魔法科転生NOCTURNE   作:人ちゅら

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本題に入る前のあれやこれや。




#010 小休止

 事情聴取だったはずのものが、いつの間にやらただの雑談、お茶会のようなものにすり替わっていた。

 そうなってみると、少々居心地が悪い。何しろ同席している五人全員が思春期の少女たちである。その話題は華やかなものから明け透けなものまでさまざまだ。もちろん、ボルテクス界では女悪魔たちに散々翻弄されてきたあなたが、別段心を乱されるようなこともないし、今さら女性に対するイメージがどうこう、などと言い出すことはない。

 だからといってその話題に乗れるかといえば、そう上手くいくわけでもないのだ。

 

 何度か話題を振られ、質問を投げかけられ、あるいは意見を求められたりしては、それなりには答えたつもりだった。だがどことなく会話の勢いを殺してしまった感は否めない。その都度真由美(小悪魔)に混ぜっ返されたり、ほのか(仔犬)に励まされたり、(舌鋒)にチクリと刺されたりしていた。

 少女たちの関心があなたから離れたと思わしき頃、あなたは独り、難しいものだと瞑目して空を仰いだ。少女たちはその様子に気付いていたが、それぞれの想いを表情に浮かべるに留め、敢えて触れようとはしなかった。

 

 

 会話中、あなたは自身についてひとつ、気付いたことがあった。

 あなたは同性に対しては苗字で認識するのだが、異性に対しては名前で認識している節がある。やり取りの中で相手を名前で呼んでしまい、やんわりと窘められたことで、初めてそれに気が付いた。

 

 家名を背負うのは男性にのみ与えられる責務である……言い換えると女性が家名を背負うことを認めない、とするのは古い家父長主義によって血統を維持してきた古式魔法師の慣習だ。そしてそれは()()古式魔法師の家門たる橘家、その分家の間薙家においては厳しく躾けられる礼法であった。

 前世とのギャップに首をひねりながら、今生の社会に馴染んでいく過程で自分なりに理由を見出し、身につけた習慣だった。しかしそれは古式魔法師の社会の中だけの常識に過ぎず、一般人のみならず、現代魔法師の間でも些か非常識であったようだ。

 

 実際、日本現代魔法師界の頂点たる十師族の中にも、女性が家長を務める家門がいくつもあるくらいだ。特に同家の人間が複数いて呼び分ける必要がある場合を除けば、やはり苗字で呼び合うべきだという。

 あなたは今生の十五年余の歳月を、ほぼ古式魔法師中心のコミュニティの中でのみ過ごしてきた。現代魔法のみならず、あなたの知らないこと、知らなければならないことは山ほどあるようだった。

 

 

*  *  *

 

 

「今日はこのへんでお開きにしましょうか」

 

 長机に置かれたカップの中身も何度か空になり、窓の外も大分薄暗くなった頃、真由美の言葉でようやくそのお茶会はお開きということになった。

 生徒会会計と書記の二人は途中で席を離れて仕事をあらかた片付け、いつでも帰れる状態だ。

 あなたもこれからの帰路をどうするか、ぼんやり考えていた。

 だから続けられた真由美の申し出に、あなたは意表を突かれることとなる。

 

「あ、間薙君は残ってね。大事な話があるから」

 

 

「え、それって――」

「どういうことですか!?」

 

 この言葉に最初に反応したのは、意外にも中条あずさであった。背が低く顔立ちも童顔と、パッと見には小中学生くらいにしか見えない十六歳(センパイ)であるが、これで五人の少女たちの中でも特に色恋沙汰に耳聡いところがある。誰それの片想いがどうの、ハンゾー君は鈍いからだの、という話になった際には鼻息荒く絡んでいた。今もあなたと真由美とを交互に見ながら目まぐるしく変わる表情は、見ていてとても微笑ましい。

 

 次に反応したのは、やはりというか、光井ほのかだ。驚きのあまり、思考が停止した一瞬の分だけ言葉が遅れた。真由美の言葉に食って掛かりつつ、あなたの制服の裾を掴んでいる。小さくて柔らかな手だ。とても戦う人間のそれではない。

 

「生徒会長、年下趣味?」 

「年下って……」

「でも間薙さん、あんまり年下に見えない」

「うん。お父さんみたいな」

「ほのか、ファザコン?」

 

 横から朴訥な言葉を投げかけたのは、北山雫。すぐにほのかが反応すると、それまでの張り詰めた空気を打ち破り、あっという間にぐだぐだな雰囲気が醸成される。顔を真っ赤にしてこちらをチラチラと盗み見る親友をからかいながら、彼女自身も一目あなたに視線を送ってきた。

 物言いたげな熱視線に、あなたの身の内にあるサタンのマガタマが震える。

 

 二十五個のマガタマに秘められた数多ある人修羅の権能(ギフト)の一つ、マガツヒを通じて直接的に意思疎通する【ジャイブトーク(以心伝心)】が、雫の「これは貸しにする」「ほのかを弄んだら許さない」という思いをあなたに理解させた。警戒されているのだろうが、これ以上の混乱は御免蒙りたいあなたにとっても、ひとまずほのかの気をそらしてくれるならばありがたい。小さく頷き、了承の応答とした。

 一見便利そうなこの権能だが、対象者の意識の表層をごく断片的にしか読み取ることは出来ず、こちらの意志が正しく伝わったのかも判別できない。また読み取るにせよ伝えるにせよ、そのタイミングも思い通りにはならない。人間の意識はそれほど強固な一貫性を持たないため、意味の繋がらない情報しか得られないことも多いのだ。そんなものを過信すれば、より大きなトラブルを招くことになりかねない。

 故にあなたはこの権能を、自分から進んで使おうとはしなかった。

 その名に相応しく、サタンの権能は主にすら悪しき誘惑の種を蒔くのだ。

 

 真由美と鈴音はなにやらアイコンタクトを交わし、鈴音がため息と同時に頷いたことで、話がついたらしい。鈴音は「ではお先に失礼します」と軽く一礼すると、浮ついた後輩たちを促し、押し出すように彼女らと一緒に生徒会室から退室した。

 

 

*  *  *

 

 

 夕日も沈みかけて薄暗くなると、自動的に窓のブラインドが閉まり、室内の照明が点灯する。

 真由美はどこか心ここにあらずといった様子で、何かを操作した様子もない。予め設定されていたのか、室外から操作しているのか。

 

「お腹空かない? 何か、軽食でもどうかしら?」

 

 自動配膳機の傍まで歩み寄りながら、真由美が食事に誘う。

 時間のかかる話なのか、それとも気分を切り替えたいのかは分からないが、あなたはそれに乗ってみることにした。これといって拒否する理由もないし、以前の生活環境には無かったそれからどんなものが出てくるのか、興味もあったからだ。

 招かれてダイニングサーバの前に立ってみれば、タッチパネルに表示されたメニューは、種類はともかく個々の量はそれほど無さそうだ。筐体は大柄だが、それでも物理的な制限には抗いようもないのだろう。あなたはBLTセットに触れて、場所を譲る。真由美も同じものを選んだようだ。

 一分も経たない内に、トレイに載って注文通りのメニュー――BLTサンドにコーンサラダとカップスープ――が出てきた。あなたは前世でうら寂れた高速道路のパーキングエリアにあった、軽食の自動販売機を思い出す。あの時食べたハンバーガーにはしなびたレタス一切れすら無かったが、今の時代にはトマトですら瑞々しい。技術の進歩とは素晴らしいものだ。

 

 差し向かうように席に着いて、しばらく雑談を繰り返す。真由美の話題は学校近くの遊べる施設から女子に人気のスポット、個性的な指導教官のエピソードや、一高の部活動と部活連という組織について、学校施設の得する使いみちや生徒会運営の愚痴、それから俗に言う「九校戦」や「論文コンペ」の裏話など多岐にわたり、あなたを楽しませた。

 やがて食事も片付き、真由美が手ずから淹れてくれたコーヒーを飲みながら、軽く食休みとなる。本当に雑談のつもりだけだったのかとあなたが訝しむと、真由美は居住まいを正してあなたを正面から見据えた。

 彼女にとって、これからが本題なのだろう。

 

 

「ひとつ、聞いてもいいかしら?」

 

 そうあなたに尋ねた真由美の声音は、これまでの柔らかで陽だまりのようだったそれから、ほんの一息で吹雪のごとく冷え切っていた。ここに来る前、あの騒動の折にわずかに見せた、冷ややかに射抜くような瞳。

 

「先程の発動阻害は、アンティナイトですか? それとも領域干渉?」

 

 夜明けの湖岸を思わせる、冷え切った声音と澄み切った双眸。

 その時のあなたには、それこそが彼女の本質であるように思えた。

 




感想、お気に入り、評価、いつもありがとうございます。


プロットではこの場面はさっさと終わらせて本題をがっつり、となるはずだったんですが、登場人物が増えると勝手に動いてくれちゃって……
結果として予定より分量が増えてしまったので、キリの良いところで分割しました。
(おかげで次週更新分まで書けたわけですが)

こういうのは筆がのったと言うべきなのか、筆が滑ったと言うべきなのか。

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(20180304)修正
 * 副会長 → 会計

(20170501)加筆修正
 真由美に対する印象について、一部加筆修正しました。
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