魔法科転生NOCTURNE   作:人ちゅら

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#023 傾向と対策

「会長から、放課後、都合が合うようならいつでも構わないので生徒会室に足を運んでいただきたいそうです」

 

 生徒会長の言伝を聞いたあなたは、そのままカバンを片手に席を立つ。

 何の話かは分からないが、今日は特に用もない。手早く片付けられるなら、そのほうが良いだろう。

 

 

 教室を出ると、不思議と冷気の漂う廊下には花弁の刺繍がない制服の少年が一人。確か司波(しば)達也(たつや)といったか。

 

 生徒が実習を伴わない座学を受ける教室は、学年ごとにフロアを分けられ、A組からH組まで順に並んでいる。一年のフロアであなたの属するA組は校舎の端にある、というわけだ。用がなければ他のクラスの生徒が足を踏み入れることはありえない。そんな場所に、突如現れた二科生だ。目立つことこの上ない。

 もっとも、当の本人はそんな周囲の反応などどこ吹く風と、まるで無関心な体であったが。

 

 だが、あなたがチラリと視線を向けた瞬間、達也の呼吸がわずかに細くなった。気配を殺しつつ、すぐに動ける態勢を整えた、といったあたりだろう。

 彼のマガツヒに紛れた拒絶(ノア)の気配が強まる。随分と警戒されているようだ。

 

 

 達也はチラリとあなたに目をやり、すぐに視線をあなたの後ろへと逸した。これまで凪のようだった感情(マガツヒ)がわずかに揺らいでいる。気になって振り向いてみれば、その視線の先には気遣わしげな深雪(いもうと)の姿。

 その視線に気がついた深雪は、あなたに礼を失しない程度に小さく会釈すると、小走りに達也(あに)の元へと駆け寄った。

 

 さしずめ兄が大好きな妹と過保護な兄、といったあたりだろうか。

 強い執着を持つ人間はトラブルの元である。なるべく関わり合いになりたくはないものだと、あなたは改めて思った。

 

 きっと同じように感じたのだろう。それまで周囲で「二科生がどうたら」と陰口を叩いていた生徒たちが、何故か半歩下がり、あからさまに彼ら二人から視線をそらしている。何かあったのだろうか?

 

 

*   *   *

 

 

間薙(かんなぎ)君いらっしゃい。深雪(みゆき)さんには会わなかった?」

 

 あなたが生徒会室のドアホンを鳴らすと、出迎えたのは真由美(まゆみ)だった。

 

 司波(しば)兄妹の方は、途中で友人と思わしき数人の男女に捕まっていたので、あなたが先行したに過ぎない。

 あなたが「じきに来るはず」と答えると、真由美は楽しげに笑って「そう」と応じた。

 

 

 真由美が片足を引いてあなたを招き入れたので、軽く頭を下げて生徒会室に入る。先日は参考人として招かれたため、この手の礼儀は頭から抜けていた。真由美も、同席した他の女子たちもうるさいことは言わなかったが、彼女らは一応その辺を弁えていたので、あなたもそれに倣ったかたちだ。

 

 入室の都度IDカードを通さなければならないのは手間だが、生徒会では学校運営に関する重要資料も扱っているらしいので仕方がない。むしろ十師族をはじめとする上流家庭の子女が通う学校で、この手のセキュリティが甘かったらそのほうが問題だろう。

 

 

 足を踏み入れると、じろりとあなたを睨む視線が一つ。先日は居なかったが、入学式では在校生代表団の一人として壇上に上がっていた二年生だ。女子ばかりの生徒会役員の黒一点。たしか副会長の、服部(はっとり)刑部(ぎょうぶ)。まるで伝統を重んじる古式魔法師のような名前だが、関係は無いらしい。

 あなたが生徒会長に促されるまま、彼女とともに先日は無かった小さな応接スペースに入る。

 

「前から頼んでたんだけど、昨日のうちに業者さんが入ってくれたんですって」

 

 あなたがそのスペースを見回していると、先にソファに腰掛けた生徒会長が笑ってそう説明した。確かに、間仕切りも安手のパーティションを突っ立てただけだし、ソファもテーブルも端末を持たない普通の家具のようだ。促されるまま向かいのソファに腰を下ろす。

 

 

「ありがとう、あーちゃん」

 

 あなたが席に着くと、生徒会書記の中条(なかじょう)あずさがコーヒーを二人分、トレイに乗せて持ってきてくれた。小柄な彼女の仕草はいちいち小動物めいていて、ソーサーを持ってあなたの前に差し出されたコーヒーカップも、小刻みにカタカタと震えていた。

 

 あずさはトレイを前に抱えて一礼をすると、足早に去っていった。もしかして怖がられているのだろうか?

 その様に、真由美はただ苦笑いを浮かべて答えた。

 

 

「今日来てもらったのは、ちょっと聞いておきたいことが有ったからなの」

 

――先日の約束のことなら……

 

「あ、そうじゃないの。それはもう大丈夫だから。ねえ、間薙君は部活動って、どうする? どこに入りたいとか、考えてる?」

 

 部活動。そういえば今の時代の部活動(課外活動)は、どうなっているのだろう? たしか子供の人権と自由意志という建前の下、肥大化した教職員の業務外負担を軽減するべく、部活動の所属義務は無くなっていたはずだが。

 

「そのとおり。当校でも生徒に部活加入の義務はありません。でも同時に、部活動が学校のイメージ戦略上、大きなものであることも分かるわよね? そして魔法科高校には、()()()っていう大きなイベントがあるの」

 

 そう言って真由美は二通のリーフレットを差し出した。

 一通は一高で公認されている課外活動のリスト。そしてもう一通は、全国魔法科高校親善魔法競技大会、通称「九校戦」の案内のようだ。

 

 九校戦とは日本にある九つの魔法科高校が、毎年決められた魔法競技で優劣を競う競技会のことだ。だが、広げてみると、競技名と課外活動の名前は合致しない。あなたは部活動単位で競うインターハイをまとめたものを想像していたのだが、どうやら別物のようだ。

 

「なるべく公平になるように、部活動に所属していない生徒も参加できるように、競技内容も既存の魔法スポーツに限定されないよう配慮されてるわ。でもやっぱり、普段から部活動で魔法競技に慣れ親しんでいる方がアドバンテージが有るのよ」

 

 それはそうだろう。現代魔法は技能で、であるなら慣れ、熟練というのは大きな要素だ。

 

「だから学校側としては、有望な生徒にはできるだけ部活動には参加してほしいわけ」

 

――なるほど。それで予め考えておけ、と?

 

「まあ、そういうこと、なんだけど……」

 

――他にも問題が?

 

 言いにくそうに言葉を濁す生徒会長に、言葉を続けるよう水を向けると、彼女は感情の抜け落ちた力無い表情でため息を吐いた。その(さま)がまるで仕事に追われて自分を見失ったサラリーマンのようで、あなたは思わず「……お疲れさまです」と頭を下げてしまっていた。

 

 頭を上げ、鳩が豆鉄砲でも食らったかのような顔を見せる真由美。それからケラケラと楽しげに声を上げて笑った。

 何となくバツの悪さを感じたあなたは、後頭部に手をやってポリポリと掻きつつ、そっと視線を逸らす。

 笑い声はより大きくなった。

 

 

*   *   *

 

 

 真由美が大笑いしているタイミングで司波兄妹が到着した。

 だがあなたとの話が終わっていない真由美は、二人を何事かと覗きに来た面々に任せると、ようやっと笑いを収めて頭を下げた。あなたも頭を下げてそれに応え、再び話を元に戻す。

 

 

「来週一週間は、新入生の勧誘週間になってます。これはガイダンスで聞いてるわよね? そこでは毎年、有望な生徒の取り合いが起こるの。学校側も九校戦には力を入れてるし、成績如何(いかん)では予算にも大きく絡んでくるから。それに次の年の新入生にも期待できるようになるじゃない?」

 

 そのロジックはよく分かる。好景気、拡大再生産のモデルは、誰もが夢見るものだ。

 

「だから毎年、勧誘週間は大騒ぎになるのよ。特に期待の大型新人の周りでは。わかるでしょう?」

 

――つまり自分がその騒ぎの大本になりかねない、と。

 

「しかも期間中は、各部活とも勧誘のパフォーマンスをする必要があるからって、CADの携帯が許可されちゃうのよ」

 

 ああ、マズい。それは非常にマズいだろう。

 つまり先日の約束は、それを見越したものでもあったわけだ。騒動が大きくなって、あなたが【マカジャマオン(魔法封じ)】を展開したら、一度に何人もの魔法師の卵が()()()なってしまっていたかもしれないと。

 なるほど、それは性急にもなる。

 

 

「今年は特に、間薙君と深雪さんが注目されていたのよ」

 

――されて()()とは?

 

「毎年、総代の子は生徒会に誘うのが慣習っていうか、ほら、跡継ぎを育てなくっちゃでしょう」

 

 なるほど、彼女は一抜けしたわけだ。

 そうなると残っているのは唯一人。

 

「そういうこと」

 

 できれば御免被りたいが、多分その予測は当たるのだろう。体を動かすことは嫌いではないが、人修羅(あなた)が身を入れて参加できる部活動があるのか? という問題が立ちはだかる。かといって手抜きをして周囲のレベルに合わせるというのも、あなたの性に合わない。

 どうしたものかとあなたが公認課外活動リストに目線を落としていると――

 

 

「……シンくん?」

 

 

 急に名前を呼ばれたので顔を上げると、視線の先で真由美が居心地悪そうにしていた。

 しかし何故、名前を?

 

「あの……話、続けていいかしら?」

 

 どうやら自分の思考に潜りすぎていて、呼ばれていたことに気が付いていなかったらしい。

 あなたは軽く頭を下げると、どうぞと続きを促した。

 

 

「勧誘を断る方法、さっさと入る部活を決めちゃうのが一つね。でも当校では二つまで部活動の掛け持ちができるから、枠が埋まっていなければ意味は無いわね」

 

 気になる部活動が無いではないが、すぐに決めるというのは難しい。

 

「あとは運営委員の方に入ること。入学説明会でも聞いてるかもしれないけど、魔法科高校では生徒が学校運営の一部を任されてるの。まあ人件費の削減とか、大人の都合もあるんでしょうけど。その役割を担ってるのが運営委員。一高では生徒会、風紀委員、部活連の三つに分かれてて。どこもそれなりに忙しくしてるから、どれかの役員になれば、勧誘逃れには十分ね。でも生徒会の方で総代と次席の両方をとっちゃうっていうのは……」

 

 それは難しいだろう。あなた自身にとってはともかく、生徒会運営の方に()()()を残しかねない。交渉(TALK)の際に弱みとなる要素は少しでも減らすべきだ。その道理はよく分かる。

 

「一つ前の生徒会長がそれをやらかしちゃって、ちょっとギクシャクしてるところが有るのよ。そういうわけだから、運営委員に入るなら――」

 

 

「フルネームで呼ばないでください!」

 

 

 生徒会室からの大声が、真由美の言葉を遮った。

 

 

*   *   *

 

 

「フルネームで呼ばないでください!」

「じゃあ服部(はっとり)ハンゾウ副会長」

 

 その酷く苛立った大声は、安手のパーティションで防げるものではなかった。

 

 

 声の主は、生徒会副会長の服部刑部(ぎょうぶ)

 続いて揶揄するように聞こえたのは、たしか風紀委員長の渡辺(わたなべ)摩利(まり)だ。

 

 真由美は左手指を額に当て、「また始まった」とボヤいた。

 

 

「服部刑部です!」

「そりゃ名前じゃなくて官職だろう。お前の家の」

 

 官職とはまた古風な。

 しかしそうなると、彼もまた古式魔法師の系譜に連なる魔法師なのだろうか? だが、実家からの頼み事(しごと)に「服部家」という名前はなかった。名も知れぬ賀茂(かも)家の末裔とやらである可能性がゼロではないが、官職持ちの魔法師の家系などという目立った存在を、東道青波(ハゲじじい)が知らないはずがない。

 こういったことは疑えばキリがない。あのハゲの調査待ちということで放っておこう。

 

 

「今は官職なんてありませんし、学校には『服部刑部』で受理されています! ……いえ、そんな話ではなく!」

「お前がこだわってたんじゃないか」

 

 一度気になれば、そのやり取りは否応なしに耳に入ってくる。

 ()()()()というより()()()()()のだろう。頭に上った血をどうにか静めようとする服部を、摩利が茶化して煽っている。摩利はただ(じゃ)れているつもりなんだろうが、生真面目な人間がアレをやられると辛い。

 

 

「まあまあ摩利、()()()()()()にも色々と譲れないものがあるんでしょう」

 

 席を立った真由美(まゆみ)が、見かねて割って入っていった。

 その表情を見る限りは仲裁のつもりなのだろうが、口論の原因らしい、当人が嫌がっている名前をわざわざ持ち出しているあたり、どういうつもりなのか。

 

 その場の全員が、一斉に真由美を見た。ときに目は口よりも雄弁になるものだ。彼らの目のそれぞれが「お前が言うな」「それはどうなのか」「混ぜっ返すな」と糾弾する。

 だが真由美は泰然とその視線を受け止めていた。彼女のにこやかな微笑みを見れば、あるいは気付いてすらいなかったかも知れない。一同は彼女の面の皮の厚さに言葉を失った。

 

 摩利には勢いよく食って掛かった服部もまた、真由美に対してはわずかに視線を逸らして口ごもるばかりだ

った。その仕草に、あなたは服部の心裏を垣間見た気がした。それは実に若々しい、年頃の学生らしいもので、あなたにとっては微笑ましくすらあった。

 

 

 しかしこの騒ぎはどういったものなのか。

 服部は先程、何か別のことを言おうとしていたようだったが。

 あなたがそんな疑念を抱いたのと、彼が再び渡辺に鋭い視線を向けたのは、ほぼ同じタイミングだった。

 

 

「渡辺先輩。お話したいのは風紀委員の補充の件です」

「何だ?」

 

 服部の顔から先ほどまでの苛立ち、怒りの気配は退潮していた。感情(マガツヒ)は未だ荒ぶっているようだが、それを表に出すようなことはしていない。

 応えた摩利は、何かを察したように眉間に皺を寄せ、不快を(あらわ)にしていた。

 

「その一年生を風紀委員に任命するのは反対です」

「指名したのは生徒会長なんだがな」

「本人は受諾していないと聞いています。本人が受諾していなければ、指名は正式なものにはなりません」

「それは彼の問題だろう? 決定権は彼にあるのであって、君にあるのではないよ」

「それは! まあ、そう、ですが」

 

 だが服部の(つま)しい努力もまた、摩利に柳に風と正論で受け流され、すぐに勢いを失ってしまう。

 摩利は達也と服部を、交互に見やって答えていた。まるであちらを見ろ、とでも言うように。だが服部はあくまで摩利から視線を動かさず、首には要らぬ力まで入れて動かさないようにしているのが分かる。

 服部は、頭こそ摩利と正対しながらも、体はわずかに斜に構えている。それは意志をぶつけ合うには不利な体勢だ。論だけでなく気合いまで摩利に圧されているのだろうか。それとも達也を視野に入れないようにしているのか。もしかしたら服部はあくまで達也のことを無視したいのかもしれない。その理由までは分からないが、その背中には彼への拒絶が感じられた。

 

 

「それに生徒会としての意思表示は、生徒会長から既になされている。副会長として反対するのなら、まず生徒会長に言うのが筋じゃないのか?」

 

「え。摩利、今それ言う?」

 

 やり取りを再開した二人に、傍観者に戻っていたはずの真由美が引き合いに出されて面食らっていた。アヒルのように口元を歪めて不満を表明している。

 服部の視線がわずかに真由美に向けられるが、まるで見てはいけないものを見たかのように、すぐに摩利へと戻された。

 

 そんな三人を、鈴音(すずね)は端末を操作しながら、あずさは落ち着きなく、それぞれ見ている。生徒会役員になったばかりの深雪(みゆき)は、神妙な面持ちで壁際に控えていた。だがその苛立ちの気配が徐々に強まっていることに、他の面々は気付いているだろうか。

 

 

 そしてついに爆弾が投げ込まれる。

 

 

「過去、()()()()が風紀委員に任命された例はありません」

 

 

 顎をしゃくりあげて初めて達也に向けられた服部の視線には、あからさまな侮蔑が込められていた。

 




感想、評価、お気に入り、いつもありがとうございます。
お返事できていないものも、すべて拝見しています。


序盤、廊下に漂っていた冷気は、達也に対する露骨な陰口に深雪が過剰反応したためですね。
“あなた”の母校の都市伝説、ゆきの女王が思わぬところに顕現したようです(笑)

ちょっと忙しくなりそうなので、次回更新は遅れるかもしれません。
(ストックを溜めてから定期更新とした方が良いのかもしれませんが、そう言ってるといつまで経っても更新できなくなりそうなので、ある程度書けた段階で予約投稿しています)

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(20200426)誤字訂正
 さっとん様、誤字報告ありがとうございました。

(20180416)加筆修正
 ((´・ω・`)様、ご指摘ありがとうございました。

(20180327)誤字訂正

(20180317)加筆修正
 運営委員に関するセリフを追加しました。
 後半2000字超を追加しました。

(20180305)誤字訂正
 銀太様、244様、誤字報告ありがとうございました。
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