魔法科転生NOCTURNE   作:人ちゅら

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作中社会における魔法の行使に関する設定補完回になります。
文量は多いですが、お話は最後のシーンでちょっと動くだけですので、ほとんどすっ飛ばしても大丈夫です。


#022 規則(ルール)

 4月11日 月曜日。

 

 あなたがのんびりと登校した時には既に、一年A組の教室は友だち同士の雑談に花を咲かせる生徒たちで賑わっていた。人数からすると、他クラスの生徒も混じっているようだ。

 過半数の生徒は、魔法科高校での初めての()()()授業ということで、期待と緊張に胸を膨らませているようだった。これから三年間、勉強漬け訓練漬けの毎日を送ることになるのだが、それを厭う雰囲気はない。誰もが一流の魔法師になることを疑ってはいないのだろう。

 

 残るいくらかの生徒たちは、二十一世紀初頭に生きたあなたの感覚では、より()()()()()()期待に胸膨らませていた。早くも学級、学年はおろか生徒と職員といった立場すら度外視して、一高で目撃した美男美女の噂話に花を咲かせている。

 そんな彼らの話題の的は、生徒会会長の七草(さえぐさ)真由美(まゆみ)、同副会長の服部(はっとり)刑部(ぎょうぶ)、部活連会頭の十文字(じゅうもんじ)克人(かつと)、そして新入生総代の司波(しば)深雪(みゆき)に集約されていく。

 

 特に最後の一人はクラスメイトなのだ。話題にされるのも仕方のないことなのだろう。そうしたグループに混じっている他クラスの生徒は、A組の友人を頼って彼女を見物に来たらしい。ちらちらと覗き見ながらあれやこれやと勝手なことを言い合っていた。

 さすがに週末の騒動に懲りたのか、滅多矢鱈に話しかけられたりはしていない。それでも遠巻きに注目されることに変わりはない。

 だが当人は気にした様子もなく、後ろの席の光井(みつい)ほのか、北山(きたやま)(しずく)らと楽しげに話をしていた。慣れたもの、といった感すらある。

 

 

 あなたが教室に踏み込むや、鋭い視線を投げかけてきたのが森崎(もりさき)駿(しゅん)。露骨に舌打ちをして、彼を囲んでいたクラスメイトらを驚かせている。まあ当然だろう。あとはどこかでガス抜きをする機会を作れれば、多少しこりが残っても単なる好き嫌いのレベルに落ち着くはず。

 

 問題はどこでガス抜きをするか。しばらく様子を見ながら考えるとしよう。

 あなたはそんなことを考えながら、自分の端末のある席へと向かう。

 

 

*   *   *

 

 

間薙(かんなぎ)さん!」

 

 自分の席へと腰を下ろしたあなたの隣に、ニコニコと愉しげな笑みを浮かべた少女、光井ほのかが立っていた。あの騒動に絡んで多少話した程度なのだが、やたらと懐かれてしまった気がする。いや、入学早々で友人が少ない間は、それでも親しい方なのかもしれない。

 

「おはようございまっ……ぅ」

 

 もはや元気が良いというレベルを超え、左右に束ねた髪が飛び跳ねる勢いで下げられた彼女の頭は、あわや机に激突! というところで差し込まれたあなたの手のひらに、やんわりと受け止められていた。発条仕掛けのように勢いよく姿勢を戻した彼女は、感謝やら謝罪やら反省やら後悔やら、せわしなく言葉を連ねていく。

 

 視れば彼女に溶けたニギミタマのMAGが楽しげに踊っていた。それに影響されてか、言葉とともにやたら手をバタつかせて落ち着かない。一種の躁状態(ハピルマ)だろうか? だが、あなたが彼女の手を取って一言「大丈夫」と応じただけで、ほのかは頷いて動きを止めた。

 

 隣にぬぼーと突っ立っていた北山雫に、やたら重みのある視線を向けられて目を逸らす。何故だかその瞳に「任命、ほのか係」と書かれていた気がしたためだ。

 先日、生徒会室で二人は親友だと名乗っていたように思うが、それでも余人に言えない苦労があるのかもしれない。だからといって協力する義理もないわけだが。

 

 

 落ち着いたほのかに雫を加え、改めて朝の挨拶を交わすと、取り留めのない雑談に興じる。最初はそれぞれの出身の話、休日の過ごし方、彼女らが昨日のウィンドウショッピングで見つけた珍しいアクセサリー、あなたの私服(ジャージ)のこと、魔法技能の訓練、私塾や家庭教師のこと、そしてこれからの授業の話など。短い時間で話題は目まぐるしく変わっていった。

 

 そうしてそろそろ朝の出席確認が行われる頃、ほのかが突然こんなことを言い出した。

 

「よろしければ後ほど、お友達を紹介させていただいてもいいですか?」

 

――それは構わないが……

 

 彼女の視線の先にはアラディアの気配(マガツヒ)をさせる少女、司波深雪がいる。

 折角(かわ)した面倒が戻ってこなければ良いのだが。

 

 

*   *   *

 

 

 月曜日の一時限目は基礎魔法学Ⅰ。必修科目を一時限目に入れているのはやはり遅刻対策だろうか。「これから一週間、魔法学の勉強をしましょう」と気持ちをリセットする、そんなセレモニー的な意図もあるのかもしれない。

 

 

 その最初の授業は、生活空間における魔法の行使について。

 魔法師が魔法を使ってよいのはどんな状況か、また逆に使ってはいけないのはどんな状況か。どんな魔法を使ってよいのか、使ってはいけないのか。そういった法的なガイドラインについての解説だ。入学前の説明会、あるいは入門用CAD購入時のガイダンス、そして取扱説明書に添付された関連法の抜粋など、口を酸っぱくして繰り返されるのは、そこから逸脱する人間が少なくはないからだろう。

 

 実のところ、あなたもそれらをあまり詳しくは読んでいなかった。

 地元である奈良には古式魔法師が多く暮らしている。特にあなたの生家のある一帯は魔法師街とでもいうべき地域で、一種独特の慣習法めいた空気があった。新人警察官が四角四面な対応をしようとした際、ベテランがそれを宥めてなあなあで済ましてしまう光景もよく目にしている。だからあなたも、漠然とした経験から()()()()()()()()()という、実にアバウトな慣習(マナー)に依って魔法を扱っていた。

 

 その結果が生徒会室での面談(おはなし)となったわけだ。

 今更ながらにあなたは()()を学ぶ必要性について認識し、真面目に端末を見つめた。

 

 

 基本原則。

 魔法の行使そのものは能動的な身体的行為と同じように扱われる。その影響範囲が使用者のみに限定されたものであれば、自身の責任範囲において概ね許されるし、他者へ責任を問うことはできない。しかし魔法が使用者以外に対して何らかの被害を及ぼした場合、魔法は暴力と同じとみなされるわけだ。

 これは魔法師を非魔法師と同じ()()と見なすためにも重要な原則だ。魔法師と非魔法師の違いは、あくまで魔法という技能を持つか持たざるか、ただそれだけに集約される。それが先天的な才能に依存するものだということは、他の技能にも大なり小なり言えることだと強弁する。

 

 ただし魔法によって行われた犯罪は、実際の被害規模を問わず、魔法が使われなかった犯罪と比べて量刑が重くなる傾向にある。

 元より魔法の効力は物理法則を一部無視しうる、非常に強力なものだ。非魔法的行為と比べて結果も極端なものになりやすい。より悪い結果となっていた()()()()()()とされ、情状酌量の余地なしとみなされる。

 犯罪に魔法を用いようとする意志は、魔法師、非魔法師の両方から批難されることになるようだ。

 このあたり、かつて魔法師と非魔法師の間で相当な軋轢があっただろうことは想像に難くない。

 

 

 精神干渉系魔法の扱いについては特に厳重な注意が必要となる。大戦を経てなお紛争の続く時代においても、個人の精神(こころ)の在り方、自由意志は聖域とされている。行為を直接的に止める魔法ではなく、その意志に干渉する魔法というのは恐ろしいものだろう。

 とはいえ、あなたが使える精神干渉系魔法と言えば、対象の神経を混乱させる【テンタラフー(心身混乱)】と、あなたを見る者を魅了する【原色の舞踏(ふしぎなおどり)】くらいのものだ。どちらも対人戦で使用するには強力過ぎる権能であるため、基本的に使用するつもりはない。

 

 大局的な社会秩序から考えれば、例えば【パトラ(沈静化)】のような魔法は間違いなく有用だろう。平常心を失い、普段ならありえない選択をしてしまうこと。そのリスクを大きく低減できる。だがその有用性すら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()に優越しないのが現代だ。怒りや嘆きといった負の感情ですら、有ったはずのものが不可知の力によって損なわれるということは、想像以上に受け入れがたい。

 故に精神干渉系魔法は一般には公開されておらず、平時には研究機関でしか扱うことはできない。緊急時ですら行使には他者――慣例上は魔法師――の同意が必要とされ、実際に行使した際は後日その判断が正しかったかどうかの審議を受けなければならない。

 

 

 逆に治癒魔法に対する忌避感はほとんどない。ただし緊急時の応急処置を除き、他者への使用には医師または魔法師免許が必要となる。これは医療行為に相当するためだ。

 と言っても現代魔法の治癒魔法は外傷に対する応急処置程度のもので、それも一時的に対象のエイドスを健常時と同じように偽装することしかできない。肉体の損傷そのものを回復させることはできず、魔法の効果が切れれば自然回復した程度の状態に戻ってしまうようだ。だから大きな負傷には自然治癒するまで何度もかけ直さなければならないし、外科医が必要となるのはこの時代でも変わらない。

 負傷者を安全に医療機関まで搬送できるようにする、というのが現代の治療魔法の正しい運用なのだろう。

 

 なお、あなたや悪魔たちの使う【ディア(治癒)】系魔法にこのような制限はない。その秘密は原理そのものの違いにある。【ディア】は対象の生命力そのもの(マガツヒ)を補填、活性化することで、肉体およびエイドスを健常な状態へと復帰させる魔法なのだ。マガツヒを扱えない現代魔法には真似出来ない芸当である。

 

 

 市街地や公道、公共施設、その他不特定多数の人間が出入りする、いわゆる()()()()での魔法使用について特別な制限は無い。ただし魔法師の活動を支援する互助組織・魔法協会サイドからは、彼らの定める殺傷性ランクの高い魔法の使用について「緊急時を除いてこれを自粛するように」と要請が出されている。

 また、殺傷性ランクの低い魔法についても、その他の法律に抵触するようであれば、それぞれの法律に沿って対処される。たとえばそれによって何らかの損害が出た場合、量刑が多少重くなるものの、賠償請求などは非魔法行為と同じように判断される。これは現代魔法が本質的に、「奇跡」ではなく「技術」であるためだ。

 

 現代魔法学において「奇跡」とは、ある目的が一足飛びに達成されること、その()()を指す。それに対して「技術」とは、目的達成の過程に必要とされる()()である。

 同じ奇跡が異なる目的のために発揮されることはないが、同じ技術を異なる目的のために使用することは可能だ。そのため、ある状況では有用であるものが、別の状況では有害である、ということは十分に有り得る。

 故に魔法そのものを制限することが、利便性を著しく損なわせたり、より明確に社会に不利益をもたらす可能性はある。だからあくまで()()という形をとっているのだろう。

 

 

*   *   *

 

 

 ここまでの話を聞いていると、どうも都会に暮らす魔法師は訓練の場ひとつとっても苦労している様子が想像できる。都市部、特に市街地という環境は、非常に窮屈な空間だ。それは物理的な意味でもそうだし、また社会的な意味──第三者、不特定多数の目がある──でもそうだ。非魔法師への配慮を必要とし、要請される環境下で、どう訓練すれば良いのだろうか。

 

 

 あなたのそんな考えを見透かしたように、モニタ上の講師は話を続ける。

 

 

 公共の場において慣習法のように扱われている自粛要請だが、そこには抜け道がある。()()()()()()()()()ということだ。実際、私有地および魔法研究施設内はその管理者が自身の責任において制限を設定している。

 この例外措置により、市街地にも魔法師の私塾や各種魔法格闘技(マジック・マーシャル・アーツ)の道場、魔法競技場などの施設が点在する。資産家の魔法師の自宅には魔法の練習用スペースもあるらしい。もちろん管理者責任、監督責任は非常に重いものとなるようだが。

 ()()()()という伝統的慣習は、二十一世紀末の現代においても健在ということらしい。

 

 

 魔法科高校も魔法大学付属の研究機関として、敷地内での魔法の使用について寛容だ。これは実習の量や質などにも関係しているが、その恩恵はむしろ授業外の時間にある。校外で魔法の実践的学習をする環境を持たない生徒も、設備の利用申請をすれば完全下校時間までの間、魔法の行使を伴う自習が可能となるのだ。私塾その他にかかる費用はそれなりの額になるため、経済的な余裕のない生徒にとってこれは死活問題である。

 

 また魔法科高校では魔法師が貴重な資源とみなされる情勢を鑑み、自主防衛の実践的な対人戦闘訓練として「模擬戦」の場も提供している。施設利用と同じく申請が必要となるが、生徒同士の自習活動の一環として認められているそうだ。

 もちろん致命傷とならないよう、また魔法師生命を絶たれないよう、立会人を置いて一定のルール下で行われるものだが、他では得られない経験が積めるだろうことは想像に難くない。もちろん学校を運営する国としては、建前の他に魔法師を戦力化したい裏事情もあるのだろうが。

 

 模擬戦については、後で詳細を調べておくとしよう。きっと近いうちに利用することになるはずだ。

 

 

 その他、課外活動――いわゆる部活動――でも魔法を扱うものは数多くある。純粋な魔法競技(技くらべ)のほか、魔法を使ったプロスポーツ(ショービジネス)も普及しており、魔法科高校でも当然それらの部活動は存在するからだ。魔法を使ったトレーニングとなると、前述の通り、できる環境は限られている。その限られた環境の一つが魔法科高校というわけだ。

 

 部活動は楽しみながら競い合いの中で魔法技能を訓練できる、とても良い環境なので、優秀な一科生(みなさん)には是非とも参加して欲しい。詳しくは来週のこの時間に講堂で行われるガイダンスを参考に。

 端末の向こうの講師は最後にそう締めくくって授業を終えた。

 

 

*   *   *

 

 

 その後も何事もなく午前中の授業を終え、あなたは食堂で昼食を取る。

 どうした具合かほのかと雫と同席することになり、彼女らに並んで更にまた数名の女子が座った。一部男子生徒らから冷たい視線を浴びせかけられるが、そんなことを気にするあなたでは無い。学食のうどんは安くて美味しかった。

 

「光井さんって意外と手が――」

「そんなんじゃ――」

「でも、こんなに早く男子の友達作ってるのって――」

 

 女子の姦しい雑談(ガールズトーク)を右から左へ聞き流しながら、学食一つとっても手抜かりのない辺り、さすが国策機関ということか。などとズレたことを考えている。

 

 

 ほのかはどうやらこの時間に友達を紹介しようと思っていたらしい。だが先方に相談するのを忘れていたら、件の人物はさっさと姿をくらましてしまっていた。もしかしたら食堂に先に来ているかもしれないと思っていたのだが、残念なことに見つからなかった。とまあそういう事情のようだ。

 

 相手は案の定、司波深雪。

 

 森崎のガス抜きが終わるまで、できれば人目のあるところで接触して、森崎を刺激したくはない。

 あなたはホッと胸をなでおろし、つゆをすすった。

 関東風のうどんを食べたのは何十年ぶりだろうか。一世紀近い刻が過ぎても、大きな戦争を経てもなお、味の伝統が揺らぐことはなかったようだ。明日は蕎麦にしてみよう。

 

 

 だが食事を終えて教室に戻ると、当の本人が接触を図ってきた。

 

「貴方が間薙さん、ですか?」

 

――ああ、そうだが。

 

「会長から、放課後、都合が合うようならいつでも構わないので生徒会室に足を運んでいただきたいそうです」




沢山の感想、評価、お気に入り、いつもありがとうございます。

今回は原作の設定面で気になった、魔法の社会的な認知について本作なりに定義しました。いささか冗長になってしまいましたが、今後の展開上、整理しておきたかったので。

次回は原作エピソードで達也の風紀委員入りあたりをなぞる形になると思います。
とはいえ既に原作とは異なる展開になっている部分もあるわけで、そのままというわけにはいかないんですが。

今後ものんびり続けていけたらと思っておりますので、気長にお付き合いいただければ幸いです。


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(20190617)誤字訂正
 青髪長髪娘かわいい様、誤字報告ありがとうございました。

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