燃え盛るような憎悪が私を蝕む。
磔を出自とし、凌辱を礎とし。身を包み込む業火のもとに、私は生まれた。
「サーヴァント、アヴェンジャー。召喚に応じ参上しました。……どうしました。その顔は。さ、契約書です」
鳩が豆鉄砲食らったような間抜け面を見れたものだから、ジャンヌダルク・オルタはようやく溜飲を下げた。フランスからこっち、この男には毎度の如く苛立ちを募らせていたものだから、してやったりである。
しかし、出来る女ジャンヌダルク・オルタはそれをおくびにも顔には出さない。彼女はさも平然を装ってマスターたる男に話しかけた。
「……何時まで固まっているのです。私が何のために字の練習をしてきたと思っているのですか」
『――あ。そうだね、ごめん。改めて、来てくれてありがとうジャンヌ!』
「ふん。別に貴方のためではありません。いけ好かない聖女様に何時までもでかい顔されてたら、こっちの立つ瀬がないのよ。極めて個人的な都合によるものだから、挨拶なんていらないわ」
『せっかく二人はジャンヌちゃんなのに……』
「ほんと一言多いわねアンタ!」
大方の予想通り、ルーラージャンヌダルクはとっくの昔にカルデアに来ているようだった。
ジャンヌダルク・オルタを諌めつつも、人類最後の希望は沸点を見極めた上で彼女を煽りたてる。後輩が顔を曇らせるのも頷ける話だ。
さて、さっそく暴れて壊して燃やし尽くそうと企てていたジャンヌダルク・オルタ通称邪ンヌであったが、どうもマスターには考えがあるらしい。
話を聞くに、初めてカルデアを訪れるサーヴァントには歓迎会を開くらしく、邪ンヌの参加は必定であった。
「アンタ馬鹿ァ? サーヴァントに食事なんて必要ないのよ」
『心の贅肉を削ぎ落としてばっかじゃ苦しいでしょ。たまにははしゃがなきゃ』
「……ハァ。聞く耳は持っていないようですね。いいですか? 私は馴れ合いをするためにここに来たわけではありません。貴方は戦いの時にだけ私を呼び出せばいいのですから」
『もう準備出来てるから早く早く。あとは邪ンヌのリクエスト待ち』
「ちょ、貴方何を考えて…離しなさいったら!」
不躾に手を握ってくるマスターに、邪ンヌは驚く。
無論、サーヴァントの怪力をもってすれば、容易く振りほどく事は可能だ。勢い余って壁に叩きつける事も難なくやってのけるだろう。しかし、突然のアクションが邪ンヌの動揺を誘った。彼女は悪辣を装う事を好んだが、この時ばかりはマスターの言いなりになってしまったのだ。
「――ん。なんだマスターか。どうやら召喚は無事成功したらしいな」
男に手を引かれ辿り着いた場所は、近代的なキッチンの備え付けられた部屋だ。清潔に維持されているらしく、汚れ一つ見当たらない。
まるで牢名主の如く待ち構えていた浅黒の男をマスターは認めると、途端に喜色を含んだ笑みを浮かべる。
『準備ありがとうエミヤ』
「この程度礼には及ばんよ。さて、君があの聖女の……」
「あの女と一緒くたに語られるのだけは我慢なりません。長生きしたいなら、それなりの節度というものを学ぶ事ですね」
「これはまた、難儀な英霊をつれてきたものだ……」
素知らぬ振りで、男は調理の準備を続けている。およそ女の戦場には似つかわしくない風貌と図体だ。腹に巻かれたエプロンだけが、申し分ばかりにらしさをアピールしてくる。
男はエミヤと名乗った。異端の英霊邪ンヌをして与り知らぬ真名である。
「しかし、良かったのかね? こんなこじんまりとした所で歓迎会とは。いっその事食堂にでも移動して盛大にやらかすのが、君の好む趣向だろうに」
『……今日は荒ぶる消毒神が居るからね』
「ナイチンゲールか……彼女も悪気があっての事ではないんだろうが、一度皿や調理器具を見ると当分放そうとしないからな」
マスターとエミヤは親しげな風で会話を交わすと、用意されていたテーブルと椅子の方へ彼女を促した。
『さ、座って座って! 今日はエミヤが料理を作ってくれるんだ! エミヤの料理は絶品だし、きっと邪ンヌも美味しいって感じるよ!』
男はマスターの信頼を勝ち取っているようだった。その顔つきたるや、一切の猜疑心が見当たらない。
邪ンヌはマスターの事も主従関係もどうでも良かったが、悪意の一欠けらもない繋がりだけは心底気に入らなかった。その身は恩讐の彼方より来たりしものであれば。いやに眩しさを覚えて、邪ンヌは知らず窒息しかかった。この場は、この空間は、私を拒絶している。まるで淡水に放り込まれた海の魚のようにも思えた。両者は同じ空間で共存出来るが、内部構造が異なる事に変わりはない。邪ンヌは孤独な海の魚だった。
ならば、自分の方から拒絶してやろう。有無も言わさず席を立った邪ンヌは、目を丸くするマスターを尻目に部屋を出ようとする。
何時ぞやの盾の英霊とばったり出くわしたのはその時だ。感知式の扉が開かれたかと思えば、通せん坊するかのようにマシュ・キリエライトが立っている。彼女もまた淡水魚だった。
「あ、ジャンヌダルク・オルタさんですね。私はマシュ・キリエライトです」
「……ふん、アンタの事なんか知らないわよ」
「今日は歓迎会との事で、微力ながらお手伝いに来たのですが……」
「あいにく歓迎会はもうお開きよ。誰がそんなものに出るものですか」
邪ンヌは歯に衣着せぬ態度でマシュを切り捨てた。何時か、何処かの記憶の残滓が、邪ンヌの脳裏を過ぎる。まるで泡沫のような記憶が、邪ンヌの苛立ちを悪化させるに至った。
次いでマシュの顔つきが曇る。そうだ。こういう反応が欲しかったのだ。
満たされた欲求に耽溺するのも束の間、後ろからマスターが呼び止めにかかる。邪ンヌの愚かしい失態だった。さっさと外に逃走を図ればよかったものを、彼女は己の享楽に酔いしれてしまった。
「っ……! だから気安く触るなと……!」
『待ってよ。邪ンヌに、食べてほしいんだ』
「貴方の言葉に従う必要性がありません。貴方はマスターで、私はサーヴァント。共に戦う以外で接点なんて必要ないのよ」
『一緒に戦ってはくれるんだ』
「それは、そうでしょう。そういうシステムですし、そのために、来たのですから……不本意ですけれど」
『じゃあ、色々話した方が、戦闘にも有利になると思う。邪ンヌはそう思わない?』
「全く思わな……」
目だ。
邪ンヌはマスターの、透き通った青い瞳が大嫌いだった。どこまでも続く青空のような、それでいてみなもに映る月のように淡い光を放っている。その瞳に見つめられると、何故か、何も言えなくなる。頭のどこかの誰かが、輪郭を帯びて浮き上がってくる。
邪ンヌは苦虫を噛み潰したような表情をしばし続けたが、やがて観念したかのようにテーブルに戻った。マシュと顔を見合わせたマスターはそれまでの態度が嘘のように喜色を浮かべると、再度エミヤシェフに言葉をかける。
ここからが本題であり問題でもあった。人理を巡る戦いを経て成長しつつあるものの、マスターは日本の一学生に過ぎない。知識がないのは当然の事であった。
『よし! それじゃあ何食べようか! やっぱりフランス料理?』
「あー、マスター……。言いにくいのだが、世間一般的なフランス料理が出来たのは16世紀からの事だ。ジャンヌダルクはその時代より前の人間だから、当然彼女もフランス料理を食べた事はない」
エミヤの言葉に、マスターは驚きを隠せない。マーリンのヒゲという奴だ。
脳裏に描いた豪華絢爛、鮮やかな彩りで食欲を煽り立てる極上の虚像達が、見るも無残に崩れ去っていく。
『ええ!? 邪ンヌそれって本当!?』
「知識だけならありますけどね……」
砂上の楼閣に縋りつくマスターに対し、邪ンヌは仏頂面で頷いた。
聖杯が勝手に送り続けてくる知識は虚像そのものだ。片田舎の少女の一生では手に入れられぬ程の英知を彼女は蓄えたが、その全てがあまりにも空しい。
彼女は生涯フランスを知らずに死んだ。しかして、ジャンヌダルク・オルタの霊基にフランスという概念はある程度植え付けられている。そのギャップが彼女を尚更苛立たせた。
『じゃああのソースが凄いのとか、なんか見た目が凄いのを邪ンヌは知らない……!?』
「恐らくはマリー・アントワネットの領分だろうな」
『邪ンヌにかこつけてフランス料理を食べようとしたのが間違いだったか』
「ふむ……さも当然のように、私がフランス料理を振舞えると考えているな?」
『出来ないの?』
「……ふっ。任せたまえ、マスター。和洋中、全てを再現してみせよう」
『これが無限の料理製……!』
「語呂悪すぎです、先輩!」
邪ンヌの苦悩を知ってか知らずか、外野のがなりたてる騒音は無価値にして有害だ。
ありがたくも椅子に座りなおしたにも関わらず、マスター達は自分そっちのけでフランス料理がどうのこうのとわめき散らしている。
邪ンヌはマスターの事などどうでもよかった。他のサーヴァントとの関係など論外だ。しかし、淡水魚どもが群れを成しているのは、どうにも気に障った。
「――ああもう、煩いわね! そんなに言うなら、私に一番似合うフランス料理を作ってみなさいよ!」
ジャンヌダルク・オルタ様からのご注文――【私に一番似合うフランス料理】
「ジャンヌダルク。百年戦争に舞い降りた聖女にして英傑。アルザス=ロレーヌにて生まれた彼女は神の声に導かれるまま、軍を率いたと言われています。オルレアンの開放、それに伴うシャルル七世の戴冠やイギリス軍駆逐など、彼女の功績は留まる所を知りません」
『ありがとうマシュ。いつも助かるよ』
「いえ、そんな……」
英霊知識に乏しいマスターにとって、マシュは外付けハードディスクだ。泉のごとく湧き出てくるそれは、言葉をもって歴史を物語る。かつてフランスの地に立った聖女の生き様が脈々と受け継がれているという証左でもあった。
しかし、マスターの顔は杳として優れない。事態が単純であったならば、彼もどれだけやりやすかったか。戦場での閃きもこの時ばかりは舞い降りず、彼はむつかしそうに首を捻った。
『ジャンヌダルク・オルタだもんなぁ』
行儀よく席に座って待機中の彼女は、見てくれこそジャンヌダルクそのものだ。生前の彼女を模したそれは、絵画に勝り伝聞を凌駕する。しかし、その内包する魂は別人と言っていい。
燃え盛る黒炎に臓腑を焼かれ、苦悶の末に復讐を誓ったそれは――とある男の妄執によって生み出された虚像に過ぎない。『彼女の最期』に涙した人々の想念を喰らい、一人歩きを始めたもう一人のジャンヌダルク。それがアヴェンジャーたる彼女の正体だ。
本来の聖女であれば、干草の臭いを嗅いで往昔に思いを馳せたかもしれない。
だが、邪ンヌには何もない。あるのは復讐心だけだ。コンピエーニュの戦いで捕虜になり、尋問され、強姦され、遂には火炙りの刑に処された。聖女はそれさえも良しとしたが、邪ンヌは未来永劫忘れる事はないだろう。それが彼女の在り方なれば。
問題は、ジャンヌダルク・オルタにとって生前の記憶など無いも等しいという事だ。当然、15世紀のフランス料理など知る由もなければ、食べた経験すらないだろう。製作者達が望んだのは、食に感謝する女ではなく、何もかもを燃やし尽くす悪鬼なのだから。
「ふむ……とりあえずフレンチでも作ってみるかね? 16世紀から始まったそれは、今や世界中にその根を下ろしている。フランスを代表する文化体系である事には違いあるまい」
『んー、でも邪ンヌってそんなにフランス好きじゃなさそうなんだよな……なんでこんな注文したんだろ』
マスターの慧眼は正しく真実を見つめていた。今や邪ンヌは針のむしろ、つい勢いで言ってしまったが故に、後悔先に立たず。今更訂正するのも恥ずかしいし言いづらいしで、なんとも言えない顔で明後日の方向を向いている。結論から言おう、邪ンヌはフランスを食べたくなかったし、どうでもよかった。
しかし、自分から言ってしまった以上引き下がれないというめんどくさい矜持が彼女を縛り付ける。口を開けば煽りの言葉しか吐き出さない。
「ふん。何が料理好きですか。客の注文の一つもマトモに取れないなら、看板を下ろした方が身のためですよ」
「邪、邪ンヌさん! エミヤシェフの前でその台詞は……!」
しかし、マシュの動揺を余所に、鉄人シェフの顔色に焦りは見受けられない。彼は余裕をも垣間見せる態度で邪ンヌに立ち向かう。
「さて、本来の聖女は生来ベジタリアンだったようだが……よもや君はそうではあるまい?」
「ハッ! あんなクソったれた宗教に私が殉死するとでも? あんな経験一度すれば十分よ!」
「だ、そうだマスター……。どうやらレパートリーを考慮する必要はないらしい」
間隙を縫うようにして、ちゃっかり料理へのヒントを戴いてくるのだから、正にいぶし銀の活躍だ。この器用かつ柔軟な思考、生前はさぞモテたに違いない。
エミヤはあくまで脇役に徹する腹積もりのようだった。指先が紐解く人類史の軌跡はありとあらゆる料理の形をもって顕現するが、その手は未だ包丁すら握っていない。よもや何も思いつかないという訳ではないだろうが、その視線は調理器具ではなくマスターに向けられている。これもマスターの責務という事だろう。一人の英霊の要望すら答えられないでは、人類史を救うなど口に出すのもおこがましいという訳だ。
『肉、魚、卵……うーん、逆に選択肢が広がりすぎた気もしないでもない』
しかし、当のマスターにしてみればかなりの無理難題だ。彼は料理人ではない。古今東西、日本から始まった旅はとうとう神代くんだりに達さんとするが所詮食べてきただけだ。作った例など数えるほどしかない。
マスターの窮地を救うのは、何時だってマシュの助け舟だ。マスターが頭を悩ませているとくれば、即座に口を出し、歩み寄る。その姿勢に揺るぎはない。
「中世ヨーロッパでは穀物が主流だったそうです。主の祈りで言うところの、我らの日用の糧ですね。主にパン食が好まれ、中世社会では非常に重要な役割を担いました。それと野菜や果実も多く摂取されていました」
『ジャガイモとか?』
「いえ、ジャガイモはもっと後の時代に登場します。またヨーロッパへの伝来当初は悪魔の根っこと呼ばれ、人々から忌み嫌われていたようです」
『ダ・ヴィンチちゃんを思わせる博識ぶり……! マシュ、一体いつそんな知識を』
「あ……その、何時か先輩のお役に立てるのではと思いまして」
『マシュ……!』
「よ、喜んでもらえて何よりです。先輩」
突如繰り広げられるラブ&コメディには目も当てられなかった。日ごろ慣れ親しんだエミヤはともかく、邪ンヌからしてみれば堪ったものではない。かくしてここに、ラブ臭を敏感に嗅ぎ取った清姫を筆頭とするカルデア勝手にマスターのベッドに潜り込んで委員会の襲来が確定したのである。
閑話休題。マスターは突然穴があくかといった具合で視線をマシュに送り出したものだから、彼女は知らず顔を赤らめた。
「ど、どうしましたか。先輩」
『そういえば、マシュは一番何が好き?』
「私、ですか? ……おまんじゅう、チョコレート……すいません。すぐに決められそうには……」
『そっか。そうだよね』
「……?」
何かしらの着想を得たのか、マスターは早速エミヤに声をかけた。彼に料理の腕はまだない。だが、その構想を具体化させてくれる頼もしいサーヴァントなら確かにいる。
かくしてエミヤは調理にとりかかった。その背中たるや、正にキッチンの守護者。クッキングガーディアンである。材料、良し。まな板、良し。包丁、良し。その他調理道具良し。染み付いた料理人の血潮が、エミヤの腕を滾らせる。マスターの描いた空想を具現化せしめるのは、正にこの男を置いて他にはいないだろう。
『むぅ…あの動きは…』
「ご、ご存知なのですか、先輩!?」
『うむ――――固有結界浪費拳。その源流は日本の一都市での出来事に端を発する。固有結界を無駄遣いして作った複製品は、当代一の逸品と寸分違わぬ性能を示したという。ちなみに「弘法筆を選ばず」ということわざは、一流は自ら道具を作れという固有結界浪費拳の極意が誤って伝わったものである。愚堕愚堕書房刊「冬木虎聖杯史」』
「一体どこからそういうネタを仕入れてくるんだ、君は……」
遥か彼方、何時か訪れたカッティングに思いを馳せつつも、エミヤの包丁捌きに淀みはない。
流石は仕事人といったところか、マスターの下らない話が終わるころには、もう料理を出せるところまでに来ていた。カルデアの料理人様様である。これで時折来襲するエリちゃんズの防衛も担っているというのだから、泣ける話だ。
曰く、料理とは、皿の上に宇宙を描く事により極致に至る。
あらゆる要素を内包し、森羅万象を着飾って無限の味わいを提供する。料理人とは、ある意味において根源に接続しているといっても過言ではないだろう。
しからば、この逸品もまた宇宙を体現するが如し。スープに浸かったそれの触感たるや滂沱の涙を流すに至り、その風味は脳細胞に突き刺さる。
詰まるところ――カツオブシベースのスープに口をつければ、体の温まる事間違いなし。口に含めばそのシコシコ感は、邪ンヌを新たな味覚の境地に誘うだろう。今ここに、極上の一品が舞い降りた――――
「で? これは一体何なのかしら?」
『うどん』
――――つまり、それはうどんだった。
しかし、ただのうどんではない。フランス生まれへの配慮だろうか、一つまみずつ等間隔で皿に並べられたそれは、まるでパスタのようにくるりと巻いて飾り付けられている。細麺を使っているからだろうか、見た目もそれほど嫌らしくない。
勿論、邪ンヌがそれを知るはずもなかった。それどころか、フランスかぶれの日本料理なんてどっちつかずの贋作は、彼女が最も唾棄すべきものだった。つい、この間までは。
「うどん……? 成る程、これが貴方の考えるフランス料理という訳ですね」
『いや、バリバリ日本料理だよこれ。見た目はそれっぽいけど』
「アンタ私をバカにしてるのかしら!? この……」
邪ンヌの怒りは留まるところを知らない。怒髪天を衝く勢いはテーブルを引っ繰り返さんとしたが、次第に彼女にも冷静さが戻ってくる。マスターの目に嘲笑は見受けられず、邪ンヌは出掛かった悪罵を寸での所で引っ込めた。
『ま、とりあえず食べてみてよ』
「……いいでしょう。そこまで言うのであれば。ですが、もし私の要望通りのものでなければ……その時は分かっていますね?」
邪ンヌの怒りを余所に、皿に盛り付けられたうどんは暖気を纏って待ち構えている。うどんを着飾っているのはテリーヌだろうか、キャラメリゼで炙った表面が香ばしい焼き色を放ち、肉の臭いが鼻腔をかどわかす。
邪ンヌはこの期に及んで食事に及び腰だったが、マスターの手前、これ以上の躊躇は自身の矜持が許さなかった。
意を決して口に含んでみると、なるほど、毒ではない。甘味を内奥した複雑な味わいは、スープの働きかけが強いのだろう。麺にもよく味が染み渡っており、テリーヌとの合わせ技で食感も一塩だ。口の中で咀嚼するたびに、豚肉の濃厚な味わいが飛び込んでくる。
喉元をするりと抜ける食べやすさは細麺の面目躍如といったところか。それでいて、フォークに巻き取ったそれを口に含めば、確かなコシを邪ンヌの舌と歯に訴えかけてくる。結論から言えば、悪くはない。
だが、だからといって邪ンヌの注文に答えたという事にはならないだろう。
『どう? といっても、作ったのはエミヤなんだけど』
「……まあ、美味しいのは、確かですね。けど、説明にはなってないわね。これのどこが、私に一番似合うのかしら?」
『うん。確かに、証明は出来ない』
マスターはあっさりとその事を認めた。まるで最初からそう言うつもりであったかのように。
『うどん仕立てにしてもらったのは、識ってないものを食べてもらいたかっただけだよ』
「ハッ、余計なお世話ね。本当に」
邪ンヌは腹の底から笑いたくなった。初めての勝利である。何時から始まったかも定かでないマスターとの腐れ縁は長らくに渡り、その度彼女は敗北の味をかみ締めてきた。加えて、自分もそれをどこかで納得しているのだからタチが悪い。それは、邪ンヌが無意識にもマスターを認めている事の証左でもある。
しかし、それとこれとでは話は別。勝利の味は格別で、復讐は承認欲求の塊だ。邪ンヌは釣りあがりそうになる口角を抑えきれない。
マスターの次なる言葉を聞き逃さなかったのは、あの日あの時結んだ縁が所以か。はたまた今この場にある霊基の気まぐれか。上機嫌だった邪ンヌにとって、初めそれはただの負け惜しみにしか聞こえなかった。
『じゃあ今度の食事の時は、俺の料理を食べてみてよ。まだまだ下手だからエミヤに作ってもらったけど、次はきっと、邪ンヌに一番似合う料理を自分で作って見せるよ』
「……ハァ。貴方は私の注文に答える事が出来なかった。それでいて、もう一度作るからまた食べてほしいと? それも、今度は数段腕前の劣るであろう貴方の手作りで? フフフッ、厚顔無恥もここまでくると一級品ね。褒めてあげます」
邪ンヌは冷たくあしらったが、なおもマスターは食い下がる。
『でもさ、邪ンヌ。一番似合うフランス料理っていうけど、邪ンヌは他のフランス料理を食べた事あるの? 比べられないよね?』
「ッ、お前という奴は」
それは、今をもってなお、邪ンヌを激情に陥れるには十分な言葉だった。
ジャンヌダルク・オルタには歴史がない。ジャンヌダルク・オルタは空気だ。人類史に刻み込まれ、誰も彼もがその怨念に肩入れしたが、その実像には重みがない。聖女ジャンヌダルクの人生と彼女のそれは重ならないのだ。
故に、ジャンヌダルク・オルタは無知である。たとえ聖杯が知識を与えようと、彼女は何も見た事がなく、聞いた事もない。
だから、マスターは彼女に向かって手を差し伸べた。
『――だから俺と探しに行こう。ジャンヌに一番似合うフランス料理を。ここを最後のレストランにしちゃうなんてさ、もったいないよ。だって――ジャンヌはまだ、始まったばかりなんだから』
「…………」
さし伸ばされた手を、ジャンヌは素直に握る事が出来ない。
彼女は苦虫を噛み潰したような表情をしている。
『人理も確かに大切だ。けど俺は、ジャンヌと一緒に色々なものを見てみたいとも思ってるよ』
「…………私は別に」
『駄目、かな』
「――――――――――」
目だ。この、声だ。取るに足らない一マスターに過ぎないくせに。簡単に燃えてしまうくせに。いつもいつもいつも、ずかずかずかずかずかと人の心の中に入り込もうとしてきて。
ムカつく!!
「…………ふん」
『ん』
「……いいですか。別に、別に! 貴方の考えに賛同した訳ではありませんから! それと、下手なもの食べさせたら承知しないわよ!」
そっぽを向いたままの邪ンヌの握手に、マスターは満面の笑みを返す。
それからしばらく、邪ンヌの機嫌はなかなか直らなかった。
「おや、今度は君か」
「ええ、彼女がこちらに伺ったと聞きまして」
「すれ違いだな。マスターとマシュがカルデアの案内をしている所だ。何、いずれどこかのタイミングで出くわすだろうさ。何を言われるかまでは定かでないがね」
一人料理の片付けをしていたエミヤを、聖女ジャンヌダルクが訪れる。
思うところがあるのだろう、彼女は特に邪ンヌを気にかけているようだった。邪ンヌに振舞った料理の話を聞いて、その顔を綻ばせる。
「まあ、そのような事が。所でエミヤ。貴方なら、邪ンヌが欲しい料理もすぐに分かったのでは?」
「何のことやら。私はしがないサーヴァント……もとい、ただの料理人だよ。さて、せっかくここに来たんだ、君も何か食べていくかね? もっとも、今からでは軽いものしか作れないだろうが」
エミヤの提案を、ジャンヌは最初断ろうとした。
しかし、ふと思い直すと、にっこりと彼女は微笑む。
「そうですね。それでは、シュークルートをお願い出来ますか? ああ、そうそう電子レンジを使うと早く作れるそうですよ」
「……? ふむ、何か思い入れでもあるのかね?」
エミヤの問いかけに、ジャンヌダルクは笑顔で答えた。
「ええ、何時か、ここではない場所での、思い出の味です」
料理は食べるのは好きだけど作ったことはないので、妄想こみこみの変なものになる予定。
ロベスピエールとかいう畜生にはダブルジャンヌシステムに孔明使ってたなぁ。今は孔明マーリンマシュが一番鉄壁なんだろうか。アステリオスの宝具回転率あげまくればもっと効率良さそう。