魔法科転生NOCTURNE 作:人ちゅら
魔法科世界側のバックストーリーです。
日本の現代魔法師の頂点とされるのが、かつて十の研究所から生み出された二十八の
現在、十師族の双璧と謳われているのが、
軍部と密接な関係を持ち、過去には一国家の衰亡を決定づけた圧倒的な戦闘力を有する、“
相対するように一家門としては最大の門下数を誇り、軍事、官僚、警察、消防など公的組織にも協力的、良心的な名家として知られているのが七草家だ。魔法師の
その七草家の現当主が、
* * *
2095年4月9日。
彼の書斎では眼光鋭い壮年の男が弘一を前に、第一高校で起こった騒動について報告していた。名を、
護衛対象が学校にいる間は、ボディガードと言えども同道することはできない。そのため仕事は間接的なもの、周辺への警戒が主となる。名倉はその
「……以上が現在分かっている顛末です」
「ご苦労。この時期に跳ねっ返りが出るのは例年通りか。で、
「見物していた二科生に声をかけているものが何名か。敷地から出たあとの様子では、
「ふん」
報告内容についていくつか確認すると、弘一はつまらなさそうに鼻を鳴らした。
名倉は微動だにせず、次の指示を待っている。普段ならこのまま退室を命じられるはずであった。だがいつまで待ってもその指示はない。それどころか弘一は、普段ならば絶対にしなかった行動をとる。重厚なデスクに置かれたゴーグル型の情報端末を掛け、何やら操作をし始めたのだ。
ゴーグル内部に情報を表示する仮想型情報端末は視界を制限するため、いざという時の対応に遅れが出る可能性がある。警戒心の強い弘一が、七草門下でもない
名倉への警戒すら忘れるほど、気にかかることでもあったのだろうか。あるいはそう見せたいのか。
弘一は本来なら学校関係者しかアクセスできないはずのデータベースを呼び出すと、幾つかの項目について検索をかけ、並べ直す。
魔法大学付属第一高校の2095年度新入生は規定数の二百名。うち一科生が半分の百名。魔法師の家系(これは両親のうち最低一人が魔法技能師の有資格者である子供)は全体で七十名程度で、一科生に限れば六十名弱。ほぼ例年通りのデータだ。中には七草家の息の掛かった家の子供が六名ほどいるはずだが、流石に氏名までは把握していなかった。
「しかし揃いも揃って
「一科生を無力化していた二科生は二名。うち警棒を使用していた一名は、速さだけなら既に相当のものでした」
「なんらかの
「そう考えるのが妥当かと」
「ふむ。ご苦労。下がってよし」
名倉の答えに無表情のまま頷くと、弘一は今度こそ名倉に退室を命じた。一礼して退室した名倉に目も向けず、弘一はデータベースを操作し続ける。扉の閉まる音がして数十秒、弘一は端末から使用人にコーヒーを持ってくるよう命じると、ゴーグルを外して目頭を揉んだ。
慣れないことはするものではないなと、独りごちる。
それにしても、と弘一は先ほどのやりとりを思い返していた。
(護身用にわざわざ警棒を携帯していたとなると、軍か警察、剣術使い……可能性が高いのは、千葉道場の門人あたりだが。まさかこれか? 1年E組の千葉エリカ。千葉家に該当する娘はいなかったはずだが、道場生の間では
どうであれ使えそうならスカウトも視野に入れておこう、などと考えている。
七草家の力は何よりも
* * *
夕食後しばらくして、弘一の書斎には彼と、彼の長女たる七草真由美がいた。
先ほど名倉から受けた報告について、当事者の話を聞いておこうと考えたためだ。
ちなみに真由美は騒動について自分の関わった範囲で表面的な説明に徹し、それ以外のことについては何も話さなかった。
彼女の父は、時に必要以上の情報を嫌うことがある。今この時のように、義眼の入った右まぶたに人差し指をあてがって思索しているときは特にそうだ。こういう時は、黙って次の質問を待つことになっている。今の今まで真由美の中では
その判断がどのような結果となるのか、この時点では知る由もない。
そうして真由美の話が一段落ついた時、弘一の中ではあらかたの整理は終わっていた。現時点では判断材料が不足しすぎている。後で調査を命じておこうと動かす人員について考えをめぐらし、それも片付けた。視線を上げれば思索にふけっている間、放置していた長女が目に入る。
弘一は気まずさを覚え、ふと思い出したことをひとつ、尋ねる気になった。
「確か教員の間で話題になっている新入生がいるという話だったが、何か耳にしているか?」
それは彼にとっては気持ちのごまかし、小さな好奇心に過ぎなかったが、真由美にとっては何らかの意味があるものだった。弘一の目には確かに娘の動揺が見えた。
真由美も来年には一高を卒業し、魔法大学進学は確実だろう。となれば成人として社交の場へと出ることになる。その振る舞いは既に充分すぎるほど身につけてはいたが、しかし百戦錬磨の父には及ぶものではない。平静を装ったところで大した意味はなかった。
とはいえ何があるのか、までを図ることはできない。詰問するわけにもいかないし、そもそもそれほど手間を掛けるような質問でもない。弘一にしてみれば、今は長女が何かしら気にかけていることがある、ということだけ分かれば良かった。
うまくすれば、近頃なにかと
「一人は一年E組の司波達也。成績の方はご存知でしょうけど、先ほどお話ししたとおり、トラブルを穏便に片付けよう、遠ざけようとする気質に見えました。一度はCADに手を伸ばしていましたし、実力行使にも抵抗は無さそうだったかしら」
「ふむ」
「もう一人は一年A組の間薙シン。こちらは一科生ですし一般科目の成績上位者なので、
だが、続けられた彼女の言葉の中に、聞き捨てならないものがあった。
「カンナギ? どう書く」
「時間の
歴史ある古式魔法師を数多く有する日本という国にあって、現代魔法師と古式魔法師の間にあまり交流がない。無論、皆無というわけでもなく、個人的な付き合いのある者もそれなりには存在する。所属を定めず個々の仕事を請け負う、フリーランスの古式魔法師というのも相当数いるからだ。
だがこの国では過去の
そんな中でも国内最大の家門たる七草家、その当主である弘一は彼らに独自のコネクションを持っている。直接、間接問わず、古式魔法師に仕事を依頼することも決して少なくはない。弘一にとって彼らは七草の名を出さずに使える都合のよい手駒であり、彼らにとって弘一は話の分かるスポンサーであった。
だからこそ知っていた、古式魔法師界の
今世紀初頭、突如として現れた
それは間違いなくトラブルの種であろう。それも弘一がコントロールできない類の。
七草弘一という人間は、どこか七草門下の魔法師やスポンサー、関係各位を縱橫に操る
いつもどこかで敵を増やさぬよう利己を抑制し、利益の分配を考えてしまうその気質は、長年仕えた家宰にも「博打の打てない陰謀家」「裏路地で火遊びを楽しむ日向の住人」など、あまり評価されてはいない。
要は小心者なのだ。
「古式魔法師で、間薙か……真由美、
「そう仰られましても。生徒会長として立場上、関わらないわけにはいかないし……」
当主として厳命しても構わないのだが、近頃の真由美は彼のコントロールから外れはじめている。それは克己心の現れ。一人の人間として成長していると考えれば良いことなのだろうが、その結果として一高の情報が入らなくなる可能性も無くはない。
勿論、情報源が真由美一人ということはない。一高生には七草の息のかかった子女も少なくない。だが個人レベルの人格に関する情報、即ち
まったく面倒なものだとため息を吐くと、弘一は一つだけ教えておくことにした。
「古式魔法師の間
「ええと……確か、
「間薙とは橘の傍流だ。戦前から軍とも関係が噂されている。藪をつついて蛇を出すことはない」
「軍と? ……もしかしてお父様は、彼が四葉に連なる者だとお考えなんですか?」
「連なる、とまでは言わん。だがどこかで紐が付けられているかもしれん」
橘家の軍との関係は、主に戦前の軍需産業に関連するものであり、南條財閥に吸収された現在では見る影もない。そして間薙家とのそれは、前世のシンが研究者兼検体として所属した旧第九研とのものだろう。
そうした意味では間薙家は、四葉よりも“九”の家系の方が関係は強いのだが、弘一は敢えてミスリードとなるよう言葉を選び、真由美はその罠にまんまと嵌まってしまった。
四葉家といえば、父がなにかと目の敵にしていることは、彼女もよく知っている――常日頃から「四葉とは関わり合いになるな」と口にしているのだ。分からない方がどうかしている。彼らに関係しそうな名が出て、つい過敏に反応してしまったというのは、いかにもありそうな話だ。
だからこそ
「それより、近ごろ
「お話、承りました」
父の懸念について一応の納得がいった様子で、真由美は丁寧に一礼すると、足早に弘一の書斎から退室した。
納得はしたが、従うかは決めかねている。己の長女の態度をそう判断した弘一は、眉間を揉んでため息をついた。
そもそも因縁の対手たる
娘の自分に対する評価の一端を見た気がして、誰も居なくなった書斎で弘一は顔をしかめる。結果として都合は良いが、今ひとつ気分が冴えないのも事実だ。話を終わらせるために続けた言葉すら、いかにも糊塗しているかのようではないか。
ままならんものだなと、弘一はもう一つ大きく息を吐きだした。
感想、評価、お気に入り、いつもありがとうございます。
どうにも未熟者につき色々と至らないところもあると思いますが、今後も気長にお付き合いいただければ幸いです。
次回は司波達也と九重八雲の補足エピソード。主にメガテン世界側のバックストーリーになります。
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(20181224)修正 : 今年は → 来年には
(20170725)誤字訂正
銀太様、誤字報告ありがとうございました。