魔法科転生NOCTURNE 作:人ちゅら
(なかなかテンポよく進められない……)
引っ張ってしまってすみませんが、この場面はもう一話だけ続きます。
日も沈んだ二人きりの生徒会室。
あなたと向かい合う席に着き、居住まいを正した生徒会長が、やっと本題を切り出した。
「先程のあれは、アンティナイトですか? それとも領域干渉?」
アンティナイトと領域干渉、そのどちらも魔法の発動阻害に関するキーワードである。
アンティナイトとは、サイオンを流し込むことで
サイオンには
そこに規則性のないサイオンのノイズが混ざってしまうと魔法式の構造が揺らぎ、エイドスに正しく機能することが阻害される。それによってエイドスの改変、すなわち魔法を無効化することが可能となる。アンティナイトはもっぱら、そうした
加えて魔法師は自身で魔法を行使するため、また害ある魔法を検知するためにサイオンの感受性が高くなければ務まらない。その感受性は意味のないサイオンに対しても機能してしまう。もちろん、その魔法師にとって慣れたもの、日常レベルのものであれば影響はないが、強力なものに対しては否応なしに体が反応してしまうのだ。結果、脳に強い負担がかかって集中力が乱され、モスキート音のように強度次第で頭痛を引き起こすことすらある。
即ちアンティナイトとは、魔法師にとっての天敵に等しい。
アンティナイトは未だ製法の分かっていないオーパーツだが、それさえあれば魔法師の無力化すら可能となりうる。魔法と魔法師の力に依存する現代社会の基盤を揺るがしかねない危険性を有するのだ。故に軍需物資として厳しく管理されており、一般には流通することはない。
そして領域干渉とは、周囲の空間に改変内容を伴わない魔法式を展開することで、範囲内のエイドスが他の魔法式によって改変されることを阻害する
これは魔法式は魔法式に直接干渉できないこと、また既存の魔法式の効果を打ち消すにはその魔法式と同等以上の干渉力が必要になる、という原理を利用している。逆に言えば領域干渉は、同格以上の干渉力を持つ魔法師を無力化することはできない。あくまで領域干渉を行った魔法師よりも弱い魔法師の力を制限するためのものである。
領域干渉はれっきとした魔法であるため魔法師にしか使用できず、また前述の通りその強度は魔法師の干渉力に依存するなど、不確実な属人的要素が多すぎることから、実戦で使用されることは少ない。そもそも現代魔法師同士の戦いはどちらが先に魔法を当てるかで決まるというのが一般的で、相手の魔法を無効化するくらいなら相手を無力化する方が早くて確実と考えられている。
真由美はあなたが騒動の最中に使った【
だが、その問いにはひとつ気になる点があった。
――他門の魔法師に、使用した
あなたは暗にアンティナイトではないことを匂わせつつ、そうした古い慣習に対する魔法科高校のスタンスを確認する。
魔法は魔法師にとって生命線である。国際的に新魔法開発競争が激化の一途を辿っており、また世界大戦を経てなお戦火の冷めやらぬ世界で、国民は公共に尽くすべしとの認識が普及しているとはいえ、それが個人の権利を蹂躙しうる、という段階ではない。新魔法の技術を秘匿することは、魔法師が身を守る上でも当然の権利とされた。
とはいえ魔法科高校は魔法大学付属だ。生徒に研究者としての責務を要求することも、建前上は不可能ではないだろう。かつて現代魔法師に積み重ねた叡智を奪われた古式魔法師は、だからこそ魔法科高校に対して不信の目を向け、子供らが魔法科高校へ進学することに強く反対するのだ。
ちなみに、あなたはそれらを全て無視して一高へ進学している。当初は祖父をはじめとする家族のみならず、他家の古式魔法師たちからも罵詈雑言を浴びせられたものだ。だが裏で
間薙家の魔法は一応
あなたはそれで済んでいたが、吉田家の次男はどうだったのだろう? あなたの思考は横道に逸れかける。
あなたの問いに、居心地の悪さを感じたのだろう。
生徒会長はわずかに息を吐いて姿勢を正し、言葉を続けた。
「非礼は承知のうえで訊いています。これは魔法師の卵を預かる魔法科高校の運営にとって、非常に重大なことですから」
そう言われたところで、結論から言えば、どちらでもない。
あなたはアンティナイトなど持っていないし、どうすれば手に入るかも見当がつかない。また、もしも現場を見ていたのであるなら、
さて、どう答えたものか。あなたは自分の顎に手をやり、首をひねった。
しばらく考えたものの、あなたは上手い答えを見つけることができなかった。
だが
仕方がない。あなたは直接回答することを避け、ワンクッション置くことにした。
――魔法科高校の運営にとって重要、とは?
ようやく沈黙を破ったあなたの問いは、先ほどとは逆に、緊迫した空気をわずかに緩めたようだった。
真由美は少しだけ視線を下げると、口元に手をやって何やら考える様子を見せた。
今度はあなたが待つこととなった。そう長い時間ではなかったが。
「……そうよね。ちゃんと説明しないと。うん。
今回この場を設けたのは、君の魔法阻害によって、生徒たちの中から魔法を失う子が出るのではないか。その危惧があるからです」
どういうことだろうか?
【マカジャマオン】の効果はごく一時的なものでしかない。そのような心配はないはずなのだが。
いや、そもそも【マカジャマオン】に限らず、マガタマ由来の魔法は悪魔の使う神秘の
となると魔法の発動が阻害されるという現象
「ええ、できればその力についても詳しく知りたいけど、お願いしたら話してもらえるのかしら? ……なんて、ごめんなさい。個人的にも立場的にも興味はあるけど、今は聞きません。
でもお願いだから、他の人にも話さないでね。その力は、間違いなく混乱を招きますから」
あなたは無言で頷いてみせた。
あれはあなたの切り札の一つである――先ほどは彼らには気付かれまいと高を括って使用したが、軽率だったことは現状を顧みれば明らかだ。敢えて同じ過ちを繰り返すつもりも、ましてや切り札をひけらかすつもりも毛頭ない。それは誰が相手であれ同じことだ。
あなたの同意に、真由美は大きな溜息を吐き出す。
それから胸元に手をやり、何度も深呼吸を繰り返しながら、拳を握りしめて小さくガッツポーズ。顔には喜色を浮かべていた。
彼女がこの場でどれほどの緊張を味わっていたのか、あなたには知りようもない。今の合意ひとつが、彼女にとってどれほどの価値を持つのかも。だがその喜ぶ様に、不快なものは何もなかった。気を緩めるわけにはいかないが、彼女のその様には悪意らしきものが感じられなかったからだろう。
だからあなたは、ただ頬杖をついて彼女の様子を眺めていた。
あなたの様子に気がついた彼女が、小さく咳払いをして姿勢を正すまで、一分と経ってはいない。だがその時間は彼女が余裕を取り戻すのに充分なものだったようだ。余分な力の抜けた自然な様子で、真由美は軽口を叩いてみせた。
「
そう言って斜に構えて口元に人差し指を当て、冗談めかして大袈裟にウィンクまでしてみせる生徒会長。もはやアナクロですらあるそのコケティッシュな仕草は、しかし不思議と愛くるしいものに映った。
(20170731)誤字修正
* 東堂青波 → 東道青波