雛は現在、妖怪の山から少し離れた河辺にいた。
時間はもう深夜だ。月明りが山全体を照らしており、実に美しい光景を作り出している。
だが雛の回りだけは違う。ウヨウヨと厄が漂っており、雛を中心とした部分だけまるで別の世界のように感じられる。そこには月明りも届かなければ、澄んだ空気も入って来ない真っ暗な世界だ。
「もう、こんなに集まってる……今日が満月だったのは僥倖だったわね」
月明りは人を狂わせる。そんな言い伝えがある様に、何故か満月の日は特別厄が多く発生する。そしてその厄の強さが最高に達する時間は丑の刻。『丑の刻参り』と言う言葉があるくらいだ。この時間と厄と言うのは何かしらの因縁があるのかもしれない。
今は丁度午前零時と言ったところだろうか?雛は近くに石に座り込み、時間が経つのを待っている。
そして雛はふと、河の水に映し出された自分の姿を見た。月明りに照らされた水は鮮明に雛の姿を映し出していた。
「なんて、醜い姿なのかしら……」
真っ赤なリボンとドレスは真っ黒に染められてた。そしてそのせいか肌の色も血の気の通ってない真っ青な顔に見える。
雛は自分の醜い顔を見て苦笑してしまった。実に災厄を身に纏う厄神らしい姿だと。
刻々と時間が経過していく。
もうすぐ自分は消える。この厄と共に……。
消える事は怖くは無かった。厄神と言うシステムはそういう物だと思っていたからだ。
厄を溜めこみ、溜めこんだ厄ごと消える。そんな存在。
消える事は恐くは無い。だがこの幻想郷に未練が無いわけでもない。ちらほらと雛の頭にはにとりの顔が思い浮かんでいた。
にとりと過ごした日々は本当に楽しかった。自分の側にいれば災難に見舞われると言うのににとりはいつも笑顔で接してくれた。それが雛にとってどれだけな幸せな事であったのか、きっとにとりは知らないのだろう。
だが、にとりとの幸福な日々を思い浮かべると同時に、にとりのあの時の顔も思い浮かんで行く。あの時、キュウリ畑が荒らされた時のにとりの悲しそうな顔と憎しみを含めた憤怒の顔を。
あの時のにとりの顔が忘れられない。あの顔を思い出すだけで心が締め付けられそうになる。それが耐えられない。
「そっか。私は……」
雛は何か思いついたように口走った。
「私は、にとりに嫌われたくないから消えるんだ……」
厄神のシステムがどうとかは単なる建前に過ぎない。
多分、にとりのあの顔を見る前だったらきっと最後まであがいていたのかもしれない。自分が消えなくても良いようにと……。
恐らく、歴代の厄神たちも同じような事で消えたのだと思う。大切な人を傷つけないように……もしくは傷つけてしまったために。自分から消えて行ったんだろう。
「にとり……」
いざ消えようと言う時に限ってにとりの事が鮮明に思い浮かぶ。だが楽しかった日々も幸福な日々ももう終わりだ。自分はここで消える。
時間が経過していく。それにつれて厄も強くなっていく。
そろそろ頃合だろう。
丁度良い具合に厄も集まっている。皆が寝静まっている深夜だから大騒ぎにはならないが、もしもこれが昼だったら異変と呼ばれる位の騒ぎになったに違いない。何せ、妖怪の山全土を黒い厄で包みこんでいる程の規模なのだから。山に住んでる妖怪たちには悪いが、何もしなければ災難には巻き込まれないだろう。
雛は河に中に入り、厄流しの最終段階に進めようとしていた。
だが、ここで思わぬ事態が発生した。
「な、何? これは……」
妖怪の山に……いや、厄の領域に入って来る者がいる。
一人や二人なんて数じゃない。大多数だ。こんな時間に――しかも厄の領域に大人数が入って来る。
すでにこの厄の領域は雛の領域と同義だ。この領域内で起きた事は雛にも把握できる。そしてこれはただ事では無かった。しかもその団体は間違いなく雛の方に向かって行く。
「一体、何が……」
次第に近づいてくる気配を見て、雛は驚愕した。
「雛ぁーッ!」
「に、にとり!?」
にとりが霧雨魔理沙の箒に乗せてもらいながらこっちに飛んできたのだ。
いや、驚愕すべきはそこじゃない。飛んできたのはにとりと霧雨魔理沙だけじゃなかったのだ。
博麗の巫女に八雲の管理者、そして小さな百鬼夜行。白玉楼のお姫様にその庭師。永遠亭のウサギ達。山の二柱と現人神が一人。カラス天狗と白狼天狗の大軍。さとり妖怪を中心とした地底の妖怪たち。さらには命蓮寺の飛行船まで飛んできた。
「な、ななな……何なのこれは!?」
幻想郷のパワーバランスを担う勢力――しかもその中核をなすトップが揃いもそろってこの場に終結したのだ。雛が思わず叫んでしまったのも無理はない。
「にとりッ! これは一体どういう事なのッ!?」
いきなりの事で雛は思考が追いつかなかった。
だが、そんな雛の言葉を無視し、にとりは叫んだ。
「雛ッ! ――私たちと弾幕勝負だッ!」
どうしてこうなった・・・・・・