魔法科転生NOCTURNE   作:人ちゅら

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魔法理論はメガテン世界とのクロスオーバー要素が強いため、本作の独自設定ということで。


#009 現代魔法

 生徒会室は一般教室の半分程度の広さに、奥には会長のデスク、中央に大きな長机、入って右側の壁面には自動配膳機(ダイニングサーバ)、左側の壁面には物理モニタの設置された席がいくつか並んでいる。書類棚は事務用の大型のものが一つだけ。この時代、資料は基本的にデジタルデータとしてコンピュータ上に管理されているため、慣習的に紙で情報を扱ういくつかのイベントの資料くらいしか必要がないのだ。

 生徒会室では二人の少女たち――会計の市原(いちはら)鈴音(すずね)、書記の中条(なかじょう)あずさ――がそれぞれデスクワークに励んでいた。

 

「それじゃあ、適当に席についてくれるかしら」

「「「失礼します」」」

 

 促されて三人は長机の席に着く。奥から順に、あなた、ほのか、雫と並んで座ると、対面の席に真由美が座り、早速先ほどの騒動についての質疑応答が行われた。

 ほのかと雫が一通りの話を説明し、いくつかの質問がやり取りされる。二人ともなるべく客観的であるよう話を進め、感情論は極力少なく抑えるなど、冷静な話しぶりだった。そのため途中から手を休めて話を聞いていた会計、書記の二人も感心したように頷いている。

 

 そうして経緯の確認は――途中、あなたがほのかを止めに入った場面については、ほのかに代わって雫が補完するなどの一幕もあったが――思いの外スムーズに片がついた。

 真由美が「ごくろうさまでした」と口にしたところで、話題はあなたへと移る。

 

 

*  *  *

 

 

「それじゃあ間薙くんは、最初は居なかったのね?」

「何を読んでいたの?」

「君はそんなに成績は悪くなかったはずだけど……」

「それでなのね。小論文があの分量になったのは」

「間薙くんはご実家では――」

 

 真摯に話を聞いていたこれまでとはうって変わり、真由美はあなたに矢継ぎ早に質問を投げかけてきた。

 感情の高ぶりを収めてみれば、無口がくせになっているあなたのこと。つい短く答えてしまうものだから、彼女もそうせざるを得なかったのだろう。後になって思えば、最初の問いにもうすこし丁寧に答えていれば、そんなことにはならなかったかもしれない。これまでの事情聴取を黙って傍観していたことも、質問者にそうさせた一因だろう。

 

 ともあれ、あなたは彼女の問いに一つずつ、偽ること無く答えていった。騒ぎが起きたときには図書館にいたこと、それまで現代魔法の小事典を読んでいたこと、現代魔法の用語と既存の研究に疎いこと、結果として入試の小論文が規定いっぱいの分量になったこと、自分が()()古式魔法師の家に生まれたこと、などなど……

 お陰でなにをどう話したものかと思い悩む必要はなくなったのだが、騒動の話に至るより随分と手前で脱線してしまっている。

 流石にどうかと思い、あなたは現状について一つ確認をすることにした。

 これは質問なのか、それとも尋問なのか。

 

「え。ええっと……そうよね。ごめんなさい、いろいろと気になっていたものだから」

 

 あなたの問いに、どことなく雰囲気が重苦しいものへと変わる。生徒会長のみならず、同席していたほのかと雫、また話を聞いていた鈴音、あずさたちも、一様に押し黙ってしまった。

 

 

 どうにも気まずい空気を変えるため、あなたは少し譲歩することを考える。気になる言葉もあったことだし。

 

――ところで、気になっていた、とは?

 

「あのね。入試の成績のことで、君ともう一人、職員室でも話題だったのよ。すごいアンバランスな新入生がいるって」

 

 アンバランスな新入生。

 どういう意味だろうか?

 

「一人は、筆記の成績はほぼパーフェクトなのに、魔法力は合格者の中でも下から数えたほうが早いくらいの生徒。もう一人は、筆記は合格平均よりちょっと良い、くらいなのに魔法力のずば抜けてる生徒」

 

 あなたは後者なのだろう、ということは分かる。魔法科高校はエリート校である。それは基礎学力の面でも変わりはしない。よって一般科目の問題については相当ハイレベルな()()()だったのだろう。あなたもそれなりに自信はあったが、誇れるほどではなかったということだ。

 そして入試の設問には基礎学力の他に、それまでの人生で現代魔法に触れてきた人間かどうかを分けるような設問もあった。前世における基礎研究の知識と、今生で学んだ古式魔法の知識しかないあなたは、それらに半分ほどしか答えられなかった。

 だが筆記と実技試験の結果に差が出ることが、それほど大きく取り沙汰されるものなのだろうか?

 

 あなたが「はあ」と生返事を返すと、これまで静かに聞いていた会計、市原鈴音が小さく手を上げ「よろしいでしょうか」と初めて口を開いた。

 

 

「通常、魔法力は現代魔法学の理解を基礎に磨かれるものです。実技試験は行使する魔法から、必要になると予想される変数を認識し、起動式に与えて素早く正確にCADに読み込ませ、また返された魔法式を展開する必要があります。勿論それらは無意識下にある魔法演算領域で行われるものですから、感覚的なものが要求される面もあります。ですが基礎理論が分かっていなければ情報の取捨選択が出来ず、焦点も合わず、CADに未整理の変数まで読ませようとしてしまいます。また魔法式についての理解が足りなければ、展開に手間取って処理が遅れることになります。今年の総代の司波深雪さんも、筆記の成績は非常に優れたものでした。その彼女に匹敵する処理能力と干渉力を持っている貴方が、筆記の成績は今ひとつだったので――」

「担当者は機器異常を疑ったそうよ」

 

 あなたは入試の際、何故か時間を置いて三度の試技を要求された理由を初めて知り、納得した。と同時に、ならば事情を説明してくれれば良かったのに、とも思う。

 それが顔に出たのか、真由美はくすりと笑ってから、眉を寄せて説明する。

 

「折角いい成績が出たのに、計器がどうとか言われたら、不機嫌になる人もいるでしょう?」

「年齢的にも、まだ魔法力が安定していない受験生は多いですから。未成年者が試技を繰り返すと、二度目の試技は六割程度の確率で結果は悪くなり、以降安定した数値になるまで更に数度の試技が必要になる、というデータもあります。計器を変えて三度とも、誤差10ミリ秒以内というのは、明らかに異常です」

「リンちゃん?」

「失礼しました」

 

 真由美のぼやけた説明が、鈴音の直裁的でいささか険のある言葉で補足される。

 その言葉の強さに生徒会長が小さく窘めれば、鉄面皮の会計は表情を変えずに頭を下げた。

 この生徒会の人間関係が見えてくるやり取りだ。

 今度はあなたが笑ってしまった。

 

 

 入試で使用されたCADは、五工程の移動系魔法式が一つだけセットされた専用のものだった。

 起動式に必要となる情報は、対象となる台車の現在位置、台車の速度、台車が走るレールの終点の三点のみ。受験生はただ台車と終点を目視し、サイオンをCADに吸引させるだけで、あとはCADに保存された起動式が処理してくれる。元より魔法行使の訓練などしたことがない受験生も少なくないのだ。難しいことは何もない。

 

 あなたは現代魔法との接点がほとんど存在せず、CADの使用も片手で足りるほどしかなかったが、試技をしている受験生たちを見ていてCADの性質は理解できた。

 言うなればそれは()()()()()()()()のようなものなのだろう。

 

 

 およそ一世紀前、月光館学園の()()が自身のペルソナを呼び出すために使っていた召喚器。

 あれはあくまで自身の内に潜むペルソナ――自身に内在する()()の可能性――を強く励起するためにしか使われていなかったが、考えてみれば現代魔法の理論に置き換えても、さほど矛盾がないように思える。

 つまり起こしたい現象のイメージを起動式とし、魔法演算領域に有る魔法式を可能性(ペルソナ)として呼び出し、魔法(ペルソナ能力)として事象改変を行う、というロジックだ。

 

 前世で奈良の研究所にいた頃、あなたも実験として何度か扱ったことがあった。だが人修羅として完成されているあなたに、可能性などという()()()()()()()は存在しない。

 結果として、実験はただあなたが()()()()()、しかも弱々しい魔法を行使した、というそれだけで終わってしまったため、あなたはすっかり忘れていたのだが。

 

 現代魔法研究にはあの召喚器を開発したエルゴ研も深く関わっていたのだし、あるいは本当に召喚器を出発点としているのかもしれない。

 その理解が正しいのかどうかは、定かではなかった。ただそう理解してCADに触れた結果が、まがりなりにも一科生という成績に表れているのだと考えれば、それほど間違ってもいないように思える。

 

 

 あなたはふと視線を感じて隣へ目をやると、ほのかが瞳を輝かせてあなたを見上げていた――目が合った途端にものすごい勢いで体ごと視線を逸らされてしまったが。瞬間、彼女の肩越しに見えた雫のジト目に異様な迫力を感じて、今度はあなたがそっと目を逸らす。

 そうしてもう一度ほのかの横顔を見やって、ようやくあなたは思い出した。

 

 「()()()」とは人造魔法師開発実験()()()()()の開発コードだ。確か(コウハ)系魔法に調整されたニギミタマと子供を使った合体実験。つまらない用事であのMハゲ男に呼ばれた際、()()行われていたそれに臨席させられた際には、随分と憤ったものだった。その時は偶然成功したから良かったものの、もし失敗していたらと考えると今でもゾッとする。

 あの実験は成功率は低いものの、成功時の成果が期待以上のものであったため、未練たらしく十年ほど続けられたそうだ。

 

 彼女はあの子供(ミツイ)の血筋なのかもしれない。そう思って【アナライズ】してみれば、彼女のマガツヒには穏やかに微笑むニギミタマの気配が混じっている。名前と気配、そして外見的に一致する点も少なくない。確かなことは分からないが、可能性はそれなりに高そうだ。

 そういえば、あの子にはやたら懐かれたものだった。

 

 

 現代魔法師の開発は、かつて繰り返された失敗の多い悪魔人間の製造から、より安全で量産可能な方向へと舵を切ったのだろう。遺伝子に残された悪魔の血の可能性を、魔法として呼び起こすという方法。

 確かにこの方法なら、より安全に魔法を行使できるのだろう。少なくとも異能者の血統を守り、危険な儀式によって幼児のうちから覚醒を促さなければならない古式魔法より早く、そして大量に魔法師が生産できるはずだ。

 

 少数の人間が実験で死ぬことは無くなったが、より多くの人間が魔法師として危険な立場へと送り込まれるようになった。どちらがより人道的と言えるのだろうか?

 あなたはそんなことを考えていた。




※エルゴ研:
 『ペルソナ3』に登場。正式名称は「エルゴノミクス研究所」。内情は桐条グループ傘下の超常研究機関。原作ではペルソナ能力の研究をしていたが研究所はある事故によって壊滅している。本作でも同様の事故は起こっているが、何者かの支援を受けて後に再建された。


今回で書き溜め分が尽きてしまいましたので、以降は不定期(原則月曜更新)となります。
一応、次回分くらいまでは間に合うと思いますが、色々と予定が詰まってまして……スミマセン。
今後とも気長にお付き合いいただければ幸いです。

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(20180304)修正
 * 副会長 → 会計

(20170417)誤字訂正
 244様、誤字報告ありがとうございました。

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