少し間が空いてすいませんでした。その分内容は濃く……薄いッ!?
紫様…なぜ…?なぜ貴女様が頭を下げるのですか?
なぜ地面に手と膝をつけるのですか?
なぜ…謝るの…ですか…?
女性はそう
声には出さなかった。否、〝出せなかったのだ〟
自らの目の前で起こっている現象を理解できない。いや、もしかすると脳が理解するのを拒んでいるのかもしれない。
「……」
紫は無言で頭を下げ続けている。
雨はどんどん強くなっている。その一粒一粒がぬらりひょんからの怒りのような気がして冷や汗をかいた。しかしそれも雨で流される。
「八雲紫。これは一体どういうつもりじゃ?」
ぬらりひょんは表情には出していないものの、明らかに怒っていたのは声を聞けばわかった。
昨日とは違う。低く、重く、心に響いてくる。
「申し訳ございません。この妖怪は私の式でございます」
「で?」
「ぬらりひょん様の事を…自らの式に、詳しく教えておりませんでした」
先ほどぬらりひょんと対峙していた妖怪は、八雲紫の式神であったのだ。名を
淡々と話しているようにみえる紫だが、いつもより声が怯えていた。それはいつも側にいる藍だけが感じ取っていた。
〔ぬらりひょん…?この方が…ぬらりひょん様…?〕
会話の初めも紫は〝ぬらりひょん〟という名を出していたのだが、その時は藍は混乱しすぎてよく聞き取れなかった。
しかし今ははっきり聞こえた。〝ぬらりひょん様〟と。主人の紫が心から尊敬している妖怪の。
そんな雲の上のような存在に自分は手を出してしまった。罵倒してしまった。
考えれば考えるほど心が痛くなる。身体中がズキズキと軋み、今にも吐きそうな嘔吐感にも襲われた。
「…ハッ、本当は事前に接近してワシのことを知り、その後式を使ってワシを殺しに来たんじゃねえか?」
「!!」
ガバッ!紫は顔を上げた。しかしすぐにまた頭を下げる。何か言いたかったのだろうが口には出さなかった。
〔そういう訳ではありません!〕
こう言いたかったのだろう。紫は先程より顔を歪めて地面を見つめていた。
「まあいい。責任は取ってもらうぞ」
ぬらりひょんは先程納めていた刀を再び抜いた。そして刀の
「八雲紫…お主先程言ったな?『罰は私へ』と。んなら覚悟はできておるんじゃろうな」
「ま、待ってくださいッ!」
ぬらりひょんの言葉に藍がいち早く反応する。事態の深刻さを完全に理解し、紫同様冷や汗をかいていた。
「なんじゃ」
「あ、あの…」
言いたい事が纏まらない。誰のせいで紫がこんな事になっているかというと、もちろん自分のせいである。
紫を助けたい〝思い〟はもちろんあるのだが、自分がする事が全て裏目裏目に出そうで怖い。
普段頭の回転がはやい藍でもどうすればいいのかわからなかった。
「…主の優しさを踏みにじる気か?せっかく
「えっと…す、全て私がした事なので…」
「…黙りなさい藍」
「私の首をッ!落としてくださいッ!」
紫の言葉を無視し、藍はぬらりひょんにそう頼み込んだ。
紫のように頭を下げ、手と膝を雨でグチャグチャになった地面につけた。
「ハッ…都合のいい奴らじゃな。誰が1人で許すと言った?」
「貴様ら2人の首を取らねえとワシは満足できねえよ」
「…ッ!」
藍はチラッとぬらりひょんの顔を見た。茶色の瞳からは凄まじい殺気と憤怒を感じた。
「ワシを怒らせたこと…後悔するんじゃな」
ぬらりひょんに刀を持った右手を上げる。藍にはそのまま紫の首を打ち落とそうとしているように見えた。
「遺言はあるかい?」
「(このまま死ぬわけには…なんとかしなければ!)」
藍がもっとも大事に考えていることは幻想郷の平和でも自分の命でもなく、紫の命である。
自分の命を引き換えにすれば紫が助かるのなら、藍は喜んでその命を差し出すだろう。
「(私が〝こいつ〟を抑える!その内に紫様を…!)」
男がぬらりひょんだとわかった藍は同時にもう1つわかった事がある。それは自分、つまり藍ではぬらりひょんには絶対に勝てないという事だ。
本物のぬらりひょんだということは当然〝畏〟も使えるだろう。
〝畏〟について僅かな知識しかない藍では手も足も出ない。
しかしぬらりひょんが油断している今なら、一瞬くらい隙を作れるかもしれない。
一瞬隙があれば紫なら能力を使い、この場から離脱する事が可能だろうと考えたのだ。十中八九藍は殺されてしまうだろうが。
「(私のことなどどうでもいい…全ては紫様のため…!)」
この間は数秒である。決意を決め、最期に紫の顔を見た。
しかし、紫の顔は自分が思い描いていた表情とは全く異なっていた。
「…紫…様?」
紫は完全に〝生きることを諦めている顔〟だった。決して絶望しているわけではない。
まるで運命に身を委ねるかのように、静かにその時を待っていた。
なんて自分は愚かなのだろうか。と藍はひたすらに思った。
主人は既に心を決めている。なのに自分は無駄に足掻こうとしている。これを愚かと言わないなら何を言うのだろうか。
「……」
今まで考えていたことを全て放棄し、藍は再び下を向いた。紫同様に。
「フンッ…腹は決まったみてえじゃな」
「じゃあな」
別れともとれるその言葉と共に、ぬらりひょんは刀を振り下ろす。その瞬間『ザクッ!』という刀が何かに突き刺さる音が聴こえた。
「……え?」
ぬらりひょんは地面に刀を突き刺した。最初に顔を上げたのは紫だった。何が何だかわからないまま、ぬらりひょんのはじける笑顔だけが視界に入った。
「フフフ…」
「フハハハハッ!!!!!」
その笑い声に驚いた藍もおもわず顔を上げる。紫と藍はお互い顔を見合わせた。
ぬらりひょんは依然腹を抱えたまま笑っていた。
「フフフ…本当にワシがお主らを殺すとでも思ったか?ちょーっと
「………え?」
「大体ワシは言ったじゃねえか、今回は逃がしてやるってな。そこで八雲紫、お主が来たからちょっとひと演技うっただけじゃ」
ぬらりひょんはキセルを取り出した。しかし雨が降っているのでまともにふかせない。
先程までの殺気は完全に消え、いつもの穏やかなぬらりひょんへ戻っていた。
紫と藍は立ち上がった。膝がガタガタだった紫はバランスを崩したが、なんとか藍が支え、無事に立ち上がれた。
「ぬ、ぬらりひょん様…怒っておられないのですか?藍が貴方様を攻撃したことを」
「フゥー…八雲紫、お主はワシの百鬼じゃ。それは間違いないな?」
「ええ、有難き事に」
「じゃあお主に仕える
紫はぬらりひょんが何を言いたいかわからない。勿論藍も。
ぬらりひょんは意味深に笑い、キセルを頑張ってふかしている。
「ワシはなぁ、別に仲良くしたいわけじゃねーんだ。
「ワシについてくる奴らはワシに惚れてんだかワシを殺してえんだがわからねえ連中ばっかりだった。お前も同じじゃ」
「ワシはそんくらいで怒りゃあせん。それが当然と思ってるからな。気に食わん大将なら斬り捨てりゃいい。ワシはいくらでも受けてたってやる」
ぬらりひょんは笑顔で話していたが、どこか少し悲しそうだった。
元の世界、それも昔の記憶を思い出しているのだろう。
「藍…といったな。ワシを殺しにかかってもよいぞ。 …その前にワシがお主の〝心に上がってやろう〟」
ザワッ!
「は…はい」
言われている途中で藍は感じたことのない感覚に襲われた。まるで心を手で直接撫でられているような感覚に。
しかし嫌悪感は一切ない。この時藍は気づいていなかったが、既にぬらりひょんは藍の〝心に上がっていた〟のだ。
「しかしぬらりひょん様。私は貴方様を攻撃しただけでなく、数々の罵倒を繰り返しました…その事について何か罰をお与えください」
〝律儀〟ではないが、藍はこの事に関しては自分でも許せなかった。
ぬらりひょんへの侮辱は主人への侮辱と同じ事であるからだ。
「別にいいってそんな事…ほら、着物が汚れただろ?それでいいじゃねえか」
「着物が汚れているのはぬらりひょん様も同じ事でございます。さあ罰を。何なりと」
ぬらりひょんの着物は濡れているだけで汚れてはいない。しかし藍は何があっても引く気はなさそうだ。
「はぁ…」
チラッとぬらりひょんは助けを求めるかのように紫の顔を見る。しかし紫は微笑むだけで何もしようとしない。
「ん〜………あっ」
何かを思い出したぬらりひょんは思わず声を上げる。目を見る限り何かを見つけたようだった。
「……あいつを永遠亭に連れていけ。それが罰じゃ」
「あいつ?」
藍はぬらりひょんが指差した方に振り向く。するとそこには橙がぐったりと横たわっている姿があった。
「ちぇ…ちぇーーーーんッ!!!!!」
完全に3人とも橙の存在を忘れていた。橙は先程よりさらにぐったりしていたが、重体というほどではなさそうだ。
「ほらほら、早く連れてってやれ」
「は、はいッ!もう大丈夫だぞ橙ッ!」
藍は橙を連れて永遠亭へ走っていった。まるでお母さんのようだ。
ぬらりひょんと紫も藍に続き、永遠亭に歩いていった。雨はやみ、雲と雲の間から眩ゆい光が差し込んでいた。
はい、第33話でした。
ぬらりひょんは色々とレミリアに影響を受けちゃったみたいです。しょうがないですね…
ではお疲れ様でした。