不思議町の不思議な住人たち。   作:赤目のカワズ

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足洗邸を狩る者たち。 上

『石焼き芋が食べたいデスネ』

 

気まぐれは今更になって、須美津・義鷹の心に後悔の風を呼び込んでいた。

私用を済ましたとなれば、彼はさっさと帰路につくつもりであったのに、わざわざその足を正反対の方向へと出向かせることに。

笠森・仙の戯言についつい乗ってしまった義鷹は、その場の流れに圧殺されたかのように発言権の有無をうやむやにされ、遂には反論の一つも出来ずに、結論を押しつけられる羽目になってしまった。

侮るなかれ、グー、パー、チョキ。とはいえ、八雲同盟などという口裏あわせが密かに実行に移されていた事を、悲しいかな、義鷹が知り得ることは決してない。

秘密裏に事が進んでいた事など露にも知らぬ義鷹は美顔を歪ませ、その苛立ちは倍数掛け。

月と星光による衆人環視のもと、彼は小道を進む。

頼りない街灯で照らされたアスファルト張りの小道にゃ人っ子一人見当たらんもので、石焼き芋屋の定型句は、とんと聞こえてきやしない。

人工の光に誘惑された小虫どもは、お目当てを探し当不明瞭な義鷹を尻目に、思うがままに光にたかる。

のたうちまわる程に気が長かったのなら、さして特徴づける事もない暗闇にも風流心を感じ取れたのであろうが、元来気の短い気性たる義鷹を見れば、青筋の一つや二つ浮かび始めた有様でございまして。

苛立ちの行く末が激情に彩られる事にでもなれば、彼の得物が黙っちゃいない次第であります。

さて、義鷹が掌握していた小銭をちゃりんちゃりんと空中に放っていると、果たして彼らはその本懐を遂げる事となった。

一角二角を曲がった所でございましたか、車輪の前進を止めて、小休止を計る石焼き芋屋台が見えてきたのだ。

 

「…………やってっか?」

 

「ええ」

 

此処をもって、義鷹は不幸に足を引っ張られる事となり、ばつの悪そうな面構えを見せる。

石焼き芋屋には、よりにもよってといった感じでございますが、年若い女の姿があった。

普段この近辺を渡り歩いているのは腰の曲がった老人であったがために、義鷹の口ぶりは自然と重くなる。

世間体に靡かないご老体であればこそ、社会登録を済ませていない義鷹とて気軽に購入を成す事ができたのだ。

口車にまんまと乗せられたとはいえ、実行不可能であったならばそう易々と引き受けやしない。途端に再起を図り始めた苛立ちに、ぼりぼりと頭を掻く義鷹。

彼の憂心の原因は、無論邸住人たちである。

長々とほっつき歩いて、その挙句に手ぶらであるという事が知れ渡れば、彼女たちはどのような顔をお見せになるのでしょうか。

着々と現実に重なりゆく想像に、もはや彼は溜息をつくしかなかった。

 

「あの、どうかしましたか?」

 

「何んでもねぇ……」

 

「はぁ。それで、幾つ入用なのでしょうか?」

 

「ん? あー……」

 

布切れで手を蔽いつくしているわけでもないのだから、手の平に傷一つとして見当たらんのは一目瞭然だ。

で、あるというのに、女店員は平然として数を催促する。

この予想外の展開になすがままとされた義鷹は、釈然としない面を感じながらも、言われるがままに指を一本、二本と立てていった。

短い応答を済ませたのち、女主人は慣れた手つきで焼き芋を取りだし、新聞紙で包み始め終いには袋に収める。

不躾に台に押し付けられた小銭に気を悪くする事もなく、御代があっている事を視認した彼女は、包装された焼き芋を義鷹に手渡した。

そうしてから、定型句を一丁。次いでとばかりに繰りだされた彼女の低頭は、紫がかった頭頂部を印象付けるものである。

 

「毎度、ありがとうございました」

 

「いいのか?」

 

「何がでしょうか?」

 

「コレだよ、コレ」

 

さっさとトンズラをこいちまえばいいのに、態々義鷹は疑問を呈した。首を傾げる女店員の目に入るように、義鷹は右手の平を近づける。

さて、ご存じの方々にとっては、もう疾うの昔に耳にタコがついちまった有様でしょうが、今一つばかり傾聴お願いしたくございます。

周知の通り、世界征服を成し遂げた『中央』の支配大計は、『六六六』の重ね数字を人民に刻みこみ、それをスーパーコンピューター『獣』によって管理するといったもの。

頑なとして首を縦に振らない未登録者の方々は、あらゆる社会的措置、救済、福祉などなどから省かれる事となり、買い物のかの字にさえ辿りつけない事態となっております。

この際、商いで生計を立てる方々にも義務が課されており、未登録者との間に売買関係を結んじまうと、酷い時には商人としての権利を剥奪されることもあるそうで。

そんな理由もあってか、『大召喚』後における絶対的な価値観を拵えていない義鷹は、時と場合によっちゃあ、人でなしのロクデナシというレッテル貼りがされちまう事も度々。

また、売り手にとってしても、そんな輩との付き合いを作っちまうと後々になって災難が降ってくる事も然り。

しかして、畜生同然という一般論を投げかけられる義鷹に対し、女主人は心からの笑みを一つ送る。

 

「ああ、ソレですか。別に構いませんよ。腰を痛めてしまったおじいさんの代わりに来たのですが、彼からも、差別を行うよう願われてはいませんから」

 

「ほー?」

 

「ええ、それに私自身、誰かによって押し付けられる平等など意味をなさないと思っています」

 

賢者然としたすまし顔に一抹の興味を見出したものの、手元の熱源たちは義鷹の意に沿うこともなく、夜風に吹かれて刻々とその身を冷やしていく。

寒空に誘われた不可抗力、などという言い訳が通じる筈ない邸住人たちを思い起こせば、義鷹がその場を離れ始めるのも仕方のないことでありましょう。

カラカラと、再び商いに邁進しはじめた焼き芋屋台。義鷹とはまるで反対方向に舵をとった荷車はしばらく経ちますと、暗闇に呑み込まれてその姿を消す。

その頃には、義鷹もずいぶんとまあ帰路を辿っていて、文字通り中途に差しかかろうとしていた。

所で閑話休題、またまたお付き合い願いたく。

思えば、なんと昨今の不思議町の平穏無事な事でございましょうか。夜道に死体が溢れかえることも、少なくなりました。

所々に散りばめられた災厄の種は音も立てずに寝静まり、町人達は枕を高くして惰眠を貪る次第であります。

大召喚の折り、あばら屋は言うまでもなく、あらゆる物が崩落し、あらゆる者が死へと流注された事を鑑みれば、各々が過去を忘れ、日がな一日ぼけっとしていられますのは、正に年月のみが成せる業でありやしょう。

しかして、ああ、もはや悲嘆するほかありますまい。町人たちも、枕を濡らして恐怖におびえるしかありますまい。

穏便たる世界には、刻々と、不吉たる来訪者が近付きつつあったのでごぜえます。

流れゆくだけであった日々が、今再び、激情に彩られようとしていたのであります。

 

「もし、そこなお方」

 

忍びよる崩壊の足音を、間近にて聞きなさるは足洗邸住人須美津・義鷹様。

幾分と機嫌を改め直していた彼の前方に、立ちはだかるようにして、ボロ布に身をやつした何某が現れたのだ。

 

「――なにとぞ、なにとぞ」

 

手当たり次第に喧嘩をふっかけ、勝利の美酒に酔いしれていたのも今や昔。

また通り魔の如く、出会いがしらに殺傷沙汰を起こすほど、義鷹の精神は未熟ではない。

辺り一帯に、殺意をあからさまに散布しやがります何某が躍り出てきたからと言って、義鷹が早速目の色を変えて、焼き芋を手放すという事はありやせん。

とはいえ、蔓延しだす何某の狂気。それを育む、何某の笑み。ああ、如何様にして見ぬふりなどできようか。できぬできぬ、できませぬ。

そんな様子を押しつけられたとなれば、燻る苛立ちを木材粉砕機にぶちこむがため、義鷹の邸住人への配慮が影をひそめるのも、致し方のないことだった。

 

「もし、そこなお方」

 

「どーしたよ」

 

「もし、そこなお方。どうかお一つ、どうかお一つ、くださいまし」

 

「ヒャハハハ。屋台ならまだそこらをほっつき歩いてんだから、そっちを探せ」

 

黄金色が内包する美味といえば、そりゃあ極上重畳。

いとも容易く手折られて秘奥を晒す甘味は確かに笑みを誘うが、この場、この時、誰が、何故芋などを欲する。この場の殺意に、如何様にして答えを用意する。

腹ン中に何にも詰めていない浮浪者が餓死寸前の身の上を晒すにしては、あまりにも場違い。

なげーなげー渡世を経た義鷹には、そんなこたぁ勿論御存じの話だ。知っていて、分かっていて、あえてこの馬鹿馬鹿しさの香る演技を選択している。

彼の日和見に痺れを切らしたのか、何某はその言の葉に若干の苛立ちを添えてから、

 

「いいえ、いいえ、貴方様が持ち得ている、そちらでございますれば」

 

「それってのは――――」

 

義鷹の返答はその中途にて遮られ、役目を果たさずに潰える事となる。

彼に向かって、迫る者があったのだ。接近を試みる者があった。

常人を遥かに上回る肉体が打ち出す踏み込み。

其れは銀光を放ちながら、接近する。

其れはただ一つの目的のため、己の身を血に染める事も厭わずに、迫る。

何某は、懐から煌く刀身を取りだして、

 

「貴方様の、首を一つばかり、くださいまし」

 

何某は辻斬りへとその身を変貌させ、その狂気に染まった瞳で標的を注視しながら、歓喜に満ち満ちた笑みを浮かべながら切迫する。

その懐にて銀光を蠢かせ、銀の光は鋭利さをもって、義鷹を喰らう。

予想を違わぬ展開。希望した通りに突き進む運命。

とはいえ、辻斬りの踏み込みの速さは、義鷹を大いに驚かせるものであった。

速い。とてつもなく。迅速で俊敏な足さばきだ。接近を許した義鷹を襲うは、一振りの先端。一刀一撃をもって、辻斬りは義鷹の命を奪取しようと試みる。

その目論見を、義鷹は問答無用に破断した。

 

「ムカついている時に、態々そっちから出向いてくれるなんてな」

 

銀が血で濡れる、その寸前。その接触は阻害される。

義鷹と凶刃の間に割って入るは、一つばかりの長い棒。

『問答無用之事』と銘打たれたそれは義鷹の耳から這い出てきて、彼が握り込むやいなや巨大化をなし、ものの見事に辻斬りの一閃を防いだ。

目論見を破られ、その体を後退させる辻斬り。

 

「どーしたよ。さっきまでの調子は」

 

奇襲の失敗した辻斬りの次なる選択は、馬鹿の一つ覚えの誹りを免れない。

再度近接を試みるべく、辻斬りは距離を詰める。そこに振り下ろされるは義鷹の一閃。

風靁棒とも称される義鷹の得物、それによって加えられる打撃を、辻斬りは刀で防がず回避に終始する。

奇しくも、それはこの戦闘における最も正しい選択といえた。

天の川の砂鉄から精製されたと謳われる義鷹の得物、正式名称『天河鎮底神珍鉄・如意金箍棒』。

これを打ち砕くものは他にあらず。また、これを打ち砕くは、直系の同胞のみ。

並の武器では、たとえそれが妖刀魔剣の類であったとしても刃零れを起こすことは避けられない。

俗的な表現となってしまうが、風靁棒が身につける数々の能力も鑑みて、この言葉を使い手に送りましょう。チート乙。

守に専念する辻斬りを誘うべく、義鷹が後方へと跳ねる。

攻に転じた辻斬りが足を進めた先に待っていたのは、顔面に肉薄する脅威。

 

「ッ!」

 

西遊記に知られる如意棒が如く。その身を伸長させる事が可能な風靁棒に、届かぬ対敵は在らず。

寸での所で顔を横に逸らし、迫りくる風靁棒の一端を回避する辻斬りであったが、生まれた隙を逃すような義鷹ではない。

風靁棒を横なぶりに振るえば辻斬りの側頭部に、伸び伸びた柄の部分が直撃する。

その勢いを維持したままに、辻斬りは小道の壁面に打ち付けられた。

 

「ま、半人前にしちゃあ、よくやった方じゃねーの」

 

突如として始まりを告げた宵闇の宴は、あっけない幕切れを遂げる。

微動だにせずうずくまったままの辻斬りは、そのまま死に臨んでいるようにも思えた。

喧騒の終わりを機に吹き始めた風が、辻斬りのボロキレを何処ぞへと持ち去っていく。

銀髪のおかっぱ頭、子どもっぽい顔立ち。およそ闇夜に潜むにはふさわしくない相貌が露わとなる。

しかして、辻斬りの正体など、真意など、義鷹にしてみれば知ったこっちゃない話でございます。

後に残った選択肢と言えば、さっさと帰路につくか、四肢をなげうった辻斬りを人目のつかぬ所に放置するといった所でありましょうか。

こんな小道でありますが、朝日が昇れば人通りも増えるというもの。

日夜飛びまわる鴉天狗に格好のネタを与え、朝刊の一面を飾る必要もありますまい。何かの間違いで、取材記者に押しかけられた日には、義鷹自身を悩ませる事となる。

しかして、パパラッチの鼻、侮りがたしこと。ばさりばさりと聞き覚えのある羽音が、義鷹の耳に聞こえてくるではないか。

夜空を背にして舞い降りるは、笑みを含んだ黒鳥である。

 

「あやややや、これはこれはお久しい」

 

「誰も呼んでねーけどな」

 

騒ぎを嗅ぎつけるのは、文屋の性という事か。

射命丸・文は地面に降り立つと、にこやかな笑みを浮かべたままに義鷹へ近づく。

そんな気もないのに、いやに丁寧で礼節の整った声を出すもんだから、義鷹にはいま再び苛立ちの灯があがりはじめていた。

 

「もう、そんな表情をなさらないでくださいな」

 

「出てくるには、随分と早いんじゃねえか?」

 

「あー、同居人がテキトーに念写していましたらね、珍しい場面を映しとったというじゃないですか。これはもう、直行しなければと思いまして。あ、お一つもらえます?」

 

「邸のやつらを黙らせる事ができたらな」

 

「あー、それは難しそうですね」

 

詰り合いもそこそこに、射命丸は力なく伏せる辻斬りに近づく。

これを見て不思議そうに声をあげたのは義鷹だ。

そう短い付き合いではないわけだから、射命丸・文の趣向はそれなりに把握している。

暇つぶしに読みすすめた記事に羅列するは、面白おかしく着色を施された下らない記事ばかりだった筈だ。少なくとも、真夜中に行われる凶行に血が騒ぐような性格ではない。

それを題材に綴り始めた所で、筆が思うように進まないのがありありと浮かべられた。

 

「殺傷沙汰は記事にしねえんじゃなかったか?」

 

「今日はちょっと、違う趣きですね」

 

「あー?」

 

義鷹の言葉に答えを返さぬまま、文が足を進めたその時。

彼女が膝を折った瞬間に、それは起こった。

文の頬を切り裂いて、直進する何か。それは主なき刀。

覚醒を果たした辻斬りが、地面に伏せたままに投げつけたもの。

直進する尖鋭は、まっすぐ義鷹の顔面に向かっていた。

直近にまで入り込んできた刃物を、義鷹は歯と歯を噛み合わせて捕獲。

鼬の最後っぺさえもが防がれた辻斬りは、無手と成り果て、もはや一つの対抗手段も失くした筈であった――辻斬りの懐に、もうひと振りの刀があるとはどなたも思っていなかったのだから。

油断のなかをかいくぐり、再びの踏み込みを見せる辻斬り。

その一閃は、義鷹の首へと。

 

「御免」

 

ぽとりと落ちたるは。

義鷹めの、生首でございます。

 

 

 

さて。

邸住人須美津・義鷹が、それはそれは愉快な目にあっているとは露も知らず。

諸手をふってその後ろ姿を送りなさった他の住人の方々は、思い思いに暇を潰す事に終始していた。

笠森・仙なんぞは、己の口内を蹂躙するであろう甘味を今か今かと待ちわびていらっしゃるご様子で、邸の玄関扉を閉めたり、開けたり、またまた閉めたり。

彼女がこんな事をなさっているのは、足洗邸から生まれ出で、足洗邸を総べる存在となったのが大きな原因だ。

それは同時に、『場』に縛られる事を意味しており、往来を出歩くのもままならぬ事態を造り上げておりまして。

故に彼女は、お目当てを携えて帰還するであろう使いっ走りを、今か今かと迎えようとしていた。

外界への一歩さえ叶わない現状にお仙は悲観していたものの、今ばかりは、あの黄金色が彼女を夢心地へといざなう。

うっかりを患ったお仙が、涎の一つや二つを顎に滴らせようとしていた時であったか、その背後からちょこちょこ迫る、ちんまい人影。

 

「焼き芋ってなに?」

 

「んー? 焼き芋ってのは、極楽天土へ導いてくれる、すげーやつって感じ?」

 

「すげーやつ? どんくらいすごいの?」

 

「……これぐらい?」

 

「へー、すごいのね!」

 

頭をひねった割にお仙がはじき出したのは、目一杯に腕を広げてという陳腐な表現。

いまいち要点を得ないお仙の受け答えを、メディスン・メランコリーは得心いったとばかりに頷いてみせた。

しかして、彼女が真の理解を得ているとはどうにも思えない所であります。

そもそも、この人形、焼き芋なる代物の姿形さえ見かけたことのない有様でありまして。

勝手な想像ばかりを膨らますメディスンへ、次々と贈呈されるお仙の嘘八百。

想像上の幻想甘味に酔いしれ始めていた人形の頭ン中を覗き見れば、黄金色どころか虹色を放ち始めた下手物が無数に浮かんでいる。

紫めいた外皮などの真なる特徴はその尽くが影をひそめ、もはや焼き芋と呼ぶべきかさえ定かでない代物へと成り下がっていた。

消化機能を持ち合わせていない彼女が、食物に対してこういった荒唐無稽な考えを描くのも、仕方がないっちゃー仕方がない事でありましょうが、限度を知って欲しい所であります。

殊更に外界へと期待を滲ませるメディスンをからかうおつもりか、それともふがいないお仙への助け船であったのか、その意図の判断こそできぬものの、ソファに座り込んだ八雲・紫がいたずらっぽい笑みを浮かべたのはそんな時である。

おちょこに注がれていた酒を飲みほしてから、

 

「確かに焼き芋は美味しいですけれど、やっこさんを食す時には、気をつけなくてはいけない事もあるのよ?」

 

「えー? もしかして、戦うの? 戦わないと食べられないの?」

 

紫の言葉を受けてメディスンの描いていた虹色物体は一斉に流転し、その有様を変える事となった。

一変では事足らず二転三転を繰り返した焼き芋は、遂には四体を生やすに至り、それが編隊を組んで迫って来る事を想像したメディスンは、一人恐怖に身を縮ませ、お仙に畏敬の視線を送った。

今の彼女には、首を傾げるお仙の、その何気ない行動の一つ一つが大げさなまでに誇大化して見えるのであろう。

怒涛の勢いでメディスンに誤解を与え続けていく邸住人達。

その瞳に困惑を映しこんだメディスンに対し、遂に決定打を放ったのはほかならぬ望月・玉兎である。

 

「あー、焼き芋食うとね、あいつら、鼬の最後っぺとばかりに体ン中で爆発起こすのよ」

 

「爆発!? よくそんなの食べられるね!」

 

「だから食うなら気をつけないとねー。ねーお仙?」

 

「あは、あははー! それにしても義鷹遅いよねー! 何やってるのかなー!」

 

脳裏に浮かんじまった事実を笑いで吹っ飛ばすお仙。

花も恥じらう少女にとって、過去の過失ばかりに目を奪われていては、恋の一つも成就しない。

田村・福太郎がその場にいなかった事は、お仙にとって幸運以外の何物でもなかった。

ただでさえ羞恥に顔を赤くしているのに、それ以上を求めるのは酷というものであります。

苦々しさを滲ませるお仙に対し、先の一戦《お遊び》において貧民の地位に甘んじた玉兎は、ここぞとばかりに笑みを見せる。

陰湿さが際立つものではないとはいえ、そんな玉兎の笑みに向かってお仙は一睨み。

そうこうしている内に、大貧民が二階から降りてくる。

 

「……言われた通りに人生げーむを持ってきたんやけど、何かあったん?」

 

「何もない! 何もないから!」

 

かぶりを振って平静を装うお仙を、田村・福太郎はしばらくの間しげしげと見つめていたが、あんまりにも彼女が冷静さを失って乱心なさるものだから、福太郎はそれ以上の追及をよしとせず、何も乗せていない裸一貫のテーブルに、二階より持ちよった遊戯台をそっと置いた。

 

「なに? なにこれ?」

 

次なる遊戯を目にして、期待に胸を膨らませるのはメディスンだ。満悦に導くであろう遊戯に対し、人形の瞳に喜色が映り込む。

わかりやすい程に嬉々とした雰囲気をあたりにまき散らす彼女に教えを授けるのは、最下位に貶められた福太郎が役目だ。

短簡に終わるルール説明は、人形めのいまいち芳しくない頭でも十二分に咀嚼できるものであったようで、首肯を繰り返しては今か今かと開始の合図を待ちわびている。

これを見て笠森・仙は、それまで嫌になるほど不都合な展開が続いていたためか、脱兎の勢いで居間に駆けあがるとその勢いでソファに飛び乗った。

お隣の望月・玉兎に肘を打ち付ける事になり、彼女から敵意のこもる視線を向けられるのもおかまいなく、合いの手を一つ二つ、もう一つ。

誤魔化しの本領を発揮させるべく、彼女はでっけえ声をあげます。

 

「よーしっ! 今度は負けないからね!」

 

「おーせーんー!?」

 

「貧民は黙ってなさい!」

 

「平民も対して変わらんわ!」

 

言い争いを続ける哀れな子羊たちを前に、優雅に酒を飲み干すは大富豪八雲・紫。

とはいえ、日ごと知識を貯めるだけ貯め込んでその是非さえほったらかしにしたままの新米妖怪に、余興を口実にたわごとを仕込むのはいかがなものか。

ぽつんと放置されました人形を、ちょいちょいと手招きして、

 

「ほら、こちらに来なさいな。短気がうつってしまうから」

 

「うん!」

 

「こらババア! 勝手な事言ってんじゃないわよ!」

 

「あらあら、貧民の吠える事」

 

「あーん!?」

 

当然とばかりに送られたしっぺ返しに対し、紫は挑発的な言動にて応酬する。

一昨日から地獄井戸へと里帰りしている狂骨の戯言は疫病のように周囲に蔓延しており、時が解決するとはいえ、当分の間は八雲・紫の笑みにひび割れが入るのは避けられまい。

加えて元凶たる味野・娯楽の、その鉄面皮の凄まじさ。一度死んじまったもんだから、恥も外聞もなんのその、思う存分に我を通すお腐れ爺には呆れも通り越して物も言えない次第であります。

さて、しばらくしまして、それまで続いていた詰り合いは唐突な終わりを遂げる事になりました。

福太郎の手前とあってか、今更ながらに立ち振る舞いを改め直したお仙が、不意に外界を映しこんだ窓に目を向けると、小男を先頭した集団が歩み寄ってくるのが見えたのである。

首魁とばかりに一歩先んじたその男は、お仙にも見覚えのある輩であって、彼女が視線を向けたのを皮きりに敷内の暇人どもも続けてそちらのほうに首を向ける。

不敵な笑みを浮かべる男の後方には、謎めいた集団がつき従っていた。

これまた、どいつもこいつも第一印象からして、この狂った世界にお似合いの面々ばかりでございまして。

まず目につくのは、石造りの要塞が擬人化を成したと錯覚させる大男である。太極図を胸部中央に刻印している所から見て、中国大陸出身であろう事を伺わせる。

彼が人間種らしからぬ背恰好である理由は容易に想像できた。大方、大召喚を受けて体の大多数を喪失でもさせたのであろう。よくある話だ、話の種にもなりやせん。

二人目は、珍妙な兜をかぶり、大火力の大型銃を携行した男だ。

何とも形容し辛い兜を装備していらっしゃって、なんと言うべきか、ウルトラマンと黄金マスクをごっちゃにしたような、混沌めいた被りものである。

このお方が顔面を損傷している可能性はままありやしたが、ここまで特徴的な、良い意味で個性の光る兜をつけてらっしゃるのだ、趣味趣向が高じてと判断するのが妥当であろう。

くるんと丸みを帯びた後ろ髪も、彼の価値観からしてみれば至高の位置にあるに違いない。

そして、最後の一人もまた、変人に変人を重ねた風貌である。

インディ・ジョーンズ・ハットに時計を巻き付けて――そこで終わっていればよいものの、外套の至る所に時計を装着して、ついにはガスマスクめいた装具にさえ時計盤が浮かんでいる有様でございます。

どういう訳か、都合二十四個の長針は思うがままに独自の方向を指し示しているものだから、彼らはおよそ定刻なんてものとは無縁の体を晒している。

奇抜な人々を後方に差し置き、余裕に満ち満ちた笑みを維持するは、つい先日足洗邸に調査の名目でやってきた、ピジョル・大石だ。

かつての臆病風に吹かれていた彼はどこにいったのやら。憎たらしくも増長しきった面構えのまま仇敵たちの住まう邸に向かいまして、前進、前進、前進。

その視線は目下、庭先にて団欒を繰り広げていた管理人とその傍らの人物に注がれている。

優越感に頭から浸った彼は歩み進み、しかしてその目論見は、文字通り出鼻から挫かれる事となった。

顔面を襲う衝撃。

 

「ぶっ!」

 

平たい鼻を更に潰し、突然己を襲った衝撃に目を白黒とさせる大石。手鏡の一つでもあれば、鼻から垂れ流す赤い液体にも気付いた事でありましょう。

彼を吃驚慌てふためかせたのは、進行方向を遮るようにしてそびえたつ透明の壁であった。

気付かぬままに激突を果たした大石は、未だ己の前にある壁に向かって、滾る思いを咆哮する。

 

「何だぁァァァアアアアア! コレはァアアアアア!」

 

激昂する親玉でありましたが、前進を阻む不可視壁の前では、その叫びは空しさを伴った。

彼の醜態を冷静な視線で見つめていたのは、足洗邸を借りの御宿と定めた神格、マサライである。

かつて信奉者に晒していた刺青もなりをひそめ、安物の服を召すその様は、随分と現代に馴染んでいる。

混乱の序曲に足を踏み入れ始めた管理人を傍らに、楯霊は思案顔にて呟く。

 

「フム。現段階デの、私《コレ》の守護領域はアそこまデか……」

 

分析結果をどことなく不満げに語るマサライのこの度の所業は、だいたいお昼ぐらいにまで遡りまする。

地霊との対話を試み、『場』に関する情報を取りそろえ始めていたマサライは、邸宅を囲む結界の存在を感知していた。

秀真国の技法に芳しくない楯霊には、結界の数と効果、その触り程度にしか理解は及ばなかったもののそれらを利用しようと試みる。

というのも、己を礎とした大型守護結界を単独展開する事には幾つもの難関が立ちはだかったからだ。

故に、既にある結界を寄り代にした、物質干渉遮断結界。それこそが、力の大部分を失ったマサライによる試作品である。

しかし、初の大捕り者があんまりにもつまらない輩であったから、マサライからは知らず知らずのうちに、溜息が零れ出でた。

行く末を強制的に遮られた大石に向かうは、いくつもの視線。物珍しさに窓を開け放った福太郎、その後ろに人形、家神、兎が並び立ち、場の好転暗転を見守っている。

さて、屋外にて竹箒を手に持ち掃除を行っていた管理人、竜造寺・こまがその場を代表して大石に歩み寄ると、彼はこれでもかと表情を悪鬼羅刹に近づけこれでもかと顔面を壁にめり込ませた。醜い面が、潰れに潰れ更に醜く。

放たれたれる威圧感に身を恐縮させながらもこまは、にゃんだにゃんだにゃにがおこったにゃと、来訪者にご要望を伺い奉る。

 

「あのー~、今日は何の御用でしょうか……ニャ」

 

「なんのゴヨウ、だとォオ~~~~~~~~!?」

 

接客スマイルは、方々の予想通り、早速ひび割れる事となった。放たれる、大石の怒声。

 

「仕返ししに来たに決まってんだろォォォォォォオオオオオ!」

 

「ニャ!?」

 

「『砲艦《リーマン》』の黄・鳳山! このバリアを破壊せよ!」

 

一歩後ずさった大石の言葉に呼応するようにして、後ろに控えていた大男が動き出した。

不可視壁に対して恐れも得ずに肉薄する彼の、その胸部に内蔵された護符が光を放ち始め、同時に、彼の十指に刻まれた梵字が輝きを身に宿す。

泰山府君によって付与された加護の元、鳳山が切迫する。

 

「おっしゃあ――――! まかせんしゃ――いッ!」

 

「ニャ―――――ッ!」

 

叫ぶ猫又。

しかして、マサライによる結界が破砕することはなく。鳳山は、その身を地に伏せる事となる。

彼が死に向かう羽目になった遠因は、上方不注意。

とはいえ、よもやどでけー車両が、自身目がけて天より降ってくるとは、夢にも思わなかったに違いあるまい。

 

「何じゃーい!?」

 

狙いすましたかのような正確さによって、鳳山の頭上にトラックが落ちてくる。

フロントバンパーを一番槍とし、突然の急襲にかかったトラックは天罰が如く鳳山に激突を果たした。

加重に耐えられなくなった鳳山の下半身はあえなくバラバラに散開し、その全姿があえなく全壊するかと思われた矢先、彼を苦しめていた暴走車両はすうっとその姿を掻き消す事となる。

鳳山の頭部に接触する車両が、鳳山の頭部へと吸い込まれる。

否、その接触面に重なるようにして広がった空間の切れ目に、車両が吸い込まれていく。後に残るは、何事もなかったかのように泣き叫ぶ鳳山の上半身。寸での所で壊滅は免れたものの、鳳山は一瞬にして戦闘不能へと追いやられてしまっていた。

 

「なっ何ィィィイイイイイ!? 番付十四位の黄がァァアア!? というよりも、なんださっきのトラックはァァアア!」

 

崩れ落ちた鳳山を目にして、思わず叫び声をあげる大石。

生体パーツの一切がっさいを換装しているため痛覚こそないものの、鳳山自身何が起こったのかを把握しきれていないようであった。

突発した車両事故に驚きを隠しきれない住人と訪問者たちを冥王星あたりにおきざりにするは、件の首謀者。彼女はほくそ笑む。

八雲・紫は玄関戸を開け、大石との対峙を図った。

 

「ごきげんよう、中央の方」

 

「…………八雲、紫!」

 

「あらあら、今回はいやに小じんまりとしているのね。以前のように、大所帯で来たのかと」

 

嫌味を聞かせる紫の言葉によって想起されるは、かつて足洗邸により始末された中央諜報部隊員たちである。各々は尽くが入滅し、もはやその欠片も残っていない。

彼方に吹っ飛ばされた田中も不慮の事故にでもあったのか、遂に大石に連絡をよこしてくる事はなかった。

つまり結果だけを見るのであれば、大石は痛い目をあわされるだけあわされて貴重な人員を失う羽目になったと言える。

始末書どころでは済まされない事案であるという事が伺え、なおかつ、彼の目の前にはその元凶たち。

その中の一人は、接近厳禁命令まで持ちだされたデンジャラス・キャラクター、八雲・紫ときたもんだ。普通は、恐れを得るものでございましょう。

しかして、しかしてでございます。

その思惑はどうであれ、彼は、確かに口にしたのだ――――この度の訪問の理由を。『仕返し』と。

『訪問者《ロワルド》』、ピジョル・大石は嘲りの笑みを浮かべ、侮蔑の言葉を、八雲・紫に吐きかける。

 

「……ククク。アーハッハッハ! 未登録者の能なしが、よくもまあ堂々としゃしゃり出て来たものよ! さあ、鎮伏屋《ハンター》達よ! この結界を打ち破るのだ!」

 

今しがた失敗に終わったばかりであるというのに、未だ大石からは意気揚々とした意気込みが感じ取れた。

その瞳に、既に恐れは見えない。眼前には、先日苦渋を味わわされたばかりの対敵がいるというのに、彼は自尊心を高ぶらせたままに命令を下す。

これを受けて、動きだしたのは体中に腕時計を巻き付けた男である。

男の前には、半壊した大男が文字通り転がっている。

彼は右腕をゆっくりと持ちあげると、常人には理解できぬ魔法の言葉を言い放った。

 

「……午前一時の『陰鬱なビール呑み《グレムリン》』!」

 

時計男の右腕が光を放つ。光の中から、何かが抜け出してくる。

ふわりふわりと空気を裂きながら、その何かは倒れ伏す鳳山に纏わりつく。

すると、それまで自身の体を動かす事にさえ苦心していた筈の鳳山が、水を得たかのように動き出した。

しかして、それは鳳山自身によるものではない。彼の驚天動地たる叫び声は空しくも放置されたままに、彼の半壊した機械仕掛けの肉体が、身勝手なままに動く。

哀れなその姿に送られるは、短い唄とも思える言葉たちだ。

 

――――ちいちゃなちいちゃなメカマンさん。うらさびしい鉄の中で何が聞こえたの?

 

「!? ぐ! うげごごごご! ごわあッ、あああ!」

 

彼の悲劇は、肉体の勝手な暴走には収まらない。空しい悲鳴が轟く。

損傷を受けていない筈の両腕が、脆くも崩れ落ちる。

駆動系をつかさどる管は露出し、螺子は外され歯車は抜け落ちる。

砕け散った下半身を構成する部品たちは記憶を忘れ、元とは全く異なる形を形成し始める。

 

――荒れた野原を飛び回る悲しくあわれな黄鳥の声?

 

鳳山はようやく、己の体が何者かによって蹂躙されている事に気付いた。

とはいえ、もはや何もかもが遅い。

体の暴走は止まらず、もはや彼自身の意思を持ってして、肉体を制御することは叶わない。

混乱に陥った彼の視界には、時折小さな何かが入りこみ、そしていつの間にか隅へと消えゆくのが映る。

彼の体は、何者かによって、何か別の物へと変形させられていった。

 

――きりぎりすとみつばちの楽しい鳴き声が聞こえたの?

 

何者かによって剥ぎ落された外装は、その形を変える。

何者かによって奪われた操作が、彼の体を作り変える。

固定化された彼の視界に、遂に犯人の全姿が映る。

螺子と歯車で肉体を構成した、ちいさなちいさな小人たち。それこそが鳳山をその場に縫い付ける正体だった。

 

――テイプ・タップ・リップ・ラップ・ティック・ア・タック・トゥー

 

――銀色の鉄を組み合わせれば、素敵な時計が出来るんだ!

 

唄が終わった頃には、鳳山の体の尽くは変貌していた。

彼は、既に人の形すらしていない。

下半身は台座、上半身はそこに設置される円形状のオブジェと成り果て、露出した管が悲壮感を誘う。

鳳山の顔の直下には時計盤が浮かんでおり、機械仕掛けの時計塔というのが最も正しい表現だ。

 

「な、なんじゃーいッ!? 人の身体を、何じゃーいッ!!」

 

鳳山を尻目に、時計男はその視線を下へ。

彼の足元には、仕事を終えた小人たちが集ってきている。

仕事の報酬を欲する小人たちへ向かって時計男が五百円玉を弾き飛ばすと、小人の一人がそれを跳躍の末にキャッチ。

五百円玉ごと消え失せる小人達を見届けてから、時計男はその視線を兜男へ。

しばらくの逡巡を見るに、兜野郎の名前なんぞはとっくの昔に忘れてしまったのだろう、不明瞭な言葉選びの後に、時計男が用件を告げる。

 

「あ――あ――あ――そこの! 今、何時だよ」

 

兜男からしてみれば、これほど不可思議な問いは中々見かけないものだ。

何せ、体中に時計を巻き付けたマニアから飛んできた言葉だ。率直な感想を彼から取り上げるなら、『手前のを見ろ』と言った所か。

戸惑いを覚える兜男であったが、それでも律儀に左手首へと視線を送る。

 

「……今……七時十二分だな……」

 

兜男の返答を得てから、時計男は叫ぶ時計塔の元へ。浮かんだ時計盤の針をいじりだす。

右に向かうべき摂理を捻じ曲げ、左へ左へ。長針をいじくる。

 

「あ――七時ィ~~十ゥ~~二分…………か…………、ま六時間ぐらい前で良いか」

 

回転する針に、しまったとばかりに顔をゆがませたのはマサライだ。

六時間前、それは義鷹が外出した時刻と一致する。そして、マサライが結界を形成したのは。

五時間前。

 

「あ――あ――あ――。一時十二分には結界張ってなかったみたいだな、ココ」

 

踏み込めなかった筈の場に足を踏みいれ、結界の消滅を確認する時計男。

この偉大なる貢献に、声を大にして賞賛を送るのは大石だ。

彼は誇らしげに胸を張り、満足そうに笑みを浮かべる。

 

「ホホホ! 流石は鎮伏業番付第三位の男! 『時計の精霊使い《タイムショッカー》』! 『大いなる眠り《チャンドラー》』のバロネス・オル

ツィ!! 時計塔を造る事で自らの領域を張り、これホド簡単にバーリアを破るとは!! 彼を超える精霊使いなどいまいて!」

 

しかしてその賛辞を、バロネスは快く受けいれなかった。

踵を返した彼は、静かな怒りをともして大石のもとへ。

鳳山時計が、四時を指し示す。

 

「午後四時の『乾燥小屋の口無しさん《キルムリス》』!」

 

バロネスはその叫びと共に、大石の顔面に蹴りをぶち込んだ。

彼の怒りは収まりを知らず、掴みやすい丸みを帯びた額に手が伸びる。

 

「あーあーあー? オマエー――――~脳味噌の型。ヤベーだろ? あー―――? カ・ナ・リ・ヤベー。オレ達鎮伏屋がオマエに雇われてよォ、『ココ』に何しに来たのか言ってみろよ。なァ」

 

バロネスの言葉に、大石は答えることは出来ない。そも、言葉を吐きだすべく口が、彼の顔から消失している。

まるで塗装を施されたかのように綺麗さっぱりと口を失くした大石は、何事かを言おうと懸命に舌を動かしているのだが、開閉部を抹消された今となっては、無駄な努力に終わる。

大石がこのような身になったのは勿論バロネスの仕業であるのだが、それでも彼は、口を一向に閉ざしたままの大石に非難めいた言葉を送ってから、

 

「あ~~~~、忘れたのならしょーがネェ、オレ達がオマエに依頼されたのは『三点』。『ヨシタカとゆう名の妖怪の退治』と『千束とゆう名の妖怪退治』。そして最後に『ヤクモユカリとゆう名の妖怪退治』。合ってるよな?」

 

「あ、ああ」

 

突然話題をふられた兜男は、言葉にどもりながらもそれを首肯した。

確認を得られたバロネスは、頭の足らない馬鹿どもに教えを授けていく。

 

「ここは何処だ? ――――足洗邸だ。あの紫のヤツは誰だ? ――――『ヤクモユカリ』だ」

 

それぞれを指で指し示してから、後方に突っ立っていた大石へと、再び蹴りをお見舞いする。

驚く兜男と悶絶する大石を放置したままに、バロネスは怒りの源を口にした。

 

「敵地に入ったってのによォ――人様の能力だのをペラペラとくっちゃべってんじゃねェ――――っつっ―――――――の。ヤッベェ―――――――。プロのやる事じゃあねェ――――ョ。なぁ」

 

鎮伏業獲得賞金番付第三位。H・N『大いなる眠り《チャンドラー》』。

それが世間一般に通じているバロネスの肩書だ。

その詳細こそ不明なものの、何処ぞより妖精の類を召喚し、意のままに操る者として知られている。

怒りを行動で示したバロネスであったが、彼には同業からの皮肉が向けられた。

兜男、マイアー・フェルスターはニヒルな笑みを浮かべ、嘲りの視線を送る。

 

「ケドよォ、依頼主にケリィ入れたアンタも、『プロ失格』だよなぁ」

 

「…………クックック」

 

来訪集団がそれぞれの思いを口にするなか、マサライは残念そうに頭を掻く。

楯霊自身、現在の実力を把握しているものの、こうも簡単に結界を破られるとは思ってもみなかったのだろう。

 

「まサカ、場ヲ塗り替エラレるとは……私の『力』もまだまダか……」

 

「残念だったわね、マサライ」

 

「イイのカ? 御指名のようダが」

 

「義鷹が帰って来ていればよかったのだけれど……焼き芋が待ち遠しいわね。勿論、貴方の分もあるのよ?」

 

「……私《コレ》はメディスンと同じク、食ベル必要は無イのダが」

 

「あらあら、突き詰めれば私も同じよ」

 

すぐ傍にまで狩人が近づいてきているというのに、平和ボケした会話を続けるマサライと紫。

そのうち、傍らに開いた小さな隙間に腕を突っ込んで、紫は傘を取りだす。何の変哲もない、ただの傘にしか見えない代物だ。

歩み始めた彼女は、他の二人を邸へと下がらせる。

 

「二人とも、下がってなさいな。こま、いいわね?」

 

「はいニャ」

 

お二方を観客へと追いやり、八雲・紫は遂にバロネスと対峙。

さあ皆様方、はったはった。ここにはじまりますは、世紀の一戦。

テレビにかじりつくのも今は止め、ちょいとこちらに視線を送っておくんなまし。

対戦者、H・N『大いなる眠り《チャンドラー》』バロネス・オルツィ。

挑戦者、『NO DATA』八雲・紫。

足洗邸を狩る者と。

足洗邸に住まう者との闘いが始まる。

 

「この闘い、『中央』役人立会バトルとして一対一で勝負してやる。後ろのヤツは背景みたいなモンだが――もし手出しするようならオレが始末する!」

 

「退屈凌ぎになってくれれば、それでいいわ」

 

 

 

 

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