IS インフィニット・ストラトス~妹はファントムタスク~ 作:のろいうさぎ
人間には本能とそれを抑え込む理性が存在する。
しかし理性は大抵の場合、本能を抑えきることは中々難しい。
さらに言えば、動物にとっては理性よりも本能こそが全てであり、そもそもそれを抑え込む理性などと言った類の物はほとんど存在などしないのだろう。
それゆえに、本能が支配する世界において、絶対に心理は弱肉強食。弱きものは淘汰され支配され、そして強きものはそれを蹂躙し支配する。
本能による理性の支配それこそが自然の摂理に照らし合わせた正しき形。
支配か従属か。
その心理をつかさどるような存在は、漆黒の闇の中で1人微笑む。
そして薄ら笑いを浮かべながら、静かにだが確実にこうつぶやくのだ。
「理性は本能には絶対に勝てない」―――――――と。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……んあ?」
あたしはまどろみの中から徐々に覚醒していく自分の感覚で、自分が目覚めようとしている事を自覚する。締められたカーテンの隙間を縫うように空からはいつもと変わらない太陽の日差しがあたしの身体を部分的に照らしていた。
夜更かしも何もせず、今日という
「……また変な夢見た……なんだろうあの夢…」
初めのうちは悪夢の1つ程度にしか考えておらず、日替わり定食のような感覚で今日はまた違う夢を見るだろうと眠りにつくのだが、大抵同じような奇妙な夢を見てしまう。
自分が真っ暗な空間にただ一人ポツンと立っていて、しばらくすると頭の中になにかしらの〝声〟が響いてくるのだ。ただ毎回起きるたびにその言葉の部分だけ全く覚えていない。これがここ最近ずっと続いていた。最近では昼寝の浅い睡眠時でも見る程になってしまっていた。
まぁ、それでも起きると別段身体に異常は感じられないのは幸いだ。そんな状態ならISでの戦闘なんてやってられない。あたしはベッドから起き上がると洗面所へ向かう。そしてパーテーションを横切るとベッドに腰掛け鑑とにらめっこしながら髪の毛をセットするセシリアが目に飛び込んできた。セシリアは鏡であたしの姿を確認したようで視線を僅かばかり動かす。恐らく彼女の中ではあれであたしと視線は合っているようだ。
「あ、おはよう、セシリアさん」
「おはようございます……ってまぁなんとも冴えない顔ですわね…今日大丈夫なんですの?」
「まぁ体調は別段おかしなところはないからね」
「……それなら、良いのですが」
「にしても、1週間でアリーナを直しちゃうとは思わなかったよ」
「昼夜問わず、工事の音が響いておりましたし……正直うるさかったですけど……」
「あはは、まぁあの音も慣れれば子守唄みたいなもんだよ」
「そんなものでしょうか?」
「そんなもんだよ……ってか、話変わるけどさ、もう髪の毛セットしてるんだね」
「えぇまぁ……手間のかかるヘアースタイルですし…」
余談だが、同部屋のあたしもつい最近まで知らなかったんだけれど、セシリアの髪の毛は、元々かなり髪質が固いストレートヘアらしい。
それにアクセントをつけたいがためにあれだけのロールヘアを朝早くからせっせと作っているそうだ。元々かなりの巻き髪のくせ毛だとばかり思っていたあたしは、セットにあれだけ時間がかかる理由がその時初めて分かり、その努力には感服せざるを得なかった。IS操縦者で候補生と言えど年頃女の子なのだ。
まぁあたしは面倒だからしないけど…。
あたしがそんなことを考えていると、セシリアが髪のセットをを中断してこちらに向き直る。その表情はやや険しくなっており、あたしはその表情を見て今から何の話題が飛び出すかをすぐに察した。
「やっと白黒はっきり付けることが出来ますわね…」
「まぁね……ただ専用機無い身としては一夏君達専用機持ちに何とかしてほしいところではあるけど…」
「そんな弱気でどうしますの! もっとこう……私がやってやるんだー! ぐらいの気概が欲しいところですのに…」
「あのねぇ……流石にあれを〝打鉄〟でどうにかするのは結構難しいよ……速さもないし」
口を尖らせるセシリアだが、事実なのだ。もちろんラウラといい勝負をする自信がないわけではない。ただ基本的にISの性能差があり過ぎる。近接戦闘主体の秋穂にとって特にラウラのAICは脅威以外の何物でも無かった。これがまだ〝デファイアント〟ならば速さで翻弄することもできるだろう。しかしながらそんなことは絶対にできない。自分は専用機を持っていないことになっているし、そもそも学園のしかも公衆の面前で展開させたらここまでの計画がすべてパーだ。なので、どうやっても自分は〝打鉄〟でラウラと戦うしかない。
せめてもの救いは、自分の試合が2試合目という事だろう。
あたしが、その差をセシリアに話しても、プライドの高いセシリアは中々納得してはくれない。
「速さがなければ、他のところでカバーすれば良いではないですか! 幸いラウラさんのペアは
「…か、簡単に言ってくれるなぁ…」
「この私が応援に回るのですから、そのぐらいやっていただかなければ困りますわッ! 大体あの方、私を何だと思っておりますのッ!! あぁぁもう、どうして私はこんな時に出場できないのでしょうッ!!」
先ほどまで少しムッとした顔程度で収まっていたセシリアだったが、どうもラウラにボッコボコにやられたことを思い出したのか、語気が荒くなっていく。普段なら宥めて丸く収めようとするあたしも、まだ顔を洗いに行けてすらない。それもう少ししたら、トーナメントの出場者のエントリーミーティングに顔を出さないといけないし、付きあってる時間もない。
よし、仕方ないここは……
「またまた…そんなこと言っちゃって…」
「何がですのッ!」
「本当に応援したいのはあたしなんかじゃなくて一夏君なんでしょう?」
「なッ!?」
一瞬でセシリアの顔が、ボボッとゆでだこの様に赤くなる。ハハハ……分かりやすいね。あたしはわざとらしくパンっと手を合わせ、微笑むと耳まで真っ赤にしたセシリアへ畳みかける。
「まぁでもそうだなぁ。一夏君もセシリアさんに応援なんてされちゃったら嬉しいだろうねぇ~」
「え!? そ、そうでしょうかッ!?」
「そりゃぁもう…だってセシリアさんはなんて言ったってイギリスの代表候補生なんだよ? そんな実力もあって何より綺麗な女の子に応援されて嬉しくないわけないじゃん」
「そ、それは……ま、まぁ当然ですわねッ!」
「そうそう! ほらほらそうとわかったらあたしになんて構ってていいの? 髪のセット時間かかるんでしょ!」
「そ、そうですわねッ、代表候補生たるもの身だしなみを整えるのは最低限のマナー、急ぎませんと!」
フフフ……チョロい。
あたしはニヤッと笑うと、足早に洗面所へと向かう。
その途中で、ふとどこからか何かが聞こえてくる。
『――――――』
ん? 今……何か…?
あたしは一瞬聞こえた声に首をかしげる。部屋にはセシリアしかいないし…
あれぇ…ヤバいなぁ幻聴まで聞こえてきた、あたし……それともまだ寝ぼけてる?
あーやだやだ、この年で幻聴とかやってらんないよ。
あたしは、蛇口をひねり手でその水を受け止めると、聞こえたような気がする声を振り払うかのように自分の顔に浴びせるのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……」
「……」
「………何だ?」
「いやなんでもあらへん」
エントリーミーティングの会場でもある、IS学園の大会議室。まだ教員すら到着していないその会場でラウラとそして
双方とも制服姿であったが、容姿はほぼ真逆。まず身長も低身長のラウラに比べ、祭りは非常に整ったプロポーションをしている。
そしてラウラが軍服風に改造された学園の制服をビシッと着こなすのに対して祭りの方は、着崩れも着崩れで、胸元のボタンは上から3つほどが空いており豊満な胸の谷間があらわになっており袖もめくりあげられている。また、外見にさほど気にしないラウラでも髪の毛ぐらいはブラッシングする様で寝癖一つない綺麗なストレートヘアを湛えていたが、祭りの方は黒髪の同じくロングヘアーを湛えるも毛先ははね放題で手入れの〝て〟の字もされていない。唯一の共通点があるとすれば、双方に鋭い目つきがあることぐらいだ。
およそ友人と呼ぶにも、そして知り合いと呼ぶにも相応しいとは言えない2人だがこれがラウラの今トーナメントでのペアなのである。
祭は自分の横で仏頂面のまま椅子に座るラウラを見るとため息を吐く。正直ラウラはさっきからこれをずっと繰り返され辟易していた。そのため祭に声を荒げに睨みを効かせる。
「さっきから、なんなんだ貴様はッ!」
「いやだから、なんでもあらへん言うてるやん」
「だったら黙って座っていろッ!」
「そら、無理な注文やな。ワシ黙ったら死んでまうねん」
「だったら死ねッ!」
「あかん、あかんでぇ。仮にもワシらペアなんやから、仲良ぅせな」
「それに、大体その口調は何だッ!」
「関西弁やん、知らへん?」
「知るかッ」
ラウラは、眼つきは鋭いまま、それでいて口調はけだるくそして独特の一人称や〝方言〟を口にする〝
「はぁ…」
「……」
「のぉ、ラウラちゃんや」
「………」
「仮にもワシらペアやろ? もっとコミュニケーションとらんとさぁ。そうでなくてもワシらまともに練習もでけてへんのやで?」
「……私の邪魔さえしなければなんでもいい」
「……はぁ、こらあかんわ」
祭は取り付く島もないと判断したのか肩をすくめると、背もたれに身を任せる。ラウラもようやく終わったかと一息ついた。
チッコチッコと部屋の時計の音だけが支配するこの部屋。ラウラは祭に乱されたペースを元に戻しながら今日第1試合でぶつかる男と〝かつての師〟の顔を思い浮かべる。
(…織斑 一夏…貴様を血祭りにあげ、そして織斑 千冬、お前のしている事の無意味さそしてお前の無能さを教えてやるッ)
ふつふつと湧き起こる殺意にも似た感情。グッと握りしめられたその拳は小刻みに震えている。そして更にラウラの脳裏にはある1人の少女の顔も思い浮かんでいた。
(東雲 秋穂…あいつとも2試合目で当たる……)
少なくとも秋穂は、一夏よりは強いだろう。だがそんなことは関係ない。強いといってもそれは一夏よりはという事であり、少々シミュレーションを変更する事態には陥るかもしれないがそこまでだ。自分があの女に負けることなど天地がひっくり返ってもあるわけがない。それにいざとなれば、以前シュメルツとの戦闘の時に感じた、〝あの黒い何か〟が自分にはある。きっとアレは自分に有利に働くに違いない。何より自分は〝特別〟なのだ。絶対に勝つに決まっているではないか。
ラウラが不敵な笑みを浮かべ優越に浸っていると、不意に肩を祭に捕まれた。そして祭はそのままラウラの方を二度三度揉む。
「ちょ、今度は何だ!」
「いや、えらい力入ってるのぉと思てな。ほぐしちゃろうかと」
「えぇい、余計なことはしなくていいッ! というか余計なことしか出来ないのかッ」
「そんなことあらへんで? こうやってペアの緊張をほぐしたっとるんやないかい」
「私は緊張などしていないッ!!」
ラウラが声を張り上げ、腕を振り回し祭を振りほどいたまさにその時だった。
ラウラが背を向けていた背後のドアが開き、能天気な声がラウラの耳に飛び込んできたのだ。
「あれれ? ペアの人かわいそうだなぁって思ったけど、案外うまくいってるみたい?」
「そう見えるだけで、大凡ペアとして頼りあっているようには見えないがな」
その声にラウラは、立ちあがると素早く声のした方を振り返る。そこには挑発的な笑みを浮かべた秋穂と腕を組んだまま仁王立ちする箒の姿があった。
「やぁ、おはよう?」
「東雲 秋穂…」
「今日は、よろしく頼むぞ?」
「え~っと、確か…箒はんでしたなぁ。こちらこそ、よろしゅう」
互いに短く声を交わすが、ただの挨拶というには凄まじくピリピリしている。4人が顔を突き合わせているその後ろを他の参加者達が、我関せずといった感じで次々に部屋に入ってきていたがラウラには今目の前の憎むべき敵の1人しか見えていない。更にそこへ、もう1つの〝標的〟が姿を現した。
「お?」
「ッ!?」
ラウラは、秋穂から視線を外し、その後ろに見える男子生徒をとらえる。その視線に気が付いた秋穂らもラウラにならい後ろを振り返った。
そこには、ラウラをと顔を突き合わし火花を散らす秋穂らに少々面食らった一夏とシャルロットの姿があった。だがすぐに表情を強張らせるとまっすぐラウラを見やる。
「…やっと、白黒付けられるな?」
「ふん、貴様が付けられるのは黒星だけだがな」
「あぁ~……そういうんは俗に言うフラグってヤツやと思うんやけど…」
「黙っていろッ!!」
「おぉ~怖…」
「……」
皆の意識が、因縁深いラウラに向く中で、シャルロットも初めはラウラに向いていたのだがその視線はいつの間にか横であのラウラに茶々を入れる祭に注がれていた。それに不思議そうな顔で祭が反応する。
「えぇっと……なんやったやろか?」
「え、あ。いやその……あなたがボーデヴィッヒさんのペアなんですね」
「おぉ、そうや。ってか自己紹介まだやったの。ワシ1年4組の、虎音 祭て言いますねん。よろしゅう…けどまぁ……ペアちゅうてもロクに練習もでけてへんけど」
「あ、それはご丁寧にどうも……って練習してないんですか!?」
「せや、ラウラちゃんあないな性格しとるやろ? 練習どころか今日の今日まで顔合わせたん一度だけやで。それもペアが決まった当日ものの5分ぐらいや」
「ご、5分!?」
祭の発言に、一夏が目を見開いた。流石にいくら仲の悪いペアでも軽く練習ぐらいは放課後にでもするだろう。一夏の驚きは決しておかしなことではない。だがラウラはそんなことなど気に求める様子もなく淡々とした口調で言う。
「ペアの練習など必要ないからな。特にここら辺の雑魚など私1人でも十分だというのに」
「ふん、随分と舐められたものだな」
「所詮雑魚が粋がっても雑魚の領域から飛び出すことなど絶対にない。そのことを貴様らはすぐに思い知ることになる。まぁ精々頑張ってくれよ? 雑魚は雑魚なりにな」
「井の中の蛙って言葉あるよね」
「何ッ!?」
「いや別にぃ~? あたしはただそういう言葉があるよねって言っただけだしぃ?」
「どこまでも、口の減らん――――って!?」
ラウラが秋穂の挑発に再び頭に血を上らせ掴みかかろうかとした時、不意にラウラの身体が宙に浮いた。
「……マジかよ?」
「わぁ…」
「これは……凄いな」
「人ってあんな簡単に上がるもんなんだ…」
三者三様の感想を述べながら、ラウラはいつもとは異なる〝見降ろす視線〟にやや戸惑い気味に声を挙げた。
「な、何が?!」
「はぁ……全くそういう安い挑発にのってまうと……良い結果はでんて…」
「虎音、貴様ッ って痛い痛いッ!、コラ、離せッ」
ラウラはようやく自分の見に起きたことをその頭部の痛みでようやく理解した。ラウラを宙に浮かせた人物それはラウラのペアである祭であった。祭は自身の大きな手でラウラの頭を鷲掴みにすると、まるで小石を拾揚げるかのように簡単にラウラを摘み上げたのだった。ラウラは必至にその手から逃れようともがくもガッチリホールドされたその手から逃れることは適わなかった。それでもラウラは必至にもがき続けるが祭はそんなラウラを尻目に動揺する4人に向かって鋭い目つきながらどこか人懐っこい笑みを浮かべると軽く頭を下げる。
「まぁ、このままここにおっても余計話が
「え、あ……はい…どうぞ」
色々言いたいことはありそうな一夏だったが、とにかくそう短く言うのがやっと。それを聞いて祭が片手を上げる。
「ほな、また試合で」
「まだ、話は終わってないぞ!」
「ええねんて、もう……。しまいに収集つかんなって、あのまま放っといたら殴り合いの喧嘩や。仲裁に入る身にもなってほしいわ」
「誰もそんなもの頼んでいないッ!!!」
声を張り上げるラウラだが、その姿はもはやクレーンゲームの景品そのもの。空しく会議室に響くラウラの声は、その場に何とも言えない空気を残していくのだった。
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エントリーミーティングが終わるといよいよ参加者は各自割り当てられたピットへと移動を開始する。Aブロックに割り当てられている一夏達4名は全員が同じAピットに割り振られていた。
「ミーティングって言っても基本的な事ばっかりだったなぁ」
「それをミーティングって言うんだよ」
「まぁ、一夏の頭にどれだけあの内容が残っているかは疑問ではあるがな」
「そ、そんな馬鹿じゃねえよ!」
「ならなんでもいい言ってみろ」
「え!? え、えぇっと………ゼロになったら負け…」
「一夏…・・・流石にそれ小学生でもわかるよ」
「だめだぁ…」
一夏の間抜け発言にうなだれる一同。しかし当の本人はどこから湧いてくるのか分からない自信をのぞかせる。
「だ、大丈夫だって! 勝てば良いんだろ!」
「まぁ、それはそうだけど…」
「だが、何が大丈夫なのかは分からん」
「そういうのって根拠のない自信って言うんだよね」
「お前らさっきから酷くねぇかッ!?」
「まぁでも、負ける気はないよね」
「当然だ。仮にお前たちが負けても私達があいつを倒す」
「それは、心強いね。でも僕も何もせずに負けるつもりはないよ…」
一夏は涙目になりながら3人に抗議する。大体ミーティングでの話は一夏にとって暗号文を聞いているようなものだった。先ほど箒の質問に答えた一文はなんとか一夏がかろうじて理解できた部分だったのだ。周囲の操縦者は「へぇ……それダメなんだ…」とか「そのルールは使えそうね…」なんていう会話をペアとしていたが一夏にとってはそれ以前の問題だった。と
はいえ、周囲も先ほど一夏の言った勝てば良いという理論には少なからず理解を示す。というか一夏以外の3人も負けるつもりはさらさらない様子で、一夏を小馬鹿にしながらもその瞳の奥では沸々と高揚する戦意を必死に抑え込んでいた。爆発させるのはまだ今ではないと。
一夏はそんな3人を見やると表情を崩し息を1つ吐いた。正直言ってラウラ相手に簡単に勝てるだなんて思うほど一夏も馬鹿ではない。実力だってまだまだ追いつけたとも思っていない。しかし目の前の3人は、自分たちもそれぞれやらなければならない事があったにもかかわらず自分を鍛えることに注力してくれたのだ。
無様に負けることだけは絶対に許されない。一夏は3人から見えない壁際の拳をグッと握りしめる。
どうしようではなくやるしかない。その決意はしっかりと一夏の目に表れていた。そんな一夏の目に見慣れた2人の陰が飛び込んでくる。
「へぇ、良い目してるじゃない。これなら大丈夫そうね?」
「そうですわね」
「鈴……それにセシリアも…」
「何よ、あたしが来ちゃダメなの? ……ってああ、こっちの金髪ロール髪の方か」
「私が何か!?」
「いや、多分ね一夏は幼馴染のあたしだけに来て欲しかったんだと思うのよ。あの反応から見て」
「あ、相変わらずものすごい自己中心的なものの見方をされますわねッ」
「ってことで帰って」
「そんなことで帰るわけないでしょうッ!?」
相も変わらずいつものやり取りが繰り広げられる。そんな様子を見ていると自然と肩の力も抜け良い感じに身体もリラックスしてくる。そのやり取りに秋穂が加わり火に油を注ぎ巻き込まれるような形で箒が声を挙げ、それをシャルロットが宥めている。これからラウラとの大一番だというのに、そこにはいつも通りの空気があった。一夏はギャーギャーと騒ぐ皆に向かって少し大きめの声で口を開いた。
「みんな」
やけに改まった一夏の様子に一同が喧騒をやめ彼を見つめる。そして一夏は自信を持って高らかに宣言した。
「絶対に勝とうぜ!」
一瞬、その言葉に呆けた一同だったが、すぐに皆自信ありげに微笑むとそれぞれ返事を返してきた。
「うん、頑張ろう!」
「まぁ、負けた時の保険は任せてもらいたいねん」
「思い切りやってこい」
「あたし達もピットからきっちりサポートするからね!」
「お任せください!」
心強い返事に更に闘志を奮い立たせ、一夏達はいよいよピットへとその足を踏み入れた。
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「貴様の所為でいい笑いものだぞッ!!」
「あんなぁ、あないな所でいがみおうてても時間の無駄やて。試合できっちり白黒つけたらええやんか」
「ふんッ!!」
「まったく…」
ラウラと祭はそれぞれピットで自分の登場するISの最終チェックを行っていた。
ラウラは言わずもがな専用機の〝シュヴァルツェア・レーゲン〟そして祭は〝打鉄〟だがが中身が少々異なる量産機をベースとした〝ユーザーカスタマイズIS〟だった。
祭の機体は、基本的に〝打鉄〟なのだが、CPU等のチューンによって祭の得意な〝戦闘スタイル〟を十二分に活かせる物となっている。このように専用機を持っていないが、自分専用の稼働データを持っている生徒は実はかなり多く、またそれを学園も推奨している。
その理由は簡単で数に限りのある貴重な専用機を1機誰かの為に作るとなれば膨大なコストもかかるし、何より各国IS委員会の認証やら性能評価やらで、なんだかんだ膨大な時間もかかってしまう。しかしデータであれば、生徒個人でも簡単に作ることが出来るし、数に制限もないため自由に作成することが出来る。更に自身の成長過程を分析したり、有能な操縦者であればそのデータが将来の〝就職活動〟にも活かされるため持っていて損となることなどまずない。
そして祭も例にもれずそのデータを持ち歩いており、こうした公式戦や日々の授業や練習に役立てているという訳だ。
祭は、ラウラと軽く口論を交わしながら手早く〝打鉄〟に自身の〝パーソナルデータ〟をインストールしていく。それをいつの間にか平静を取り戻したラウラが見て呟いた。
「……思いのほか手慣れているな」
「ん? まぁ、いつもやっとるしのぉ。ただ単に慣れただけとちゃうか? 自分ではそういうのわからへんでなぁ、なかなか」
「そうか」
「まぁでも、会議室でのこと、ぶりかえすようやけど」
「?」
祭は作業の手を止めラウラの方を振り返る。そしてその眼を見た瞬間ラウラでさえ一瞬息をのんでしまった。そこには今まで茶々を入れながらラウラを適当にからかっていた祭の表情はなく、相手を威圧する鋭い眼光を宿した瞳が光っていたのだ。
更に祭はそこから声とトーンも落とし纏う雰囲気はさながら獣の様であった。
「ワシも、あんまおもろくはなかったわ……ラウラちゃんになんぞ因縁あるかも知らんが、どう考えても……ワシのことなんぞ眼中にあらへんって顔してたやろ。気に入らへんわ、胸糞悪い…」
「……」
「流石に、ワシも思わず手が出そうになったわ」
「お前」
雰囲気も空気も張りつめていく中、ラウラは次にどんな言葉がこの人物から飛び出すのか分からず困惑気味に短く無難な言葉を発する。
ラウラはドイツにいた時も、これほど重くそして背筋が冷たくなるこの異様なまでの威圧感を敵からもそして味方からも感じたことなどほとんど無い。唯一例が居は織斑 千冬だがそれを除けばほぼ皆無といってもいい。
気を抜けば、飲み込まれそうになるほど圧倒的な凄みを持った人物が目の前にいる。それだけが事実であり現実である。むしろそれ以外にうまく言葉で表現できないほどにラウラが祭から感じ取った〝もの〟は凄まじいものであった。
祭の威圧感に押され、このピットを使用している他の参加者達からも言葉が消え、自然と静かになっていくピットだったがそんな空気をぶち壊したのは他でもない祭本人だった。
祭の威圧感に押され、このピットを使用している他の参加者達からも言葉が消え、自然と静かになっていくピットだったが、そんな空気をぶち壊したのは他でもない祭本人だった。
「ま、ラウラちゃんのちまっこい頭掴んだらなんとかなったけどな」
「ちまッ!?」
祭はニッと笑うと、再び自分の作業へと戻っていく。しかし、あの雰囲気+声のトーンで次は何を口にするのかと待ち構えていたラウラは完全に肩透かしにあってしまう。更にそんな祭が放った台詞は、もう一度ラウラの頭に血を上らせるには十分すぎた。
「き、貴様人を何だと思っているんだッ!!」
「せやなぁ……小さい熊のぬいぐるみかなんかやろ?」
「ぬいぐるみだと!!!」
当然のことながら、その肩透かしを食らったのはラウラだけではない。その周囲の生徒たちも同様である。騒ぎまくるラウラとそれを適当になだめる祭。その光景とそしてこのよくわからない空気。「あぁ……これついさっき感じたやつだ」その場にいた全員はそう思わずにはいられなかった。
しかし、この時はまだラウラを含め誰も虎音 祭というよくわからない不思議ちゃんの素性を知るよしもなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「よっしゃ! 行ってくるわ」
「行ってきます」
いよいよ一夏とシャルロットそしてラウラ・祭の第1試合開始時刻となった。掛け声と共に気合を入れた一夏と、意外にも力の抜けたリラックスした表情でシャルロットがカタパルトに立つ。それをあたし達4人――あたし・箒・鈴・セシリア―――が見送る。
「出来るなら勝ってきてね……あたしら専用機無いから」
「そんな送りだし方があるか! とはいえ、一夏絶対に勝って来い!」
「まぁ、ISだし死にゃしないわよ」
「鈴さん…」
「相変わらずな言われっぷりだな。まぁ変にプレッシャーかからないから良いけどさ」
こいつ、プレッシャーなんて感じてたのか。万年平和ボケ見たいな顔して。
しかしながら、変に気負われても動きが鈍るだけ。それじゃせっかくあたしが教えた〝あの技術〟が無駄になっちゃうし、一夏自身が平常心で戦えるのならこういう送りだし方もありなんだろう。
確かに一夏には勝ってほしい。むしろこんなところでけつまずいてほしくはない。だが……
あたしには1つだけ引っかかることがあった。それはあのラウラのペアをしている虎音 祭という操縦者のこと。考え過ぎで終わればそれで良い。
仮に気を付けろと言って彼女が特に何の実力もない普通の操縦者だった場合が一番最悪だ。一夏達にだって色々と戦術もあるだろう。そんな中であたしが下手に余計な情報を与えてしまえば、その下手な情報は戦術を鈍らせ、本来の実力を発揮できなくなる可能性もある。
そしてそれは彼らに残る勝利の芽を摘み取ることに他ならない。
ラウラの実力は本物だ。下手を打っては絶対に勝てないし、隙を見せればその隙をも絶対に見逃しはいない。そういう相手なのだ。
あたしは出かかった不安を飲み込むと、今まさにカタパルトから飛び立たんとしている2機を黙って見送る。
そして直後カタパルトから勢いよく飛び出して行った2機をモニターで確認しながら、
あたし達の長い1日が幕を開けるのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
学年別トーナメントはIS学園が主催する学園内公式戦としては規模の大きい大会の一つである。そのため、この学園に在学する生徒の両親両親はもちろんのことながら、代表候補生を送りこんでいる国の研究者、技術者、高官等多くの要人も観戦に訪れる。
そのため、超が付くほどにセキュリティは厳重で、VIPであろうと、手荷物検査そして金属探知機による危険物検査があり、各国の代表とて入場ゲートでは自分の専用機は、大会終了後かその人物が学園から外へと出るまで一時回収されることがルールとして厳格化されていた。そんな入場ゲートの1つで、耳障りなブザーを鳴らしてしまった女性が1人…
「……」
「すいませんが、もう一度ゲートをくぐっていただけますか?」
「……あの、警備員さんや」
「なんでしょう?」
「……どっからどう見ても〝カメラ〟に反応してませんかねッ!?」
「………もう一度どうぞ」
「なんで!? 大体取材のパスは確認取れたんでしょ? なんでこんなところで詰まるんですかッ!?」
「いや、ですから
警備員と押し問答していたのは、首からカメラを掛け目深にキャップをかぶりパーカーとダメージジーンズを着こなすいかにも活発そうな女性だった。その名を赤桐 秋。
そう、前回鈴と一夏が戦った時にオータムが変装したカメラマンである。オータムはどうしても秋穂の事が気にかかりスコールの命もあってこうして再び潜り込もうとしていたのだ。パスの完成度は高く、2回目だというのに確認は驚くほどスムーズに終わった。
しかし今度は金属探知機がクリアできない。先ほどからキーホルダーやら財布やら色々なものをゲート横の簡易テーブルに出しまくってゲートをくぐっているのだが何度何度もブザーがなってしまい、また元の位置に戻されるという無駄な時間を繰り返していた。
そしてまた、耳障りなブザーの音が響く。
「はい、戻って」
「いい加減にしてくださいよ……だからこのカメラだって言ってんでしょ!?」
「いやそれは大丈夫なはずですから」
「その自信はどこから湧いてくるんですかッ!!」
いい加減この口調で怒ること自体にもイライラしてくるオータム、だがここでいつものような啖呵を切ってしまってもそれはそれで目を付けられる。無理に強行突破すれば捕まるのも目に見えているため結局はこの警備員の言うことを聞くしかない。しかしだ。物事には限度というものがある。すでに十数回これを繰り返させられている身としてはいい加減にしろというのが本音である。
(このままじゃ埒が明かねぇよ……くそ……ままよッ!)
オータムはゲートの前に戻ると警備員が「では、どうぞ」と言った瞬間無言で簡易テーブルに首からぶら下げていたカメラを叩きつけた。ダンッという大きな音がして一瞬周囲の目がオータムらに集まる。だがオータムはそんなこと知らんとばかりにゲートをくぐった。
結果は……
「鳴りませんよね?」
「え……あの…」
「では……そういうことで…ッ」
オータムはキャップのしたで青筋を立てながら、簡易テーブルの上におかれた私物を強引に掻っ攫うと警備員の返事も聞かぬまま学園内へと足を進める。
(ったく、クソ頭の固ぇ警備員だ……〝カメラだ〟って言ってんだろ)
オータムは腕に取材班の腕章をつけると、プレス用の通路を使ってショートカットしながらアリーナへと向かう。
(しっかし、まぁひでぇ人の量だな…前に来た時は広いなと思ってた学園もどこか手狭に感じちまうぜ)
オータムは辺りを見渡しながら、廊下の角へとやってきた。ここを曲がればアリーナはもうすぐそこである。その時不意に現れた人影と軽く交錯してしまう。
「おっと!?」
「あら?」
トンッと軽く当たっただけだったのだが、相手は体勢を崩してその場に尻もちをついて倒れてしまった。
「あぁ、こりゃすいませんね」
「……いえいえ。と、取材の方ですか」
「えぇ、まぁ。こういう試合は記事になるんで」
オータムがぶつかった人影は、パールホワイトのスカートタイプのスーツに身を包み、シンプルだが存在感のあるブラックパールのブローチを襟首にアクセントとして付けた背丈オータム程の女性だった。物腰は柔らかく柔和な笑みを浮かべ、いかにもお金持ちといった雰囲気を持っている。オータムはその女性の手を取り立ちあがらせると、もう一度軽く頭を下げた。
「にしても、急いでたもんで。すいませんでした」
「いえいえ、ご丁寧にどうも。スクープ写真が取れるといいですね、
「ま、まぁそうですね。では私はこれで」
「えぇ」
オータムは一瞬女性が意味ありげに笑ったように見えて、怪訝な表情を浮かべるも時間がそれ以上の詮索を許さず、納得したようなしていないような風な曖昧な返事を残して女性と別れた。
女性に背を向け、アリーナへと向かうオータム。何か一瞬だが感じたその何か。時間がもう少し許せばひょっとしたらオータムは気付けたのかもしれない。
その女性の浮かべていた笑みの〝温度〟が絶対零度であったことを。
ども、更新ペース早めでお送りいたします。
のろいうさぎでございます。
さて、ようやくトーナメント戦が始まりました。
新キャラも登場しましたね、えらいどぎつい関西弁で話祭ちゃんです。
彼女の活躍にもこうご期待!?
そしてここから一気に物語は動いて行く(はず)
オータムが出会った女性も気になりますね!(ばれてる
ではでは次回36話でまた会いましょう!
失礼します!