不思議町の不思議な住人たち。   作:赤目のカワズ

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足洗邸の飲んだくれ。

 

 

今からおよそ、二十年前。

 

聞いた話によると、どこぞの召喚士が起こした、『大召喚』により、

 

世界の至る所に『魔界』や『異界』が出現。

 

世にある全てのバランスが崩れ、人類の三分の一が死滅。

 

それ以上の数の異形が現れた。

 

その混沌の最中、強大な『力』で全てを纏め上げ、世界を統括したのが謎の秘密結社『中央』。

 

中央は人々の額か右手に社会保障ナンバー――六を三つ組み合わせたモノ――を付け管理・支配し、他者に害成す怪異(犯罪を含む)に対し「鎮伏業」とゆう賞金稼ぎ制度を設け、これに充たらせた。(不満の的を中央から逸らすためという声もあるが……)

 

人々は皆、神を恐れ、人々は「「中央」は災禍の召喚士をはじめとした悪魔の集団」と噂した。

 

あれから二十年。

 

世界七カ所にある「中央」の一つここ「秀真国」の首都「秀真国・諸国民の都」。

 

そこから離れた災禍の跡の残る地区を「外区」と呼び、卍巴市不思議町に「足洗邸」は在り……

 

 

今日から彼は、ソコに住む事にした。

 

 

 

 

「……の、筈なんやけど……」

 

迷った。盛大に迷った。

齢二十七になりまする今日は晴天ゴルフ日和、拝啓おじいさんおばあさん、不肖の孫は逢魔の十字路で右往左往しております。

 

夢を追うギタリストでありましたなら、ここで悪魔に魂を売り渡していたかもしれません。

とはいっても、そうであったのならば、彼は今年中に死ぬ事になる。伝説のギタリストとはかくも、二十七にて人生を終える定めにあるのだから。

 

同じような風景が四方向に向かって伸びている。あちらかしら? それともこちら? 否否張った張った、ここはそっちに向かうべきでござりましょう。

 

頭の中に響く誘惑の声を振り解き、握りこんだ一枚の紙切れを食い入るように見つめる。そうだそうだその通りだ、イチバチの賭けに宵い越しの銭を掛けるよりも、確定された情報を吟味する方がよっぽど現実的である。

 

地図とは今の彼にとって何よりも重要な存在である。ああ、これが風に飛ばされでもしたなら、その身は一体どんな境遇に落とされてしまうのでせうか。本日晴天ゴルフ日和、雨の降らぬを期待する所存なり。

 

さてさて、包丁を握った事もない若輩者が料理のハウツー本に目を通さずして、腹を満たそうとするか? 否否、する筈のない。

彼は今の今までさかさまに、誤った情報を発信し続けていたそれをくるりと何事もなかったかのように回転させると、誰に語らせるわけでもなく口を開いた。

 

「えっと~? ここがこうなって~? そやな、うんうん……はいはい……」

 

傍目から見れば、自分は一体どのように見られているのでございまっしょい?

 

途端に羞恥を覚え始めた体は、見知らぬ塀に身を預け始めた。

何、一人身の寂しさを痛切したまで、別に第三者の視線を模倣した結果、道のど真ん中でガキのように困った顔を見せるのが辛くなったわけではない。断じてない。

 

とんとんと暗がりに進み始めた声のトーンは寂寥を帯びている。ああ、誰かおらぬか、この哀れな魂に救済の手を差し伸べよ。

 

「あのう」

 

「ふむ……ふむ……ああ、そういう事……」

 

「あのう!」

 

「ん?」

 

突如舞い降りた天使の声を、あわや彼は聞き逃す所であった。

 

もしも彼女が怒りん坊でありましたならば、彼の頬に一発紅葉を張り付けまして、ぷんぷんと帰路についていた事でございましょう。

 

「何か、お困りなのですか?」

 

そこまで顔に苦渋が映り込んでいたのでしょうか。不安そうにこちらを覗きこむ彼女の姿に、彼はついつい後ずさりしてしまいました。

 

「あー……ここ、分かります?」

 

さかさまに彩られていた地図を手渡すと、彼女の顔が酷く歪み始めた。

浮かびまするは、憐みの感情。え、なんやねん。思わず彼がへの字に眉を曲げてしまう。

初対面、ファーストコンタクト。あらあらこの人ブサメンやん、あらあらこの人おデブちゃんやん、そういった視線に晒される事のなかった彼に対してこのショキショックはあまりにも大きかった。

 

一拍、二拍、三拍。

多少の躊躇いをふりきって、彼女はついに口を開きになさった。

 

「あの……目的地から、真逆の所ですよ、私たちが今いるところは」

 

「え?」

 

前提条件を鑑みれば、さかさまの地図からここに辿り着いたのはある意味において正解の道なのでは?

 

そんな言い訳を高速展開し始めた螺子の緩い頭を強制切断。

 

さてさて、包丁を持った事もない輩が選ぶべきルートは、本当に料理本を熟読する事なのでござい?

 

「その、宜しければ、道を教えてもらえます? その、宜しければ、付き添いお願いできます?」

 

否否、誰かに料理を作ってもらうことこそが最上の選択である。

 

この料理を作ったのは誰だ!!

 

ははっ、わてくしが作った物ではございません。戦犯者はどうぞあちらに。

 

「はい! 困った時はお互い様ですしね」

 

「ははぁ」

 

予想外の事に、彼女は快く了解してくれた。

普通、自分の生活地域と真逆の所にまで付き添ってくれるもんなん?

若干の疑問はすぐに握り潰した。何、もらえるものは貰え、善行は尽くもらうべきにある。

 

彼女は若輩者の男と違って、随分と町に熟知しているように見えた。もっとも、彼の目的地が殊更に有名であるからかもしれないのだが。

 

ほ、ほ、ほ。歩、歩、歩。歩む歩むよ到達地へ向かって。

塀の続く何の変わらないルーチーンワークに飽き飽きしたのか、不意に彼女が口を開いた。

 

「お引っ越しですか? えっと……」

 

「あ、田村・福太郎いいます。よろしくお願いしま」

 

「東風谷・早苗といいます。以後、よしなに」

 

男の名前は田村・福太郎。本日晴天ゴルフ日和川岸無断占拠日和にここ卍巴市・不思議町にやってきた男であった。

はてさて、ここにてようやっと男女が真名を知りあったのだ。場所が場所、時が時であったならばウフフウフフのランデブーに突入確変してもよろしい頃合いであったが、男福太郎、残念な事でございますが、そんな甲斐性を持ち合わせているわけがありません。

 

うずうずと疼き始めた好奇心がその質問をするのに、そう時間はかからなかった。

 

「あ、はい。……それで、えっと、東風谷さん?」

 

「何でしょうか」

 

「その、そのカッコは……」

 

「巫女服です」

 

「えっと、そのつまり、巫女さん?」

 

巫女さん! ナムサン!

世が世であったならば、エロエロ英傑の一職に数えられていたに違いない。

そう、世が世であったならば。

 

(巫女さんね……)

 

閑話休題。と・こ・ろ・で。

ご存じの方もいらっしゃいましょうが、今しばらく。今しばらくお待ちくだせえ。

さてさて、この世界に起こりましたるは「大召喚」というものでございます。

 

大召喚。世界有数の悪鬼羅刹が企てし、禁断の法。

 

それまで、一部の者にのみ知られし魔の代物、浄の代物が、一斉に現実世界に放たれた狂った出来事。

 

歴史の裏の裏、勝利者にさえ知りえなかった歴史の闇が、一斉に表舞台にしゃしゃり出てきたのでございます。

 

妖怪、悪魔、神。それだけであったなら、どれだけよかった事か!

あらゆる事、あらゆる事が! 現実の全てが覆されたのだ!

 

二十年前、それ以後より生まれいでし人々にしてみれば、さほど実感もわかないであろう。

 

しかして、ここにおりまする田村・福太郎。

彼は、その「大召喚」を経験した存在なのだ。

 

「その……東風谷さんの」

 

「早苗、でいいですよ」

 

「んじゃま、早苗さん。早苗さんの信奉するソレは、どうなったんですか?」

 

それまで安寧たる別世界――人間の在る物質世界とは全く別なる場所にいた筈の神。

それが突然、強引に、「大召喚」によって。物質世界に転移する事をよぎなくされた。

どうなったのか。そして、今どうしているのか。福太郎が気にするのも無理はない話である。

 

「神奈――いえ、我が神は、未だ安寧にありますよ」

 

「はぁ」

 

「私が生まれる以前に「アレ」はありましたので、実感は湧かないのですが……でも、昔よりは力を取り戻したそうです」

 

「そうですか」

 

「ええ。現在の世界は、迷信などといった言葉は廃れ、死語となりましたから」

 

どうやら、彼女らにとっては「大召喚」はプラス方向に向かったらしい。

しかし考えてみれば神職の者たちがこうも自信にあふれた顔立ちをしているのも至極当然の事と言えた。

一昔前――「大召喚」が起こる前は、信仰と言うのは形のない中世の残骸物と思われていた。なんせ、神という存在は大部分の人たちにとって認識できないのだから。見えない者を信じろ。見えない者に金を払えという考えに疑問符をつけるグループが現れるのも当然で、神々やさぞや窮屈な思いをしていただろう。

全ては「大召喚」によってひっくり返ったわけであるが。

とはいえ、早苗の顔はまだ晴れない。

 

「クソ悪魔どもにここ、秀真国を支配されている事は、腹立たしい事ですが……」

 

「んん?」

 

先ほど、巫女さんが口にするには随分似つかわしくない言葉を聞いたような気がするのであるが。

ええ、空耳でしょう。空耳でしょうとも。

 

「あら……福太郎さんは、ソレ、しているんですね」

 

「ん、コレ、ですか」

 

コレ、ソレとは、福太郎の手の平に刻まれた666のナンバーである。

通称ダミアンナンバー、というのは一部の映画通の中でのみ理解される俗称であるが、とにかくこれは生活上必要不可欠のものであり、これを提示しないと買い物ができないなどとの弊害が見受けられる。

 

真に中央に忠節するというのであれば額に、とりあえず現状における生活維持のためになら手の平に刻むというのが一般的であるが、困った事に東風谷・早苗はどこにもこの社会保障ナンバーを刻んでいる様子がない。

 

「ふふふ……消し去ってあげたいですね」

 

「ちょ、ちょっとそれは過激派過ぎやしまいませんかね?」

 

「……冗談ですよ」

 

冗談を言うような表情でない事を気付かせてあげるには鏡が必要であろう。それもかの有名なあーるぴーじー鏡だ。もしくは翼神龍でもいいかもしれない。

 

秀真国に赴任し、管理しているのは基本的に西洋で名を馳せた存在であると思われている。この地土着の神々にとっては、それを信仰する人々にとっては、それはさぞ腹の立つことなのかもしれない。

 

福太郎が思案に陥っていると、二重人格もかくやといった風に早苗が声をあげた。

 

「あ」

 

「あ?」

 

その声に意識を一変させられた福太郎は、彼女の方に目を向けた。空を見ているようだった。空? まさか、ゆーふぉーが飛んでいる訳でもあるまいし。

 

「どうかしたんで……」

 

あれは何でありましょうや!

 

鳥か? 飛行機か? いや、魔法使いだ!

メリー・ポピンズとは違いまして、傘は持ち合わせていませんが。

 

「……ほんとに箒で飛ぶんやな」

 

ぽかんとひと呟き。

本日快晴雲なし、人あり、箒あり。

 

お空には、インチキ魔女裁判の裁判長が卒倒するような、魔女然とした魔女が、悠々と箒にまたがって空を飛んでいた。

魔女然としたウィッチハット。

輝くブロンド。

白黒のエプロンドレス。

あれで老婆のご尊顔を備えていれば、かつて文献で見かけたリアルチック魔女なのであるが、そこは御愛嬌、どことなく少女らしさが残る顔が乗っかっていた。

 

「お、空中三回転ひねり」

 

どなたかに見せるおつもりなのか、それともスコアラーがいらっしゃるのか。見事な滑空技術を見せつける若き魔女は、福太郎に幼き頃の空への憧れを思い出させた。

 

「俺、昔はライト兄弟の後釜に座るんが夢やったんです」

 

「何の話ですか?」

 

「ん、こっちの話」

 

「はぁ……」

 

「しっかし、アレ、人間ですよね?」

 

「まあそうですね。少しばかり道を外れていますが」

 

辛辣な言葉で眉一つ動かさない様子に、ああ、いじめっこなんやなと福太郎は思わずにはいられなかった。コンビニにある傘をズタボロにして元に戻しそうなタイプ、と極端すぎる人物感を早苗に持った。世が世であるのならば人気も出たのでございましょうが。

 

さて、福太郎が空の申し子に見惚れ奉るのも束の間、なんと空の住人がもう一人ばかり増えたのである。

隣を見れば、誰もいらしゃいません。どこにいらっしゃったのか?

なんと上にいるのだ。

 

「魔理沙さーん」

 

ただの巫女さんではございやせん。空を飛ぶ巫女だ。

トリック? 否否否。

種も仕掛けもあらで、お飛びなさる緑髪の少女。

 

あんぐりと開きっぱなしになった口はさっぱり閉じません。あんぐり。普通の少女と思われていたのに、なんとこんな超人的能力をお持ちとは。奥様が魔女であるという真相を知った時よりビックショッカーだ。

 

はてさて、上空ウン十メートルにて繰り広げられる少女たちの語り合いが、福太郎なる普通の人間に聞こえる筈もありません。

道案内? さてさて何の話でございましたか。空の探訪者を見かけた緑髪巫女はたまらず飛翔したのでございます。

 

「魔理沙さーん」

 

「げっ」

 

「げっ、とはこれまた失礼な。私の顔に何かついてますか?」

 

「ああ、ついてるついてる。こいつは酷いぜ。悪食降臨ご光臨、頼むから、お帰り申し上げるぜ」

 

「またまた、魔理沙さん所の材料をかったぱしに奪い取っただけじゃないですか。そんな餓鬼をみかけたような言葉を吐かなくても」

 

「いー性格してるんだぜ、本当に」

 

乙女と乙女のみにくいみにくい罵り合いを聞く羽目とならなくて、福太郎はほんに幸運でござった。

 

その福太郎と言えば、パンツがまる見えである事を言おうか言わないべきかと人生の岐路に立っている真っ最中である。ここで判断をたがったならば、憐れ彼の魂はこの現世から遠くも近き世界へと。

 

彼自身、もしやそれを望むかもしれんのが質の悪い。

 

「お? 所で、あそこの真っ黒黒助はどこのどいつだ? 魔理沙様の明晰たる記憶野にはさっぱり見当たらないぜ?」

 

「ぷぷぷ」

 

「あ?」

 

「あ、ごめんなさい。彼は田村・福太郎さん。足洗邸に向かう所を、道案内を頼まれたんです」

 

「足洗邸ィ? あんな化け物邸に普通の人間?」

 

霧雨・魔理沙に途端に興味が生まれた。

はてさて、興味本位で事態に突っ込みまくる事を心情とするは、乙女の本性。

さえない輩であるが、あすこに居を求めようと言うのだ、普通の人間であろうか? 否、面白い人間である!

 

「よーし早苗。ここはこの私に任せろ」

 

「?」

 

「あいつを私が連れて行ってやるのさ。何、空をすっ飛べば、すぐにつくだろ?」

 

「いえ、私が頼まれたんです。私が連れて行きます」

 

「ばっきゃろうめえ。あんなロクデナシに飯種頼むつもりなのか?」

 

「…………」

 

「いい加減保障ナンバー入れろよ。お前は、人間なんだし」

 

「何を馬鹿な! 神奈子様と諏訪子様以外にこの早苗が信仰を捧げる筈がありません!」

 

「信仰じゃ飯は食えないんだぜ?」

 

「霞が食えます!」

 

「どこの仙人だよ……」

 

呆れを口にした所で、早苗がそれを聞くはずがない。

魔理沙はそんな事重々承知であったが、溜息を吐かずにはいられなかった。

このまま諏訪史に移行しようというのは早苗の本分でございますが、魔理沙にとっちゃ何てこたあない。左耳から入り込み、右耳から出ていく風をどうとらえようというのか? 無視するのが一番でございます。

 

熱血白熱大信仰といった情念を空にて披露し始めました変質者は放っておきまして、魔理沙はすぅっと箒を地面に向かわせた。何とまぁ物理法則だかベルヌーイだかを無視した動きと言える。

 

「おい」

 

「へ? 俺に言っとんのかいな?」

 

「オメー以外にどこにいるんだ」

 

突然舞い降りた半白半黒の魔女っ子に福太郎はドギマギを抑えきれなかった。

見知った人に目を向ければ、何とそこには誰もいない空間に対して演説する珍妙な輩がいるではございませんか! ああ、変な人やな、とすかさず眼前に目線を巻き戻す。こちらの方が幾分マシという判断である。

 

「足洗邸に行きたいんだろ?」

 

「何でしっとんの?」

 

「あいつがペラペラ喋ったんだよ」

 

「はぁ……、てか、アンタは一体」

 

「霧雨・魔理沙。名前なんてどうだっていいだろ。どうだ、私が連れて行ってやってもいいんだぜ?」

 

「? そいつはどういう……」

 

「おいおい、お前のメンタマは節穴か?」

 

くるりと華麗にターンを決める霧雨魔理沙。

彼女に寄り添うに旋回する素敵マジック箒。

 

「こいつが、眼に見えないのかよ?」

 

「お……つまり、そいつに乗せてもらえるんか!?」

 

「お? お、おう……」

 

子どものようにはしゃぎだす福太郎に、一瞬ひるんでしまう魔理沙。はてさてこの際、大の大人がでけー声出して騒ぎ出したのは水に流そうじゃありませんか。

 

「あ、でも体重制限があるんちゃう?」

 

「ないない。この魔理沙様の箒を舐めるんじゃないぜ?」

 

「そかそか。んじゃ、乗せてもらうわ!」

 

準備をしだす、男女二人。

そこで、はっと福太郎は愕然とする。あくまで一人乗りであろう魔女っ子箒。この際、自分は己の位置を固定するのに、彼女のどこを掴めばよいのでございましょうか?

 

「ぐぬぬぬぬ……!」

 

「ん? 早くしろよ」

 

「肩か!」

 

「? なんでもいいからさっさと掴めよ」

 

俺のタンデムシートは彼女用なのさ……。

 

福太郎のかつての先輩がそんな事を口にしていた気がする。その彼女とやらはついぞ見かける事はなかったが。

ああ、先輩。腰に手なんか回したら、紅葉を咲かせていたやもしれません。

 

「ケツに喰い込ませて、腿で、な」

 

「ほう、ほう……」

 

痔になりそうだ。辛い物で穴を刺激していなくてよかったと感謝したのは他でもないこの瞬間である。

 

「あ」

 

「ん?」

 

「いや、な。その、早苗さん、あのままでええんかな」

 

「あー……」

 

「かつて我が大社は信仰を求めはるか幻想の地に旅立ったと言います。しかして、二十年前、「大召喚」に際し……」

 

「別にいいだろ」

 

「はぁ……」

 

すまぬ東風谷早苗。私は空を往く。お前をここに置いていく。

ああ、さよなら巫女よ。巫女よ、巫女よ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっそ痛いわ!」

 

「ははは、初めては痛いって相場が決まってるのさ。知らなかったのか?」

 

空の旅は十分ほどで終わった。主に、興奮ぎみの福太郎にため、幾分長かったほうだろうか。

彼にとって「白亜の森」に通じる道を探れたのも僥倖だった。やはり空に至ると言うのは人類の夢であり、進歩である。

まあ他にも色々と見かけたわけではあるが。家の上に乗っかった家とか、まあまあ珍妙なものばかり。

 

しっかし、ケツが痛い。あの可憐な少女があんなに溌剌としているというのに、福太郎の括約筋は今にもぶっこわれそうだった。ケツはぶっこわれそうだった。察しろ、想像出来ぬなら己の穴にカンチョーされた淡い子ども時代でも思い出せばいい。

 

あんななりをしておきながら、実はゴツゴツのケツを魔理沙は持っていたりするのだろうか。福太郎は嫌な想像をしてしまった。

はてさて。

ようやく。

ここが新天地である。

 

「ふぅ……んで」

 

「ああ、そうさ」

 

仕切り直して姿勢をただした福太郎に、魔理沙が告げる。

 

「ここが、足洗邸」

 

和風のアパートがそこにはあった。

一、 二階が生活場所であり、突出した三階はバードウォッチングにはぴったりだろう。

元はと言えば、福太郎の居住していたアパートが取り壊されたのが引越しの原因だ。

外区と言えば安さが光るが、この足洗邸の安さは突出していた。それが主な決め手である。

 

こちらの到着を知ってか知らずか、玄関口をさっさと箒で掃く人を見かけた。

こちらがそれに気付いたのと同じく、あちらがこちらに声を掛けてくる。

 

「ニイハオなのニャ」

 

何が故にチャイニーズなのか。

ついに到着した足洗邸。

最初のビッグショッカーは管理人であった。

 

何と、猫又なのである。

 

猫又。

 

曰く、二十年夜な夜なぴちゃぴちゃと油を舐め続けた古猫が成るものと言われている。。

 

その猫又は、これまた古風ながら、猫耳、猫手、猫足に人顔、も一つおまけにいくえに分かれたおっぽを持っていた。

 

猫又と言えば尻尾は二本ではござらんか? そうは思うものの、彼女は、その猫又は七、八本持ち合わせていた。何らかの亜種であろうか。そんなどこぞの龍でもないに……

 

所で、猫又、あるいは擬人化猫に「ニャ♪」なーんて語尾をつけたのは一体どこぞの漫画化なのでございましょうねい。都会にゃ魔物が住んでいるというのは本当であったようである。コートや甲子園に引きこもっていてくれているとありがたい話だ。

 

「ど、どうも。今日からお世話になりま。田村です。よろしくおねがいしま」

 

若干冷静さを欠きながらも、軽く礼をかける。

 

「あ! 田村・福太郎さんニャ!? こちらこそよろしくニャ!」

 

軽い交流をしながらも、福太郎の中には疑問が渦巻いていた。

猫耳、人顔――、人の耳は一体いづこ? 頭頂部付近に生えた猫耳であるが、本来人の顔には横に耳が生えている。

 

髪の毛によって隠れているが……

 

「ニャ、魔理沙ニャ」

 

「んじゃま、私はこれで」

 

「三日分の宿泊代はまだニャ?」

 

「何の話か分からないんだぜ。残念ながらな」

 

颯爽と空に向かって駆けていく魔理沙。どうやらここに近づくのは彼女にとってかなりのデメリットがあったらしい。それでも自分をここに送ってくれるとは、後々の再会に向けて何か贈り物を拵えようと福太郎はひそかに思った。

 

魔理沙に声をかける暇さえもなかったのは、福太郎自身の興味が違う方向に向いていたからかもしれない。

 

「まったく、変な子どもニャ」

 

「あのー、管理人さん?」

 

「ニャ?」

 

どうにも怪なるモノに興味を引かれる性分は、この世界においては色々と厄介だ。なにせ、あちらを見れば怪。こちらを見れば怪、怪、怪。あらゆる所に怪しき者が光を発している。

 

福太郎が引かれたのは、異なる猫又に関してであった。

 

何せ、三本なら何かの間違いとともとれるが、七本八本とのおまけつきだ。きにならない方がおかしい。

 

遠慮がちに伺いはしたが、この管理人は愛想よく答えてくれた。良い人で福太郎は助かり申した。

 

曰く、管理人、竜造寺・こま。

 

彼女は主の仇をとるために猫又になったらしく、遂に退治された時、「七代タタル」という遺言を残して死に、見事相手方の子孫代々までを祟りに祟り、見事に滅ぼしたそうだ。

 

見事本懐を遂げたのちは復讐心も氷解し、子孫の躰に宿って現在にいたるとの事。

 

「なるホド。名誉の七本シッポですな。ご立派です」

 

「ありがとニャ」

 

さて、猫又が管理人というわけだ。

まして住人がまともなわけがない。

そういった思いをつい抱いてしまう福太郎は間違っている筈がなかった。

 

「うううううう~」

 

どこぞから声が聞こえる。まるで地獄から響いてくるみたいな、沈んだ声だ。

 

「うううううう~、こまちゃん~」

 

「またかニャ……」

 

また?

 

さて初対面の福太郎に何が何なのかは分かる筈もない。

声の主を探せば、庭先に備え付けられたテーブルにそれはいた。

 

飲んだくれである。

 

「お酒、くれないかしら?」

 

「もうないニャ」

 

「そんな事ないわよ~」

 

ワンカップ、ビール缶、一升瓶、ワインに至るまで。

真赤にはらした顔から見るに、疾うの昔に貯蔵量は限界を迎えている筈だ。

管理人こまは飲んだくれに近づくと、さすりさすりと優しげに背中をさする。

 

「あら、優しい」

 

「今日はもう寝たほうがいいニャ」

 

「そんな必要は~……あら? どなたですの?」

 

「あ、自分、田村・福太郎です。おねがいしま」

 

「貴方、お酒持っております?」

 

「いや、持っておらんなぁ」

 

「あら、残念……」

 

飲んだくれはそう言うと、瓶底に残った雫を飲み干そうと、頭上にてひっくり返した。ぴちょん、ぴちょん。後続はない。中をのんだくれが覗きこむが、ないものはない。

 

「あのー、そちらさんは」

 

「あ、田村さん、この人は」

 

そうして、竜造寺こまは彼女の代わりにその名を口にする。

 

 

 

 

「八雲・紫。三号室の人ニャ」

 

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