魔法科転生NOCTURNE   作:人ちゅら

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これでこの場面は一段落となります。やっと導入が片付いた……



#012 はじまりの約束

 これまで張り詰めていた空気が弛緩したところで、コーヒーを入れ直して場を仕切り直す。

 あなたがハンカチを差し出しながら指摘したことで、初めて真由美は自分の額に大粒の汗が浮かんでいたことに気がついたようだった。疑問、呆然、驚き、含羞と、目まぐるしく表情を変えてゆく。

 受け取ったハンカチで額を拭い、「洗って返すわね」と制服のポケットにしまった彼女からは、冷ややかな気配がだいぶ薄らいでいるように見えた。

 

 緊張の緩んだ生徒会室で、真由美の「魔法師が魔法を失うケースについては、知ってるかしら?」との言葉から再び真面目な空気になる。

 第二ラウンドといったところか。

 

 

「原因とされるものはいくつか有るんだけど、一番多いのは()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()ことね。これは成人して精神が安定してくれば起こらなくなるんだけど、逆に未成年の、多感な時期には起こりやすいことなの。おかげで毎年ごく少数ではあるんだけど、魔法を失って学校を自主退学していく生徒がいるのよ」

 

 年齢と超常能力の相関関係は、昔からよく言われていることではある。

 超能力は大抵の場合、幼児から思春期、つまり未成年者のうちほど強く、成人するに従ってその力を失っていくものだと知られている。実際、ペルソナ使いは精神の成熟とともに、誰もが力を失っていったものだ。あなたの知る限り、例外はワイルドと呼ばれた、あらゆるペルソナを使いこなした少年一人だけだった。

 魔法師だけが何故違うのかは分からないが、この場はひとまずそういうものだと理解しておけばいいだろう。

 

 とにかくこれで話がつながった。

 つまり彼女は【マカジャマオン】――あなたは個人を対象にする【マカジャマ】を使えない――で魔法を封じられることにより発動に失敗し、生徒たちが自分が魔法師であるということ、魔法を行使できるということが信じられなくなってしまい、それによって生徒が魔法技能を失う可能性について危惧しているのか。

 確かにそれは魔法科高校の運営上、重大な問題だろう。

 

 だが彼女の次の言葉は、そんなあなたの推理をあっさり飛び越えたものだった。

 

 

「つまり間薙君。あなたが現在かけられている嫌疑は、あなたが将来この国の有力な人的資源となるべき魔法師の卵たちを、卵の内に潰そうとしている()()()()()の手先か、あるいは他国の工作員ではないか? そういうことなの」

 

 

 反魔法組織とは、魔法師および魔法という技能を使用することに反対する組織の総称である。その理由を旧来的な信仰に依拠するか、あるいは純粋に魔法師という()()()の脅威とするか、それらとはまた別の思惑があるのか。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、力を持てばあるいはコトワリの一つになりうるのだろうか?

 だが世界的に魔法師の育成が奨励され、軍や警察組織に多く配属されている現状もあり、魔法先進国の中で彼らを支持する人間はそう多くはない。そして民衆の支持を得られない組織の常として、彼らの活動は過激化を一途を辿っていた。故に反魔法組織といえば現在ではテロリストと同義語とされる。

 

「といっても、今の段階でそんなことを考えているのは、たぶん私だけなんだけどね。あなたが()()をやったことに気付いた人って、他にいてもあと一人か二人くらいだろうし。

 でもあなたの力に気がついたら、きっとそう考える人間は出てくる。それを否定するのが難しいことは、分かるわよね?」

 

 確かに筋道が通っている()()()()人間は必ず出るだろう。それがただの言いがかりや思い込みに過ぎなかったとしても、あるいはだからこそ自身の正しさを疑わず、あなたを糾弾する人間は必ず現れる。そしてあなたにそうでないことを証明する手段は無い。それは消極的事実(ないこと)の証明、()()()()()と呼ばれるものだ。

 

「だからお願いなんだけど……その発動阻害の力、少なくとも学園内では使わないでください。もちろん生徒にも」

 

 なるほど、一考する価値のある提案だ。完全に使うな、と言うのではない。あくまで生徒に被害が及ばぬよう、また学校に知られることのないようにせよ。それは提案の名を借りた警句であった。

 あなたとしても、魔法師の数をやたらに減らしたいとは思っていない。魔法という力による人類社会の変革が見たいあなたにとって、魔法師の数はむしろ増えるべきだとすら思っているのだから。

 

 とはいえ、【マカジャマオン】はあなたが自身の身を守るための手段だ。いくつもある内の一つとは言え、他者に制限されることを、そう容易く納得できるものでもない。

 あなたにとって現代魔法は未知の領域である。マサカドゥスの護りは()()無敵であるが、それでもいくつかの抜け道が存在することを、あなたは身をもって知っている。単騎で挑みかかってくる神格(BOSS)より、群れて襲い掛かってくる雑多な悪魔の方が手におえないことも少なくはないのだ。それに魔法師相手に何かを守る必要が出た際には、魔法封じは最も汎用性の高い手段だ。おいそれと手放して良いものではない。

 

 そして何よりそれが、あなたの苛立ちの原因となっている連中、自己研鑽を怠り、他者を貶め、足を引っ張る輩のためである、ということに納得がいかない。

 確たる意志を持たないまま、仮初の力に溺れ、慢心する。彼らに期待できるものがあるのだろうか。魔法師の数と育成については別の方法を考え、むしろ彼らには退場してもらうという判断が有っても良いのでは?

 

 あなたの不信と不満は、知らず表情に表れていた。

 真由美は小さく息を吐くと、ゆっくり、力強くあなたを正面から見据える。コーヒーブレイクを挟んで緩んでいた緊張が、再び室内に充満する。あなたの気配に一度は怯えの色を浮かべた彼女は、しかして震える手指を握りしめ、決然と前を向く。その眼差しには不退転の決意が表れていた。

 

 

「魔法師の家に育った君にとっては幼くて、信じるに値しないかもしれない。私も七草の家に生まれ育った者として、正直、そう思うことはあるわ。でも、もう少し長い目で見てもらえないかしら? 確かに魔法師は力ある者として責任を持たなくてはならないけど、私たちはまだ未成年(こども)なのよ」

 

 

 それはただの言葉としてなら、美しくはあっても力は無い。あなたの心に響くことはなかっただろう。

 だが実際のところ、その言葉はマガタマの加護すら越えて一瞬、あなたの心を揺さぶっていた。

 あなたの脳裏には忘れていたあの日の景色が、かつてボルテクス界より帰還したあなたが、あの先生(ひと)に叱られた時のことが鮮明に思い起こされていた。

 

 

『あの戦いを生き抜いた()にとって、この世界で生きる人間なんてちっぽけでつまらない存在だと思うかもしれない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()() 一度は諦めた私が、君に支えられた私がこんなことを言っても説得力無いかもしれないけど。でも君はまだ()()を知り尽くしてはいない。()()()()()()()()()()がこの世界の神であっても、()()()()()()()()()()()はまだ未成年(こども)でしかないんだから』

 

 

 あの時も、あなたは人間たちに憤っていた。

 戦うことをせず、数多の理不尽に抗わず、ただ唯々諾々と状況に流され、空虚に笑う人々。

 ボルテクス界から戻ったばかりのあなたには、世界中の人間がそういう存在にしか見えなかった。

 こんなもののために戦ったのかと、あなたの戦いを否定された思いだった。

 

 だがそれは一方的な決めつけにすぎないのだと、小人(こども)の視野狭窄にすぎないのだとあの先生(ひと)は言ったのだ。

 それが正しかったのかどうか、あるいはその場凌ぎの言葉に過ぎなかったのか、今はまだ答えは出ていない。

 なにしろあなたはたったひとりの人間のことすら、知り尽くしたとは到底思えないのだから。

 

 それは戦いに明け暮れた人修羅(アクマ)人間(ニンゲン)と交わした約束。

 前世の()()()が産まれ直した日の記憶。

 今生に産み落とされてから、何故か忘れていた大切な記憶。

 

 

 あなたの気配が変わったことに気付いたのかどうか。

 七草真由美は少しだけ声のトーンを下げ、再びあなたに請願(おねがい)した。

 

「だから、ね。もう少し時間をもらえないかしら?」

 

 たとえば彼女はどうなのだろう?

 戦士としての彼女が、凍てつく双眸の妖精女王(ティターニア)であろうことは、ほぼ間違いない。それは戦いの日々で磨かれ、数多の悪魔を屈服させてきたあなたの確信だ。

 騒動をおさめた際の彼女のあり方も、女王の振る舞いとして遜色ない。

 あずさや鈴音、ほのかたちとのやりとりでもそうだった。他の妖精、女悪魔らと姦しく笑いあっていた姿をありありと思わせたものだ。

 だが、本当にそれだけなのだろうか。

 あの時に見せた小悪魔めいた振る舞いを、あなたの前で靭やかな精神を見せている彼女を、一言で片付けることはできるのだろうか。

 

 あの森崎という男子や、彼と行動を共にした、特権意識にまみれた一科生たちはどうだったろうか。

 彼らの行動が幼稚なものだったという評価に変わりはない。

 そんな愚かな行為を繰り返していた彼らだが、それだけが彼らのあり方とは限らない。

 森崎は憤りながらも生徒会長の指示には従ってみせたが、あれは上位者に対する態度なのか、あるいはまた別の基準によるものなのか。

 確かなことは分かっていない。

 

 十三束は、エリカは、どうなのだろうか。

 あなたは何ひとつ、知りはしない。

 

 【アナライズ】で分かることは、戦う力と(マガツヒ)の気配、それだけだ。それをどのように使うのか、心のあり方までは知ることはできない。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 性急に決めつけ、可能性を摘むのは早いのかもしれない。

 まだまだこれから変われる可能性は十分にある。そのために学校という箱庭が有るのだということを、今更ながらに思い出す。

 それはあなた自身にとっても同じことなのかもしれない。

 必要とあらば一歩を踏み出すべきなのだろう。

 

「約束してくれるなら、今回のことと、その力については私の胸一つに収めておきます。後でビデオ宣誓してもらう必要はありますけど。でももし、それができないということであれば、君には退学してもらわなくてはなりません」

 

 彼女から出された提案は、彼女の立場になってみれば妥当どころか、むしろ甘すぎるとすら思えるものだ。さまざまな思惑が有るにせよ、それは彼女の善意によるものだろう。力の込められた眼差しには、もはや悲壮感すら漂っていた。優しげな面差しの中に潜む決意。それはかつてボルテクス界で先生に見た()()を、思い出さずにはいられない。

 その手を振り払うという選択肢は、最初からあなたの中には無かった。

 

 

――約束しよう。

 

 あなたが右手を差し出すと、彼女はそれに応えてありがとうと笑った。




沢山の感想、評価、お気に入り、いつもありがとうございます。
気付けばUAも10万件を超えるなど、全く想像していなかった状況に正直ビビっていたりもしますが(汗)
細切れの時間をやりくりしながら書き足していたストックも完全に尽きてしまいましたので、今後は不定期更新となります。(更新は原則月曜に予定しています)
今後とものんびりお付き合いいただければ幸いです。

なお、次回更新は他キャラ視点による複数の補足エピソードになる予定です。


(20170508)誤字訂正
 まーぼう様、誤字報告ありがとうございました。

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