「おいおい、こりゃまた客席がらんがらんだな」
「超公開直後ってわけでもないですし、一度観た人は超トラウマになってリピ
ーターにならないらしいですからね」
「そりゃまた難儀な話だな」
本当に周りを見渡しても俺たち以外誰もいない。
元々そこまで大きな映画館ではないため、上映前の静けさとは違った無音の状
況がその暗い空間を支配していた。
「いえいえ、これで真正面の特等席が超とれるってもんです」
「まー、絹旗と観るときはいつもこんな感じか。……ジュルルル」
「霧谷は超いつの間に飲み物買ってんですか」
「いや、そこにいた女の子がなんかくれるって言ってきたから、並ぶのも時間
かかるしお金払ってもらってきた」
「……。ちなみにもらったのは超新品のやつですよね?」
「いや、その子の飲みかk……」
「ふっ!」
「ぐはっ!」
強烈なエルボーを腹にいれられた。
マジで小柄な体躯からは想像できないパワーを秘めているから恐ろしい。
「ほんと行きの道であんだけ私に超セクハラしておいて、着いた瞬間別の女に
手出すとか超救いようがないですね」
「違うって!今回は絹旗を待たせたくなかったしだな」
「超言い訳ですね」
「ほら、絹旗も飲んでいいからさ。機嫌直してくれって」
「…………じゃ、超遠慮なくもらいます、ねっ!」
「おぉい!?一気に全部飲んでんじゃねーよ!」
そうやって誰もいない映画館で二人でふざけあっているうちに映画は始まった。
映画の内容は噂通りストーリーは皆無、“おい、給料日はどこいった”とつっ
こみたくなるものだったが、恐怖は並大抵のレベルを超えていた。
最初は普通に会社員のような者たちが生活しているだけの退屈なシーンが10
分くらい続いた、何の変哲もないまさに普通。
しかし、突如全く同じ登場人物が全く同じ場所、照明や音楽などの演出も一切
変わらずに、豹変する。
特殊メイクや表情を変化させているわけではないが、長い髪をひたすら口に押
し込んでいたり、延々とカッターで爪をはがしていたり。
行動が明らかに異常であるのに、そこに違和感を感じ恐怖を覚えているのは主
人公だけ。
昨日までと同じようにそれが日常として流れていくのだ。
ストーリーがないからこその辻褄も気にしない筋の通らない狂気。
何とも言えない気持ち悪さ……嫌悪感、拒否感そういったものを自然と呼び起
こさせるつくりになっていた。
隣の絹旗を見る。
いくら裏稼業で残忍なことも経験済みの彼女でも、ただ人が死ぬ、殺されると
いう表現でないだけに言い表せぬ感情を感じているのだろう。
自然と表情もこわばっていた。
「絹旗、ちょっと俺怖いから手繋いでいい?」
「よく言えますね。霧谷が動じたところを超見たことがないんですが、どうせ
映画館で女の子の手を握りたいとかそういう意図が超見え見えです」
「いいじゃん、理由は何でも」
「超仕方ないですね、怖がりの霧谷に私の左手を超貸してあげることにします。
超感謝してください」
「ありがとー、絹旗」
絹旗の手を優しく包む。
ほんと小っちゃくて可愛い手だ、あんな強力なパンチが繰り出されるとは思え
ないほどに。
……おっと、あまり手の感触を楽しみすぎて映画を観てないと後で絹旗に怒ら
れちゃうからな、集中集中。
と、スクリーンに意識を戻したところでちょうどびっくり系の驚かしが入る。
静かな雰囲気で進行していくなかに時折挟まれるこういったものは人の恐怖心
を煽るにはうってつけなんだろうなー。
―ぎゅっ
「んん?」
何か手に圧を感じたと思ったが……。
隣の絹旗を見ても特に変わった様子はなく、自然な表情を浮かべている。
俺の気のせいか……。
しかし、自然な心霊現象とかよりも人間の創造物が結局一番怖いのかもな。
何が怖いかという人間の心理を理解できる者が作ってれば当然か。
ほらまた来た、こういう驚かしのタイミングも……
―ぎゅぅっ
あれ?
流石に二度目は勘違いではない。
確実に絹旗が俺の手を強く握った。
しかも、一度目といい二度目といい、タイミング的に……
「あれ?絹旗、もしかしてちょっと怖がってたりする?」
「は!?超バカじゃないですか!?超霧谷ですね、超妄言もいいとこです!」
「いいじゃんいいじゃん、なーんだ絹旗も平気そうな顔して、ちょっと怖かっ
たんじゃん。ほんと可愛いなぁ、絹旗ちゃんは」
「うっわ、超うざいです!超馬鹿にしてんですか!」
「嘘だって、ごめんごめん。そういうとこ絹旗見せたがらないからさ、ほら手
だけじゃ足りないでしょ。俺の膝の上、座んなよ」
「超なんでですか!?」
「別にいつも普通にやってくるじゃん。後ろからぎゅっとしとくからさ、二人
一緒ならそういう気分も少しは紛れるでしょ?」
「…………うぅ」
絹旗はそれ以上言い返してくることはなく、大人しく俺の上にちょこんと座っ
て、その体勢で最後まで映画を楽しんだのだった。
絹旗もやっぱり普通の可愛い女の子だってことだ。
「はぁ~、超なかなかに興味深い作品でしたね」
「うくっ…………」
映画終了、立ち上がり際の全力パンチさえなければ……な。
すみませんすみません
2話もまるまるデートに使ってすみません