛び込んでくる。〝何か〟は勢いよくアリーナの扉を蹴破ると、一直線にラウラの元へ駆け寄って来た。そして…

 

 

「この……大馬鹿者がぁぁぁぁッ!!!!」

 

 

 思い切り、鳩尾めがけて〝素手の拳〟を叩きこんだ。

 

 

 「くッ…はッ…!」

 

 

 ラウラはそう短く発すると、意識を手放す。そしてそれに同調するかのように黒い影が霧散した。

 

 最後の最後、ラウラがかすかに聞いたのはどこか懐かしい〝教官〟の声であった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

千冬は気を失ったことを確認すると拳を戻しながら、横たわるラウラの前に立ちとシュメルツと対峙する。

 向こうも、向こうでバイザーで表情を読み取ることは難しかったものの、攻撃をしてこない事から状況の把握に努めている風であった。

 そんなシュメルツに向かって、千冬が先に口を開いた。

 

「貴様……好き放題やってくれたな」

「アリーナの大穴なら、私ではなくその小娘だが?」

 

 千冬はチラリとラウラを見やる。そして周囲に散らばるエネルギータンクの残骸。そして吹き飛んだ外壁。千冬はそれらの手がかりから瞬間的にラウラが何をしたのか、

いや〝なんてことをしてくれたのか〟を悟り頭に手をやる。また修理費用で国民の血税をはたかねばならないのか…そう思うと敵の前ながら頭がいたくなる。

 正直前回の襲撃で壊れたアリーナの修理費用を申請したときも、政府役員の顔が引きつっていたのだ。間を置かずまた壊れましたと言ったらあの役員は多分白目向いて倒れるかもしれない。しかもそれをやったのがラウラなのだから更に始末が悪い。

 

 千冬は小さく息を吐きながら、かぶりを振ると、未だISを解除せずにこちらを見降ろすシュメルツへと視線を戻した。

 

「どうやら、頭痛の種のようだな」

「それを、貴様が言うか?」

「間違ってはいないだろう」

「まぁな。手のかかる生徒であることには変わりはない」

「だろうな」

「とはいえ…」

「?」

「こうなった責任は少なからず貴様にもある。そしてその責任は…………取ってもらう!」

「責任?……ッ!?」

 

 

 シュメルツの背後から突如、ペールブルーのISが襲い掛かる。そのISは半透明の刃先を持つランスをシュメルツへと突き立てていた。シュメルツはなんとか一撃目には反応し、

腕部の装甲でそれを弾き距離を取ろうとする。だがそれすらも呼んでいたそのISは素早く着地するとシュメルツが飛び退いた方へと地を蹴る。

 

 

「えぇいッ! ステルスとはッ」

「反応したのは凄いけど、逃がさないわよッ!」

「クソッ」

「これは避けらんないでしょう!」

「ぐッ!!」

 

 ISの操縦者は、ニヤリと笑うと再びランスを突き立てる。それを下がりながら再び払いのけるシュメルツだったが続けざまに繰り出された回し蹴りを食らい体勢を崩しそのまま吹っ飛ぶ。

 

「っとまぁ、ザッとこんなもんですけど」

 

 ペールブルーのISの操縦者は、軽口をたたきながら千冬のそばへと舞い戻る。しかし、口調とは裏腹に肌の露出している部分にはかなりの量の発汗が見受けられ、千冬にはものの数秒の攻防が、彼女にとってどれほど神経をすり減らす作業だったのかを理解する。そして千冬はそれを分かったうえで、いつも通りの返事を返した。

 

 

「馬鹿が、気を抜くな。倒したわけじゃないんだぞ。更識」

「もう少し褒めてくれるとモチベーションも上がるんですけどね」

「死にたければ、勝手にモチベーションを下げていろ」

「手厳しいことで…」

 

 

 2人は会話を交わしながら、砂煙の向こうにうっすらと見えるシュメルツを睨む。向こうが何をしようが即座に対応できるように相手の一挙手一投足に全神経を集中させる。

 

 

「それで、手ごたえはどうだった?」

「蹴りとばした感触は確かにありましけど……一撃が入ったというには遠く及ばないって言うのが実際のところですね……正直ダメージなんてないかと」

「しかし……一瞬焦りの表情を浮かべたとはいえあれを避けるとはな」

 

 

 千冬は敵の懐の深さに、薄ら寒いものを感じながらも同時に感心する。楯無のあの奇襲は完全に決まっていたはずだ。並の操縦者ならまず直撃を食らう。それほどまでに完璧なタイミングだったのにも関わらず、まともに当たったのは楯無が最後にはなったあの蹴りだけ。しかもダメージなどほとんど無いとりあえず当たった程度のものだ。

 

 

 薄い砂煙が晴れていき、ハイデ・フォーゲルの黒い装甲がはっきりと確認できるようになる。先ほどよりも距離は開いたがシュメルツはこれまで同様にこちらをじっと見つめている。

 

 

「まいったわね。あれを避けられちゃあ」

「私を倒したいなら、もっと本気で来ることだな」

「へぇ、言ってくれるじゃない。なら……お望み通り――「待て、更識ッ」―――ッ!?」

 

 

 楯無が今まさに、スラスターを噴かさんとし、シュメルツも構えんとした時、千冬が大声でそれを制した。楯無は慌てて、スラスターのスロットルを絞り足を着地させ勢いを殺す。

 それを見ていたシュメルツもまた構えを解き、千冬を怪訝そうな顔で見やる。

 

 

「お、織斑先生?」

「……」

「落ち着け、更識。安い挑発だぞ」

「そ、そんなことは分かって……?」

「更識…」

「!」

 

 そもそも当初の予定では、楯無が正体不明機と戦闘をしている間に無理やりでもラウラをアリーナから引きずりだす手はずだった。だがそもそも退避させるラウラを止む終えぬ事情とはいえ気絶させてしまったために予定が狂ってしまったのだ。だがそれでも楯無をシュメルツに奇襲させたるという当初の策を取ったのは、両者間での混乱をなるだけ避けようと考慮した結果だった。

 

 本来なら速やかに、退避したいところではあるがいくら千冬でも、この技量の相手にISからラウラを降ろし、抱き上げてこのアリーナを無事に出るなどと言う芸当は不可能に近い。楯無でも恐らくは無理だろう。先ほどの攻防で敵の速さの大凡のレベルは把握している。結論から言って、あのISは楯無のIS〝ミステリアス・レイディ〟の遥か上をいく。

 

 ならばと千冬は考えた。無理に逃げて結果として怪我を負う或はラウラ、楯無に負わせてしまうぐらいならば、自分の市会にとりあえず捉えておくことで次の動きは予測できる。

 だが、そのままボケっと突っ立っているのも馬鹿らしい。ならば更に予定を変更してちょっとお話をしよう(・・・・・・)ではないかと。 

 

 楯無は千冬の表情にそのことを感じ取ると、口をつむり一歩後ろへと下がり千冬の話す事に耳を傾ける。

 

 

「さて、色々と言いたいことはあるが……ひとまず…貴様は何者だ?」

「何者……か」

「名前ぐらいあるのだろう?」

「名前……強いて(・・・)言うならば、名はシュメルツだ」

 

 

(強いて言うなら…? どういう意味だ? コードネームということなのか…?)

 

 

 千冬はシュメルツの返答に疑義を抱きながら質問を続ける。

 

「前回、前々回と異なる2機のISがこの学園を襲撃しているがあれも、貴様の手の物か?」

「否定しない。あの2人は確かに私の仲間だ」

「理由は何だ?」

「……」

 

 

 2つの質問には、比較的簡単に吐いたシュメルツだが、理由を聞かれると途端に口を閉じた。

 まぁ、千冬とてそれもそうかと納得する部分ではあった。そもそも襲撃者に何故襲うという質問をしている自分自身馬鹿らしい。

 これで答えが分かればなんと楽な話だろうか。

 

 

 千冬は、質問を取り消すかのように、目の前で手を左右に振る。

 

 

「いや、良い。今の質問は忘れてくれ。私としてもそんなに答えは期待して――――」

「解放だ」

「……何?」

「解放と言ったんだ」

「解放だと?」

「そうだ、それが私の目的だ」

 

 千冬は目を細め、後ろで横たわるラウラを一瞥する。

 

「ならば、ボーデヴィッヒを襲ったのもその〝解放〟とやらに関係したことなのか?」

「いや、そいつの場合は少し事情が違う。今回のは解放ではなくただ単なる〝確認〟だ」

「確認だと?」

「あぁ、だがそれも、もう確認できた」

「確認……まさか、お前!」

 

 

 千冬が何かに気づき声を荒げた直後、シュメルツは、唐突に踵を返す。それを慌てて楯無が呼び留めた。

 

「あなた、逃げるつもり? 悪いけどそうはいかないわ」

 

 

 この距離ならばまだ、相手が飛び立つ前に〝イグニッション・ブースト〟で飛びかかることが出来る。身構える楯無に、顔を少しだけ向けながらシュメルツは一言だけ呟いた。

 

「そうじゃない、見逃してやるんだ」

「ッ!」

「……良い……追うな更識」

「ですけどッ」

「調整中の機体ではどのみち無理だ。こいつ(ラウラ)の事もある」

 

 尚も食い下がろうとする楯無だったが、ラウラの事を切り出されては無視することはできない。生徒の安全が第一は大前提だ。

 楯無は渋々といった風ではあったものの、千冬に従い構えを解く。

 

 

「調整中? ……なるほど貴様も本調子ではなかったという事だな」

「貴様も黙れ、そして失せるならとっと失せろ」

 

 千冬はシュメルツにぴしゃりと言うと、会話を半ば強引に終わらせる。その直後シュメルツが轟音と共に飛び去っていった。

 千冬はその航跡を目で追いながらしばらく、シュメルツの言った「解放」の意味を思案し続けるのであった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「……ふぅ、やっとついた」

 

 

 楯無との軽い一戦からほどなくして、オータムは秋穂の居る寮内へ侵入していた。制服を着ている手前堂々と真正面からでも良かったが、そこはそれ、これでもファントムタスクだ。

 〝一応〟万全を期すことにして裏口から人目に付かぬよう細心の注意を払った。その甲斐あってか比較的妙なトラブルに巻き込まれることなく秋穂の部屋までたどり着くことが出来た。

 

 

 

 

 オータムはポケットから針金を取りだすとそれを、ドアの鍵穴に差し込む。二度三度針金を上下に動かしながら手ごたえを探る。そしてややあってからガチャンっという音と共にドアの鍵が開く。だがこれだけではまだ部屋の中には入れなかった。もう一つの難敵。防犯チェーンだ。

 

 「こいつが厄介なんだよなぁ…」

 

 

 切断するには時間がかかり過ぎるし、だからといって他に何か策があるわけではない。むしろここまでがあまりに順調すぎたとも言えるのだが。

 

 

 だが時は一刻を争う。このドアの向こうで秋穂が倒れているのだ。

 

 

「しょうがねぇなぁ……強引にでもぶち破るしかねぇか」

 

 オータムが、頭を掻きながら乱暴な結論に至ったまさにその時、ドアの向こう側から音がした。

 耳を澄ませると、それはパタパタと何かが床にあたる音。そしてその音は次第に大きくなってくる。

 

「あん? まさかルームメイトか!?」

 

 流石に、制服姿とはいえ見つかると面倒だ。秋穂との関係を説明するのもややこしい。しかしオータムが考えあぐねている間にもその足音は大きくなりそしてドアの前でぴたりとやんだ。

 

 

「……やべ」

 

 

 もう逃げる暇などない。オータムは逃走をあきらめ、今度はルームメイトへ頭の中でなんと説明するかを考えることにした。

 というか、普通に考えれば大体秋穂が気失って倒れてるのにルームメイトが平然と部屋にはいるはずないのだが、いまのオータムにはそこまで想像する余裕がなかった。とにかく目の前のピンチをどう乗り切るかそれに全神経を集中していたためである。

 だからといって、マシな言い訳が出てくるかといえば、そうでもないのだが…

 

 

(お茶でもどうだ?……っていうのはなんかアレだしなぁ…だからつって実は姉ですっていうのも後々実姉の方といろいろ遺恨を残しちまいそうだし…あぁぁ、くそッなんかいい言い訳はねぇもんか)

 

 

 

 考えがまとまらないまま、無情にもドアがゆっくりと開いていく。もうここまで来たらどうにでもなれッとオータムが覚悟して、ドアを開けた人物に向かってとりあえずひきつった笑顔を浮かべる。

 

「あ、え、え~っと……東雲秋穂さんの部屋はここであって―――」

 

 

 と、ぎこちなく言葉を発したオータムだったがドアを開けたのは、意外な人物だった。

 

「あれ? ひょっとして……オータムさん?」

「――――る……って! あ、秋穂!?」

 

 

 オータムの目の前には、きょとんとした顔でこちらを見つめる、自分たちの可愛い〝妹〟の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 廊下での立ち話もなんなので、オータムは秋穂に部屋へ招き入れられるとベッドに腰掛ける。

 

 

 お茶、持ってきますねと冷蔵庫の方へ走って行く秋穂は健康そのものだった。オータムはその様子を訝しげに見つめる。

 

 

「なぁ、お前……」

「え? なんですか?」

「い、いや…大丈夫なのか?」

「あ、まぁ。倒れちゃったのは自分でも驚きましたけど…」

 

 

 冷蔵庫に顔を突っ込みながら平然とそういう秋穂に、オータムは更に不信感を募らせる。倒れた理由や経緯をオータムは詳しく聞いていたわけではない。もちろん自分がここまで来るのにはスムーズに来たとはいえ楯無の妨害で、多少なりとも時間はかかっている。その間に気が付いたという可能性はあるだろう。だがこう……なんというか倒れた直後だというのにあまりにも平然とし過ぎているところが引っかかるのだ。

 

 

 オータムの考えをよそに、秋穂がペットボトルのお茶を2本持って戻ってくる。その足取りも軽やかで危なげな所など皆無だった。

 

 

「それで……あの…」

「ん?」

「コスプレして何やってるんですか?」

「コスッ! あのなぁ、もとはといえばてめぇが画面越しにぶっ倒れるからこんなことになってんだろうがッ!!」

「え、ええぇ!? あ、あたしの所為ですか!?」

「他に誰がいるってんだよッ!! はっきり言うぞ、もうこの際だからはっきり言う! スコールにも通信繋いじゃうもんねーッ!!」

「ちょ、ちょっと、落ち着いてください!?」

「無理無理無理、もう沸点超えた超超えたー」

 

 

 あんなに人を心配させたあげく、その当事者の秋穂に真顔でコスプレとまで言われたオータムはもう止まらない。

 そもそも、オータムはこれまでのことで多量のストレスを抱え込んでいた。もちろんその大半は秋穂のことでだ。

 自分たちの大切な妹の秋穂が倒れた。しかも原因は不明と来ている。それだけで精神的ストレスは大げさでも何でもなく言い表せないものがあったのだ。

 それが事もあろうに、当事者の秋穂に、コスプレとまで言われては黙ってはいられない。

 止まらないオータムは通信機を取りだすと本当にスコールに通信を繋ぐ。

 

 

『オータムッ、もう、あなたもう少しこまめに通信を…』

「はい出た、スコール出た、もう言うからな、はっきり言うからなー」

『オ、オータム? あなた……ど、どうしたの? 秋穂ちゃんは?』

 

 

 半ば自棄になるオータムを目が点になって見つめる秋穂と戸惑う画面の向こうのスコール+後ろに見えている鍾音(しょういん)。だがもうそんなものオータムの目に入っていなかった。

 オータムは言いたいことを洗いざらい言いまくる。

 

「いいか、あたしはなぁ…着せ替え人形じゃねぇんだよッ!分かるか!? この服だってお前がぶっ倒れたからって潜入のためだけに着せられたんだぞ!! そりゃ心配はしてたさ、当たり前だ。だけどな、こともあろうにコスプレだとぉ!? あたしは感謝こそされど、笑われる道理はどこにもねぇッ!!」

『……そ、そうね……』

「……は、はい……」

「まぁ百歩譲って、この服装はいいよ、この服装は。だけど秋穂お前ぶっ倒れた割になんでそんなに元気なんだよ!!」

「えぇ!? 元気なのに怒るんですかッ!?」

「当たり前だ!! 少しは体調不良になれよ!」

「もう滅茶苦茶だ!?」

 

 

 画面の向こうで、どんどん脱線していくオータムを見て、眉間を指で押さえて顔を伏せてあきれ果てるスコール。秋穂とて表情には出さないが同じような気持ちだった。

 そして、怒り狂うオータムを尻目に、画面の向こうのスコールが秋穂に静かに〝暗殺命令〟を下す。

 

 

 その数秒後、オータムの後頭部にお盆が縦で突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

「頭冷えたかしら」

 

 

 スコールは気を取り直して、画面越しで後悔するオータムに話しかけた。

 オータムは、自分の取り乱し方にかなりのショックを受けた様でまともに画面を見られず、後悔と恥ずかしさで体育座りで顔を伏せていた。

 

 

「どうなの、オータム? 頭は冷えたの?」

『……ミドリムシになって今すぐ視界から消えたい…』

「そうなったら顕微鏡で見てあげるわよ。馬鹿言ってないで報告をしなさい」

『私は貝になりたい』

「それ、思ってるほど軽い話じゃないから。ほら、報告しないさい」

『………元気』

「ここから、〝エーヴィッヒホリツォント〟で頭吹っ飛ばすわよ!?」

『……分かったよ』

 

 

 オータムは、ゆっくりと顔を上げると座り直し、画面内に秋穂と自分を入れる様に座る位置を調整する。

 それを見てスコールが全くとため息を吐き、改めて問うた。

 

 

「で、秋穂ちゃんはどうなの?」

『見ての通りさ、ピンピンしてるよ』

『御心配おかけしました…』

「いえ、無事ならいいのよ」

 

 

 申し訳なさそうに頭を下げる秋穂に対してスコールは優しく微笑み返す。それを見て秋穂も照れたような笑いを浮かべた。

 

 

『なんか、知らないうちに結構な騒動になってたみたいですね…』

「まぁ、大切な家族だもの。これぐらいは当然よ」

『それを、お前コスプレとか言うから…』

『あはは……それは…まぁ…』

 

 

 苦笑を浮かべオータムと談笑する秋穂を見て、スコールは表情を緩ませるが同時に何かすっきりとしない、もやもやとしたものを秋穂に感じていた。

 とはいえ、本人に聞いても大丈夫という答えしか恐らく返ってこないだろう。だって現に元気(・・)なのだから。

 

 

 画面の向こうで、ひとしきりオータムとの掛け合いを終えた秋穂はこちらへ向き直るといつものような屈託のない笑みを向ける。

 

 

『皆さんには、ご迷惑をおかけしましたけど、見ての通りあたしは元気です! ……もう、多分大丈夫ですから…』

「……そう。まぁそれならいいんだけれど」

『はい…』

「ん、分かったわ。それじゃちょっとオータムだけにしてくれる? 今後のことも話しておかないといけないし」

『あたしがいちゃダメなんですか?』

「ダメじゃないけれど、オータムの脱出の事で心配させるわけにはいかないでしょ。貴方だって倒れてからまだそんなに時間は立ってないんだから。

 こういうのは下手に聞くより我、関せずの方が意外と気が楽なものよ」

 

『そ、そんなもんですかね』

「そんなもんよ。じゃ、悪いけど席外してもらえる?」

『はい、分かりました。それじゃ、オータムさんちょうどいいんであたしシャワー浴びてきますね』

『おう、多分出てくる頃にゃあたしもお暇してるからよ。ゆっくり入ってこい』

『あ、そういえばルームメイトなんですけど。多分今日も医務室で過ごすと思いますからそんなに急がなくても大丈夫だと思いますよ』

『おう』

 

 オータムが返事をすると秋穂は、「ごゆっくり~」と手を振り、手早くタオルと着替えをクローゼットから取りだすとシャワールームへと走って行った。

 

 パタンっとシャワールームの扉が閉まるのを確認すると、さっきまでとは一転して両社の顔が険しくなる。しかしこれから話す内容はオータムの脱出方法の件では断じてない。

 言わずもがな、秋穂のことである。

 

 

 

『どう思うよ』

「はっきりって、違和感しかないわ」

『だろ?』

「私はこの目で、はっきりとあの子が倒れるシーンを画面越しに見たわ。起きられたとしても、とてもじゃないけれど平然とあんな会話ができるなんて思えない…」

『モニタリングはしてなかったのか?』

「それが、しばらくしたら向こうの端末がシャットダウンしちゃって…」

『切られたのか』

「ええ…」

 

 

 スコールが秋穂に渡してある端末は、一般的にスコール達〝ファントムタスク〟の面々が使用する物と変わりがないもので、一応通信傍受対策は施されているものの他はごく普通の空間投影タイプの通信機である。そのため、こちらから通話をかけた場合むこうが出なければ当然つながらないし画面もブラックアウトのまま。更にむこうがシャットダウンしてしまえば、もうこちらからはこの通信機で連絡を取ることはできなくなってしまう。

 

 

 だが、そこで1つ疑問が生じる。それは端末がシャットダウンした原因だ。秋穂が倒れた時偶然何かの拍子に指が触れシャットダウンしたのならあり得ない話ではないが、切れたのは秋穂が倒れてからしばらくしてからだった。通信機のバッテリー切れの線もあるが、仮にバッテリー切れだったとしたら、まず秋穂があんなに悠長に会話に出ない。寝起きだったということを加味してもあの短時間の通話で切れるようなら、きわ宙にバッテリー残量の警告音はなりっぱなしになっているはずだ。そしてその音は集音マイクを通じてコチラにも届くはずだからだ。

 

 

 となれば考えられるのは、〝第三者の何者かによって通信機が切られた〟という結論である。〝秋穂をリアルタイムモニタリングをされると何かマズい事があった〟そういう何者かの思惑が見え隠れしてくる。

 

 

 そしてスコールはオータムに、更に衝撃の真実を伝えた。

 

「それとね、秋穂ちゃんのコアから送信されていたパーソナリティデータ。途中からエラーしか出なくなったわ」

『なんだと?』

「そうよね? 鍾音」

 

 スコールは振り返ると、椅子に座りキーボードをたたく小柄な技術者へ声をかける。声をかけられた鍾音はクイッと眼鏡を治すとスコールの問いに短く答えた。

 

「そうだねぇ。少なくともウチができる手立ては全部試したけど…」

『手立てって?』

「う~ん……再起動とか」

『……それだけ?』

「遠隔で出来るのなんてこれぐらいなんだけど」

『それな、全部っていうほど多くねぇよな』

「でもこれぐらいしかないんだからこれで全部でしょ。相変わらず馬鹿だね」

『てめぇ…』

「全く、喧嘩しないのッ」

 

 

 まるで子供に言うような、低レベルな注意を2人に促し、脱線しかけた会話を元に戻す。この2人こういうときぐらい自重してくれればいいのにと少し思うスコールだった。

 注意を受けた2人は、互いに顔を見ないようにしながらも、気持ちだけは切り替えて話をし始める。気持ちの切り替えは結構なことだが、やはりどちらも子供っぽい。

 

『にしても、再起動なんてできるんだな』

「まぁね、こっちからISの機能を操作できる唯一の方法にして最終手段だよ」

『それでも直らなかったんだろ?』

「うん、まぁ、しばらくしたらもう一度やってみるつもりだけど」

『ふぅん』

 

 オータムは短く相槌を打つと、そのまま黙り込んでしまった。スコールはそれを見て恐らくオータムが自分と同種の疑問を抱いているとすぐに察していた。

 

 それは、ここまでの〝偶然〟は重なり合わないというとこだ。むしろこれほどの疑問が残るのにこれが〝偶然〟だったで片付ける馬鹿はいないだろう。

 そうなると今度は、自然とこんなことをした理由は何か、そして犯人は誰なのか、という方向へ意識が向く。

 秋穂を気絶させ通信機をシャットダウンしコアまでもエラー表示にしてしまう人物…。

 

 

 スコールとそしてオータムの中で、それらは未だ点に過ぎなかった。しかしこれが線としてつながった時、この(ふね)を揺るがす大騒動に発展しようとは、この時誰も思ってはいなかった。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 日はすでに傾き、夕暮れが近づいていた。山中にある屋敷がオレンジ色に染まり幻想的な風景を醸し出す。

 

 

 その門の前に、いつも通り真っ白なカジュアルスーツに身を包んだ無縫 楓の姿があった。

 

 

 夕方とは言え、頬を撫ぜていく風はすでにやや夏の蒸し暑さを孕んでいた。

 そんな風が舞う空に、それぞれ2つと1つの航跡がこちらめがけてやってくる。

 そしてその3機は、途中で合流すると、砂煙を巻き上げながら楓のすぐ横に着陸した。

 

 

「お帰りなさい」

「何がお帰りなさいだよ、てめぇの所為でこっちはなぁッ!」

 

 労いの一つもなくそっけない挨拶を口にする、楓にシックザールがISを解除してから詰め寄る。だが楓はどこ吹く風でトレーネが抱える2人の人物を見て微笑んだ。

 

「お待ちしてましたよ、ドクター?」 

「いやいや、中々スリリングな体験だったよ」

「……ん」

「それは良かったわね」

 

 シックザールから難なく逃げ出した楓は穂高の頭をポンポンと撫でる。その様子を見てシックザールも、もう何も言う気がなくなったのかフンッと鼻を鳴らして先に屋敷に入っていってしまった。一緒に着陸したトレーネも神海(シェンハイ)穂高(ほだか)を地面に降ろすと後を追うように屋敷へと走って行く。

 

 

「それが、シックザールたちに命じていたお使いの内容か」

「ふむぅ?」

「……」

 

 

 神海と穂高は唐突に声のした方を振り返る。シュメルツは左腕(・・)を隠すように体の向きをやや反らしてはいたが眼だけは鋭く威圧的な雰囲気を纏っている。

 その眼に、穂高はビクッとなり、楓の後ろに隠れてしまったが、神海は違った。むしろ目を輝かせシュメルツの方へと走り寄っていく。

 

「楓嬢…彼女が?」

「えぇ、以前お話しました、シュメルツです」

「ふむ……素晴らしいな」

「なんだ、貴様」

「これは、今日の傷だね? なんとまぁ…もうすでに傷が治り始めている(・・・・・・・)じゃあないか。実に素晴らしい身体だ」

 

 神海はシュメルツの左腕を強引に取ると、傷口を舐めるように観察していく。それはシュメルツが強引に腕を振りほどくまで続き、振りほどかれた神海は大きめの丸眼鏡を治しつつ不

 

敵な笑みを浮かべた。

 

 

「フフフッ これから楽しくなりそうだ」

「えぇ、ですからお呼びしたんです」

「そういえば君も出るのかい?」

「時と場合によりますかね…まぁ前向きに考えてはいますが。それに最終チェックをしていただかないといけませんし」

「そうだったね。任せてくれたまえ。だがまぁ、まずは目先のことかな」

「それならご心配なく。既に確認済みですから。それに向こう(・・・)とも連絡は取れてますし」

 

 

 楓はチラリとシュメルツを一瞥する。その意図を感じ取ったシュメルツはその視線に静かに頷いた。

 

 

「そうか、彼女はそれを確認するために……フフフッ楽しみだよ」

「さてさて、細工は流々仕上げを御覧じろってところでしょうか」

「……ん」

「さて、シュメルツ。お2人を屋敷にご案内して差し上げて?」

「貴様はどうする?」

「私は、もう少しここで風に当たっていくから、よろしくね」

「……ついて来い」

 

 

 シュメルツはそっけなく言うと、付いてきているのかさえ確認しないまま足を進める。そのやや後方を神海と穂高も続く。

 

 3人が屋敷に入っていく様子を見ながら楓が口角を釣り上げた。

 

 

 

 これでいい。最終確認は済んだ。これでひとまず、自分が表舞台に顔を出す準備は完全に整ったのだ。

 

 後はそのタイミングだけ。

 

 

 これから起こることは、鮮血舞う殺し合い。試合ではなく死合。自分が最も興奮し胸躍らせるフィールド。

 

 

 彼女自ら〝演出〟に加わった自信作。キャストが台本通りに動き舞台は大きくそして激しく動いていく。

 

 

 そしてそれらは大きなうねりとなって、周囲を巻き込んでいくことだろう。あぁなんと素晴らしい舞台か!

 

 

 

 誰もが戦慄し、その姿に萎縮する。恐怖と狂気を孕んだ〝物語の主人公〟がいよいよこの世界へ放たれようとしていた。 




どうも、お久しぶりです。そして最後までお読みいただきまして本当にありがとうございます。
亀の子ペースを貫く(アカンヤツヤ)のろいうさぎです。

1話書くのにどんだけかかってんだよって話なんですよね毎回のことながら。
頭の中ではもう、かなり佳境に入ってるんですが←

それはともかくw
ご覧になられた方は、お分かりでしょうけれど、もうこの33話で強引にですが全部終わらせました(爆
ただ秋穂の身体、健常そうですが実は…的なところもあるのでそれはまた次回からなんとか表現していければと思います。

そして次からようやく学年別トーナメントのラウラ戦へと移行することが出来ると思います。あくまで予定ですけれど。

そして、こちらもようやく楓が出撃かってところですね。
彼女の活躍にも、ご期待ください。

では、このあたりで。
失礼いたします。
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