不思議町の不思議な住人たち。   作:赤目のカワズ

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外伝 超人大武闘会編④

「ここに超人大武闘会の開催を宣言するものである」

 

アガリアレプト大会企画委員長の言葉に、会場は未曽有の歓喜に包まれた。

人摩問わぬ大歓声である。

満員御礼。老若男女。凡そ鴉雀無声とは無縁の場において、霧雨・魔理沙は得も言われぬ興奮を感じ取った。

その身の底からふつふつと湧き上がってくる高揚感に、さしもの彼女も動悸を抑えきれない。

それは他の選手も同様であったようで、その表情には得難い決意が顔を覗かせている。

だからこそであろう、場の空気から逸脱した行動を見せる者に、周囲は瞠目せざるをえなかった。

 

「うっさいわねぇ」

 

不思議と、轟音鳴り響く只中にありながらも、そのか細い声は魔理沙の耳朶を打った。

ハッとしてそちらの方を見やれば、たまさか隣同士と相成った博麗・霊夢が、煩わしそうに顔を歪めている。

不意に、両者の視線が重なり合う。

 

「あ? こっち見てんじゃないわよ」

 

「あー、悪い悪い。別に他意があったわけじゃないんだ」

 

「ふーん? ちなみに、私って嘘吐かれるのが大っ嫌いなのよねぇ」

 

「いや、なに、どうしてそう自然体でいられるのか不思議になったもんでな。この私でさえ緊張を感じてるってのに。宜しければ、その心の持ち方をご教授願いたいもんだ」

 

「そんなの簡単よ。どーせ私が優勝するのは決まってるんだから、緊張なんてする必要ないでしょ? 運命は既に決定している。だったら、その轍に足を突っ込むだけよ」

 

霊夢にとって緊張とは、無縁仏に放り込まれた何某と変わらないのだろうと魔理沙は思った。存在は知っている、しかし、その名が示す通り無縁の他者に過ぎない。

霧雨・魔理沙は博麗・霊夢を知らぬ。その為人は二十三十の外聞に凌辱し尽くされ、信憑性は地に堕ち、真実はどこにも転がっていない。

『東方見聞録《マルコポーロ》』、博麗・霊夢。曰く、堕落巫女。曰く、銭巫女。やっかみを多分に含んだそれを、魔理沙は信用できずにいた。予選会の時を含め、霊夢の姿を認めたのはこれで二度目であるが、その人物評は未だ定まらずにいる。

しかし、魔理沙はある種雷に打たれたかのような直感を覚えていた。この超人大武闘会において、或いは何処とも知れぬ場所で、彼女とは必ず雌雄を決する事になると。

魔理沙の心中にふっとして湧いた、それでいて確固とした確信は、自然とその瞳に炎を映す

眼差しに秘められたそれを目敏く感じ取った霊夢は、その反感的な態度が逆に笑壺に入ったらしく、

 

「ねぇ、この大会、どう思う?」

 

「……なんだか、色々と黒い噂があるらしいな。ま、私には関係ないが」

 

「それは同感だけど、今はそんなのどうでもいいのよ――扨て、話は変わるけど、この国では遥か古来より大祓が行われきたわ」

 

「うへぇ、宗教はこりごりだ、違う所でやってくれ」

 

途端に難色を示し出した魔理沙の渋面に構わず、霊夢は話を続ける。

 

「かつて大祓は時の朝廷を中心におこなわれた。頭に『大』とつけているのは秀真の頂点をいただく人々たちにあやかっての、文字通り大行事だったという訳ね。しかし、時代が移り、次第と大祓の中心は武家のものに移った。無論、その時代での『大』祓は武家を頂点として……」

 

「一体全体それがなんだっていうんだ? 全く話が見えてこないな」

 

俄かに泡立ち始めた苛立ちを自覚し、魔理沙は声を荒らげて話を区切った。頭にちらつき始めた新芽を思わせる流水に、彼女は強い忌避感を覚えたのである。

一方、あくまで飄々と、まるで風のように、赤巫女は魔理沙の都合を悉く無視するに徹する。

 

「分からない? 秀真の歴史を鑑みた時、それなら超人『大』武闘会は何にあやかって開かれたのかって話よ」

 

「…………」

 

「ま、あそこを見れば結果は一目瞭然かも、ね――――ホント、酷い話」

 

霊夢の視線には、先ほどまでの傲岸不遜を見かける事が出来ない。それまで雄弁をもって弁舌を回していたのが嘘であったかのように思えるほどの塩らしさに、魔理沙は思わず我が目を疑った。

彼女らを含めた衆目の視線は、相も変わらず特設された檀上に向けられている。

たった一人でそこに立つアガリアレプトは、再び口を開き、

 

「……此度の大会は、七支柱及び『中央』支部全面協力の元行われる。又……」

 

熱意が寝静まり、大衆が静寂を求め始めた頃を見計らって集音マイクに託された声は、自然と鎮静作用を持ち合わせていた。

檀上では紋切り型の口上が続く。ふと、その言葉に耳を傾けながら魔理沙は先日の出来事を思い起こしていた。

想起されるのは、東風谷・早苗の言葉である。

 

「中央が動いた? いや、そんなの当り前だろ。中央主催で開かれるんだからな。進行役が動かんでどーする」

 

予選通過を果たしたとして、ほろよい気分で凱旋を行った魔理沙を待っていたのは、東風谷・早苗の懊悩とした顔つきであった。

せっかくの高揚とした気分を台無しにされた魔理沙は酷く口を尖らせてみたが、早苗は全く取り合わない。

 

「少し誤解が生じていますね。中央というのは、秀真中央『支部』の事です」

 

「あん? ちょっと待て、話がこんがらがってきた」

 

「……このくらい常識だと思うんですが」

 

「おっと、こいつは困った。まさか非登録者の口から常識なんざ言葉が出てくるとな」

 

「………………」

 

「分かった分かった、私が悪かった。頼むから最初からもっぺん説明してくれ」

 

溜息を吐いた早苗を、魔理沙の軽やかな風体の笑みが襲う。

早苗はそれをきっと睨みつけ、魔理沙の謝罪をもう一度引き出してから、

 

「……『大召喚』以後、世界は七つに分類され、その一つ一つに支所としての『中央』が置かれ、統括管理されています。ここ秀真で言えば、建速素戔嗚命を首魁とし、陰陽長に天宇受賣命を据えた中央『支部』がそれにあたりますね」

 

「んー? それじゃあ、フレルティとかいう奴らは別の中央『支部』の連中なのか?」

 

「否。彼奴ら悪魔は中央『本部』所属の七支柱。我がもの顔で他国に足を踏み入れ、その神域を汚す愚か者ども」

 

「……つまり、今回の超人大武闘会は主催から会場設置に至るまで中央『本部』によって進められて『支部』側はノータッチを貫いていたが、開催に漕ぎ着けた途端、いきなり口を出してきたって事か?」

 

「その通りです」

 

「秀真のトップも意外と吝嗇家だな。自分らじゃ金も労力も払わずに、始まるってなった矢先、その業績を掠め取ろうってんだろ?」

 

明らかな挑発である。

しかし、これに対し早苗は激情に駆られたといった風もなく平静を保ってみせた。

――――おや?

魔理沙が不思議に思うのも無理はない。何といっても東風谷・早苗は死兵もかくやと言わんばかりの殉教者だ。垂れさがった釣糸が咽頭を切り裂く罠であったとしても、それに食付かざるをえない。

だが、早苗は釣針を前にして立ち止まった。狐に抓まれたかのような思いをあえて呑み込むも、魔理沙は喉元に留まったしこりに違和感を延々と覚え続ける羽目となった。

 

「……ま、今のは穿った視線だけどな。それで? その支部が今さらになって口を出してきた事を、早苗はどう思ってるんだよ」

 

「―――分かりません」

 

「分かりませんだぁ?」

 

「…………実際の所、何かが起こるなら、それが起こる前に支部が動いている筈なのです。天宇受賣命様は、そういう方なのですから」

 

「……よく分からんが、こんな土壇場になって表立った行動を見せ始めたのには、府が落ちない点があると?」

 

「そう取ってくれて構いません。とはいえ、私自身神奈子様から聞いた話に過ぎないのですが……」

 

「あっ、いたのね、ちゃんと……」

 

「何か?」

 

「いやー、何でもない! 何でもないったらない! ハ、ハ、ハ、ハ……」

 

突如として舞い上がった再びの大歓声を契機に、魔理沙の意識が急浮上したのがその時だ。

檀上を見上げれば、にこやかな笑みを携えた妙齢の女性がアガリアレプトと手を取り合っている。

外面の良い、およそ裏を感じさせない顔つきだ。恐らくはあれが陰陽長天宇受賣命なる人物であろうと魔理沙が当たりをつけていると、霊夢が肘で小突いてくる。

 

「言っとくけど、巫女服着てるからってアレと一緒にしないでよ?」

 

「んー? そいつはどういう意味だ?」

 

「知らないならいいのよ、知らないなら」

 

彼女はそれ以降めっきり口数を減らしてしまったものだから、魔理沙は途端に手持無沙汰を覚えた。暇潰しとばかりに霊夢の言葉を租借してみるも、終ぞその真意に思い当たらない。

後ろ髪を引かれる思いで前に向きなおすと、マイクパフォーマンスは天宇受賣命の出番に移っていた。玲瓏とした寒気を思わせる、感情の起伏がない声色である。

東風谷・早苗ではないが、魔理沙をしてこの光景は奇妙に映った。出身の異なる神が轡を並べて、この場に集っている――――やはり、今回の大会は、何かがある。魔理沙は自然とその結論に思い至った。

とはいえ、今の所彼女に何かが出来る訳でもない。

彼女は探偵ではないのだ。碌な手がかりもない状態で素人が手を出してみても、哀れなエラリィの末路を再現するだけである。

そもそも魔理沙は、この大会に向けて打ち立てた目的を蔑ろにするつもりは更々なかった。

魔理沙の決意を前にして、金は只の紙屑に終わる。名声は醜聞に過ぎぬ。数多の鎮伏屋を踏み台にして立ったこの場でさえ、目的を果たすための道具に消える。

詰まる所、霧雨・魔理沙は、ボーイズ・レオニドヴィッチ・パステルナークとの試合を今か今かと待ち望んでいた。

そうだ、どうでもいいのだ、周りの事など! ここに至って、そのような事は全て些事に過ぎぬ!

信じられぬほどの幸運が祭囃子を打ち鳴らし、半被で着飾られてた奇跡が、魔理沙を御輿に祭り上げる。

どちらも落ちることなく本戦に進み――加えて、一回戦で! 大会初日にて、両者は激突を果たす。

自然と吊り上った口角を、魔理沙はあえて成すがままにした。

 

「……今回、ゲストとしてスーパースターの永江・衣玖さんにお越し頂いている。永江さんには、ハーフタイムショーだけでなく試合中の……」

 

開会式は滞りなく行われた。それが逆に、素寒貧の薄ら寒さを思わせる。

扨て、超人大武闘会が急ごしらえ且つ杜撰な計画をもって行われたというのは紛れもない事実に違いない。それを鑑みれば、今回用意された会場は及第点と言えるであろう。

螺旋状に城壁の連なるそれは、未だ悔恨残す大暴動後の荒廃した土地に建設されたもので、元々は土地神と民草の袂を分かち、『中央』による統治をスムーズに行うために築かれた異物との事だが、真相は定かでない。

『大召喚』によって何処より転移してきたのではないかというもっともらしい風説が存在するからだ。

その名を、バベルの塔。古くはバビロニアマルドゥーク神殿に描かれたエ・テメン・アン・キ、天と地の基礎となる建物と謳われしそれは、今や異国たる秀真の地にその根を下ろしている。

神話に名高く、天に届かんばかりに聳え立つバベルの塔は、その内部にこれでもかとばかり広大に広がった大広間を持ち、栄えある超人大武闘会が戦場として白羽の矢が立つ事となった。

ともかく、宏大無辺とも取れるほどの広壮さを誇っているものだから、無数にも思える部屋部屋は、選手団一人一人の個室として充てられ、壁面に設置されたTVモニターで現在の試合状況を確認する事も出来る。

――――無論、二ツ岩・団三郎擁する黒鍬組に要請し、一から特設会場を作ってもらうのが最善手であった事は言うまでもない。しかし、悲しいかな、金もなく、土地もなければ時間もない。

既存の施設での代用、という出来レース染みた格好で次善の策が選ばれるのも、致し方のない事である。

そして、それは上池田・美奈歩の怒りを誘発した。

 

「だーッッ!! ここは今、どこなんやっちゅーねんッッッ!!!!」

 

彼女は盛大に、爆裂に、華麗にバベルの塔の中を彷徨っていた。

彼女の名誉を守るのあれば、別段上池田・美奈歩は、方向音痴という名の難病を患っている訳ではない。ただ、相手が悪すぎた、それだけである。

何といっても、歴史に燦然とその名を残す、バベルの塔だ。神の怒りを受けるには十二分過ぎるほど、でかァァァァァい、説明不要ッ! 

柱の連脈は森林限界を越えた先にある、何時になっても変わらない飛礫の道を思わせ、一卵性双生児もかくやと言わんばかりに似たような顔つきをした壁面が、美奈歩をどこまでも惑わせる。視界には人影一つ、人っ子一人見当たらない。

失敗――その二文字を飲み込もうとして、美奈歩は思わず唸った。

ミイラ取りがミイラになるとはこの事で、迷子の子供を親元に届けた頃には、すっかり自分の控室が分からなくなってしまっていた。さりとて、その事を、誰かに責任転嫁できる訳でもない。

美奈歩の脳裏を、つい先ほど別れたばかりな倉雲・化光の横顔がチラつき始めたのも無理ならざる所で、不意に自分を呼び止めたその声に、美奈歩は我知らず歓喜に震えた。

 

「あ、上池田・美奈歩選手ですね!」

 

「! 自分、は?」

 

「あ、失礼しました! 私、今大会ののののののののの!? おち、おちおちおちおちおち」

 

「あ」

 

我に返った美奈歩の瞳には、彼女自身のかいなで肩を掴まれ、揺さぶられ、目を回す声の主が移った。途端に、彼女の表情に罪悪感が走る。

アザラシの皮を被った少女である。所謂セルキーと呼ばれる種族で、虎絨毯やジャングル・ブックを彷彿とさせる出で立ちだ。

彼女の濡れたように大きな瞳は、美奈歩に詰め寄られたせいであろう、今にも零れ落ちそうなほど揺れ動いている。

美奈歩は慌てて後ずさった。

 

「えっと、その、ついさっきまで迷いに迷ってたんでー、それで、ようやっと人と出会えたもんやから、ついですね……」

 

「あ、いえ、大丈夫、です。ここ、とても広いですし、仕方ないですよね!」

 

「ははは、そない言うてもらえるとホンマ助かります……」

 

「いえいえ……私も、その件で美奈歩選手を探していたんです」

 

曰く、美奈歩同様案の定被害者が続出している為、多くの人員が捜索に割かれているようだった。

セルキーの額から、汗が垂れ落ちる。よほどの奔走を上から促されているのだろう。

彼女の頭の上にちょこんと乗ったアザラシの顔つきは眠たげで、川のほとりでタマちゃん宜しく寝っ転がっている方が断然絵になった。

セルキーはポシェットから四苦八苦してスマートフォンを取り出すと、これまた見ている方がむかむかしてしまうような仕草で何処かへと電話を掛ける。

 

「はい、上池田・美奈歩選手見つかりました……はい、はい……あっ、分かりました。それじゃあこれから上の階を捜してみます。それでは」

 

「まだ見つかっとらん奴がおるんかいな」

 

「ええ、H・N『居酒屋《ゾラ》』の星熊・勇儀さんと、H・N『恐ルベキ子供タチ《コクトー》』の古明地・こいしさんが……」

 

「『恐ルベキ子供タチ《コクトー》』って、ウチの対戦相手やないか」

 

「その、試合開始十五分前には居てもらわないと困るんですが……」

 

「うーん、ウチも手伝いたいのは山々なんやけど、意気揚々と乗り込んで二次遭難したら元も子もないしなァ……って、今のウチが言えるセリフやない、か」

 

思わず唸った美奈歩に、セルキーは苦笑を返す。それと同時に、彼女は希った。

扨て、何といってもバベルの塔の見学者は年間一千万を超えており、今となっては秀真を代表するパワースポットの一つだ。

そこなパンフレットの末尾には行方不明者続出の報せが綴られていて、およそ今回のような大々的な行事を行う場としては相応しくない事を、自然と悟れてしまう。

当然、この事実が美奈歩に知れ渡れば峻烈なる批判が飛んでくるのは目に見えたし、それは中央役人たるセルキー何某にしても、好ましくない展開であった。

彼女はゆめゆめ口を滑らせぬよう、その顔に笑みを張り付ける。

 

「にしても、わざわざこないな所で開く必要あったんかいな? ウチは来た事なかったねんけど、話を聞く限り迷う人多いみたいやん?」

 

「ふええ!? そ、それはですね! 何と言いますか!」

 

「ちょっと待った! 自分、落着きーや」

 

「お、おおおお、落ち着いてマスよ!?」

 

その決意を踏みにじるかのように、不平不満が唐突に導いてみせた本真《ホンマ》の話に、セルキーは激しく狼狽した。

流石は腐っても新人類、怪火並びに混乱のせめぎ合うこの地を生きているだけあって、中々に聡い。張り付けたペルソナはここに容易く砕け散った。

ヒレ足が取って付けたかのように弁解の余地を探り始めたのはその時で、遮二無二な口先三寸が功を奏したのは、彼女の舌がよく回ったわけでも、都合よく美奈歩が流れに身を任せてくれたわけでもない。

葱の代わりに僥倖を背負ってみせた人虎が、救世主よろしくその場を通り掛かったからである。

 

「おや、上池田殿ではないですか」

 

「あ、あの時の姉ちゃんやんか。それに、お連れさんも……こないな所で会うなんて思わなかったねんけど」

 

「改めて名乗りましょう、寅丸・星です。今日は上池田殿の雄姿を拝見させていただこうと思って足を運んだんですよ」

 

寅丸・星はそう言って律儀に礼をした。そのかんばせは先の戦いを思わせぬ気色の良さだ。

これに際し、後ろに控えた小柄な少女が軽い会釈で済ました。その特徴的な耳と尻尾から、彼女が鼠の妖怪である事は容易に伺い知れる。

扨て、彼女らの対応に鼻白んだのが美奈歩である。さしもの美奈歩も何と言っていいか分からず暫くの間沈黙に伏していたが、やがて頬を掻きながら、

 

「何や偉い評価してくれとるみたいやけど、一寸恥ずかしいなァ」

 

頬には分かりやすいぐらい朱が差していて、真正面を向いていられない。

そんな美奈歩の心情を知ってか知らずか、星は捲し立てるようにしながらかぶりを振った。

 

「否。正当な評価ですよ」

 

「いやいや、こそばゆいから止めてーや」

 

「しかしですね……」

 

延々と続くかと思われたその問答に終止符を打ったのが、何を隠そう星が従者、ナズーリンである。

彼女は美奈歩の苦慮をその視線から汲み取ると、次第に熱を帯び始めていた星に待ったをかけた。

 

「ご主人、その辺で。美奈歩嬢も困っているようだしね。それとも、よもや寅丸・星ともあろう者が宗旨変えかい? まぁ、白蓮とは違った意味で魅力的なのは確かだろうがね」

 

「ナズーリン! それとこれとは話が別です! そもそもですね!」

 

「おお、怖い怖い」

 

途端に別方向へと熱弁を振るい始めた星の言葉を、ナズーリンは釈明と言い訳を多分に含んだ戯言と称し容赦なく切り捨てた。

耳元を喧しく飛び荒ぶありがたい謹言を悉く無視し、ナズーリンはその場から離脱。子猫を思わせる格好で美奈歩を呼び寄せる。

ナズーリンは元々の化生を考えるまでもなく小柄で、傍耳を立てる為にも美奈歩は大分体を屈ませる形に相成った。

鼠めは、顔の造作の中でも殊更に小さい口を愉快気に歪めながら、

 

「いやはや、苦労をかける。しかし、こうも感情豊かなご主人も久方ぶりでね、どうかご容赦願いたい。何せ突然白蓮が出奔を決め込んだもんだから、そこから数日は飯が喉も通らないといった有様でね。そりゃあ酷かった。それがどうだ、君と出会ってからとゆうものの、酷くご機嫌のご様子。予選前の悲愴な決意とやらもどこへやら、私が無性に勘繰り深くなってしまうのもごく自然の成り行きというやつだ」

 

「長い長い、もう少し簡潔に言ってくれや」

 

「君のお蔭で、ご主人が元気になった。礼を言わせてもらうよ」

 

「あー、……まァ、そりゃあ良かったねんけど……ウチ、特に何かやったつもりはないねんで?」

 

「さて、何がご主人様の琴線に触れたのやら。正に神のみぞ知るとゆう奴かな」

 

ほくそ笑むナズーリン。彼女は美奈歩との出会いに、瑞祥のような喜びを感じ取っていた。

その瞳は主であり友である者への慈愛に溢れている。

普段であれば、ゆめゆめ自制を怠らぬよう心掛けているナズーリンではあったが、その心中からは静かな喜びが水のように溢れ出てしまう。

無論、それを態々主に伝える必要性はどこにもない。星の到来に際し、ナズーリンは素知らぬ顔を被っては即座に口を噤んだ。

 

「上池田殿に、何か失礼を働いてはいないでしょうね?」

 

「まさか。それとも、ご主人はこのナズーリンをお疑いか?」

 

「いえ、そういう訳ではないのですが……ああ、そういえば、上池田殿はどうしてこのような場所に?」

 

やおら真剣な色合いをその瞳に宿すナズーリン。彼女にこう言われては、星も立場がない。

鼠妖怪めが毘沙門天より賦課されし監視役である事は疾うの昔に承知している所であるが、その垣根を飛び越えて、今や二人の間には固い絆が存在していると星は自負している。

故に、ナズーリンが己の臣を持ち出したとあっては、自然星もそれ以上の追及はし辛くなってしまう。お為ごかしとばかり、俎板に美奈歩が乗せられる。

 

「――――そうやった」

 

扨て、美奈歩はといえば、星のその言葉を契機に、再度セルキーに詰め寄る事となった。

お鉢の回ってきたセルキーの悲愴たる面持ちは如何なものか。感情の爆発した美奈歩によって、たわんだ襟首が締め上げられるのにそう時間はいらなかった。

 

「い、今、試合はどうなっとるんや!? ウチの試合はまだやろうけど、パステルナークと魔理沙の試合が……」

 

「おおおおお、落ち着いてください! 大丈夫です! まだ第一試合が終わったばかりですから!」

 

「あ、またやってしもた」

 

間抜け面が面目躍如した所で、セルキーはようやく解放感を覚える。

途端にその馬脚を現し始めた美奈歩の謝罪行脚を引きつった笑みでとりなすと、セルキーは唐突に思い出したと言わんばかりに、

 

「そ、それでですね! 上池田選手! スマートフォンをお持ちでしょうか?」

 

「そりゃもっとるけど……ああ、確か試合開始直前に貴重品をスタッフに預けるんやったっけ?」

 

「あ、そちらの方は時間に余裕がありますのでまだ大丈夫かと思われます。えっとですね、『中央』公式ホームページの方からバベルの塔の地図アプリをダウンロード出来ると思うんですが」

 

「ぶふっ」

 

「? どうされましたか?」

 

「や、ちょ、ちょっとな……。あ、悪魔がパソコンやらスマホを巧みに操ってん想像して、つい、なははは、こりゃあかんわ」

 

「あ、そういう偏見よくないと思います! それに、ヴェパール様達は長生きしてますから、ハイカラな玩具を結構楽しんで使ってるみたいですし!」

 

美奈歩の率直な感想はにべもなく振られたが、果たして彼女が持つそれは案外的を射ている。

今や経済紙を席巻する話題の一つではあるが、人間種に比べ、妖怪や悪魔といった手合いに対するスマートフォンの普及率は芳しくない。むしろ、忌避されていると言った方が正しいだろう。

これはスマートフォンを始めとするテクノロジーが、産業革命やルネッサンス期に巻き起こった人間中心主義など、所謂人が神やそれに類する者への畏怖を忘れ始めた時代を想起させるからであろうと専門家は主張しているが、未だに議論は暗中を抜け出せずにいる。

しかし、新種とも呼ばれ人の姿である事を平時とする『大召喚』後生まれの妖怪妖魔達、並びに世界経済のトップに君臨する以上それに対応せざるをえない『中央』本部の者たちはスマートフォン各種を積極的に活用していた。

前者は常識として、後者は必要に駆られてと違いはあるものの、両者共々その利便性を認識している点を鑑みれば、そこまで大きな差異ではないだろう。

美奈歩としても、スマートフォンの普及率は甚だ大きな問題として念頭に存在する。

何せ、遊びの約束をつけるにつけても、通信端末の一つがあれば簡単に連絡を取る事が出来るのだ、加速化する時代の波を感じずにはいられない。

無論、美奈歩の周りでも持ち合わせていないのは、文字通り脳味噌で代替出来る倉雲・化光や、この手の代物に煩わしさを感じている修羅道・梅夜など僅かな数に限られてくる。

扨て、人間種たる美奈歩のスマホ使いたるや正に巧みの一言に尽き、滑らかな動きで画面を『かき回す《フリック操作する》』と、ものの数秒で中央公式ホームページにたどり着いた。

が……駄目っ……!

途端に、美奈歩の眉が怪訝そうにゆがむ。

 

「何やメンテナンス中みたいやけど」

 

「? おかしいですね、そんな連絡は来てないんですが……ちょっと、上の方にかけあってみますね」

 

「あ、その前に試合会場の方に連れてってくれへん? 魔理沙達の試合はまだみたいやけど、他の選手の戦いぶりも見ときたいしなァ」

 

「あっあっ、そうですよね、それでしたら」

 

その言葉を皮切りに、集団は一同に移動し始めた。

海豹が先頭を行く。流石は今大会のスタッフというだけあって、その足取りに淀みはない。

時折スマートフォンに目を落とし、その都度道を確認しているのはご愛嬌であろう。

美奈歩はその可愛らしい後姿に目を向けつつ、ふっと湧いて出た懸念を口の葉に出す。

 

「そういや、星サンは」

 

「星で結構ですよ」

 

「や、それやったらウチも美奈歩で構わんって。てか、上池田殿って仰々しい言い方、こそばゆくてかなわんわ」

 

「まぁ、貴方がそう言うのでしたら。それで、どういうご用件でしょうか」

 

「や、星サンは何で大会に出ようおもたんか、ふと考えてな」

 

「ああ、その事ですか」

 

得心いったという風の顔つきを見せると、星はここに至るまでの経緯を語った。

その口調は不思議と淀みなく、湧水のように流れ出る言葉に星自身不覚をとったと言ってもいい。

己の思いのふちをこうも赤裸裸に語る事になろうとは、彼女自身予想だにしなかったのだ。

こうなれば不幸な定めを迎えるのは美奈歩の方である。彼女はやおら神妙な面持ちを露わにして、

 

「……面白そうって気分で参加した自分が恥ずかしくなってくるわな」

 

「何故でしょうか?」

 

「何故って……」

 

「己の成そうとする事、詰まる所、掲げる正義に貴賤などありません。善の反対は不善ですが、正義の反対は、また別の角度から見た正義なのです。どちらも正しく、どちらかに非を求めてみても不毛な結果が広がっているに過ぎません」

 

「おお、さすがはご主人だ。一介の虎に過ぎなかったお方がこれほどまでに成長しようとは。いやはや、水至りて渠成るとはよく言ったものだ」

 

「ナズーリン。今は茶化す場面ではありません」

 

「これは失敬」

 

得たり顔で我が事のように喜びを口にするナズーリンを、星は至って平静な顔で戒めた。

主従の掛け合いを余所に、美奈歩は星の言葉に思うところがあったらしく、途端に黙り込んでしまう。

顎に手をやって考え込む美奈歩。未だその相貌には神妙な面持ちを携えている。

 

「さっきの話の続きなんやけど」

 

「ええ」

 

「正義に貴賤はないって話やけど、例えば――そうやな、ガキん時考え付いた、それこそ仮面ライダーになるとか、ウルトラマンになるとか、そんなもんでも正義に成りうるんか?」

 

「ええ。結局、正義たらんとするものを成り立たせるのは、個々人の思いの強さです。誰に何を言われようと、その思いを固持し続け、面と張ってこれだと言う事が出来るどうかが要と言えるかと。……失礼なようですが、何か心配事でも?」

 

「うん、ちょっとな。ずっと昔に立ち別れになっとった人と、近々会えるかもしれんねん。……それで、その人に会って、ウチは昔から変わらんままここまで来れたゆーんを、ちゃんと言えるかどうか不安になってな」

 

「恋人かい? 泣かせるじゃないか」

 

「うーん、そない簡単に言い表せる仲やったら、もっと楽やったんやろうけど」

 

「……つまらん。もう少し慌てふためいて見せても良いだろうに」

 

ナズーリンの好奇に満ちた視線はあわよくばとばかりに目ざとくぎらついたが、結局のところ大暴投に落ち着いた。途端に面白くなさそうな顔つきでそっぽを向いてしまう。

この一連の行動に、小言の多い主人も一時はその眉間を険しくさせたものの、美奈歩のはにかむような笑みを前にしてその思いは霧散した。

星は蒼い目で美奈歩の事を見つめる。

『大召喚』後の世界において、人界は未だ末世澆季の気風に溢れているというのが星の考えだ。二十年というさほど短くない時間をもってしても、人間類に刻まれた災禍は癒されていないというのが実情であろう。

しかし、この上池田・美奈歩は違うと星は断言する。

確かに、美奈歩が幼少期を混沌の中に過ごし、『大召喚』経験者ほどではないにしろ、その道のりには暗い影がこびりついている事は紛れもない事実だ。だが、それを彼女は未熟なりにも乗り越えている。そこに星は感銘を受けた。

成るほど、星が信奉する聖・白蓮はあらゆる面で完璧であり、それと比べれば美奈歩はやたら未熟が目立つ――だからこそ、良いのだ。星はその事を再確認する。

 

「なんにせよ、美奈歩さんの待ち人も、変わらぬ貴方を歓迎してくれると思いますよ」

 

「……うん、あんがと。星サンと話せて良かったわ」

 

「お役に立てたようで何よりです」

 

「うぉっほん。ごほん、ごほん」

 

唐突に吐き出されたナズーリンの咳は、あんまりにもわざとらしい。

彼女は二人の注意を引くと、人をからかうような笑みを携えて、

 

「うおっほん。扨て美奈歩嬢。君はどこまで行くつもりなんだい?」

 

「どーゆう意味や?」

 

「今回の大会の事さ。ご主人様は君の事を買っているようだが、あいにく私は君の事をよく知らないからね。決意表明の一つや二つしてもらわなくちゃ、応援の仕様がない」

 

 

はかるようなナズーリンの視線を星は見咎めたが、彼女が行動を移すよりも早く、美奈歩が力強い声と共に宣言す。

 

「勿論、狙うは優勝や!」

 

「……不覇覇。取り敢えず、大言壮語でない事を祈っておくかな」

 

「期待に恥じぬ働きをってな。まぁ、よう見とき」

 

差し伸ばされた美奈歩の拳に合わせるようにして、五指の丸まったナズーリンのそれが宛がわれる。

従者の不遜な発言に、一時は星もすわ一大事とばかりに眉を顰めたものの、この成り行きに渋々口を閉ざすに至ったようである。

扨て、談笑する二人から視線を外した星が、よくよくちょっかい《手先》が回りはじめたセルキーに気付いたのはその時だ。

スマートフォンをいじくりまわすセルキーに、声をかける。

 

「もし。如何しましたか?」

 

「あ! えっとですね! どうやら第二試合が今終わったみたいです! 一発KOだったみたいですね!」

 

美奈歩に鬼の角が生えてしまうのも致し方ない、セルキーの天然っぷりである。

  

 

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