魔法科転生NOCTURNE   作:人ちゅら

21 / 59
お待たせしました。



#021 竜神の呪い(偽)

 あなたの容赦ない攻撃に吹き飛ばされた幹比古は、ごろごろと山間を転がされて泥まみれになっていた。無様な姿を晒していることなど気にする余裕もなく、少年魔法師は痛みにうずくまってしまう。念入りに硬化魔法のかけられた浄衣を貫通し、彼の全身に与えられたダメージは、少年の意識もろともに命を刈り取りかけていた。

 肉体のダメージにはあまり慣れていないのだろう。魔法師には身体能力を併せて強化するタイプと、強力な魔法力で圧倒するタイプが居るが、彼は後者のようであった。

 

 立てるか? と尋ねてみるが、呻くばかりで反応はない。

 最後の追撃は要らなかったなと、あなたは少しばかり反省する。

 

――戦闘不能と判断するが、良いな?

 

 そう尋ねたところで、苦痛に呻く少年には答えるすべなどありはしない。

 どちらにせよ同じことだろうと判断したあなたは、うずくまる少年に歩み寄って聞こえやすいよう彼の耳元で指を鳴らし、【ディア(小治癒)】の魔法をかけてやった。あなたの持つ権能(まほう)の中では最弱の治癒魔法だが、よほど頑丈な人間が瀕死の大怪我を負ったのでもない限り、まずこれだけで簡単に回復してしまう。

 

 痛みが消えたことに驚いている少年に、あなたはその痛みが間薙家の()()()()()()()だったと嘘をついた。これは負傷を一瞬のうちに消し去ってしまう間薙家の治癒(ディア)系魔法は最大級の秘密、門外不出の秘儀とされているためだ。

 古式、現代式を問わず、人間の手による魔法が未だに実現できずにいるはずの負傷の完全治療を、いともたやすく実現してしまうのが悪魔の御業、人修羅の権能であった。もしも間薙家の魔法師たちがそれを実現していることがバレてしまえば、いかなる()()が巻き起こされるかなど分かったものではない。

 

 そういう意味では大分()()()()()いるのだが、流石に放っておくわけにもいかなかったし……とあなたは自分に言い訳をした。

 実際のところ、不完全な回復魔法は存在するし、軽傷であればその効果が切れる前に治ることも少なくない。そうした知識のある魔法師なればこそ、誰ひとりとして間薙家に完全治療の魔法がある、などという荒唐無稽な疑惑を抱くには至っていない。

 

 

「げん、じゅつ? 今の痛み(アレ)が……」

 

――間薙家門人、間薙シン。只今の手合せについて評し仕る。

 

 少年が余計な疑問を口にする前に、あなたはその場に正座し、話を進めてしまうことにした。疑念が残ってしまうかもしれないが、少年の怪訝な表情には気づかぬふりをして、さっさと戦評を始めてしまう。

 古来より魔法師は互いの力を高めるため、手合せを行う慣習があったらしい。現代魔法を学ぶ魔法科高校にもその慣習は「模擬戦」という形で残っている。正式には判定役の魔法師を別に置き、周囲に迷惑の掛からない環境で行われる。間薙家が管理する修行場も()()()()そうした手合せのための場であり、昔はともかく、今ではそうした目的で利用する魔法師がほとんどだ。

 

 そしてその慣習では、手合せの後に戦評、互いの戦いぶりをどう見たかを語り合うことも含まれている。

 あなたは先ほどの衝突を手合せだったという体裁を整えるため、古式の作法をなぞることにした。緊急逮捕や災害救助を除き、公共の場での魔法の私的利用については法律で禁じられているが、こうした慣習については互いの合意が有れば、例外的に認められるケースも少なくないからだ。

 もっとも、実際には当該地域一帯は吉田家ゆかりの人物の私有地であるため、あなたが心配するようなこともなかったのだが、そんなことは知る由もない。故に配慮することは当然であった。

 

 

 慌てて幹比古も地べたに正座し、あなたを真剣な眼差しで見つめる。

 魔法師がその力を鍛える上で、手合せは極めて重要な機会とされる。そんな場で粗相が有れば、次の機会を失ってしまうことになりかねない。まして他家同士の手合せともなれば、互いの秘技に触れる滅多にない機会だ。だが古式魔法師のネットワークにそんな話が広まれば、機会はさらに激減することとなる。そのため、他家他門に対する礼儀については、どの家でも口喧しく叩き込まれるのだ。

 幹比古は神童と持ち上げられた少年であるが、なればこそよほど厳しく躾けられたに違いない。からだに染み付いているのだろう。あなたもまた、それは変わらない。だからちょっと意識するだけで、そうした作法の類は自然と表せるようになっている。

 

 

――最初の対応は良かったな。敵に対して先制攻撃を仕掛けるのは当然の戦術だし、視界が悪くなった時、自分の手札を考えてむやみに動かず反撃を構えたのも、悪くはなかった。が……

 

 言外の意図がはっきり伝わる視線を向けたあなたに、少年は大きく顔を歪める。

 

 屈辱と思ったか。

 だが、必死に押し殺しているのだろう。頭に血が上ったか顔は赤く、瞳も充血し始めている。

 

――あれだけか?

 

 あなたの言葉には応えず、彼はただ何度も悔しげに地面に手のひらを叩きつけていた。

 その表情が演技なのか、はたまた本心なのかは分からない。分かっているのは戦評を始めるその直前まで、彼があなたに一矢報いようとしていた、ということだ。彼の座る大地のその下には、彼に喚起されたアーシーズ(地精)が委ねられるはずの魔法式を今か今かと待っていたのだから。

 

「……なんで……っ」

 

 悔しげに口元を歪め、地面に両の手のひらを叩きつける幹比古。

 

 まただ。

 彼が形作ろうとした魔法式は、形になる前に霧散している。

 

 ()()()も何も、一目()れば分かりそうなものなのだが。

 

 

――お前の過ちはいくつかあるが……

 

 ごく初歩的なミスだ。

 古典的な解釈では精神力、または集中力不足。

 だがそれより先に、言っておかなければならないことが有る。

 

――致死レベルの攻撃を気易く振るうな。

 

 あなたは少年の頭を平手で軽く叩いた。

 

 

*   *   *

 

 

 握りこめば凶器となる手も、開いていればただの手のひらに過ぎない。それでもスナップのきいた平手打ちは叩かれた少年の額を地面に打ち付ける程度の威力は有った。

 土の付いた額を拭いながら、不貞腐れてそっぽを向く少年。

 

 彼に()()()()()()()()()()()()()()()()ことを指摘すると、彼はあなたに目を向けポカンと口をOの字に開け放った。

 

「そんな馬鹿な」

 

 それはこっちが言いたいことだ。

 魔法式を完成させずに投げ出すなど、まるで見習いの小僧そのものではないか。

 

「いつも最初は上手くいくんだ。けど……」

 

 何度か繰り返していると、徐々に魔法が発動しなくなっていくのだという。

 魔法を覚えたての門人の子らが、同じような失敗をするところは見てきていたが、それもしばらくすると安定して使えるようになる。だからそれは集中力不足、精神力不足と言われてきていた。神童と呼ばれ、幼くして魔法の才に秀でた彼は、初めて魔法を使った時から、そのような失敗をしたことはなかったのだという。

 

「だから星降ろしの儀でサイオンを枯渇させて、それからずっと、回復していないのかと……」

 

 さもなくば喚起した()()()()()()()のか、とも考えたそうだ。

 

 

「最初はただ疲れが出ただけだと思ったんだ。喚起魔法でサイオンを使い切ってから、回復するまでに時間がかかってるんだろうって。でも、そうじゃなかった。魔法を使うときの感覚が、どうしてもイメージと合わなくなっていて。けどそれも長く休んでいたからだろうって。だから」

 

――感覚を取り戻そうと、魔法を使い続けたのか。

 

「でも、駄目だった。その頃、門弟たちの噂話が耳に入ったんだ。()()()()()じゃないかって。未熟者が手を出そうとして、竜神を怒らせたんじゃないかって」

 

――()()の、()()

 

 そんなことでわざわざ呪うだろうか? 龍神といえば尊大な連中だ。人間に恋をしたメリュジーヌ(かわりもの)のような悪魔も居ないではないが、日本に多く見られる(ミズチ)青龍(セイリュウ)あたりは、力不足の不敬者に手間なぞ掛けず踏み潰してしまえ、とか言っていたと思ったのだが。

 

「吉田の家で竜神っていうのは自然現象そのもの、()()のことだよ」

 

 なるほど。と、あなたは頷く。

 古い流派はそれぞれ狭い家門の中で独自研究を行ってきたため、使う言葉の意味が違うことは非常に多い。奈良の研究所に勤めていた頃には、協力者である古式魔法師らから根気良くそれらを聴取し、整理することはあなたの仕事の一つだった。

 

「その呪いを受けたってことは、魔法師としての力を失ったってことと同じことなんだ。魔法師と言っても、人間は肉体(しぜん)を捨てられないからね」

 

――それで荒れていたのか。

 

「それだけじゃない。兄さんは僕の失敗のことを、君になんて言ってた?」

 

――確か、幹比古が儀式に失敗したのは、私が先に喚起して成功させてしまったからだろう、とか。

 

「それだよ。僕は()()()()()()だった。魔法の力で言えば、元比古(あいつ)よりも上だと思っていたし、今でもあの時までは()()だったと思ってる。だって前の年までは、失敗していたんだ。だからあの日は僕も挑戦することになった。期待されていたんだ」

 

 期待されていたのは()()、とは、幹比古にとって言うまでもない事なのだろう。

 

「それなのに()()()()()()()()()()()()()だなんて、まるで成功させたのが当たり前みたいに。順序が違えば分からなかっただなんて、あいつは僕を、憐れむような目で……それだけは絶対に……」

 

 

 幹比古のMAGがにわかに膨れ上がり、肉体の器から溢れて弾ける。指向性もなくあたりに撒き散らされるだけのそれは、やるせない彼の心そのものだった。

 

 その小さな明かりに寄り添うように、精霊たちが集まってくる。

 幹比古は気付きもしないが、それが彼が神童と呼ばれた元々の(いわ)れなのだろう。彼のMAGは、精霊たちの好む味をしている。

 

 

――なら一高に進学したのは。

 

「逃げた、と思われてるんだろうね。でも、そんなことじゃないんだ。(ウチ)が古式魔法師の間でなんて言われてるかは知ってるだろ? ()()()()()()()()だよ。それなのに現代式にはほとんど手を出してない。おかしいじゃないか。古式魔法は現代魔法に負けた。それだけ現代魔法に力があるってことだろ。それなのに古式にこだわるなんて」

 

 乱暴ではあるが、筋は通っている。

 嘘ではないのだろう。

 だが自分でも信じきれてはいない。

 

 

 その証拠に、あなたは彼の目がわずかだが不安げに揺れたことを見逃さなかった。

 強敵を前に怯えながらも立ち向かう人間の目。弱気を強がりで必死に押し殺している、そんな目だ。

 

 それは一度見たなら、しばらくは忘れられない(たぐい)の呪い。あなたは半世紀を超えて今なお覚えている。

 

 

 「吉田家の神童」というのは、おそらく吉田幹比古の矜持(プライド)そのものだったのだ。無節操と蔑まれながらも力を求め、やがて古式魔法の名門と目されるまでに力を付けた吉田家。その血筋にあってなお「神童」と呼ばれた才気。歴史を鼻にかけた多くの古式魔法師たちにも、血を分けた兄にも勝る魔法の才能は、彼にとって唯一無二の背骨だった。

 

 その才能は誇らしいものだったに違いない。年頃の少年だ。あるいはそれに万能感を抱きながら、才に恵まれなかった兄を助けよう、くらいには考えていたのかもしれない。

 その事故に遭うまでは。

 

 だが事故は起こり、かくして立場が逆転した。

 一夜にして寄る辺を失った想いは、元へ戻る手段を求めたのだろう。

 

 

 正直なところ、あなたは自分のコミュニケーション能力がお粗末なものであることは、自分が一番承知していた。こと戦場を除いて、他人の心情を理解するということに、人修羅の力は及ばない。

 だがそれでも、その想像にはそれなりの自信があった。

 

 やはり似ているのだ。

 高校生(ニンゲン)としてあなたに勝り、人修羅(ヒトシュラ)になったあなたに翻弄された(あいつ)に。

 

 勇は世界を否定し、少年は更なる力を渇望した、という違いはあるのだろうが。

 

 

 あるいはそう信じたいだけかもしれない。

 その未練に思い当たったあなたは、知らず左手で顔を覆って小さくため息を吐いていた。

 

 

 まったく。未練(のろい)に囚われた人生なんて、誰も望みはしないだろうに。

 

 

*   *   *

 

 

 ひとしきり想いを口にしたことで気が晴れたのか、幹比古の情念(マガツヒ)はいつしか落ち着いたものになっていた。

 

 だが、彼の勘違いが正されたわけではない。

 彼のスランプの理由も明らかにはなっていない。

 これでは明日には元の木阿弥となってしまう。

 故にあなたは、気になっていたことを口にすることにした。

 

 

――自分の能力を分かってなかったのか?

 

 

 あなたが【アナライズ】によって看破した吉田幹比古の特殊能力とは、ごく短時間ながら()()()()()()()()()()()()。エルゴ研の研究員たちによって整理された命名則に従うならば、【マカカジャオート(短時間魔法力強化)】となるだろうか。あなたが職業研究者であった間にも見たことがない、非常に稀有な能力と言える。

 

 だがもし、それを先天的に持っていたのだとすれば、()()()()()()()()()()()()()()()()という異常は、むしろ魔法の習い始めた時期、持てる魔法力が魔法行使の必要量ギリギリだった頃に頻出していたはずなのだ。そう考え、重ねて訊ねてみたが、そんな事は無かったという。

 

 だとすれば後天的に身に付けたということになる。その契機となったのが、例の星降ろしの儀だったのだ。

 

 

「そんな能力(ちから)が……」

 

 まるで知らなかったと、彼は言う。

 サイオンを枯渇させるという事故と、これまで知りもしなかった能力を急に身につける偶然。それらが重なり、なおかつ当の本人に異常があれば、勘違いすることは十分に有り得ることだ。真相が分かればいささか間の抜けた話ではあるが、気付けと言う方が無理なのかもしれない。

 

 聞けば竜神を喚起した折、魔法力が漲るのを感じたという。それが喚起した神霊の意図したものか、それとも互いの魂魄(マガツヒ)同調(シンクロ)してしまったことで、一時的に能力が変化(この場合は大幅な強化)されたためかは分からない。(これは吉田家が「竜神」と呼ぶものの正体が分からないためだ)

 

 だがどちらにせよ、その時に【マカカジャオート】を獲得したのだろう。外的な干渉によって強制的に能力を目覚めさせたり、身につけさせたりするという通過儀礼(イニシエート)は、多くの伝統的古式魔法によく見られるものだし、成功例も枚挙に暇がない。

 それが意図しないところで、偶然発生した。そういうことだ。

 

 

「呪い、では無かったんだね」

 

 

 そんな幸運な偶然も、彼にとっては間違いなく不幸だった。

 それで感覚が狂い、場合によっては魔法そのものを失ってしまっていたかもしれないのだから。

 彼にしてみれば、まるで呪われたかのように感じたとしても、仕方のないことだ。

 あるいは()()()()()()()()()()()のかもしれない。

 

 

 そうしたことが分かってしまえば、彼の状態がカジャ(強化)系魔法に慣れすぎた魔法師に時折見られる、「カジャ中毒」と言われるものと同じだろうと見当がつく。

 

 カジャ中毒とは感覚の強化された状態が習慣化することで、むしろ日常的には感覚が鈍化してしまうというものだ。

 あなたの知る中で特に多かったのは、【スクカジャ】のように運動能力や感覚を強化する魔法の使い手だった。身体能力を一気に向上させ、感覚が鋭敏になることで得られる恩恵は、他に代えがたいものがある。かつてはそうしてアスリートとして脚光を浴びたものもいた。

 だが依存が酷くなると、日常生活すら満足に送れなくなってしまう。平衡感覚を損なってなんでもないところで転ぶようになったり、難聴や嗅覚過敏、一種類の味やにおいにだけ敏感になってしまったりするのだ。一種の中毒症状と言える。

 

 

「そういう、ことだったのか」

 

 そう呟いて、やっと上げられた少年の顔は、年相応の幼い笑顔だった。




感想、評価、お気に入り、いつもありがとうございます。

初めましての方には、どうぞよろしくお願いします。
お待ちいただいた方には、長らくお待たせいたしました。

今回分の更新に合わせ、前話も11日に更新されています。

どういう形にまとめようか散々悩んだ幹比古のターニングポイント#1ですが、ひとまずパワーアップと憑き物を一つ落としてオチということに。
普段よりもだいぶ長くなったんで2話に分割しようかとも思ってたんですが、ちょうどいい切りどころも無かったので1話にまとめてしまいました。

次回からは本編に戻……る前に設定補完(解説)回が入ります。
その後、本編の新入部員勧誘週間のエピソードに接続する予定です。

----
(20180219)誤字訂正
 244様、銀太様、誤字報告ありがとうございました。

(20260120)誤字訂正
 雪森様、誤字報告ありがとうございました。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。