IS インフィニット・ストラトス~妹はファントムタスク~   作:のろいうさぎ

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第41話~躍動する悪意~

 一夏やシャルロット、そして祭が乱入者との戦闘を始める少し前、スコール以下、大型潜水空母〝ミルヒシュトラーゼ〟の面々は突然の出来事に動揺を隠せないでいた。

 

 

 目の前には、タブレット端末を片手に持ちこちらへ冷え切った視線を送り銃口を付きつける技術者 凰 鍾音の姿。

 

 

 静まり返る艦内には、艦が航行中であることを示す機関の駆動音が聞こえるのみ。

 そんな中、その原因を作った張本人が静かに口を開く。

 

 

「…(ふね)止めた方がいんじゃない?」

 

 

 鍾音はクルーの1人にそう忠告した。言葉を投げかけられたクルーは戸惑いながら視線だけでどうするかをスコールに伺いを立てる。

 スコールはその視線を受け、暫し思考を巡らせたのち、ゆっくりと頷いた。

 

 

 それを確認すると、クルーは何度もスコールと鍾音へ視線を泳がせた後操舵パネルへと急いだ。

 走りゆくクルーの後ろ姿を見ながら鍾音は一切感情を込めず淡々と言い放つ。

 

「言っておくけど……分かってるよね」

「ッ!」

「……この状況で何をしちゃいけないのかってこと」

「……あぁ、分かってるよ!!」

「ならいいけど」

 

 

 苦々しい表情で短く答えるクルーを見届けながら鍾音は再び視線をスコールたちへと向ける。そして銃を構えたまま、近場のデスクに身体を預けると手に持ったタブレットを数度確認した後、ふぅっと息を吐く。その立ち振る舞いは右手に構えた得物と纏う雰囲気を除けばいつもの鍾音と何ら変わらない。その光景がスコールの目には当然だが異様に映った。

 更に鍾音の今回の行為を信じたくはないという気持ちが更にスコールを混乱させる。決まった住居を持たない自分たちにとってこの〝ミルヒシュトラーゼ〟は大きな動く家であり、スコールにとってクルーは家族同然。普段厳しく命令や指示を出すが、その実この艦の中では誰よりも皆のことを想い、また信頼しているという自負があった。

 

(鍾音……何故……)

 

 だからこそスコールは静観したままこの異常事態をどう捉えるべきか頭をフル回転させる。なぜ家族であるはずの鍾音がこんなことをするのかそれを確かめる必要がある。

 

 大体家族云々の視点を度外視しても理解できないことがある。単純にこの状況だけを考えるのであれば鍾音による〝ミルヒシュトラーゼ〟のシージャックだ。

 だがその〝シージャック〟をした艦は、軍籍こそないがれっきとした〝ファントムタスク〟という組織に属する戦闘艦である。スコールやマドカはもちろんのこと、他のクルー達もそれなりに鍛え上げられ、最低限の格闘術や捕縛術を会得している。

 

 

 そんな中で、たった1人しかも技術職の人間がなぜこんな大それたことをしでかしているのか。スコールの関心はその一点に尽きる。だがその当事者はというと、タブレットを操作しつつ大胆にも机に座り足を組みはじめた。それを見かねたスコールが言葉を発しようとするがそれを遮り、拳をグッと握ったまま今にも飛びかかりそうなマドカが声を荒げた。

 

 

「貴様、いい加減にしろッ!!」

「ん? 何が?」

「何が……だとッ!! 貴様この状況が分かっているのか!?」

 

 

 スコールは一瞬マドカを制しようかと迷ったが、あながち言っていることが自身の考えとかけ離れてもいなかったため一瞥はしたもののそのまま発言を許す。最も本当に飛びかかろうとしたら流石に首根っこを掴むぐらいの準備はしてのことではあるが。

 

 

 マドカはさらに続ける。

 

「大体、拳銃1つでこの艦を制圧できると思っているのかッ!? 私を含め貴様なぞ一瞬で組み伏せて終わりだ!」

「ふ~ん……まぁ、やれるものならやればいいんじゃない?」

「なんだとッ……ふんそこまで言うなら―――」

 

 マドカの怒りのボルテージがどんどん上がって行くことは、すぐ隣にいたスコールにも伝わっていた。そしてそうなれば次に彼女がとる行動は容易に想像が付く。

 体勢を低くして、鍾音に飛びかからんとするマドカをスコールが身を挺して抑え込む。

 

「―――お望みど――『やめなさいッ!』ッ!!?」

「落ち着きなさい。流石にこれ以上はダメよ」

「何を言ってる! あんなチビに私が負けるとでも言いたいのか!」

「だからそう言うことじゃないのッ 気持ちはわかるけど少しは堪えなさいッ」

「くそッ!」

 

 

 スコールはぴしゃりと言うと、マドカは踵を返し近場にあったゴミ箱を蹴っとばす。そして行き場の無い怒りを露わにしながら肩を震わせた。スコールは肩越しにそれを見やると鍾音に鋭い視線を送る。

 

 

「まったく、暴力的だね」

「けど、本当にどういうつもり?」

「……何も? 初めに言ったでしょ。しばらくの間ウチの言うとおりにしてて…ってね」

「それにあたし達が大人しく従うと思うの?」

「だからさ、それもさっき言ったよ? やれるものならやればいいんじゃないって」

「大した余裕ね」

「まぁ…ね」

 

 

 

 黒い〝デファイアント〟の出現のタイミングと鍾音のこの行動がリンクしているのは誰がどう見ても明らかではある。この余裕はそれに関する何かしらのものであることまではスコールは薄々勘づいてはいた。だがそこから先が繋がらない。不確かな情報を決めつけ動くのはあまりにも危険。それが何なのかある程度考えをまとめる必要がある。

 

 

 

「けど、さっきマドカが言ったわよね? 確かに銃は持っているようだけどそれだけで私たちを止めることは不可能よ」

「……そうかもしんないね」

「あなたが、何をしようと……この場を切りぬけるのは絶望的だと思うのだけれど」

「それはさ、あれだよ……さっきから何度も繰り返してるけど。やれるものならやれば良いよ」

 

 同じ質問を繰り返してはいるとはいえ、三度とも同じ返答を返してくる鍾音に疑問を浮かべるスコール。多少しつこく聞けば何かボロを出すかとも思ったが、その目論見は外れる。だが同時に、同じ返答を繰り返したという点では、スコールの中である一つの仮説が立とうとはしていた。だがそれはスコールが最も想定したくない事態だ。そしてスコールはこんな事態になっても、鍾音にはそんな事をしてほしくはないと願う所があった。それはスコールが持つ家族に対する純粋な想い。

 

 

(まさか……でも…)

 

 

 鍾音に対するその想いが思考の妨げとなってたどり着きたい答えを意識的に遠ざけてしまう。だめだそれでは。私情を挟むな。自分にそう言い聞かせるかのようにかぶりを振った時だった。一瞬外れた意識と視線。その次の瞬間スコールはすぐさまその行動を公開することになる。

 

「あっ!」

 

 ついさっき、身体を張って制したマドカが目にもとまらぬ速さで鍾音へ飛びかかったのだ。

 

「黙って聞いて居ればッ!!」

「マドカッ!!」

「来るんだ。まぁ……いいけど」

 

 慌てて手を出すが、一歩マドカが早くその手は空を切る。マドカは手綱を外された獰猛な犬の様に鍾音に迫った。だが鍾音はその場から逃げ出すこともなく不敵な笑みを浮かべると、マドカに正対する。

 

 

「なめるなッ!!」

「ッ!! うあッ!」

 

 そのままマドカは倒れるデスクや椅子を意にも介さず鍾音を押し倒す。そして馬乗りになったまま片手で胸ぐらをつかみもう一方の腕を鍾音の首筋に押し付けた。

 

 

「なんだ、デカい口を叩く割にこの様かッ!!」

「ッつぅ……フフッ」

「!?」

 

 鍾音は苦しそうな声を上げたものの、表情はどちらかといえば笑みに近かった。マドカはその表情に神経を逆なでされたのか更に腕に力を込める。

 

「貴様ぁ、何がおかしいッ!!」

「い、いやぁ……ッ本当にッ……野蛮だね!」

「何ぃ!!」

「と、ところでさッ」

 

 

 鍾音は、押し倒されても手放さなかったタブレットを、ゆっくりと自身とマドカの間に持ってくると、表示されている画面を見せて問う。

 

「問題……ですッ これは何のデータ……でしょうかッ?」

「な何!?」

「!?」

 

 差し出されたタブレットの画面を見るマドカの顔がみるみる強張っていく。そしてもはや殺意ともとれるオーラを振りまきながら、マドカは鍾音の胸ぐらを両手でつかみ強引に立ちあがらせると、倒れたデスク目がけて鍾音を思いきり放り投げた。勢いよく放り投げられた鍾音の小さな体が倒れたデスクの天板に叩きつけられる。その衝撃で鍾音が持っていたタブレットがスコールの足もとまで飛ばされ来た。スコールはそれを拾い上げると、表示されていたデータに絶句した。

 

(これはッ!!)

 

 それはスコールが最も考えたくなかった可能性。そしてスコールの想いを完膚なきまでに打ち砕く悪夢。

 

(鍾音……あなたはッ)

 

 絶望と失望が同時に押し寄せるなか、その視線の先ではマドカが鍾音を一方的に責め続ける。

 

「づぁッ!!」

「……貴様……ッ!!」

「君は……怒ることしかッ……できないみたいだね」

「もういい、黙れッ」

「フフッ……まるで子供だ」

「黙れぇッ!!」

 

 マドカは、この期に及んで笑みを浮かべる鍾音の顔面を殴りつけ、髪の毛をつかんだまま再びその身体を持ちあげると手を離すと同時に蹴りを叩きこむ。

 

「かはッ!!」

 

 鳩尾に直撃したその強烈な蹴りは、鍾音の身体を簡単にスコールの前まで吹っ飛ばした。

 

 

「はぁ、はぁッ!」

「マドカ……」

「殺す、ぶっ殺すッ!!」

 

 マドカは床に落ちた銃をゆっくりと銃を拾い上げると、マドカは照準を鍾音へと合わせる。

 

「フフッ……良いよ……良いね……やれるものなら……やればいいよ」

「なら……お望みどおりに―――!?」

「そこまでよ」

「スコールッ。邪魔をするなッ」

「撃ったってどうしようもないわ」

「だがッ」

「なに?……やらないの?」

「ッ!!」

「やめなさいッ!」

 

 

 先ほどの制止とは比べ物にならない一喝。静かにだが確実にスコールの怒りを感じ取ったマドカはそれ以上何も言わず後ずさった。

 

 そして地面に転がる鍾音へ、タブレットをかざしつつ睨みをきかせる。

 

「へぇ……そう言う感じなんだ……敵と対峙する時って」

「そんなことはどうでもいいわ」

「…………」

「ようやく、合点がいったわ」

「フフフ、それはよかったねぇ、おめでとう」

 

 白々しく賛辞を送る鍾音にスコールは大きく息を吐く。

 

 その心中はあまりにも複雑だ。だが、コレ(・・)は事実なのだ。スコールは意識していなければつまりそうになる言葉を時折震わせながら必死に吐き出す。

 

 

「これを見せたってことは……つまりは、秋穂ちゃんを生かすも殺すもあなた次第ってことでしょ?」

 

 掲げたタブレットに表示されていた物。それは〝デファイアント〟のバイタルデータ。つまりは秋穂の命のデータだ。黒い〝デファイアント〟の出現とこのデータの存在。自分たちに銃を向けて、返討ちにあうことは容易に想像出来ていた鍾音が、そうなった時に見せた物だ。方法はどうであれそう(・・)考えるのが自然だし普通だ。

 

「……大正解……」

「………鍾音」

「あたしだってね、馬鹿じゃない。たった1人でこんなことが成功するなんて思ってないよ」

「だからといって、やって良いこととやってはならないことがあるだろうッ!」

「やって良いことだけで、貴方たちをウチが止められると思う?」

 

 鍾音は、やや強めの口調で言い返すと自嘲気味に笑う。それを見たスコールは再び複雑な表情を浮かべる。

 

「弱いから、こういう策を思いつくのさ……。自分の本懐を遂げるためにね」

「本懐…?」

「そうさ……そのための言ってみれば彼女はウチの駒だね……」

「駒?」

 

 

 〝ウチの駒〟という言葉に、スコールは何か引っかかるものを覚える。ここまでのことで間違いなくあの黒い〝デファイアント〟は鍾音の企みによって発現したものだ。それを駒と呼ぶのであれば、まだわからなくはない。だがそこに一人称を付けると意味合いが大きく変わってしまう。スコールがそれに関して突っ込んで尋ねようとする前に、一喝によっていくばかり怒りの収まったマドカが口を挟んだ。

 

「そんなことより、秋穂は……あいつは無事なんだろうな!?」

「やっぱり……気になるよね……そうだよね」

「いいから答えろッ」

「そうだね……なんていったらいいのかなぁ……」

 

 

 鍾音は少し考え、そして言葉を選びながらゆっくりといま秋穂の置かれている状況を口にした。

 

 

「うん、まぁ……―――今の彼女は――――――」

 

 

 

 その口から発せられた言葉、それはスコールがそしてマドカが、更にはこの場にいる誰しもが全く考えも想像もできない様な……

文字通り〝信じられない〟状況だった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「あら、いいの? 撮らなくて?」

「え……あ」

 

 

 

 まるで、旅行客が景勝地での記念撮影を促すかの如く落ち着き払った声で楓はオータムに微笑みかける。だが当然だがオータムはすぐに何かを言い返すことが出来ないほど動揺していた。それどころか促されるままに首からかかっているカメラに手まで伸ばしてしまう始末。

 

(はぁッ!? 何やってんだ!? 秋穂……秋穂なのか? いやでも色が!?)

 

 

 ひとまず必至に考えをまとめようとするのだが、その着地点が見当たらない。どう考えてもうまい落としどころが見つからないのだ。結果目の前で戦闘を開始する〝デファイアント〟の姿をただただ見守ることしかできず、頭の中でぐるぐると思考の渦だけが渦巻く。

 そんなオータムを見かねたのか、未だショックから完全には立ち直ったとは言い難い楯無がうっすらと汗をかきながらもなんとか言葉を発した。

 

「…あなたこそ、いいの?」

「なにがかしら?」

「ここで、ボケっとしてていいのってことよ。既にアリーナの周囲は厳戒態勢だし、ここだってばっちり監視カメラに映る範囲。無事に逃げられると思っているの?」

「監視カメラぁッ!?」

「煩いッ!」

「ん~……そうねぇ。確かに結構ピンチなのかもしれないけれど」

 

 

 そういう、楓の表情や声には全くといっていいほど緊張感は感じられない。それは実際に言葉を交わしていないオータムですら感じ取れるほどあっけらかんとしたもの言いだった。

 

 確かに、これまで楓と対峙してきた2人には、既に彼女に生半可な策が通じるとは到底思っていない。だが逆にそれでも、ここから楽に逃げられるとも到底思えない。 

 それに、恐らく楯無が言った事は事実だろう。これはあくまで推測でしかないが、それなりの要人も集まる今回のトーナメント戦。警備は自分も知っての通り〝カメラ〟1つとってもあれだけ手荷物検査で引っかかるほどだ。当然有事にも備えはあるはずである。それにこれはオータム自身ビクッとなったことではあるが、監視カメラの存在だ。

 

 ばっちり映ってしまっていることに、若干苦笑いを浮かべざるを得なかったが、とにかくそういう状況であれば既にこちらに何かしらの救援が来ていることはまず間違いないだろう。

 

 どんどん狭まる包囲網。それでもなお目の前の少女は、余裕を崩さない。それは単に諦めかそれとも圧倒的実力ゆえのものなのか。

 いずれにしても、現状で把握できるのはこの少女がとんでもなくヤバい存在だという事。それだけは分かった。

 ただ裏を返せば、それぐらいしかまともに理解できることがない。

 

 

 楓はそんな2人を尻目に、うっすらと笑みを浮かべながら視線を2人に移動させこちらを向く。

 その瞬間、2人は反射的に。

 

「「!?」」

 

 

 何気のないその一挙手一投足。だが2人は楓の纏う雰囲気が再び変化していくことを如実に感じていた。

 

 気を抜けば一気に意識ごと持っていかれそうになるほどの圧倒的な存在感と重圧。途中から合流したオータムはそれを今初めて感じ取る。

 

 

(なッ、なんだよ、これッ!)

 

 ただ立っているだけ。それなのに、まるで重力が2倍にも3倍にもなったかのような倦怠感と息苦しさ。身体全体から嫌な汗が吹き出し、動悸も早くなっていく。楓の全身から感じるものすべてがを、一人間としてではなく一動物としての本能が拒絶する。

 こんなものはあり得てはならない、こんなものはあってはならない。数々の修羅場をくぐりぬけてきたオータムですら、これほどまでに筆舌に尽くしがたい異常で異様な感覚は初めて受けるものだった。

 立て続けに、楓の気に触れた楯無はの表情は苦悶に満ちておりかなり限界が近いように見えた。だがそれでも、懐から護身用の鉄扇を構えながら必至に言葉を捻りだす。

 

「…彼女の……目は見ないでッ」

「目!?」

「死にたくなきゃね……」

 

 

 一瞬、なんの事かと思ったが短く言い放った楯無のワンフレーズで、オータムは直感的にそれが何を指していたのかを悟る。そして同時に楓の言った一言も。

 

 

 〝自分の死に方なんて早々体験できるものじゃないから〟

 

 

「……なるほど…な」

 

 人間突き抜けたことに遭遇すると、笑いがこみ上げてくるものらしいが、オータムにとっては今がそれだった。もうどう反応していいのか分からない。

 

 楓は、朝起きた人が顔を洗うぐらい自然な流れでおもむろに1本のナイフを取りだす。既にもう片方の手には先ほど楯無と戦った際のナイフが握られており、その2本を楓は曲芸師のお手玉の様に器用に両手で投げ遊ぶ。

 そして右手のナイフを一際高く放り投げた時だった。

 

 

「ピンチなのはあなたたちも変わらないでしょ!」

「チッ!」

「くるッ!!」

 

 楓は一気に地を蹴ると、まっすぐオータムと楯無の間に割って入る。そして左手のナイフでオータムの首元を掻き切ろうとする。

 

「くっそッ!!」

「ぼさっとしないでッ!!」

 

 オータムは、重い身体を強引に動かしなんとかその初弾を回避するが、未だに思うように体が動かず体勢を大きく崩してしまう。そんな隙を楓が見逃すはずもなく返す刀で再び襲い掛かった。オータムに刃が迫る中、楯無が鉄扇を構え身体を割り込ませるとナイフを寸でのところで、鉄扇で受け止め大きく開いたその腹目がけて蹴りを繰り出した。

 

「よく動けるじゃない。でもねッ」

 

 楓はその蹴りを、素早いバックステップで回避、距離を取るとその場でくるッと一回転しソバットの要領でついさっき投げたナイフをこちらへ蹴り飛ばす。

 

「んなッ!?」

「またそんな曲芸見たいなことをッ!!」

 

 オータムと楯無は慌てて、後ろへ飛ぶ。ほんの数秒前までいた場所の地面に深々と突き刺さるナイフを見やり冷や汗を流すオータムだったが、楯無に比べまだまだ体力的には余裕のあったオータムは彼女より少し大きめに飛んだ。いや正確にいえば普通のバックステップ。むしろ楯無が通常の半分以下の距離のステップしかできなかったのだが、この場においてはその普通の跳躍が悪手となる。

 

「どう? 自分の死に方が少しは見えてきたかしら?」

「え!?」

 

 

 オータムはその声がした方向に、背筋が凍りつく。

 

 

(なんで……なんで……てめぇが――――)

 

 

 

「―――そんな所にいやがるんだよッ!?」

「ッ!」

 

 オータムが視線をほんの少し切ったその間。時間にすればコンマ何秒の世界。だが隙というにはあまりにも短いその時間で楓はオータムの完全に背後を取っていた。

 その現実には、当のオータムもそして、全く視線を切らさなかった楯無ですら、驚愕の色を隠せない。

 

 当然、楓の左手には、ナイフが握られている。背後で完全に体重も後ろへ流れているため、立て直すのは不可能だ。仮によしんば立て直せたとしても楓のナイフよりも先に身体を入れ替えることは絶対に無理。そして肩越しにオータムが見た楓の表情は〝遂にその時がきた〟といわんばかりに、狂喜に満ち溢れた邪悪な笑みがそこにはあった。感じる圧力は最早これまでの比ではなく、意識的に放出していたであろうさっきまでのある種コントロールされた殺気とは違い、彼女自身から迸る抑えきれないほど強大な殺気は比喩でも何でもなく、禍々しい塊となって熱波の様に視界を歪ませていた。

 

(まずい、まずいまずい!!)

 

「さぁ……あなたの血は…どんな味ッ?」

「させないッ!」

 

 至近距離からの、殺気に中てられ更に重たくなる身体と意識。既にオータムにこの楓の一撃を回避する術は残されていない。

 今度こそ、ナイフがオータムの身体を貫くかに思われた。だが再び楯無が鉄扇を広げナイフとオータムの間に滑り込ませ直撃を未遂に済ませると、手首をひねりの軌道を外側へずらす。

 そして素早く身体を入れ替えオータムの身体を背中で支えると間髪入れずに鉄扇を薙いだ。鉄扇の思いのほか長い間合いに楓は一転心底残念そうな顔を浮かべ後退する。

 

 九死に一生を得たオータムは、楯無に寄り掛かったまま半笑いで肩越しに口を開いた。

 

「ハハハ……た、助かったぜ…」 

「全く、本当になんでこんな奴に私救われたのかしらッ!!」

「そう言うなってッ!」

 

 楯無は、肘でコツンとオータムの背中を突き、身体を起こさせると鉄扇を構え楓の次の動きに細心の注意を払う。オータムも同様だ。

 とはいえ、どうするとも思うのも事実。2人がかりでも楓と対等にやりあえているかといえば、全くそうではない状況。

 

 相手の考えが全く読めないが、少なくとも今のこの戦力では彼女をまともに追い払うことすらできない。純粋な実力差がオータム、楯無二2人と楓の間には横たわっていた。

 

 

 

 場所を入れ替わったことで楓の足元には、深々と刺さったナイフ。それを拾い上げると、楓はまた両手で器用にナイフを回す。

 

 

 ナイフの動きに惑わされると、楓を見失い、逆に楓を見続けるとあらぬ方向からナイフが飛んでくる。その2つを容赦なく襲い来る極限の重圧の中、ひたすらに追いまわすのは絶対に無理だ。今ですらオータムの息は上がり、楯無に至っては、これに中てられるのは2回目。さっきの様にオータムの死角をカバーすることなど恐らくはできないだろう。

 

 

(いよいよをもって、不味ぃな……)

 

 

 もう何度目かわからない嫌な汗が、オータムの頬を伝う。その汗をぬぐいながらオータムはチラリと自身の〝カメラ〟に目を落とした。

 

 

(生身の人間相手に……コイツ(・・・)使うか……?)

 

 一瞬そんなことが頭をよぎる。切り札といえば切り札ではあるがここで使うにはいささか問題も多いのは事実だ。だが言い換えれば今最早それしか最善の策が見つからないのも実際のところではある。それに生身といっても、はっきりって彼女は今更だが〝普通〟ではない。

 

 カチャリとカメラに手が伸びる。

 

(……はぁ、まったくホント、トラブルに巻き込まれる才能は飛びぬけてんな)

 

 

 オータムのその様子を見て、楓が涼しげな顔で茶化すように言う。

 

「あら、ようやく撮る気になったの?」

「……あぁ、まぁな」

 

(こりゃ、後で大目玉だな)

 

 

 オータムはカメラのレンズを外すとポンポンッとレンズの後ろ側を掌を叩く。するとレンズフィルターが外れ中から1枚のレンズがポロリと落下した。オータムはそれを受け止めると自分の前に掲げて見せた。

 

「もう四の五のいっていられねぇ」

「フフフッ」

「わりぃけど……いっちょやらせて――――――」

 

 オータムが声高に宣言しようとした、まさにその時だった。

 

「―――ってはぁ!?」

「あら?」

「何ッ!?」

 

 

 唐突に、自分たちの目の前の壁に、何かが思いきり叩きつけられる。その勢いはすさまじく、元から〝デファイアント〟の所為で脆くひび割れていたアリーナのシールドバリアの障壁をものの見事にぶち破る。

 

 周囲のシールドバリア自体は霧散したものの幸い、隔壁に当たって飛んできた〝何か〟が止まったおかげて、さしあたって大きな被害にはならなかったのは救いだったがそれでも衝撃自体は凄まじく、あたりに砂煙を大量に巻き上げていた。

 

 オータムはぐるりと周辺を見回す。一番警戒すべき楓もそして、自分のすぐ真横にいた楯無もその飛翔物に意識をやっているのを見やるとオータムは、確認のためバッと身を乗り出す。

 

「これはッ」

 

 そこには、背中から障壁に叩きつけられている、黒い〝デファイアント〟の姿があった。流石にこの距離でも表情は伺い知ることはできなかったが、機体自体には目立った大きな損傷は無いように思える。オータムは、今にも〝秋穂!〟と叫びたくなる気持ちをぐっと堪えその姿を見守る。可能なら今すぐに飛んでいきたい。飛んでいってやりたい。

 

 

(けど、それはぜってぇ無理だ……)

 

 

 そんな事をしたら、自ら〝デファイアント〟とファントムタスクの繋がりを証明してしまうことになりかねない。楓に対して自衛の為に展開するのとはわけが違う。

 

 

(くそ、こんな時に何もできねぇなんてッ)

 

 

 

 ギリッと歯噛みするオータム。そんなオータムの気持ちを他所に、黒い〝デファイアント〟は痛がるようなそぶりも見せずまた障壁が壊れることなど気にする様子もなく背部のスラスターのスライドが後退し空薬莢を排出させる。

 

 

 〝ハンマー・イグニッションブースト〟。〝デファイアント〟が備える特徴的な機構は、爆風と熱波を残しその機体を一気にトップスピードの更にその先へと加速させる。

 ハイパーセンサーを展開していないオータムはその軌道を見極めることはできなかったが、遠くでかすかに空気が弾ける音がした。

 

 

 

 そしてその音は楓にも聞こえていた様で、今2機がぶつかり合っているであろう空域を見上げ、楓が崩れた瓦礫を乗り越えこちらにゆっくりと歩を進めてくる。

 

「よいしょっと。あらら、結構壊しちゃったわね」

 

 

 パンパンと軽く服に付いた、汚れを取りながら緊張感のかけらもなく歩を進める楓に、最早楯無もそしてオータムも万策が付きてしまっていた。何をしても全てが向こうが上。2人がかりでも駄目だった。

 

 ジリッと後ずさるオータム。身体を再度臨戦態勢に持っていこうとしていたその時、突然楯無が何かに反応し、直後オータムの肩を抱きグイッと引き寄せる。

 

「ちょ、ちょちょ、おい!?」

「煩いわね! 静かになさい!」

「なんだよ!」

 

 楯無は小さい声ながらオータムを一喝すると、驚くべきことを耳打ちした。

 

「あなた、行きなさい」

「はぁ!?」

あっち(・・・)、気になるんでしょ」

「え!? い、いや」

 

 オータムはしどろもどろになりながら、ごまかそうとするが楯無はそれを無視して言葉を続ける。

 

「この際、もうあなたがあれの仲間なのかどうなのかの詮索はしない。ただそれがただの〝レンズ〟じゃないなら……この場を収拾させるために力を貸しなさい」

「……お前」

「私には、何をしてでもどんな手段を使おうとも、この場所を護る義務があるの」

「……」

 

 

 力強く、そして強い意思とまっすぐな覚悟のこもった声に思わずオータムは言葉を失う。また同時にその姿が自分たちの〝家〟を守り常に変える場所を守ってくれている、怒ると怖いが大きく深くそしてどこまでも優しい、ある女性とダブって見えオータムは楯無の顔を見つめ返す。

 

 今彼女は、完全に不審者である自分を信じ、この状況の打開の一端を担えといっているのだ。その事実にオータムは身が震える。

 普通そんな事、こんな状況でも簡単に言えるものではない。オータムは楯無のこの大胆さと判断力の高さに感服する。

 

「って、あなた聞いてる?」

「え、あ、あぁ」 

「全く……時間がないんだからッ! それであれ、見える?」

 

 楯無は、オータムの考えなど知るよしもなく呆れた様子である方向を指さす。そこにはボロボロの〝打鉄〟で〝デファイアント〟と真っ向からぶち当たる長身の少女がいた。

 

「あいつがなんだよ」

「あの子は虎音 祭って言うの。お願いあの子を手伝って(・・・・)あげて」

「虎音? ってか手伝えって―――お前」

「わかった?」

「いや…けど」

「分かったの!?」

「そ、そりゃ良いけどこの場はどうすんだよ!?」

「それなら大丈夫……考え(・・)はあるわ」

「考え?」

「とにかく、あなたは私が飛びこんだらアリーナへ降りなさい。いいわね」

「お、おぅ…」

 

 オータムは楯無のいわんとすることを理解すると、秋穂を助けに行ける嬉しさと、楯無の身を案じる戸惑いが入り混じった複雑な表情で返事をする。

 楯無は、有無を言わさぬ口調で命じるとポンッとオータムの肩を叩く。そして身体を離すと一歩前に出て楓に向きあった。

 

 

「ンフフ、お話は終わった?」

「随分と余裕ね」

「まぁ、誰が見てもこの状況で私が余裕じゃなきゃなんだって言うのかしら?」

「確かに、そうかもしれないわね。けど……」

 

 

 楯無は鉄扇を広げ、構えを取る。これまでと違い1人構えを取る楯無に楓は若干訝し気な表情になった。

 

「陳腐ない方だけど、勝てるの? それで」

「さぁ、そんなの私にも分からないわッ!!」

「!?」

「てめぇ、精々死ぬなよッ!!」

 

 

 楯無が楓に突っ込んでいくのを確認すると、オータムは捨て台詞を吐きながら踵を返すと全速力でその場を後にする。走りさるさなか、遠くから楯無の声がかすかだが耳に届いた。

 

 

「頼んだわよッ! 手伝って(・・・・)くれればそれでいいからッ!」

 

 

 その声を聞き、オータムは走りながら確かにこう答えるのだった。

 

 

 

「任せとけッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「あのさぁ…」

 

 あたしはあたしの顔をしたあたしが黒い〝デファイアント〟を駆り、呆れたような声で腰に手を当て佇む姿を仰向けで大の字で地面に転がされ、ダメージで霞む視界の中確認する。

 こいつが何を言っているのか、その真意は全くつかめていないがそんなあたしでも確実に分かったことがあった。

 

 

(こいつには、今のあたしの全てが通じない…!)

 

 

現状をものすごく簡単に説明するなら、ISのシールドエネルギーは少なく、激しく拳を近距離で打ち合い続けた結果腕部の装甲は一部がへしゃげてしまっており特に利き腕の右腕に関しては損傷が著しい。そしてバイザーに至っては右側半分が吹き飛びあたしの顔が露出してしまっている。おまけに1発あたりが重く身体の芯に響く。そのためシールドエネルギーの残量に比べると自分の身体へのダメージは思っている以上に蓄積していた。その証拠に身体全身が痛みを発しひたすら打ち続けた大砲の右腕の感覚は痛いを通りこして徐々に何も感じなくなってきつつあった。

 

 

 〝東雲 秋穂〟らしき人物は、そんなあたしの今を見透かしたように肩をすくめため息を吐く。

 

「何やっても無駄なんだから……いい加減諦めちゃえばぁ?」

「悪いね、一番嫌いな言葉だね…それッ」

「嫌いかどうかは知らないけど、繰り返すけどこれが現実。勝てないもんを何回やっても一緒さ」

「ま……まだッ」

 

 

 あたしはグッと腕に力を入れ身体を起こそうとする。だが、全身に走る激痛がそれすらも許さない。

 うまく力を入れられずにアリーナの地面の砂に手を取られ再び仰向けに倒れこんでしまう。

 

 

「くぅぅッ…」

「むぅ……強情だなぁあたし………でもまぁ…動けないんならねぇ」

 

 

 彼女は言うと、口角を不気味に釣り上げあろうことかISを待機状態に戻してしまう。そしてゆっくりとあたしの方へ足を進めてきた。

 

「何を…ッ」

「いやね、この状態だと別にIS展開する必要無いじゃんって思ってね」

「舐めないでッ」

「あぁ、動かないで。んでもって…その顔改めてしっかりと……見せてよ」

 

 

 そして、、ISの構造物を軽々と飛び越えそばまでやってくるとしゃがみこみあたしの顔を覗きこみながら頬を優しく撫ぜる。

 そして彼女がパチンッと指を鳴らすと、あたしの顔を覆っていたバイザーが霧散し顔があらわとなる。

 

「にしても……はぁぁ、これがあたし(・・・)なのかぁ」

「な、何言って…」

「この身体が……あたしのモノになるんだぁ」

「え!?」

 

 その手の感触は、母親がわが子を愛おしくなでるかのように優しく暖かい。だがそれが今はたまらなく不気味でならない。

 安心感など皆無。むしろ目の前に自分自身がいるというこの異常な状況はいち早く抜け出したいほどの悪夢だ。

 だが何故だろう、いくら身体が痛くともそれぐらい振り払えるだけの力はあるはずなのに……

 

(振り払えない……なんで…!)

 

 

 それどころか、徐々にその感覚に〝慣れ〟始めていく自分がいる。言いようの無い恐怖とだが慣れていくことによる安心感が不安定にせめぎ合い感情や感覚、そして自分自身そのものが揺らぎ始める。

 

 

 彼女の手が頬を撫で首筋を伝いそして2回ほど胸の当りに触れた後、クイッと顎を跳ね上げる。

 

 やや力を入れられた最後のひと撫でに、思わずあたしはビクッと身体を震わせる。

 その反応に、彼女はクスリと笑うと、これまでにないほど穏やかな表情と声で言葉を投げかける。恐怖で怯える幼子をあやす様に頭をなでながら。 

 

  

「フフフ、心配しないで。何も怖くない……あなたは、ただこのまま…この感覚に身を委ねればいいの」 

「え…あ…」

 

 徐々に言葉さえうまく発することができなくなっていく。自分が静かにそしてゆっくりと〝何か〟に沈んで行くような感覚。

 それは暖かくもありだが同時に暗くもあり、不快で不快でたまらないはずなのに、居心地は良くて。

 抵抗する気は、もう起こらなくなっていた。それと同時に意識が遠くなっていく。自分が自分ではなくなっていく。そんな体験。

 

「そうそう……抗うだけ苦痛を伴うだけ……そんなの嫌でしょ? ここにいればあなたは何も心配なんてないから……」 

 

 

 

 

 彼女がそうつぶやいた時には既にあたしは、その声は聞こえていなかったと思う。

 その時のあたしは、身体の痛みも、倒された悔しさも、味わった屈辱も……そして―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――自分が一番貫かなければならない想いも―――

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

   

 

 

 

 

 

―――もう何も…感じなくなっていたのだから――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意識を手放したあたしの横で、悪魔はほくそ笑む。

 

 

 

 

 

 そして、僅かに笑みを浮かべ呟くのだった。

 

 

 

「さて……ようやく始まるねぇ……。早く会いたいよ―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ねぇ? シュメルツ?」

 

 

 

 

 

 




どうも、のろうさです。

書こうと思ったら書けるじゃないですかヤダー←


という訳で、41話いかがでしたでしょうか。
前回の後書き予告あれは詐欺ですね、あんまり真相に辿り着いて居ませんしなによりラウラ編どんだけ大事にしてんだって言うのに今更ながらハッとしてますw


さて、意識を手放した秋穂、もう一人の秋穂の正体とシュメルツとの関係は?
そして楯無のいう考えとは一体何か!?
的な事を次回書きたいです(願望

という訳で今回はこのあたりで。
失礼します、またお会いしましょう!
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