不思議町の不思議な住人たち。   作:赤目のカワズ

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足洗邸へ来る押し売り。

朝っぱら。

瞳を開きます。

本日快晴雲なし、雨なし雨ふらしなし。

本日もいざ行きましょうや、奇想天外たるいばらの道。

はてさて、田村・福太郎の朝は困難から始まりまして。

傍らには、これはまた別嬪さんが、すこやかに眠っているではありませぬか!

 

「なななっ!」

 

寝床から文字通り跳ね起きる福太郎。

昨夜竜造寺管理人から鍵を受け賜わったこの男、本日より八号室の住人として心機一転と意気込んでいた矢先、何と見知らぬ女性と同衾を果たしやがったのであります。こんちくしょうめい。

さてさて、福太郎の寝床に居座るこの女性。福太郎にはさっぱり記憶にない、ご存じ申し上げない人物にあります。

当初はあの天井下めが、何某かのキテレツぱぅわーを使いまして、忍び込んだものと思いもした所ですが、本当にご存じない。どなたでありましょうか、このキテレツ娘めは。

すぅすぅと快調に寝言をたてますは、これはまあめんこい女の子。

ちょこんと頭頂部に括りつけられた山伏帽子が可愛らしい。義経公よ、これはあなたのお仲間か?

 

「あー……」

 

思わず目をそらしてしまう紳士福太郎。

短いスカートがめくれ上がって、その中をちらりと覗かせているではありませんか。福太郎にとっては困るばかりである。

そして更に言いますれば。ついでに言いますれば。

これが一番の特徴。

 

何とまあこの娘っ子。

背中に見事な、一対の黒翼を持ち合わせているのだ。

ぶっちゃけますと、福太郎の寝床は羽にまみれてる。誰が掃除するのか。福太郎でありましょうええそうですとも。自己主張の激しい黒翼から眼を反らしていたのは、暗い現実が深淵より覗きこんでいるから。

 

渦中の娘がねぼけまなこを擦り始めたのはその時である。

 

「んん」

 

「お、おお?」

 

「ん……」

 

「……あー、……おはよう、さん?」

 

半ば諦め半ば自棄。二つあわさりゃ、自暴自棄。

にっこり笑みで挨拶をかけたるは福太郎。覚醒した女子は、それに対し涙で答えなさった。

 

「……ぶわっ」

 

「へ」

 

「しくしくしく。ああ、しくしく」

 

「えー……? ちょ、ちょいまち。ちょっと、いやかなり、何がおこっとるのかわかりません!」

 

「しくしくしくしく。無理矢理襲ったくせに、酷い方……」

 

「どぅえ!?」

 

悲壮にあけくれた、といった風なたたずまいで顔を抑える聖少女。ああ、いたわしやいたわしや。

福太郎という男、なんと外道極まる。今生にて、蜘蛛の子一匹尽くを踏みつぶすド畜生であります。どけいどけい、この糸は俺だけのもんじゃ。

とまあ冗談はさておき、福太郎にはさっぱり分からない話である。晩酌の相手を務めた覚えもありません。酒の勢いに身を任せた覚えもありません。

 

思わずすっとんきょーな声を出してしまうのも無理はありますまい。

齢二十七になりまするは男田村・福太郎。

拝啓おじいさん、おばあさん。

生まれてこの方、同意なくして至った事は一度もありませぬ。

しかしてどうであろうか。少女の涙を見よ。

哀れ涙で顔を濡らし、己の不幸を嘆いている。

 

男福太郎よ! 責任とらで、何が男か! 玉ァ引っこ抜かれたいのか!

 

「あ、あはん、うふん?」

 

「あはんうふんでした……」

 

「ぱ、ぱふぱふ?」

 

「イエース、ぱふぱふ……」

 

「おー……」

 

あめりかないずされた溜息がついつい漏れる。

さっぱり記憶にござらんが、昨夜の福太郎は獣なうえ、相当にマニアックであったらしい。ぱふぱふ。ぱふぱふ。あんたも好きねい。

否否否。

 

「いやいや、貴方は本当にどこのどなたで?」

 

こんとちっくなお話は傍らにおいといて。

ふと頬を通り抜けた風に気がつくと、福太郎はそちらに目をむける。備え付けられた窓が開けっぱなしになっている事が目に入った。目に入ってしまった。

 

回想するのであれば、就寝時に戸締りにと視線を向けた際、確かにそれは閉じていた筈だ。さてさて、それは福太郎の意識の覚醒に一役買ったに違いない。朝方の風はまだまだ寒気を帯びている。

何時に潜り込んだまでは預かり知らぬ所であるが、彼奴はここから入り込んだのだろう。

 

「あらあら、本当にご存じないと?」

 

「ええ、まあ、はい」

 

ぱぱっと、立ち上がる少女。先ほどの涙が嘘のよう。

幾分ぼさぼさに生い茂っているようにその黒髪が見えるのは、立派な翼で空を瞬いている為であろう。

いくら櫛で整えた所で、敵わない筈だ。次から次に、風が彼女に襲いかかるのだから。否、共に風と踊るためであろうか?

 

「あやややや、まったくもって酷いお方です」

 

「はぁ、それはどうも」

 

「ではでは、これを見てもまだそんな事が言えますか?」

 

「そ、それはぁ!」

 

懐から取り出したるや、ぽらろいどで現像されたらしい一枚の写真。何とそこには、寝静まった福太郎の隣でキメ顔ぴぃすを決めている少女の姿があるではありませんか!

 

「これをバラまかれたくなかったら、言う事を聞いてもらいましょうか」

 

「ぐぬぬ……」

 

「そうですね、ひとまず三カ月。今なら洗剤もつけます」

 

三本ほど立てられる指。不敵な笑み。

どうやら、ここにて田村・福太郎の大冒険は終わりの様だ。

 

「…………」

 

「…………」

 

「……って何やねんアンタ。新聞の押し売りかいな」

 

緊張は一気に氷解。ふぅと溜息一つ。髪をかきあげ。つまらぬ結末である。

どこぞのエロ小説家であったならば、これを面白おかしく書き立てるのであろうか。いやいや、二束三文でちり紙交換に出すしかありますまいに。

寄せ眉毛の福太郎に、押し売り業者は満面の笑みときた。事態をとんと分かっていないご様子だ。

 

朝方の訪問者は、鴉天狗、とよばれる部類の存在であった。真っ黒の翼が語るを無しに、それを証明している。さてさて義経公よ、お主に稽古をつけたのは、こんなめんこい、おなごの天狗でごじゃったか。

 

やる気を全くもってなくしている福太郎に対し、これは好機と勘違いして、鴉天狗は交渉とーくで忙しない。

 

「またまた、そんな風に言わないでくださいな。一家に一つ、文々。新聞! これを持っているだけでアナタも幸せに!」

 

「どこのブレスレットやねん」

 

現代の押し売りがここまで進歩していたとは、年月の経過は悲しくなるほど早い。よもや、女を武器に使うとは。辟易した、といった風の福太郎の突っ込みは哀れ空を切る。のれんに腕押し、糠に釘。鴉天狗の押しは強い。

この世界はどうなっていくのでありましょうかと、賢者然として福太郎が思慮におちいりくさっていると、

 

「ああ、そうそう。まだ自己紹介の方がまだでしたね。私、射命丸・文と申します。以後、よしなに」

 

「あー……田村・福太郎っス」

 

「ちょっとお待ちを。どうしてそんな気だるげなんですか?」

 

「はは、そうっスかね」

 

社交辞令スマイルは現代人の性か。根なし草の福太郎にすら自然と備わってしまっているのだから。

ここで紹介されましても。ここで紹介されましても。射命丸・文に対する評価は変わるものではない。事実、福太郎死んだ目はどこを見てらっしゃいますのやら。さっさと御帰宅願う、という一心であるようだ。

 

「その、射命丸、サン?」

 

「あやややや。そんなご無体な。親しみをこめて、文とお呼びください」

 

「んじゃあ文さん。今度からはその、玄関からお願いできます?」

 

そもそも、不法侵入する時点で御法度なんでございますけれども。ございますけれども。

 

「まあ、そうですか。しかしですね、これには非常に、非常に深い訳が」

 

さも悲しげに語り始める射命丸・文であるが、福太郎の眼は冷たい。

へーへーほーほー、それでそれで? そうでっか。

そもそもの話。

この押し売り天狗はいかようにして、足洗邸の新住人に勘付いたのであろうか。ブン屋の鼻とはどうにも度し難い。

悲劇を高らかに謳っている文を無視して、福太郎が思わず尋ねるのも、無理はない事であろう。

 

「ああ、偶然お会いした、霧雨・魔理沙にですねえ」

 

おーおー、あの魔女っ子サンにあらせられますか。

福太郎にとっては空中飛行の貸しがあるとはいえ、よもやこんなものを寄こさなくても。

はぁ、と脱力する福太郎であったが、笑うせぇるすうーまんはとんとこの場を動きそうにない。どうでっかお一つ? どうでっかお一つ? 試食こーなーのおばちゃんにあるまいに。

輝く笑みとは対照的に、沈んだ脳味噌のままの福太郎は、どことなく気だるげだ。

三千世界の鴉をぶっ殺しまして、さっさと飯にありつきたい。

 

片手に話をきいてみると、この射命丸・文という女。

あらかたの不思議町住人に、とりあえず声をかけてみる事にしているらしい。

そりゃあまあ、自分んチの庭に黄金が埋まっていないとは限らない、誰にも断言出来やしない。

どなたかが購読者になってくれる可能性は、なきにしもあらず、だ。

 

「昔は、そんな必要はありませんでしたけどねえ」

 

「はぁ」

 

「いえいえ、こちらの話です。さてさて、購読の方、お願いできますか?」

 

「どう言う意味で、さてさて、なん?」

 

「まあまあ、それを私に言わせるおつもりですか?」

 

ばさりばさり。

ああ、この問答のあいまにも、足洗邸は八号室の床は汚れていく。まっくろっけっけのまっくろくろすけ! 

そりゃあ、空の支配者たる黒翼にとってみれば、こうまでに窮屈な思いはした事があるまい。ばさりばさり。俺ッちは風を感じたいんでい。主人と同伴するかのように揺れ動く翼は福太郎の返答を今か今かと待ち受けていた。

 

自己主張の激しい翼だ。妥協に走った福太郎が、思わずそちらに目をつけてしまうのも仕様がない。

 

「……ハァー。しようのないお方ですなぁ」

 

「おお、それではそれでは?」

 

「……その代わり」

 

「はてはて」

 

「一つ、条件をつけさせてもらっても?」

 

「まあまあ。どうぞなんなりと」

 

ここまでくれば、しめたもの。

多少の無理でありますならば、何でも? あ、答えてみせましょう。

内心ほくそ笑む鴉天狗であるが。

対面します、この人間。ちょいと具合が他とは違うのです。

 

「……その翼」

 

「翼?」

 

「触らせてもらえません?」

 

「はて?」

 

素っ頓狂な声を上げたのは、今度は文の番であった。

齢百をゆうに超えた腐れ婆でありまする鴉天狗も、これには困った。

交渉材料にこんな事を言いだした輩に会ったのは初めてであったからである。

もじもじ。もじもじ。

ああっとこいつぁ雨が降る雹が降る雪の降る。てぇへんだ、てぇへんだ、あの鴉天狗様が少女よろしく赤面していらっしゃる。これこそホントに、一面を飾る重大事件でありますまいか?

 

「どないでしょう?」

 

「はぁ、なるほど。さいでさいで。まあ、別にいいですよ? はい、ええ、その、ねえ?」

 

もじもじ。もじもじ。

人差し指を心寂しげに交差させる文。

しかして、彼女がどれだけ躊躇を示しても、時は止まってくれない。

ああこの場から逃げ出してしまいたい。雲耀の早さで。

 

「では、失礼させていただきまっせ」

 

「ひゃんっ」

 

すっと伸びてきた魔の手に、らしくもなく声を上げてしまう文。何処ぞのおぼこや。

演技もここまできますと、技巧が目立ってくさいくさい。

この分では、本当に眠りについていたのかどうかも定かでない。

 

さて、福太郎はと言いますと。それはもう舐めまわす様にその黒い翼を触り始めた。

骨、肉つき。丹念に丹念に。ええもう、それはえろっちくに。

 

「ほーほー? 意外と……」

 

「い、意外となんですか!?」

 

「感覚とかあるほうなんで?」

 

「そ、そりゃあまあ」

 

「お手入れの方は?」

 

「そりゃまあ、人並みに」

 

「と、いいますと」

 

「専用のサロンに向かいまして」

 

「ほーほー、このつや、なるほど」

 

さわさわ。さわさわ。

むずがゆくてたまらない文をほっぽりおきまして、福太郎の触手は止まらない。

さわさわ。さわさわ。時と場所が違いましたなら、どこぞの天井下が唇を尖らせていた事だ。

どのくらいの時間が経ちましたでしょうや。真赤に張れた顔で文が遠慮がちに口を開く。

 

「そ、そろそろいいのでは?」

 

「あ、はい。十分満足です」

 

「まったくもう……体目当てで購読される方は初めてです」

 

「す、少しばかり語弊のある言い方ですなあ」

 

「ああ、これから私は新聞を運ぶ度にえろちっくな目に……」

 

「いやいや、そんな事は」

 

「…………」

 

「…………」

 

「……ああ! これから私は、新聞を運ぶ度にえろちっくな目に!」

 

「そいつは大変ですなぁ!」

 

いやんいやんと体をくねらせる文。のっておくのはコントの常識か。

 

「さてさて、それではこれがこの度の文々。新聞です!」

 

「はぁ」

 

手渡されるは、紙媒体。

どれだけ世界が進歩しても、これがなくなる事はないだろう。手で文字を書くことがなくならないように。

文々。新聞、と大きく題したるは、昔風に言いますれば、小新聞と呼ばれる部類であった。

良く言えば、娯楽に富んだ。

悪く言えば、パパラッチのスッパ抜いた真偽定かならぬ戯言。

 

その文字羅列に目を通していると、とんとんとんと、射命丸が窓に足をかけていた。

用が済めば、ここにいる必要はありますまい。ただでさえ、鴉が家に入っているのに目くじらを立てる人種は多い。

しかしてしかして、お待ちなすって、闖入者。落し物がございますよ。ええ、そうですとも。あなたのすぐ後ろです。まっくろい羽がそこらこちらに。

 

「それではこれにて!」

 

「ん、ああ、はい……」

 

哀れ人間。あやかしにたばかれるは世の常か。糞をしこたま食わされるよりはマシやもしれぬが。そこの狸畜生め、次におうた時はてっぽで撃って、焼いて煮て食ってやる。

新聞に目を向けるばかりに、足元の異変を陳情するのを忘れてしまっている様子。

 

「ちなみに私が個人訪問しましたのは、管理人に押し売り禁止と出入り禁止を言い渡された為です! それでは! いざ、雲耀の早さまで!」

 

疾風怒濤。羽ばたく翼。駆けるその躰。

またたく間に射命丸・文の姿は見えなくなった。

残されますは、福太郎、新聞。そして大量の羽である。

片づけるのは? ええはい、残念ながら福太郎めでございます。

 

「……『星ノ切符《アクショーノフ》』、またやった? ……なんのこっちゃねん」

 

所で、無駄に事細かに書かれた事は信用せぬほうが身の為のようだ。

知識とは何か? 聞き知った事が全てはごじゃりません。

百聞は一見に如かずとは、よく言ったものでして。

 

「……うお、これ、どないしよう」

 

今更ながらに気付くは、部屋の惨状。

押し売り新聞記者の購読はこれきりにしてもらおう、思わずそう決断するをえないほどである。

こうるさい仔猫との対決を避けたばかりに、文々。新聞の運命は急転直下である。

 

「まあ、後回しで、ええか……ええかな」

 

身支度を一つ。朝っぱらから汗のしたたる労働に回りたくもない。

それに、もしかしましたら、『邸ニ潜ムモノ』が何とかしてくれるやもしれませんし。

他力本願である。ああ、自らの責務から解き放たれ、地上に。

 

ぎぃ、ぎぃ、ぎい。

 

床を踏む。

お隣の七号室は、嘘のように寝静まりかえっていた。

 

ぎぃ、ぎぃ、ぎぃ。

二階から一階へ。

 

「あ? どっか行くのか?」

 

「ん、画材買いにな」

 

新聞片手に福太郎が降りると、義鷹と八雲・紫が暇そうに茶を飲みくらっていた。

 

「ああ、そういや、絵描きだどうのこうの言ってたっけか」

 

「まあ商売道具がありゃせんと、何も始まらんからね」

 

「私も、お酒がないと始まりませんの。ご一緒のようでして、まあ嬉しい」

 

訂正が必要でございましょう。紫が飲んでいるのは酒である。

何時の日か、樽ごと飲みほしている場面に会ってしまいそうで、福太郎は肝を冷やした。

ああ何と淑女然としているのでごじゃりましょう。

ラッパ飲み。ラッパ飲みである。瓶の口に直接吸いつきまして、ごくりごくり。

ぷっはぁ。

 

「……紫サン、ほどほどにしといた方がいいっスよ」

 

思わず忠告。彼女の限界量など分かったものでもないが、何事ももらいすぎ、やりすぎ、食いすぎ、飲みすぎは危険に陥りやすい物である。

鬼もかくやといった酒豪ぶりも、場所と時によっては、人に引かれるばかり。

しかしてこの反応は悲しい事に、新参者故の、正にうたかたに近いものであった。のれんに腕押しという意味でありまして。

 

「言うだけ無駄だ。こいつは酒がまわっている時の方が普通だからな」

 

「あらあらまあまあ。酷い事を言いますのね。どうです、お一つ?」

 

「…………」

 

「あげるわけがございませんわ」

 

うふふのふ。笑う紫に白ける義鷹。

今の所は紫が一枚上手か。いやいや、単なる偶然である。

ぐびぐび、ぐびぐびぐび。

 

「ニャ」

 

「あ、管理人サン」

 

現れるは竜造寺・こま。歩くたびにがりがり爪がひっかかり、何とまあ忙しない。

颯爽と現れた彼女はめざとく酒瓶と――新聞を取り上げた。

 

「おろ」

 

「あら」

 

「どちらも体に悪いニャ」

 

酒はまだ分かるとして、新聞が人体に悪影響を与えるとは初耳だ。

いやんいやんと駄々をこねる紫を片手でおさえるおこま。もう一方にはおこま曰くであるが、LEVEL4ウィルスが抱えられている。感染=デッドの代物だ。エボラ熱並みである。

さてさて、ここに朝方から某所に出かけている望月・玉兎がおりましたなら、こう申したでしょう。

 

『鴉天狗が押し売りたぁ――おちたもんだね。ふふふ』

 

それに対する射命丸・文の反論はこちらである。

 

『おやぁ? 何か聞こえますねぇ? これは……おお、そーですそーです! 発情小説家のラビット・望月大先生じゃあありませんか! いやはや素晴らしい、私も自分の作品に惚れぼれする事は多々ありますが、自分の作品を実用にするラビット先生にはとてもとても勝てません! よっ、秀真のエロ大将! 万年発情期!』

 

『誰がラビットだってえ!? ああん!? 喧嘩売ってんのか!?』

 

つらいつらい時期のデビューネームを呼ばれる事が大の嫌いであると、福太郎が知るのは後の事。

ここにお二人がいらっしゃらなかった事は福太郎にとって幸せな偶然です。巻き込まれますので。玉突き事故にあいますので。

 

「あら……それ、天狗の……」

 

「ああ、さっき、もろうてしまいまして」

 

と、今の今まで一升瓶にしか眼中になかった紫が、ふと声を上げる。

文々。新聞、であったか。

福太郎の預かり知らぬ所ではあるが、八雲・紫にとってそれは知己に繋がる代物である。

そう、かつての――

 

「ふふふ……彼女も私と同じ」

 

にやり。八雲・紫が笑う。

それは。

かつてのような。

怪しげで。

面妖で、うさんくさい笑みを彷彿とさせた。

勿論、他の住人にとっては預かり知らぬ所である。

 

「過去《じぶん》が、後ろをぴったり歩いている」

 

くすくす。くすくす。

しかしてそれは、八雲・紫自身に突きつけられた皮肉でもある。

 

「あら、足洗邸《諸国民のお宿》にいる私の方が、タチが悪いのかしら?」

 

さてさて、どなたか、どなたか。閑話休題と行かせていただきましょう。

お一つ、お付き合いくださいませ。

 

竜造寺・こまの過去を知っておりますでしょうか。

 

メフィスト先生――メフィスト・ヘレスの過去を知っておりますでしょうか。

 

味野・娯楽の、田村・福太郎の、笠森・仙の、望月・玉兎の、義鷹――須美津・義鷹の。

 

どなたか、過去を知っておりますか。

 

はてさて、誰からの思惑はあれ、当人たちにとっては。

 

過去などどーでもいい話なのであります。

過去《じぶん》からは、きれいさっぱり、足を洗っているのであります。

 

確かに、過去→現在なのでございましょう。過去という礎が、現在を形どっているのでございましょう。

しかして、彼らの生きますは、現在であって、過去では決して、決してない。

足洗邸は、そのためにございますのに。

 

過去を振り返れば、淡い思い出がそこにある。

都合のいい話を咀嚼すれば、それはまた極上の気分に。しかし、その当時ほどの感動はない。

忘却していく苦い話は、当時ほどの感情を思い出させまい。

 

過ぎ去ったそれらは、決して、決して帰ってこないのだ。

決して。

 

ああ、だというのに、なんと八雲・紫の愚かな事か。

 

人形を作っても、彼女は帰ってこないと言うのに。

 

彼女の愛した幻想の郷は、決して帰ってこないというのに。

 

残骸にしがみつく、憐憫たるは大妖怪。

 

無を有にする、人生の変更点。

黒を白に。死を生に。悪人は善人に。

足洗邸は、そうゆう場所でございますのに。

 

八雲・紫は、未だに過去に生きている。

二十年前の残影を、未だに追っている。

 

その足は、まだ洗えていない。

 

「どこに、出かけるのかしら?」

 

「あ、画材買いに」

 

「まあ、それじゃあ商店街の方ですのね。お酒……お願いできるかしら」

 

「駄目ニャ。紫は、休肝日を作るべきニャ」

 

「あらあらまあまあ」

 

くすりと笑みを一つ。どなたも、紫を蝕むそれを尋ねない。

過去など、どーでもいいのでありますから。

 

「そんじゃま、俺は行きますんで」

 

手持無沙汰になった福太郎。新聞も取り上げられてしまっては、当初の目的に向かって猛進するしかあるまい。

玄関戸に向かおうとした福太郎の背に、声が掛かった。

 

「あ、そうニャそうニャ。一つ、頼まれてほしいニャ」

 

「ん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

J・ゲリマンダーは、世間一般的に亜人種と呼ばれる部類にある。

鰐。彼を現すのにこれほどぴったりな言葉はありますまい。

二足歩行の鰐に、何筋もの金ピカネックレス。こじゃれた三つボタンのスーツを身につけまして、メタリックアタッチメントを上あごに。

鎮伏業を営む彼の代名詞であるハンター・ネーム、『竜の歯《フレデリック》』を名乗りあげれば、知る人ぞ知るという人物像が浮かび上がる。

 

さて、現在彼が興じているのは『ファイターズ・ストリート』なるものである。

 

文字通り、熱く険しい格闘者達による死闘。とまあ大時代に言ってみましたが、実際の所は暇人どもの戯れごとにございます。

 

一部では賭けごとと混ざり合いまして、それはもう盛況ぶりを見せているそうですが。

 

壁面に設置された擬似ライフゲージを、小技、中技、大技、超技をもちいまして、制限時間内に削り合うお遊び。ジャッジをするのは、伝説の審判たちのクローン脳。彼らの慧眼が、技の大小を見極めているのだ。

 

プレイ費はたったの百円。良心的な、正に『易い闘技場』。地域によって細かいルールに分かれるそうですが、彼がおりますは外区。『中央』から離れた幾分緩い規則ではあります。

参加者は鎮伏業を営む自身の知名度をあげるためハンターネームを使用する場合も多いが、専用のファイターネームを使う者も。有名どころと言えば、『戦國魔人』、『浪速天使』、『アウトバーン』と言ったところか。

 

「おおっとぅ! 『竜の歯《フレデリック》』、マウントポジションだぁ!」

 

黒子を模したレフェリーの叫び声が迸る。

試合は正に佳境。挑戦者側《ツーピーガワ》に山乗りになったゲリマンダーの殴打殴打、殴打の乱舞。みるみる減っていくライフゲージ。どうやらこれは、超技の部類にあたるらしい。地味であるが。

 

武器の類は付けてないとはいえ、大型の亜人種の拳を浴び続けては長くは持たない。

挑戦者は腕を重ねて辛くも防御しているが、その具合は大分悪くなっている。

このままでは、ゲリマンダーにいいようにしてやられ、その勝利のおたけびが迸るのもそうは遠くない。

体力がデッドゾーンに突入しようとするのを止めたのは、煌く一閃であった。

 

「ぐぇ」

 

爬虫類の潰れたような音がする。

次いで、あたりを、ヤジ馬を見渡せば、一部の方々が股間を抑えているでありませんか。

玉、ひゅん。

挑戦者の行いに辿り着くには、何とも大きな手がかりである。

 

「て、テメエ!」

 

「うぇ、ぐにゃって感触がまだ残ってる~」

 

金的攻撃。

出産が、鼻からスイカを出すなどと形容される事はよくあることだが、ああ、この痛みをどう形容すればいいでございまっしょい?

コンクリートに押し付けられていた『彼女』が、攻に夢中故にノーガードであったゲリマンダーの下半身に対して与えた反撃は、容赦のないものであった。

レフェリーの判断は、『超技』。

地味であるが、紳士諸君にとっては恐怖そのものである。

 

「ぶち殺してやるゼェェェ!」

 

怒る鰐。

しかして挑戦者が行った事は。

 

「姉さん~、たーっち」

 

「ん」

 

「頑張ったわね」

 

「おーとっ! ここで選手の交代です! リリカ・プリズムリバーにかわりまして、ルナサ・プリズムリバー!」

 

「……っておいおい、ちょっと待ちやがれ!」

 

戦闘体勢をとる挑戦者に対し、狼狽を露わにする対戦者側《ワンピーガワ》。

怒りもどこにいったのやら。そこにいますは、審判にケチつけるフーリガン。

 

「審判! チーム戦なんて聞いてねえぞ! こっちにゃ一人しかいねえのに! それに、何でライフゲージが元に戻ってやがる!?」

 

「はぁ……しかしですね、H・N『会議ハ踊ル《シャレル》』は三人で一人らしいので」

 

「あぁ!?」

 

「…………」

 

「ぐおっ!?」

 

「おおっとぉー! パロ・スペシャルだー! これは抜け出せない―!」

 

「頑張れ~、姉さん」

 

「今日は赤飯にしましょー!」

 

「…………しばらく見んうちに、随分ルールが変わったんやなぁ」

 

鰐人と少女の戯れを遠目に見つめる田村・福太郎。立ち上る紫煙さえも、どこか呆れ気味だ。

彼は己の目的、商売道具の入手を果たし、お使いも完了した所であり、帰路の途中にあたる。

こつこつこつと、その場を通り過ぎる。福太郎の後ろの方では、少女の勝ち鬨があがっていた。

 

「あ? 福太郎じゃん」

 

「玉兎やん」

 

ばったり。

六号室の、望月・玉兎である。

挨拶もそこそこに、何を思ったか玉兎はさっと手を伸ばす。

 

「一人で出歩いて、誰かにたかられても知らないよー?」

 

「今まさに、たかられた所でございます」

 

福太郎愛用の煙草《joker》をかっぱらいまして、口元にてすぱすぱ。

曰く、誰かが吸っているのを見ると、無性に吸いたくなるのだとか。

 

「……このタバコ、マズー」

 

「吸い終わってからいーなや……」

 

どことなく見覚えのある、路上設置のはいがら入れ。その丸みを帯びた頭頂部にて煙草の先端をすり潰す。ぽいっと玉兎が投げ入れれば、男女の唾液を吸ったそれは闇の中に消えた。

 

「所でアンタ、どこ行くの?」

 

「もう用は済ましたトコや。画材屋で、油絵の絵具と、キャンパスをな。それと、管理人サンからのお使いもすましたトコ」

 

「ふーん? 私も帰りなんだケド、メシでも食いにいく?」

 

「残念。さるお方におごってもらいました」

 

「ちっ!」

 

「いやいや、例え腹がへっとっても、奢らんよ?」

 

助けられたわけでもないんやし。

ギブアンドテイクを地でいくといったわけでもあるまいが、特に意味もなく奢る必要性はどこにもなかった。

その代わりにと、玉兎側からの提案。

 

「それじゃさ、お茶にでも付き合わない?」

 

「んー、まあ、幾分暇やし。別にええよ」

 

「おいしい処、知ってるからいこー」

 

玉兎の誘いにのっかってみるのも、また一興といえるものであった。

 

何、福太郎にしてみればここは新天地。

何度か通う事になるであろう商店街の隅々を見知る事も、後々何かの役に立つ事であろう。

百聞は一見に如かず。あれはそこにありまする、それはそこにありまする。そんな話を聞かされたところで、実際の道のりと繋がる事は決してあるまい。

 

果たして辿りついたのは、こじゃれた喫茶店だった。外に送りだされたメタリックな三脚テーブル。日除けのパラソルが何個も傘を開いている。

立地条件的も良し。さぞや繁盛しているのだろう。

珍妙な飾り――シノワズリーであろうか?――が若干似つかわしくないが、福太郎にとっては想定内であったらしい。

 

「へー、玉兎、なかなかのセンスやね」

 

「……何、その言い方」

 

「いやいや、褒めとるんよ」

 

そちらこちらに足を伸ばしているウェイトレスに声をかけ、尻を落ち着かせる。

雑踏の中、和風妖怪が跋扈する中にしては、なかなかに悪くない風景であった。妙にしっくりきている。妙にまで、風景と同化している。ここであるならば、ゆったりとしたお茶会を開ける筈だ。

 

「ご注文の方は」

 

「クラブハウスサンド一つ。それとエスプレッソ。福太郎は?」

 

「あ、コーヒーで」

 

「かしこまりましたっ」

 

「…………」

 

「ん、どしたの?」

 

これまた珍妙な顔の具合の福太郎に、思わず声をかける玉兎。

彼の視線は、厨房に向かったウェイトレスに。

 

「いや……何でチャイナドレスなん?」

 

「さーあ? 経営者の趣味なんじゃん?」

 

「や、あの人だけみたいやし」

 

「じゃあ、そいつの趣味なんでしょ」

 

洋風の世界観にさっぱりあってないような気もするが、これもシノワズリーの一環、なのであろうか。中国かぶれのヨーロピアンといった所か。

たゆんたゆんであらせられますは福太郎にとっては結構な事であるが、違和感は拭いきれないものだ。

さてさて、しばらく雑談は続きます。

 

「――京極・夏彦、好き?」

 

「――菊池・秀行ぐらいには」

 

たわいない会話を続けている合間に、またあのチャイナドレスがやってきた。

とんとおかれた皿に触手を伸ばす男女。

 

「……所で? 玉兎はなンの仕事しとん?」

 

「エロ小説家」

 

「ぶっほ!」

 

今は、と加えつけられた所で驚きである事には違いない。

あっついあっついコーヒーを口から吐き出してしまった福太郎は大惨事。

上はムセるわ、下は濡れるわ、罵られるは、もう散散な目に。

 

「きたないなー、もー」

 

「げほ、げほげほ」

 

ほーかほーか。兎が、エロ小説家。

時代はそんなにはよう動いているのか。福太郎が呆然するのも無理はない。

昔は餅ついたり、人を人参化しとった筈であるのに、ほーかほーか、兎がエロ小説家。

 

「今日は、吉原に行ってインタビューして来たのだよ」

 

クラブハウスサンドを咀嚼しながら、玉兎は今日のいきさつを一つ。

吉原、と言えば、かつては江戸時代にあった代物である。

売春防止法をもって消滅の憂き目にあったが、「大召喚」の折りに復活した。

 

というのも、世界中を大混乱に陥れた「大召喚」によって人類の三分の一は死に絶え、数多くの親無しが世に放たれてしまった。教養もない、貧困に身を縮ませる女たちにとって、春を売るという手段がおおっぴらになってしまったのも、また無理のない事である。

 

ある意味で、福太郎と同じ境遇、であろうか。

さてさて、望月・玉兎がそのような職種に身をやつしているのも、まあ趣味が高じてというのもあるであろうが、本質は別の所にある。

 

「本当は賞金稼ぎの方が金はいいんだろうケド、闘うとスゲー疲れるからヤなのよ。資格は一応とったってカンジ。ペーパードライバーみたいなモン」

 

椅子に背を思いっきり預けまして、一息。

まあぶっちゃけますと、稼ぎのいい仕事があるにはあるが、それがスゲー面倒くさい。

 

H・N『月の雫《デ・リント》』。

とりあえず、といった風であるが、鎮伏屋としての玉兎はそういう名で通っている。

玉兎が言ったように、片手間も片手間。鎮伏屋としての実績はぺーぺーもいい所である。

 

「それにしても、オモチロイネ――人間種は。馬鹿で」

 

数々のいきさつを経て玉兎はエロ小説家兼鎮伏屋兼探偵助手をやっているわけであるが――今のところ目下の興味は、人間に向けられている。

 

まあこれが面白い面白い。

 

一歩外に出ればかなりの確率で目の前に現れる生命体。そもそも霊長類なんて大層な名前、誰が付けたんだか。

一般的にバカで自己中で臆病で集団で行動する。

ごく稀にスゲー突然変異とゆーかガンバリ屋とゆーか、運の良いヤツが生じるのだが短命である。

そのかりといっちゃーなんだが、秀でたスゲーモノを残してくれたりするんだが、まあバカが多いもんだから、それを上手に使いこなせた事はまあとんと見当たらない。

 

妖怪からしてみれば、こうも自堕落で破滅的で短絡的な生命体は珍しいに違いない。

 

むかっときたりした所がある福太郎であるが、事実はどうにも言い返せない。

 

「御会計は占めて――」

 

「ごっそさーん」

 

「奢らんよ?」

 

「ちっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕暮れ。悪魔などでたりはしない。

男女の帰り道。ラブコメなど起こりはしない。

 

「私もさー、義鷹の探偵助手だけやってでもいいんだけどさ」

 

「ほーほー、助手さんね」

 

「ほら、アイツ。人民登録してないじゃない? 仕事の依頼があんま来なくってね」

 

田村・福太郎と望月・玉兎は帰り道を歩いていた。

二十年経ってもなお「大召喚」の名残を見せる家々が軒並み立っている。

 

「ああ。そういやアイツ、デコにも手にも社会保障ナンバーついてなかったな」

 

「うん」

 

何度も申し上げた事にございますが「大召喚」以後における社会保障ナンバーは何においても重要であります。

一昔前の秀真国で例えますならば、判子、証文といった部分も持ち合わせるのでしょうか。

登録を済ませていない義鷹めでは、正規の依頼を受ける事ができないのである。

 

「ふーん?」

 

「お?」

 

「額じゃなく手についてるって事は福太郎も、『とりあえず中央を受け入れた』ってクチ?」

 

ひょいっと福太郎の手を取り上げた玉兎自身の手にも、『666』の刻みが。

 

「ん、ああ……反対運動起こして死ンだ人らには悪いけどね」

 

「まーね、とりあえず付けとけば、買い物は出来るもんね」

 

てくてくてく。

手を取り返した福太郎は先に往く。

 

「所で」

 

「ん」

 

「こまのお手伝いって、何だったの」

 

「はて、俺も中身は見とらんし」

 

福太郎が握っているのは、画材道具ばかりではない。

おこまからの依頼。かさばるスーツケース。

 

「……中身が見たくなるのが、人間ってもんじゃないの?」

 

「ああ確かに。浦島太郎しかり、鶴の恩返ししかり」

 

「そーそー、なかなかのお歴々じゃないの」

 

「……俺はみいへんよ?」

 

「またまた」

 

「いやいや」

 

「それそれ」

 

「いやんいやん」

 

こまの依頼品が急転直下の運命に苛まれていたまさにその時、ああ、どこぞから、男女の声が聞こえてくるではありませんか。

 

一体どこから? 前から。

一体何がありますので? 置行堀が。

 

おいてけおいてけ。そいつをおいてけ。

しかして、今ばかりは、この時ばかりは、置行堀に住まう霊も出づらいでづらい。

 

 

 

 

 

 

「……これはこれは、『悪の華《ボードレール》』の方」

 

「oh……。 八坂の巫女ヨ、こんな所で油を売っている場合デスかな?」

 

「いえいえ、暇を潰しているわけでは。秀真を牛耳るクソ悪魔にこうして直談判しているわけでして」

 

「おや、それではまず面会の準備をしなければ……ここに署名をいただけマスカ。私も忙しい身でして。貴方に割く時間はないのです」

 

「暇そうに釣りをしていた癖して、よく言うのね」

 

「おっと、アナタにはそう見えましたか。アナタには」

 

「私の言霊で貴方の存在概念を消滅できればいいのに」

 

「HAHAHA! 残念ですナ、ンー?」

 

「ええ、本当に残念な事です。本当に」

 

女は東風谷・早苗。

男はメフィスト・ヘレス。足洗邸は一号室の住人である。

 

早苗はと言えば、憎しみか若さ故か、言葉の節々に過激さが時々顔を現す。

 

メフィストと言えば、長年の悪魔生活の賜物か。のらりくらりと言霊を避けている。まだまだ未熟者である早苗では、その魂を打ち砕くことは出来ないだろう。

 

「あーだこーだあーだーこーだ」

 

「あーだこーだ。HAHAHAノHA」

 

 

繰り広げられる舌戦に、そそくさと退避を進める福太郎&玉兎。

 

「……ほおっといてええんかな、アレ」

 

「あー、別にいいんじゃない? 」

 

触らぬ神どもに、祟りなし。

何とまあ、字面通りの話である。

 

 

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