魔法科転生NOCTURNE   作:人ちゅら

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 今回は台本形式(?)ですが、本作品は基本的に二人称の散文です。


序章
#XXX READ -あるいは無関係な雑音-


 会議室のような部屋の中で、精悍な顔立ちの青年と、若くして額の秀でた中年男が向かい合っていた。

 壁も天井もシミひとつ無い白い部屋で、しかし少年はどこか険のある薄暗い空気をまとっている。

 

 

――氷川。それは本当に? そんなことを……

 

 

「ああ、本当だとも。こんなことで嘘は言わない。いくら私でも、もう一度死ぬのはゴメンだからな」

 

 

――じゃあ本当に、悪魔合体を。

 

 

「魔法を、悪魔の力を手に入れるために悪魔と一体になろうとすることはな、少年。歴史上、そう珍しいことではないのだよ」

 

 

――だからって。成功、するのか?

 

 

「いや、成功例はほとんど存在しない。君のようになる技術が確立されているのなら、今ごろ魔道士は大量生産されているはずだよ。人修羅」

 

 

――それでもやるのか。

 

 

「生贄合体の秘術を再現したそうだ。意志の希薄な精霊や御霊を使ってな。それでこれまでの事故原因だった憑依(シンクロ)による理性崩壊は防げるらしい。成功率はいくらかマシだ」

 

 

――そうか。

 

 

「せめて祈ってやってくれ。他ならぬ君の祈りならば、効果もありそうだ」

 

 

――お前がそう言うってことは、止められないんだな?

 

 

「一個人の力ではどうにもならんところまで来ているからな。虱潰しに叩いたところで到底追いつかん」

 

 

――そうか。

 

 

「世界中のシンクタンク、未来予測研究室の少なくない数が、今後、天然資源の枯渇を予測している。石油も、ガスも、水産資源も。そしてそれによる第三次世界大戦の勃発も。となればだ。別の資源、エネルギー源を求めるのは当然のことだろう。だが現行の科学技術では追いつかない。そこで再び目をつけられるのが、人間に秘められた超常の力。超能力や魔法の出番というわけだ」

 

 

――神秘も消え失せた今の時代にか。マガツヒを集めるのも一苦労だろうに。

 

 

「だからこそ、とも言える。涜神によるマグネタイトの抽出は、前世紀から既に行われていた。軽子坂高校の事件を知っているかね。聖エルミン、君の母校でも昔似たようなことがあったのだ。SEBECスキャンダル、聞いたことがないか?」

 

 

――ああ、雪の女王がどうとか。文化祭の演劇部の。

 

 

「いや、それはまた別口なんだが。そうか、五年や十年で消えてしまうものなのか。あの時は本当に大変だったのだが……ならばそれはいい。冷戦期の超能力研究は知っているだろう? テレビでも散々やっていた。今でもあるじゃないか、超能力捜査官がどうとか。あれが今後は世界規模で行われる」

 

 

――こちらの魔法使いには、そこまでの力は無いんじゃないのか?

 

 

「これまではな。だがこれからのことは分かるまい? 何より君という実例があるだろう、人修羅。一切の装備を必要としない歩兵。UAVを空間ごと消し去る対空兵器。ミサイルに匹敵する射程と戦術核クラスの破壊力。超音速飛翔体を除いたほとんどの現行兵器を単騎で優越する汎用性」

 

 

――それは……

 

 

「もちろん最高機密だとも。ヨスガの魔丞(まじょう)やムスビの少年がどうかは知らんが、私も、高尾くんも口外はしていない。だが創世され直したこの世界には、ミロク経典がある。君の戦いを記録したものが。そしてそれを信じるガイア教団は、今や世界中に散っている」

 

 

――創世の儀式に使ったとかいうやつか。あれは何なんだ?

 

 

「あれは転輪鼓(ターミナル)の写本だ。不完全なものだがな。なんとかいう、呪われた男が調べていただろう? 転輪鼓には過去のすべてが記録されている。それになにもミロク経典に限らずとも、写本はいくらでもあるのだ。少年、君はマハーバーラタを知っているか? 古代インドの戦争の記録とされる物語だが、その中には核戦争を思わせる記述があるという。あれも受胎の記憶なのかもしれん」

 

 

――だがそれはあくまで神話だろう。そんな妄言を信じるのか?

 

 

「これはガイア教団に限った話ではないがね、ガイア教団もメシア教会も、一部はとうに権力機構と結びついている。人は誰しも未来という重荷から逃れようとするものだ。超常の存在、人智を超える悪魔たちという存在は、背負うものの多い人間にとって非常に魅力的に映ることだろう。野心あるものは超常の力を求め、自らの罪を苛むものは赦しを求めるものだ。だからな、少年。各国で悪魔の召喚実験を成功させていることは、この業界では周知の事実だ。君自身を知らなくとも、いずれ悪魔人間の、その行く末として人修羅の可能性に挑戦するものも必ず出る」

 

 

――楽しそうだな、氷川。

 

 

「ああ、そうだとも。私はこういう人間だ。あるべきものをあるがままに語ることほど楽しいことなどあるまい。たとえ君の創世によって五分前に生まれた存在であったとしても、それが何だというのか。私は私だ」

 

 

――だからこそお前はコトワリを拓くに至ったのか。

 

 

「敗れてしまっては意味のないことだがね。そのことについては納得もできている。人修羅とはつまり、人類文明そのものなのだ。私は人智に負けた。私が求めたのは絶対の秩序をもたらすものであって、それが何者であれ構わなかった。私はただ選択肢を広げたかっただけに過ぎんし、その結果、人類文明がより優れているというのであれば否やはない」

 

 

――文明? あれだけ戦ってばかりだったのにか。

 

 

「文明とは何か。それは理不尽を遠ざけるインフラストラクチャーだ。他者からあらゆるものを一方的に奪われる理不尽、それを遠ざける機能のことなのだ。科学も医療も軍事も交通も通信も経済も、全てはそこに行き着く。シジマも、ヨスガも、ムスビも、君以外のコトワリは全て、取引というものを捨ててしまっていた。自身の正しさのみを信じ、自らが理不尽と化してしまった。もっとも、それがコトワリと言うものなのだが」

 

 

――……。

 

 

「だが君はあらゆる理不尽には反撃し、そして納得できる取引には応じた。そうではなかったかね? 人修羅の力はただそれを実現させるためのもの。君の本質は人類文明そのものだ。私はその精髄に敗北した。それだけのことだ。今は無理でも、いつかは、あるいは。我々には君がいる。そういうことだ」

 

 

――俺はお前が退いてくれるなら何でも構わない。

 

 

「そうか……まあ今はそれは良い。それより今後のことだ」

 

 

――ああ。

 

 

「世界は君を求め、もう一人の君を作り出そうとするだろう。それがどれほどの規模になるのかは分からん。だが前世紀末の阿佐ヶ谷駐屯地でのクーデター未遂に際して、今の時代の魔道士が事件解決に動いていた。当然、政府はそのことを知っている。我が国最大の同盟国にも当然知られているだろう。あれほどの事件だ。完全に秘匿などできはしない。気付かれる。ならばかつてのように、小規模で極秘裏に、などと悠長なことは言っておれんようになる。いずれ表舞台に押し出されるだろう。その時にどうするか、それまでにどうするか。考えておいてくれたまえ」

 

 

――分かった。

 

 

「さしあたっては大学卒業後のことだ。確か養護教員の資格を取っていただろう。その線でなら、就職口を紹介することはできる。月光館学園。知っているだろう? 君の地元からそう離れていない。あそこに一つツテがある。元は江戸川という男が入る予定だったんだが、別口でもっと興味のある職場が出来てしまったそうだ。それで空きができてしまってな。どうだ」

 

 

――それでいい。

 

 

「よし。実はもう話は通してあってな、断られたらどうしようかと思っていた」

 

 

――おい

 

 

「これでかの人修羅が保健室の先生か。世の中なにがあるか分からないものだな」

 

 

――こら

 

 

「なに、安心したまえ。これでも私は社会人だ。挨拶や根回し、うまい手の抜き方など、分からないことはなんでも聞きたまえ。全力で世話してやろう。だが生徒には手を出すなよ。面倒しか無い」

 

 

――待て

 

 

「まあ君の年齢ならまだ犯罪というほどではないだろうが、気をつけるように。あそこには桐条の娘もいることだし。いや、むしろ好都合か? そうなれば今後は色々と」

 

 

――シジマの世界はどうした総司令官。

 

 

「もちろん忘れてなどいないとも。もう一度、この世界を受胎させてみる気はないかね人修羅。そうなれば今度こそ私はそれを成してみせるのだがね」


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