魔法科転生NOCTURNE   作:人ちゅら

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今回はちょっと短めです。


#008 生徒会室へ

「そういうお前はなんなんだ!!」

 

 拳銃型CADをあなたに突きつけ、怒りに顔を赤黒くした少年は怒鳴りつけた。

 怒りに震える右手は、今にも引き金に指をかけようとしている。

 拳銃型CADは、素早い照準を要する戦闘用のツールだ。当然、そこには攻撃性の魔法が収められている。それを構えた当人の様子を加味すれば、本来なら今すぐ鎮圧されるような状況だ。

 

 だが誰ひとりとして身動きすることは無かった。

 それどころか野次馬の中からは、あなたを批難するような眼差しの存在すら感じられた。

 とはいえ今さら退くわけにもいかない。

 そもそもその必要があるとも思えなかったのだが。

 

 あなたが小さく息を吐くと、内なるマガタマが身震いをして、波立つ心が瞬時に静まり返る。

 急変する心に当初は却って混乱したものだが、今となっては慣れたもの。

 拳銃型CAD(凶器)を向けられ一触即発の事態であることを全く感じさせない、呆れるほどの無表情で言い返した。

 

 

――クラスメイトだよ。

 

「は?」

 

――君と同じ1年A組になった、間薙シンと言う。

 

 滲ませた涙と汗を左腕で拭った森崎は、瞬間呆けた顔を再び激怒に染めると、右手のCADの引き金に指をかける。

 

「馬鹿にするのも大概に――」

「やめなさい!」

 

 今まで静観していた生徒会長(真由美)も、流石に放置はしておけなくなったようだ。森崎のCADをサイオンの弾丸で撃ち抜いて彼の魔法を強制終了させると、大喝して制止する。

 瞬間、状況を正視できる程度には判断力を取り戻した森崎は、震えの治まらぬ右手を、自身の左手で無理やり押さえつけた。

 

 先ほどといい、上位者の声には素直に応答している。あるいはそうした()()を受けてきたのかもしれない。ならば問題は彼の指導官にある。

 先程の指摘は的外れだったかと、あなたは少しだけ後悔した。

 

「魔法科高校の敷地内とは言え、攻撃性の魔法を人に向けることは、犯罪行為です。先ほど警告したはずですよ」

「……はい」

「間薙君も。もう少し謹むように。言葉が過ぎます」

 

 この場は喧嘩両成敗ということになるようだ。あなたは小さく頭を下げた。

 

 

 森崎はCADをホルスターに戻すと、姿勢を正して生徒会長に深く頭を下げていた。そうした作法は、さすがに上流階級(おえらがた)を相手にする要人警護の人間だけあって、実に堂に入っている。たっぷり3秒ほどそうした後、「それでは失礼します」ともう一度、軽く頭を下げてその場から去っていった。

 

 去り際、すれ違いざまに「次は容赦しないぞ」と小声で告げられた辺り、怒りが収まった様子はない。

 どうやら最低限の目的、矛先を自分へと変えさせることには成功したと判断していいだろう。

 

 

*  *  *

 

 

 未だ残る好奇の目を避けるように、広場の隅にあるベンチまで移動する。

 真由美は当然のように並んでついて来たが、何故か先ほどの気弱そうな少女と、彼女を支えるように寄り添うもう一人も、こちらの様子を伺いながらもいくらか離れて後をついてきていた。

 正直よく分からない状況になってしまったが、気にしても仕方がない。まずは礼を済ませておくことにしよう。

 

 森崎については意図した結果を得られたことに感謝し、あなたは謝罪の言葉とともに再び真由美に頭を下げた。今度は先ほどよりも丁寧に。

 彼女は苦笑いを浮かべている。まるで反省の色の見られない、あなたの面の皮の厚さに。

 

「こういうときは、もう少し済まなそうな顔をするべきじゃないかしら? ……まあいいわ。やろうとしてたことは、なんとなく分かるから。それだけにあんまり強くも言えないのよねえ」

 

 「お姉さん困っちゃう」と続けて頬に手を添え、可愛らしく()()を作る生徒会長。そのコケティッシュな仕草に、こましゃくれた小悪魔(リリム)を思い出して、あなたの頬がわずかに緩む。真由美は「あら」と何かに気付いたように表情を変え、居心地が悪そうに視線を彷徨わせる。

 あなたたちの様子を横目に見ていた下校中の生徒たちが、なにやらざわめき立っていた。携帯端末で写真を撮っているものもいるようだ。が、あなたは気にしないことにして、話題転換を促した。決して現実逃避ではない。

 

 

――それで、御用は?

 

「えっと、そうですね。それでは生徒会室まで――」

「あ、あのっ……私も同席させてもらっていいですか?!」

 

 真由美に手を取られ、連れ立って歩き出そうとした時のこと。横合いから飛び出してきた人影は、真由美に向かって大きな声でそう尋ねた。尋ねるというより、もはや脅迫や威圧と言ったほうが良さそうな勢いではあるが、それでも嫌悪を感じさせないのは、彼女の押し出しの弱さの故か、それとも人徳か。

 あなたはもちろん、彼女が先ほどからタイミングを伺っていたことには気付いていた。どうしたものかとは思っていたが、少々空気を変えたかったこともあったので、誘い水を向けた形だ。

 彼女が飛び出してきてくれて「丁度良い」とあなたは思った。その時は。

 

「あなたは?」

「一年A組、光井(みつい)ほのかです! さっきの参考人なら、私も」

 

 決然とした面差しには悲壮な雰囲気すら漂わせ、先ほどの従順さや脆さが嘘のように、クラスメイト(光井ほのか)は猛然と生徒会長にくってかかっていた。

 そんな少女の様子にあきらかな戸惑いの表情を浮かべ、真由美はあなたを見上げる。だがその瞳の中には、小悪魔の性根が見え隠れしていた。まるで今の状況を面白がっているように、あるいはどこか嗜虐的な色を漂わせ、眉をひそめて目だけで笑うという器用なことをしてのける彼女に、どう答えたものかと途方に暮れる。

 なんだか余計に面倒なことになってしまったような気がする。

 

 こういうとき、男は余計なことをしない方が良い。あなたが数十年の人生経験と、そして数多の女悪魔たちとの交渉(TALK)で得た真理だ。

 だから生徒会長が

 

「放免で終わらせた件ですし、あまり時間をかけたくないので」

 

 と柔らかに拒絶しようが、目に力を入れて必死な様子の一年生が

 

「でも視点は複数あったほうが良いと思います」

 

 と言い募ろうが、放っておくつもりだった。

 ここで真由美が反感を買ってでも権限を行使して拒絶するのか、ある程度のところで妥協をするのか。生徒同士のトラブルに対して、生徒会がどういうスタンスをとっているのか知りたかったということもある。(あとで明かされたことだが、時間をかけたくないと口にしたのはあくまで断るための口実で、実際には必要ならばいくら時間がかかってもかまわないと思っていたらしい)

 なので生徒会長が「わかりました」と承諾した時も、特に驚くことはなかった――無事に終わってよかったと、内心で安堵することはあっても。

 

 だから少女の隣で怪訝そうな面持ちのまま、彼女とあなたを見比べるように視線を往復させる、もうひとりの少女については特に気にしなかった。話が決着したタイミングで当然のように「じゃあ私も」と名乗り出てきた時も、そういうものかと特に口を挟まずにいた。

 その後、四人で生徒会室まで移動することとなり、その道すがらに互いに名乗りを交わした。彼女も同じく新入生で、1年A組の北山(きたやま)(しずく)と言うそうだ。

 




(20170410)誤字訂正
 244様、誤字報告ありがとうございました。

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