魔法科転生NOCTURNE   作:人ちゅら

20 / 46
メガテン世界側のバックストーリーになります。
入道閣下、登壇。


#018 *4月9日 九重寺の二人の客

 4月9日 黄昏時。

 西の空が死色に染まる頃、九重寺に訪れたのは司波達也であった。

 

 

 小山の上にある九重寺は、いち早く自然の闇に包まれていた。

 達也が九重寺の山門をくぐると、途端に()()()()()()()気がした。自身のエイドスを確認しても質量の変化がない以上、心因的なものだろう。そう結論づけてみたものの、通い慣れる中で経験したことのない感覚には、相応しい理由が思いつかなかった。

 

 そんな小さな違和感から何気なく肩を回した瞬間、茂みから次々に門人らが襲いかかってくる。いわゆる闇稽古であろう。達也は即座に応じると、門人らを撃退して、ニヤニヤと笑う八雲の前にたどり着いた。

 

 何の予兆もなく顔面めがけて放たれた貫手を躱して下段回し蹴り。飛び上がった八雲に拳打を叩き込もうとするも、横合いから飛んできた礫を避けるために体勢が崩れる。眼前に突き出される掌底を下から打ち上げて逸らせば、次の瞬間には背後から首筋に手刀が叩きこまれていた。身を捻って打点をズラしてみたところで、一瞬意識が飛びかけた有様では地面に叩き伏せられることを回避できなかった。

 降参のジェスチャーをする達也に、門人たちが感嘆の声を上げる。

 

 朝のリベンジに成功したと、カラカラ笑う八雲。

 早朝、深雪を連れて入学の報告に来た折には達也が一歩上回った。その仕返しということだろう。

 達也も修行目的の訪問ではないし、達也の強さを誰よりも信じる深雪もいない。これで気分良く話してくれればお安いものだ。

 

 

*   *   *

 

 

 軽く身を整え、場を仕切り直す。

 不躾な訪問の挨拶もそこそこに、八雲に疑問をぶつけてみる。といって【精霊の眼】で見たことをそのまま話すことはできない。達也にしてみれば、八雲とて完全に信用できる相手ではない。だから()()()()()()()()()()の正体を優先する。

 答えはすぐに返ってきた。

 

「オーラを見る古式魔法の(わざ)か。これはまた随分と古い話だね。それは【見鬼(けんき)】や【垣間見(かいまみ)】の術という。どちらも起源を同じくするもので、本邦では平安の御代(みよ)以前から伝わる古式ゆかしい術だよ」

「ご存知ですか、師匠」

「勿論だとも。見えざるもの、この世ならざるものと対峙する魔法師にとっては、習熟していなければならないものだ。魔法と言うより異能かな? ()()らを相手にする僕らにとっては基礎の基礎だねえ。もっとも、使える術師は今では限られているはずなんだけど」

「え?」

 

 あの男は「三人に一人は使っていた」と言っていた。どういうことだろうか?

 達也が問うより前に、八雲は言葉を続ける。内緒話でもするかのように、身をかがめて、先ほどよりいくらか小さな声で。

 

「この世ならざるものを相手にする、そういう古式魔法師そのものが減っているからね。もちろん古式魔法にも色々ある。伝統的な魔法を受け継いでいる家門は決して少なくないが、必要のないものを受け継いでいくのは、いかにも効率が悪い。僕らも近代化しているからねえ。どうしても使いみちの限られた魔法は、割りを食ってしまうのさ」

「必要がない、ですか」

「前世紀の終わり頃だか今世紀の初めの頃だか、ある日を境にそういうものたちが急激に大人しくなっていったそうでね。悪さをするモノが居なくなれば、敢えて退治する必要もなくなる。まあ完全に消えたわけじゃあなくて、戦時中なんかには随分と湧いたようだから、僕らも念のために術を受け継いではいるんだけどね」

「世知辛い話ですね」

「古式魔法師といっても、霞を食って生きていけるほどには至っていないからねえ」

 

 大昔の古式魔法師の伝説を論ってケラケラと笑った八雲に、一瞬達也は毒気を抜かれかけた。

 混ぜっ返されてはたまらないと、瞬時に言葉を整え、口を開く。が、

 

 

「ま、そのあたりの心配は無用だろうね」

 

 

 八雲に機先を制されてしまった。

 朝の去り際の一言からこの調子なので、達也の調子は狂いっぱなしだ。

 だが八雲はそんな達也とは対照的に、どうやら調子が良いらしい。愉しげに言葉を紡いでいる。

 

「【見鬼】は君らの言う霊子放射光過敏症の症状をコントロールする術だ。元々は霊子放射光過敏症の人間のことを【見鬼】と呼んでいたらしいね。見えてしまう人間がいて、それが便利だったから、真似する方法を編み出したわけだ。だけどあくまで真似だから、生まれながらの【見鬼】ほど見えやしない。そして【見鬼】の人間にも君らのことを見破ることはできない。君のクラスの子みたいにね。だから少し落ち着きなさい」

 

 八雲の言葉を信じて良いものか、達也は判断しかねている。

 とはいえ彼がここで嘘をつき、達也と深雪を、何よりその背後にある四葉(もの)を敵に回すかといえば、それも考えにくい。

 安易にデタラメな言質を与えてしまっては、後に責任を問われることにもなりかねないのだから。

 であるなら、それが間違いである可能性も極めて小さいはず。

 

 だがどこか、いつもの八雲とは違う気がした。

 そもそも八雲は達也にとって()()()()であって()()()()()()()()。古式魔法に関することをこれだけ饒舌に語ってくれたことは、これまでに無かったことだ。明確に拒絶されるのは、術理そのものを尋ねた時に限られていた。だがそれ以外の質問も、これほどハッキリとした答えを与えられたことは、無かったと記憶している。

 それが気分の問題なのか、それとも秘匿すべきものではないということなのか、あるいは何か思惑があるのか。

 

 だが達也の【眼】が、人の心を映すことは無い。

 

 

「知らない情報(こと)、好奇心、知りたいという気持ちは怖いものだよ。僕ら忍びの者が最初に覚えることは、退き時を知ることだ。ほら、神殺しの偉業をなしたドイツの哲学者も言ってただろう。深淵を覗くものはー、とか」

「ニーチェは別に神を殺したわけではないと思いますが」

「あれ、違ったっけ」

 

 この師匠は時折、ピントのズレた言葉を持ち出してとぼける癖がある。どうも冗談で混ぜっ返して話を終わらせたい時にそうしているらしいのだが、達也はたまに本気で信じているのではないかと疑ってしまうことも少なくない。それほど自然な表情を作るからだ。

 ともあれ、そうやってサインを出された以上、こちらも引き下がるしか無い。ここから更に踏み込もうとしても、言を左右に煙に巻かれるのがオチなのだから。

 

 

 ニタニタと人を食った笑みを浮かべた僧形は、もう何も答えてはくれないだろう。

 手詰まりだ。

 

「ご教示、ありがとうございました」

「またいつでも遊びに来なさい」

 

 達也は一礼して九重寺を後にした。

 

 

 今、達也(じぶん)にできることは限られている。

 ならばそれに全力で取り組むまで。

 深雪を守る。片時も【眼】を離さずに。

 そして未知の敵に備える。

 必要とあらば接触することも視野に入れて。

 慎重に、可能な限り迅速に。

 

 まずは深雪に注意を促すことから始めよう。

 あの男子生徒(バケモノ)の存在をどう説明するか、達也は考えをまとめながら帰路を急いだ。

 

 

*   *   *

 

 

 4月9日 未明。

 

 達也の来訪より遡ること十五時間ほど。

 草木も眠る丑三つ時、九重寺に一人の客があった。

 

 

「見たな?」

「ええ」

 

 一本の和蝋燭に照らされた薄暗い三畳ばかりの和室に、二つの禿頭が浮かび上がっている。ひとつはこの九重寺の住職である九重八雲。対座するのは還暦を過ぎたとは思えぬほど、若々しいスーツ姿の隻眼の男。名を東道青波という。

 歪んだ自然木の柱に、ところどころ漆喰塗りが剥げた土壁。乙な草庵めいたその小部屋に二人、膝を詰めて座していた。

 未だ寒の残った春の夜に、風炉からゆったりと湯の沸く音がする。頃や良しと湯を汲んだ八雲が荒っぽく茶を立てると、出された茶碗を鷲掴みにして青波が喫す。その所作は必ずしも礼に則ったものではないが、不思議と愉しそうであった。

 

 

「妖気に誘われた異国(とつくに)の神霊を、ただの一言で追いやっておりました。入道閣下、あれが?」

 

 問うた瞬間、八雲の全身に怖気が立った。現代の怪僧・東道青波ともあろう者が、その面貌に“悦”の心地を浮かべたがために。

 対面する八雲は、その邪気の無い笑顔に(おぞ)ましさすら感じていた。白く濁った左目を、気味が悪いと思ったのもその時が初めてだった。対座する知己が、何か得体の知れない化物に変じてしまったのではないか。そんな錯覚を抱くほどに。

 

然様(さよう)。あれこそは(マロガ)れの曼荼羅(マンダラ)、我が()()である」

 

 八雲は総身に活を入れ、気を張って笑みを作る。これまでも怪人物とは思っていたが、まがりなりにも忍術の使い手として修行を積んだ自分が、このように気圧されるとは思っていなかった。長年の同盟者の底知れないモノを、初めて目にしたのかもしれない。

 

「生き本尊とはまた酔狂な」

「我が仏道は神仏(みほとけ)そのものを求むるに非ず。人の身にてその境地に至ること、衆生を導くことである」

「あれが仏と?」

御仏(みほとけ)()()()()()()()()

「む」

 

 言わんとするところは、分からないでもない。

 だが容易に納得できることでもない。

 この男は既にして狂を発しているのではないか。

 八雲は二の句を継げなかった。

 

 

 にわかに訪れた沈黙。

 

 対手をただじっと伺われた生臭坊主は、空とぼけた顔で冷めた茶をわざとらしく音を立てて啜ってみせ、それから口を開いた。

 

「あれは一高へ行くのだったな」

「すでに遭っているようでしたよ」

「上首尾上首尾。()()()にとっても良い導きとなろう。しばらくは手出ししてくれるなよ?」

「山門結界の外のことならば」

「言われるまでもない。善哉善哉」

 

 獅子口の面のように大口を開けて笑った青波の表情を、八雲は生涯忘れなかったと言う。

 




感想、評価、お気に入り、いつもありがとうございます。
今後とも気長にお付き合いいただければ幸いです。

次回からは再び本編(“あなた”視点の物語)に戻ります。


(20171210)誤字訂正
 ((´・ω・`)様、誤字報告ありがとうございました。

(20170731)誤字訂正
 244様、誤字報告ありがとうございました。

(20170731)修正
 達也が九重寺へ出向いた時刻を修正しました。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。