【更新休止中】Fate/ぐだ×ぐだOrder 〜要するにぐだこがぐだおを呼ぶ話〜 作:藻介
—18― sideぐだ子
黒いジャンヌ達が明日一日行動することはない。
そう言ったのはルーラーだった。
聞けば、彼女たちから逃げる際、何らかの細工を――具体的に何をしたのかまでは教えてくれなかった――したとのことで、少なくとも一日はその解除に手間をとられるそうだから、動くならばこの一日だけだという。
そしてその一日で何をするか。それもルーラーはしっかりと考えていた。
この特異点を作り出している聖杯。それを所持しているのがあの黒いジャンヌだというのなら、その障害となるのは彼女をはじめとしたサーヴァントと、伝説の邪竜ファフニール、この二つになる。
うち、サーヴァントたちは同じくこちらのサーヴァントをぶつければ何とかなる。しかしファフニールは別だという。あれを倒すには、竜殺しの逸話をもつサーヴァントに任せるか、複数のサーヴァントを以て当たるかしかない。ルーラー曰く、あいにくと彼はその手の英霊を呼ぶことはできないらしい。よって、ジャンヌやマリーのように特異点に召喚されたほかのサーヴァント、特に竜殺しの逸話持ちを仲間に加えて、ともに戦う。
そのため、この一日は二手に分かれてのサーヴァント探しとなった。
――――――――その、はずだった。
結論から言えば、失敗した。
息が苦しい。足が痛い。頭も思い。のどの奥で血の味がする。涙と汗と鼻水が混ざりまくって気持ち悪い。それでも、足を止めるわけにはいかない。じゃないと、彼女の犠牲が無駄になる。
腕に取り付けた端末の液晶に背後の空が映った。小さな黒い影がいくつかともう一つ大きな黒い点が迫っている。
「くそっ、できればこれは使いたくなかったんだがよ……」
キャスターがぼやいた。
「キャスター、まさか――」
「んなわけあるかよ! あいつから、もしもの時はと託されていたいたもんだ。その時はこれを使って逃げろってな」
足を地面に突き立て急停止、その間に懐から何かを取り出す。
あれは――――種?
「オラッ! 食らいやがれ!」
その種がいくつか竜たちが飛んでいる辺りの地面、その少し手前に投げられた。それを確認するや否や、空中にアルファベットのSに似た文字が刻み込まれる。
「
詠唱とともにすさまじい勢いで、一つの巨大な壁のように伸びていく木。わずかに紫がかっていて私の目にも有毒であるのが分かる。実際、それまで飛んでいた竜たちも近づこうとしていない。
「ボサッとしてんな嬢ちゃん! 今のうちに撤退だ!」
「……っ! うん、分かった。令呪を以て命ずる。来てっ、アストルフォ!」
右手にわずかに走る痛み。それとともに壁の手前側の中空から、ヒポグリフに乗った桃色髪の騎士があらわれた。
「ハイハーイ! シャルルマーニュ十二勇士が一人……うわっ! 何すんのさヒポグリフ。危うく落馬するところじゃなかったじゃないか! ボクが落馬なんて、いろいろシャレにならないよ!」
いさめても、なおもいななくことを止めないヒポグリフをあやしながら、彼が問いかけてくる。
「で、ボクみたいなポンコツに何のようだい? マスター」
「撤退する。私とマシュを乗せてほしい。いける?」
「もっちろん!」
風圧で私が飛ばされないように、同時に、なるべく急いで、そんな塩梅の速さで降下してくるヒポグリフにどうにか飛び乗る。
「じゃあマスター、マシュ! 飛ばすから、しっかりつかまってて!」
「うん」
「分かりました」
「いっくよー! 『
二度目の次元跳躍。時間が空間が、いくつにも分かれてねじれていく感覚。私はいつしかその中で気を失ってしまっていた。
—19—
敵のアサシンを排除した。
こちらは、探していた竜殺しの英雄ジークフリート、他三名の仲間を得た。
その対価に、マリーを失った。
「あちっ」
誰も、何も言わない夕飯の中、うっかりシチューをこぼした。
「「「だいじょうぶ(ですか)先輩!」旦那様!」小ジカ!」
マシュと、新しく加わった清姫とエリザベートの声が重なる。
「え?」「は?」
まあその内清姫とエリザベートの仲はこの通りなので、当然こちらをほっぽいて衝突する。ああ、布巾を通して後輩の優しさが心に染みます。
「先輩」
「何。マシュ」
「先輩はマスターなんですから、先輩の思うようにしていいんですよ」
「………………」
思うように、ね。
「でもそれで、今回みたいに誰かがいなくなるのはイヤ」
「大丈夫です」
「私は、いなくなったりしません」
「だから先輩は、先輩が正しいと思うことをしてください。不肖マシュ・キリエライト、先輩が望むならたとえ人類史の果てだろうとお付き合いします」
「……うん、ありがと」
「どういたしまして」
この時のマシュの笑顔は、きっとどこへ行こうとも、忘れられない気がした。
「もちろん!
「ちょっとアンタ! 抜け駆けしてんじゃないわよ!」
「うん。ありがとう、清姫、エリザベート」
「「っ…………!」」
なぜか赤面する二人。それを好機と思ったのかは私にはわからないけど、一つわざとらしい咳払いをして、
「ではそろそろ、最後の作戦会議を始めようか」
ルーラーが切り出した。
少なくともこの夜で、この特異点で私がしたいことが一つ定まったと思う。
—21— sideルーラー
マシュ・キリエライトは英雄ではない。
だから、ずっと気になっていた。私が人類史を救うまでの間、彼女が戦い続けられたのはなぜだったのか。
「私が、正しいと思うこと、か」
その理由を少しだけ知ることができたのかもしれないと、思わず口角が上がる。
「ここにいたのですか、ミスターホームズ」
夜、林の陰からジャンヌ・ダルクが問いかけてきた。一度気を落ち着けて表情を元に戻してから。
「残念ながら聖女、オレはシャーロックではない。同じクラスどうしすまないが、ルーラーと呼んでくれないか?」
といつものように切り出して。
「分かりました。ではルーラー、明日は決戦ですがマスターのもとにいなくていいのですか? 目の前で友人が失われたのです。きっと傷心のことでしょう」
「いずれは越えねばならない壁だった。今一人で乗り越えられなければ、今後また、同じところでつまづくことになる」
「そう、ですか」
「ああ」
俯く聖女と崖の天辺に腰かけているオレとの間に、冷たい風が吹いている。サーヴァントの身の上、風邪をひくなんてことはないだろうが、それでも、見ている分にはこちらが寒い。
「……座ったらどうだ?」
「はい、ありがとうございます」
そう言って隣に座り込んだ彼女に、オレは問いかける。
「君はどうだっだんだ?」
「なにがです?」
「マリーのことだ」
一瞬、彼女が遠くを見た。
「どう、なのでしょうね」
それでも彼女の瞳は、失ったモノを見ていたようには思えなかった。
「確かに悲しいです。せっかくできた友人を失って、少し、ショックです。それでも、しょうがないと考えてしまう私がいるのです。なので、涙が全然出ないんです」
「………………」
「最低ですね、私」
彼女は笑っていた。月が嗤っているように見えた。残酷なくらいきれいだ。
「最初はきっと誰かの笑顔を望んでいたはずなのです。主のお導きに従ったのだって、本当はフランスなんて大きなものじゃなくて、ただ自分の大切な人たちだけを守れればと思ったから。ただそれだけだったはずなのに、いつの間にか、ずいぶん遠くに来てしまいました」
「そんなものだろう、英雄なんて」
「かもしれません」
かもしれないではなく、きっとそうなのだろう。
「すいません、愚痴のようなことを聞いてもらってしまって」
「かまわないさ。オレでよければいつでも付き合おう。それこそ君のような聖人なら、逆にこちらから愚痴を言うことのほうが多いかもしれんが」
「ふふ、ではさっそく、一つ目をこぼす気はありませんか?」
思わず目を見開く。
「全く、これだから同業者は苦手なんだ」
「そうみたいですね」
そうみたいではなく、きっとそうなのだ。
月の下、星の瞳と聖女が、かつてどこかで在りしはずの日のように談笑する。その一方で、もう一つの会話があったことを、これをお読みの貴方は覚えているだろうか。
方や戦いを恐れる無垢な命。方や一つの恋を胸に、魂を最後までは悪魔へと売り渡さなかった音楽家。
この二人の会話は、どの記録にも残ることはない。
――――けれど、記憶には残せる。
たったそれだけのことで、彼はまだ、戦える。