不思議町の不思議な住人たち。   作:赤目のカワズ

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外伝 超人大武闘会編①

卍巴市不思議町の中心部から少し外れた場所に、鬱蒼とした森林地帯がある。町民にとってしてみれば、茂林寺のある方向と言った方が聞こえがいいかもしれない。

繁繁と生え渡る木々と草花。その相間に挟まれるようにして霧雨・魔理沙の家は存在した。

辺鄙な場所で、文明圏の臭いはまるで感じ取れなかったが、魔法薬の元となる素材に事欠く事はなかった。

今の時間帯であれば彼女は日課の茸採りに勤しんでいた筈だが――――霧雨・魔理沙は沈黙の鎧を身に纏って家に留まっている。真一文字に結ばれた薄唇は、いかなる言の葉も漏らさんと堅牢なる城郭と化していた。

稲穂色に輝く瞳はその逆、加速度的に冷ややかな感情を帯び始めているのが印象的だ。

片や東風谷・早苗はこれを知ってか知らずか――否、そこまで機微に疎い女ではない――口の根は渇く事を覚えず、その饒舌ぶりには益々拍車がかかる。

闖入者が軒先での居座りを決め込んでから、もうかれこれ一時間は経ったであろうか。掃き箒は疾うの昔にその役目を終え、所帯なさげに脇に追いやられている。

主人もまた、これに追随していた。胡坐をかいて、退屈そうに三つ編みに結われた自身の髪を弄ぶ。

 

「魔理沙さんは、この國の現状についてどう思っているんですか?」

 

「――『中央』による統治は大召喚後の混乱世界を見事に収めており、当初懸念されていた現実的理性との衝突も、それ自体が大召喚によって軒並み破壊されていた事もあってか、人間社会との折衝は軽い『いざこざ』のみで済むに終わっている。『大召喚』後増加傾向にあった犯罪率もなりを潜め、人魔間における就職率の割合もほぼ均等になりつつある。かつては男女間における管理職就職率について舌禍が巻き起こった我が国でも、昨今は人魔に均等な就職の機会が与えられるべきだという意見が主流になりつつあり……」

 

「またまた、TVのコメンテーターのような定型文を求めているわけじゃないんですから、魔理沙さん自身の考えについてお聞きしたいんです」

 

「おっと、私は未だに買い食いを行ううら若き乙女だ。コンビニには度々寄るし、勿論御用達のヘアーサロンもある。客の髪の毛に次から次へと箸を伸ばすのがちょっと減点対象だけどな」

 

「つまり?」

 

「マネージャーを通して下さいって事だぜ」

 

魔理沙のそっけない態度に、早苗が気分を害する事はなかった。少なくとも、表面上はそのように思えた。微笑を崩さないその態度が証左でもある。

霧雨・魔理沙の手の平には刻み込まれた傷跡が存在していた。意図的な損傷は外的殺意によるものではなく、需要と供給を繋ぐために紡がれたといっていい。

アラビヤ数字で六六六と刻まれたそれがなければ、この世界の住人はパン一つ買う事も出来ないのだ。

風の噂によれば、どこぞに鎮座するスパコンが登録者の購入情報から何やらまでを記録しているらしいが、それは流石にSFが過ぎると魔理沙は考えていた。

そういう事情もあってか、『中央』に対する個人的私情は一先ず置いておいて、登録者としての立場を甘んじて受け止める者は殊のほか多い。

そうなってくると、被登録者の身である訳だから、『中央』への表立っての批判の首根っこは取りあえず抑えておく者が大多数を占めるという訳だ。

事実、霧雨魔理沙もマジョリティ側に属している。たかだか人間では流通の面を抑えられれば生活の仕様がない訳だし、そういった制度に寄生して生きている以上、態々波風を立てて目をつけられる必要性も存在しない。

無論そうなってくると、不登録者且つ在地の宗教関係者という厄介さの塊でしかない東風谷・早苗との腐れ縁は、非常に悩ましいものであった。

先ほどそっけなく振られたばかりであるというのに、早苗の舌は渇く事を知らない。これを彼女の美徳と説く者もいたが、魔理沙にしてみればそれは大分的の外れた意見と言えた。

 

「此処は、外界の悪魔どもの住まう場所ではない。八百万の神々が御住みになられる神聖な國なのです。住人に馴染みのない者どもが跳梁、跋扈するこの現状、可笑しいとは思いませんか?」

 

「早苗って、『げえむ』やった事あったか?」

 

唐突な魔理沙の物言いに、早苗は思わず首を傾げた。宗教論争には最も似つかわしくない単語が耳に届いてきたからである。彼女の脳内で、ふわふわとおぼろげな輪郭が生成と消滅を繰り返す。

目にした事はあっても特別意識したことはなかったから、彼女の記憶の引き出しには、それはぼんやりとした色と形しか残されていなかった。

早苗がその意味が計りかねている間、魔理沙は変わらず髪の毛を弄んでいた。

 

「いえ、ちょっと『げえむ』は……」

 

「ま、期待してなかったけど」

 

申し訳なさそうな早苗を前に、魔理沙は事もなげに呟いた。東風谷・早苗はそういう女だ。それを哀れと思った事はないが、もう少し自分の興味以外にも足を伸ばした方が見聞も広がる筈だと魔理沙は考えている。

最も、彼女の石頭がそう易々と揉みほぐされる訳がないと即座に思い当って、魔理沙は心中で苦笑いを浮かべた。次いで、どこぞの啓蒙者を真似て指を一つ立てる。

 

「例えば、悪魔やら天使やら神やらを使役できる『げえむ』があったとする」

 

「無礼な。雑多な悪魔どもはともかく、秀真の神々がそう易々と」

 

「だーかーら、『げえむ』の中の話だって言ったばかりだろ?」

 

早苗がこの手の話になると極端に沸点が低くなる事を忘れていた訳ではなかったが、少々迂闊な言葉選びであったかもしれない。思わず天を仰ぎみてから、仕切り直しでございます。

 

「……例えば、悪魔やら天使やらを使役できるゲームがあったとする」

 

「ええ」

 

「台本《ライター》と舞台《イラストレーター》を与えられた面々は大物揃いだ。ルシファー、ベルゼブブ、メタトロン、ウリエル」

 

「それが何か?」

 

魔理沙は辟易とする思いであった。早苗は『中央』やその方面の話が絡むと意固持になるばかりで、あえて視野を狭めるきらいがある。

普段の彼女であったならばさっさと答えに至っているであろうに、あくまで相手側の講釈が垂れ落ちるのを待っているのだ。

こうなってくると、こちとら皆目見当もつきやせんといった風に小首を傾げた彼女にはただただ腹が立つばかりである。魔理沙は努めて抑える必要性に駆られた。

 

「……まぁ、或いは、最もこの世の人々に知られた本を例えに出してもいいか」

 

「私は知りません」

 

「秀真風にいうなら、天草・四朗の先達って所だな」

 

どちらも後世の人々による後付けであろうが、この際それは問題ではない。重要なのは、後後に至るまでそれが認知されているという事実だ。後者は兎も角、前者ほど人類史に名を残している存在はいないであろう。

ガリラヤの湖を渡り歩いた男の事だ。

 

「宗教は門外漢の私でさえ、その男の事は知ってるんだ。スゲー話だよなー」

 

「…………いい加減、話の根幹についてお教えいただけませんか?」

 

魔理沙は笑った。こいつは酷い。自分の身体は既に毒牙にかかっていて、その四肢は末端から腐り始めているのに、まだ異変に気付かないでいる。

この際、魔理沙自身の聡明さを称えても良かったかもしれないが、あくまで自分は普通の人間でしかない。そんな大それた事を考える気にはなれなかった。気が立った早苗が口火を切るよりも早く、魔理沙は結論を下した。

 

「それと同じ事だろ? 映画、ゲーム、小説という舞台で、ヒーロー、ヴィラン、ヒロインといった役を帯びて、彼ら《中央の役人》どもは知名度を得てきたんだ。程度の差はあれ、秀真には立派な土台が出来あがってんだよ。それも、『大召喚』の前からな」

 

「馬鹿な」

 

早苗の表情がこわばる。その瞳は愕然とした驚きで色染められていた。硬直した彼女の身体は、迂闊な失言だけは溢さぬように図ったようで、口元を覆い隠す様に五指を伸ばす。

 

「悪魔どもが、株式会社を設立して、メディアを経由して、この秀真を?」

 

ようやく絞り出された言葉に、魔理沙は噴き出さずにはいられなかった。正誤の問題ではない。ただ単に、早苗の口からそんな現実的で近代的なワードが飛び出たのがおかしくてしょうがなかったのだ。

 

「いや、そこまではさすがに、な」

 

目に涙を溜めて笑いを堪える。

口では言いながらも、強ち外れてはいないだろうと魔理沙は思っていた。『大召喚』以前の娯楽を少しばかり齧ってみれば、出るわ出るわ。右を向けばルシファー、左を向けばサタン。

現代社会での認知度を得る為に早苗の言った様な七面倒臭い手段を取ったかどうかは定かでないが、『中央』の食指が『大召喚』以前から秀真を浸食しつつあった事に間違いはない。

そこまで思考の窓を広げていけば自ずと突き当たるのは、果たして騒動の発端たる『十支王』の意図は何であったのかであるが、そこまで考えて魔理沙は思考を閉じた。

一応魔法使いの端くれである訳だから、己の道を決める契機となった事件に興味がないといえば嘘になる。しかし、過去に向かって歩くのは魔理沙の性分ではない。

人間は、未来に向かって走るからこそ人間なのである。昔起こったいざこざやらしがらみやらをネチネチ気にした所で何も変わりはしないのだ。未来にこそ、光はありましょうに。最も、これは魔理沙が『大召喚』後生まれである事も関係していると思うが。

とはいえ、ここで自分の中途半端な稚拙持論《中央の画策について》を披露した事に関しては、さすがの魔理沙も自責に悩まされた。

見れば、隣に座りこんだ腐れ縁の女。その瞳は座った眼光を携え始めまして。虚ろな視線と、ついでとばかりに不穏な独語が聞こえ始めたとなれば、こいつは一大事。

魔理沙は肝心な時に機転の回らない己の脳味噌が恨めしくなった。こうなっては仕方がない。誰もが一度は使った事のある、お決まりのアレで参りましょう。せーの。

 

「そ、総入れ歯」

 

「は?」

 

「そういえば、とっておきのネタがあったな」

 

「とっておきの、ですか」

 

陳腐な場面展開が功を奏した事を一々喜んでいる暇はなかった。早苗の注意を引けた事に、これ幸いとばかりに魔理沙は再び舌を右往左往させる。

 

「話は、ベヘモット・G襲来に遡るんだけどな」

 

と、これにてようやく話の本題《超人大武闘会》に辿りついたのであります。

ベヘモット・G。哀れな徘徊獣の落し物。

事の発端は中央・七区は地中よりこれが出現した事実に依る。元を辿れば大本の大天災獣が大陸に出現した過去まで遡れるが、今回それは大して重要性はない。

意図はどうあれ、放置されているそれに思案を向けた所で時間の無駄でしかないからだ。

さて、中央中枢にまで進軍したベヘモット・G。これは幸いにも百を超える鎮伏屋達よって討伐されたが、問題はそこからだった。

何せ、百人単位の合同混成グループによる討伐だ。当然ベヘモット・Gには賞金が懸けられていたが、一体誰が止めを刺したのかも定かではない。

『偶然』、全員による総攻撃が致命傷に至った訳だから、論功行賞も遅々として進まなかった。

これを見て、中央七支柱第四軍団竜騎大公バシンは討伐戦に加わった者たちによるトーナメント制を提案。ベヘモット・Gの賞金総額一億円は、優勝者の手にゆだねられる事となった。

 

「くっだらねー!」

 

「くっだらねー!」

 

仮面舞踏会に出席するような井出達の男が、ソファに座りこんで寛いでいる。端正な顔立ちの男だ。仮面に掛かった一房の髪を指で払いのけてから、手元の報告書をもう一度覗き見る。

もう一度、笑い転げた。

 

「くっだらねー!」

 

「くっだらねー!」

 

この慇懃無礼が体を成したかのような男が、あのバシン大公の素であると誰が想像出来ようか。

バシンの笑い声に、先ほどから山彦のように追随するのは青髪の少女だ。三対の結晶状の羽を持ち、喧しげにそこらかしこを飛び回る様は妖精そのものと言える。

無論、彼女は鸚鵡返しを繰り返す只中にあるだけで、男の言葉の意味など何一つ理解などしていない。それは正に彼女の美徳であった。

何一つ理解していないからこそ、何一つしがらみとしない。悪魔《箍》に嵌めこまれた者達にとって、それは心底羨ましいものであった。

それから暫く笑いは絶えなかったが、不意に仮面の男が、割かし真面目な口調に戻る。紙の束からは視線を外さずに、

 

「おっとチルノ。そっちにはあんま行くなよー? また団長に怒られたくないだろ?」

 

「うげっ」

 

チルノ、と呼ばれた少女が苦い表情を浮かべた。妖精然とする少女だが、男の謹言にはさすがに胸に来るものがあったようで、消沈した様子でソファに落ち込む。

チルノの視線の先には整然と並び立つガンプラの山があった。成程、もし不注意のままに彼女がこれら群体と激突を果たせば、さしもの団長であっても怒りの炎を点さずにはいられないであろう。

これに対し部屋の主、中央七支柱第四軍団団長夜天大公フレルティは部下とチルノの会話に一瞥もくれずに、黙々と自分の趣味に没頭していた。サンドペーパーがパーツの接合部分に宛がわれる。

あまりにも不釣り合いな趣味ではあった。しかし、彼の瞳は熟練した職人そのもので、その手つきには淀みがない。傍らで同じく作業に同行する禿頭の男、エリゴスと比べてみてもそれは明らかであった。

とはいえ、洗練された匠の技も、一個人にとって興味をそそられない分野で発揮されているとなれば、魅力が半減されるのも道理だ。第四軍団所属グレモリーもその『くち』で、自分の上司の趣味には全く理解が及ばなかった。

ただでさえ気分が宜しくなかったのだ、直後に自分の情報端末に飛び込んできたそれが彼女の美麗な顔立ちを著しく損なわせたのは想像に難くない。

彼女が着込んだハートマークを散りばめられた服装と同じように、情報端末にはハート型の紋が刻み込まれている。一見化粧コンパクトとも取れるそれは各軍団情報員の標準装備で、彼女は画面に時折指を走らせて、通達面をチェックしていく。

 

「まーた来たみたいですよ?」

 

「何が?」

 

「犯行予告」

 

「エヘヘヘー!? マジで!?」

 

上司の代わりとばかりに返答を打ちだしたバシンが高笑いを始めるのにそう時間はいらなかった。フレルティと言えば、部下からの再三の報告にはうんざりしているようで、最早聞く耳さえ持ち合わせていない。

しかして、これこそが目下中央を悩ませる新たな問題の一つであった。

犯行予告。この四文字だけで噴き出さずにはいられなかったが、その内容に目を走らせれば、うかうか笑っている場合ではない事態に陥る。

予告の中身は単純明快で終わっており、下記の文面が次々と中央に送りつけられる事が共通していた。

 

曰く、『超人大武闘会を必ず開催せよ』。

曰く、『さもなくば秀真国を滅ぼす』。

 

昨今犯行予告――今回の場合脅迫文面と取ってもいい――はインターネット上にまで及ぶようになったが、その大部分は愉快犯を多分に含んでいて、実行力については皆無に近い。

本当に実行する気概があるのであれば、どこぞの怪盗三世でもないのだから、態々自分から警戒レベルを引き上げる愚を行う必要性がどこにもないからだ。

しかして、今回は少しばかり事情が変わっていた。件の犯人は攻性意思を持って予告に臨んでいたのである。そも、これら文面が刻まれたのは紙ではない。岩だ。

それもただの岩ではなかった。常人が見上げるほどの大岩で、これは直接投げ込まれる形で各中央役所に届いていた。無論、下手人は定かではない。

目撃者の証言によれば、遥か遠方より剛速球よろしく飛来してミット《中央役所》に収まったそうである。

余談になるが彼はプロ野球のスカウトで、中央とは無関係で賞金を懸けていた。確かに、それほどのコントロールがあるならメジャー方無しだ。

中央としても、直接バビロンに攻勢を加えられた訳だから重い腰を上げざるを得なかった。そこで問題になったのが犯人からの要求面である。

何故、超人大武闘会の開催に固執するのか? それが分からなかった。賞金目当てであると誰かが唱えたが、これは可能性が低い。

優勝する確信があるため是が非でも開催に漕ぎつけたかったのだとしても、軍団長は一人フレルティの意向が絡んでいる訳だから、中央としても面子に懸けて何があっても開催はする。こんな七面倒臭い犯罪予告が送りつけられていなくとも、だ。

それに脅迫ならば、普通文面は中止しろではないだろうか。今回の件で逆に大会開催が危ぶまれる事態に陥ったと、中央司令アガリアレプトは嘆息していた。日夜飛来する大岩に関連して、人間側の旧体制から突きあげを喰らったのである。

所謂秀真政府という奴で、彼らは単なる下部組織に過ぎない所まで落ちぶれていたが、権力が根こそぎ奪われている訳ではなかった。

又、アガリアレプトとしても、彼らを排斥する訳にはいかないため、その対応には柔軟さが求められる。

というのも、『中央』は秀真のトップにあるわけだが、言いかえれば、トップに君臨しているだけなのである。

『大召喚』以前の行政ノウハウを掌握しているのはあくまで人間側であり、人間の指導者階級を一掃し、これら一切全てを中央が切り盛りするのはさすがに酷が過ぎた。

また、自分達が一から行政を始め、制度を改め、経済をコントロールするのではなく、元からあった体制を維持させる方が幾分楽であるという結論は、『中央』創造の初期からあった考えでもあった。

そういった過去から、『中央』トップと旧体制トップの関係性は、かのペリー来訪時、WWⅡ敗戦時の日米関係ほどの上下関係がある訳ではない。最も、そこには表向きはという枕言葉を加える必要性があるのかもしれないが。

話を戻そう。つまり結論を下すのであれば、件の犯罪予告は、自分で自分の首を絞めている事になるという訳だ。若しかしたら、首謀者の頭の具合は大分悪いのではないかとアガリアレプトは考えている。

しかし、彼自身あくまで断定はしかねていた。というのも、彼の権能の一つでもある、世界のあらゆる場所を見渡す力が、今一調子が悪いのだ。首謀者の顔がちっとも窺えない。

この事実が副官に漏れでもしたらと思うと、アガリアレプトの嘆息は益々強くなるばかりであった。

只でさえ仕事が溜まっているのだ。急遽決まったものであるから、当然大会の会場は既存のものとなるだろう。

又、大会中の交通規制は下《秀真政府》に案件として回せるだろうが、警備配置となると話は別だ。こちらは誰がどう考えても『中央』の管轄であり、アガリアレプトの仕事だ。

更に、開会式では宣誓の言葉も考えなくてはならない。本来であるならば事の発端であるフレルティに回ってくる出番だが、昨今頻出する怪異の事を考えると、七支柱の予定を縛るのは難しい。中央司令の溜息は増すばかりである。

所で、アガリアレプトは文面の後半を決して頭の片隅になどは追いやってはいなかった。

秀真を滅ぼす。中々、大それたことを言いだしたものだ。万が一、億が一、この犯行予告が十支王の誰かの手によるものならば、それは可能であるかもしれない。アガリアレプトが見通せない者など、そのくらいしか浮かばないからだ。

 

「あるいは…………」

 

アガリアレプトの思案は続く。

しかして、お上の悩みなど市井の者どもには関係のない話だ。超人大武闘会を真近に控えて、彼らの目にあるのは、強者との出会い、金、野望、金、金、金金金。

無論、悪夢館はメイド、十六夜・咲夜は金のためであった。

 

「これはいけない」

 

彼女はそれなりに常識を持ち合わせていたため、悪夢館の土手っ腹に穴を開けたままの紅魔館をどうにかしたいと常々考えていた。賞金一億円というのは、正に鴨が葱を背負ってきたという具合である。

彼女に対し、これまたそれなりに常識を持ち合わせた人間ルチオ・L・ピーコックは首を傾げつつ尋ねる。

彼は今、彼女の休憩時間に付き合わされている形であった。別に嫌々というわけではない。彼女の淹れる紅茶は絶品で、ルチオは度々彼女とのお茶会に参加する事があった。

 

「でも確か、出場条件って、ベヘモット・G討伐戦に参加したかどうか、でしたよね?」

 

「誰が参加したかを、誰が数えたの?」

 

「それは、そうかもしれないですけど」

 

カメラが回っていた訳だから、じっくり検証すれば参加資格の有無は分かるかもしれない。

とはいえ、砂塵混じりの映像なわけだし、その検証にはかなりの時間がかかるだろう。第一『中央』もそんな七面倒臭い事はしないし、フレルティの言を信じるのであれば、やる気の有無が問題なのだ。

咲夜やルチオの預かり知らぬ所ではあるが、脚本家《バシン》自身、参加資格を厳格に問うつもりはない。偶然に過ぎぬ話であるが、咲夜の考えは正鵠を射ていた。

しかし、ここに待ったをかけた者が一人いた。彼女の本来の主人、レミリア・スカーレットである。

 

「駄目よ、咲夜」

 

「いい加減働いてくださいお嬢様」

 

「…………ノブレス・オブリージュというものを知っているかしら」

 

「意味も知らないのにテキトーに格好いい横文字を使わないでください」

 

間借りの邸に、一つだって報おうとしない女主人をにべもなく振ってみせる咲夜。

何もそこまで言わなくとも、と立場を同じくするルチオは思ったが、レミリア・スカーレットが自室から出てくる頻度を考えればそれも致し方ないのかもしれない。

何せ、あまりの物珍しさに、扉を開け放った彼女を認めた瞬間、ルチオは眼を見開いてしまったほどである。

従者のあんまりにも痛烈な発言にレミリアは衝撃を受けたようであった。一歩後ずさりして、終いには俯いてしまう。

 

「うぅ、パチェ~…………」

 

「はいはい、パチュリー様はもういないんですから」

 

パチュリー・ノーレッジとはレミリア・スカーレットの友人である。否、友人だった。

『大召喚』勃発時、自前の図書館で読書に勤しんでいたが、雪崩のように倒れてきた書物に呑み込まれ、そのまま亡くなったらしい。

よくある話だ、とルチオは思った。死のシチュエーションはどうあれ、『大召喚』に巻き込まれて親しい人物を失った者は人魔問わず多大な数に及ぶ。彼自身もその一例に末席を置いていた。

レミリアは未だにそのショックから立ち直れていないようであった。無論、哀れとは思わない。ルチオ自身、悪魔館の女主人との出会いがなければ未だに空虚に支配されていただろう。

 

「ごめんなさいね、ルチオ。お嬢様をベッドにお連れするわ。お茶会は、また今度」

 

「あ、はい」

 

「ティーカップはそのままにしておいていいわ」

 

そう言って、咲夜は部屋から消えた。ほんのりと暖気を放つスコーンと紅茶だけがルチオの手元に残る。

甘味を頬張りながら、ルチオは紅魔館の事を考えていた。悪夢館の屋根に邸ごと突き刺さったそれは『大召喚』時の転移に依る。

無論、無策のままに放置しておけば悪夢館を倒壊に巻き込むので、現在それは魔法使いと咲夜の手によって空間固定の術式をかけられている。しかし異様な全景を人々に晒している事に変わりはない。

ルチオの興味は専ら紅魔館に内設されているという図書館に向けられていた。齢百を優に越えるであろう魔法使いが蒐集してきた魔書が集う場所。

もしそこを訪れる事が出来れば、悪夢館が主ラウラ・S・Gを苛む夜行月遊症を完治させる何らかの手掛かりを手に入れる事が出来るかもしれない。

しかし現時点においては、この計画はその第一歩にて頓挫している。『吸血鬼』レミリア・スカーレットが図書館への出入りを禁止しているのだ。

その理由を聞くにはルチオは彼女に近すぎたし、また遥かに遠い間柄に過ぎなかった。魔書に触れる機会は当分先になるであろう。

ルチオにとっての不運は、ラウラへの尽力を誓った時期と、レミリア・スカーレットと接触を果たした時期との間にかなりのスパンがある事である。

もしも同時期の接触に成功していたならば、ラウラ・S・Gとレミリア・スカーレットとの比較も可能であったし、余計な通り道もせずに済んだ筈だ。

こればかりは、レミリアの引きこもりを恨めしくルチオも思ったが、既にどうにもならない話である。

手早くスコーンを食べ終わったルチオは、どうにも尾を引かれる思いを持ちながらも部屋を出た。情けない話ではあるが、ルチオはティーカップをどこにどうしまっておくのかを知らなかったのだ。

廊下に出ると、窓先からは太陽光が差しこんでいた。ナイト・ピープルにしてみれば忌むべき存在だが、ルチオにしてみれば日常を生きる上での輩に過ぎない。

外を見下ろすと、門番アルバイト紅・美鈴が格子に背をもたれているのが伺える。十中八九熟睡中であろうなとルチオは思ってしまうが、悲しい事に、それは彼女の評価そのものであるのだから仕方がない。

 

「え」

 

苦笑と共に顔を向き直してから、ルチオは自分の視界を疑わずにはいられなくなった。次いで、再び窓先に足を伸ばし、外界を食い入るように見つめる。誰もいない。

そこには誰も居なかった。門には誰も存在しない。そして、

 

「どうかしましたか、ルチオ君?」

 

「………………」

 

「ルチオ君?」

 

「えっ、と」

 

目の前には、紅・美鈴がいる。彼女は、普通に、廊下を歩いて、ルチオの真正面からやってきた。ここは、悪夢館の二階である。

庭を隔てた先にある門番で眠りこけていた筈の彼女の姿は、ルチオの網膜に未だにこびり付く。

 

「あ、咲夜さん見ませんでした? ちょっと聞きたい事が……」

 

「あ、咲夜さんなら、レミリアさんの部屋に……」

 

「あー、またか。ありがとねルチオ君」

 

美鈴はルチオの動揺に気付いた様子ではなかった。彼女は軽く礼をすると、すぐにルチオを通り過ぎてしまった。

さて、一体どういう事であろうかとルチオは暫く思案を重ね、ごく最近ブルース・リーの映画を美鈴と見た事を思い出した。

 

「カンフーってすごいなぁ」

 

とりあえず、それで納得しておく事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで? その超人大武闘会が?」

 

「察しの悪い奴だぜ」

 

魔理沙は悪態を吐いたが、とっくの昔に平穏を取り戻した早苗にはまるで効かなかった。さすがは、毎度の如くメフィストと舌戦を繰り返しているだけはある。

 

「実は私もアレ《討伐戦》に『星ノ切符《アクショーノフ》』として参加しててな」

 

「成程、トーナメント相手を闇討ちしてほしいと。なんだ魔理沙さん、それならそうと早くおっしゃってくれないと」

 

「そんな事、私は一言も言ってないんだけどなー」

 

早苗という人間は笑みを携えながらこれを言い放つものだから、聞かされる側は堪ったものではない。薄氷を踏むような緊張感が逐一走る気がするのは、決して間違いではないだろうと魔理沙は思った。

 

「闇討ちではないとすると、私と超人大武闘会がどう関係するのでしょう」

 

「とりあえずそれどっかに置いとけってば。ま、腕試しするからには最後まで勝つつもりだけど、一億なんて金手に入っても私の手には余るからな。果たしてどう使うべきかなってな」

 

「私に全額寄付するというのはどうでしょう」

 

「本気で言ってるのが早苗の凄い所だぜ」

 

そもそも早苗はビタ一文も使えはしない。

魔理沙にしてみれば賞金も腕試しも単なる方便にすぎなかったが、それ以上を敢えて言うのは避けた。他人に話すにはどうにも気恥ずかしい話であったし、名目上の理由ならばいくらでも湧いてきたからだ。

すると、どこか不審に思った事でもあるのか、早苗は暫し思考の時間を得た。

 

「それにしても、トーナメントですか。私は通っていませんが、万魔学園のクラスメイトと戦う機会もあるのでは?」

 

「そ、そういう事もあるかもなー、うは、ウハハ」

 

巫女の直感とやらを軽視していたと、魔理沙は痛感する。

しかし、動揺があけっぴらになっていたにも関わらず、早苗はそれ以上の言及を避けた。かの鬼巫女にも人道に通ずる心が残っていたようで、魔理沙は意外そうに眼を見開く。

所が、そうは問屋が下ろさないのが現実というものである。

早苗は突然話を切り替える。それは、先の話に対する報復であるように魔理沙には感じ取れた。

 

「今回は貴重な収穫がありました」

 

「収穫?」

 

「ええ、とっても貴重な」

 

魔理沙はようやく己の不覚を悟った。今日は後悔の一日であったが、特大のヘマをやらかしていた事にようやく気付いたのだ。もしかしたら自分は、地獄の門を開けてしまったのかもしれない。

 

「何処かの何某が言っていましたね。この國には、洗濯が必要なのだと」

 

「洗濯?」

 

「ええ、洗濯が必要なんです。この國には…………」

 

早苗は立ち上がって、どこか遠くに視線を届けていた。遠く、遠く、どこか遠方だ。困ったことに、早苗は何かしらの達観の境地に到達してしまっているらしかった。

超人大武闘会を前にして、余計な物を抱えてしまったと魔理沙は一人毒づく。

巫女の現状を、彼女が奉仕する二神はどう考えているのだろうか。腐れ縁とはいえ、魔理沙は早苗の語る二神を一度も見た事がない。一度もだ。

 

「まさか、存在しない?」

 

思わず飛び出た考えは突飛を通り越しており、ぞっとしなかった。それでは早苗の基盤から崩れ落ちる。それだけはあり得ない事だ。

 

「一体、どうしましたか?」

 

「あー、ぞっとする話を考えてただけさ」

 

巫女服を身に纏った少女が、久しぶりに異様に感じ取れた。しかし、これも全ては自業自得より始まるのだから、魔理沙には反論の余地がない。本当に困った事だと彼女は諦め半分に笑い声を上げ、早苗は釣られて微笑を浮かべた。

事態が急変したのは、それから直ぐの事である。

 

「何だ?」

 

初めに異変に気付いたのは魔理沙の方だった。自然と、傍らに侍らせていた箒に手が伸びる。これは戦闘経験の差と取っていい。事実、早苗が構えを見せたのは魔理沙よりも数瞬遅れての事だったからである。

 

「そこに居る奴! 出てきた方が身のためだぜ?」

 

立ち上がった魔理沙に返事が返ってくる事はない。森々は以前として沈黙を同胞としている。先ほど感じ取った気配も、今となって気のせいであったのではないかと感じてしまう。

彼女の行動は素早かった。五指に魔力を迸らせると、勢いそのまま爪先から五つの球体を現出させる。彼女はそれを手当たり次第に投げつけた。

当たる外れるはこの際関係ない。気配さえ探れればいいのである。人魔関わらず、閃光を迸らせて飛来する物体を真近に受けて、反応せずにいられぬ者は存在しない。

今度は早苗が早かった。

 

「そこ!」

 

第六感の赴くままに、破邪の文字が書きつけられた霊符が空を切り、閃光に支配された世界を疾駆する。果たして、それは何とも言えぬ悲鳴を上げながら彼女達の前に現れた。

それは黒く、黒く黒く黒く。それ以外に形容のしようがなかった。黒色の霧とでも呼べばいいのだろうか。もやもやとした何かが二人の前を漂う。

ただ一つ言える事は、それが自分達にとって害でしかないという事であった。

 

「早苗、何か分かるか?」

 

「いえ、残念ながら。お札が効くとあれば、十分撃退可能ではあると思いますが」

 

しかし、情報があまりにも不足していた。これが何であるかも、何のためにここにいるのかも分からない。先制攻撃に成功したとはいえ、魔理沙は以前警戒の目を緩める事が出来なかった。

しかし、膠着した状態は長くは続かなかった。黒いもやが、すぅと立ち消えになったのである。

それも見事な消え方であったものだから、早苗も魔理沙もしばらくの間は戦闘態勢を解く事が出来なかった。彼女らが息をついたのはそれから数分後である。

魔理沙はそれでも用心深く辺りを見渡してから、

 

「……何だったんだぜ? 今の」

 

「さぁ?」

 

早苗は首を傾げるばかりでそこまで興味はないようだった。

 

 

 

――――超人大武闘会まで、あと少し。

 

 

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