魔法科転生NOCTURNE   作:人ちゅら

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今回はちょっと傍点がウルサイかもしれません。


#014 *4月9日 司波達也

 4月9日。

 朝早くに起きた達也と深雪は、二人揃って九重寺へと顔を出した。

 何かと世話になっている住職に、進学の報告をするためだ。

 

 

 山門をくぐり、階段を登って境内へ。激しく踏み固められた白土の庭に差し掛かると、達也は深雪を待たせて先を歩き、予想通りに襲撃を受ける。九重寺の門人等による手荒い歓迎であった。

 それらをいなす達也を尻目に、八雲は深雪の背後から突如として姿を表し、驚く彼女の制服姿に欣喜雀躍して両の手をわきわきと(うごめ)かす。深雪はそのいささか変態めいた悪ふざけに怯えて達也(ガーディアン)を呼び寄せ、ここにおよそ早朝の軽い運動とは程遠い、苛烈な手合わせが発生。八雲が「体術では達也くんには敵わないかもしれないなぁ」などと軽口を叩いた隙に、達也が一本を取る一幕があった。

 

 一高入学と入学式でのこと、早速できた友人と達也のデート疑惑など、他愛もない雑談を交わす深雪と八雲。こういう時、達也はからかわれることで笑いを提供する。まったく本意では無いのだが、愛する妹が笑顔になるなら安いものだと言葉を飲み込む。そんな時、わずかに深雪の笑顔が曇ることに、彼は気付いていない。

 そんな二人の様子に「達也くんは鈍いからねえ」と八雲が笑えば、深雪は苦笑を浮かべて「お兄様は小さなことにお心を惑わされたりはしませんもの」と、同意とも否定とも取れない賛辞を口にする。それもまたいつもの事だ。

 

 

「達也くん。あまり早まったことをしないようにね」

 

 去り際、唐突にそんなことを言い出したのは八雲だった。

 

「なに、一般論だ。大したことじゃあない」

 

 怪訝な顔を浮かべた深雪に八雲は笑って答えたが、山門を出てから校門までの間、達也は何度も深雪に心当たりを尋ねられることとなった。

 

 

*   *   *

 

 

 一般科目の授業は基本的に端末を介したオンライン授業で行われる。感覚的には先行して録画されたビデオを見ながら自習するようなものだ。途中、何度か抜き打ちで授業内容から質問があり、その回答の速度と正答率とで態度が評価される。定期試験のようなものは無く、成績はオンライン授業の結果のみで決められる。

 教室には教職員も同席せず、第三者によるチェックが存在しない環境である。生徒同士で答えを教え合うことなど日常茶飯事であり、真面目に授業を受けない生徒も少なからず存在する。だがもとより魔法科高校において、一般科目の履修などは対外的な建前の面が大きい。標準化された公平な(デジタル)評価が優良なものであるなら問題とはされなかった。

 

 達也は既に高校卒業程度の学力は有しているため、一般科目の授業時間はもっぱら自習(ナイショク)の時間となる。授業態度を評価する抜き打ちの質問は、講義の音声が途切れたタイミングで画面を確認すれば足りた。

 故に空いた時間は思索に費やすのが常であった。それが高校進学二日目の授業だろうが変わりはない。

 

 オンライン授業を垂れ流す端末とは別に、持ち込んだ私物を使って「()()」なる言葉について横断検索を掛けてみても、該当しそうなものは、いわゆる霊子(プシオン)発見以前の仮説で使用された鉱物の名前、くらいのものだ。

 2020年代、人体にも微量ながら含まれる磁鉄鉱(マグネタイト)と、人間の精神活動に何らかの因果関係があるのではないか? という幾つかの論文は確かに有った。一部の()()古式魔法師(オカルティスト)たちが怪気炎を上げたこの研究プロジェクトは、古い霊場との関係性を提唱されたことで大きく民俗学方面へと方向転換したようだった。本来の研究は非物質粒子プシオン説の提起とともに下火となり、プシオンが発見される以前に自然消滅したらしい。

 

 あの男子生徒は「マグの量に驚いた」と言っていた。それが言葉通りの意味なら、体組成を視たということになるだろう。だが達也の肉体は一般的な現代魔法師のものと大差はないはずだ。そこから秘密がバレるということはありえない。

 しかし彼はその後で言い換えるためにオーラやプシオンを持ち出していた。となると彼なりの慣用句として用いた、と考えるほうが妥当か。

 

 あの男子生徒は、この研究の関係者の縁者か何かなのだろう。古い言葉をことさら使いたがるのは、歴史や伝統といった無形文化を尊重する(ありがたがる)古式魔法師によくある習性だ。

 あるいはその線からなにか分かるかもしれない。

 とはいえ現状ではより優先順位の高いことが存在している。

 検索結果を端末に保存して記憶に留め、達也はプシオン及び霊子放射光過敏症に関する論文を呼び出していく。それらが自分の秘密を暴きうるものなのか。達也は自身のエイドスに現れる情報と照合しながら、()()()()()()()()()()()自身の【精霊の眼】に軽い苛立ちを覚えた。

 

 その後、その日の一般科目の時間を全て費やしたものの、結局のところ時間も材料も不足した現状では結論は出せない、ということを再確認しただけであった。

 

 

*   *   *

 

 

 下校時、校門前でつまらない騒動に巻き込まれた達也は、その場で再びあの男子生徒(アレ)を目撃した。達也はわずかに身を固くし、深雪に訝しげな眼差しを向けられてしまう。

 アレは騒動の最中、光波振動系魔法(目眩まし程度のものだったが)を使おうとした女子生徒を、CADの操作中に止めたのだ。人垣の外から野次馬の群れを抜けて瞬時に割って入ると、CADを操作する手を掴んで声をかけ、中断させていた。

 自己加速術式でも使っていたのか、その速さは達也をして瞠目に値するものであった。

 

 達也は深雪を抱き寄せ、注意深くその場から離れようとする。

 血気に逸ってCADを取り出した一科生たちの巻き添えにされないように。

 何よりアレに気取られないように。

 

 

 騒動に背を向けたままのアレが、空いていた片腕を軽く背後へと振る。

 五指を開いたその仕草を、達也はまるで動こうとした自分たちを制止するもののように思えた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 何かしでかすつもりなのか。

 達也はいつでも飛び退けるように身構え、兄の様子に気づいた深雪は密かにCADを取り出した。

 だが次の瞬間、警戒する達也が【精霊の眼】にとらえたのは、人垣の外からアレめがけて撃ち込まれたサイオン弾、そしてアレを中心にドーム状に広がるサイオン波だ。女子生徒の魔法を阻害しようとしたのだろうサイオン弾は、広がりゆくそのドームに触れた瞬間、まるで溶け込むように消えてしまった。

 

 瞬く間に広がったドームは、この騒動を取り巻く人垣をすっぽり包みこんだところで停止し、そのまま留まり続けている。

 

 血迷った一科生たちが展開しようとした魔法式もまた、ゲートを出てそのサイオン波に触れたそばから溶け崩れるように自壊していった。

 

 イデアにもこの場に展開された魔法式などは見当たらず、領域干渉などでもありえない。

 サイオン波の波長も、もちろんアンティナイトを介したキャストジャミングとは違う。魔法師なら誰もが持ちうる、ごくごく自然なものだ。どこか()()()()()()()()()()()()()ようでもある。

 ただそれが広くドーム状に広がっている。ただそれだけの異常。

 

 だがその自然なサイオン波のドーム、特殊な構造なども見当たらないそれが、魔法という力と、それにまつわる現象を押さえ込んでいた。

 まるでドームの中だけ()()()()()()()()()()()()()()()()かのように。

 

 

 それは達也をしてまさに理解の埒外であった。

 

 

 達也が茫然自失となったわずかの時間に、エリカが伸縮警棒で、レオが右拳で一科生たちのCADを叩き落とし、あるいは術者自身を次々に殴り倒してゆく。

 騒動はこれで収まるだろう。先ほどサイオン弾を撃ち込んだ誰かが、もうじきここにたどり着く。しこりは残るかもしれないが、互いにCADを抜き、力を揮ってしまったのだ。それはもう仕方がない。

 

 そんなことはどうでも良い。

 それよりも(たつや)には今、試しておきたいこと、否、試さなければならないことがあった。このドームがサイオン波で出来たものであるなら、それに抗する手段を達也は持っている()()()。その有効性を()()()()()()()()()()()()()()

 

 もちろん危険はあるだろう。

 だがアレは件の古式魔法師の技術をオーラを視るものだと言った。それが言葉通り視界に依存するのであるなら、背を向けている()()()()()。それにアレが自身の作り出したドームによって魔法を無力化しているのならば、それが展開されている今はむしろ安全が確保された状態と言える。緊張が緩んでいる()()()()()()()()()()()

 なにより次にこの異常と遭遇する機会がいつになるのか分からない。決定的な状況で場当たり的な対処を迫られるより、多少のリスクを負っても今ここで調べておくべきだ。()()()()()()()()()()()

 

 

 抱きかかえた深雪を、自分の体でアレの視界から隠れるように移動させる。

 それに合わせてなるべく自然に、達也自身も半身になる。この先の動きを極力見せないために。

 アレに反応はない。取り押さえた女子生徒の肩に手をやり、隣の誰かと話しているようにも見える。

 こちらに気が付いていないのならば好都合。

 

 急がず慌てず、されど速やかにブレザーの内側へと右手を差し入れる。

 左脇下に下げたCADに触れ、【精霊の眼】で再びイデアへと視界を移す。

 ……相変わらず、アレはうごめく不気味なサイオンの塊にしか視えない。

 

 発動魔法は【分解】。対象はサイオンの波そのもの。

 あの現象の原因がこの波長にあるのなら、波を分解して無意味なサイオン粒子にするだけで無効化できるはず。魔法式でないため【術式解散(グラム・ディスパージョン)】は意味を持たず、また【術式解体(グラム・デモリッション)】はサイオンの強い光を放出してしまうため、アレに気付かれないよう極秘裏に使うことができない。

 

 照準をドームそのものに設定。

 トリガーに指をかけ、【分解】を発動する。

 まさにその瞬間――

 

「そこまでだ!」

 

 二人の闖入者が制止の声を上げ、衆目の意識が逸れた。

 ()()()()! ()()()()――

 

 

 だが達也が【分解】を発動することはなかった。

 達也の腕に、深雪が手を載せられていたから。

 (じぶん)が何をしようとしていたのか、彼女(いもうと)は分かってはいないだろう。だが自分を見上げる彼女の、まるで何かに怯えるような眼差しが、()()()()()()()()()()()()()張り詰めていた達也を慮っていることを疑いはしない。そして達也にとって深雪の意志に優先されることなど、この世の中には存在しない。

 

 どちらにせよもう手遅れだ。

 あの闖入者、生徒会長と風紀委員長が駆けつけた瞬間、あのドームは跡形もなく消え去ってしまっていたのだから。

 

 

 今この場でできることは何もない。

 精々この場から安全に離れること。それだけだ。

 

 

 故に達也は、騒動を収めに来た生徒会長と風紀委員長を煙に巻くことにした。後日またこの件で呼び出しを受け、あの男子(バケモノ)と顔を合わせるようなことにならないように、小才を誇る小生意気な新入生、程度の印象に収まるように細心の注意を払って対処した。

 だが彼の堂々たる押し出しと、慇懃無礼ながら理路整然とした口ぶりは隠しようもない。互いの価値観の違いが二人に彼を評価させ、むしろ次なる騒動の萌芽になってしまったことを、彼はまだ知らない。

 

 

 いち早くその場から離れたかったので、その後に絡んできた一科生は適当にあしらった。達也にとってこの騒動自体、下らない言いがかりに過ぎなかったのだ。その原因を作った馬鹿に何を言われようが馬耳東風、聞く耳など持つはずがない。ただ赤の他人の名を呼び捨てにするという無礼のみを咎めると、深雪と共に帰宅の途についた。

 

 

*   *   *

 

 

「そういえば、深雪」

「はい、何でしょう。お兄様?」

「最初に魔法を使おうとした子、あれはお前のクラスメイトじゃなかったか?」

「ええ。光井ほのかさん。そのお隣が、北山雫さん。今日、ご挨拶しました。とっても可愛らしい方たちでした、けど、それがなにか?」

 

 深雪の声が、冷気を帯びる。

 この不安定さが玉に瑕だと達也は苦笑し、疲れのせいか()()()()()()()()()()()()()、彼女の頭に手をのせる。

 

「いや、その光井さんか。彼女を止めた男子がいただろう」

「はい。お名前は存じませんが、あの人もA組ですよ」

「そうか……」

 

 

 そこでようやくこれまで仮想敵の名前すら知らなかったことに思い至り、達也は眉間に深いシワを作った。

 




感想、評価、お気に入り、いつもたくさんありがとうございます。
特に前回更新後の感想は皆さんノリノリで、楽しく拝見させていただきました。
お陰さまで本作における“お兄様”のスタンスが決まった感もありつつ(笑)


しばらく忙殺されることになりそうで、少なくとも6月中には更新できそうにありません。


次回は真由美視点のエピソードになると思います。(更新は7月上旬を予定しています)

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