厄神様は幻想郷が大好き【完結】   作:ファンネル

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エピローグ

 パキンっと乾いた音が発せられた時、突然、にとりを捕まえていた厄が消えた。

 

 それは本当に突然だった。依然、射命丸も勇儀も捕まっている状態にあると言うのに、どういうわけかにとりだけが解き放たれたのだった。

 異変を感じ、振り返った雛はそれを見て驚愕した。

 

「どうして……」

 

 何故、にとりが解放されているのだ? 

 確かに厄で拘束していた筈だった。自分は何もしていない。

 外部からか? 

 いや、そんなそぶりは誰も見せてはいない。何かの力とかそう言う次元の話ではない。

 さらに上――超常的な何かがそこに起きたのだ。

 

 雛は混乱の極みにあったが、それはにとりも同じだった。

 何故自分は解放されたのかと……。

 だが、にとりは考えるよりも先に体が動いていた。

 体が動く。ただそれだけの事実があれば彼女にはそれで良かったのだ。

 

 

「ッ雛あああぁぁぁッッ!!!!」

「――ッ!?」

 

 

 にとりは雛に突撃した。

 混乱の極みにあった雛が回避や迎撃など思いつく筈もなく、そのままにとりと衝突する形で激突した。

 その後、バシャンッ!と水が弾ける大きな音が鳴った。にとりは雛を下の川へと押し込んだのだ。

 二人は川へダイブする形で着水し、にとりは馬乗りになりながら雛の胸を何度も叩き始めた。

 

 

「雛の馬鹿ッ! 馬鹿ッ! 馬鹿ッ! 消えちゃ駄目だッ! 消えないでッ! そんなの嫌だッ! 雛がいなくなるなんて絶対に嫌だよぉ……」

 

 

 泣きながら、鼻水を出しながら、何度も何度も叫び、雛の胸を叩く。

 その姿はさながら、童のように見えた。

 雛もそれを苦しい等とは思っていない。ただ、目の前の少女が余りにも必死で――それで何も考えられなくなっている。

 

 

「雛ッ! 私は君が好きだッ! 君が好きだッ! 大好きなんだッ! そんな雛が消えるなんて絶対に嫌だ……お願いだよ雛……わ、私を……ひぐ……わ……私を……不幸にしないで……」

 

 

 目の前の少女が泣きながら必死に叫んでいる。

 好きだと――消えないでくれと――泣きながら叫んでいる。

 雛は自失していた。自分は、彼女を泣かせたくなくて消えようとしていた筈だ。彼女の泣き顔を見たくなくて消えようとしていた筈だ。

 そう思っていた筈なのだ。

 しかしどういう事か――。彼女は目の前で泣いている。消えないでくれ、不幸にしないでくれと泣き叫んでいる。

 何故彼女はあんなに泣いているのだ?

 キュウリ畑で見せた涙とは比べ物にならないくらい、取り乱して泣き叫んでいる。

 彼女を泣かせたくなかったのに……。

 そして自身の心に言いようの出来ない痛みが込み上がって来るのを雛は感じていた。 

 とても痛い――しかしそれでいて心地よい感覚だった。

 気が付けば、雛は涙を流していた。

 

 

「……うぐ……ひぐ……うぅ……」

「ひ……雛……?」

 

 

 雛は涙が止まらなかった。

 苦しいわけじゃない。それなのに涙が溢れ止まらないのだ。

 気が付けば、雛を纏っていた厄はいつの間にか消えていた。それと同時に、射命丸と勇儀を抑え込んでいた厄も消え、二人は解放されていた。

 厄を発生させる事が出来なくなって、雛はようやく気付いたのだ。これは悲しみの涙ではなく、うれし涙のだと。

 

 

「ひぐ……うぅ……に……にとりぃ……」

「雛、消えないで――雛は……私の事が嫌いかい?」

「嫌いなわけがないッ! 大好きよッ! 私は……にとりが好き……」

「雛……!」

 

 

 にとりが泣いている。

 彼女の泣き顔が見たくなかったというのに、どういう事か――。今は彼女の泣き顔がとても嬉しいのと雛は感じている。

 にとりは悲しそうな顔ではなく嬉しそうな顔で泣いている。

 厄はもう出ない。

 完全にしてやられたのだ。雛はにとりにしてやられた。

 もう厄が完全に消えてしまった以上、消える事は出来ない。

 完全な敗北だ。

 しかし敗北と言う言葉がまるで悔しいとは思わなかった。むしろこれで良かったのだと……。

 

 にとりと雛は、ずっと泣き続けた。

 空は丁度、太陽が昇る時だった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 雛の厄がとうとう切れ、異変と呼べる規模の夜は終わりを迎えた。

 気絶している者たちはそのまま永遠亭へと搬送され、無事だった者たちはにとり達の元へと駆け寄って行った。

 

 

「――終わったな、河童。そして厄神」

 

 

 神奈子たちが駆け寄り、そう口にした。

 雛はバツが悪いように、ぺこぺこと頭を下げ続けた。

 

 

「本当に――ご迷惑をおかけしました。八坂様」

「いや、良いってことさ。他の連中も多分何も思ってはいないんじゃないかな? みんな単純な連中だし。――ところで、確認するのだが、もう消えたい等とは思ってはいないだろうな?」

「はい。もう厄はすっかりと消えてしまっています。これでは厄流しすることも出来ませんし――何より、私はもっとにとりと一緒に生きていたいと思ってます」

「そうか。それは何よりだ」

 

 

 納得したかのように神奈子は頷いた。

 しかし、にとりと雛は、コレでめでたしという雰囲気ではなかった。

 そしてにとりは尋ねた。

 

 

「八坂様。雛の厄は消えたわけだけど、時間が経てばまた厄が溜まって同じ事が起きるかもしれない。そうならないために何か良い方法はないかい?」

「にとり……」

 

 

 にとりはそう神奈子に聞いた。

 今回の件はただのその場しのぎの策でしかなかった。時間が経てばまた厄が溜まるのは自明の理だ。根本的な解決方法ではない。

 神奈子は『う~ん』と唸りながら悩んだ後、諏訪子に目をやった。

 二人は口を開きはしなかったが、お互いに何を考えているか理解しているようだった。

 そして諏訪子がにっこりと笑顔で頷いて、神奈子も何か踏ん切りがついたようだ。

 頬をポリポリとかいて、答えた。

 

 

「ああそのなんだ……厄神よ。お前に厄が溜まるのを防ぐ方法は無い。厄を溜めこむのが厄神と言う奴だからな。その方法を変えたり、止めたりする事は出来ない」

「そ、そうですか……」

「だがな、変わりと言っちゃなんだが、お前の厄を溜めこむ許容量を増やしてやる事は出来る。そうすれば、今回と同じような事が起きる事は数十年、長数百年は無くなるだろう。もしかしたら永遠にな」

「ほ、本当ですかッ!?」

 

 

 今回の騒動の発端は、雛が厄を溜めきれなくなった事にある。

 その厄を溜めこむ許容力が増えれば、今回の騒動と同じような事は起きなくなる筈だ。

 雛とにとりは凄く喜んだ。対し、その方法を教えてくれる神奈子は少し複雑そうな顔をしていた。

 

 

「八坂様ッ! その方法はッ!?」

 

 

 にとりがずいっと近寄って尋ねてきた。

 神奈子は少し間を置いて、二人の顔を見た。ものすごく期待を込めた顔だった。複雑そうにしていた神奈子はため息をついて、とうとう答えた。

 

 

「神の力の源は信仰だ。つまり、信仰さえ得られれば自然と力は増す。――厄神よ。私たちの信仰をお前に分けてやろう」

「え?」

「え?」

「ちょッ!? 神奈子様ッ!?」

 

 

 真っ先に叫んだのは早苗だった。

 信仰を分け与える。それがどれほどの事なのか、分からない筈がない。

 だが神奈子は早苗を制止した。

 そして頭を撫でるように、早苗の頭に手を置いて諌めた。

 

 

「いいんだ早苗。この平和な幻想郷に『軍神』なんて、野蛮な神はいらないんじゃないかな~なんて思うんだ」

「祟り神もね♪」

「神奈子様……諏訪子様……」

「まぁ……その……早苗の今までの努力を無駄にするようで本当にすまないと思っているんだが……里の人間たちに厄神を信仰するよう手筈を整えてはくれないか?」

「それは……いいえご立派です、神奈子様。――了解しました。神奈子様の御心のままに……」

 

 

 雛は唖然とした。神にとって信仰とは力や命と同等の価値があるものだ。

 それを分け与えてくれると言っている。

 雛はまた眼頭が熱くなるのを感じていた。そしてにとりと守矢の三人になぐさめられる事となった

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 後日談――と言う事になるのだろう。

 

 厄神の騒動から三ヶ月の月日が流れた。

 あの騒動の後、霊夢は修行不足だと紫に叱りを受けて、あれから厳しい修行を強いられる事となった。本人はものすごくやる気が起きなかったが、紫はやる気満々だった。

 

 魔理沙は、自分の最高の弾幕がまるで雛に通用しなかったのをきっかけに、さらなる弾幕の開発に勤しんでいた。

 白玉楼は特に変わりなく、永遠亭はこの一ヶ月間、大量の入院者が起きて大忙しであった。

 

 そして今回の最大の功労者であった守矢の三人だが――あの騒動の後、早苗は里や村の人間たちに厄神を信仰するよう呼びかけた。

 その結果、守矢の信仰は下がる一方――

 

 

 なんて事にはならなかった。

 

 

『守矢ッ!守矢ッ!守矢ッ!守矢ッ!』

『守矢ッ!守矢ッ!守矢ッ!守矢ッ!』

『守矢ッ!守矢ッ!守矢ッ!守矢ッ!』

『守矢ッ!守矢ッ!守矢ッ!守矢ッ!』

 

 

 それどころか、かつてないほどの信仰が守矢神社に集まったのだ。

 あの後――早苗が厄神の信仰を呼び掛けた時、その理由を聞いたのが原因だった。

 騒動を解決しただけでなく、他の神の為に己を犠牲にしようとした神奈子たちに、人間は酷く感銘を受け、感動していたのだった。

 その結果、厄神を信仰すると同時に、神奈子たちへの信仰もまた増えてしまったのだった。

 二心を抱くものは不忠者と言うのが相場ではあるが、二心を抱くのもまた人間なのだ。

 

 

『神奈子様あああぁぁぁッッ!!!!!』

『きゃああぁぁあッ!! 諏訪子様可愛いいいいいぃぃッッ!!!』

『早苗様あああぁぁッッ!!! 俺だあああぁぁッ結婚してくれええぇぇッ!』

 

 

 どうして信仰が増えているのか分からずにいる守矢たちは首を傾げる事となった。

 

 

 

 地底の妖怪たちと鬼達は治療を終えた後、地底へと戻って行った。

 地上との関係を良くしようとした彼女たちの目論見は、まあまあの成果を上げていた。秋姉妹が連れてきた人間たちの証言によって、地底の妖怪たちの反感が薄れていったのだ。

 今後、地底の妖怪たちはさらに地上に出入りする事になるだろう。

 

 聖輦船が崩壊し、お寺自体が無くなってしまった命蓮寺のメンバーだが、信仰者の人間と妖怪の協力を得て、船のかけらを全て集める事に成功して、また寺を再建させる事に成功した。

 途中でリタイアしてしまった命蓮寺のメンバーは、自分たちが倒れた後、どういう経緯があったのかを知る事が出来ず、どのようにしてあの厄神を元に戻したのかを知らずにいた。

 だがしばらくして、紅魔館が先の騒動の全てを記録していた事が判明した。

 紅魔館はその映像の公開を発表。外の世界のように『映画』と言う形で放映する事をカラス天狗たちに宣伝していた。

 

 宣伝後、紅魔館には大勢の人間や妖怪たちが集まり、一つのお祭状態へと変わってしまった。

 当然、命蓮寺のメンバーもそれに出席した。

 大幅な修正や編集によって大袈裟に変えられた映画をパチュリーの魔法によって映し出し、大スクリーンで上映された。

 その映画は凄まじい出来であり、その場の全ての者たちが涙を流した。

 特に白蓮の感動が余りにも凄まじく、この映像を貰えないかと直接紅魔館へ乗り込んで直に交渉しにいった程であった。

 レミリアたちは、白蓮の暑苦しい熱意にとうとう負けてしまい、その映像を譲渡した。

 その後、白蓮は一日一回はその映画を見る事が習慣になってしまった。

 

 

 そして――

 

 

 元凶とも言うべき雛とにとりはと言うと……

 

 

「雛ッ! ようやく出来上がったよッ! 今回は特に自信作のキュウリなんだ! 一緒に食べようッ!」

「ええ。凄く美味しそうだわ」

 

 

 妖怪の山でキュウリ畑を作っていた。

 

 あの騒動の後、厄神である雛へ対する感情は180度変わり、ありがたい神様として人間たちから大きな信仰を得る事となった。

 相も変わらず、厄は集まって来るが、もう溢れたりなんかしない。

 

 

「えへへ。三カ月も遅れちゃったね、雛」

「何が遅れたの? にとり」

「こうして、雛と一緒にキュウリを食べる事さ。あの時は、食べてもらえなかったからね。――さぁ、自信作のキュウリ、感想を聞かせてよ♪」

「ええ。それじゃ……いただきます」

 

 

 にとりと雛はこれから毎日、退屈な日常を過ごすのだろう。

 それはこれからも変わらない。そしてそれは本当に幸せな事に違いない。

 

 そして雛が口にしたキュウリは、その後の幸福を示すかのように瑞々しく、そして美味しかった。

 

 

「すごく美味しいわ、にとり」

「本当ッ!?」

「ええ。凄く美味しい」

 

 

 二人は共にキュウリを食べ、楽しい談笑に明け暮れた。

 その後、雛は立ち上がって言った。

 

 

「さて――もうこんな時間になっちゃったわ。そろそろ御暇しなくちゃね」

「え? もう行っちゃうの? まだいれば良いのに……」

「ごめんなさい。私にも厄神としての仕事があるから。――美味しいキュウリをありがとう、にとり」

「うん! それじゃ、また明日!」

「また明日!」

 

 

 また明日。

 そう言われて雛はにとりの元を飛び立った。

 

 

(また明日……か)

 

 

 また明日も素敵な事が起きる。

 そんな事を思いながら、雛は上空に上がり、幻想郷の全てに伝えるかのように言った。

 

 

「さて、貴方達の厄――私が取り除いてあげましょう」

 

 

 今日も雛はクルクルと回り続ける。

 

 明日への希望を持って――

 

 

 

 

 

終わり

 

 




 お、終わったあああぁぁッ!
 か、完結できた。

 皆さんの応援と感想があって、完結までいけました。

 ここまで読んでくださった読者の方にはとても感謝です。

 今後も執筆活動を続けていきますので、よろしくお願いします。

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