不思議町の不思議な住人たち。   作:赤目のカワズ

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足洗邸の訪問者。

「本日中――申し訳ございませんが、『足洗邸』の住民の方々には、一時退室して頂きたくまいりました」

 

「はあああああ?」

 

帳も落ちきったあくる日。

田村・福太郎が足洗邸に越してきてもう随分と経ちまして、半年となりやしょうや。

住人達は庭先に集合させられている。とある集団が邸を訪れてきたためだ。

総勢八人。皆一様に、額に『666』と刻む。上着に刺繍された紋《二重円の中心点から八方に伸びる矢印》は中央政府からの使者である事を示していた。

社会登録ナンバーは市民権を獲得する上での必要条件であったが、額にそれを刻むと言う事は、真に『中央』を受け入れた事を意味する。

俗に額持ちとよばれる部類の人々は『中央政府』からの支援を受けられるため、研究者、または政府に就職を望む者に多い。

さて、世間一般的にエリートと呼ばれる人種がいかな理由を持ってして外区、それもまた足洗邸なんぞに訪れたのか。そして、先の物言い。

 

「いえね、『中央』よりのちょっとした國勢調査でしてねぇ……ホラ、最近『外区』で怪異事件や地震が多ございましょ?」

 

集団のリーダーとおぼしき人物が常套句を語り始める。丁寧に結わえられた髷と、細い目、見え隠れする獣足が特徴的な男であった。四本爪が、器用にわらじを履く。

足洗邸管理人、竜造寺・こまは集団の一人、頭巾の女より渡された書類に目を丸くしながらも、その言葉を聞いていた。

書類にはこの視察が合理性と市民義務に依拠する事がそれはもう長々と。男の話は続く。

 

「それがねぇホホ……『妖人・魔人が一ツ所に集合しているからだ』とね。ホホ……言うんですよね『中央政府』が……」

 

この物言いに噛みついたのは望月・玉兎である。

気分良く芸舞に興じていた所に水を指された格好であるからして、先より増して大きな声を上げた。玉兎としましては、中央の人間との間に角が立とうがどうなろうが、知ったこっちゃない。

 

「はあああ!? この國にそうでない場所がどこに在るのよ!」

 

玉兎にしては珍しく正しい発言だ。まして相手は、『大召喚』後の世界をまとめ上げる『中央』の関係者なのだ。知らぬ存ぜぬで通せる筈がない。

しかし、集団の長はのらりくらりとその追求をはぐらかす。

傍らのロボットじみた人物に近づくリーダー、ピジョル・大石。メカ人間が胸部を開口させると、内側にはディスプレイが内蔵されていた。

そこには社会登録ナンバーによって得られた望月・玉兎の名前が記載されている。

 

「ン~~~~~~~ンホホホホフゥ~え~~~~オッホ! そう言う貴方は、望月さん。あまりお口が悪いとファンが減りますぞ?」

 

「あー、オレファンだったのになー!」

 

「ほらね」

 

玉兎の神経を逆なでる鼻もちならない大石の言葉に、髪を真ん中分けにした男が調子を合わせる。こちらも中央役人であり、さも残念そうに語るが、玉兎の著書などめくった事もないに違いない。

人を馬鹿にした態度に玉兎の血管は今にも千切れそうであったが、福太郎が寸での所でそれを止めていた。

玉兎がどこぞから取り出しましたるは、やけに攻撃性を孕んだ鉄アレイ。投げれば一発、深々と突き刺さる。福太郎は半ば真剣味を帯びながら玉兎の肩に手を置いた。静止せよ、制止しなければならない。

さて、お二方の葛藤など知らん大石は、その視線を管理人たるこまに向けた。所詮は店子。店親たるこまには逆らえまいという企てであろう。

申し訳程度の謝罪を皮きりに、

 

「いえね、失礼。我々『中央』より『外区』を任された者としましても、この地区の住民の方々には平穏に住まして頂きたい。なにぶん我々も、『お上』からの命令でして。不要な争いは避けたいのですよ。なにとぞ御理解いただき、今日一日、辛抱して頂きたい」

 

あたしゃら所詮は下の下。

御苦情御批判は、どうぞ、上の方に。どーせ、何も対応はありやせんけどね!

公の立場にある人々がよくよく用いる常套句から、我々はここにいるのだという事を大石は装った。

すると、一部の住人の苦々しい表情に見ない振りをしまして、ニャニャーンとふんぞり返るは竜造寺・こま。フンスフンス。

 

「わかりましたのニャーン!」

 

「こーまー!?」

 

玉兎の絶叫にも似たそれを聞こえない振りして、さらさらと手元の書類にサインを施すこま。猫手で器用にペンをもちまして、それからにっこり笑みで頭巾女に手渡す。

踵を返したこまはにゃにゃにゃーん。怒り顔で事態を把握できていない玉兎をなだめにかかる。

 

「こま達はニャーんも悪い事してニャイなぁ、今日一日ガマンすれば良い事ニャのニャ! ニャ!」

 

「…………」

 

「まぁ、管理人ちゃんの言う事やからええか」

 

この場にいる住人、味野・娯楽と田村・福太郎の視線に、玉兎はなし崩しに同意を余儀なくされた。

満場一致を見るや、先のメカ人間が、胸部に備え付けられたディスプレイに何事かを入力し始める。

 

「それでは失礼ながら、住民の確認をさせていただきます」

 

最初に呼ばれたのは管理人室住人の竜造寺・こまの名前であった。『中央』より管理許可が出ている事が確認されると、次の住人へ。

一号室、メフィスト・ヘレスの名前が呼ばれる。本日は不在のようで、あたりにその姿は見当たらなかった。近いうちに帰宅するかという一応の質問がなされるが、それをこまが否と回答。それを疑う事もせず、声は次の住人に移った。

 

「二号室、『人間種』H・N『地上より賭場に《チャーチル》』の味野・娯楽氏は三年前より行方不明になっていますが……」

 

手元のディスプレイには肉つきの薄い禿頭の老人が映っているが、それは定期更新時のものであり、現在の味野とは部分部分が違っている。

とはいえ、視線の先にいる骸骨が二号室住人であると、一応の判断は下されたようだ。何事も無かったかのように、ディスプレイに承認を打ち込む。

次は、三号室。

男のディスプレイには、既に六号室住人のデータが映っている。

 

「三号室は…………おや、不在のようですね。次に行きます」

 

あからさまな役人の嘘。

それにいち早く反応したのは、事情を知らぬ田村・福太郎? それとも、竜造寺・こま?

否、三号室住人、八雲・紫である。

 

「イイエ。ここにいますわ」

 

彼女は役人集団の後方から現れた。車椅子に乗りながら。

押し手に関して、福太郎には見当がつかない。彼の脳裏には、九本狐の式神の姿が残っている。

今回の押し手は、ふにゃりふにゃりと二本の尻尾を携えていた。黒髪ショートに、猫耳一対黄緑帽子。かつての記憶と同じなのは、あの無機質な瞳であろうか。

車椅子の車輪が歩む。どう言う事か、先ほどまではありありと見受けられた役人たちの笑みが次第になくなっていき、遂には焦燥が浮かび始めたではございませんか。

 

「お呼びになって」

 

一瞬、役人たちの反応が遅れる。オヨビニナッテ。オヨビニナッテ。

その言葉をいち早く理解したのは、『大召喚』の折りに体を損傷し機械化を余儀なくされた加藤であった。

七十パーセント以上が部品によって占められている脳味噌が、紫の言葉を認識させる。

しかし機械化したとはいえ、その感情までは制御できない。その言葉には焦りがうかがえた。

 

「ど、どういう、意味でしょうか」

 

「私の名を。ここにいる者の名を。『中央』の一員たる貴方が。さあ、お早く」

 

「……三号室住人、八雲・紫、氏」

 

「結構」

 

にんやり笑みの紫とは対照的に、役人達は縮こまるばかりだ。

一体どういう事なのでしょう。天下の『中央』が、下っ端とはいえ、この世を総べる組織の一員達が、このような態度をとるとは。

忘れていた事を思い出したかのように、紫が声をあげる。わざとらしい演出だ。彼女は、ぽんと一つ、両の手の平を合わせた。

 

「ああ、そうそう」

 

「な、何でしょう」

 

「少し前に、社会登録ナンバーの催促状が届いたのですけれど」

 

「は、はい」

 

「もう少し、考えさせてもらいますわ」

 

「そうですか……」

 

社会登録されていない者は、市民にあらず。それがこの世界の常識だ。

何をするにも弊害が起こり、畜生と呼ばれても文句の一つ言えやしない。

役人たちがその非市民にへびこつらった態度をとっていると、その一人に向かって紫が視線を。目を。向ける。

 

「丁度帰って来た所でして。お役人様の用事に間に合ったようで、良かったわ」

 

「ホホ……そのようで」

 

「ええ、本当に」

 

大石はこれまでになく苦々しそうに、それでいて何とか笑みを浮かべた。精一杯のものだった。これが限度であった。

ともすれば、人の顔を失ってしまいそうなまで、矜持を傷つけられていた。彼を維持していたのは、役人としての立場と責任であった。

紫の登場からここまで、はてなと首を傾げているのは、福太郎ばかりではない。玉兎もであった。先の怒りはどこに飛んでいってしまったのか、きょとんとした顔つきで紫の事を見つめている。鉄アレイが場違いそうに一人佇む。

誰も言葉を忘れたかのように押し黙った、奇妙な空間。口火を切ったのは、元凶たる女でございまする。

 

「さあお役人さん。次の方が待っていますわ」

 

「は、はい………………六号室」

 

「まあ、どうしたのかしら。順番からして、五号室が先でしょう?」

 

「そ、そうですね。ご、五号室……」

 

そこで役人の言葉が詰まる。これまた、市民登録されていない男。

その男の名を呼ぶ訳にはいかない。畜生ごときに名など不必要、そういった面持ちをこの邸を訪れるまでは保っていたのに。

二の言葉が出てこない役人を囃したてますは、八雲・紫。分かっている。分かっているのだ。分かっていながら、今か今かと言葉を待つ。

 

「ほぅら。早くしませんと。お忙しい身でしょう?」

 

「……ヨシタカ、氏」

 

「まあ……不在のようですわ」

 

「わざわざどうも……」

 

尻すぼみするその言葉を満足げに聞いた紫は車椅子を、更に進めた。十戒のごとく、左右に分かれる役人たち。部外者をはねのけて足洗邸に到着した紫を、こまが笑みで迎える。

彼女はそのまま庭先のテーブルに車輪を向かわせた。普段雨さらしにされているその表面。瞬きする間に、空中から盤と牌が落ちてくる。麻雀台だ。

 

「どうにもお邪魔になりそうだから、しばらくこちらに興じませんこと?」

 

「えー、まだ住人確認が終わってませんので」

 

「あらあらこれはこれは。ごめんなさいね」

 

くつくつ笑う紫を余所に、残りの住居確認は平穏無事に終わった。かたかた、かたかた。

六号室、望月・玉兎。七号室、不在。八号室、田村・福太郎。

 

「ホホ……それでは視察の方を行いますので」

 

早くこの場から離れたい。心なしか早口に聞こえる大石の言葉には、そんなニュアンスが含まれていた。

いそいそと足を邸の方に向ける一向。総勢八人が一列になって歩くとなれば異様に映るものだが、皆皆が小走りな物だから卑小なイメージを見せつける羽目になってしまった。

ぴしゃりと玄関扉が閉められたあと、しばらくしてから福太郎が口を開く。

 

「俺は戻っとこーかな……」

 

「あら寂しい……それに、あちらに戻ってもお邪魔のようよ?」

 

「どうにも一人余るみたいなんで。みなさんでどーぞ」

 

紫の言い分はもっともだが麻雀とは最大四人が限度の芸舞であり、どうにも一人残ってしまう。福太郎はさっさと足を邸に進めてしまった。

紫に招かれて、それそれそれと椅子に座る住人たち。占有される椅子。そうして牌をジャラジャラジャラかき回せば、気前のいい音が奏でられまする。

紫は牌をすいと掬いあげてそれを見つめながら、義鷹の名を呼んだ。

 

「残念、貴方の席はないのよ。田村さんについていったら?」

 

紫の席。その後方。邸の庭に植えられた木。その幹。

その茶褐色が一瞬膨れたかと思うと、膨張部分の色合いのみが白に変わるとともに、遂には幹本体から分離してしまった。

分離体の名は、須美津・義鷹。分子レベルで同化して、それまで木の中に隠れ潜んでいたのだろう。

登録を済ませていない彼にとって、『中央政府』とかち合うのは具合が悪い。

それは、紫も同じの筈だ。少なくとも、義鷹の認識はそのようなものであったのでございまして。

後ろから向けられる疑惑の視線にも構わず、紫は素知らぬ風を気取っている。

 

「何か?」

 

「いや、なんでもねェ」

 

義鷹はそれ以上の追及を避けたが、誰もが彼のようにいくわけでもあるまい。

半眼の玉兎は牌に集中する事も出来ずに、今にでも振りこんでしまいそう。いよいよもって先の出来ごとについて問いただす事にした。

 

「アンタさ、『中央』で何やらかしたの?」

 

「私、中央政府にお金を貸していますの」

 

「マジ?」

 

「ええ。それにトイチで」

 

それが真実であるかどうかはさておき。

足洗邸に見事潜入を果たした役人一行は、到着時とは打って変わって陰気を放っていた。

お役人で在る事を考えれば、その現状は見るに堪えない悲惨なものといえる。

それまでのうっ憤を吐きだすように、禿頭の男が怒りに任せて吠える。それは制するべき感情であったが、その場を代表したものとも言えた。

 

「ちくしょう、いいんすか、あんな良い様にしてやられて! ウチらは天下の中央ですよ!?」

 

「そう声を荒げるな田中。私とて、その思いは分かるのだから。分かるが、どうしようもないのだ」

 

ピジョル・大石自身、田中の言葉には大いに同意であったが、立場というものがある。

大石は諭すような視線を田中に向けるが、彼は猛る思いも抑えようともしない。代表者であったから、他の同僚も聞きいるばかりで、大石側に立つ人間は誰もいなかった。

 

「あの女、一体何者なんすか!?」

 

「知らん! とにかく、八雲・紫に対しては慎重な行動を厳命されているのだ!」

 

大石も、もはや矢面に立たされるのはうんざりであったのだろう。知らず知らず、返答は大きいものとなる。

大石にとって、いや今回の視察団の共通認識として、足洗邸における要注意人物《デンジャラス・キャラクター》は三人。

一人目、メフィスト・ヘレス。二人目、義鷹。そして三人目、八雲・紫。

今回の視察に赴く際、大石は事前に中央データベースにアクセスしていた。足洗邸における要注意人物を探るためである。

今回の視察の真意は、『中央』に盾突く可能性のある集団の解散というものだった。

諜報部に所属する彼は自然と他の役員よりも人民のデータに触れる事が多くなるもので、慣れた手つきでコンソールパネルが操作された。

市民登録のメフィストはいざ知らず、登録を済ませていない義鷹や紫のデータさえ、目撃情報などを編纂したものを閲覧する事が出来るのだから、中央のデータベースは特筆すべきにある。さて、ナンバーを持たぬ者達の情報は次のように。

 

YOSHITAKA。白い男。変な棒を使う。

 

YUKARI。紫の女。変な能力を使う。

 

要約するとその程度の情報に過ぎないのだが、それでも無いよりはマシというもの。

悪夢館、春雲楼、夢見長屋などを経た後に足洗邸という日程を決めていたその時、大石を例えようもない驚きが襲った。

カミオ長官はいざ知らず、中央七支柱参謀本部長官ネビロス大公、更には七支柱の間で大石の視察は議案される事となり、端役に過ぎなかった大石は思いもよらず、末席を汚す事になったのだ。

 

結論は、『中央政府として』の視察の許可。

但し、三号室住人八雲・紫に対する慎重性、あるいは接触の厳禁を要請するというものである。

 

「全く……! メフィストヘレスと八雲・紫が外出している時を狙ったと言うのに……!」

 

最善の最善を尽くす羽目になった大石たちのここ数カ月は悲惨に悲惨を重ねたものだった。他の視察を終えたと言うのに、まだ帰れない。全ては、足洗邸のせい。

メフィストヘレスの方はまだいいほうだった。彼は頻繁とも呼べる具合で、外出を行う。

万魔学園という場所にて教職に就いているので、平日の日が出ている内はまず邸にいない。

問題は八雲・紫のほうだ。この女、邸にいつも引きこもっていて、酒を飲んでいるか、テレビを見ているか、寝ているかと、数えるのに片手で事足りる程度の行動しか起こさないのだ。

何故こんな女が七支柱の間にて話題になったのか大石に理解出来る筈もなかったし、女が七支以上の実力を持つようにもとても思えなかった。

さて、張り込みを続けて早や三カ月、ようやく、ようやく絶好の好機が巡ってきたというのに、その結末は彼らの沈みに沈んだ現状が物語っていた。

役人様に従うにゃ、世の習い。八雲・紫は、確かに従順に大石達の指示に従った。その結果、彼らは邸に入り込む事に成功している。

だというのに、暗がりに片足を突っ込んだ気分は何時まで経っても晴れなかった。

 

「その……お邪魔ですかね」

 

邸に戻ってきた福太郎の目に入ったのは、やけに消沈した八人ばかりの大所帯である。

声をかけるかかけまいかしばらく迷っていた福太郎の手はぶらぶら宙をさまよう。

意を決し口を開くと、その存在に気付いた大石がキッと鋭い視線を向けた。

 

「邪魔!」

 

「す、すんません」

 

すごすごと二階に上がっていく福太郎。その背に目をやりながら、その背が見えなくなってから、大石は仕切り直しとばかりに咳払いをコホンと一つ。

 

「と、とにかく。三号室以外の部屋を捜索する事にする。要注意《デンジャラス》なのはYUKARIだけではないのだから」

 

二階捜索班は三人。大石、巾頭の荒井。でっぷりとした下っ腹が特徴的な半漁人の高木。

一階捜索班は五人。眼鏡の仲本。ガタイのいい碇屋。真ん中分け志村。ロボット加藤。禿頭の田中。

そして、一階と二階に分かれた役人たちが再開する事は、終ぞなかったのだ。

さて、先に二階にあがった田村・福太郎といえば、どうしたことか自分の部屋たる八号室の目前にて立ち尽くしている。その視線は下、下、下。

八号室の扉は少しばかり開いていて、その僅かな隙間から、八号室に居る誰かが福太郎を覗き返しているのだ。

その誰かさんは、やけに背がちんまいちんまい。福太郎は視線を下に向ける事を余儀なくされる。

 

「じー…………」

 

「…………」

 

「じー…………」

 

それは先日、足洗邸をにはかに騒がせた輩。メディスン・メランコリーであった。

一カ月ほどさかのぼっても記憶野には見当たらなかったので、福太郎にとってみれば久方ぶりの邂逅とあいなりまする。最後の接触と言えば、出会いがしらの蠅叩き片手突進でございますれば。

しばらく逡巡していた福太郎は戸を開け放つと、戸惑う人形の脇に腕を滑り込ませ、ぐいんぐいんと上に上に。

元の鞘《一号室》に戻ってもらおうと言う魂胆であったのだが、その行為は結果的に間違いであったとすぐに分かる事に。

福太郎の鼓膜を破砕する勢いのキンキン声に、思わず苦い顔が浮かんだ。

 

「ふえええええええ! 下ろせクソ人間―!」

 

「クソは傷つくなぁ……」

 

福太郎が空中にて手足をばたつかせる人形と戯れていると、背に突き刺さる視線に気づく。

何か痛々しい物を見る視線。振り返ると先の集団が階段を上ってくる所であり、先頭の小男《大石》を始めとして、その双眸は揃いも揃って福太郎に向けられていた。

いい年した男が、人形と戯れている。客観的に推測されるであろう人物像を鑑みれば、哀れ福太郎はちょっと特殊な趣味をお持ちとゆー事に。

誰に言われる訳でもなく静かに人形を下ろすと、福太郎はいそいそと八号室に入り込んだ。

再びの侵入を果たした人形に目を向ければ、同じく羞恥に顔を歪ませている。

 

「ぐす……こんな恥ずかしめを受けるなんて……スーさんがいたら、お前なんてイチコロなんだから」

 

「や、ちょっと俺も、心が痛い所です」

 

大きく溜息をつく福太郎。ソファに腰を落ち着かせようとすると、人形がトコトコとついてくるではないか。

座る福太郎。隣にメディスン。

手持無沙汰に加え、自室であるというのに居心地の悪い空気。

仕方がなく、福太郎は隣に世間話などを一つ。

 

「そーいや、また出せんようになったんやって?」

 

「うん」

 

天敵の言葉に対し素直に答える人形。

出せぬ云々とは、メディスンの十八番、毒に関してである。

ただでさえ休眠期間の長かった事に付け加え、お供のスーさんがいない事実がメディスンの心理に悪影響を与えているのだろうか、能力がいかんせん調子が悪いのだ。

ここ三カ月はウンともスンともいわない有様で、挙句の果てにはそこらへんに置いてあった蠅叩きを取りだした次第である。それで致命傷を与えられるとはとても思えない。

抹殺計画はその尽くが失敗していたので、メディスンは恨み節を零した。聞き手が福太郎である事はなんとまあ皮肉な事ではありませぬか。

 

「スーさんさえいてくれればいいのよ。そうすれば、今すぐにでも行動に移せるのに」

 

「んー、洒落にならん話やね」

 

さて、田村福太郎のおかしな事。

殺人未遂犯に対して相槌をうちまして、馬鹿面晒してござりまする。

ここで行うべきは、いますぐ部屋から出る事ではないのか。それこそが、人間の行うべき正しい行動ではないのか。

体よく廊下を歩いてらっしゃるは中央役人。人形を掲げて見せれば怪異認定してくれるに違いない。なのに、しない。

その異様さは、殺人予告の張り紙を体中に張り付けた人形にさえ、不審がられる物であった。

 

「ほんと、変な人間だよね」

 

「何で?」

 

「私がスーさんを得て、行動に移したら、真っ先に死ぬのはお前だよ? こうやって喋ってる場合?」

 

「ま、他の皆には迷惑かけんようにたのむわ。ほら、ここは殺人事件が起こった部屋ですーなんて謳い文句されちゃ、管理人ちゃんが困るしな」

 

あんまりにも居心地がいいせいで、ここが不良物件の権化である事をすっかり忘れ申したは福太郎。転居初日の義鷹の言葉も、隣人が元々どこで眠り腐っていたのかも、もはや記憶にはないのかもしれない。

とまあそんな住人事情も邸事情も、メディスンには関係ない事だ。天敵の忠告に素直に頷いてみせた人形は、返答代わりの笑みを見せた。

 

「分かった! じゃあスーさんと会ったら、お外で殺してあげるから! 約束!」

 

「ははは、そんじゃま、殺される前に」

 

「うぎゃああああああ! 離せー! 下ろせー!」

 

ぎゃあぎゃあ小うるさい人形と福太郎がランデヴーを繰り広げておりますと廊下の方から、真に切羽詰まった叫び声が聞こえてきた。

人形を抱えたまま福太郎がひょっこり廊下に顔を見せると、役人の一人、半漁人が床に倒れ伏しているではないか。

その身は既に満身創痍。昏倒の原因は顎に抉り込むように撃ち込まれたロケットパンチである事が容易に理解出来る。

その他体中に色々突き刺さっているのだが、あんまりにも酷いので見られたものじゃない。包丁はまだしもモーニングスターなんぞ、どこにあったのか。

半漁人の半身は未だに七号室に残っていて、半分だけが身を乗り出した形だ。大方、不在と思って忍びこんだ所でお仙に一杯喰わされたのだろう。

 

「ば、馬鹿な! 七号室は不在の筈!」

 

大石の叫びは、正しいものといえる。

何せ、中央データベースによれば前住人笠森・仙が殺害され、福太郎が来るまでの十年間、新居者は一日を待たず逃げだしてしまっているのだから。

驚きを隠せない大石を目の前に、先の恨みもあってか、嫌に芝居がかった口調で福太郎が語り始めた。

 

「遂に出よりましたか。七号室にはそれはそれはおどろおどろしいげっちゃくちゃのブラサガリ女が……」

 

「ピグマリオンコンプレックスは黙ってろ!」

 

「ぐはあ!」

 

思わぬ反撃に膝を落とす福太郎。

ついでに人形めも落としてしまえばよいものを、性分からか抱えたままに。

不思議そうに首を傾げているメディスンを余所に、福太郎のハートはズタズタに引き裂かれたのでござりまする。

 

「変態の事はどうでもいい! 荒井! 早くヒーリングを……」

 

振り向く大石。そこにいるのは、信じられないようなモノを見る表情。

一瞬、そう一瞬に過ぎなかった。大石が荒井の方を振り向いた一瞬、まさにその時であった。

高木の硬直した表情を怪訝に思いながらも、再び視線を元に戻す。すると。

縁下から伸びる真っ黒い腕腕が、高木の体を引きずりこもうとしていたのだ。

 

「な、何ィィィィイイイイ!?」

 

見つかってしまったのです、とばかりにその動きを止めていた腕たちだが、すぐに行動を再開。

でけーでけー肥満体はするりと縁下に引きずり込まれてしまった。

そんでそんで。耳をすませば。聞こえてきまするは。

骨が、肉が、臓物が。何某かに噛み砕かれていく音。

チープな擬音で表現するならば、ガリガリガリガリガリガリガリガリ…………。

人形を除く皆々様は、一様に顔をひきつらせている。

 

「ねえねえ? 何であのデブ、あんな狭い所に入れたの?」

 

人形がまず習得すべきは、空気を読む力なり。さすれば、この狂った世界におけましても楽しく生きられるでありましょうや。

血の気の引いた荒井を引き連れて、大石は次の部屋へと調査に行ってしまった。人間種の、どーでもいい福太郎を差し置きまして、六号室へと。

さて、思いもよらぬ結果としてホラーワールドに引き込まれた福太郎は気分を悪くしてしまいさっさと自室に帰ろうとする所であったが、踵を返そうとした足が、不測の事態に巻き込まれる事になる。

掴んでいるのだ。先の、黒い腕が。福太郎の足を。

『其れ』の正体を知っていた所で、驚きと共に怯んでしまうのも、致しかたのない事でございまして。

 

「えーっと、あのやぁ、心臓に悪いからだまーって足つかむんやめてくれるかなぁ……」

 

前々からその気配を感じ取ってはいたが、ここにて、この時にて、福太郎と其れの初接触とあいなりまする。

其れの名は鳴屋《ヤナリ》と呼ばれる存在であった。邸の住人たちが引き起こす生活音から生み出される妖怪。管理人室から数えまして、総勢八人と言った所か。

名は体を現す、とまではいかないのだろうが、縁下から顔をこっそり覗かせる鳴屋は小刻みに震えていて、パキリ! パキリ! とラップ音をかましている。

腰を折った福太郎とメディスンは未知の存在と見つめ合ったが、しばらくしてから鳴屋のもう一方の腕がそろりそろりと福太郎のほうに伸びてきた。その手には、どこから入手したのかがま口財布が握られている。

鳴屋の話を聞くに、もとはと言えば財布は半漁人の物であるとの事であるらしかった。

 

『死に水を取ってくれたお礼にと、もらいうけました』

 

きっついジョークである。死に際の面倒を取るどころか、自分達から死に追いやったというのに。

鳴屋の話を更に伺うと、久方ぶりの大物を味わわせてくれたお仙に対し、自分たちの代わりに贈り物でもしてやってほしいとの事だった。

邸の生活音の顕現である以上、彼らは邸から離れられないのだろう。また、それ以上の理由もあるのかもしれなかったが特に詮索する訳でもなく、福太郎は財布を受け取った。

 

「OKOK! かしこまりー」

 

再び暗がりにもどっていた鳴屋を見送ってから、福太郎も自室に。当然のごとくついてくるメディスンに対してはもはや語るべくもない。

自室に舞い戻った福太郎は押し入れを開くと、『おえかきちょう』と『くれよん』を取りだした。

手持無沙汰でたびたび暇つぶしにやってきていたメディスンの為を思っての自費出費であったが、人形はこれを殊の他に喜んだ。

満面の笑みでそれを受け取ると、床に広げて絵をかきかき。

ソファに座りこんだ福太郎は、たびたび人形が持ってくる完成品を軽く論評しながら、お次は何をしようかしらねいと手を束ねていた。

ふと、机に転がっていた鉛筆に目が向く。傍らには、中身の入っていない封筒、何も書かれていない紙。

手紙でも、そう思い立った福太郎を襲ったのは上からの衝撃。

 

「!!―――――ャギ」

 

「ギャッ!」

 

福太郎を襲ったのは、文字通り天井から降ってきた笠森・仙だった。

頭上からの彗星は福太郎の延髄あたりをクリーンヒット。目ン玉ふっとぶくらいの激突を受けた福太郎はしばらく痛みに沈んでいたが、やがて静かに口を開く。

 

「……お仙さんは元気ですね」

 

「すで気元ラカ、エイイ」

 

先の神風特攻とは打って変わって、これがまた珍しいほど生真面目な顔を晒すお仙。とはいえ、その実は下らないお話でございまする。

 

「。よのなマヒねてくな事るや――――ね際実」

 

「あの~~~何ンで体操服を着ているんですかね?」

 

よくぞ気付いた待ってましたとばかりに笑みを深くするお仙。

彼女は何故だか知らぬ話だが、体操服を身に着けていた。

生前学生身分であったのだから所持しているのは至極当然なことではあるが、死亡時期によっちゃ、彼女がブルマ何ぞを履いている理由を問いださなければなりませぬ。趣味か? 趣味なのか? 学園長の。

お仙は福太郎の耳元に近づくと、これまたいやらしい悪人笑いをかましまして、

 

「!ククク。とかうよし殺悩をんゃち福でのなマヒもにりまんあ」

 

「あなた、面白い事をいいますな」

 

呆れ顔と言った風の福太郎。

さて、ここでまた流れを読まずに男女のラブコメ空間を引き裂きに来るのが、メディスンである。

しっちゃかめっちゃか描きなぐったようにしか見えない絵を満足げに掲げながら近づいてくる。

 

「フクタロウー! 出来た出来たー!」

 

「?!形人のやぞつい ?!むむむ」

 

その姿を見咎めたお仙はするりと天井から抜け出してくると、足元から着地する。

かつてのようなヘマはもうしないという事だろう。人形の前に躍り出て、ヒーローよろしくデュワっと構えを取ると視線を福太郎へ。

 

「ちょっと福ちゃん!? こんなのと一緒にいたらまた倒れちゃうよ!?」

 

「いやいや、今はまだ毒出せんみたいやし。特に危険はないと思うんよ」

 

「そうだそうだババア。よく分かんないけど、さっさとそこどいてよ」

 

「ババア!?」

 

突然の言葉に対し、お仙は全身を持って驚きを表現する。すると、それまでの警戒心はどこにいったのか人形を通り越し、側面の壁を通り抜けまして七号室に向かった。

八号室に帰還した時には、お仙は若干の冷静さを取り戻していた。恐らくは備え付けの手鏡で自分の顔を確認してきたのだろう。

そこにあったのは、まあなんと見事な美少女さん。鏡よ鏡よ鏡さん、この世で最も美しいのはだぁれ?

とはいえ、そのような言われを受けたのは初めてだったもので、いまだお仙の口調には興奮が伴っていた。

 

「こ、このピチピチ女子高生を捕まえて、ババアとな!?」

 

享年十六歳。妖怪と顕現する事となったお仙の体は生前とまったく同じものであり、其れ以来十年間老化の一つも起きていない。

妖力を扱いなれていないためこれ以上の形状変化は望めないが、それでもお仙は年不相応の体を持ち合わせているといえた。俗的な物言いとなるが所謂、ぼん、きゅっ、ぼんという奴である。

そんなお仙を捕まえて、ババアとは酷い物言いであると言えるであろう。

事の次第を問いただすお仙に、メディスンはきょとんとしていて、その後ろに控える福太郎に作品を見せたくて見せたくてうずうずしている。

 

「骸骨ジジイが、女の人捕まえて、ババアババア言ってたの。ここではそれがルールなんだよね?」

 

住人事情に芳しくないメディスンの事、味野が特定の人物を目の敵にしているなどという事は知ったこっちゃない。だからこの誤解も仕方のない事であろう。

問題は、お仙のほうにあった。メディスンの物言いはただの誤解。すぐにそれを理解できた筈であったのに、とうとう禁断のワードを言い放ってしまった。

 

「違う! ババアは紫さんだけ!」

 

その時、紫に電流が走る!

 

――――――明日からお仙ちゃんの小皺が一つずつ増えていきますわ。

 

――――――何言ってんだ?

 

――――――ロン。大三元字一色四暗刻トリプル役満。ごめんなさいね。

 

――――――何やとォ!?

 

――――――味野さん飛ばされちゃうニャ……。

 

――――――さっさと私と変わりなさいよ。

 

閑話休題。

さて、足洗邸にまんまと忍びこんだお役人一行。苦難苦難の旅路は、遂に終焉を迎える事になる。それも悲惨な結末で。

 

「荒井―――ッ!!」

 

二階・陸號室。住人宛ての食人食物により捕食される。

 

「仲本――コッチの様子は……仲本――ッ!」

 

一階・壹號室。防犯用地獄送り魔法陣発動。

 

「碇屋――ッ!!」

 

一階・管理人室。無数の腹ペコ化け猫たちによる襲撃。

総勢八人の役人たちは、物の数分で半分にまで減っていた。

 

「な、なんてこった……」

 

驚きに顔をゆがませるのは、一階生存者、志村である。

前線に出向くことの少ない諜報部出身であるとはいえ、最低限の自衛手段は心得ている面々の筈であった。それが、こうも簡単に排除されていく。彼が頭を抱えるのも無理はないといえた。

 

「と、とんでもねえー、アタシら『中央』の工作員だヨ!? そ、それが……こうもカンタンに……そうだ、田中と加藤は!?」

 

残りの生存者を捜しに足を向ける志村。

そして、その目が映した光景は。

 

「田中――ッ!」

 

一階・参號室。正体不明の狐耳により首をへし折られる。

新たな侵入者を見つけた式神が、志村に近づいてくる。

 

「ほげええ! だめだこりゃあ!」

 

脱兎の勢いで駆けだす志村。残るはもはや、大石と加藤のみ。

さて、もう一人の生存者、加藤は弐號室の中心に一人佇んでいた。

その視線は、胸部ディスプレイに映し出される妖力測定の結果に向けられている。

 

「なんだ!? この『弐號室』の! この異常な妖力数値はッ! こんな所に、ありえない!!!!!」

 

オンボロ邸の、ただの一室。

そんな所に、こんな所に、あり得ない。

しかし、事実であるのだから仕方がない。上がり続ける数値。場を支配し始める違和感。加藤は、頭上から顕現し始めたそれに気付かない。

加藤は一種の興奮状態に陥っていた。凄まじい速度で画面に入力をし始め、更に熱を帯びていく。

そして、遂に答えに到達する。

既に彼の運命はきまっていた。

 

「そうか! 解ッタァ! この部屋こそが! 『封印されし者』が創りし! 外界へのホコロビ! そして!」

 

足が。

降ってくる。

 

「ギュ!」

 

一階・弐號室。正体不明の足に押しつぶされる。

残るは、二人。

弐號室の戸をあけた志村が見たのは、粉々に踏みつぶされた加藤の残骸。そして天井に溶け込んでいく足であった。

 

「ゥ、ワァーオゥ! 隊長! 大石隊長――ッ!」

 

「どうした志村!」

 

文字通り飛び出て志村の叫びに、二階より身を乗り出して大石が呼応する。

隊長の生存に志村は一瞬安堵をおぼえたが、事態は一刻を争う。汗まみれの顔を拭ってから一階の悲惨さを訴えでた。

 

「た、大変です! アタシ以外一階は全滅―ッ!」

 

「何イイイイ!?」

 

顔をゆがませる大石、残りの隊員との合流を視野に入れ始めていた最中の報告であった。

そして今、志村の身にも魔の手が忍びよる。

 

「!? 志村ァア! 後ろうしろォオオオオオオ!」

 

壁にかけてあったはずの異国木製品が志村の後ろにゆらりゆらりと近づき。

パックンチョ。表面に彫り込まれた顔文様がまるで生き物のように口を大きく開き、志村を呑み込んでしまったのだ。

一階・リビング。正体不明の楯に喰われる。

残るは、一人。ピジョル・大石のみ。

 

「ぜっ、全滅!? 私の部隊が、全滅!?」

 

もはや大石に残された選択は、戦略的という言葉で飾った敗走のみと言えた。

彼が物理的破壊行動にうってでる許可は出されていない。奥の手《屁》も同様の事で、八雲・紫という正体不明者に間接的影響を与えることになる。

七支が出張ってきているというキナ臭さを感じつつも視察を実行したが、ここらが潮時であった。生き残りは彼しかいない。収穫は何もない。

帰還方法に頭を悩ませ始めた大石を余所に、のんきな会話をしながら、八号室より二人の人物が現れる。一人は田村・福太郎。

そして、笠森・仙。中央データベースに死亡と記載された存在である。

 

「暇だから、玉兎でも連れてきてよー」

 

「……わかったから着がえろよ……」

 

二人の会話を余所に、大石の思考はある一点に到達しようとしていた。

笠森・仙。元万魔学園生徒。享年十六歳。十年前、部屋に忍び込んできたストーカーに頸動脈を切られ死亡。中央に残されている情報は以上である。

というのも、報告をあげた管理人がふと目を離したすきに、その死体は忽然と姿を消していたのだという。

その死体が、いま、ここに在る。

動いている。

生きている?

 

「まさか……!?」

 

隠れる場所という場所もないわけで、自然と大石の確信に満ちた声は大きくなっていく。

得意満面の気色悪い笑みを浮かべる大石に気付いたお仙は、見知らぬ訪問者に首を傾げる羽目に。

 

「アンタ、一体――」

 

「やはり! やはりやはりやはり! やはり『中央』の見解は正しかったのだ! 解ル! ワカルゾ! 『足洗邸』は『妖化』させるッ!」

 

「はぁ?」

 

唯一無二の収穫、確証。

秀真国において、『中央政府』が手に持つ数少ない手掛かり。

 

「ワカルゥ! オマエの死体が忽然と消え、今この場所に在る事実! 選ばれたのだ『足洗邸』にッ!! 動き語る『足洗邸』としてッ! オマエこそが――ッ!」

 

大石の言葉はそこで途切れた。

一階にて、とある騒動が勃発したからである。

二人を引きつけたのは、何かが壁に叩きつけられた事による轟音。

 

「何事だ!?」

 

事態を把握するためにも、再び一階を見下ろす大石。

つられて、お仙も下の方に目を向ける。

そこでは首の折れた人間と、狐耳との死闘が始まっていた。

 

「ギギギギ……」

 

「…………」

 

頸椎をバラバラに破砕された人間は、動くたびに頭がふらふら。およそ人の動きではない。その口からも、人語とは想えぬ言葉が吐きでてくる。

一方、壁に叩きつけられたは狐耳。無機質の瞳が見据える先には、さきほどいとも簡単に退治した筈の人間。

突如として勃発した二人の闘いに、丁度一階に下りる途中にあった福太郎は思わず腰を抜かしてしまっていた。狐耳が、動く。

弾丸のように向かってきた狐耳を、田中はおよそ人間の反応速度とは思えぬもので捉えていた。接近しつつあったその横顔に向かって、薙ぐような拳の軌道。

姿勢を低くしてそれを回避した狐耳の、九本ばかりそろった尻尾が自重を知らずに長くなっていく。

持ち主の命令に従い、金色の尻尾の毛先は、田中を捉えるべく走り始めた。男の体に巻きつく。そうしてから尻尾達が八方に向かおうとすれば、哀れ田中は磔の如く。

腕を封じられ、足を封じられ、其れを見てから狐耳自身も動く。

身動きのとれない田中の胸に向かって、己の拳を突きたてた。

一閃、貫通に至る。しかし、心の臓を捉えて死ぬくらいなら、首を折られた時点で冥界に飛び立っていた筈だ。

案の定機能停止に至らなかった田中は豪力を持って、自身に絡みつく尻尾を物ともせずに、その一本一本を狐耳から引き抜いていった。

最後の頼みの一本尻尾をつかみ取った田中は、遠心力の任せるままに身をねじって、狐耳をぶん投げる。

よりにもよって、福太郎の方へ。

 

「福太郎ッ!」

 

これを、身を呈して守ったのはマサライである。それまで壁に掛かっていた楯は人へと形状変化し、狐耳と福太郎との間に割って入ると不可視のバリアを形成。斜面状に出現した不可視壁に激突した狐耳は、福太郎とマサライを大きく飛び越えて、邸の壁面に頭から突っ込んだ。

 

「ちょっとハゲ! あれ、アンタの知り合い!?」

 

「ハゲではない! 結ってるのだ! 田中! 私の声が聞こえないのか!?」

 

「ギギギギギ……」

 

「ピストルで撃たれた訳でもあるまいに、変な声出してる場合か!」

 

隊長である大石の言葉に、田中が反応する様子はない。そもそも、言葉が届いているのかどうかすら、怪しい様子だった。

埒が明かないと一階におりるお仙を、福太郎はぽかんとした顔で迎えた。

目前にて突如起きた闘いを、いまだ把握しきれていないのだろう。

 

「福ちゃん大丈夫!?」

 

「俺は大丈夫ねんけど……」

 

「てか、ヤバくない? あの人負けそうだよ?」

 

いち早く壁から頭を引き抜いた狐耳は、その顔に表情こそ見せぬが、満身創痍の体を晒していた。それでも、彼女は行く。参號室を汚す輩の元へ。

それを囃すのは、自棄の勘八と化した大石だ。

前情報で八雲・紫の式神を見知っていた彼にとってみれば、部下の失態に関しては頭を悩ますか、自暴自棄のどちらかしかない。後者を選択した彼は今までのうっ憤もあってか、小躍りしている。扇子を掲げまして、あ、それ、あ、それ。もう一つ。

 

「いいぞ田中! 思う存分にやれ! 全責任はお前にあるし! 私は関係ないし!」

 

「ブサイクハゲ! ちょっと黙ってなさいよ!」

 

「ブサイクではない! 結ってるのだ!」

 

お仙が怒声を張り上げた頃には、決着は既についていた。

先のお返しとばかりに腹を貫かれた狐耳。腕が引き抜かれ、穴を晒しながらもまだ立ち向かおうとしたが、その頭上から振り下ろされる踵。

床板を破砕する勢いで叩きつけられた狐耳は、遂にその動きを止めることになった。その横顔が、田中の足によって抑えつけられる。

 

「マズいナ、私《コレ》はまダ地霊とノ対話が済ンデいなイ。私でハ、勝テなイ」

 

マサライの冷静な自己分析。元々守る事に特化した神格であるのだから、準備のままならない現状を鑑みれば、じり貧といった所か。

足元で対敵を抑えつけたままの田中が、ふと福太郎たちに腕を向ける。

その五指を握りしめたと思った途端、拳そのものが射出された。

ロケットパンチである。

 

「ちょ、ちょっとちょっと!?」

 

「何ィィィイイイ!? 田中、お前スーパーロボットだったのか!?」

 

飛来するそれを再びマサライが防ぐものの、推進力を保ったままのそれは弾かれようが何度も再来する。

 

「不味イ! 福太郎、済マナイが、ヨシタカあタリヲ連レテキてクれ!」

 

「いいぞ田中! そのままそこの『家神』を打ち倒し、足洗邸を最終回にしてやれ!」

 

「あ?」

 

「あ……」

 

興奮が興奮を呼び、大石は言ってはならぬ言葉を口にする。

そのものの本質たる、力ある名。

天井下りではない。笠森・仙でもない。彼女の《神》は、そんな浅いものではない。

それはこの地を総べる者。邸の支配者。

大石の言葉は、足洗邸の九十九神、《家神》として、染號室住人を覚醒させてしまった。

足洗邸に在る限り、家神に敵は無し。

 

「何ィィィィイイイイイ!?」

 

「出妖! 鳴屋!」

 

その言葉に呼応して、総勢八人の鳴屋が出現する。漆黒の妖怪達は家神の腕に吸い込まれていき、物々しい雰囲気を放つ装具としてその身を現した。

 

「逆柱! 成形!」

 

その言葉に呼応して、完璧を恐れるがため、一つだけ逆さに立てられた柱が目を見開き、己の身を大いに成長させ、遂には屋根を押し上げてしまった。

一転して屋根無しとなった足洗邸を、満月が覗いている。

家神が駆ける。漆黒の装具を兼ね備えた拳を振りかぶって。

 

「悪客! 害客! おことわり!」

 

狙うは、屋根が押し上げられた事によって出現した、空。上。

 

「反逆のォオオオオ! シェルブリットォオオオオオオオ!」

 

「ギギッ!?」

 

打ち付けられる拳。

田中の体は強烈な衝撃を受けて、一瞬にして空の彼方に消えていった。

 

「家内安全」

 

「……アニメの見すぎや」

 

外界へと繋がる場所を得て、大石もまた、さっさとその場を逃げだしていた。

 

 

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