IS インフィニット・ストラトス~妹はファントムタスク~   作:のろいうさぎ

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第34話~その日を迎えし者たち~

 ラウラはその日の夜、医務室で意識を取り戻した。誰もいない医務室はしんと静まり返っておりラウラの孤独さを現している様でもあった。

 

 

 あの感覚が何だったのか自分でもよく分からない。だがひとつ言えることは激痛と共に凄まじい力の奔流を感じたという事だ。

 

 

 「……あの力があれば…ッ 私はッ」

 

 

 

 そう小さく呟くラウラが、医務室の扉の前で壁に寄り掛かる女性(千冬)の気配に気づくことは無かった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「うおっと!?」

「ふんッ!」

 

 あのことがあった翌日、放課後のアリーナで箒やシャルロットらが見上げる中1機の専用機(白式)1機の汎用機(打鋼)がぶつかり合う。 

 

 

 一夏が間一髪所で、右のパンチを回避する。あたしはそれを見るや間髪入れずに左のジャブを仕掛ける。流石に一夏もむざむざやられるつもりはないらしくジャブに反応するものの全てのジャブに反応することなど、人間の反射神経的にもそして物理的にも絶対に無理だ。

 

 

 あたしはジャブでリズムを作ると更に踏み込んで再び、右の一撃を放つ。一夏はそれをブレードで防ぐも、一度防戦に入った相手を簡単に攻めに転じさせる程あたしも甘くない。練習とはいえ負けるのは嫌だ。何よりこいつなんかに。

 

 

 あたしは更に深く踏み込むと、ブレードの上から一夏を殴りつける。一夏はなんとか距離を取ろうとするがこの状況だ。逃げるなら100%後ろにしか動けない。自分のしかいない180°の内のどこかしか選択肢がないのだから、比較的追いこむのも楽というものだ。

 

 更に今は超が付くほどの接近戦。適切な体重移動と基本さえ抑えていればこの至近距離からでも、そして利き腕でなくとも最大級の威力を出すことなど造作もない事だった。

 果たしてブレードごと弾かれた一夏は大きくその横っ腹をあたしの前にさらす結果となった。そしてその部位はあたしの十八番。ボディブローを叩きこむには絶好の場所だ。

 

 

「わき腹ががら空きだよ!」

「ちょまッ!!」

「今日も勝ちだねん」

 

 

 

 直後、ニヤッと笑いながら放たれた強烈なボディが一夏のわき腹にめり込んだ。

 

 そしてアリーナには、一夏の断末魔と、拳のめり込む鈍い音が響くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……普通にいてぇ…」

「当たり前でしょ、痛くしたんだから」

 

 

 何言ってんだこいつ…。頭の中で呆れつつ目の前で倒れこむ一夏を見やる。そこへ、見学していた箒とシャルロットが合流する。心配そうに見つめるシャルロットとは対照的に箒の目は鋭かった、いや青筋が浮いているといっても良い。その眼からはすでに殺気とも呼べるものさえ噴出しているように見える。

 

 

「ほ、箒さん?」

「貴様……何度同じ相手に負けたら気が済むんだ…」

「あ、いや……これは…その…」

「言い訳するなッ」

「ぐほぉッ!?」

 

 問答無用で振り下ろされる足。それが見事にあたしがさっきぶん殴ったわき腹にヒットする。あたしのボディブローのダメージも抜けきらない所へのあの一撃は痛い。ともすれば息できないレベル。現に目の前の一夏は腹を抱えてのたうち回っていた。それを見ながら箒が鼻を鳴らす。

 

「フンッ 少しはその弱さを反省しろ」

「ひ、酷でぇ…」

 

 

 そこへシャルロットが助け船を出すかのように、苦笑いしながら話題を変えるべく会話に入ってきた。

 

「そ、それよりも大丈夫…かなぁ」

「何が?」

「ふん、この程度でこいつは死なんぞ」

「そうじゃなくて……ボーデヴィッヒさんのこと」

「何? シャルル、お前あの女のことが心配なのか?」

「いや、だって、昨日襲われたらしいし…」

 

 

 どうやらそうらしい。あたしがぶっ倒れてた間に学園では結構色々あったようなのだ。学園側からは何も生徒に対して詳細の報告は無かったものの学園中がその噂で持ちきりとなっていた。謎の襲撃者によるアリーナの破壊。それに巻き込まれたラウラ。そして定かではないがそれを止めに入ったのは織斑 千冬らしい。

 

 女子というものは(自分も含めだが)そういう、噂話が大好きだ。下手をすればそこらへんの情報屋よりも情報を持ってるんじゃないかって思うぐらいに。

 それが基本女子しかいないIS学園なのだから、いくら秘匿にしようとも尾びれ背びれが付こうが付こまいが情報の駆け巡る速度は凄まじいものがあった。実際あたしも、噂話からその襲撃事件を知ったぐらいだったし。

 

 

 ……なんでオータムさんはその辺りのことを昨日話してくれなかったんだろうか。

 あたしはそんなことを考えつつ、3人の会話の中へと戻っていく。

 

 

「でも、確か織斑先生が助けに入ったんでしょ? じゃあ大丈夫だと思うけど…」

「それはそうだけど……やっぱり心配だよ。同じタイミングで転校してきた縁もあるし」

「ふむ……それであいつは今どこにいるのだ?」

「聞いた話だと、すぐに医務室へ運ばれたそうだよ」

「なんだ、じゃあ大丈夫じゃねぇか。俺がぶっ飛ばす前に倒されちゃあなッ!」

 

 

 一夏がようやくダメージから復活してゆっくりと立ちあがる。そして右拳で左手の掌を2~3回パンパンっと叩く。さっき見事に敗北を喫した後だってのに切り替えの速さだけは感服するよ…。

 

 しかし、そう感じていたのはあたしだけではないようで。

 

 

「ふん、今のお前なら、ぶっ飛ばす前に血達磨だな」

「ぐっ、そ、それは……でもだからこそこうやって秋穂とかに稽古つけてもらってるんだろ」

「じゃあ、あたしから言ってあげようか。どうあがいても絶望しかないよ、今のレベルだと」

「………そこまではっきり言われると、ぐぅのねもでねぇ…」

「まぁまぁ、とりあえず。何が一夏の問題点なのかを考えてみようよ。そこから見えてくるものもあるかもしれないし…」

「全部だ」

「篠ノ之さん、それは身も蓋もないんじゃないかなぁ…」

 

 

 確かにね…でもあたしが言ったことは間違っていない。ラウラをボコッた奴の実力は知らないが、軍人というバックボーンを考えると、〝実戦経験〟つまり場数もあたしなんかと比べ物にならないレベルだろう。

 

 正直、穴だらけの一夏をどう鍛えても同じレベルに持っていくのはかなり難しい。そういう意味では箒のいった全部が弱点というのはあながち間違ってはいない。

 

 

 でもだからといって、絶対無理だなんて言うつもりもない。

 

 

「でもまぁ……全部は無理でも何か1つを伸ばすことぐらいならできると思うけど」

「ほ、ほんとか!?」

「っていうか、むしろ今から全部を伸ばすのなんて絶対に不可能だからね」

「だけど、何を伸ばすの?」

「決まってるじゃん。近接戦闘の技術だよ」

「まぁ確かに一夏は、剣道をやっていたから近接戦闘にそれほど不得手感を持っていないのは事実だが……」

「つまり、箒さんが言いたいのは近接戦闘でもラウラの方が上手だと言いたいんでしょ? そんなのは分かってるよ」

「だったら…」

 

 

 食い気味に尋ねてくる箒を宥めつつ、あたしはトントンっとやや自慢げに自分の胸を叩く。しかしその意図は伝わることなく、その場の全員がぽかんとした顔であたしを見つめていた

 

 

 

「……えぇっと……何?」

「ふむ…そこがどうかしたのか?」

「う~ん……何だ? おっぱいがって、うごッ!?」

「貴様は正真正銘の阿呆だなッ!!」

 

 

 挙句、一夏に箒の拳がめり込む始末……。殴られるの好きだねぇ…それにおっぱいって……箒が殴りたくなる気持ちも分かるなぁ。

 

 まぁ、にしてもこりゃ口で言わなきゃ分かんないか。

 あたしといえば的な代名詞と(勝手に)思っていただけにちょっとショックだねぇ。

 

 

 

「あぁ、もう違う違う。何やってんのさ…」

「急にお前が、胸を叩き出すからだろ…ったく冗談も通じねぇのかよ…」

「冗談にしても、女の前で口に出して良い単語かどうか考えろ」

「へいへい…いつつぅ…」

「それで? 答えは何なの、東雲さん?」

「それはね、ズバリ〝体重移動〟だよ」

 

 

 あたしの答えを聞いて、更にきょとんとする3人。あれ?あたし何かおかしなこと言ったかな?

 

「体重移動って言うとあれか? お前がセシリアとの模擬選で見せた」

「そうそう。まぁ見せたって言うか使ったって言うか…」

「アレ…か」

「えぇっと、僕は良く知らないんだけれど…そんなに凄かったの?」

 

 

 あ、そういえばシャルロットはその時いなかったんだっけ。

 

 

「凄いというか…」

「う、うむ、あれを口で説明するのはかなり困難だな。まぁ確かに素晴らしい技術ではあったのだが…」

「そうなんだ…でも、そんな説明しにくいものをどうやって東雲さんは教えるつもりなの?」

「まぁ、この技術自体は別にあたしじゃなくても普段から皆やってる事なんだよね。ただそれを意識的にできるかどうかって言うか」

「意識的に?」

「そう、まぁあたしは無意識に身体が勝手にやっちゃうからあんまり意識したことってないんだけれど」

「なんだよそれ…」

 

 

 あたしの〝ふわふわ〟した説明に、次第に疑心暗鬼になっていく一同。でもあたしが次に発した言葉でその眼つきががらりと変わった。

 

 

「この技術をマスターできれば、一夏君、君は〝どんな体勢からでも即座に360度どの方向へも動ける圧倒的な移動術〟を手に入れることが出来る」

「えッ!?」

「なん……だと?」

「……!」

 

 

 良いね、その眼つき。そうそう、どんどん〝強くなってもらわないと殺しがい(・・・・)〟もないからね。少なくとも実力はともかく、ラウラみたいなのに先に殺されるのだけは勘弁だ。弱いまま落としても意味がない。せめて最低でもイコールの条件でやって勝たないと。

 

 まぁそれはこっちの事情として。あたしは、含みのある笑みを浮かべると、やる気十分といった風でこちらを見やる一夏に向かってこういった。

 

 

「さぁ、やる? それともやらない?」

 

 周囲の仲間に後押しされるような視線を受け一夏はあたしを見つめる。

 そしてその口から発せられた答えは、予想通りにして、そして予想以上に力強い

 

「あぁッ! やってやるッ!」

 

 という一言だった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 先日とは打って変わって、平穏な時間の流れる世界を自室の窓越しにシュメルツは眺めていた。頭にあったのは昨日のラウラ戦のことだ。

 

 

 正確にいえば、窮地に立たされたラウラを飲み込もうとしていたあの黒い物についてだ。

 

 

 

 アレが……楓の言う確認したかったもの…か。

 

 

 ラウラを飲み込まんとするあの禍々しい殺気を放つ影。それを思い出すとシュメルツの顔が曇る(・・)

 

 

 アレは、操縦者を確実に殺すものだ。相手もそして自分をも。正直、あの場で千冬がラウラを気絶させていなければ、自分はアレに対抗できただろうか?

 

 

 ちなみにシュメルツが心配している事それは、実力という意味ではない。少なくともあのままラウラが暴走したとしても十分に戦えるだけの技量はあった。

 しかしそうではない。技術云々ではなく全く別、そう内面的な意味での〝対抗〟である。

 

 

 

「未だ、気持ちの整理が付かんな……だが……いずれにしても…」

 

 シュメルツが心にやや暗い影を落とす中、唐突に部屋の扉が開く。気持ちを切り替えるように小さくかぶりをふった後シュメルツが扉の方を見やるとそこにすでに人影はなく、次にし視線を動かしたベッドに扉を開けた人物が座っているのを確認した。

 

 

「ノックぐらいできんのか?」

「いいのよ、私の家なんだから」

「……」

「あらぁ? 拗ねちゃった?」

「付き合いきれん」

「相変わらず冷たいのね」

 

 

 白いカジュアルスーツの女性、無縫 楓は微笑みを絶やさずシュメルツを茶化すと手近にあったコーヒーカップに手を伸ばした。

 

 

「それ、前のだが」

「別に、私は気にしないもの。それともどこかの誰かさんが淹れてくれるの?」

「……はぁ……待っていろ」

 

 

 遠回しな催促を受けシュメルツは、壁際に設置されているコーヒーメーカーへと向かう。正直この屋敷でコーヒーを飲む人間など楓を除けばほとんどいない。今は神海が居るため多少人数が増えてはいるがそれでも、ほぼ楓がこの屋敷のコーヒー消費量のほとんどを占めている。更に、面倒なことに楓はこの部屋でしかあまりコーヒーを口にしない。

 

 そのため必然的にこの部屋の長でもあるシュメルツが淹れる派目になり、コーヒーメーカーの使い方など手慣れた物だった。

 

 そしてしばらくして、淹れたてのコーヒーを手にしシュメルツが楓の元へと帰っていく。それを楓は満足そうな笑みで迎えるのだった。

 

 

「あら、ありがとう」

「催促しておいて何を言うか」

「自発的に淹れてくれたものだと私は思ってるけど?」

「勝手にしろ」

「じゃあ、勝手にするわ」

「というかお前…」

「何?」

「……いや……いい」

 

 

 シュメルツは一瞬先ほどまでの考えが頭をよぎり、言葉を飲み込むと再び窓際に立って外を眺め始める。しかし楓はそんなシュメルツの異変を逃しはしなかった。

 

「良いものが見れたでしょ?」

「何?」

「アレのこと」

「……」

「本当、楽しみよね」

 

 そういって心底楽しそうな笑顔を浮かべる楓。シュメルツはガラスに写りこむその表情を確認しつつ声のトーンを落として尋ねる。

 

 

「お前はアレが何なのか知っているのか?」

「あら? 結構間抜けなことを聞くのね。知ってるに決まってるじゃない」

「アレは……操縦者を殺すものだ」

「そうね。死んじゃうわねぇ…〝両方とも〟」

「両方?」

「まぁ、でも私にしてみればそんなのどうだって良いんだけれど」

「まて両方とは…」

「あぁ、気にしないで?」

「……」

 

 前々からそうなのだが、楓は一体何が目的で動いているのかその真意を全く見せない。計画的に動いて居るように見えて、実は自分の衝動の赴くままに動いていたり、かと思うとそのすべてに意味があったり。

 

 行動に一貫性がなくシュメルツにはその全てがどうしても繋がってこない。要は全く人間像がつかめないのだ。今回の件にしても殺し合う事を楽しみにしているのかと思えば、そんなことはどうでも良いと言ってのけてしまったり。

 

 楓のことでシュメルツが今日までに理解したことといえば、話すと疲れるといった事だけだった。

 

 

 しかしシュメルツが楓に対して疲弊するのは何も支離滅裂な会話だけではない。

 

 

 なぜなら時に楓の言葉は…… 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でも、まるでソレ(・・)あなたみたいよね」

「――――ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

――――人の心を――――

 

 

 

 

 

 

 

 

あなたがまだあなた(・・・・・・・・・)じゃなかった(・・・・・・)時に―――」

「………」

 

 

 

 

 

 

 

 

――――深く深く――――

 

 

 

 

 

 

 

「あなたは――――――」

「ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――抉り取るからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 刹那シュメルツは、楓に飛びかかるとコーヒーをぶちまけながら左手で襟首をつかみ右ひじで彼女を首を押さえ付けベッドへ押し倒していた。

 鼻っ面を突き合わせて、シュメルツは楓を鬼の形相で睨みつける。しかし当の本人の楓は余裕の笑みを浮かべコーヒーのかかった服の心配をしていた。

 

 

「あぁん、もう。この服高かったのよ?」

「言うなッ」

「……聞いてる? コーヒーかかったんだけど」

「そんなことはどうでもいいッ! 二度とその事を私の目の前で口にするなッ!!」

「ふ~ん……気にしてた?」

「ふざけるなッ!!」

「あんまり大きな声立てないでよ、迷惑でしょ?」

「貴様…ッ」

「……それに」

「ッ!?」

「…いい加減邪魔よ」

 

 

 

 楓から柔和な表情が消えた瞬間、シュメルツは背筋に冷たいものを感じる。それと同時に腹に楓の足を滑り込まされるとそのまま上に蹴りあげられる。そして素早く体勢を整えた楓がベッドの反動を利用して飛びシュメルツの上を取ると首を鷲掴みにされ、落下の勢いそのままに木製のサイドテーブルに後頭部から叩きつけられた。

 

 

「ぐぅッ!?」

「大体……本当のこと言われて逆上は無いわよね? そうは思わない?」

「ッ……くぅッ」

「……返事がないわねぇ……全く……世話が焼けるんだからッ!」 

 

 

 楓は、表情一つ崩さずシュメルツを首をつかんだまま持ちあげると、先ほどの衝撃で半壊したサイドテーブルにもう一度シュメルツを叩きつけた。

 

「がぁッ!!」

「どうなの? 聞こえてるの?」

「……す、すまなかった」

 

 

 シュメルツは絞りだすように一言呟く。そしてそれを聞いた楓は首から手を離し、〝いつもどおり〟の柔和な表情を浮かべる。そしてせき込むシュメルツを尻目に踵を返すと部屋を出る前にこういい残した。

 

「これでも期待してるんだから、あんまり失望させちゃダメよ? それにもうすぐ向こうも動き(・・)があるだろうし………お仕事はまだまだ残ってるんだから……ね?」

 

 返事も聞かぬまま去り際に〝年相応の笑顔〟を残して閉じられる扉。

 サイドボードの残骸に囲まれたシュメルツには形容しがたいもやもやとした感情だけが残っていた。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

「ほらほら、また重心が一か所に偏ってる! そんなんで次別方向に動けるの?」

「んなこと言ったってよッ!!」

「泣き言は聞かないよッ!!」

「待て待てッ!」

 

 

 一夏の力強い宣言の後、すぐに訓練を開始したあたし達だったが、これはかなり前途多難な様で…。

 

 

 

 そりゃ、あたしだってそんなに簡単に教えられるとは思って無いよ。この技術、口で言うには簡単だが難易度は結構高い。

 今やっている訓練は、一夏にあたしが攻撃を仕掛けて避けるという回避訓練。しかしただの回避訓練ではなく、

あたし達は〝地面に着地した状態でスラスターを一切使わずに近接攻撃を避け続ける〟という特殊なものだった。言うまでもなく攻撃する方はあたし避けるのは一夏だ。

 

 

 通常ISはメインスラスターと各所に設置された姿勢制御用のサブスラスターそして、ISが浮遊できる根幹とも呼べるPICによって姿勢を制御している。そのため多少重心の移動が遅れても比較的容易にリカバリーが効く。だが、この条件ではそれは無理だ。まず着地している時点でメインスラスターの機動力は使えない。サブスラスターも同様だ。

 更にPICも過減速や浮遊を行わない時点であっても意味はほとんど無い。

 

 この状況で攻撃を避ける最大の方法は、それこそまさに体重移動の技術である。次に来る攻撃を予測しそしてそれに合わせて今自分の体重は最もどこにかかっていて次その受信をどう動かせば、一番最短距離でその攻撃を躱すことが出来るのか、それを意識的に行うためにこのトレーニングはかなり有効である。

 

 

 しかし…

 

 

 

 あたしが繰り出した左ジャブをなんとか右に避けて躱した一夏だが、続く左のフェイントモーションからの右ストレートをまともにくらうと、一気に後ろに体勢が崩れる。そこはなんとか踏みとどまったものの、それだけ重心が後ろに下がっていては、動ける場所など限られる。あたしは一気に踏み込むと一夏の顔目がけてへ右ストレートを振り下ろした。

 

 

 空気を切り裂くヒュオッっという音と共に放たれたパンチは、一夏が顔を反らしたために直撃はしなかったものの、あくまでそれは首で躱しただけで体重移動のトレーニングという観点からすれば合格点には程遠かった。

 

 

「はぁッはぁッ……」

「ふぅ……これは先が長そうだなぁ」

 

 

 一息ついた所で、少し離れた場所で見守っていた箒とシャルロットが駆け寄ってくる。その手にはスポーツドリンクが握られていた。

 

 

「お疲れ、一夏」

「お前もな、秋穂」

「あぁ、シャルルサンキューな」

「ありがとう、箒さん」

 

 

 あたし達はISを降りると(一夏の場合は解除だけど)2人からそれぞれドリンクを受け取る。夏に近づいて行くにつれ日差しが強くなる今日この頃。そんな日差しの下動きまくって発汗したあたし達の身体を、適温のスポーツドリンクが染み渡っていく。

 

「あぁ、やっぱ動いた後はこういう飲みもんに限るよなぁ」

「それはそうだけどさぁ…ねぇ」

 

 どこまで、呑気なんだこいつは。ほんと神経の図太さだけはあたし今でも負けてる気がするよ。

 そしてそう思ったのはあたしだけでないようで、シャルロットが苦笑交じりに一夏に声をかけた。

 

 

「にしても、中々思ったようにはいかないね」

「まぁな」

「なぁ、秋穂、この方法しかないのか? いくら始めたばかりとはいえ、本番までに到底間に合う気がしないのだが…」

「とはいってもねぇ……」

 

 あたしは、少し頭をひねるも、現状の方法以外で効果的な物は思いつかない。体重移動は元々空中戦では基本は見に付かない。そうこれは体重移動の基本の〝き〟なのだ。重心がどこ

 

にあるのか常に考えて動くこと。それができなければ、話にならない。あたしは、3人に向かって首を横に振るとやや語気を強めて言う。

 

「……やっぱりこの方法以外は考えられない。これは基本なんだ。箒さんや一夏君だって剣道の基本がそんなに簡単に見に付いたわけじゃないでしょ」

「それは…」

「まぁ…」

「初めからできりゃね、基本なんて要らないんだよ。よっし! 休憩終了!」

 

 

 あたしは、飲み干した空のペットボトルを箒へ投げると、もう一度〝打鉄〟に飛び乗る。そして一夏に訓練再開を促した。

 

「さぁ、もういっぺんやるよ! とにかく今日は基本を徹底的に身体に叩きこませるからね!」

「ふぅ…そうだな。そのために秋穂が時間割いてくれてるわけだしな!」

「ありがたく思いなよ? 結果を血達磨から血祭りレベルには引き上げてあげるんだから!」

「それ、どっちも俺死んでねぇか!?」

「嫌なら、後は自分の努力で引き分けレベルにまで持っていけという事だ」

「そうそう! 僕たちもサポートするからね!」

 

 

 仲間のサポートを受けて、一夏は立ちあがる。その姿がどことなく自分に重なってみえた。マド姉、オータムさんそしてスコールさん……あたしもいろんな人から支えられて今を生き

 

ている。あの人たちがいたから、今自分はここにいるんだ。その人たちの思いを無にしないためにも、ここで躓くわけにはいかない。

 

 目的の為に、一夏には生きてもらわなければならないのだ。そう思えば少しは気合は入る。

 

 

「じゃぁ、訓練再開ッ!!」

 

 

 

 あたしの号令と共に、一夏が〝白式〟を展開する。そしてあたし達は再び超接近戦の嵐の中へと身を投じるのだった。

 

 

 

 

 一夏はこれまで以上の集中力で、あたしの攻撃を一つ一つ丁寧に潰していく。攻撃を一つの線と捉えるのではなくとにかく点で躱していく方法。案外これは戦で攻撃を考えるより難し

 

いのだが、どうやらそのやり方の方が一夏には似合っていたらしい。

 一度コツを掴めば、後はひたすら反復練習をするに限る。あたしは勢いを加減しつつ、攻撃に強弱のアクセントを加えていく。

 

 

 一夏はそれにやや戸惑いながらも、少しづつ順応していっていた。「へぇ、意外と良く避けれるもんだ…」

 

 

 

 

 

 あたしは、そう思いながら次々にコンビネーションを繰り出す。ジャブにアッパーストレート。大まかな基本的なパンチはすべて打ったといってもいい。

 

 

 一夏があたしの右ストレートに合わせて、重心をやや後ろ側へ持っていき身体を反らしながら回避する。更に間髪入れずに放たれた左ジャブも横にウェービングすることで危なげなが

 

らにクリア。そしてあたしがそれを見て、再び右のストレートを放とうとした矢先だった。

 

 

 

 

『―――――?』

「えッ!?」

 

 

 

 誰かが何かを呟いた。本当に聞き取れるか聞き取れないかそのぐらい小さい声で。

 

 その瞬間あたしは足から力が抜けガクンと一夏に身を預けるように倒れこんでしまう。

 

 

 

「お、おい!?」

「……え」

 

 

 一夏は倒れこんだあたしを、驚きの表情で抱き止める。あたしは今一瞬何が起きたのか全く理解できていなかった。

 

 

 

 耳元で声が聞こえたと思ったら……何故か身体の力が抜けていたのだ。

 

 そこへ、箒が血相を変えて飛んでくる。

 

 

「き、ききっき貴様ぁッ!!」

「え!?」

 

 箒は一夏ではなくあたし目がけて飛んでくると、さっき手渡したペットボトルで思いっきり頭を叩いた。

 

 

「痛いッ!」

「お前、一夏と訓練していたのではないのかッ!! 何を抱き着いているッ!!」

「だ、抱き!? それは誤解だよッ!!」

 

 

 あたしは慌てて箒の思い違いを否定する。大体なんで自分から進んでこんな奴に抱き着かなくてはならないのか? ……っていうか論点そこじゃなくて!

 

 

「違う違う! ちょっとバランスを崩しただけだよッ!」

「箒そうだぜ! ちょっと落ち着けって!」

「一夏までこいつの肩を持つのか!?」

「そうじゃねぇっての!!」

「えぇい、黙れ黙れ!!」

「えっと……あの…」

 

 

 

 結局この日の訓練は、箒のブチ切れという何とも形容しがたい結末で幕を閉じた。

 

 結局なだめるのに失敗して、あの後四つ巴…というか…

 

 鬼神 篠ノ之 箒 VS あたし・一夏・シャルロット

 

 

 という謎の邪心退治が行われたのはここだけの秘密だ。

 

 

 

 

 

 

 しかし、そんな騒動があってもあたしは忘れることが出来なかった。いや…むしろ忘れろという方が無理だった。

 

 

 誤解が解けた箒を筆頭に皆が和気あいあいと寮へと戻る中、あたしは1人少し後ろを歩き自室に付くまで、そして部屋に入ってからもずっとあの時聞こえた〝声〟の事をひたすらに考えていた。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

  

 

 一夏達が訓練に明け暮れた同日の夕刻。ようやく〝退院許可〟のでた鈴とセシリアは寮への帰りしな校内のロビーに貼りだされたある掲示物の前で立ちつくしていた。

 その掲示物には右側に、1週間後に行われる学年別トーナメントのペア発表が、そして左側にはそのトーナメント表が記載されていた。

 

 

 参加する生徒たちのみならず、口々に対戦カードを見てこのカードは面白そうだとかこのカードはこっちのペアが固いなどと言った声が聞こえてくる中、鈴とセシリアはある一点にく

 

ぎ付けになっていた。

 

 

「なによ……これ…」

「……なるほど、織斑先生がおっしゃっていたのはこういう事だったのですね…」

 

 2人が見つめるトーナメント表。そのAブロックにかかれているラウラという名前。どうやらパートナーはクラスメイトの中から無作為に選ばれたようだ。

 だが2人が注目しているのはもちろんそんなことではない。そのラウラの居るAブロックの対戦カードだ。今回はペアマッチという事で、1ブロック4ペアの試合が組まれていた。

 

そしてそこには第1試合がラウラペアVS一夏・シャルロットペアそして仮にそこで一夏達が敗れても、第2試合では箒と秋穂のペアがシード枠として待ち構えていた。つまりどういう事かといえば、絶対にラウラはどう戦おうとも、一夏・シャルロット、箒・秋穂ペアと戦う事になるということである。ちなみに、もう一つのペアもあるがそのペアとは秋穂達がシードとなっているため自動的に対戦相手がおらず1試合目の試合がなく、更に一夏らが負ければ次に当たるのはシード組が優先なので、どれだけズレても秋穂たちよりも先にラウラと当たる可能性は無い。

要するにAブロックの組み合わせですでにラウラ包囲網が出来てしまっているのだ。

 

ただ裏を返せば、事情を知るものがラウラと戦えるのは2回だけでありそこで倒しきれなかった場合は事情を知らない生徒たちを危険にさらすことにもなる。2回の試合でどちらかがラウラを倒せ。これは千冬が生徒達をラウラの凶牙から守るために出来る最大限の予防線でありそして秋穂たちへのメッセージでもあった。自分たちは出ることはできないが、しかしその想いは確かに2人の心にしっかりと届いていた。

 

 

 

 そのメッセージを静かに胸にしまい込むと同時にセシリアの脳裏には千冬が医務室で自分たち言ったある言葉がこだましていた。

 

 

『あいつを、お前達が止めろ』

 

 

 そういう事かと納得しつつも、セシリアは苦笑いを浮かべた。そして鈴もその表情を見て同じ顔を作る。

 

 

「にしましても、これはやり過ぎですわね」

「医務室の会話知ってる人間からすれば、こういうの恣意的って言うんでしょうけど」

「あそこに名前を連ねることが出来ればもっと良かったのでしょうけど」

「しょうがないじゃん、あたしたちが良くてもISがあれじゃあ…」

「はぁ……これは是が否でも皆さんに勝っていただかないと」

「何言ってんの、勝つに決まってるでしょ」

 

 

 

 

 鈴が自信ありげにそう呟く。それに同調するようにセシリアも力強くうなづいた。

 

 

 

(ラウラさんは確かに強いです。私たちは今回何も出来ませんけれど…ですが……みなさんなら……必ずッ!)

 

 

 

 鋭い眼差しでトーナメント表を見つめるセシリア。見守ることしかできない自分への焦りを必死に抑えながら信ずる仲間たちをその胸に思い描くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 様々な思惑が交錯する運命の日は1週間後。

 

 

 

 

 

 その日はいよいよやってくる。

 

 

 

 

 

 

 

 




ども、のろいうさぎです。
タイトルつけるの慣れませんね…
非常に難しい…

さて…
前回を長々書きすぎたので今回は1万文字ぐらいで短めにまとめてみました。

本文中では1週間後とか書きましたけど、話的には次回からトーナメントに入っていきます。
色々と伏線もあるのでそれをうまい事回収していきたいなぁ(願望

願望の時点でおかしいのですが←


さて、では今回も最後までお読みくださいましてありがとうございました。
今後ともよろしくお願いいたします。
では失礼します。
まぁ気付かない誤字脱字などありましたら、お手数ですがご一報ください。
すぐに修正させていただきます。
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