関東地方ではソメイヨシノが満開になる頃だが、ここ下北半島ではまだまだ蕾である。
4月生まれの瑞稀は1歳になった。
立華親子が大湊に来てから半年が経過したことになる。
この日、翔鶴の補修、改造工事が完了した、と明石から連絡が入った。
先月中旬には、利根が、下旬には瑞鶴、龍鳳の補修、改造工事が完了していた。
昼食後、立華は大淀、曙と共に港に来ていた。
いよいよドックから翔鶴が引き出されるのである。
作業員の声が飛ぶ。
<ドック内作業員退避完了!>
<ドック内注水開始!>
<了解、ドック内注水開始>
ドック内に海水が注水される。
ドックの全長は250mを超える長さがある。
艦体が浮くまでには暫く時間が掛かる。
<水位1m・・・2m・・・・3m・・・・5m・・・・・>
<間もなく、艦体離床します!>
<翔鶴、バラスト注水用意!>
<ただ今、艦体、離床!>
<バラスト水、注水>
<ドック内、注水完了!>
<翔鶴、バラスト水制御始め!>
翔鶴の艦体が水に浮いた。
艦のバランスを取るため、バラスト水を制御する。
艦のバランスが取れると、
<ドック扉、解放!>
<ようし、引き出せ!>
タグボートが翔鶴を引き出していく。
瑞鶴、龍鳳もそうだが、装甲甲板化と機関改造工事、新装備などで、総トン数が500から800トン増えている。
これで500kg爆弾までなら弾き返せるようになった。
タグボートでゆっくりと引き出されていく。
大きさは姉妹艦瑞鶴と変わらないが、改めてドックから引き出されているのを見ると、大きい!
暫くしてタグボートによって、桟橋に接岸させられる。
立華たちがタラップから飛行甲板にあがる。そこに翔鶴が艦橋から降りてきた。
「提督、航空母艦翔鶴、補修・改修作業完了いたしました。 これより各部点検に入ります。」
「よろしい。 翔鶴、出渠おめでとう。 早速だが、各部点検を行い、予定通り、明日から陸奥湾内で試験航海だ。いいね?」
「はい、承知しております。 各航空隊の発着艦訓練も明日から月月火水木金金で行います。」
「これで大湊鎮守府全艦が稼働可能となるわけだな。」
立華が秘書艦・曙を見やって言った。
「でも、航空隊の発着訓練って、やってきたんじゃないの?」
「ああ。報告では、姫路の鶉野や鈴鹿、横須賀、百里原、三沢なんかでやってたらしい。 基本はそれでいいと思うよ。でも、やっぱり、艦の設備の違いもあるし、大きさも違うし、動く艦での訓練は常に必要なわけだし。」
「そうなの?」
「そういうもんさ。」
4月も下旬になって、下北半島では2つの花が咲いていた。
一つは桜。
5月になろうかと言うこの時期になって、ようやく桜前線が本州最北端まで達した。
淡いピンクの小さな花が枝一杯に咲いている。
1週間もすれば、桜の花が満開になるだろう。
もう一つはブルーベリー。
こちらはまだまだ蕾が多いが、桜よりも低い枝に、白い小さな花が咲いている。
春の、花の季節の到来を告げている。
風は冷たいが、指す日の光は暖かさを感じるようになっていた。
この日、大湊鎮守府ではちょっとした出来事が起こっていた。
いま、鳳翔の指輪がここにある。
鳳翔が最後の日、出撃前に調理場で忘れて行った、立華から貰った、ケッコンカッコカリの指輪だ。
この指輪にチェーンを付けて、瑞稀の首にかけてやった。
瑞稀への1歳の誕生日プレゼントではないが、立華がずっと持っているよりは、この方がいい、と思ったのである。
瑞稀にプレゼントしてから気づいた事がある。
それは・・・・
瑞稀には妖精が見える、様なのである。
基本的に基地内で妖精達が居るのは、開発工廠や建造ドック、入渠ドックなどであり、執務室にはめったに現れない。
立華が時折、ドックや工廠に瑞稀を伴っていくのだが、最近は、妖精達に手を振る、話しかける(と言っても、あー、うーがほとんどだが。)という事が見受けられるようになった。
「以前まではこんなことは無かったんだけどなぁ」
「でも、今は見えてるようよ、クソ提督。」
「ああ。見えているってことは、瑞稀は、艦娘か提督の素質があるってことだよな・・・・。」
「そういうことになるわよね。 嫌?」
「嫌とか、そういうのではなくて、単純に、不思議に思っているだけなんだけど。」
立華は、顎に手をあてて、怪訝そうな顔をしている。
「提督と艦娘の娘は、そういう素質を持ち合わせているのか。 もし、そうなら、積極的にこの案件は上層部へ報告できないなぁ。」
「クソ提督、どうして?」
「あまり大きな声で言える話ではないが、産まれてきた子の意志に関わらず、その素質だけを求められると、艦娘を積極的に孕ませることになりはしないか、とかね。考えてしまうわけだよ。だから・・・大きな声では言えんだろう? 愛情もなく産まれさせられた艦娘にとっては不幸の始まりでしかない。」
「・・・・・・・・」
「艦娘は、慰み者じゃない。愛情と誠意を持って接すれば接するほど、大きな力を発揮することができるんだ。俺は少なくともそう思っているし、そうやっているつもりだ。」
艦娘は、兵器ではない。喜怒哀楽の表現ができる人間である、人間よりも感受性は強いのかもしれない、と立華は思っている。
だから・・・だから、立華は鳳翔を愛したのだ。だからこそ、瑞稀を愛せるのだと。
義務感ではなく、純粋に人として愛せるのだと。
そうであるからこそ、今、立華の隣に立つ、曙を愛おしく思えるのだと。
そう思いながら曙を見詰めている。
その視線に曙が気づく。
「なによ?」
立華は何も言わずに、曙の頭を撫でる。撫でながら・・
「何でもない。ただ、俺は曙の傍にいるし、曙は俺の傍に居てくれる、と思って。」
顔が朱くなっていく曙は
「そ、そう。 あたしもアンタの傍にいるし、アンタはあたしの傍に居てくれるわ。」
「そうだな。」
「ああ、もう! いつまで撫でてんのよ、クソ提督!!」
「悪い。 きれいな髪だな、と思ってつい、ね。」
「当然よ!」
そう言って、プイ、と横を向いてしまった。
顔を赤くしたまま・・・。
ある日、軍令部より新たな命令書が立華の元に届いた。
「国内の鎮守府、基地の艦隊再整備について」と御大層な題名がついていた。
(嫌な感じがするな、これ。)
予感は的中した。
命令:大湊鎮守府より空母2、駆逐艦4を舞鶴鎮守府へ転属させる。
航空母艦:祥鳳、瑞鳳
駆逐艦:如月、睦月、秋月、夕立
と。
理由は書いてあったが、先の佐世保強襲に伴い、舞鶴から1個艦隊が出払っているが、そのまま佐世保へ転属させるため、その補充という事だった。
「ウチの連中は皆、高練度だから、どこへ行っても活躍は出来るだろう、けどなぁ・・・・」
「こちらとしては戦力ダウンしかならない命令ね。」
「全くだ・・・・。貴重な戦力なのに。」
「抗議致しますか?」
「出来る訳ないでしょ? 一端の提督がさぁ、軍令部の命令に意見するなんて・・・・・」
「そうよね。 じゃぁ、仕方がないわね。」
「ああ。艦隊運用をもう一度、ゼロから考えないと、いけないなあ。 ああ、頭が痛いよぉ。」
「では、呼び出しますね。」
と大淀が館内放送で6人を執務室に呼び出した。
しばらくして6人が執務室に揃った。
「提督、なにか用?」
「なになに? 出撃っぽい?」
ごほん、と咳払いをして命令書を読む。
「本日、軍令部より命令書が届いたので、ここで読み上げる。本日をもって、大湊鎮守府所属の、航空母艦祥鳳、瑞鳳、駆逐艦秋月、夕立、睦月、如月の6艦を舞鶴鎮守府に転属するものとする。異動期限は、1週間以内とする。 以上だ。」
「「へ? 舞鶴へ転属??」」
「「なんで???」」
「あ-、なんだ。 俺としては、高練度で、ココに慣れ親しんでいる君たちを手放したくはない、本音を言えば。 折角、増強した戦力を裂くなんていう事もしたくない。 ただ・・・・・」
「軍令部からの命令であれば、致し方ないですね。」
と祥鳳が答えてくれた。
「すまない。 皆、聞き入れてくれ。 いいね?」
その日の夕食は、6人の送別会となった。
3日後、6人の出発する日が来た。
「俺個人とすれば、短い間だったけど、世話になったね。ありがとう。 向こうに行っても元気で。 舞鶴には、大湊の大ベテランが行くから、と宣伝しておいたよ。」
「えええ! 誇大宣伝はいいよぉ。 やりにくくなるじゃん!!」
と瑞鳳が応える。
「ははは!・・・・・・」
しばし、無言の時間が流れる。 別れは好きじゃないなあ、と。
「では、提督。祥鳳以下5名、これより舞鶴鎮守府に向けて出発いたします。 お世話になりました。行ってきます。」
「ああ。行ってらっしゃい。 こっちは、いつ戻ってきてもいいからな。」
さよなら、は言わない。行ってきます/行ってらっしゃい で見送る。
再び出会うと信じて。
再びここへ戻ってくることを信じて。
<舫解け!>
<機関、微速前進!>
<港外で陣形を組む!>
<手隙のモノは上甲板。帽振れ!>
(無事でな、皆。)
港から艦隊が見えなくなるまで彼女らを見送っていた。
各隊は以下のようになった。
○大湊鎮守府所属(便宜的に700番台を名乗っている。)
第701戦隊:金剛、榛名
第702戦隊:扶桑、利根
第703戦隊:青葉、衣笠
第704戦隊:鈴谷、熊野
第711航空戦隊:蒼龍、飛龍
第712航空戦隊:(空き)
第713航空戦隊:翔鶴、瑞鶴
第714航空戦隊:龍鳳
第721水雷戦隊:名取、阿武隈
第722水雷戦隊:天龍、龍田
第731駆逐隊:朝潮、村雨、五月雨、涼風
第732駆逐隊:漣、潮、朧、曙
第733駆逐隊:(空き)
第734駆逐隊:照月、秋雲、巻雲