IS インフィニット・ストラトス~妹はファントムタスク~   作:のろいうさぎ

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第38話~死に様を描く少女~

 どこまでも、ひたすらに真っ黒な空間。あたしはそんな訳のわからない場所で目を覚ました。あたしは起き上がりながら軽く自分の格好を確認する。

 

 

 

「あれ?……あたし……なんで制服に…」

 

 

 

 

 確か自分はピットにいて、そこではすでにISスーツに身を包んでいたはずだ。それなのに何で制服を?

 

 

 

 

 だがそんなことは些細なことだ。どっちにしたって服を着ているのだから問題はない。あたしはもう一度周囲を確認する。相変わらず見渡す限りの真っ黒な空間だったが何も見えなかったが、圧迫感は無くそこが何か巨大な空間であることはなんとなく理解できる。それに立ちあがれるということは一応地面という概念はあるのだろう。

 

 

 

 ひとまずその謎の空間を移動すべく、ゆっくりと足を踏みだす。とはいっても…

 

 

「移動出来たからって……こう真っ暗じゃ…」

 

 

 あたしがそう呟いた時だった。どこからともなく声が聞こえる。

 

 

「だったら、明るくしちゃおう。そうだなぁ…こんなところかな」

「え?」

 

 

 パチンっと指を鳴らす音が聞こえたと同時に暗闇が一瞬にして晴れ、代わりにその風景として現れたのは、あたしがいつも学園で見ている風景だった。

 

 

 

「ここは……あたしの部屋?」

 

 

 

 あたしは、唖然としながらも部屋の中を歩く。そして自分の部屋のベッドにたどり着くと試しに掛布団を撫でる。

 

 

 

「柔らかい…本物?」

 

 物に触れ感じる柔らかさ、そしてセシリアの香水の香りが若干漂う甘い部屋の匂い。そのどれもが、今あたしにこれが現実の体験だという事を訴える。

 

 しかしそんなことはあり得ない。あたしは今の今までピットにいて、モニターで試合を観戦していたはずだ。それが何故突然暗闇の中に放り込まれそして、今度は自分の部屋にいるのか。感覚は本物を主張するも記憶がそれを否定する。混乱して頭を抱えるあたしに向かって、またあの声が聞こえた。

 

 

「あれれ? 明るくしてあげたのに、ご不満だったかな?」

「い、いや、歩きやすくなったよ…じゃなくてッ」

「?」

「色々聞きたいけど、あなたは誰なの? ってかどこからあたしに声を――――」

「――――ここだよ―――」

「……え?」

 

 

 あたしは声のした方を振り返ると、サイドボードの椅子に腰かける人物を見て凍り付いた。

 

 

 その人物は、あたしの顔を見るなり笑顔を浮かべこういった。

 

 

 

 

 

「やっと会えたね」

 

 

 

 制服こそ黒かったが、そこにいたのは紛れもなくこのあたし―――東雲 秋穂―――であった。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 ラウラの異変は、直ぐに千冬にも伝わっていた。

 真耶が現場からの通信を聞き、声を上ずらせながらも報告する。

 

「織斑先生! ボーデヴィッヒさんのISのシールドエネルギーがッ」

「あぁ、知っている。ここまでは想定内だ」

「では…」

「山田君、〝あの馬鹿〟に通信を繋いでくれ!」

「はいッ」

 

 

 馬鹿で通じてしまうあたりが、ややかわいそうではあると内心思ってはいたが、この状況でもそんなことを考えられる余裕が今の千冬にはあった。少なくともラウラのISになにかしら細工がしていあることは以前の襲撃の際確認済みだ。知っていれば対処はできるし策も練れる。そしてラウラの暴走自体は、千冬にとっては想定内のことであり、これに関して既に人員を配置してある。それが先ほどの〝馬鹿〟と呼ばれた人物だ。

 

 真耶がコンソールを叩き、周波数を切り替えると無言でこちらを見て頷く。それを開通とみなした千冬がすぐに声を挙げる。

 

 

「現場の状況はどうだ虎音(・・)?」

『お、その声は織斑先生やな?』

「無駄口はいい。どうなっている?」

『ひとまず、各ピットは閉鎖してもろたわ。まぁそのおかげでワシらは取り残されとるけどの』

「怪我人はいないんだな?」

『ワシはわき腹が痛い』

「……なるほど、全員無傷か」

『……まぁ……せやな』

「あからさまに不満そうな声を挙げおって。心配してほしければ、その悪い癖(・・・)をなんとかしろッ」

『……ぐぅの音も出んわ』

 

 そういいつつも、千冬には良く言えば怖いものしらず悪く言えば傲岸不遜(ごうがんふそん)な態度で教師を教師とも思わないような物言いをするこの少女の実力には信頼を寄せていた。

 

 千冬には今回のトーナメント戦をペアとした理由を表向きは、より実践に近いコンビネーションを習得するためとしていたがその実は全てラウラ対策であった。ラウラのこれまでの傍若無人さに加え、暴走の危険を孕んだISの仕様。そんな問題を抱えたままもし1対1の試合を許そうものなら、対戦相手に死ねといっているようなものだ。そのためラウラにはそれ相応の実力者をペアとして宛がうことになった。それが虎音 祭である。祭はこのIS学園において1年生ながら風紀委員を任されている。風紀の乱れがあれば時には各国代表候補や代表クラスの猛者を相手に、大立ち回りを演じなければならない役職柄、学園の風紀委員はともすれば生徒会といい勝負が出来てしまうほどにレベルの高い操縦者や実力者が揃えられていた。

 

 そして祭も例にもれず、1学年においては頭一つ抜けている操縦者の1人である。まぁ身体の異常なまでの頑丈さというのも助けてはいたが。

 

 しかし祭には千冬の言ったように悪い癖がある。そこだけが心配だったのだが案の定ISを一機この試合でボロッボロにしてしまった。

 

 

 

「大体、どこをどうしたら防御力の高い〝打鉄〟をそこまでボロボロにできるッ!!」

『ちゃうで、あれはシャルル君の攻撃が激しかったからで…』

「避けれた攻撃も避けずにか、それが貴様の悪い癖だといっているんだッ馬鹿者が! 貴様後で始末書ものだからなッ……全く……それで、戦えるのか?」

『まぁ、I多少シールドエネルギーは一夏君から借りたからの。少しの時間やったらなんとかなるわ』

「分かった。だがあくまでこちらから仕掛けるような馬鹿な真似はするなよ」

『分かってるわい。任せとき。そういえばお嬢はどうやねん』

「これから連絡する所だ。ひとまずそっちは任せたからな」

 

 

 千冬は通信を切ると、今度は会場警備に当たっていた楯無に通信を繋ぐよう真耶に指示を出した。そしてほどなくして通信が繋がる。

 

 

『織斑先生』

「避難誘導は?」

『ッ……既に指示は出しました。来賓等のVIPを優先的に…はぁはぁッ……それよりッ』

 

 

 楯無のやや張りつめた声に千冬は眉をひそめる。

 

 

「どうした更識?」

『……いえ……ちょっとした問題が……ふぅ』

「問題?」

 

 

 千冬は楯無の反応にただならぬものを感じ取っていた。いくら緊急事態にしても、この状況ではかなり異質なものを感じてならない。楯無の実力は折紙付きであり祭以上に信頼を置いている。その楯無が、息切れをしているのは一体なぜなのか。

 

 千冬がその声から敏感に感じ取ったもの、それは焦燥感だった。今のところ、避難誘導も現場指揮も滞りなく行われている状況で楯無が息を切らせて焦る状況とは…

 千冬はそれらのことも含め楯無に尋ねる。

 

「何が起きた?」

『はぁ……はッ……起きたというよりは……これから起きると言ったほうがいいのかもしれません……』

「?」

『織斑先生……ひとまずここは私に……先生は他の担当者に指示を…』

「……」

 

 

 千冬は一瞬判断を迷う。〝ここは私に〟ということは既に何かしら目の前に問題が存在していることになる。しかも楯無が焦る大問題が。しかし楯無の言うように、いくら問題が起きていようとも、そこだけに注力する訳にはいかない。楯無が現段階での最大戦力の一つであるという事を鑑みて、千冬は決断を下した。

 

 

「分かった。何があるか知らんが……無理はするなよ」

『了解です』

 

 

 短く楯無はそう答えると通信を切る。千冬は祭とそして楯無の身を案じながら、中央管制塔に次々に送られてくる各所の避難状況の情報に忙殺されて行った。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「お話は終わったの?」

「……はぁ……はぁ……えぇまぁ」

「そう」

 

 

 楯無は目の前にいるパールホワイトのスーツに身を包み透過率の低いサングラスをかける少女―――無縫 楓―――から感じる異様な圧迫感に必至に抵抗しながら言葉を絞りだす。まだ戦いもしていないのに楯無は既に全身に倦怠感を覚え、息は上がりっぱなしであった。

 楯無が感じ取っていた圧迫感それは一言では大凡表現しきれないまさに文字通り異常(・・)なものであった。

 

 それは気を抜けば〝飲み込まれて〟しまいそうなほどの息苦しく重々しい圧倒的なまでの存在感(・・・)でもあり、並の相手ならば〝触れただけ〟で失神させてしまうほどの次元の違う闘気(・・)でもあり、向きあった瞬間体感的に死を直感する強烈なまでの殺気(・・)でもあった。そんなものがグチャグチャに混ざり合った凄まじい気配を隠すどころか周囲にまき散らせながら目の前の女性はただひたすらに微笑みを崩さずに佇んでいる。逆にこれほどの気配を隠さないでいてくれたから、楯無は楓に辿り着けたわけだが。

 

 

 服は白くとも楯無が受け取る印象は全くの真逆。何物にも染まらないどころか染まりに染まりきって真っ黒だ。

 

 

 だが楓はそんな楯無の心の内など気にも止めず視線をアリーナの場内へと向ける。

 

 

「あれ、見えるかしら?」

「……」

「凄いわよね、あんなの見たことないわ(・・・・・・・)

 

 楯無は何を馬鹿な事をと楓の言葉を一蹴する。そもそもアリーナのほぼ真ん中とはいえ真っ黒な影を噴出させながら今まさに暴走せんとしているISがバリア1枚隔てた向こう側にいるというのに逃げもせず平気な顔で立ち尽くす人物が、この現象を知らないわけがない。

 

 

「よく言うわね……あなたも1枚噛んでいるんでしょ?」

「さぁ……それはどうかしら」

「否定はしないのね」

「肯定もしないけれど」

「……それよりッ」

「ん?」

「あなた……一体何なの?」

「……あぁ、そういえば名乗ってなかったわね。私は無縫 楓。これからちょくちょくお邪魔するかもしれないけどよろしくね。仲良くしましょ?」

「…出来れば……もう来ないでほしいわね」

「そんなこと言わないで、ね?」

「………」

 

 楓は自己紹介をしながら務めてフレンドリーな笑顔をこちらに向けるが楯無はいつもの様なウィットにとんだジョーク交じりの返事などしている余裕は無かった。肩で息をしながら言葉を紡ぎ出すので精いっぱい。いつもなら人たらしとまで呼ばれる楯無が話術でペースを握るのだが、その立場は完全に逆転していた。

 そしてそれと同時に圧倒的な気配を持ちながらも、どこか飄々としていて掴みどころない反応を見せる楓に対して危機感を強めると共に若干の苛立ちを覚えた。

 

 

(これなら、まだ何も言わずに向かってきてくれた方が何倍もやりやすいわッ)

 

 

 

 楯無の言葉に真面目に答えるそぶりなど全く見せないくせに、気配だけは楯無の命を今か今かと狙い続けている。常に自分の首筋に鋭利なナイフを突きつけられている感覚。戦う前から既に相手に命を握られているかの如き感覚は容赦なく楯無の体力を削り取っていく。

 

 

(どっちにしたって、このままじゃ私が…ッ)

 

 

 楯無にも限界はある。いかに生徒会長として君臨するといってもそれは他に並び立つものがいないだけであり、いうなれば〝彼女は最強ではあるが無敵ではない〟。

 楯無が遂に、立っていることもままならずその場に片膝をついて座りこんでしまった時、不意にさっきまでの圧迫感が消えた。

 

 

 スッと肩から重いものが消え、徐々にだが楯無の息も整っていく。楯無は怪訝な顔で楓を見やる。楓は再びこちらを見やると先ほどまでの冷笑ではなく年相応の笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

こうした方が(・・・・・・)話しやすいかしら?」

「……一体、何がしたいの?」

「聞こえなかった? ちょっとお話」

「お話?」

「そう時間は取らせないわ。私暇じゃないし? ……さて、唐突だけれどあなたは……支配する者と従属する者の違いってわかるかしら?」

「え?」

「世界はたったこの2つで実に分かりやすく説明できるのよ?」

 

 

 楯無は、楓がいきなり始めた会話の意図がわからず答えることが出来ない。そんな楯無に向かって楓はさらに続ける。

 

 

「従属を受け入れることそれすなわち、この世界・社会で生きるということ。あなたも含めほぼすべての人間はこのカテゴリーに含まれる」

「…」

「じゃあ、その逆支配する者とは何か。このカテゴリーの定義は……何だと思う?」

「……」

「分からない? それは〝その枠内から逸脱するか否か〟」

「逸脱?」

「そう、人は生きている限り必ずこのシステム(・・・・)に組み込まれてしまう。自分が知らない間にね。だったらどうするか……答えは簡単。逸脱してしまえばいい。自分を縛る鎖そんなものをいつまでも引きずって生きるなんて馬鹿らしくない? そして〝逸脱出来なかった者〟は一生支配する側にまわることは無い。いやむしろその資格さえ持たない。そして私はそんな生き方は絶対に受け入れられない」

 

 

 

 楓はあたかも教師の様に、楯無に教鞭を振るう。楯無はその一挙手一投足を見逃さずに観察しながら耳を傾け続けた。

 楓は満足そうな表情を浮かべると、アリーナの中心で黒い影に覆われていく〝シュヴァルツェア・レーゲン〟を指さす。

 

「あの子だってそう」

「ラウラちゃんが?」

「結局あの子も、他の子と同様。自分では逸脱したと思いこんでいても、それはまだまだこの世界の常識の範疇。あれではまだ不十分。力というものに支配されている時点ですでに彼女は従属を受け入れている。この世に生きるその他大勢の中のちっぽけな1人に過ぎないわ」

 

 

 楯無にはなんとなくだが楓の言わんとすることが理解できていた。恐らく彼女のいう支配と従属の関係性は、単純な主従関係のそれとは異なるのだろう。つまり従属を受け入れるものというのは、今現在この世界で生きている、楯無をも含めた社会を構成する数多の人々のことを指し、そして彼女の言う〝逸脱した者〟にしか慣れない〝支配する者〟とは詰まるところ……

 

 

「なるほど、要するに……あなたは……この世界そのものを否定する者ってことね」

「……あれだけの説明でよく分かったわね。褒めてあげましょ♪」

 

 

 楓はパチパチと拍手と共に軽い賛辞を送り笑う。だが楯無にしてみればそんなもの嬉しくもなんともなかった。

 〝支配する者〟それは既存の世界や社会といった枠組みなど無関係で、そんなものには全く縛られない。構造そのものから完全に逸脱し何色にも染まらず(・・・・・・・・)確固たる自由を謳歌しそれを侵害される可能性の一切を排除する。つまりはこの既存の社会構造…引いては世界構造そのものを全て〝否定する存在〟のこと。

 

 

 楓は僅かだが再び全身からあの驚異的な威圧感を発し始める。その感覚を再び感じ取った楯無の防衛本能がけたたましく警鐘を鳴らす。しかし既に大幅に体力を削りとられていた上に、楓の威圧感、圧迫感に対抗するだけでかなりの精神力を使っていた。

 

 

 

 楯無は既に楓のそれに徐々に飲み込まれつつあった。ぎりぎりのところで踏みとどまれてはいるが、文字通り崖っぷちだ。そしてそれを感じ取っていた楓はゆっくりとこちらへ足を進める。そして懐から1本のナイフを取りだした。

 

 

「けれど……そうね…確かにあなたの答えは、まぁ悪くなかったけれど……100点満点の回答ではなかったわね」

「……」

「正しくは支配する者とは、今生きるこの世界を知りその世界がいかに醜いかを知った者の総称」

「くッ」

「そして決してこちら側(・・・・)に回ることのできない哀れな箱庭の住人たちをその悲しくも醜い連鎖から解き放つ(・・・・)者」

「――――ッ!」

「それすなわち、〝従属からの解放〟!!」

 

 

 楓は一足飛びで楯無の懐に飛びこむとためらいなくナイフを首筋に突き立てる。楯無は地面に張り付いた足を強引に引っぺがすように重い足取りながら後ろへ飛ぶ。楓は突き出したナイフを更に踏み込んで今度は横凪に振るうが楯無はそれを顔を跳ね上げ躱す。

 

 

(振り切った右側ががら空きッ!!)

 

 

 楯無はそこへ至近距離から顎をかち上げるべく飛びこもうとするが、楓はおもむろに右腕をそのまま後ろまで回すと左わきのしたからナイフを楯無の顔面めがけて放り投げた。

 

 

「き、曲芸師かなにかなのッ」

 

 楯無は慌てて踏みとどまると身体を引いてナイフを避ける。楓はそのナイフを今度は左手で横からキャッチするとそのまま楯無の前髪を〝すく〟。更にそこから斜め下に待機させておいた右手に向かいナイフを投げ今度は楯無を右手の突きが襲う。自由自在にして縦横無尽な刃が楯無に襲い掛かる。突き・薙ぎ・更には投擲。そのすべてに対応しながら楯無は必至に意識を繋ぎとめる。身体が重いだのだるいだのは言っていられない。一つのミスイコール死を意味する。

 

 

 

 

「あら、意外に大人しいのね……でも」

 

 

 楯無は楓が踏み込んできた瞬間を狙い右手の突きを左手で払いのける。軌道を反らされたナイフが空しく空を切るが素早く左手を既に交差させていた楓はナイフをそちら側にトスし、逆手で楯無の首を狙う。

 

 

 

「避けてるばかりじゃ、どうすることもできないわ」

 

 

 

 そんなことは楯無が一番よく理解している。だが反撃など考えている場合ではない。反撃をしてこの攻撃の流れを止めるには、もう〝あの時〟しかなかったのだ。それも楓の曲芸張りのナイフさばきでつぶされてしまった。何よりどの体勢からでもナイフの切っ先をこちらの急所に突き立てられる楓の常軌を逸したナイフさばきを見てしまえば、むしろ予期せぬ隙を見せた時でさえそれが罠かもしれないと勘ぐってしまい飛びこむことをためらってしまう。なによりも既に楯無には反撃に避ける体力など残っていない。気力を振り絞って超高速の猛攻を避け続ける以外に選択肢などないのだ。だがその楯無についに限界がやってくる。

 

 

 楓のナイフをダッキングで躱した時だった。

 

 

「ッ!」

 

 

 足が踏ん張り切れず体勢を崩し膝を付いてしまう。だがそれでも楯無の視線だけは楓をとらえていた。楯無にしてみればそれは普通の事だった。敵から決して目をそらない事は戦いにおいては基本中の基本だ。しかし今回ばかりはそれが駄目だった(・・・・・)。楓はナイフを両手でお手玉の様に両手で投げ遊びながら楯無をサングラス越しにまっすぐと見やる。

 サングラスの奥で、不気味にそして妖艶に。それでいながら狂気をもはらむ赤い瞳が楯無を射抜く。

 

 楯無はその瞳は絶対に見てはいけないものだと直感しながらも、その瞳の発する尋常ではない気配から逃れることが出来ない。その気配を真正面から直接受けた楯無の心臓がドクンっと跳ね上がる。

 

「あ…」

 

 

 一気に跳ね上がった心拍数によって胸を締め付けられたような痛みを覚えると同時に世界の色が一変する(・・・・・・・・・)。空は赤く染まりそれ以外は全てが滅茶苦茶な配色になった風景は、それがベンチだとかアリーナの壁だということは理解できるのだが、それでもなお自分が今どこで何をしているのかさえもだんだんおぼろげとなってくる。そして次の瞬間――――

 

 

 

 

 

 

 

「―――え?」

 

 

 

 

 

 

 ゴウッと風のような何かが自分を突き抜けると同時に、楯無の身体の左半分が消し飛んだ(・・・・・)

 

 

 

「あ、あぁ……ああああああああああああああああああああああああああああ!!!!????」

 

 

 

 何が起きたのかさえ分からない。気が付けば自分が〝壊されて〟いく感覚。既にこの現象は数多くの修羅場をくぐりぬけてきた楯無でさえ理解できる次元を超えていた。 

 

 

 

「私の……私の身体ッ!!!!」

 

 

 

 うわごとのように呟きながら、必至に消し飛んだ(・・・・・)身体を右手でさする。痛覚という痛覚の全てが悲鳴を上げ、どこが痛いのかなどもうわからない。ただどんどん楯無の心をそして精神を、恐怖が支配していく。そして精神的に追い詰められた楯無の耳元で不意に声がした。

 

 

 

 

 

「どう……自分の死ぬ未来を見た……感想は?」

「いや………死にたく……ッ」

「駄目よ……あなたは死ぬ……そして解放される」

「いや……いやぁッ」

 弱弱しくか細い声になっていく楯無。そしてそれを更に追いこむ声よって楯無の心を支配していく負の感情。それも限界を超えいよいよ楯無の精神を蝕み始める。もうあと幾ばくも無い残り時間(余命)。徐々に崩壊していく自我や理性。恐怖が楯無の一切を飲み込んでいき次第に目の前が暗くなっていく。

 

 そして、ゆっくりと巡る毒素の様に深い深い海底へ意識が沈んでいくような感覚に襲われる。もうあと数秒……いやコンマ何秒の世界だろうか。

 

 

 そこまで来ると楯無の不屈の精神もついに死というもの徐々に受け入れ始める。

 死を受け入れ始めると楯無の心は驚くほどに穏やかになっていく。さっきまでの強迫観念などどこ吹く風。穏やかな気持ちでゆっくりと意識が沈んでいく(・・・・・)

 

 

 

(……これが……死ぬってこと? そっか……私――――)

 

 

 

 ――――死ぬんだ――――そう楯無が自覚し受け入れようとしたまさにその時だった。

 

 

 

 

「いつまで呆けてんだ馬ッ鹿野郎がッ!!」

「え!?」

 

 

 声が聞こえたと同時に、すさまじい衝撃を頭部に覚える。そしてその衝撃と強烈な痛みが楯無の意識を一気に現実世界(・・・・)へと引っ張り起こした。

 

 

 

 

「痛ッ!?――――ってここはッ!!」

「全く、何やってんだッ」

「私の身体ッ……何とも……無い…」

「大丈夫か…?」

 

 

 気付けば楯無は何者かによって思い切り地面に顔面から叩きつけられていた。その衝撃で切れた頭からは血が出ていたもののさっきまでの動悸は収まり慌てて確認した左半身はしっかりと自分の身体にくっついている。外傷は頭部の流血のみで死に至るような致命傷はどこにも見受けられなかった。楯無はひとまず安堵するが自分をあの恐怖から引っ張り戻した人物を見て感謝の意を述べようとしたものの、目深にかぶった帽子のつばからチラリと見えた面影に素っ頓狂な声を挙げる。

 

 

「えぇ、助かった―――って!? あ、あなたはッ……っていうか何で…」

「何でってッ……そういえば今考えたらなんであたしは敵のお前を助けたんだ…?」

「こんなのに命を拾われるなんて不覚中の不覚だわ」

「悪かったな…んなことより……こいつ…」

「あなた、知ってるの?」

「誰かは知らねぇけど、試合前に通路でちょっとな…」

「そ、そう」

 

 

 楯無を死の淵から救った人物。それは驚いたことにオータムだった。オータムは一瞬間の抜けた回答を見せたものの目の前のただならぬ雰囲気の楓にすぐさま緊張感を高めたのが分かった。楯無はどんな思惑があるのかはわからなかったがオータムの助けによって自分があの〝幻〟から抜け出せたことに敵ながら感謝する。またオータムの間の抜けた返答によってやや気持ちも落ち着いて行くのを感じていた。しかしそれでも気は抜けない。楯無は1度深呼吸をしてから未だにナイフをお手玉する楓に視線を移す。

 

 

 

「随分悪趣味な特技をお持ちなのね」

「でも、良かったでしょう? 自分の死に方なんて早々体験できるものじゃないから」

「お前そんなエグい事になってたのか…」

「……まぁ…」

 

 オータムが顔を引き攣らせるが、楯無自身も二度とあんな感覚味わいたくもなかった。生き地獄というのはともすればああいう瞬間を言うのかもしれない。少なくとも楯無が感じた物は全てが自分に死を迫る、そんな狂いも狂った世界。楯無は一瞬思い出した感覚をかぶりを振って消し去ると再び楓を睨みつけた。ただし顔はもう絶対に見ない。楓という人物の全身を捉えるように、視界に入れその動きに目を光らせる。

 

 体力もそして精神力も等に限界の楯無だったがそれでも依然として闘志は萎えない。そこには学園を守る長たる者の、そして更識の名を名乗るに相応しいこの国の防人としての強い意志が感じられる。そんな楯無に対して楓は、少し驚いた風な表情を一瞬見せる。

 

 

「普通、あそこまでやられれば向かってくる気さえ起きないはずだけど……まぁ、その辺は流石ね」

「当然よ。私にはやらなきゃいけないことがある」

「身命を賭してでもということ?」

「……えぇ」

「せっかく死の淵から救ってもらったのに?」

「正直、今でも怖いわ……死ぬのは怖い……。それでも何かを守るために飛びこまないといけない時があるの」

「ふぅん」

 

 

 楯無の答えに楓はわざとらしく肩をすくめる。死を解放と言い捨てる楓にとって死ぬことは崇高なことであり、決して怖がるものなどではない。楯無はこれまでの楓との会話からそんな言葉が飛び出すものだろうと憶測する。しかし次の瞬間楓の口から放たれた言葉は意外にもその憶測の180度真逆の考え方だった。

 

 

 

「確かに、死ぬことは私だって怖いわ」

「え?」

「死ぬことはどの生き物にとっても恐ろしいものよ。皆平等に訪れる者でありながら、そして生き物はみなそれに向かって自ら進み続けているというのに」

「あなた…」

「だからこそ、生きていくことは本当に素晴らしい……けれど」

 

 楯無とオータム、特に楓の深淵にほんの少しでも触れた楯無には楓の底なしの闇に身を震わせる。生きることの尊さ儚さをこれほどに自覚していながら、それを奪うことに何のためらいも覚えず凶牙を突き立てる。目の前にいる自分とそう年端も変わらないような少女が、何をすればそこまでの闇を身体に纏う(・・)事が出来るのか。

 楓は自分の考え方に陶酔する様に両手を大きく広げるとサングラスの奥の瞳を不気味に光らせて狂気の笑みを浮かべる。

 

 

「その生を終わらせる死の概念は、生きることにもまして美しく素晴らしい。死とは生の業を全て清算できる唯一の方法であり、全てを解放するための手段」

「おいおい……今さっきまで生きることは素晴らしいとかぬかしてやがったんじゃねぇのか…」

「そうよ、でもそれすらも霞むほどに美しい世界がある。そして私はそれを一度この身をもって(・・・・・・・)味わった。それを感じてしまえば最早生への執着なんて微塵もなくなる」

 

 ついさっき言った事を平然と覆す楓にオータムが怪訝な表情で問いつめる。楯無もだんだん楓が何を言わんとしているのか分からなくなってきていた。しかしオータムが楯無にもまして理解力に乏しかったため、楓が噛み砕いて自身の思想を話し始めたことで、ようやくその意味が理解できた。

 

 

「でもお前、死ぬのは怖いんじゃなかったのか?」

「怖いわ」

「だったら…」

「でもそれは……そうね言うなれば……そう…死ぬという概念が怖いのであって、私自身この身がいつ朽ちようとも関係ないの」

「はぁ?」

「要するに、私は〝死ぬこと〟が怖いのではなく、〝死〟という概念そのものが怖いのよ」

「なんとなく分かってきたわ」

「マジか? 私は意味がわかんね…」

「そうねぇ、教養の無いあなた程度に分かるように言ってあげると、〝私は誰かの手によって与えられない死〟は受け入れららないってことよ。私は意味ある人物に殺されて死にたい。そういうこと」

 

 

 つまり要約すると彼女は、死というものが皆平等に訪れるその時に、その死ぬという運命を受け入れて死ぬことは絶対に嫌だということなのだろう。つまり楓の言葉を借りるなら、死という逃れられない運命に〝従属する死〟は自らを支配する者と自負する楓にとって到底受け入れられるものではなく、常軌を逸した自分をも〝支配できる人物に与えられる死〟こそ自分が死ぬに相応しいとそう考えているのだ。だが…

 

 

「けど、それって……その時点であなた…従属を受け入れていることになるんじゃないの?」

「いいえ、確かに捉え方はそうかもしれない。でも……私の話を聞いていた? 私は意味ある人物に殺されたいと言ったのよ」

「意味?」

「そう……ただ与えられた死を受け入れるのは無意味。意味ある死とはこの私をある意味ですべて否定できる人間によってのみ受けられる死のこと。この私の一切を否定し拒絶出来得る者のみが得られる領域へ踏み込める者。つまり…」

「支配を受け入れるのではなく、あなたそのものを〝破壊〟出来る人間。従属でも屈服でも無い……支配する者を更に支配する者…」

「御名答。私はそんな死だったら……喜んで受け入れる」

 

 

 自分を折るのではなく、また負かすものでも無い。ただ自分そのものが文字通り滅茶苦茶に〝破壊〟されることを心から願う?

 馬鹿げている。ここまでぶっ飛んだ人物は、楯無が暗部として暗躍してきた人生の中でもほとんど出会ったことがない。

 自分の死に様をここまで明確にイメージしている人間がこれまで居ただろうか? 恐らくこれから自殺しようと思っている人間よりも彼女は将来的に訪れる明確なヴィジョンの1つとして自分の死を頭の中で描いている。

 

 

「……まさしく……逸脱した者ってわけね」

「分かってくれたかしら…良かったわ」

「……何で分かるんだ…」

「教養の差よ」

「あぁ?」

「馬鹿ってこと」

「命助けたんだぞッ あたしは!」

「煩いわねッ 恩着せがましいのよ!」

「んだとぉッ」

 

 

  

 敵の目の前で緊張感なく小突きあう楯無とオータムを見て、楓はどこか感慨深げな表情を浮かべる。

 

 

「フフッ」

「なんだよ」

「いいえ、ただ少し()を思い出して……あぁ、そういえば」

「…今度は何?」

「そこのあなた、カメラマンでしょ?」

「そ、それは…」

「あなた……なに、高校生の次はカメラマン? コスプレが趣味なの?」

「なんでそうなるんだよッ」

 

 

 楯無はジト目でオータムを見やる。オータムは楓の追及と楯無から受ける視線にしどろもどろになりながらも気丈に言い返した。

 

 

「そ、それで…あたしがカメラマンだったらなんだって言うんだよ!」

「いえね、私とぶつかったのを覚えている?」

「……まぁ」

「その時、私言ったわよね? スクープ写真が撮れるといいわねって」

「それが……なんだよ」

 

 

 楓はフッと笑うと背中越しに何かを見やりそしてアリーナの場内に向け右手をスッと掲げた。

 

 

 

 

「ほうら、シャッターチャンスよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 刹那、楓の背後が突然吹き飛びアリーナを轟音と震動が襲う。一同がその方向を見やると煙の中から出てきた1機のISに楯無とそして何よりオータムが驚愕の声を挙げた。

 

 

 

「あれは……」

「なんでッ!?」

 

 

 煙を払い出てきたそのIS。それは楯無にとっても、比較的見慣れたISだった。特徴的な背部で二股に分かれるフルフェイスバイザーに背部には2基の樽型の大型スラスターを背負う。アリーナの分厚い外壁を物ともせず、一撃の下にぶち破る圧倒的な破壊力を秘めた拳には体躯に似合わぬ巨大なクローが牙をむく。だが1つ、自分たちの知るそれと異なっていたのは、いつもの鮮やかなビビッドオレンジを基調としたカラーリングでは無く、頭の先から足の先までまるで染め上げられたかのように、その機体全てが漆黒に支配されていたこと。

 それでも、シルエットからその機種を判別したオータムが、声を震わせながら呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

「黒い……デファイアント……だと?」

 

 

 

 

 

 

 楓は漆黒のデファイアントを背に楓は笑う。

 

 

 

 すべては支配か従属か。

 

 

 

 それのみを強いる戦いは――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――まだ始まったばかり―――

 




最後までお読みいただきましてありがとうございます!

のろいうさぎです。


さてこの回は分量のほとんどを使って楓自身の思想を主に書かせていただきました。
正直って、分かりにくいこともあるかと思いますので軽くここでご説明というか補足しておきたいと思います。

支配か従属か。
これに関しては、色々読まれた方それぞれで感じ方が違うと思います。
楓という人物を考えるうえでどんな風にしたら、より〝おかしく〟なるだろうかと考えた時に、一般的にいう力での上下関係というのは分かりやすく明快な王道なのですがそもそもここまで何度か登場して生きている楓のイメージには合わないなと考えてました。楓にはもっと、読む人ですらというか私本人ですら「どういうことなの?」と一回は首をかしげたくなるような考え方が必要なのだろうと。

本文中にもありますがここで言う従属する者とは、今の社会構造の中に生きる人々のことです。私も含めて、もちろん皆さんもここにカテゴライズされると楓は本文中で語ってます。要するに社会構造の中でそれにしたがって生きる人達のことです。
そして支配する者とはその枠内から飛び出したものつまり、言い換えればその従属する者の世界(今の社会構造)を受け入れられずに飛び出してしまった、或は飛び出した人の事を指しています。
楓は自分をこちら側だと称し、優劣をつけるならば支配>従属という構図になります。

更に楓は自分を「従属する者を解放する者」だとも言っています。
そして楯無の「世界を否定する者」という答えには「100点じゃない(間違ってはいないが完全な答えではない)」と良い放っています。
つまりここまでのことをやや割愛しながらも噛み砕いてまとめると

①世界を否定するためにはその人が望む望まぬにかかわらず、従属する者を支配する者へと昇華させる、すなわち「上位へ昇華させる」必要があり。そしてその方法はその人物が死ぬことでしか叶うことは無い。

②そしてそれが全て実現した時初めて自分が世界を完全に否定できたという実感を覚えることが出来る。

という事になります。
 
楓は「世界を否定していることは事実」そして「世界を否定するための方法は今ある社会構造の破壊、つまり社会構造をなしている〝従属する者達〟の根絶(昇華)が必要」

これが楓の思い描く思想であり、理念です。


死=昇華という部分は楓の性格付け上出来上がった考えですが、概ねこういう事だとお考えください。人それぞれの捉え方があるので、強制はしませんし、むしろこの件については色々意見を頂いた方が書いた本人としても参考になる部分が多くあると思うので、何か自分はこう思ったよ。的な事でもあれば是非お願いします。

支配か従属かという話題はこの先のストーリーにおいても重要なテーマの一つです。
そして楓がなぜこんな考え方をするようになったのかはまた後々の話で書いて行くつもりです。


さて、後書きがここまで長くなってしまったのは初めてではないでしょうかね(汗

長々としてますので、このあたりで失礼します。
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