「……アレ?」
眼を開けると、飛び込んできたのは真っ白な光景だった。立っているような浮かんでいるような不思議な感触の中、自分の体動かせる事を確認しつつ周りを見回してみるが一向に景色は変わらず、何処までも白が続くばかりだった。
足元を見ても床と思わしきものはなく、俺の影すら写っちゃいない。CGみたいだなとか思っていると、
「気がついたか」
「え?」
いつの間にか目の前に居た黒いコートの人物が、自分に話しかけていることに気がついた。顔はフードで隠れていて見えない。今聞いた声も、子供と女と男が混ざった様な、でも不自然さを感じない不可思議な声だった。
加えて、この理由のわからん場所と状況、俺は……。
「単刀直入に言おう、貴様は死んだ」
「あ……」
そうだ俺……咄嗟に車にはねられそうになった女の子を突き飛ばして、そこで意識が途切れて……。
不思議なくらい落ち着いた心境で、目の前の存在に訪ねた。
「……一つ聞いてもいいですか?」
「何だ」
「あの、俺が突き飛ばした女の子は無事ですか?」
青い学生服の、俺と同じ高校の女の子。まあ、全く学校に行ってなかった俺がそれを考えるのもどうかとは思うけど……。
「手のひらを僅かに擦りむいた程度で、生命活動並び運動機能に問題はない」
感情を混じえない機械的な言葉だけど、その内容は俺の心に安堵を与えてくれた。
「そうですか……良かった」
「……自分が死んだ事はいいのか?」
首を傾げてそう尋ねるフードの人に、真っ正直に答える。
「そりゃよかないですけど、何ていうかまあ、助けた人が無事かどうかのほうが今は割と気になるっていうか、死んじまったんなら今更ドタバタしてもしょうがないっていうか……」
「助けてはいない」
「へ」
予想だにしない台詞に、マヌケな声が出てしまうが、そんな俺になど微塵の猶予も与えず、黒フードは告げる。
「あの少女の目の前に迫っていたのは農業用トラクターだ。ブレーキ等の機能にも損傷等の問題はなく、普通に止まれていた。貴様が死んだのは、トラクターをトラックと誤認しそれに轢かれると思い込んだ事による精神的ショック、並び肉体的、精神的疲労が重なった事による心停止が原因だ」
「……はあああああ。マジすか。マジですか。俺、そんな情けない死に方したんですか」
驚くよりも、我ながら呆れるんですけど。絶対医者とか家族も皆笑ったろ。賭けてもいいよコンチクショウ。
「情けなかろうが、死は死だ」
淡々と宣告する黒フードに、俺を嘲笑する感じはない。もしかして、この人は神様的なあれなんだろうか。でも神様が直々に出てくるとか、俺ってそんなすごいの? はしゃぐよ? 死んだのにはしゃいじゃいますよねえ? はしゃぎまくっちゃってもいいっすか神様(仮)。
「勘違いであれ、お前は自らの命を捨てて他者を助けようとした。それは何故だ」
「何故って……」
思わず、これって正しい答えを選ぶと生き返らせてもらえるのかとか思い浮かんだけれど、なんとなく、本当になんとなーく打算で答えるのは気が引けたので、思ったことを口に出す。
「咄嗟に体が動いただけで」
無言。
「……」
更に無言。
「……」
無言は続くよ何処までも……とかふざけてる場合じゃねえよ!
「……まあ、勘違いだったんですけどね。ハハハ、なに勘違いで死んでんだよって感じですかね。むしろ、あの子に突き飛ばしちゃってごめんって謝りたいっつーか、こんな事で騒がせた病院とか関係者の方にも頭下げたいなーっつーか、家族にも言いたいことあるっつーか……」
沈黙の重さに耐えきれなかったのと、やっべやっぱ「ならば生き返らせてやろう」的なイベント失敗かなという打算が入り混じっておちゃらけながら生き返りたいアピールを口走る。
すると、黒フードの人がバッと勢い良く俺の方へ手を翳す。不興を勝った結果消されるかとビクつくも、特に変化は……あれ、何か腰に違和感が……。
「……なにこれ?」
違和感の正体は、腰に引っ付いていた『眼』を模したと思わしきベルトだった。もしかしなくてもこの人の仕業だろうか、とか考えるとなぜだか頭の中に『ゴーストドライバー』の使い方が流れ込んでくる。それを見越したように、目の前に光が集まって、何やら真っ白な眼球状の物体が出来る。
完全に形が定まったそれをそっと手に取ると、再び光を発して『
ドライバーを開いて中に眼魂をセットし、ドライバーを閉じる。知るはずのない、初めての動作だというのに全く淀みのない、手慣れた手筈に自分でも疑念が湧くが、それ以上に俺の胸は言い切れない程の期待にバクバクと音を立てていた。
『アーイ! バッチリミナー! バッチリミナー!』
賑やかな音をBGMにポーズをとりベルトのレバーを引く。ガシャン、とドライバーの瞳が閉ざされ、俺の周囲をパーカーを着た影の様な存在が飛び回る。
逸る気持ちを抑えるために深呼吸をし、一泊置いて俺は叫んだ。
「変身!!」
男なら誰でもこうするという確信と共に、引かれたレバーを押し込む。
『カイガン! オレ! レッツゴー! 覚悟! ゴ・ゴ・ゴ・ゴースト!』
装甲のようなものに全身が覆われると、『パーカーゴースト』が俺に覆いかぶさるように一体化し、変身が完了する。
黒フードの人が利かせてくれたのだろうか、横に現れた鏡を見れば、そこには確かに『仮面ライダー』となった自分がいた。
「う、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!! マジか!! マジだよ! おぉ俺、俺、変身したぁぁ!! 仮面ライダーだぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
両手を突き上げ、はしゃぎ回る。男なら誰もが一度は憧れるヒーローそのままの姿となった事実に、全身を無駄なエネルギーが駆け巡るあまり、確認もかねて飛んだり跳ねたりでそのまま十分は動き回ってしまう。
おっと、引きこもりの俺がそんなに動いて大丈夫か? なんて野暮を聞くやつはいないだろうな? 答えるまでも無いが敢えて答えてやろう――普通に疲労困憊でっす。つうかもうもっかい死にそ……やべ、全身筋肉痛やっべ。でも嬉し楽しい。
この心地よい微睡みに意識を委ねたまま消え去ろうかとか柄にも無い事を考えていると、そんな不埒を察したのか唐突に身体が引っ張られる感覚と共に、黒フードの人の前に引っ立てられた。
「――気は済んだか」
「はい、やり遂げました」
「そうか。ではこれを持っていけ」
待たされた苛立ちもガキ丸出しのはしゃぎっぷりへの嘲笑も全くない淡々とした意思確認に頷くと、俺が持っていたリュックサックを投げ渡される。あれ、なんだかやけに重い? 気になって中を開くと、引きこもりの俺が珍しく外出してゲットした新作ゲーム(初回版限定特典付き)はそこになく、代わりに独特なデザインの黒電話、ケータイ、ランタン、置き時計が入ってた。
「使い方は、そいつらが後で教えてくれるだろう。貴様の選択次第だがな」
「え、それってどういう……という、あの、貴方は一体」
散々貰っといて何だが、興奮が落ち着いてくると色々聞きたいことが溢れ出てくる。まずは名前でも聞こうとすると、黒フードの人は掌を向けて俺を制した。
「先に送った奴らもそろそろ焦れている頃だろう。見せてもらうぞ、佐藤和真。お前の可能性を……」
ドンッ。
「佐藤和真さん。ようこそ死後の世界へ。残念ですけど、貴方の生涯は終わりました」
「――え?」
全身に浴びた衝撃によって一瞬途切れた意識が繋がると、今度はいきなり椅子に座っていた。また周囲を見回すとあたりは完全に真っ暗で、俺と、今俺に話しかけている椅子に座った並外れた美少女がいる一角だけがスポットライトの様に上から降り注ぐ光に照らされていた。
「初めまして。私は若くして死んだ人間の導きを担当する女神、アクアといいます」
えっ……導きを担当する女神? じゃあ、さっきの黒フードは? 死んだ人間をどの神様へあてるかの窓口担当とか? でもそんな説明……説明……。
……そう言えば俺、あの人になんの説明も受けてない。変身ベルトとサポートアイテムっぽいのとか色々くれたけど、意味深な事を言うばっかりで、ベルトを与えるこれと言った理由は無かった。これは一体どういう……。
「どうかされましたか?」
「いや、えっと……一つ聞いてもいいですか?」
「何でしょう」
水色の髪を揺らし小首をかしげる女神様だが、そんなかわいい仕草に気を取られつつも、俺の疑念は加速の一途を辿る。
「……死後に会う神様って、普通は二人なんですか?」
「へ?」
俺の台詞に、アクアという女神様は訳がわからないと表情で伝える。要するに、あれか。あの神様的なのは神様じゃなかったのか? じゃあ、一体……何?
「そんな筈は……まあでも、会おうと思えば会う事も出来ますが……あ、もしかしてここへ来る前に何かに呼ばれたとか? それは多分、あれですね。珍しすぎる死に方したから、どっかの神が興味本位で見に来たんじゃないんですかねぇ。
だって……勘違いでトラクターに轢かれそうになってそのままショック死とかもう初だもん初! 搬送された病院の医者とか看護師も『何こいつなっさけね~』とか半笑いで、駆けつけた家族も吹き出し……プークスクス!! チョー受けるんですけど!」
……まあ、あれだな。何であれ、目の前で口元に手を当ててクスクス笑うこいつよかはよっぽどマシな存在だろう。
何とも言えず顔を渋らせる俺を前に、アクアは腰に手を当てて立ち上がる。
「さて、私のストレス発散はこれくらいにして。しょうもない理由で死んだ面白おかしい貴方には、2つの選択肢があるわ」
もうこいつ、一発蹴っ飛ばしてやろうかと思ったが、話が進まないので止めておく。
「一つは人間として生まれ変わり、赤ん坊から新たな人生を生きるか。魂だけで天国へ生き、娯楽もなんにもない場所で過ごすか……なんだけど、ここでちょっといい話があるの」
話の持っていきかたが胡散臭いが、当人はニコニコ笑顔で言った。
「あなた、ゲームは好きでしょう?」
そこから女神が語った、RPG風にレベルとかある、剣と魔法のファンタジー世界。その世界は魔王軍による侵攻でピンチに陥って、結構な数の人が死んでいるらしい。
なので魔王軍に殺された人々は大抵その世界での生まれ変わりを拒否し、別の世界で生まれ変わるか天国行きを希望する。このままでは新たな生命も誕生しなくなるとその状況を憂いた神様達は、別の世界で若くして死んだ人を肉体と記憶をそのままに送り込んではどうか、って事になったそうな。
「で、どうせ送るならすぐに死んじゃっても意味がないじゃない? だから強力な武器なり圧倒的な才能なり、向こうの世界に好きなものを持っていける権利を上げることにしたのよ。あっちの世界には即戦力となる人が現れて、貴方は異世界で人生をやり直せる。でもって私たちは減っていた人口を戻すことができる。ね? みんな万々歳でしょ?」
女神のドヤ顔はともかく、俺は別のものを感じていた。あの人……可能性を見せてもらうとかどうとか言ってたよな。それって、異世界でこの力をどう使うか見てみたいから、俺を仮面ライダーに仕立てたってことか? 何のためって考えるとドツボに嵌りそうだな。興味本位、とか言われたらどうしようもないし。
「何考え込んでんの? あ、文字とか言葉は心配ないわよ。私達神々の親切サポートで、一瞬で理解できるように貴方の脳に負荷をかけるから。運が悪いとパーになるけれど、あとは装備か能力を選ぶだけね!」
「おい、パーってなんだパーって」
タメ口に反応は見せず、アクアは指を振って俺の足元にカタログらしい紙を何枚も出現させた。
「選びなさい。どんなものでも一つだけ、異世界へ持っていける権利をあげましょう」
足元に散らばった紙を見回しながら、考える。俺って、要は興味本位で現れた別口の神様(仮)にもうチートを与えられた状態なんだよな。具体性がない言葉からしても、特に何をするでもなく好きに生きろってことだろう。後でペナルティが与えられたり没収される可能性を加味しても、かなり美味しいスタートだ。椅子の横に転がってたリュックの中を見てみると、貰ったアイテムもちゃんとあったし。
「ねえ早くしてよぉー。この後も案内が詰まってんのよ。どーせ引きこもりのゲームオタクに大した期待なんかしてないし、何選んでもおんなじなんだから早くしてー」
スナック菓子をポリポリ食いながら俺を野次る女神の態度からして、おそらく今までのチート持ちもあまり明白な結果を出した奴はいないんだろう。チート2つ持ちへの欲求はあるが、それ以上に俺の腹の中は今、人の死因を嘲ってくれたこの駄女神への憤りが渦巻いていた。
――よし、決めた。
「じゃあ、あんた」
「ん、それじゃあこの魔方陣から出ないように……今、なんて言った?」
「承りました。では、今後のアクア様のお仕事はこの私が引き継ぎますので」
何もないところから現れた羽の生えた女性の宣告と共に、俺とアクアの足元に青く光る魔法陣が浮かび上がる。
「ちょ、え、なにこれ。嘘、嘘でしょ!? ちょっと、これ、あの、おかしいから! 女神を連れてくとか反則でしょ!! 無効! 無効よね!? 待って待って!」
「行ってらっしゃいませ、アクア様。後のお仕事は私におまかせを。無事魔王を倒された際には、迎えのものを送ります」
「待って! 私女神だから癒す力はあっても戦う力はないんですけど! 魔王討伐なんて無理なんですけど!!」
魔法陣から発せられる光の壁をドンドンと叩きながら泣き喚くアクアを尻目に、天使のお姉さんは俺に柔らかい笑みを浮かべた。
「佐藤和真さん。貴方を勇者候補の一人として、異世界に送ります。魔王を倒した暁には、神々から贈り物を差し上げましょう。どんな願いでも、一つだけ叶えて差し上げましょう」
「おおっ!」
「そういうかっこいい事を告げるのって、私の仕事なんですけど!」
泣いて縋る事も出来ず魔法陣の中で暴れまわるアクアの姿に、俺の溜飲は大きく下がっていた。
そして、アクアを指差し。
「散々バカにしてたゲームオタク野郎に一緒に連れて行かれるってどんな気持ちだおい! ハハハハハ! お前は、俺が持っていく『もの』に指定されたんだ!! 腐っても女神なら、精々俺に楽させてくれよ!」
「いやー!! こんな男と一緒に異世界だなんていやぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「さあ、勇者よ! 願わくば、数多の勇者候補達の中から、あなたが魔王を打ち倒す事を祈っています。さあ、旅立ちなさい!」
「わああああああああーーーー! 私の台詞ーーー!!」
そうして、俺達は光に包まれた。
「はあ……」
豪華なドレスに身を包みながらため息をつく。結界の維持に力を注ぐため、久々に訪れた魔王城は散々でした。
廊下を歩いてたらベルディアさんにスカートの中は覗かれるし、こうして魔王軍の交流パーティーになんてお呼ばれしちゃうし……久々に豪勢な食事が出来るのはうれしいですけど、引っ込み思案な私にこういう賑やかなパーティーはちょっときついです……。早めにお暇しようと考えていた、その時。
ドオオオオオオオオオン!!
「な、何事だ!」
「まさか……け、結界が……破られている!?」
誰が言ったかはわかりませんが、それが事実であると、結界の維持を担当する幹部の一人として確信します。でもまさか……幹部の大半が減って弱まった結界ならともかく、今の結界は間違いなく幹部八人全員が力を注いだ万全のもの。
付け加えるなら今力を注ぎに行った私が断言しますが、現在の結界は幹部がそれぞれ改めて維持のための魔力を注いだばかりの、最高の状態でした。それを破るだなんて……魔王軍の誰でも不可能ですよ!?
コツ。コツ。コツ。
喧騒に包まれる場に厳かに響く、誰かの足音。それは不思議な圧力をもってその場の全員を黙らせ、音を鳴らす張本人への警戒を掻き立てる。鳴り響く足音と共に扉から入ってきたのは、黒いフードを被った人。体型は全身を包むコートで分かりませんが、多分男性だと思います。
その全身から出る不可思議オーラは、正にこれが別次元の存在だとこれ以上なく示す証左。下手に手を出そうものなら塵も残らないと本能が全力で叫んでいます。
歩を進める謎の男性は、魔王様を見て、不思議と響く声で言いました。
「まず、招待もなく、手荒い来城となった非礼は詫びる。私は……ガンマイザー。商談をしたい。魔王よ」