艦隊これくしょん w/ BIOSHOCK INFINITE 作:焼き鳥タレ派
コンコン。霧島は小さくノックして呼びかける。
「お姉様、お食事をお持ちしました。開けてください……」
“……サンクス、そこに置いといてほしいネ”
「そろそろ出てきては貰えませんか?みんな心配しています。
久しぶりに一緒に食事をしましょう」
“ソーリー、艤装の手入れが忙しいネ。ちゃんと後で食べるから”
「わかりました……」
金剛型四姉妹4番艦の霧島はそこで引き下がった。
あの巨人との戦い以来、姉は変わってしまった。部屋に引きこもりがちになり、
あまり食欲もない様子だ。たまに風呂や改装のため外に出てくることはあるが、
何を話しかけても生返事ばかり。何より、あの太陽のように眩しい笑顔が
ぱったりと消え失せてしまった。座った目で、表情には出さないが
怒りとも憎しみともつかない雰囲気を放ち、誰も寄せ付けようとはしなくなった。
霧島が廊下を歩いていると、同じく金剛型姉妹艦の比叡と榛名が心配そうに待っていた。
「ねえ、霧島。お姉様どうだった?」
霧島を見た比叡が急いで尋ねてきた。霧島は首を振る。
「駄目ですわ。まだ出てきてくださいません。……心の傷は深いみたいです」
「何しろ、私達艦娘の存在意義を傷つけられたようなものですものね、あの事件で……」
事情を聞いている榛名も金剛の心中を察する。
「私達にできるのは、食事をお持ちすることくらい。
提督は時間が解決してくれるのを待つしかないと仰いましたが、
このままではお姉さまが……」
霧島が持っていった食事の代わりに持ち帰った、下げた食器のトレーに目を落とす。
半分近くが残ったままだ。
「放って置いて良くなるとは、私思えない!どうすればいいの!?」
「比叡、落ち着いて。お姉様がふさぎ込んでいる今は、私達がしっかりしないと」
「……そうよね、ごめん。3時になったら、私も何かお茶菓子持ってってみる」
「その時は私も連れて行って。一緒に会いに行きましょう」
そして3人は宿舎から去っていった。後には部屋の中に金剛一人が残された。
カーテンを閉めた薄暗い部屋。金剛は外した艤装に向き合う。
「これなら、これなら十分戦える。構わない。もう私は……」
彼女はそっと艤装に取り付けた装備に手を触れた。
「諸君、間もなく始まるぞ」
提督が皆に告げる。作戦司令室には俺とエリザベス、提督と秘書長門、陸奥。
そしてコンソールに大淀が着いていた。
「天皇のラジオ放送……全国放送なんだよな?そうじゃなきゃ意味がねえ」
俺は提督に念押しする。
「ああ、全国の海軍基地に放送設備を設置してテープも送付してある。
ラジオはテレビより簡易な設備で放送できるからな。
かえってテレビより都合がよかった」
「ならいい。カムストック派の勢力拡大を防げるだろう」
「提督!放送、始まります!」
ヘッドホンから電波に乗った小さな声をキャッチした大淀が告げる。
そして指令室内に、荘厳な声が響く。一朝一夕では身につかない、
まさに2000年に渡る国家の歴史を継承する人物が放つその声は、
アメリカ人の俺すら聞き入らせる力があった。
“敬愛する日本国民よ、私は
この非常事態を終息せしめんとするため、この放送を以って、
あなたがた善良なる日本国民に申し伝えるものである”
「天皇陛下のお声を、まさかこんな形で耳にするとは……」
長門が複雑な表情で独り言を漏らす。
“現在、陸軍の一部がカムストックなる扇動者によって掌握され、
海軍と交戦状態に陥っている。カムストックは、異国より持ち込みし超技術により
陸軍を魅了し、その甘言で海軍を敵対者と誤謬させ、
同じ日本を守る防人を同士討ちさせた。悲しきことに、既にその犠牲となった者が
多数存在する。現に彼に唆されたものたちが、私の命を狙っており、
今はこうして地下壕からあなたがたに言葉を届けているのが現状である。
そして、次にカムストックが、この放送を聞くあなたがたにその魔の手を伸ばすことは、
疑いようのない事実”
“私は申し上げたい。日本国民よ、惑わされてはならない!
あなたがたが手に取るべきは、目の前にぶら下げられた、
出処もわからないカラクリなのだろうか?否、断じて違うと私は考える。
あなたが握るべきは、そばにいる父、母、兄弟、隣人。彼らの手なのだ。
そして、現在カムストックに踊らされている陸軍兵の諸君に告ぐ。
君達が手にしている異国の技術はまやかしだ。君達が兵士を志した時の気持ちを
思い出して欲しい。同じ軍人同士で戦うために過酷な訓練に耐えてきたのか!
人から与えられた玩具を振り回すために心体を鍛え上げてきたのか!そうではない筈だ。
君達は、日本国民を守るため、大和魂の象徴たるその軍服に身を包み、
戦う決意をしたのだろう!それこそが君達の武器ではなかったのか!?”
“まだ間に合う。過ちに気づき悔い改めたものは、いつでも受け入れる準備がある。
武装解除の上、最寄りの海軍基地に来られたし。
共に戦おうではないか、我々の本当の敵、深海棲艦と。
カムストックは、欧米並びにロシア中国を仮想敵国として君達を操り人形としているが、
私は彼の国々とも手を取り合えると信じている”
“カムストックに告ぐ!貴君は日本の危機を煽り、争いを生み出そうとしているが、
その陰謀が実現することは決してない。
なぜなら、日本国民一人一人には忍耐と慈愛の心が備わっているからだ。
例え如何なる国難に見舞われようと、これらが揺らぐことはないのだ。
最後に今一度全ての国民に申し上げる。
私は、皆が真に守るべきを忘れることなく、正しき道を歩むよう望むものである。以上”
放送が終わっても、皆しばらく黙り込んでいた。
一本の映画を見た後のように、余韻が抜けるのに時間がかかった。
「……堂々とした演説ね。これなら皆も簡単にカムストックに
騙されることはないと思うわ」
エリザベスが最初に口を開いた。
「ああ!上手く行けばカムストック派の兵士も目を覚ますに違いない。
ブッカー君のアイデアのおかげだな」
「ただの思いつきだ。それに、成功するかどうかは時間が立たないと、まだわからん」
「確かに、いかに陛下のお言葉が強大でも浮上した伊豆大島の存在は……」
ブロロロロ……
長門が言い終わる前に、外から慌ただしい音が聞こえてきた。
これは……大型車両の排気音だ。とにかく俺達は司令室を飛び出した。
鎮守府の北側に、10名ほどの陸軍兵を乗せたトラックが2台、
そして後方に荷台があるトラックが1台止まっていた。
トラックの1台が拡声器でこちらに呼びかけてくる。
“ふざけた真似をしてくれたな!我々は既にカムストック様に忠誠を誓った!
お飾りの天皇などもはや不要!これからの日本を導くのは
カムストック様ただお一人なのだ!”
「提督、結果の一部が現れたぜ。あのバカたちが何しに来たのかは想像がつくだろう。
エリザベス、ティアだ」
「わかったわ……」
「くそっ!なぜ同じ軍人同士で戦わなければならない……!?」
“今すぐ偽りの羊飼いと少女エリザベスをこちらに渡せ!
さもないとこの鎮守府が血に染まることになるぞ!”
「救いがたい知恵遅れでも痛みは学習する。ちょっと教育してやるか」
俺はエリザベスが出現させた武器ラックから、RPGとマシンガンを取った。
“10秒だけ待ってやる!それまでに偽りの「ダララ!!」バリィ!キィィーン……”
「うるせえんだよ」
俺はやかましい拡声器を撃った。うるさい以上にイライラする。
“……そ、総員突撃!!”
向こうから陸軍兵の声が聞こえる。同時に2台のトラックから兵士たちが飛び降り、
こちらに向かって走ってきた。全員大きなジュラルミンの盾を持ち、
マシンガンやカービン銃等を装備している。
奴らは盾で身を守りながらジリジリと距離を詰めてくる。
どう攻めるか考えていると、エリザベスが話しかけてきた。
「待ってブッカー、あの数と乱戦するのは危険よ。
さっきティアでここにバリケードを見つけたの。そこから攻撃しましょう!」
「ありがてえ!さっそく頼む!」
エリザベスがティアを開くと、目の前に背丈半分ほどの鋼鉄の壁が現れた。
これならマシンガン程度ならびくともしない。
リロード時に隠れる場所をどう確保するか考えていたので助かった。
「よし、皆殺しだ!」
俺は奴らにマシンガンを向けて横一列に薙ぎ払う。
すかさず連中はジュラルミンの盾に隠れて銃撃に耐える。だが、これは計算済み。
敵が怯んでいる隙に、左手にビガーを握り込み、更に力を入れる。
1マガジン撃ち尽くした俺はしゃがんでバリケードに隠れてリロード。
「攻撃ー!」
今度は敵の一斉射撃。ガンガンガン!とバリケードがけたたましい金属音を立てる。
俺は身体を出さずに結晶化したビガーを放り投げた。
「全員、進めー!」
そして、邪魔なバリケードを突破しようと奴らが前進した時。
ドオォン!!
「ギャアアーーーッあづい!あづいいい!ああああ!!」
おっしゃ!トラップ化したデビルズ・キスに引っかかった間抜け共が火達磨になる。
盾を構えて隊列を組んでいた連中がパニックになり、背を向ける。
その隙を狙って俺はマシンガンで掃射。
背中を蜂の巣にされた陸軍兵が血しぶきを上げて死んでいく。
「待たせてすまない!我々も微力ながら加勢する」
バタバタと武装した男が駆けつけてきた。マシンガン兵と戦った時に出会った警備兵だ。
他にも後ろから6,7人が付いてきた。
「よう、数日ぶり。今度は逃げ遅れんなよ!」
「逃げはしないさ、鎮守府を守るのが俺達の仕事だからな!」
「死なねえのが第一目標だぞ、死体に砦は守れねえ!」
警備兵達もボルトアクションライフルで応戦を始めた。
盾を失った兵士の頭を正確に打ち抜き、数人で盾を構えて防御を固める集団には
手榴弾を投げ、吹き飛ばす。敵もマシンガンで撃ち返してくるが、
皆一斉に頭を下げ、バリケードに隠れる。ガギコガゴゴゴ!と
やっぱりうるせえ金属音を聞きながら攻撃が止むのを待つ。
そして攻撃が止まったら、再び少しだけ目を出し、攻撃を再開。
前回はやられっぱなしだったが、俺達は確実に敵の数を減らしていった。
「今度はあいつらRPG撃ってこねえな!楽だけどよ!」
「多分君の能力を警戒しているんだろう!トラックに跳ね返されたら大爆発だからな!」
「それじゃあ何か?あの戦いを見てた奴がいるってことか!」
「そういうことだな!もう奴らは各所にスパイを放っていると考えた方がいい!」
喋りながらも攻撃を止めない俺達。仲間のほとんどを失った敵兵は、
盾で身を守りながら、3台目の荷台があるトラックに撤退していった。
「見ろ、奴ら撤退していくぞ!やった!俺達守りきったんだ」
喜ぶ顔見知りの警備兵。だが、様子がおかしい。敵兵が戻ると、
トラックの荷台がガルウィング式に開き……俺は見たくないものを見てしまった。
頼む神さん、嘘だと言え。
「お前ら、全員逃げろ!」
「え、一体何が……?」
「言っただろう、逃げ遅れると命取りだと!」
「……!わかった、全員撤退だ!」
警備兵達が退却するのを確認した俺は、所持ビガーを切り替えると、RPGを構えた。
同時に、トラックから“奴ら”がガシャン!と音を立て飛び出した。
そいつは貴族服を着せられ、白髪をカールし、背中にコロンビアの国旗を2本背負った
奇妙な姿。そして最も警戒すべきなのは、多数の銃身を円形に束ねたクランクガン。
その威力は並の遮蔽物を貫通し、その高い発射レートと相まって、
下手な砲より脅威となる。その殺人ロボットこそ、
「モーター・パトリオット……!!」
しかも2体。勘弁してくれ。奴らは3台目のトラックに隠れていた兵士たちと共に、
ガシャガシャと足音を立てながら近づいてくる。
“コロンビアの栄光のために!”
俺の姿を認めたモーター・パトリオットが、クランクガンを俺に向ける。
俺は即座にビガーを1体に放つ。殺し合え!
ああ、よく考えたらポゼッションがあったな。
最近使ってなかったから……って効いてねえ!
ビガーを命中させたはずの1体が持つクランクガンが空転し、
一瞬後、ドガガガガガ!!と凄まじい勢いで弾丸を放ち、バリケードを穴だらけにした。
とっさに横に飛んだから助かったが、まずいことになった。
理由はわからんが、ビガーが効かないパトリオット2体を
相手にしなければならなくなった。
“私の目は預言者の眼だ。狙いは外さない”
「ははは、もうお前もおしまいだな、偽りの羊飼い!」
パトリオットの後ろからさらに敵兵も近づいてくる。
ちくしょう、とにかく殺るしかねえ!俺はRPGを右肩に構え、
向かって右側のパトリオットに発射。命中と共にロケット弾が爆発。
爆煙が晴れると……くそが、死んでねえ!服が焼けて胴の外殻が壊れただけだ!
……やべえ!今度は2人揃ってクランクガンで狙ってきた。
俺はとにかく後ろにジグザグに走ってどうにかやり過ごしたが、
これ以上後退はできない、提督や他の警備兵の連中が太刀打ちできるとは思えねえ。
くそ、エリザベスにスカイラインを頼むんだった!
RPGをリロードしながらもガシャン、ガシャン、という足音が俺を焦らせる。
もどかしい手つきでロケット弾を装填し、再度腹が壊れた1体に発砲。
ロケット弾が白煙を上げ真っ直ぐに飛翔し……命中。再び爆発音が轟く。
が、頭と左腕が吹き飛び、見た目はボロボロになったが、
クランクガンを持つ右腕が健在。ガタガタと震える手が確実に俺に銃口を向ける。
あれを食らったらシールドなんか意味がねえ。くそったれ!もう終わりか……
「……ここからは任せて欲しいネ」
俺の前に一人の艦娘が立ちはだかった。白い和服に短めの袴姿。金剛だった。
ガガガガガ!!彼女は艤装を盾にして銃撃を防いだ。
「お前、立ち直ったのか……?」
「耳、塞いで」
彼女は質問に答えず俺に言った。両手を耳に当てると同時に、彼女の41cm砲が轟いた。
対艦砲弾の直撃を受けた傷だらけのパトリオットは、今度こそ粉々になった。残り1体。
なるほど、人間じゃねえから遠慮なくってことか。
「助かるぜ!奴は背中のネジが弱点だ、狙えるか!?」
「関係ない。正面から叩き潰すネ……」
「ああ……?」
「
金剛はゆっくりと最後のパトリオットに近づく。
俺が見た金剛はあの日の彼女とまるで違った。その目は殺意を帯び、
敵の急所を狙うことしか考えていなかった。
間違いねえ、彼女は、金剛は、俺と同じになっちまったんだ……
“死に痛みはない”
パトリオットが容赦なくクランクガンの弾丸を金剛に叩きつける、
美しい白の和服が無残に破れるが、艦隊戦の砲撃や魚雷に耐える戦艦の彼女には
ほとんど効果はなかった。わずかに腹の肉を削られ出血する金剛。
しかし、彼女は意に介さず、パトリオットに41cm砲2門の照準を合わせる。
「燃えてしまえ……バーニング・レイジ!!」
再び41cm連装砲が吠える。熱く焼けた砲弾が鉄仮面に襲いかかる。
パトリオットは回避行動を取ろうとしたのか、
ぎこちない動きで後ろに移動しようとしたが、それがかえって
背中の弱点を見せる結果となる。直後、着弾。奴のねじが背中ごと消し飛び、
空に舞った。
“ギ、ガガ……ア、ア”
急所を失い、モーター・パトリオットは機能停止した。
頼みの綱を失った陸軍兵達が慌てふためく。
「やべえぞ、機械人形がやられた!」
「構うな、奴は艦娘だ!人間は殺せねえ!偽りの羊飼いに突っ込むぞ!」
「おう!」
金剛が艦娘の行動原理に縛られていると思い込んでいる兵士たちは、
バリケードを乗り越えようとこちらに走ってくる。だが。
「しつこい連中は……嫌いネ」
彼女は艤装に取り付けた25mm三連装機銃を兵士達に向けた。
彼らは驚きの顔を浮かべるだけで、声も出せないまま、
バラララララララ!!
無数の大型機銃弾が襲いかかる。陸軍兵は為す術もなく、降伏する間もなく、
対航空機用の弾丸を浴びて、赤やピンク色をした何かの塊に姿を変えた。
「何やってんだ!そいつらは人間だろう!」
俺は叫ぶように呼びかける。
「……関係ないネ。敵だから殺した。それだけ」
ドルルルル!ドルルルル!
味方の全滅を確認したトラックが撤退しようと慌ててエンジンを掛ける。
金剛は主砲に砲弾を装填し、先頭車両に狙いを定める。
「おい、やめろ、やめろ!!」
「敵前逃亡はデス・パニッシュ。覚悟するネ」
三度目の砲声。凄まじい轟音と熱風で吹き飛ばされ俺は動けなくなる。
たっぷり30秒は倒れていた俺はふらつきながら立ち上がる。
そこで見たものは、燃え上がり、鉄骨だけになった3台のトラックだった。
金剛はただ無表情でその場に立ち尽くしていた。
「何を考えているんだ君は!自分が何をしたのかわかっているのか!?」
執務室。あの大人しい提督が珍しく大声で金剛を怒鳴っている。
「もちろんわかってるヨ……敵を殺した、軍人として当たり前ネ」
「君は軍人じゃない、艦娘なんだ!人を守るために生まれてきたんだ!
殺し合いは兵士のやることだ、それを君は……」
「そう。私はもう艦娘じゃない。一人のソルジャー。
あの日からもう、私は艦娘じゃなくなった……」
「あれは君のせいじゃない、やむを得なかったんだ!」
「ああ、あれは俺がヘマしたせいだ。責めるなら自分じゃあなく、俺を責めろ!」
思わず俺も口を挟んでしまう。……手遅れだと知りつつも。
「事情や状況なんて関係ないネ。
艦娘としての道から外れた事実はもう変わらない、変えられない。
私はソルジャーとして生きることに決めたネ」
「くそっ、とにかく……君の手当と新しい服を用意させる」
「それなら提督にお願いがあるヨ……私に、似合う軍服をプレゼントして欲しいネ。
それと、艦娘としての金剛を除名処分に。
これからは新しい艦種、海でも陸でも戦える“移動要塞”金剛として扱って。
艦娘の金剛としての最後のお願い。どうか聞き入れて欲しいヨ」
「認めん、そんなことは断じて認めんぞ!
君は艦娘だ、誇りを持ってそう名乗って良いんだ……!!」
提督はデスクに両腕を叩きつける。だが、金剛は彼の肩に手を置き、
「提督、私、中途半端は嫌なんです。戦いが仕事の兵士になるより、
“人殺し”の艦娘として、またみんなの中で生きていくほうが辛いんです。
お願いネ……私を救いたいなら、私をソルジャーとして送り出して?」
「……畜生!! 長門君、彼女に、“服”を……!」
「わかりました。さぁ、金剛。こっちへ……」
「ありがとう、提督。艦娘の金剛として、最後のメッセージ。
私、提督のこと、好きだったヨ……」
そして執務室のドアが閉じられると、提督は崩れ落ちるように椅子に身を預けた。
「なんでこんなことになるんだ……」
「すまない提督。敵を殺しきれなかったのも、彼女を止められなかったのも、
全部俺のせいだ」
「向こうは超兵器を2体も投入してきたのだろう……君も自分ばかり責めるのはよせ」
「ああ、そうだな……」
30分ほどして金剛と長門は戻ってきた。純白の着物を着ていた金剛はもういない。
彼女は限りなく黒に近い紺色をした、ボタンの多いダブルのコートにネクタイを締め、
同色のズボンを履いていた。
彼女は白い手袋をはめた手で提督に敬礼し、改めて挨拶をする。
「移動要塞金剛、只今着任致しました。どうぞよろしくお願いいたします」
「……っ!……貴艦の活躍に、期待する!」
絞り出すような声で提督も答える。
その時、タタタタ……と廊下を走る音が近づいてきた。
「お姉様!!」
誰かが執務室に飛び込んでくる。眼鏡を掛けた知的な女性をはじめとした3人の艦娘。
皆、変わり果てた金剛を取り囲む。
「お姉様、どうなさったんですか、その格好は!?」
「霧島、私、ソルジャーとして生きることにしたネ。戦艦金剛はもういない。
比叡、これからはあなたが一番上のお姉さんだヨー。
しっかり皆を引っ張って行かなきゃ、ノーだからネ……」
「いや!お姉様、お願いだから元の姿に戻ってよ!!」
「そうです!4人揃ってこそ金剛型四姉妹じゃないですか!!」
泣き叫びながら懇願する3人。だが、金剛の固まってしまった決意は変わらない。
彼女は俺に話しかけてきた。
「ブッカー、みんなに私が何をしたか、教えてあげてほしいヨ……」
「お姉様が何を!どうしてお姉様が軍服を着なければならないのですか!?」
霧島という艦娘が掴みかからんばかりの勢いで俺を問い詰める。
「さっき彼女は……敵兵を殺した。それも1人や2人じゃない。自分の意思でだ」
「……!!」
絶句する3人。なぜ、どうして。それぞれの顔が心情を物語るが、
衝撃的な事実に誰も言葉を紡げないでいる。
「いきなりのサプライズでみんなびっくりしたと思うけど、
私、あの巨人兵を殺した時からずっと考えてたネ。もう私は艦娘じゃない。
でも、二度と彼みたいな犠牲者を出さないために戦いたい。
そうするにはソルジャーになるしかなかったんだヨ……」
「ひどい、どうしてお姉様が!?あんまりですわ……」
「そんな顔しないで、霧島。何もこの鎮守府を去るわけじゃない。
戦う相手が増えただけ。今まで通り深海棲艦を倒して、
ブッカーと一緒にカムストックをビートダウンする。
ちょっと忙しくなるだけだから心配しないでほしいヨー」
「カムストック……そうだ!お前達のせいだ!
お前達のせいで、お姉様は……お姉様は!!」
憎しみを込めて比叡が俺の胸ぐらを掴み、体ごと持ち上げる。
俺は抵抗せず彼女に話しかける。
「ぐっ……!ああそうだ、俺のせいだ。
カムストックが現れたのも、金剛が戦わざるを得なくなったのも、全部俺の責任だ。
殴るなら、気の済むまで殴れ」
「この野郎……この野郎!!」
「やめなさい比叡!」
金剛の一喝で比叡が振り上げた拳を止める。
優しかった姉の怒声に驚いた比叡は思わず俺を手放す。
「ブッカー、貴方は悪くないデス。でもどうしても責任を感じているのなら、
私を一人前の兵士に育ててほしいネ。警備兵の人から聞いたヨ。
貴方、U.S.のアーミー所属だったって。私を立派な兵士に育て上げて!
陸でもこの41cm砲の力を十二分に活かせるように!」
床に放り出された俺は、座りこんだまま頭を振ると一言だけ告げた。
「……果ては地獄だぞ」
「覚悟の上ネ」
「お姉様止めて!今ならまだ間に合います!今日のことは不幸な事故だったんです!
お姉様の心が不安定な時に敵襲が……」
「いいの、榛名。ありがとう。榛名は本当に優しい娘。でも、もういいの。
これは私自身が決めたこと。お願いだから、何も言わずに見送ってほしいヨー」
「ううっ……お姉様」
「じゃあ、ブッカー。さっそくソルジャーとしての手ほどきをプリーズ」
「よし……いきなり辛い仕事になるぞ。腹くくっとけ。提督、掃除道具置き場はどこだ」
「1階の階段隅の扉だ……何をする気だ?」
「俺が新兵だった頃やらされた“課題”だ。
まず敵を殺すことがどういうことか知ってもらう。付いてこい、金剛」
「オーキードーキー!」
「待ちたまえ、ブッカー君!君は本当にこんなことが正しいと思うのか?」
「正しくない。だが現実は無慈悲だ。気づいた時には正解の道は塞がれ、
間違いだとわかりきった残りの道で一番マシなものを選ぶしかない」
「そういうことネ。提督、みんな、行ってくるヨ……」
「お姉様……お姉様……」
すすり泣く金剛型姉妹艦達を残して、俺と金剛は執務室を出た。
そして階段を降り、1階の清掃道具が保管されている倉庫に入った。
俺は必要な物を探して辺りを見回す。
「ヘイ、ブッカー何を探してるの?」
「いいから、そこにいろ。……ポリ袋は、あった。10枚もあれば十分だな。
あとはバケツと……」
道具を調達した俺は倉庫から出た。
そして金剛を連れて、さっきまで戦場だったあの場所に戻ってきた。
陸軍兵の死体とパトリオットの残骸はあらかた撤去されているが、
血痕と硝煙の臭いがまだ残っている。
「ブッカー、ここで何するネ?」
「後片付けだ」
「後片付け?」
「そう、目を凝らして周りを見ろ」
「周りっていっても何にも……ひぅっ!!」
金剛は衝撃を受け、小さな悲鳴を上げた。彼女の顔が青ざめていく。
軽く見回すだけでは気づかなかったが、地面をよく見ると
赤やピンクのぶよぶよした小さな肉片が散らばっている。
生きていた頃は陸軍兵だった何かだ。既に蝿がたかり始めているものもある。
俺は金剛に黒いポリ袋を突きつけた。
「ほら、拾うんだ」
「ひ、ひろう……?」
「そうだ。自分がしたことの後始末だ。死体が沈んじまう海との違いをここで覚えろ。
そうだな……俺が殺した奴と混ざっちまってるから、その袋1枚分でいい」
「待ってほしいヨ……あの、ハサミは?」
「寝ぼけてるのか?手でやるんだ。戦争の結末を身体に覚え込ませろ、
それとも何か?“これ”の片付けは誰かに任せて、いきなりマシンガンや
スナイパーライフルの使い方教えてもらおうとでも思ってたのか?」
わざと意地の悪い言い方をする。
金剛は怯えた表情で大きく首を振り、なんとか返事をした。
「そ、そんなことないネ……やるヨ、私は、ソルジャーだから!」
「なら、早くしろ。1つ目だ」
金剛は肉片の一つに恐る恐る近づいた。小腸か何かだったのだろう。
千切れたピンク色の短い管が落ちている。ゆっくりと“それ”に手を伸ばす。
指先が触れると、ぬるり……という得体の知れない感触が伝わり、
背中に凄まじい悪寒が走る。思わず手を引っ込めた。
「どうした、もう降参か。提督に頭下げりゃ、今なら元に戻れるぞ」
「うるさい!今やってる!!」
金剛は無理に自分を奮い立たせるよう俺に怒鳴ると、再び肉片に手を伸ばした。
今度はなんとかヌルヌルした管を掴み、持ち上げようとした。
すると、管から消化物か排泄物かわからないが、どろりとした何かがこぼれだした。
「くっ!……ううう」
彼女は悲鳴を上げそうになるが、歯を食いしばって飲み込んだ。
そしてようやく肉片の1つポリ袋に入れた。
「そんなペースじゃ日が暮れるぞ!ちゃっちゃとやるんだよ、こんな風に!」
手榴弾を食らったのだろう、特に死体の散乱が激しいところで、
俺は手際よく肉片をポリ袋に放り込んでいった。金剛も2つ目の肉片に手を伸ばす。
今度は、指だった。人差し指が根本から千切れ、河原の小石のごとく、
当たり前のように転がっている。
これが町中だったら警察が出動するほどの惨事だが、戦場ではごくありふれた光景。
これが戦争なのだ。金剛はまたゆっくりと指を掴み、ポリ袋に入れた。
この掴んだ指、持ち主が生きていたころは何をしていたのだろう。
朝食のパンを口に運び、晩酌のジョッキを握り、ひょっとしたら
我が子の頭をなでていたのかもしれない。そんなことを考えていた金剛の頬には、
いつの間にか熱いものが伝っていた。そんな彼女を見ていた俺は、
さっき見つけたあるものの処理を手伝ってもらうことにした。
「金剛、ちょっとこっちに来て手伝ってくれ!人一人分だから俺だけじゃ少々骨だ!」
「え、一人分……?」
俺は既に精神が消耗気味の彼女に、追い打ちを掛けることにした。
そう、俺は戦艦金剛を、殺す。彼女はまだ兵士になりきれていない。
移動要塞金剛として戦っていくためには、まだ心の内にくすぶる
艦娘としての彼女を消さなければならない。許されるとは思っていない。
だが、中途半端な覚悟で戦場に出れば死ぬだけだ。彼女が来た。……すまない。
「ヘイ、どうしたのブッカー」
「こいつを運ぶのを手伝ってくれ。俺は頭を持つからお前は足だ」
鉄クズと化したトラックの運転席に移動した俺は、“そいつ”を指差した
「こいつって?……!!きゃ……んぐ、んぐうう!!」
大声をあげようとした金剛の口をすかさずハンカチで塞ぐ。
「叫ぶんじゃねえ!いちいち戦場で悲鳴あげてたら、
敵に見つけてくれって言ってるもんだぞ!そうなりゃ死ぬのはお前じゃねえ、
死ななくて良かったはずの味方だ!!」
金剛がパニックから幾分回復したのを見計らって口から手を話した。
そう、彼女が見たのは、自分が放った砲弾で炎上したトラックの中で焼け死んだ
陸軍兵の焼死体。炭のように真っ黒になった死体が胎児のように丸まり、
ボクサーのように腕を曲げている。焼けた肉の臭いが鼻を突く。
その言語に絶する死の臭いを思い切り吸い込んでしまった金剛は、
その場で激しく嘔吐した。
「あがっ、がはっ、うえええ!!」
「馬鹿野郎、吐きやがって!貴重な栄養分ゴミにしやがったんだぞ、わかってんのか!
戦場じゃ、まともな食い物にありつける保証なんかどこにもねえんだぞ!」
「ぐすっ……だって、こんなの、酷すぎる……」
「泣くのをやめろ。殺ったのはお前だ。その結果がこれだ。責めているわけじゃない。
だが、その現実から目を背けることは許されん。死にたくなかったらな。
実戦では否が応でもこんな死体と向き合うことになる」
俺は運転席から焼死体を引きずり出し、金剛のほうに足を向けた。
思わず彼女は目を背ける。
「急げ、もうすぐ日が暮れる。衛生兵が回収しやすいように鎮守府の裏手まで運ぶんだ」
「オ、オーケー……」
性別すら判別不能になるほど激しく燃えた死体は、まだほんのりと温かく、
わずかに残った肉がべとりと手に張り付く。
金剛も同じ感触を覚えていたようで、悲痛な面持ちで焼死体の両足を持ち上げた。
そして一緒に焼死体を持ち上げた俺達はトラックからゆるい坂を下って、
鎮守府裏手の薄暗い芝生の庭に焼死体を起き、“一般人”の目に触れないよう、
ポリ袋を被せて適当な石で重石をした。
金剛の方を見る。彼女は目を見開いたまま、瞬きもせず座り込んでいた。
……今日はこれ以上は無理だろう。
「金剛、俺は衛生兵に連絡してそいつの回収を頼んでくる。今日の訓練は終わりだ。
帰ってよし」
「私……私まだやれるヨ」
「痩せ我慢をするな。これ以上続けると人格が壊れる。俺はお前を兵士にする。
だが、ロボットを作るつもりはねえ。さっさと提督んとこへ戻れ」
「……」
金剛は何も言わなかった。今日のショックから立ち上がれるまで回復するには
少し時間がかかるだろう。俺は警備兵の詰め所へ向かった。
バシャバシャバシャバシャ!!
金剛は屋外の水道の蛇口をいっぱいに開き、激しい流水で手を洗い続けた。
何度も何度も、手が冷え切ってもなお両手をこすり続けた。
「落ちない、落ちない、落ちない!こんなに洗ってるのに、
どうして血が落ちないの!?」
そうだ、石鹸を……だめ、みんなが使うのに、死体を触った手で、死体、死体……!!
ぬるりとしたピンクの管、無造作に放り出された指、
そして奇妙な形に燃え尽きた焼死体。それらが彼女の脳裏に蘇る。
「うぐっ!……はぁ、はぁ……」
また嘔吐しそうになるが、さっき焼死体を見た時に吐き尽くしたため、
何も上がってこなかった。
「もっと……もっと洗わなきゃ。こんな手で提督に会いになんて行けない!
そうだ、臭いは……いやだ、臭い、こんな手じゃ何も触れないよ!
お願いだから落ちてよぉ!!」
「金剛君?……金剛君!!」
その時、金剛の声を聞きつけた提督が執務室から降りてきた。
「どうしたというんだ、そんなになるまで手を洗って!」
金剛の紺色のコートは跳ねた水でびしょ濡れになっていた。
「近寄らないで!私の手は汚い!提督に臭いが移る!」
「何を言ってるんだ、君の手は真っ白だ!いつものように綺麗な手だ!」
「嘘!こんなに血や体液でベトベトで、こんなに臭いのに!!」
「新兵が陥りやすい幻覚だ」
いつの間にか連絡を済ませたブッカーが戻っていた。提督がブッカーの胸ぐらを掴む。
「……彼女に何をした!!」
「自分がしたこと、しようとしていることを再認識させた。
肉片となった死体を拾わせ、焼けただれた焼死体を運ばせた」
「貴様ぁ!!」
ドガッ!
提督は思い切りブッカーを殴りつけた。地面に倒れ込むブッカー。
彼は地に手をつきながらゆっくり起き上がり、地面に座り込んだまま語った。
「殴りたいなら好きなだけ殴れ。だがな、金剛が陸でも戦うと決めた以上、
敵の死と向き合う心づもりは今のうちにしておく必要があるんだよ。
最初に陸軍兵が攻めてきた時に言ったよな。
陸での戦いは海での戦いよりその結果が具体的だと。
死体が海に消える海戦より、砕け散った死体が残る陸上戦闘の方が心理的負荷は大きい。
いきなり実戦の中でそいつに直面し、パニックに陥ったら、待っているのは、死だ」
「だからと言って……!!」
「提督、もういいネ。ブッカーの言ってることは正しいヨ。彼は私を鍛えただけ。
でも、ありがとう……」
「金剛君、こんなことはもうやめるんだ!君一人が辛い思いをして何になる!?」
「生き方の問題。いくら提督やみんなが慰めてくれても、
自分自身をもう艦娘だと思えなくなっちゃったんだヨ……
そんな艦娘でもないのに大砲ぶら下げてる私が生きる方法は、
もうソルジャーになるしかなかった。だから、提督、お願い。
もう元に戻れなんて言わないで。新しい私を受け入れてほしいネ」
「ぐっ……金剛。金剛……!!」
「ブッカー、どこかに新しい石鹸はないカナー?
もう、みんなと同じ石鹸は使えないから……」
「さっきの清掃道具の倉庫にあったが、一応言っとくぞ。お前の手はとっくに綺麗だ。
汚れてるように見えるのは強迫観念から来る幻覚だ」
「でも、これからも汚れるかもしれない、いや、きっと汚れるでしょう。
必ず必要になるからいくつかもらってくるネ」
そして彼女は本館に戻っていった。後に残されたのは男二人。
お互い何を話すべきなのか考えていたが、先に口を開いたのは提督だった。
「さっきは……済まなかった。君の言うとおりだ。
君はただ彼女に求められて陸上戦闘での訓練をしただけだというのに」
「自分の娘に死体運びをさせられて怒らない親はいねえ。あんたは正しい。
俺も正しい、とは言わないが、少なくとも間違ったことをしたとは思ってねえ。
ただ……現実は無情だ、ひたすらに」
「ああ、そうだな。本当に……」
本館裏の日陰を冷たい風が通り過ぎる。俺はしばらく座り込んだままで、
提督も立ち尽くしたまま執務室に戻ろうとはしなかった。
カチカチカチ、ガシャン!カチカチカチ……
深夜。執務室で提督がタイプライターに向かい合っていた。
○人事異動報告書
・除名 戦艦 金剛 一身上の都合により。
・就任 移動要塞 金剛 艦種名は仮称。正式名称については追って指示を乞う。
上層部への報告書を書き上げた彼は、しばらく何もせず、
まだインクの臭いが新しい報告書を黙って見つめていた。